もし馬うまが絵えを描えがけたら、馬うまの神かみを描えがくだろう。牛うしなら牛うしの神かみを。この一見いっけんして冗談じょうだんのような思考しこう実験じっけんを、紀元前きげんぜん6世紀せいきに真剣しんけんに論ろんじた哲学てつがく者しゃがいた。クセノファネスΞενοφάνηςである。ギリシャ人じんの神々かみがみがギリシャ人じんに似にているのは偶然ぐうぜんではない。それは人間にんげんが自分じぶん自身じしんの姿すがたを神かみに投影とうえいしているからだ。この洞察どうさつは、2400年ねん後ごにフォイエルバッハFeuerbachが『キリスト教の本質Das Wesen des Christentums』(1841年ねん)で体系たいけい化かし、フロイトFreudが宗教しゅうきょうを「幻想げんそう」と呼よぶ精神せいしん分析ぶんせき的てき宗教しゅうきょう論ろんにまで流ながれ込こむ、西洋せいよう宗教しゅうきょう批判ひはんの最古さいこの源流げんりゅうである。

だがクセノファネスΞενοφάνηςの射程しゃていは宗教しゅうきょう批判ひはんにとどまらない。彼かれは同時どうじに、「確実かくじつな真理しんり(ト・サペスτὸ σαφές)は誰だれにも到達とうたつできない」と宣言せんげんした最初さいしょの哲学てつがく者しゃでもある。神々かみがみについて真実しんじつを知しることはできない。だが、それは神々かみがみについてだけの話はなしではない。あらゆる事柄ことがらについて、人間にんげんの「知ち」は「見みかけ(ドコスδόκος)」にすぎない。この知的ちてき謙虚けんきょさは、近代きんだい科学かがくの基盤きばんである可謬かびゅう主義しゅぎ(ファリビリズムfallibilism、あらゆる理論りろんは暫定ざんてい的てきであり将来しょうらい修正しゅうせいされうる)の最古さいこの表明ひょうめいである。宗教しゅうきょう批判ひはんと認識にんしき論ろんの両方りょうほうを一人ひとりの人物じんぶつが切きり拓ひらいた。クセノファネスΞενοφάνηςは、哲学てつがくがもつ「批判ひはんの力ちから」を最もっとも早はやく体現たいげんした思想家しそうかなのだ。

この記事きじの要点ようてん

  • 擬人ぎじん化か批判ひはん:ホメロスὍμηροςとヘシオドスἩσίοδοςの神々かみがみを「人間にんげんの姿すがたの投影とうえい」として批判ひはんし、宗教しゅうきょう的てき信念しんねんの文化ぶんか的てき・心理しんり的てき起源きげんを暴あばいた。西洋せいようにおける宗教しゅうきょう批判ひはん・宗教しゅうきょう学がくの出発しゅっぱつ点てんである。
  • 知ちの限界げんかいの自覚じかく:「確実かくじつな真理しんりは人間にんげんには到達とうたつできない」(断片だんぺんB34)と宣言せんげんし、可謬かびゅう主義しゅぎの最古さいこの表明ひょうめいを行おこなった。同時どうじに「探究たんきゅうによって、時間じかんをかけて人間にんげんはより良よいものを見みつけ出だす」(断片だんぺんB18)と述のべ、漸進ぜんしん的てきな知ちの進歩しんぽへの信頼しんらいも示しめした。懐疑かいぎと探究たんきゅうの共存きょうぞん。これは近代きんだい科学かがくの精神せいしんそのものである。
  • 哲学てつがく的てき一いち神かみ論ろん:「神々かみがみと人間にんげんたちのうちで最大さいだいなる唯一ゆいいつの神かみ」(断片だんぺんB23)を提唱ていしょうし、人間にんげんとはまったく異ことなる仕方しかたで思考しこうし世界せかいを統御とうぎょする超越ちょうえつ的てき存在そんざいを構想こうそうした。ギリシャ的てき多神教たしんきょうと一神教いっしんきょう的てき直観ちょっかんの間まに立たつ、独自どくじの神学しんがくを展開てんかいした。
  • 社会しゃかい批判ひはん:オリュンピアの勝者しょうしゃを過大かだいに讃たたえる風潮ふうちょうを批判ひはんし、知恵ちえ(ソフィアσοφία)こそが都市とし国家こっかにとって真しんに有益ゆうえきだと主張しゅちょうした。「知識ちしき人じんの社会しゃかい的てき役割やくわり」を最初さいしょに論ろんじた哲学てつがく者しゃである。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

