いきいてみてほしい。くちをすぼめてけばつめたいかぜる。くちおおきくけて「ハァ」とけばあたたかいいきる。おな空気くうきなのに、なぜ温度おんどわるのか。紀元前きげんぜん6世紀せいきミレトスΜίλητοςで、この日常にちじょうてき観察かんさつから宇宙うちゅう根本こんぽん原理げんりした哲学てつがくしゃがいた。アナクシメネスἈναξιμένηςである。

タレスΘαλῆςは「万物ばんぶつみずだ」とい、兄弟子あにでしアナクシマンドロスἈναξίμανδροςは「万物ばんぶつ限定げんていなもの(ト・アペイロンτὸ ἄπειρον)だ」とった。アナクシメネスἈναξιμένηςふたた具体ぐたいてき物質ぶっしつ空気くうきアエールἀήρもどった。一見いっけんすると後退こうたいえる。だがかれしん革新かくしんは、アルケーἀρχή選択せんたくではなく、変化へんかメカニズムmechanismはじめて明示めいじしたことにある。空気くうき濃縮のうしゅくすればかぜくもみずいしになり、希薄きはくすればになる。たったひとつの原理げんりひとつのメカニズムmechanismで、世界せかい多様たようせい説明せつめいする。この「なに(What)」から「どのように(How)」への転換てんかんは、2600ねん現代げんだい科学かがく方法ほうほうろんそのものである。

この記事きじ要点ようてん

  • メカニズムmechanism導入どうにゅうタレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςも「根源こんげんなにか」にこたえたが、「根源こんげんからどのように万物ばんぶつしょうじるか」を説明せつめいできなかった。アナクシメネスἈναξιμένης濃縮のうしゅくピュクノーシスπύκνωσις)と希薄きはくマノーシスμάνωσιςという定量ていりょうてき変化へんかメカニズムmechanismはじめて提示ていじし、この欠落けつらくめた。
  • 経験けいけんてき検証けんしょう萌芽ほうがいき実験じっけんくちをすぼめるとつめたく、ひらくとあたたかい)は、理論りろん日常にちじょうてき経験けいけん裏付うらづけようとする態度たいど最古さいこ事例じれいのひとつである。仮説かせつ観察かんさつ対応たいおう。つまり科学かがくてき方法ほうほう原型げんけいがここにある。
  • 量的りょうてき変化へんかによる質的しつてき変化へんか空気くうきの「量的りょうてき」な濃淡のうたん変化へんかが、みずという「質的しつてきに」ことなる物質ぶっしつむ。この発想はっそうは、現代げんだい物理ぶつりがくにおけるそう転移てんいみずこおり蒸気じょうきになる)や、情報じょうほう理論りろんにおける量子りょうし構造こうぞうてき同型どうけいである。
  • ミレトスΜίλητος学派がくは完結かんけつタレスΘαλῆςが「なにWhatワット)」を、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςが「なぜ(Whyワイ)」を、アナクシメネスἈναξιμένηςが「どのように(Howハウ)」をうた。さん世代せだいにわたるこの探究たんきゅう深化しんかは、あらゆる学問がくもん領域りょういきにおける研究けんきゅうプログラムのプロトタイプprototypeである。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

アナクシメネスἈναξιμένης紀元前きげんぜん585ねんごろイオニアἸωνία地方ちほう港湾こうわん都市としミレトスΜίλητοςまれた。テオフラストスΘεόφραστος証言しょうげんシンプリキオスSimplicius経由けいゆ)によれば、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςの「仲間なかま(ἑταῖρος)」であり、伝統でんとうてきにはミレトスΜίλητος学派がくはだいさん世代せだい位置いちづけられる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius列伝Βίοι φιλοσόφωνだい2かん3せつ)。ただし「弟子でし」という表現ひょうげんテオフラストスΘεόφραστοςのものであり、厳密げんみつ師弟してい制度せいど意味いみするのか、おな知的ちてき伝統でんとうぞくする後輩こうはいすのかは確定かくていしがたい。なお、同名どうめいの「ランプサコスΛάμψακοςアナクシメネスἈναξιμένης」(ぜん380ねんごろぜん320ねんごろ)はアレクサンドロス大王だいおう随行ずいこうした修辞しゅうじ学者がくしゃであり、ほん記事きじミレトスΜίλητοςアナクシメネスἈναξιμένηςとはやく200ねんへだたった別人べつじんである。古代こだい文献ぶんけんではときに混同こんどうされるため、注意ちゅうい必要ひつようだ。

アナクシメネスἈναξιμένης活動かつどうしたぜん6世紀せいき後半こうはんミレトスΜίλητοςは、おおきな地政学ちせいがくてき変動へんどうただちゅうにあった。紀元前きげんぜん547/546ねん、ペルシアのキュロスΚῦρος大王だいおうリュディアΛυδίαおうクロイソスΚροῖσοςほろぼし、イオニアἸωνία地方ちほうはペルシア帝国ていこく支配しはいはいった。タレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςがともにまえ546ねんごろぼっしたとされることをかんがえると、アナクシメネスἈναξιμένηςミレトスΜίλητος知的ちてき黄金おうごん最後さいご世代せだいぞくする。かれ哲学てつがくてきいとなみは、ペルシア支配しはいという政治せいじてき激変げきへんのさなかでおこなわれたのである。ぜん494ねんイオニアἸωνία反乱はんらん鎮圧ちんあつミレトスΜίλητος壊滅かいめつてき打撃だげきけ、ミレトスΜίλητος学派がくは知的ちてき伝統でんとう事実じじつじょう途絶とぜつする。アナクシメネスἈναξιμένηςは、その終焉しゅうえん直前ちょくぜん活動かつどうした最後さいごだい哲学てつがくしゃだった。

