紀元前きげんぜん585ねん5がつ28にちしょうアジアの戦場せんじょうひる突然とつぜんよるになった。リュディアΛυδίαぐんメディアΜηδίαぐんけんおさめ、恐怖きょうふのうちにそら見上みあげた。しかしミレトスΜίλητος賢者けんじゃタレスΘαλῆςは、この日食にっしょくをあらかじめ「予告よこくしていた」とつたえられている。かみいかりではなく自然しぜん規則きそくせいかれ見出みいだそうとしたのは、まさにそれだった。

「この世界せかいなんでできているのか」。このいに、神話しんわではなく自然しぜん原理げんりこたえようとした最初さいしょ人物じんぶつタレスΘαλῆςだ。かれこたえ「万物ばんぶつ根源こんげんみずである」は、2600ねん今日きょうからすれば素朴そぼくこえるだろう。肝心なのは回答かいとう正否せいひではない。世界せかいひとつの原理げんり説明せつめいできるはずだ」といういの構造こうぞうそのものが、哲学てつがく科学かがく共通きょうつう出発しゅっぱつてんになった。物理ぶつり学者がくしゃが「万物ばんぶつ理論りろん」をもとめ、生物せいぶつ学者がくしゃがDNAの塩基えんき配列はいれつ生命せいめい秘密ひみつ現代げんだい。その紀元前きげんぜん6世紀せいき港湾こうわん都市としさかのぼる。

この記事きじ要点ようてん

  • 神話しんわから理性りせいタレスΘαλῆςちょう自然しぜんてき説明せつめい退しりぞけ、自然しぜん現象げんしょう自然しぜんそのものから説明せつめいする思考しこう様式ようしきロゴスλόγος)をひらいた。「哲学てつがく誕生たんじょう」とは、この転換てんかん別名べつめいだ。
  • アルケーἀρχήという「い」の発明はつめい:「万物ばんぶつみずである」はいち世代せだいえられた。それでも「万物ばんぶつ共通きょうつうする根源こんげん原理げんりアルケーἀρχή)があるはずだ」といういのかたが、2600ねん探究たんきゅうてている。
  • 理論りろん実践じっせん統合とうごうタレスΘαλῆς天文てんもん観測かんそく日食にっしょく予言よげんしたとつたえられ、商才しょうさいオリーブolive搾油さくゆ独占どくせんした。「哲学てつがくしゃ使つかえない」という偏見へんけんに、最初さいしょ哲学てつがくしゃ自身じしん反証はんしょうしている。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

タレスΘαλῆς紀元前きげんぜん624ねんごろ、エーゲかい東岸とうがんイオニアἸωνία地方ちほうにある港湾こうわん都市としミレトスΜίλητοςまれた。ミレトスΜίλητος当時とうじ地中海ちちゅうかい世界せかい有数ゆうすう交易こうえき都市としだ。エジプトΑἴγυπτοςバビロニアΒαβυλωνίαフェニキアΦοινίκη知識ちしきふねはこばれ、商人しょうにんたちが測量そくりょうじゅつ天文てんもん観測かんそく日常にちじょう使つかっていた。ギリシャ本土ほんどではポリスπόλιςがまだ形成けいせい途上とじょうにあったこの時代じだいイオニアἸωνία商業しょうぎょう都市としでは実用じつようてき天文学てんもんがく測量そくりょうじゅつ航海こうかいじゅつ発達はったつし、自然しぜん現象げんしょう注意深ちゅういぶか観察かんさつする知的ちてき土壌どじょうととのっていた。

タレスΘαλῆςエジプトΑἴγυπτος渡航とこうし、幾何きかがく測量そくりょうじゅつまなんだとつたえられる。ピラミッドpyramidかげからそのたかさを算出さんしゅつしたエピソードは有名ゆうめいだ(プルタルコスΠλούταρχος七賢人の饗宴Septem Sapientium Convivium』147a)。バビロニアΒαβυλωνία天文学てんもんがく知識ちしき吸収きゅうしゅうし、紀元前きげんぜん585ねん日食にっしょく予告よこくしたとされる(ヘロドトスἩρόδοτος歴史Ἱστορίαιだい1かん74せつ)。

