紀元前585年5月28日、小アジアの戦場で昼が突然夜になった。リュディア軍とメディア軍は剣を収め、恐怖のうちに空を見上げた。しかしミレトスの賢者タレスは、この日食をあらかじめ「予告していた」と伝えられている。神の怒りではなく自然の規則性。彼が見出そうとしたのは、まさにそれだった。
「この世界は何でできているのか」。この問いに、神話ではなく自然の原理で答えようとした最初の人物がタレスだ。彼の答え「万物の根源は水である」は、2600年を経た今日からすれば素朴に聞こえるだろう。肝心なのは回答の正否ではない。「世界を一つの原理で説明できるはずだ」という問いの構造そのものが、哲学と科学の共通の出発点になった。物理学者が「万物の理論」を追い求め、生物学者がDNAの塩基配列に生命の秘密を読む現代。その根は紀元前6世紀の港湾都市に遡る。
この記事の要点
- 神話から理性へ:タレスは超自然的な説明を退け、自然現象を自然そのものから説明する思考様式(ロゴス)を切り開いた。「哲学の誕生」とは、この転換の別名だ。
- アルケーという「問い」の発明:「万物は水である」は一世代で乗り越えられた。それでも「万物に共通する根源原理(アルケー)があるはずだ」という問いの立て方が、2600年の探究を駆り立てている。
- 理論と実践の統合:タレスは天文観測で日食を予言したと伝えられ、商才でオリーブ搾油機を独占した。「哲学者は使えない」という偏見に、最初の哲学者自身が反証している。
生涯と時代背景
タレスは紀元前624年頃、エーゲ海東岸のイオニア地方にある港湾都市ミレトスに生まれた。ミレトスは当時、地中海世界有数の交易都市だ。エジプト・バビロニア・フェニキアの知識が船で運ばれ、商人たちが測量術や天文観測を日常で使っていた。ギリシャ本土ではポリスがまだ形成途上にあったこの時代、イオニアの商業都市では実用的な天文学・測量術・航海術が発達し、自然現象を注意深く観察する知的土壌が整っていた。
タレスはエジプトに渡航し、幾何学と測量術を学んだと伝えられる。ピラミッドの影からその高さを算出したエピソードは有名だ(プルタルコス『七賢人の饗宴』147a)。バビロニア天文学の知識も吸収し、紀元前585年の日食を予告したとされる(ヘロドトス『歴史』第1巻74節)。
もっとも、この日食予告がどこまで正確だったかには慎重な留保が必要だ。バビロニア人はサロス周期(約18年11日)によって月食の予測には成功していたが、日食は観測地点ごとに見える範囲が異なるため、サロス周期だけで特定の土地での日食を言い当てることは極めて難しい。おそらくタレスは、おおまかな時期を予告し、幸運な一致も重なって伝説化したのだろう(Kirk & Raven, 1983, pp.76-79)。それでも、天体現象を神意ではなく規則性として捉えようとした姿勢そのものは、当時としては大胆だった。
彼はギリシャ「七賢人」のひとりに数えられ、政治にも積極的に関わった。ヘロドトスは、タレスがペルシアの脅威に対してイオニア諸都市が連合政府を形成すべきだと提言したことを記録している(『歴史』第1巻170節)。この提言は実現しなかったが、実際的な政治判断力を示すエピソードだ。
「星を見上げて歩いていたら井戸に落ちた」という有名な逸話(プラトン『テアイテトス』174a)は、哲学者の世間離れを揶揄する話として語り継がれている。しかしアリストテレスが伝える別の逸話は対照的だ。タレスは天文観測からオリーブの豊作を予測し、シーズン前に搾油機をすべて安値で借り上げ、収穫期に高値で貸し出して大きな利益を得た(『政治学』1259a)。タレスはこの逸話によって、「哲学者は望めば金を稼げる。ただ、それが彼らの関心事ではないだけだ」と証明した。
ミニ年表
- 前624年頃:イオニア地方ミレトスに生まれる(フェニキア系とも伝えられる)
- 前600年頃:エジプトに渡り幾何学・測量術を学ぶ