ミレトスΜίλητος交易こうえき都市としとしての性格せいかくわらなかった。エジプトΑἴγυπτοςバビロニアΒαβυλωνίαフェニキアΦοινίκηとの交易こうえきつうじて流入りゅうにゅうする知識ちしき(とりわけバビロニアΒαβυλωνία天文てんもん観測かんそくデータや気象きしょうかんする経験けいけん)は、アナクシメネスἈναξιμένηςの「空気くうき」への注目ちゅうもく影響えいきょうあたえた可能かのうせいがある。古代こだいメソポタミアではかぜ方角ほうがく気象きしょう変化へんか観測かんそく記録きろく蓄積ちくせきされており(エヌマ・アヌ・エンリル文書ぶんしょぐん)、空気くうきかぜいき生命せいめいふかむすびつくという観念かんねん近東きんとうひろられた。ヘブライの「ルーアハ(רוח)」が「かぜ」「いき」「れい」のみっつの意味いみつように、「えない気体きたい」と「生命せいめい原理げんり」を同一どういつする発想はっそう古代こだい地中海ちちゅうかい世界せかいひろ共有きょうゆうされていた。

アナクシメネスἈναξιμένηςもまた著作ちょさく自然しぜんについて(ペリ・ピュセオース)』をあらわしたとつたえられる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius列伝Βίοι φιλοσόφωνだい2かん3せつ)。同書どうしょによれば、かれは「素朴そぼく簡潔かんけつイオニアἸωνία方言ほうげん(ἁπλῇ καὶ ἀπερίττῳ Ἰάδι)」でいた。ディオゲネスΔιογένηςはこの文体ぶんたいてき特徴とくちょうをわざわざ記録きろくしており、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςの(おそらくより晦渋かいじゅうな)散文さんぶんとの対比たいひ意識いしきしていた可能かのうせいがある。著作ちょさくそのものは散逸さんいつしており、現存げんそんする断片だんぺんはわずか3つ(DK 13 B1, B2, B3)である。ミレトスΜίλητος学派がくはさんにんタレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςアナクシメネスἈναξιμένης)のなかで、アナクシメネスἈναξιμένης人物じんぶつぞうもっとうすい。哲学てつがく以外いがい業績ぎょうせきタレスΘαλῆς日食にっしょく予言よげんやオリーブ商売しょうばいアナクシマンドロスἈναξίμανδρος世界せかい地図ちず植民しょくみん指揮しき)に相当そうとうする逸話いつわつたわっておらず、後世こうせい人々ひとびとにとってかれは「理論りろんひと」として記憶きおくされた。

ミニ年表ねんぴょう

  • ぜん585ねんころイオニアἸωνία地方ちほうミレトスΜίλητοςまれる
  • ぜん560年代ねんだいアナクシマンドロスἈναξίμανδρος影響えいきょう自然しぜん哲学てつがく研究けんきゅう
  • ぜん547/546ねん:ペルシアによるリュディアΛυδία征服せいふくイオニアἸωνίαがペルシア帝国ていこく支配しはいはい
  • ぜん546ねんころタレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςぼつアナクシメネスἈναξιμένηςミレトスΜίλητος学派がくは継承けいしょう
  • ぜん540〜530年代ねんだい:『自然についてΠερὶ Φύσεως』をあらわす。空気くうきアルケーἀρχήせつ濃縮のうしゅく希薄きはくメカニズムmechanism体系たいけい
  • ぜん528/525ねんころミレトスΜίλητοςにてぼつ

アナクシメネスἈναξιμένηςなにうたのか

アナクシメネスἈναξιμένης直面ちょくめんした問題もんだいは、ミレトスΜίλητος学派がくはにん先達せんだつのこした「未完みかん宿題しゅくだい」だった。タレスΘαλῆςは「万物ばんぶつ根源こんげんみずだ」と主張しゅちょうしたが、みずからどのようにしてしょうじるのか。変化へんかプロセスprocess説明せつめいしていない。アナクシマンドロスἈναξίμανδρος根源こんげんを「限定げんていなもの(ト・アペイロンτὸ ἄπειρον)」とすることで、対立たいりつぶつ問題もんだい回避かいひした。しかし「限定げんていなもの」は感覚かんかく把握はあくできず、そこから具体ぐたいてき物質ぶっしつがどうやってしょうじるのかは依然いぜんとして不明瞭ふめいりょうだった。

つまり、ミレトスΜίλητος学派がくはにはふたつの欠落けつらくがあった。だいいちに、根源こんげんなにか(Whatワット)」にはこたえたが、「どのように変化へんかするか(Howハウ)」にこたえていないだいに、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςの「ト・アペイロンτὸ ἄπειρον」は論理ろんりてき洗練せんれんされていたが、経験けいけんてき把握はあくしにくく、具体ぐたいてき説明せつめいりょくとぼしい

アナクシメネスἈναξιμένης戦略せんりゃくは、このふたつの欠落けつらく同時どうじめることだった。根源こんげんふたた具体ぐたいてき物質ぶっしつ空気くうきもどすことで経験けいけんてきなアクセスを回復かいふくし、同時どうじに「濃縮のうしゅく希薄きはく」という変化へんか原理げんり導入どうにゅうすることで、ひとつの物質ぶっしつからすべての物質ぶっしつしょうじるプロセスprocess説明せつめいする。なにであるか」と「どうわるか」を一体いったいとして提示ていじした。これがアナクシメネスἈναξιμένης革新かくしんだった。

この転換てんかん意義いぎおおきい。現代げんだい科学かがくにおいて、「なにであるか」(存在そんざいろん)だけでは科学かがくてき説明せつめいとして不十分ふじゅうぶんであり、「どのようなメカニズムmechanism変化へんかするか」(プロセスprocess記述きじゅつ)が不可欠ふかけつである。ダーウィンDarwin進化しんかろんが「自然しぜん選択せんたく」というメカニズムmechanismしめしたこと、ニュートンNewtonが「万有引力ばんゆういんりょく」という力学りきがく定式ていしきしたこと。これらはすべて「How」への回答かいとうである。アナクシメネスἈναξιμένηςは、この「How」を哲学てつがくんだ最初さいしょ人物じんぶつなのだ。