もっとも、この日食にっしょく予告よこくがどこまで正確せいかくだったかには慎重しんちょう留保りゅうほ必要ひつようだ。バビロニアΒαβυλωνίαじんサロスSaros周期しゅうきやく18ねん11にち)によって月食げっしょく予測よそくには成功せいこうしていたが、日食にっしょく観測かんそく地点ちてんごとにえる範囲はんいことなるため、サロスSaros周期しゅうきだけで特定とくてい土地とちでの日食にっしょくてることはきわめてむずかしい。おそらくタレスΘαλῆςは、おおまかな時期じき予告よこくし、幸運こううん一致いっちかさなって伝説でんせつしたのだろう(Kirk & Raven, 1983, pp.76-79)。それでも、天体てんたい現象げんしょう神意しんいではなく規則きそくせいとしてとらえようとした姿勢しせいそのものは、当時とうじとしては大胆だいたんだった。

かれはギリシャ「しち賢人けんじん」のひとりにかぞえられ、政治せいじにも積極せっきょくてきかかわった。ヘロドトスἩρόδοτοςは、タレスΘαλῆςがペルシアの脅威きょういたいしてイオニアἸωνίαしょ都市とし連合れんごう政府せいふ形成けいせいすべきだと提言ていげんしたことを記録きろくしている(『歴史Ἱστορίαιだい1かん170せつ)。この提言ていげん実現じつげんしなかったが、実際じっさいてき政治せいじ判断はんだんりょくしめすエピソードだ。

ほし見上みあげてあるいていたら井戸いどちた」という有名ゆうめい逸話いつわプラトンΠλάτωνテアイテトスΘεαίτητος』174a)は、哲学てつがくしゃ世間せけんばなれを揶揄やゆするはなしとしてかたがれている。しかしアリストテレスἈριστοτέληςつたえるべつ逸話いつわ対照たいしょうてきだ。タレスΘαλῆς天文てんもん観測かんそくからオリーブolive豊作ほうさく予測よそくし、シーズンseasonまえ搾油さくゆをすべて安値やすねげ、収穫しゅうかく高値たかねしておおきな利益りえきた(『政治学Πολιτικά』1259a)。タレスΘαλῆςはこの逸話いつわによって、「哲学てつがくしゃのぞめばきんかせげる。ただ、それがかれらの関心かんしんごとではないだけだ」と証明しょうめいした。

ミニ年表ねんぴょう

  • ぜん624ねんころイオニアἸωνία地方ちほうミレトスΜίλητοςまれる(フェニキアΦοινίκηけいともつたえられる)
  • ぜん600ねんころエジプトΑἴγυπτοςわた幾何きかがく測量そくりょうじゅつまな
  • ぜん585ねん日食にっしょく予告よこくリュディアΛυδίαメディアΜηδία戦争せんそう停戦ていせん関連かんれん
  • ぜん580ねんころ:「しち賢人けんじん」のひとりとして名声めいせい確立かくりつ
  • ぜん547/546ねんころミレトスΜίλητοςにてぼつクロイソスΚροῖσοςリュディアΛυδία滅亡めつぼうちか時期じき

タレスΘαλῆςなにうたのか

タレスΘαλῆς以前いぜん世界せかいでは、自然しぜんちはもっぱら神話しんわによって説明せつめいされていた。ヘシオドスἩσίοδοςの『神統記Θεογονία』によれば、最初さいしょカオスΧάος混沌こんとん)があり、そこからガイアΓαῖα大地だいち)やエロスἔρωςあい)がまれ、神々かみがみ系譜けいふつうじて宇宙うちゅう形成けいせいされる。天候てんこう変動へんどうゼウスΖεύςいかり、地震じしんポセイドンΠοσειδῶν仕業しわざ季節きせつ変化へんかデメテルΔημήτηρ感情かんじょうとしてかたられた。