クセノファネスΞενοφάνηςは紀元前きげんぜん570年ねん頃ごろ、イオニアἸωνία地方ちほうの都市としコロポンΚολοφώνに生うまれた(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius『列伝Βίοι φιλοσόφων』第だい9巻かん18節せつ)。コロポンΚολοφώνはミレトスΜίλητοςの北西ほくせい約やく60キロに位置いちするイオニアἸωνίαの都市としで、古代こだい世界せかいでは染色せんしょく産業さんぎょうと騎兵きへいで知しられていた。しかしクセノファネスΞενοφάνης自身じしんが断片だんぺんB3で証言しょうげんするように、コロポンΚολοφώνの市民しみんはリュディアΛυδία人じんから「役やくに立たたない贅沢ぜいたく(ἁβροσύνη / ハブロシュネーἁβροσύνη)」を学まなび、紫むらさきの衣ころもをまとい、香油こうゆを髪かみに塗ぬり、堕落だらくしていた。

紀元前きげんぜん546/545年ねん、ペルシアのキュロスΚῦρος大王だいおうがリュディアΛυδίαを滅ほろぼしイオニアἸωνία全域ぜんいきを征服せいふくしたとき、クセノファネスΞενοφάνηςは25歳さいだった。彼かれは祖国そこくを離はなれ、以後いご67年間ねんかんにわたってギリシャ世界せかいを放浪ほうろうした(断片だんぺんB8)。シチリアΣικελίαのザンクレΖάγκλη(現げんメッシーナ)やカタナΚατάνη(現げんカターニア)で活動かつどうし、南みなみイタリアのエレアἘλέα付近ふきんにも滞在たいざいしたと伝つたえられる。この放浪ほうろうの生涯しょうがいが、異ことなる文化ぶんか・異ことなる宗教しゅうきょう観かんへの比較ひかくの視点してんを彼かれに与あたえたことは疑うたがいない。エチオピア人じんの神かみが黒くろい肌はだを持もち、トラキア人じんの神かみが碧あおい目めと赤あかい髪かみを持もつ。この観察かんさつ(断片だんぺんB16)は、多様たような民族みんぞくと接触せっしょくした放浪ほうろう詩人しじんならではの知見ちけんである。

クセノファネスΞενοφάνηςはミレトスΜίλητος学派がくはの自然しぜん哲学てつがく者しゃたちとは異ことなり、散文さんぶんではなく韻文いんぶん(詩し)で哲学てつがくした。エレゲイアelegeia(哀歌あいか調ちょうの二に行こう連句れんく)とヘクサメトロスhexametros(叙事詩じょじしの六ろく脚韻きゃくいん)で作品さくひんを著あらわし、シンポジオンSymposion(酒宴しゅえん)や公おおやけの場ばで自みずから朗誦ろうしょうしたと伝つたえられる。つまり彼かれは「書かく哲学てつがく者しゃ」である以前いぜんに「語かたる哲学てつがく者しゃ」であり、ギリシャの教育きょういくと文化ぶんかの場ばであったシンポジオンSymposionにおいて、聴衆ちょうしゅうの面前めんぜんでホメロスὍμηροςとヘシオドスἩσίοδοςを批判ひはんしたのである。これは知的ちてきな勇気ゆうきを要ようする行為こういだった。なぜならホメロスὍμηροςの詩しはギリシャ人じんにとって「聖書せいしょ」に等ひとしい文化ぶんか的てき権威けんいだったからだ。

古代こだいの伝承でんしょう(プラトンΠλάτων『ソフィストΣοφιστής』242d、アリストテレスἈριστοτέλης『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』986b21)はクセノファネスΞενοφάνηςをエレアἘλέα学派がくはの創始そうし者しゃとし、パルメニデスΠαρμενίδηςの師しとしている。しかし現代げんだいの研究けんきゅう者しゃの多おおくはこの帰属きぞくに懐疑かいぎ的てきである。クセノファネスΞενοφάνηςの「万物ばんぶつは一ひとつ」という主張しゅちょう(アリストテレスἈριστοτέληςの帰属きぞく)と、パルメニデスΠαρμενίδηςの「存在そんざいは一ひとつ」という論証ろんしょうは、方法ほうほうも射程しゃていもかなり異ことなる。クセノファネスΞενοφάνηςは特定とくていの学派がくはに属ぞくさない独立どくりつの思想家しそうか(放浪ほうろうする批判ひはん知性ちせい)として理解りかいするのが妥当だとうだろう。