核心かくしん理論りろん

1. 空気くうきアエールἀήρ)── なぜふたた具体ぐたいてき物質ぶっしつもどったのか

アナクシメネスἈναξιμένης万物ばんぶつ根源こんげんえらんだのは「空気くうき(ἀήρ / アエールἀήρ)」である。ただし、ここで重要じゅうよう語義ごぎじょう注意ちゅういがある。古代こだいギリシャの ἀήρ は、現代げんだいの「空気くうきエアーair)」(透明とうめいかわいた気体きたい)とは意味いみがかなりことなる。ホメロスὍμηροςヘシオドスἩσίοδοςにおいて ἀήρ はきり」「靄(もや)」「くら水蒸気すいじょうき意味いみするであり、透明とうめい大気たいきは αἰθήρ(アイテールαἰθήρ)とばれた(Kirk & Raven, 1983, pp.144-145)。アナクシメネスἈναξιμένηςの「アエールἀήρ」もまた、われわれが日常にちじょうてきにイメージする無色むしょく透明とうめい気体きたいというよりも、えないが世界せかいたす、きりのような湿しめった気体きたいてき存在そんざいとして理解りかいすべきである。この理解りかいは、空気くうき濃縮のうしゅくして「くもみず」になるというプロセスprocess自然しぜんさを際立きわだたせる。きり凝結ぎょうけつしてあめになる過程かていそのものだからだ。

テオフラストスΘεόφραστος報告ほうこくシンプリキオスSimplicius自然学注解In Aristotelis Physicorum』24.26-25.1)によれば、アナクシメネスἈναξιμένης空気くうきを「無限むげん(アペイロン)」であるとしつつ、それを性質せいしつを「空気くうき」として特定とくていした。つまり、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςの「限定げんていせい」を完全かんぜん否定ひていしたわけではなく、無限むげんなるものに具体ぐたいてき正体しょうたいあたえたのである。

なぜ空気くうきなのか。いくつかの理由りゆう推測すいそくされる。だいいちに、空気くうきえない(あるいはきりのようにはん透明とうめいな)がいたるところに存在そんざいする。タレスΘαλῆςの「みず」のように特定とくてい場所ばしょ限定げんていされず、世界せかい全体ぜんたいたしている。だいに、空気くうき生命せいめい直結ちょっけつする。いきプネウマπνεῦμα)をめればひとぬ。アナクシメネスἈναξιμένης現存げんそん断片だんぺんB2はこの類推るいすい明示めいじする:

"われわれのたましい空気くうきであってわれわれを統御とうぎょしているように、プネウマπνεῦμαいき)と空気くうきぜん宇宙うちゅうつつんでいる。" ── アエティオスἈέτιος学説誌Placita Philosophorumだい1かん3しょう4せつ(DK 13 B2)。ただし、この断片だんぺんのテクストにはいくつかのみの異同いどうがあり、「たましい空気くうきである」の部分ぶぶんアナクシメネスἈναξιμένης自身じしん表現ひょうげん後世こうせい解釈かいしゃくかは議論ぎろんがある。

ここにられるのは、ミクロコスモス(人間にんげん小宇宙しょううちゅう)とマクロコスモス(世界せかいだい宇宙うちゅう)の類推るいすいである。人間にんげん身体しんたい呼吸こきゅうによってかされているように、宇宙うちゅう全体ぜんたい空気くうきによってかされている。この類推るいすいプラトンΠλάτων(『ティマイオスΤίμαιος』)やストアΣτοά宇宙うちゅうろん継承けいしょうされ、中世ちゅうせいネオプラトニズムNeoplatonism、さらにはルネサンスRenaissance自然しぜん哲学てつがくにまでなが壮大そうだい知的ちてき系譜けいふ出発しゅっぱつてんのひとつである。

だいさんに、空気くうきタレスΘαλῆςの「みず」にたいするアナクシマンドロスἈναξίμανδρος批判ひはん(「対立たいりつぶつ一方いっぽう根源こんげんたりえない」)をある程度ていど回避かいひできる。空気くうきつめたくもあたたかくもなりうる「中間ちゅうかんてき」な性質せいしつち、みずのどちらか一方いっぽう固定こていされない。アナクシメネスἈναξιμένης選択せんたくは、具体ぐたいせいとアペイロンの限定げんていせい折衷せっちゅうあんだった。

2. 濃縮のうしゅくピュクノーシスπύκνωσις)と希薄きはくマノーシスμάνωσις)── 最初さいしょ変化へんかメカニズムmechanism

アナクシメネスἈναξιμένης最大さいだい革新かくしんは、空気くうきというひとつの物質ぶっしつから万物ばんぶつしょうじるメカニズムmechanism明示めいじしたことにある。そのメカニズムmechanismとは「濃縮のうしゅく(πύκνωσις / ピュクノーシスπύκνωσις)」と「希薄きはく(μάνωσις / マノーシスμάνωσις)」である(テオフラストスΘεόφραστοςシンプリキオスSimplicius自然学注解In Aristotelis Physicorum』24.26-25.1; 擬プルタルコスΠλούταρχοςストロマテイスΣτρωματεῖςだい3しょう)。

空気くうき希薄きはくすると、よりあつかるくなり、やがてになる。ぎゃく空気くうき濃縮のうしゅくすると、まずかぜしょうじ、さらに濃縮のうしゅくしてくもみずいしになる。つまり、空気くうき密度みつどわるだけで(それ以外いがい原理げんり追加ついかすることなく)宇宙うちゅうのすべての物質ぶっしつ説明せつめいされる:

希薄きはく空気くうき濃縮のうしゅくかぜくもみずいし

なお、アエティオスἈέτιος(『学説誌Placita Philosophorumだい1かん3しょう4せつ)の証言しょうげんでは、この濃縮のうしゅくプロセスprocessあらわとしてπίλησις(ピレーシスπίλησιςもちいられている。これは羊毛ようもう圧縮あっしゅくしてフェルトπῖλοςつくる「ちぢみ絨(しゅくじゅう)」の工程こうてい由来ゆらいする比喩ひゆであり、繊維せんいかためてべつ質感しつかん物質ぶっしつえる日常にちじょう技術ぎじゅつからの着想ちゃくそうである。ミレトスΜίλητος古代こだい世界せかい有数ゆうすう羊毛ようもう産業さんぎょう都市としでもあり、アナクシメネスἈναξιμένηςがこの比喩ひゆえらんだことには、地場じば産業さんぎょう経験けいけん反映はんえいされている可能かのうせいがある。

この理論りろん革新かくしんせいみっつある。

だいいちに、連続れんぞくてき変化へんかである。からいしまで、物質ぶっしつ種類しゅるい断絶だんぜつなく連続れんぞくしている。種類しゅるいちがいは本質ほんしつちがいではなく、密度みつどの「程度ていど」のちがいにすぎない。これは現代げんだい物理ぶつりがくにおけるそう転移てんいみず温度おんどによってこおり液体えきたい蒸気じょうきわる)の直観ちょっかんてき先取さきどりである。