わすれてならないのは、タレスΘαλῆςがまったくのから思考しこうはじめたわけではない点だ。近東きんとう宇宙うちゅう創成そうせいろんにはすでに「原初げんしょみず」のモチーフmotif存在そんざいする。バビロニアΒαβυλωνία創世そうせい叙事詩じょじしエヌマ・エリシュEnūma Eliš』では原初げんしょ淡水たんすいアプスーと塩水えんすいティアマトTiamatから世界せかいまれ、エジプトΑἴγυπτος神話しんわでも万物ばんぶつ原初げんしょみずヌンNunからがる。タレスΘαλῆςの「みず」がこれらの伝統でんとう影響えいきょうけたと余地よちはある。しかし決定的けっていてきちがいは、タレスΘαλῆςがこの直観ちょっかん神々かみがみ物語ものがたりとしてではなく、自然しぜん原理げんりとして提示ていじしたてんにある。

タレスΘαλῆς革命かくめいは、こたえの中身なかみではなく説明せつめい体系たいけいそのものの転換てんかんにあった。「この世界せかい万物ばんぶつは、究極きゅうきょくてきにはなにからできているのか?」このいへのこたえを、かみ意志いしではなく自然しぜん内部ないぶもとめたのだ。ミュトスμῦθος神話しんわてき説明せつめい)からロゴスλόγος理性りせいてき説明せつめい)へ。たんなる回答かいとうえではなく、いの構造こうぞうそのものがわったのである。

のちアリストテレスἈριστοτέληςは、この転換てんかん的確てきかく位置いちづけている。『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かんで、タレスΘαλῆςを「このような哲学てつがく自然しぜんについての探究たんきゅう)の創始そうししゃ」とび、万物ばんぶつの「質料しつりょういん」をはじめてうた人物じんぶつだとしている(983b20-22)。もっとも、ここで使つかわれる「アルケーἀρχή」という用語ようごアリストテレスἈριστοτέλης自身じしん遡及そきゅうてきてはめた枠組わくぐみであり、タレスΘαλῆς本人ほんにんがこのもちいたかはさだかでない。それでも、「世界せかいなにからるか」を体系たいけいてきうた最初さいしょ思想家しそうかとしてのタレスの位置いちづけは、現代げんだい哲学てつがく研究けんきゅうでもおおむね共有きょうゆうされている。

核心かくしん理論りろん

1. 「万物ばんぶつみずである」── 最初さいしょ一元論いちげんろん

タレスΘαλῆς中心ちゅうしん命題めいだいは「万物ばんぶつ根源こんげんみずヒュドールὕδωρ)である」。これは後世こうせいアリストテレスἈριστοτέληςが「アルケーἀρχή始原しげん)」と名付なづける概念がいねん万物ばんぶつがそこからしょうじ、最終さいしゅうてきにそこへかえ根源こんげんてき原理げんり)の最初さいしょ事例じれいだ。

なぜみずなのか。タレスΘαλῆς自身じしん説明せつめいのこっていないが、アリストテレスἈριστοτέλης推測すいそくする理由りゆう複数ふくすうある(『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』983b22-27)。すべての生物せいぶつ種子しゅし湿しめった性質せいしつつこと、栄養えいよう湿しめからられること、大地だいちみずうえいているという宇宙うちゅうろんてき直観ちょっかんくわえて、ミレトスΜίλητοςメアンドロスΜαίανδροςがわ河口かこう位置いちし、うみ河川かせんかこまれた港湾こうわん都市としだったという地理ちりてき文脈ぶんみゃくがかりになる。