- 前585年:日食を予告。リュディア=メディア戦争の停戦に関連
- 前580年頃:「七賢人」のひとりとして名声を確立
- 前547/546年頃:ミレトスにて没(クロイソスのリュディア滅亡と近い時期)
タレスは何を問うたのか
タレス以前の世界では、自然の成り立ちはもっぱら神話によって説明されていた。ヘシオドスの『神統記』によれば、最初にカオス(混沌)があり、そこからガイア(大地)やエロス(愛)が生まれ、神々の系譜を通じて宇宙が形成される。天候の変動はゼウスの怒り、地震はポセイドンの仕業、季節の変化はデメテルの感情として語られた。
忘れてならないのは、タレスがまったくの無から思考を始めたわけではない点だ。近東の宇宙創成論にはすでに「原初の水」のモチーフが存在する。バビロニアの創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』では原初の淡水アプスーと塩水ティアマトから世界が生まれ、エジプト神話でも万物は原初の水ヌンから立ち上がる。タレスの「水」がこれらの伝統に影響を受けたと見る余地はある。しかし決定的な違いは、タレスがこの直観を神々の物語としてではなく、自然の原理として提示した点にある。
タレスの革命は、答えの中身ではなく説明体系そのものの転換にあった。「この世界の万物は、究極的には何からできているのか?」この問いへの答えを、神の意志ではなく自然の内部に求めたのだ。ミュトス(神話的説明)からロゴス(理性的説明)へ。単なる回答の差し替えではなく、問いの構造そのものが変わったのである。
後のアリストテレスは、この転換を的確に位置づけている。『形而上学』第1巻で、タレスを「このような哲学(自然についての探究)の創始者」と呼び、万物の「質料因」を初めて問うた人物だとしている(983b20-22)。もっとも、ここで使われる「アルケー」という用語はアリストテレス自身が遡及的に当てはめた枠組みであり、タレス本人がこの語を用いたかは定かでない。それでも、「世界は何から成るか」を体系的に問うた最初の思想家としてのタレスの位置づけは、現代の哲学史研究でもおおむね共有されている。
核心理論
1. 「万物は水である」── 最初の一元論
タレスの中心命題は「万物の根源は水(ヒュドール)である」。これは後世にアリストテレスが「アルケー(始原)」と名付ける概念(万物がそこから生じ、最終的にそこへ還る根源的原理)の最初の事例だ。
なぜ水なのか。タレス自身の説明は残っていないが、アリストテレスが推測する理由は複数ある(『形而上学』983b22-27)。すべての生物の種子は湿った性質を持つこと、栄養が湿り気から得られること、大地は水の上に浮いているという宇宙論的直観。加えて、ミレトスがメアンドロス川の河口に位置し、海と河川に囲まれた港湾都市だったという地理的文脈も手がかりになる。
水という選択には、直観的な説得力もあった。水は日常で目にする物質のなかで、液体・固体・気体のすべての姿を見せる唯一のものだ。流れ、蒸発して見えなくなり、凍れば石のように固くなる。一つの物質がこれほど劇的に変貌するという日常の経験は、「一つの原理からすべてが生じる」という大胆な仮説にとって、何よりも強力な裏付けだったはずだ。
現代物理学が「すべての物質は素粒子の組み合わせで構成される」と述べるとき、その思考構造はタレスと同型だ。多様な現象を少数の基本原理で説明する還元主義の方法論的態度は、2600年前のこの港湾都市で産声を上げている。
しかし「なぜ水であって火や空気ではないのか」という問いに、タレスは十分に答えられていない。後継者のアナクシマンドロス(伝統的にタレスの弟子とされる)は、水が火と対立するように特定の元素は互いに対立するのだから、根源は特定の性質に限定されない「無限定なもの(ト・アペイロン)」でなければならないと論じた。タレスの回答は一世代で乗り越えられたが、「万物に共通の原理があるはずだ」という彼の問いそのものは、そのまま後継者に引き継がれた。