だいに、定量ていりょうせい萌芽ほうがである。「い/うすい」という変化へんかは、原理げんりてきに「どのくらいいか/うすいか」という量的りょうてきいにひらかれている。アナクシメネスἈναξιμένης自身じしん数値すうちてき定量ていりょうおこなったわけではないが、変化へんか質的しつてき飛躍ひやくではなく量的りょうてき連続れんぞくとしてとらえる態度たいどは、のちピュタゴラスΠυθαγόρας学派がくは数学すうがくてき自然しぜんかんや、近代きんだい科学かがく定量ていりょうてき方法ほうほうろんとお源流げんりゅうである。

だいさんに、メカニズムmechanism一元いちげんせいである。濃縮のうしゅく希薄きはくという「たったひとつの変化へんか原理げんり」で万物ばんぶつ多様たようせい説明せつめいする。複数ふくすう原理げんり複数ふくすうちから導入どうにゅうしない。この理論りろんてき節約せつやくオッカムOccam剃刀かみそり精神せいしん)は、科学かがく理論りろん美徳びとく核心かくしんである。

3. いき実験じっけん── 経験けいけんてき検証けんしょう最古さいここころ

アナクシメネスἈναξιμένης自説じせつ裏付うらづけるために、おどろくべき「実験じっけん」を提示ていじした。現存げんそん断片だんぺんB1(擬プルタルコスΠλούταρχοςストロマテイスΣτρωματεῖςだい3しょう)につたえられるこのエピソードは、科学かがく史上しじょうもっとふる経験けいけんてき検証けんしょうこころみのひとつとしてられる。

くちをすぼめていきくと、てくる空気くうきつめたい。くちおおきくけて「ハァ」といきくと、てくる空気くうきあたたかい。アナクシメネスἈναξιμένηςはこの日常にちじょうてき観察かんさつつぎのように解釈かいしゃくした。くちをすぼめてくとき、空気くうき圧縮あっしゅくされて濃縮のうしゅくされて)つめたくなる。くちひらいてくとき、空気くうきひろがって希薄きはくして)あたたかくなる。これは自説じせつ濃縮のうしゅく冷却れいきゃくみ、希薄きはく加熱かねつむ)の経験けいけんてき証拠しょうこだ、と。

現代げんだい物理ぶつりがく視点してんからると、この説明せつめいじつあやまっている。くちをすぼめてくとつめたいのは、空気くうき流速りゅうそくがることで周囲しゅうい空気くうきみ(エントレインメントentrainment効果こうか)、体温たいおんよりひく室温しつおん空気くうき混合こんごうするためであり、断熱だんねつ膨張ぼうちょう圧縮あっしゅく効果こうかではない。「ハァ」とくとあたたかいのは、低速ていそくされたいき体温たいおんちかいままだからである。

しかし、結論けつろん正誤せいごよりも方法ほうほう意義いぎ重要じゅうようアナクシメネスἈναξιμένηςは、宇宙うちゅうろんてき理論りろん日常にちじょう身体しんたいてき経験けいけん検証けんしょうしようとした。「理論りろんただしいなら、こういう現象げんしょう観察かんさつされるはずだ」。この仮説かせつ演繹えんえきてき推論すいろん構造こうぞうは、フランシス・ベーコンやガリレオGalileoが2000ねん以上いじょう定式ていしきする科学かがくてき方法ほうほう原型げんけいである。結果けっか間違まちがっていたが、アプローチはただしかった。

4. 宇宙うちゅうろん── たいらな大地だいち空気くうき宇宙うちゅう

アナクシメネスἈναξιμένης宇宙うちゅうろんは、空気くうきアルケーἀρχήせつ自然しぜん帰結きけつとして構成こうせいされている。ヒッポリュトスἹππόλυτος(『全異端反駁Refutatio Omnium Haeresiumだい1かん7しょう)やアエティオスἈέτιος(『学説誌Placita Philosophorumだい2-3かんかくせつ)の証言しょうげんによれば、大地だいちたいらな円盤えんばんじょうであり、空気くうきうえかんでいる。ちょうどかぜささえられるように。アナクシマンドロスἈναξίμανδροςの「等距離とうきょりによる静止せいし」という洗練せんれんされた議論ぎろん比較ひかくすると、やや素朴そぼく説明せつめい後退こうたいしているようにもえる。

天体てんたいについてもアナクシメネスἈναξιμένης独自どくじ見解けんかいっていた。星々は地球ちきゅうからもっととおいのではなく、のようなものが空気くうきちゅういた「びょう(びょう)」のようなものであるとされた(アエティオスἈέτιος学説誌Placita Philosophorumだい2かん14しょう3-4せつ)。太陽たいようたいらで、大地だいち周囲しゅういを(大地だいちした通過つうかするのではなく)帽子ぼうしのようにあたままわりをまわるように運動うんどうするとした。よるになるのは太陽たいよう大地だいちしたしずむのではなく、大地だいちたか部分ぶぶんかくされるためだ、と。

この宇宙うちゅうろんアナクシマンドロスἈναξίμανδρος同心円どうしんえんモデルとくらべて後退こうたいえるかもしれない。しかし、すべてを「空気くうきとその濃淡のうたん」で一貫いっかんして説明せつめいしようとする理論りろんてき一貫いっかんせい評価ひょうかあたいする。大地だいちくのも、天体てんたいかがやくのも、くもあめしょうじるのも、すべて空気くうきいとして統一とういつてき説明せつめいされるのだ。