みずという選択せんたくには、直観ちょっかんてき説得せっとくりょくもあった。みず日常にちじょうにする物質ぶっしつのなかで、液体えきたい固体こたい気体きたいのすべての姿すがたせる唯一ゆいいつのものだ。ながれ、蒸発じょうはつしてえなくなり、こおればいしのようにかたくなる。ひとつの物質ぶっしつがこれほど劇的げきてき変貌へんぼうするという日常にちじょう経験けいけんは、「ひとつの原理げんりからすべてがしょうじる」という大胆だいたん仮説かせつにとって、なによりも強力きょうりょく裏付うらづけだったはずだ。

現代げんだい物理ぶつりがくが「すべての物質ぶっしつ素粒子そりゅうしわせで構成こうせいされる」とべるとき、その思考しこう構造こうぞうタレスΘαλῆς同型どうけいだ。多様たよう現象げんしょう少数しょうすう基本きほん原理げんり説明せつめいする還元かんげん主義しゅぎ方法ほうほうろんてき態度たいどは、2600ねんまえのこの港湾こうわん都市とし産声うぶごえげている。

しかし「なぜみずであって空気くうきではないのか」といういに、タレスΘαλῆς十分じゅうぶんこたえられていない。後継こうけいしゃアナクシマンドロスἈναξίμανδρος伝統でんとうてきタレスΘαλῆς弟子でしとされる)は、みず対立たいりつするように特定とくてい元素げんそたがいに対立たいりつするのだから、根源こんげん特定とくてい性質せいしつ限定げんていされない「限定げんていなもの(ト・アペイロンτὸ ἄπειρον)」でなければならないとろんじた。タレスΘαλῆς回答かいとういち世代せだいえられたが、「万物ばんぶつ共通きょうつう原理げんりがあるはずだ」というかれいそのものは、そのまま後継こうけいしゃがれた。

2. ミュトスμῦθοςからロゴスλόγοςへ── 説明せつめい構造こうぞう転換てんかん

タレスΘαλῆς本当ほんとう功績こうせきは「みず」というこたえよりも、かた革命かくめいにある。古代こだいギリシャの神話しんわ自然しぜん現象げんしょう人格じんかくされた神々かみがみ行為こういとしてかたった。かみなりゼウスΖεύς武器ぶき季節きせつ変化へんかデメテルΔημήτηρ感情かんじょうされる。この枠組わくぐみでは「なぜそうなるか」ではなく「だれがそうしたか」がわれる。タレスΘαλῆςは、「だれが」を「なにが」にえた最初さいしょ人物じんぶつだった。

この転換てんかん意味いみは?科学かがく哲学てつがくしゃカール・ポパーPopperならえば、こうえる。神話しんわてき説明せつめい原理げんりてき反証はんしょう不可能ふかのうだ。「ゼウスΖεύςかみなりとす」という説明せつめいは、かみなりるたびに追認ついにんされるが、らないときにも否定ひていされない。対照たいしょう的に、タレスΘαλῆςの「みず仮説かせつ批判ひはんひらかれている。げんアナクシマンドロスἈναξίμανδροςいち世代せだいのうちにそれを論駁ろんばくした。哲学てつがく科学かがくが「進歩しんぽ」できるのは、仮説かせつ反駁はんばくたいしてひらかれているからにほかならない。

この区別くべつは、2600ねん現在げんざいにも切実せつじつだ。SNSじょう拡散かくさんする「陰謀いんぼうろん」のおおくは、すべてを特定とくてい意図いと黒幕くろまくするミュトスμῦθοςてき構造こうぞうっている。「それは本当ほんとう証拠しょうこ裏付うらづけられるのか」となお姿勢しせい。それこそがタレスΘαλῆςてき思考しこうだ。

タレスΘαλῆς自身じしんは「万物ばんぶつ神々かみがみちている(πάντα πλήρη θεῶνパンタ・プレーレー・テオーン)」ともべている(アリストテレスἈριστοτέλης魂についてΠερὶ Ψυχῆς』411a7)。完全かんぜんな「だつ神話しんわ」は一夜いちやにしてったわけではない。哲学てつがく誕生たんじょう劇的げきてき断絶だんぜつというより、神話しんわ内部ないぶから理性りせいがゆっくり過程かていだった。