クセノファネスΞενοφάνηςの著作ちょさくジャンルとしては、哲学てつがく詩しのほかに『シッロイ(Σίλλοι / 風刺ふうし詩し)』が重要じゅうようである。これは他たの詩人しじんや哲学てつがく者しゃを風刺ふうし的てきに批判ひはんする詩しで、後ごにピュロンΠύρρων主義しゅぎの哲学てつがく者しゃティモンΤίμων・オブ・プレイウス(前ぜん3世紀せいき)がクセノファネスΞενοφάνηςに倣ならって同名どうめいの作品さくひんを著あらわしたほど、古代こだいで知しられた形式けいしきだった。クセノファネスΞενοφάνηςは単たんなる理論りろん家かではなく、知的ちてき権威けんいへの批判ひはんを公おおやけの場ばで実演じつえんするパフォーマーでもあった。

断片だんぺんB8(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius『列伝Βίοι φιλοσόφων』第だい9巻かん19節せつ)によれば、クセノファネスΞενοφάνηςは92歳さいを超こえてなお詩しを朗誦ろうしょうしていた。紀元前きげんぜん478年ねん頃ごろに没ぼっしたとされるが、正確せいかくな没年ぼつねんは不明ふめいである。

ミニ年表ねんぴょう

  • 前ぜん570年ねん頃ころ:イオニアἸωνία地方ちほうコロポンΚολοφώνに生うまれる
  • 前ぜん546/545年ねん:ペルシアによるイオニアἸωνία征服せいふく。25歳さいでコロポンΚολοφώνを去さり、放浪ほうろう生活せいかつに入はいる
  • 前ぜん540〜530年代ねんだい:シチリアΣικελία(ザンクレΖάγκλη、カタナΚατάνη)で活動かつどう。シンポジオンSymposionで哲学てつがく詩しを朗誦ろうしょう
  • 前ぜん530〜510年代ねんだい:南みなみイタリア(マグナ・グラエキアMagna Graecia)で活動かつどう。エレアἘλέα付近ふきんに滞在たいざいした可能かのう性せい
  • 前ぜん500年代ねんだい:92歳さいを超こえてなお詩作しさくを続つづける(断片だんぺんB8)
  • 前ぜん478年ねん頃ころ:没ぼつ(推定すいてい)。放浪ほうろう67年ねん

クセノファネスΞενοφάνηςは何なにを問とうたのか

クセノファネスΞενοφάνηςが戦たたかった相手あいては、タレスΘαλῆςやアナクシマンドロスἈναξίμανδροςのように「自然しぜんの根源こんげん」ではなく、ギリシャ文化ぶんかそのものの根幹こんかんだった。ホメロスὍμηροςの『イリアスἸλιάς』と『オデュッセイアὈδύσσεια』、ヘシオドスἩσίοδοςの『神統記Θεογονία』と『仕事と日々Ἔργα καὶ Ἡμέραι』。これらはギリシャ人じんにとって単たんなる文学ぶんがく作品さくひんではなく、教育きょういくの基礎きそ、道徳どうとくの規範きはん、神々かみがみについての「公式こうしき見解けんかい」であった。ギリシャの少年しょうねんはホメロスὍμηροςを暗唱あんしょうして育そだち、ホメロスὍμηροςの神々かみがみの物語ものがたりを通つうじて世界せかい観かんを形成けいせいした。

クセノファネスΞενοφάνηςはこの文化ぶんか的てき権威けんいに正面しょうめんから挑いどんだ。断片だんぺんB11でこう述のべる:

"ホメロスὍμηροςとヘシオドスἩσίοδοςは、人間にんげんのあいだで恥辱ちじょくであり非難ひなんである行為こういのすべて(盗ぬすみ、姦通かんつう、互たがいの欺あざむき)を神々かみがみに帰かえした。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB11(セクストス・エンペイリコスSextus Empiricus『学者たちへの反論Adversus Mathematicos』第だい9巻かん193節せつ)