とりわけ注目ちゅうもくすべきは、アナクシメネスἈναξιμένης気象きしょう現象げんしょう体系たいけいてき説明せつめいしたてんである。アエティオスἈέτιος(『学説誌Placita Philosophorumだい3かん)やヒッポリュトスἹππόλυτος(『全異端反駁Refutatio Omnium Haeresiumだい1かん7しょう)の証言しょうげんによれば、かれ以下いかのようにろんじた。あめ空気くうき濃縮のうしゅくしてくもになり、さらに圧縮あっしゅくされてみずとして落下らっかする現象げんしょうである。濃縮のうしゅくがさらにすすむと雹(ひょう)になり、ゆきみず空気くうきかぜ)がじって凝固ぎょうこしたものである。にじ太陽光たいようこう濃密のうみつくもたってしょうじる。地震じしん大地だいち過度かど乾燥かんそう亀裂きれつはいるか、ぎゃく過度かど湿潤しつじゅんになって崩壊ほうかいすることできる。いずれも空気くうきちゅう水分すいぶん濃縮のうしゅく希薄きはく帰着きちゃくする。かみなり稲妻いなづまかぜくもくときにしょうじるとした。これらの説明せつめい個々ここれば不正確ふせいかくだが、すべてを「空気くうき密度みつど変化へんか」という単一たんいつ原理げんり統一とういつてき導出どうしゅつしようとしたてんこそが革新かくしんてきである。個別こべつ現象げんしょうごとに別々べつべつかみ神話しんわてき説明せつめいとは、根本こんぽんてきことなる知的ちてき態度たいどだ。

5. たましい宇宙うちゅう同型どうけいせい── マクロコスモスとミクロコスモス

断片だんぺんB2でしめされる「たましい空気くうき宇宙うちゅう空気くうき」という等式とうしきは、たんなる比喩ひゆ以上いじょう理論りろんてき射程しゃていつ。人間にんげん生命せいめい維持いじする原理げんり呼吸こきゅう空気くうき)と、宇宙うちゅう維持いじする原理げんりアルケーἀρχή空気くうき)が同一どういつ物質ぶっしつであるならば、人間にんげん理解りかいすることは宇宙うちゅう理解りかいすることに直結ちょっけつし、そのぎゃくもまたしかりである。

このマクロコスモス=ミクロコスモス発想はっそうは、西洋せいよう思想しそうかえ回帰かいきする強力きょうりょくなモチーフとなった。プラトンΠλάτωνの『ティマイオスΤίμαιος』は宇宙うちゅうを「おおきな生物せいぶつ」としてえがき、ストアΣτοάプネウマπνεῦμα気息きそく)を宇宙うちゅう統御とうぎょ原理げんりとした。ルネサンスRenaissanceパラケルススParacelsus人体じんたい宇宙うちゅう縮図しゅくずとして医学いがく構想こうそうし、20世紀せいきのジェームズ・ラヴロックLovelock地球ちきゅう全体ぜんたい自己じこ調節ちょうせつてきなシステム(ガイアΓαῖα仮説かせつ)として理論りろんした。

現代げんだいフラクタルfractal理論りろん部分ぶぶん全体ぜんたい自己じこ相似そうじてき構造こうぞうつ)もまた、スケールのことなる世界せかい同型どうけい構造こうぞう共有きょうゆうするという直観ちょっかん数学すうがくてき表現ひょうげんしたものである。アナクシメネスἈναξιμένηςたましい空気くうき等式とうしきは、この壮大そうだい系譜けいふ出発しゅっぱつてんのひとつだ。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

アナクシメネスἈναξιμένης著作ちょさく散逸さんいつしており、現存げんそんするのはわずか3断片だんぺん(DK 13 B1, B2, B3)のみである。以下いかかれ思想しそう復元ふくげんするための文献ぶんけんガイドである。

  • ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだい2かん3せつ加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── アナクシメネスἈναξιμένης生涯しょうがい業績ぎょうせき簡潔かんけつ伝記でんきてき概要がいようミレトスΜίλητος学派がくはさんだい関係かんけい理解りかいする出発しゅっぱつてん
  • 廣川ひろかわ洋一よういちソクラテス以前の哲学者The Presocratic Philosophers』(講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ、1997ねん) ── ミレトスΜίλητος学派がくは全体ぜんたい日本語にほんご平易へいい概説がいせつする。タレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςアナクシメネスἈναξιμένης思想しそうてき展開てんかい明快めいかい整理せいりされている。
  • アリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん984a(出隆いでたかしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── アリストテレスἈριστοτέλης初期しょき自然しぜん哲学てつがくしゃアルケーἀρχήろん体系たいけいてき分析ぶんせきする。アナクシメネスἈναξιμένηςへの言及げんきゅうふくむ。
  • G.S. Kirkカーク, J.E. Ravenレイヴン, M. SchofieldスコフィールドThe Presocratic Philosophersソクラテス以前の哲学者たち』2nd ed., Cambridge UP, 1983, Ch.5(邦訳ほうやく内山うちやま勝利かつとしやくソクラテス以前の哲学者たちThe Presocratic Philosophers京都大きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい) ── アナクシメネスἈναξιμένηςぜん断片だんぺんぜん証言しょうげん原典げんてん批判ひはんてき検討けんとうする。濃縮のうしゅく希薄きはくメカニズムmechanism解釈かいしゃく問題もんだいについてもっと詳細しょうさい議論ぎろん提供ていきょうする。
  • D.W. GrahamグラハムExplaining the Cosmos: The Ionian Tradition of Scientific Philosophy宇宙を説明する:イオニアの科学哲学の伝統』, Princeton UP, 2006, Ch.3 ── ミレトスΜίλητος学派がくは科学かがくてき思考しこうさい評価ひょうかする近年きんねん重要じゅうよう著作ちょさくアナクシメネスἈναξιμένης方法ほうほうろんてき革新かくしん焦点しょうてんてる。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. ヘラクレイトスἩράκλειτος批判ひはんどう時代じだい後続こうぞくエフェソスἜφεσοςヘラクレイトスἩράκλειτοςは、ミレトスΜίλητος学派がくはが「ひとつの根源こんげん物質ぶっしつ」を特定とくていしようとするいとな全体ぜんたい懐疑かいぎてきだったとなされることがある。かれにとって重要じゅうようなのは物質ぶっしつ正体しょうたいではなく、対立たいりつ変化へんか永続えいぞくてきプロセスprocessそのものだった。「」をアルケーἀρχήえたとされるヘラクレイトスἩράκλειτοςだが、かれ物質ぶっしつというよりも変化へんか象徴しょうちょうであり、アナクシメネスἈναξιμένηςの「空気くうき」とはことなる次元じげん議論ぎろんである。