3. 物活論ぶっかつろん── 「きている」物質ぶっしつ

タレスΘαλῆς磁石じしゃく(マグネシアのいし)がてつきつけ、琥珀こはくエレクトロンēlektron)が摩擦まさつによってわらせる現象げんしょう観察かんさつし、「たましいプシュケーψυχή)は物質ぶっしつなかじっている」と推論すいろんした(アリストテレスἈριστοτέλης魂についてΠερὶ Ψυχῆς』405a19-21)。このかんがかた近代きんだい哲学てつがく用語ようごでは物活論ぶっかつろんヒュロゾイスムhylozoismぶ。

タレスΘαλῆςにとって、宇宙うちゅう活性かっせい物質ぶっしつ集合しゅうごうではなく、みずかうご変化へんかするきた全体ぜんたいだった。みず蒸発じょうはつ凝固ぎょうこ流動りゅうどうするのは、みずそのものに変化へんかちから内在ないざいしているからである。運動うんどう原因げんいん外部がいぶちょう自然しぜんてきりょくではなく物質ぶっしつ内部ないぶもとめるこの発想はっそうも、ロゴスλόγοςてき思考しこう延長線えんちょうせん辿たどっている。

現代げんだいには、擬人ぎじんにすぎないようにうつる。近代きんだい科学かがくデカルトDescartes以降いこう自然しぜん精密せいみつ機械きかいなすことで飛躍ひやくてき発展はってんしたからだ。21世紀せいきになって、状況じょうきょうらぎだした。ジェームズ・ラヴロックLovelockガイアΓαῖα仮説かせつ地球ちきゅう全体ぜんたいをひとつの自己じこ調節ちょうせつシステムととらえ、複雑ふくざつけい科学かがくにおける「創発そうはつエマージェンスemergence)」、つまり単純たんじゅん要素ようそ集合しゅうごうから予想よそうがい秩序ちつじょがる現象げんしょうは、物質ぶっしつ生命せいめい境界きょうかいあらためてなおさせる。タレスΘαλῆς物活論ぶっかつろん厳密げんみつ物理ぶつりがくとしてはたないが、「世界せかいんだ物質ぶっしつあつめではない」という直観ちょっかんを、完全かんぜん過去かこのものとして片付かたづけることはむずかしい。

4. 幾何きかがく天文学てんもんがく── 理論りろん実証じっしょうする

タレスΘαλῆςはエジプトの測量そくりょうじゅつをギリシャにかえり、演繹えんえきてき幾何きかがくとしてさい構成こうせいした最初さいしょ人物じんぶつとされる。「タレスΘαλῆς定理ていり」(半円はんえん内接ないせつするかく直角ちょっかくである)はその代表だいひょうれいだ。もっとも、タレスΘαλῆςされる数学すうがくてき業績ぎょうせきおおくは後世こうせい伝承でんしょうプロクロスΠρόκλοςエウクレイデスΕὐκλείδης注解ちゅうかい』など紀元きげん5世紀せいき文献ぶんけん)によるものであり、どこまでがタレスΘαλῆς本人ほんにん成果せいかかは確定かくていできない。

肝心かんじんなのは、性格せいかく転換てんかんだ。エジプトの幾何きかがくはナイルがわ氾濫はんらん土地とちさい測量そくりょうするための実用じつよう技術ぎじゅつだった。タレスΘαλῆςはこれを「なぜそうなるか」を理論りろんてき学問がくもんえたとされる。ピラミッドpyramidたかさをかげながさから算出さんしゅつした方法ほうほう相似そうじ原理げんりもとづき、抽象ちゅうしょうてき数学すうがくてき関係かんけい具体ぐたいてき問題もんだい適用てきようした初期しょき実例じつれいだ。