2. ミュトスからロゴスへ── 説明の構造転換
タレスの本当の功績は「水」という答えよりも、問い方の革命にある。古代ギリシャの神話は自然現象を人格化された神々の行為として語った。雷はゼウスの武器、季節の変化はデメテルの感情に帰される。この枠組みでは「なぜそうなるか」ではなく「誰がそうしたか」が問われる。タレスは、「誰が」を「何が」に変えた最初の人物だった。
この転換の意味は?科学哲学者カール・ポパーに倣えば、こう言える。神話的説明は原理的に反証不可能だ。「ゼウスが雷を落とす」という説明は、雷が鳴るたびに追認されるが、鳴らないときにも否定されない。対照的に、タレスの「水」仮説は批判に開かれている。現にアナクシマンドロスは一世代のうちにそれを論駁した。哲学と科学が「進歩」できるのは、仮説が反駁に対して開かれているからにほかならない。
この区別は、2600年後の現在にも切実だ。SNS上で拡散する「陰謀論」の多くは、すべてを特定の意図や黒幕に帰するミュトス的構造を持っている。「それは本当に証拠で裏付けられるのか」と問い直す姿勢。それこそがタレス的思考だ。
タレス自身は「万物は神々に満ちている(πάντα πλήρη θεῶν)」とも述べている(アリストテレス『魂について』411a7)。完全な「脱神話化」は一夜にして成ったわけではない。哲学の誕生は劇的な断絶というより、神話の内部から理性がゆっくり芽を出す過程だった。
3. 物活論── 「生きている」物質
タレスは磁石(マグネシアの石)が鉄を引きつけ、琥珀(エレクトロン)が摩擦によって藁を吸い寄せる現象を観察し、「魂(プシュケー)は物質の中に混じっている」と推論した(アリストテレス『魂について』405a19-21)。この考え方を近代の哲学史用語では物活論(ヒュロゾイスム)と呼ぶ。
タレスにとって、宇宙は不活性な物質の集合ではなく、自ら動き変化する生きた全体だった。水が蒸発し凝固し流動するのは、水そのものに変化の力が内在しているからである。運動の原因を外部の超自然的力ではなく物質の内部に求めるこの発想も、ロゴス的思考の延長線を辿っている。
現代の目には、擬人化にすぎないように映る。近代科学はデカルト以降、自然を精密な機械と見なすことで飛躍的に発展したからだ。21世紀になって、状況は揺らぎだした。ジェームズ・ラヴロックのガイア仮説は地球全体をひとつの自己調節システムと捉え、複雑系科学における「創発(エマージェンス)」、つまり単純な要素の集合から予想外の秩序が立ち上がる現象は、物質と生命の境界を改めて問い直させる。タレスの物活論は厳密な物理学としては成り立たないが、「世界は死んだ物質の寄せ集めではない」という直観を、完全に過去のものとして片付けることは難しい。
4. 幾何学と天文学── 理論知を実証する
タレスはエジプトの測量術をギリシャに持ち帰り、演繹的な幾何学として再構成した最初の人物とされる。「タレスの定理」(半円に内接する角は直角である)はその代表例だ。もっとも、タレスに帰される数学的業績の多くは後世の伝承(プロクロス『エウクレイデス注解』など紀元後5世紀の文献)によるものであり、どこまでがタレス本人の成果かは確定できない。
肝心なのは、知の性格の転換だ。エジプトの幾何学はナイル川氾濫後に土地を再測量するための実用技術だった。タレスはこれを「なぜそうなるか」を問う理論的学問に変えたとされる。ピラミッドの高さを影の長さから算出した方法は相似比の原理に基づき、抽象的な数学的関係を具体的問題に適用した初期の実例だ。
データサイエンスにおける「モデル化」、つまり現実の複雑な現象を数学的構造で捉え直すことは、タレスが測量術を幾何学に抽象化した知的操作と根を同じくする。
主要著作ガイド
タレス自身の著作は現存しない。ディオゲネス・ラエルティオスは『航海の星(ナウティケー・アストロロギア)』という著作の存在を伝えるが、これも散逸している。タレスの思想は後世の証言を通じてのみ復元される。以下は理解を深める文献だ。
- ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第1巻(加来彰俊訳、岩波文庫) ── タレスの生涯・逸話・格言を最もまとまった形で伝える。人物像を掴む入口。
- アリストテレス『形而上学』第1巻(出隆訳、岩波文庫) ── タレスのアルケー論が哲学史上どう位置づけられるかを、アリストテレス自身が分析する。983b節が核心。アリストテレスの解釈バイアスにも注意して読むとよい。
- ヘロドトス『歴史(ヒストリアイ)』第1巻(松平千秋訳、岩波文庫) ── 日食予告(74節)やイオニア連合提言(170節)など、タレスの実像を描く同時代に最も近い歴史記録。
- G.S. カーク, J.E. レイヴン, M. スコフィールド『ソクラテス以前の哲学者たち』(内山勝利他訳、京都大学学術出版会 / 原著: The Presocratic Philosophers, 2nd ed., Cambridge UP, 1983) ── 断片と証言の原典批判を行い、タレスの思想を厳密に再構成する。初期ギリシャ哲学研究の標準参考書。
主要な批判と論争
1. アナクシマンドロスの批判(同時代):タレスの弟子とされるアナクシマンドロスは、「水」という特定の元素をアルケーに据えることの限界をいち早く指摘した。水は火・空気・土と対立するものの一つにすぎず、万物の根源は特定の性質に限定されない「無限定なもの(ト・アペイロン ἄπειρον)」でなければならない、と論じた。回答を否定しつつ問いをより精緻に継承する。哲学史上最初の「建設的批判」の典型だ。
2. アリストテレスの評価と留保(後世):アリストテレスはタレスを「質料因」の探究者として高く評価しつつ、形相因・作用因・目的因が欠けている点を指摘する。「何からできているか」だけでは「なぜそうなるか」の説明として不十分であり、これは四原因説に基づく体系的批判だ。同時に、アリストテレスはタレスを自己の哲学体系の「先駆者」として再解釈している。そのバイアスを抜きにタレスの思想は読めない。
3. 「タレスは本当に哲学者か」論争(近現代):20世紀の研究者の一部(例えばM.L.ウェスト)は、タレスの思想がどこまでオリジナルでどこまで近東の借用かを問題にした。前述の「エヌマ・エリシュ」や「ヌン」との類似は確かに存在する。しかし多くの哲学史家(カーク、ファーリー、グレアムら)は、素材の起源よりも「合理的説明を追求する態度」の新しさにタレスの独創性を認めている。「何を言ったか」以上に「どう言ったか」、神話的ナラティブではなく自然的原理として提示したことが哲学の始まりだ。
影響と遺産
先行思想:バビロニア天文学(サロス周期による天文予測)、エジプト測量術(実用的幾何学)、近東の水の宇宙論(バビロニアの『エヌマ・エリシュ』における原初の水アプスーとティアマト、エジプトのヌン)、ヘシオドス『神統記』(宇宙生成論の神話的先行形態)。
直接的後継者(ミレトス学派):タレスの問い「万物の根源は何か」は、ミレトス学派全体を貫く共有財産となった。アナクシマンドロスは「無限定なもの(ト・アペイロン)」、アナクシメネスは「空気(アエール)」をアルケーとした。三者は異なる回答を出しつつ、同一の問いの構造を共有している。「回答は異なるが問いは共有される」。このパターンが哲学的伝統の核だ。
遠い後継者:エンペドクレスの四元素説、デモクリトスの原子論を経て、タレスのアルケー探求は近代化学の元素概念と周期表へ結実する。メンデレーエフの周期表は、「万物は何からできているか」という問いへの(タレスから2400年後の)到達点のひとつだ。現代の素粒子物理学が追求する標準模型も、この系譜を継いでいる。