2. アリストテレスἈριστοτέλης評価ひょうか限界げんかい指摘してき後世こうせいアリストテレスἈριστοτέληςアナクシメネスἈναξιμένης濃縮のうしゅく希薄きはく理論りろんを「対立たいりつする性質せいしつによる変化へんか」として理解りかいし(『自然学Φυσικήだい1かん4しょう187a12-23)、自身じしん質料しつりょう変化へんかろん先駆せんくとして一定いってい評価ひょうかあたえている。また『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん3しょう(984a5)では、アナクシメネスἈναξιμένηςを「空気くうき万物ばんぶつ根源こんげんとした」哲学てつがくしゃとして明確めいかく言及げんきゅうする。しかし同時どうじに、アナクシメネスἈναξιμένης空気くうきはなぜ変化へんかするのか」──変化へんか作用さよういん──を説明せつめいしていないてん批判ひはんする。空気くうき濃縮のうしゅく希薄きはくするが、その変化へんかこすちからなになのか。アナクシメネスἈναξιμένης空気くうきに「永遠えいえん運動うんどう」が内在ないざいすると暗黙あんもく前提ぜんていしたが、それは論証ろんしょうなき仮定かていだ、とアリストテレスἈριστοτέληςなす。

ただし、この批判ひはんアリストテレスἈριστοτέλης自身じしんの「よん原因げんいんせつ」(とりわけ動力どうりょくいん目的もくてきいん要求ようきゅう)を基準きじゅんとしている。アナクシメネスἈναξιμένης議論ぎろん公正こうせい評価ひょうかしているかどうかには、疑問ぎもん余地よちがある。

3. 現代げんだい解釈かいしゃく論争ろんそうアナクシメネスἈναξιμένης理論りろんは「後退こうたい」か「前進ぜんしん」かをめぐって、研究けんきゅうしゃ評価ひょうかかれている。(a)バーネットBurnet(1892)やガスリーGuthrie(1962)は、具体ぐたいてき物質ぶっしつもどったことをアナクシマンドロスἈναξίμανδρος抽象ちゅうしょうてき思考しこうからの「後退こうたい」となした。(b)一方いっぽうカークKirkレイヴンRaven(1983)やグラハムGraham(2006)は、メカニズムmechanism導入どうにゅう重視じゅうしし、これを科学かがくてき方法ほうほうろんにおける「前進ぜんしん」と評価ひょうかする。(c)近年きんねんでは、ルイスLewis(2009)のように、アナクシメネスἈναξιμένης理論りろんを「初期しょきギリシャの物質ぶっしつ理論りろん全体ぜんたい文脈ぶんみゃく位置いちづけ、後退こうたい/前進ぜんしんというこう対立たいりつえたさい評価ひょうかこころみる研究けんきゅうもある。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそうタレスΘαλῆςアルケーἀρχή探究たんきゅう(「なにか」を枠組わくぐみ)、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςト・アペイロンτὸ ἄπειρον限定げんていせい対立たいりつぶつ分離ぶんりという発想はっそう)、バビロニアの気象きしょう観測かんそく記録きろくかぜ天候てんこう経験けいけんてき知識ちしき)。アナクシメネスἈναξιμένης先行せんこうするにんいと回答かいとう批判ひはんてき統合とうごうした。

直接的ちょくせつてき後継こうけいしゃディオゲネスΔιογένης・オブ・アポロニア(ぜん5世紀せいき後半こうはん)は、アナクシメネスἈναξιμένης空気くうきアルケーἀρχήせつ明示めいじてき継承けいしょうし、空気くうきに「知性ちせいノエーシスνόησις)」を付与ふよすることでアナクサゴラスἈναξαγόραςヌースνοῦς知性ちせい)との折衷せっちゅうこころみた。シンプリキオスSimplicius(『自然学注解In Aristotelis Physicorum』151.31)はディオゲネスΔιογένηςを「ほぼアナクシメネスἈναξιμένης模倣もほうしゃ」とひょうしている。アリストファネスἈριστοφάνης喜劇きげきΝεφέλαι』(ぜん423ねん初演しょえん)でソクラテスΣωκράτηςが「空気くうき」や「うず」をあがめているようにえがかれるのは、当時とうじアテナイἈθῆναιられていたディオゲネスΔιογένης学説がくせつ戯画ぎがしたものとかんがえられている。つまり、アナクシメネスἈναξιμένης思想しそうは、直弟子じきでしかいしてアテナイἈθῆναι大衆たいしゅう文化ぶんかにまで浸透しんとうしていたのである。

エンペドクレスἘμπεδοκλῆς多元たげんろんへの橋渡はしわたアナクシメネスἈναξιμένηςの「ひとつの物質ぶっしつからおおくの物質ぶっしつしょうじる」モデルは、のちエンペドクレスἘμπεδοκλῆςぜん5世紀せいき)が提出ていしゅつした「よん元素げんそせつ」(みず空気くうき)の前提ぜんてい条件じょうけんととのえた。エンペドクレスἘμπεδοκλῆς一元論いちげんろん放棄ほうきして多元たげんろん移行いこうしたが、その「空気くうき」「みず」「」「」という元素げんそのリストは、アナクシメネスἈναξιμένης濃縮のうしゅく希薄きはくスペクトルspectrumじょうならべた物質ぶっしつをそのまま独立どくりつ根源こんげん昇格しょうかくさせたものとることができる。

ストアΣτοάへの影響えいきょうストアΣτοάぜん3世紀せいき〜)は「プネウマπνεῦμα気息きそく)」を宇宙うちゅう統御とうぎょ原理げんりとする理論りろん展開てんかいした。プネウマπνεῦμαは「空気くうき混合こんごうぶつ」であり、宇宙うちゅう全体ぜんたい浸透しんとうして張力ちょうりょくトノスτόνος)と統一とういつせいあたえるとされた。クリュシッポスΧρύσιπποςぜん3世紀せいき)のプネウマπνεῦμαろんにおける「膨張ぼうちょう収縮しゅうしゅく」の運動うんどうは、アナクシメネスἈναξιμένηςの「希薄きはく濃縮のうしゅく」とおどろくべき構造こうぞうてき類似るいじしめす。アナクシメネスἈναξιμένηςの「たましい空気くうき」「宇宙うちゅう空気くうき」の等式とうしきストアΣτοάプネウマπνεῦμαろん直接ちょくせつ流入りゅうにゅうしたかどうかは議論ぎろんがあるが、ポセイドニオスΠοσειδώνιοςぜん1世紀せいき)やセネカSeneca1世紀せいき)をつうじた間接かんせつてき影響えいきょうひろみとめられている。