データサイエンスdata scienceにおける「モデル」、つまり現実げんじつ複雑ふくざつ現象げんしょう数学すうがくてき構造こうぞうとらなおすことは、タレスΘαλῆς測量そくりょうじゅつ幾何きかがく抽象ちゅうしょうした知的ちてき操作そうさおなじくする。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

タレスΘαλῆς自身じしん著作ちょさく現存げんそんしない。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusは『航海こうかいほしナウティケー・アストロロギアNautikē Astrologia)』という著作ちょさく存在そんざいつたえるが、これも散逸さんいつしている。タレスΘαλῆς思想しそう後世こうせい証言しょうげんつうじてのみ復元ふくげんされる。以下いか理解りかいふかめる文献ぶんけんだ。

  • ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだい1かん加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── タレスΘαλῆς生涯しょうがい逸話いつわ格言かくげんもっともまとまったかたちつたえる。人物じんぶつぞうつか入口いりぐち
  • アリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん出隆いでたかしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── タレスΘαλῆςアルケーἀρχήろん哲学てつがく史上しじょうどう位置いちづけられるかを、アリストテレスἈριστοτέλης自身じしん分析ぶんせきする。983bせつ核心かくしんアリストテレスἈριστοτέλης解釈かいしゃくバイアスにも注意ちゅういしてむとよい。
  • ヘロドトスἩρόδοτος歴史Ἱστορίαι(ヒストリアイ)』だい1かん松平まつだいら千秋ちあきやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── 日食にっしょく予告よこく(74せつ)やイオニアἸωνία連合れんごう提言ていげん(170せつ)など、タレスΘαλῆς実像じつぞうえがどう時代じだいもっとちか歴史れきし記録きろく
  • G.S. カークKirk, J.E. レイヴンRaven, M. スコフィールドSchofieldソクラテス以前の哲学者たちThe Presocratic Philosophers』(内山うちやま勝利かつとしやく京都大きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい / 原著げんちょ: The Presocratic Philosophersザ・プレソクラティック・フィロソファーズ, 2nd ed., Cambridge UP, 1983) ── 断片だんぺん証言しょうげん原典げんてん批判ひはんおこない、タレスΘαλῆς思想しそう厳密げんみつさい構成こうせいする。初期しょきギリシャ哲学てつがく研究けんきゅう標準ひょうじゅん参考さんこうしょ

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. アナクシマンドロスἈναξίμανδρος批判ひはんどう時代じだいタレスΘαλῆς弟子でしとされるアナクシマンドロスἈναξίμανδροςは、「みず」という特定とくてい元素げんそアルケーἀρχήえることの限界げんかいをいちはや指摘してきした。みず空気くうき対立たいりつするもののひとつにすぎず、万物ばんぶつ根源こんげん特定とくてい性質せいしつ限定げんていされない「限定げんていなもの(ト・アペイロンτὸ ἄπειρον)」でなければならない、とろんじた。回答かいとう否定ひていしつついをより精緻せいち継承けいしょうする。哲学てつがく史上しじょう最初さいしょの「建設けんせつてき批判ひはん」の典型てんけいだ。

2. アリストテレスἈριστοτέλης評価ひょうか留保りゅうほ後世こうせいアリストテレスἈριστοτέληςタレスΘαλῆςを「質料しつりょういん」の探究たんきゅうしゃとしてたか評価ひょうかしつつ、形相けいそういん作用さよういん目的もくてきいんけているてん指摘してきする。「なにからできているか」だけでは「なぜそうなるか」の説明せつめいとして不十分ふじゅうぶんであり、これはよん原因げんいんせつもとづく体系たいけいてき批判ひはんだ。同時どうじに、アリストテレスἈριστοτέληςタレスΘαλῆς自己じこ哲学てつがく体系たいけいの「先駆せんくしゃ」としてさい解釈かいしゃくしている。そのバイアスをきにタレスΘαλῆς思想しそうめない。