哲学外への波及:「複雑なものを一つの原理で説明したい」という知的欲望はタレスに始まり、科学のみならず経済学(すべてを効用に還元する限界効用理論)、データサイエンス(すべてを数値に変換し相関で捉える)にまで及んでいる。
現代への接続
タレスが残した最大の遺産は「水」ではない。「世界を一つの原理で説明できるはずだ」という信念だ。物理学者が「万物の理論(Theory of Everything)」を追求するとき、それはタレスのアルケー探究の最先端形態にほかならない。科学者が基本的な力の統一的記述を求めるのも、根底には「多様な現象に共通する構造があるはずだ」という同じ確信がある。
還元主義は強力だが、「すべてを一つの原理に還元できる」という信念は、還元しきれないもの(意識、意味、美、個人の生の一回性)を見落とす。「すべてはデータである」と言い切る現代の還元主義が、いったい何を取りこぼしているのか。その問いを立てる権利も、タレスが開いた。
読者への問い
- もしあなたが「世界の究極原理は一つだ」と主張するなら、それは何か。エネルギー、情報、意識、それとも別の何か? そしてその答えに、タレスと同じ弱点はないだろうか?
- 現代における「ミュトスからロゴスへ」の転換はどこにあるか? あなたが無批判に受け入れている「現代の神話」とは何か?
- タレスは「哲学者は役に立たない」という批判にオリーブ搾油機の独占で応じた。今日の人文学が同様の批判を受けるとき、あなたならどう答えるか?
名言(出典つき)
"万物の根源は水である。" ── アリストテレス『形而上学』第1巻 983b20-22 による伝承。タレス自身の言葉は残っていないが、アリストテレスがこの命題の最初の提唱者としてタレスを名指している。/原文:引用文内の括弧内原語表記を参照
"万物は神々に満ちている(πάντα πλήρη θεῶν)。" ── アリストテレス『魂について(デ・アニマ)』411a7 による伝承。物活論の核心を一文で表す。/原文:引用文内の括弧内原語表記を参照
"汝自身を知れ(γνῶθι σεαυτόν)。" ── ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第1巻40節。この格言はデルポイの神殿に刻まれた碑文としても知られ、タレス以外の賢人や神託への帰属も伝わる。タレス個人の発案とは断定できないが、七賢人の筆頭として彼と結びつけられてきた。/原文:引用文内の括弧内原語表記を参照
参考文献
- (証言と断片):H. Diels & W. Kranz 編『ソクラテス以前の哲学者たちの断片(Die Fragmente der Vorsokratiker)』第1巻、タレスの章(DK 11)
- (証言):アリストテレス『形而上学』第1巻(出隆訳、岩波文庫); アリストテレス『魂について』(中畑正志訳、京都大学学術出版会)
- (歴史):ヘロドトス『歴史』第1巻(松平千秋訳、岩波文庫)── 日食予告(74節)、イオニア連合提言(170節)
- (伝記):ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第1巻(加来彰俊訳、岩波文庫)
- (標準研究):G.S. Kirk, J.E. Raven, M. Schofield『The Presocratic Philosophers』2nd ed., Cambridge UP, 1983(邦訳: 内山勝利他訳『ソクラテス以前の哲学者たち』京都大学学術出版会)
- (概説):廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫、1997年)── 日本語で読める定評のある入門概説
- (近東との比較):M.L. West『Early Greek Philosophy and the Orient』, Oxford UP, 1971 ── 近東宇宙論との影響関係を論じた古典的研究