科学かがくへの波及はきゅう濃縮のうしゅく希薄きはくというメカニズムmechanism発想はっそうは、近代きんだい化学かがくの「気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき」(ボイルの法則ほうそく圧力あつりょく体積たいせき反比例はんぴれい関係かんけい、1662ねん)や、物理ぶつりがくそう転移てんい理論りろん構造こうぞうてき対応たいおうする。「ひとつの物質ぶっしつ密度みつど変化へんかによってことなる状態じょうたいしめす」というモデルは、アナクシメネスἈναξιμένηςが2600ねんまえ提示ていじし、現代げんだい科学かがくがようやく精密せいみつ定式ていしきしたものである。

ミレトスΜίλητος学派がくは完結かんけつ──さんにん遺産いさん

アナクシメネスἈναξιμένηςとともに、ミレトスΜίλητος学派がくはやく80ねんにわたる知的ちてき伝統でんとうまくじた。さんにんのこしたいと方法ほうほう整理せいりすれば、かれらの共同きょうどう作業さぎょう全貌ぜんぼうかびがる。タレスΘαλῆςなにであるか(Whatワット)」い、アナクシマンドロスἈναξίμανδρος「なぜそうでなければならないか(Whyワイ)」い、アナクシメネスἈναξιμένης「どのように変化へんかするか(Howハウ)」うた。What → Why → How──このさん段階だんかい深化しんかは、あらゆる学問がくもん領域りょういきにおける探究たんきゅうプロトタイプprototypeである。

ミレトスΜίλητος学派がくはは、神話しんわてき説明せつめいわる自然しぜん主義しゅぎてき合理ごうりてき世界せかい説明せつめい枠組わくぐみを確立かくりつした。かれ以降いこう、ギリシャ哲学てつがくは「万物ばんぶつ根源こんげんなにか」といういをめぐって爆発ばくはつてき展開てんかいする。ヘラクレイトスἩράκλειτοςピュタゴラスΠυθαγόραςかずパルメニデスΠαρμενίδης存在そんざいエンペドクレスἘμπεδοκλῆςよん元素げんそアナクサゴラスἈναξαγόραςヌースνοῦς、そしてデモクリトスΔημόκριτος原子げんし。この壮大そうだい知的ちてき競争きょうそうのすべてが、ミレトスΜίλητοςさんにんひらいたいの地平ちへいうえっている。

現代げんだいへの接続せつぞく

アナクシメネスἈναξιμένης遺産いさんふたつの次元じげん現代げんだいきている。

だいいちに、メカニズムmechanism要求ようきゅう現代げんだい科学かがくにおいて「なにであるか」をしめすだけでは不十分ふじゅうぶんであり、「どのようにしてそうなるか」を説明せつめいするメカニズムmechanismもとめられる。ダーウィンDarwin進化しんかの「事実じじつ」だけでなく「自然しぜん選択せんたく」というメカニズムmechanism提示ていじしたこと、ワトソンとクリックがDNAの「構造こうぞう」だけでなく「複製ふくせい仕組しくみ」をあきらかにしたこと。科学かがく進歩しんぽつねに「How」の深化しんかである。アナクシメネスἈναξιμένηςが2600ねんまえにこの要求ようきゅう最初さいしょたした。

だいに、量的りょうてき変化へんか質的しつてき変化へんかむ」という発想はっそうみずが0℃でこおりになり、100℃で蒸気じょうきになる。おなじH2O分子ぶんしが、温度おんどという「量的りょうてき」パラメータの変化へんかによって「質的しつてきに」まったくことなる姿すがたる。マルクスMarxが『資本論Das Kapital』で展開てんかいした「りょうからしつへの転化てんか」(ヘーゲルHegel弁証法べんしょうほう由来ゆらい)、臨界りんかい質量しつりょうえると連鎖れんさ反応はんのうはじまるかく物理ぶつりがく、あるしきいえるとけい全体ぜんたいいが一変いっぺんする生態せいたいがくの「転換てんかんてん」。これらすべてに、アナクシメネスἈναξιμένης直観ちょっかん木霊こだましている。「もっとおおく」が「まったくべつのもの」になる。このおどろくべき原理げんりを、最初さいしょ明示めいじてきしめしたのがアナクシメネスἈναξιμένης濃縮のうしゅく希薄きはく理論りろんなのである。

だいさんに、一元いちげんてき還元かんげん主義しゅぎ」の原型げんけいとしての意義いぎがある。現代げんだい物理ぶつりがく目指めざす「万物ばんぶつ理論りろんセオリー・オブ・エブリシングTheory of Everything)」、つまり重力じゅうりょく電磁でんじりょくつよちからよわちからのすべてをひとつの枠組わくぐみで記述きじゅつするものは、「世界せかい多様たようせいをたったひとつの原理げんり還元かんげんする」というアナクシメネスἈναξιμένης知的ちてき衝動しょうどうおな構造こうぞうつ。もちろん、現代げんだい物理ぶつりがく数学すうがくてき洗練せんれんアナクシメネスἈναξιμένης素朴そぼく空気くうき一元論いちげんろん比較ひかくにならない。

だが、「世界せかいかけほど複雑ふくざつではないはずだ」「背後はいご単純たんじゅん統一とういつ原理げんりがあるはずだ」という信念しんねん。この科学かがく駆動くどうするもっとふか動機どうき最初さいしょ明示めいじしたのが、ミレトスΜίλητοςさんにんであり、とりわけ「ひとつの物質ぶっしつひとつのメカニズムmechanism」で完結かんけつする体系たいけいしめしたアナクシメネスἈναξιμένηςなのである。