3. 「タレスΘαλῆς本当ほんとう哲学てつがくしゃか」論争ろんそうきん現代げんだい:20世紀せいき研究けんきゅうしゃ一部いちぶたとえばM.L.ウェストWest)は、タレスΘαλῆς思想しそうがどこまでオリジナルでどこまで近東きんとう借用しゃくようかを問題もんだいにした。前述ぜんじゅつの「エヌマ・エリシュ」や「ヌン」との類似るいじたしかに存在そんざいする。しかしおおくの哲学てつがく史家しか(カーク、ファーリーFurleyグレアムGrahamら)は、素材そざい起源きげんよりも「合理ごうりてき説明せつめい追求ついきゅうする態度たいど」のあたらしさにタレスΘαλῆς独創どくそうせいみとめている。「なにったか」以上いじょうに「どうったか」、神話しんわてきナラティブnarrativeではなく自然しぜんてき原理げんりとして提示ていじしたことが哲学てつがくはじまりだ。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそうバビロニアΒαβυλωνία天文学てんもんがくサロスSaros周期しゅうきによる天文てんもん予測よそく)、エジプトΑἴγυπτος測量そくりょうじゅつ実用じつようてき幾何きかがく)、近東きんとうみず宇宙うちゅうろんバビロニアΒαβυλωνίαの『エヌマ・エリシュEnūma Eliš』における原初げんしょみずアプスーとティアマトTiamatエジプトΑἴγυπτοςのヌン)、ヘシオドスἩσίοδος神統記Θεογονία』(宇宙うちゅう生成せいせいろん神話しんわてき先行せんこう形態けいたい)。

直接的ちょくせつてき後継こうけいしゃミレトスΜίλητος学派がくはタレスΘαλῆςい「万物ばんぶつ根源こんげんなにか」は、ミレトスΜίλητος学派がくは全体ぜんたいつらぬ共有きょうゆう財産ざいさんとなった。アナクシマンドロスἈναξίμανδροςは「限定げんていなもの(ト・アペイロンτὸ ἄπειρον)」、アナクシメネスἈναξιμένηςは「空気くうきアエールἀήρ)」をアルケーἀρχήとした。さんしゃことなる回答かいとうしつつ、同一どういついの構造こうぞう共有きょうゆうしている。「回答かいとうことなるがいは共有きょうゆうされる」。このパターンが哲学てつがくてき伝統でんとうかくだ。

とお後継こうけいしゃエンペドクレスἘμπεδοκλῆςよん元素げんそせつデモクリトスΔημόκριτος原子げんしろんて、タレスΘαλῆςアルケーἀρχή探求たんきゅう近代きんだい化学かがく元素げんそ概念がいねん周期しゅうきひょう結実けつじつする。メンデレーエフの周期しゅうきひょうは、「万物ばんぶつなにからできているか」といういへの(タレスΘαλῆςから2400ねんの)到達とうたつてんのひとつだ。現代げんだい素粒子そりゅうし物理ぶつりがく追求ついきゅうする標準ひょうじゅん模型もけいも、この系譜けいふいでいる。

哲学てつがくがいへの波及はきゅう:「複雑ふくざつなものをひとつの原理げんり説明せつめいしたい」という知的ちてき欲望よくぼうタレスΘαλῆςはじまり、科学かがくのみならず経済けいざいがく(すべてを効用こうよう還元かんげんする限界げんかい効用こうよう理論りろん)、データサイエンスdata science(すべてを数値すうち変換へんかん相関そうかんとらえる)にまでおよんでいる。

現代げんだいへの接続せつぞく

タレスΘαλῆςのこした最大さいだい遺産いさんは「みず」ではない。「世界せかいひとつの原理げんり説明せつめいできるはずだ」という信念しんねんだ。物理ぶつり学者がくしゃが「万物ばんぶつ理論りろんTheory of Everythingセオリー・オブ・エブリシング)」を追求ついきゅうするとき、それはタレスΘαλῆςアルケーἀρχή探究たんきゅう最先端さいせんたん形態けいたいにほかならない。科学かがくしゃ基本きほんてきちから統一とういつてき記述きじゅつもとめるのも、根底こんていには「多様たよう現象げんしょう共通きょうつうする構造こうぞうがあるはずだ」というおな確信かくしんがある。