読者どくしゃへの

  • あなたの専門せんもん分野ぶんやで、「なにであるか」はかっているが「どのようにしてそうなるか」がまだ解明かいめいされていない問題もんだいなにか。アナクシメネスἈναξιμένης態度たいどならって、「How」をなおしてみよ。
  • 量的りょうてき変化へんか質的しつてき変化へんかこした経験けいけん(たとえば練習れんしゅう蓄積ちくせきがある突然とつぜん「できる」にわった経験けいけん)はあるか。それは「濃縮のうしゅく希薄きはく」のアナロジーanalogyでどう説明せつめいできるか。
  • アナクシメネスἈναξιμένηςいき実験じっけんは、結論けつろんあやまりだがアプローチはただしかった。科学かがくれば、ただしい方法ほうほうろんから間違まちがった結論けつろんまれ、それが修正しゅうせいされて真理しんりちかづくケースは無数むすうにある。あなた自身じしん仕事しごとまなびのなかで、「方法ほうほうただしかったが結論けつろん間違まちがっていた」経験けいけんはあるか。その経験けいけんからなにまなんだか。
  • タレスΘαλῆςは「なにであるか」を、アナクシマンドロスἈναξίμανδροςは「なぜそうでなければならないか」を、アナクシメネスἈναξιμένηςは「どのように変化へんかするか」をうた。あなたがこん直面ちょくめんしている問題もんだいは、What・Why・Howのどの段階だんかいにあるか。つぎうべきはなにか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"われわれのたましい空気くうきであってわれわれを統御とうぎょしているように、プネウマπνεῦμα空気くうきぜん宇宙うちゅうつつんでいる。" ── アエティオスἈέτιος学説誌Placita Philosophorumだい1かん3しょう4せつ(DK 13 B2)。マクロコスモスとミクロコスモスの同型どうけいせい端的たんてきあらわす、アナクシメネスἈναξιμένηςもっと重要じゅうよう断片だんぺん
"空気くうき濃縮のうしゅくされると、まずかぜまれ、さらにくもしょうじ、さらにくなるとみず、さらには、そしていしとなる。ぎゃく希薄きはくするとになる。" ── テオフラストスΘεόφραστοςシンプリキオスSimplicius自然学注解In Aristotelis Physicorum』24.26-25.1 経由けいゆ)。DK 13 A5。濃縮のうしゅく希薄きはくメカニズムmechanism記述きじゅつするもっと体系たいけいてき証言しょうげん
"空気くうき無限むげんであり、万物ばんぶつがそこから生成せいせいし、そこへ消滅しょうめつする。" ── テオフラストスΘεόφραστοςシンプリキオスSimplicius自然学注解In Aristotelis Physicorum』24.26 経由けいゆ)。DK 13 A5。アナクシメネスἈναξιμένηςアルケーἀρχήろん根幹こんかんつたえる証言しょうげん空気くうきアナクシマンドロスἈναξίμανδροςの「無限むげん」の属性ぞくせい統合とうごうしている。

参考さんこう文献ぶんけん

  • 断片だんぺん証言しょうげん:H. Dielsディールス & W. Kranzクランツ へんソクラテスΣωκράτης以前いぜん哲学てつがくしゃたちの断片だんぺんDie Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー)』だい1かんアナクシメネスἈναξιμένηςしょう(DK 13)。断片だんぺんB1-B3およびぜん証言しょうげん(Aへん)を収録しゅうろく
  • 証言しょうげんアリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かん出隆いでたかしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ)──984a5前後ぜんごアナクシメネスἈναξιμένης言及げんきゅうシンプリキオスSimplicius自然学注解In Aristotelis Physicorum』24.26-25.1──テオフラストスΘεόφραστος経由けいゆもっと詳細しょうさい証言しょうげん
  • 伝記でんきディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだい2かん3せつ加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ)。
  • 標準ひょうじゅん研究けんきゅう:G.S. Kirkカーク, J.E. Ravenレイヴン, M. SchofieldスコフィールドThe Presocratic Philosophersソクラテス以前の哲学者たち』2nd ed., Cambridge UP, 1983, Ch.5(邦訳ほうやく内山うちやま勝利かつとしやくソクラテス以前の哲学者たちThe Presocratic Philosophers京都大きょうとだいがく学術がくじゅつ出版しゅっぱんかい)── アナクシメネスἈναξιμένης断片だんぺん証言しょうげんもっと厳密げんみつ検討けんとうする標準ひょうじゅん参考さんこうしょ
  • 概説がいせつ廣川ひろかわ洋一よういちソクラテス以前の哲学者The Presocratic Philosophers』(講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ、1997ねん)── 日本語にほんごめる定評ていひょうのある入門にゅうもん概説がいせつ
  • 科学かがくてき方法ほうほうろん観点かんてん:D.W. GrahamグラハムExplaining the Cosmos: The Ionian Tradition of Scientific Philosophy宇宙を説明する:イオニアの科学哲学の伝統』, Princeton UP, 2006 ── ミレトスΜίλητος学派がくは科学かがくてき思考しこうさい評価ひょうかする近年きんねん重要じゅうよう著作ちょさくアナクシメネスἈναξιμένηςメカニズムmechanism導入どうにゅう意義いぎ詳述しょうじゅつ
  • 断片だんぺん新版しんぱん:A. Laksラクス & G.W. Mostモスト へんEarly Greek Philosophy初期ギリシャ哲学』(Loeb Classical Library 524-532, Harvard UP, 2016)── DK にわるしん標準ひょうじゅんばんアナクシメネスἈναξιμένηςぜん断片だんぺん証言しょうげん原文げんぶん英訳えいやく対照たいしょう収録しゅうろく
  • 古典こてん研究けんきゅう:J. BurnetバーネットEarly Greek Philosophy初期ギリシャ哲学』, 4th ed., A&C Black, 1930(初版しょはん1892)── アナクシメネスἈναξιμένηςを「後退こうたい」とひょうした古典こてんてき解釈かいしゃく代表だいひょう現在げんざい修正しゅうせいされているが、学説がくせつてき重要じゅうよう
  • 通史つうし:W.K.C. GuthrieガスリーA History of Greek Philosophyギリシャ哲学史』Vol.1, Cambridge UP, 1962 ── ミレトスΜίλητος学派がくは全体ぜんたいあつか包括ほうかつてき通史つうしバーネットBurnet評価ひょうか踏襲とうしゅうしつつも修正しゅうせいくわえている。
  • 近年きんねんさい評価ひょうか:P. Curdカード & D.W. Grahamグラハム へんThe Oxford Handbook of Presocratic Philosophyオックスフォード・ハンドブック:ソクラテス以前の哲学』, Oxford UP, 2008 ── 初期しょきギリシャ哲学てつがく最新さいしん研究けんきゅう動向どうこう網羅もうらする。アナクシメネスἈναξιμένης方法ほうほうろんてき革新かくしんかんする複数ふくすう論考ろんこうふくむ。