還元かんげん主義しゅぎ強力きょうりょくだが、「すべてをひとつの原理げんり還元かんげんできる」という信念しんねんは、還元かんげんしきれないもの(意識いしき意味いみ個人こじんせい一回性いっかいせい)を見落みおとす。「すべてはデータである」と現代げんだい還元かんげん主義しゅぎが、いったいなにりこぼしているのか。そのいをてる権利けんりも、タレスΘαλῆςひらいた。

読者どくしゃへの

  • もしあなたが「世界せかい究極きゅうきょく原理げんりひとつだ」と主張しゅちょうするなら、それはなにか。エネルギー、情報じょうほう意識いしき、それともべつなにか? そしてそのこたえに、タレスΘαλῆςおな弱点じゃくてんはないだろうか?
  • 現代げんだいにおける「ミュトスμῦθοςからロゴスλόγοςへ」の転換てんかんはどこにあるか? あなたが批判ひはんれている「現代げんだい神話しんわ」とはなにか?
  • タレスΘαλῆςは「哲学てつがくしゃやくたない」という批判ひはんオリーブolive搾油さくゆ独占どくせんおうじた。今日きょう人文じんぶんがく同様どうよう批判ひはんけるとき、あなたならどうこたえるか?

名言めいげん出典しゅってんつき)

"万物ばんぶつ根源こんげんみずである。" ── アリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん 983b20-22 による伝承でんしょうタレスΘαλῆς自身じしん言葉ことばのこっていないが、アリストテレスἈριστοτέληςがこの命題めいだい最初さいしょ提唱ていしょうしゃとしてタレスΘαλῆς名指なざしている。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"万物ばんぶつ神々かみがみちている(πάντα πλήρη θεῶνパンタ・プレーレー・テオーン)。" ── アリストテレスἈριστοτέληςたましいについて(デ・アニマ)』411a7 による伝承でんしょう物活論ぶっかつろん核心かくしん一文いちぶんあらわす。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"なんじ自身じしんれ(γνῶθι σεαυτόνグノーティ・セアウトン)。" ── ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだい1かん40せつ。この格言かくげんデルポイΔελφοί神殿しんでんきざまれた碑文ひぶんとしてもられ、タレスΘαλῆς以外いがい賢人けんじん神託しんたくへの帰属きぞくつたわる。タレスΘαλῆς個人こじん発案はつあんとは断定だんていできないが、しち賢人けんじん筆頭ひっとうとしてかれむすびつけられてきた。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう

参考さんこう文献ぶんけん

  • 証言しょうげん断片だんぺん:H. Dielsディールス & W. Kranzクランツ へんソクラテスΣωκράτης以前いぜん哲学てつがくしゃたちの断片だんぺんDie Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー)』だい1かんタレスΘαλῆςしょう(DK 11)
  • 証言しょうげんアリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん出隆いでたかしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ); アリストテレスἈριστοτέλης魂についてΠερὶ Ψυχῆς』(中畑なかはた正志まさしやく京都大きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい
  • 歴史れきしヘロドトスἩρόδοτος歴史Ἱστορίαιだい1かん松平まつだいら千秋ちあきやく岩波いわなみ文庫ぶんこ)── 日食にっしょく予告よこく(74せつ)、イオニアἸωνία連合れんごう提言ていげん(170せつ
  • 伝記でんきディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだい1かん加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ
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  • 概説がいせつ廣川ひろかわ洋一よういちソクラテス以前の哲学者The Presocratic Philosophers』(講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ、1997ねん)── 日本語にほんごめる定評ていひょうのある入門にゅうもん概説がいせつ
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