問題もんだいは、神々かみがみの物語ものがたりが「不道徳ふどうとく」だということだけではない。より根本こんぽん的てきな問といは、なぜ人間にんげんは自分じぶんに似にた神かみを作つくるのか、そしてそのような神かみは「真実しんじつ」なのか、ということだ。

つまり、クセノファネスΞενοφάνηςの問といは二に重じゅう構造こうぞうを持もっている。第だい一いちに、宗教しゅうきょう的てき表象ひょうしょうの批判ひはん、つまり人間にんげんが神かみについて語かたることは、人間にんげん自身じしんの投影とうえいにすぎないのではないか。第だい二にに、認識にんしきの限界げんかい。では、神かみについて(あるいは何事なにごとについても)「真実しんじつ」を知しることは可能かのうなのか。前者ぜんしゃは宗教しゅうきょう学がく・宗教しゅうきょう批判ひはんの問といであり、後者こうしゃは認識にんしき論ろんの問といである。クセノファネスΞενοφάνηςは、この二ふたつの問といを同時どうじに提起ていきした最初さいしょの哲学てつがく者しゃだった。

そして重要じゅうようなのは、この二ふたつの問といが論理ろんり的てきに連動れんどうしていることだ。もし人間にんげんが神かみについて語かたるとき、常つねに自分じぶん自身じしんの姿すがたを投影とうえいしてしまうのならば、つまり人間にんげんの認知にんちが文化ぶんか的てき・身体しんたい的てき条件じょうけんに制約せいやくされているのならば、人間にんげんは自分じぶんの認知にんちの限界げんかいを超こえて「真実しんじつそのもの」に到達とうたつすることはできない。擬人ぎじん化か批判ひはんは認識にんしき論ろん的てき懐疑かいぎの具体ぐたい的てきな根拠こんきょを提供ていきょうし、認識にんしき論ろん的てき懐疑かいぎは擬人ぎじん化か批判ひはんの哲学てつがく的てき射程しゃていを普遍ふへん化かする。この二ふたつは別々べつべつの主張しゅちょうではなく、同おなじ洞察どうさつの表ひょうと裏うらなのである。

核心かくしん理論りろん

1. 擬人ぎじん化か批判ひはん── 神々かみがみは人間にんげんの鏡かがみである

クセノファネスΞενοφάνηςの擬人ぎじん化か批判ひはんは、三さん段階だんかいの論理ろんり構造こうぞうを持もっている。第だい一いち段階だんかい(B11)は道徳どうとく的てき批判ひはん、ホメロスὍμηροςの神々かみがみは不道徳ふどうとくだ。第だい二に段階だんかい(B14)は構造こうぞう的てき批判ひはん、そもそも人間にんげんは神かみを自分じぶんに似にせて作つくっている。第だい三さん段階だんかい(B15-B16)は比較ひかく文化ぶんか的てき証明しょうめい、異ことなる民族みんぞくは異ことなる姿すがたの神かみを持もち、動物どうぶつなら動物どうぶつの神かみを作つくるだろう。この三さん段階だんかいを順じゅんに見みていこう。

第だい一いち段階だんかいは既すでに引用いんようしたB11(ホメロスὍμηροςとヘシオドスἩσίοδοςが神々かみがみに不道徳ふどうとくな行為こういを帰かえした)である。続つづく断片だんぺんB14は、道徳どうとく批判ひはんから構造こうぞう的てき批判ひはんへの橋渡はしわたしを行おこなう:

"しかし死しすべきものたち(人間にんげん)は、神々かみがみも自分じぶんたちと同おなじように生うまれ、自分じぶんたちと同おなじ衣服いふく、声こえ、姿すがた形がたを持もつと思おもい込こんでいる。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB14(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい5巻かん109章しょう2節せつ)

ここでクセノファネスΞενοφάνηςは、問題もんだいがホメロスὍμηρος個人こじんの描写びょうしゃにとどまらず、人間にんげん一般いっぱんが持もつ認知にんち傾向けいこう(自分じぶん自身じしんを基準きじゅんにして神かみを想像そうぞうする)にあることを指摘してきしている。そして、この構造こうぞう的てき批判ひはんの決定的けっていてきな証拠しょうことして、最もっとも有名ゆうめいな断片だんぺんB15とB16が続つづく:

"もし牛うしや馬うまやライオンが手てを持もち、手てで絵えを描えがき作品さくひんを作つくることができたなら、馬うまは馬うまの姿すがたに、牛うしは牛うしの姿すがたに、それぞれ自分じぶんの体からだに似にせて神々かみがみの姿すがたを描えがくだろう。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB15(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい5巻かん109章しょう3節せつ)
"エチオピア人じんは自分じぶんたちの神々かみがみを鼻はなが低ひくく肌はだが黒くろいと言いい、トラキア人じんは碧あおい目めと赤あかい髪かみだと言いう。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB16(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい7巻かん22章しょう1節せつ)

この論証ろんしょうの構造こうぞうは明快めいかいである。(1)異ことなる民族みんぞくは異ことなる容姿ようしの神々かみがみを信しんじている。(2)各かく民族みんぞくの神々かみがみは、その民族みんぞく自身じしんの容姿ようしに似にている。(3)もし動物どうぶつにも宗教しゅうきょうがあれば、動物どうぶつは自分じぶんの姿すがたに似にた神かみを作つくるだろう。(結論けつろん)したがって、神々かみがみの「容姿ようし」は信者しんじゃ自身じしんの姿すがたの投影とうえいであり、神かみそのものの属性ぞくせいではない。

この論証ろんしょうは、二ふたつの点てんで革命かくめい的てきだった。

第だい一いちに、文化ぶんか的てき相対そうたい主義しゅぎの萌芽ほうがである。宗教しゅうきょう的てき信念しんねんは「絶対ぜったい的てき真理しんり」ではなく、特定とくていの文化ぶんか・民族みんぞくの立場たちばから形成けいせいされたものだ、という視点してんは、ヘロドトスἩρόδοτοςの比較ひかく文化ぶんか論ろん(『歴史Ἱστορίαι』第だい3巻かん38節せつのカンビュセスΚαμβύσηςの逸話いつわ)に先行せんこうし、近代きんだいの宗教しゅうきょう社会しゃかい学がく(デュルケムDurkheim、ウェーバー)や宗教しゅうきょう人類じんるい学がく(エヴァンズ=プリチャード)の遠とおい先駆せんくである。

第だい二にに、投影とうえい理論りろんの原型げんけいである。神かみは人間にんげんの自己じこ像ぞうの外在がいざい化かである。この洞察どうさつは、19世紀せいきにフォイエルバッハFeuerbachが『キリスト教の本質Das Wesen des Christentums』で体系たいけい化かした「投影とうえい説せつ(プロイェクツィオーンステオリーProjektionstheorie)」と構造こうぞう的てきに同一どういつであり、フロイトFreudの宗教しゅうきょう論ろん(『幻想の未来Die Zukunft einer Illusion』1927年ねん)にも直結ちょっけつする。2400年ねんの時ときを隔へだてて、同おなじ構造こうぞうの批判ひはんが繰くり返かえされたことは、この問といの根源こんげん性せいを示しめしている。

ただし、クセノファネスΞενοφάνηςが行おこなったのは神かみの「存在そんざい」の否定ひていではなく、「表象ひょうしょう」の批判ひはんであることに注意ちゅういすべきだ。彼かれは「神かみは存在そんざいしない」とは言いっていない。「人間にんげんが神かみについて語かたっていることは、人間にんげん自身じしんの投影とうえいにすぎない」と言いったのである。この区別くべつは決定的けっていてきに重要じゅうようだ。

2. 哲学てつがく的てき一いち神かみ論ろん── 「神々かみがみと人間にんげんのうちで最大さいだいなる唯一ゆいいつの神かみ」

批判ひはんだけでは哲学てつがくにならない。クセノファネスΞενοφάνηςは、人間にんげんに似にた神々かみがみを否定ひていしたうえで、積極せっきょく的てきな神かみ概念がいねんを提示ていじした。断片だんぺんB23-B26がそれである:

"神々かみがみと人間にんげんたちのうちで最もっとも偉大いだいなる唯一ゆいいつの神かみ、身体しんたいにおいても思考しこうにおいても死しすべきものども(人間にんげん)とはまったく似にていない。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB23(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい5巻かん109章しょう1節せつ)

この神かみは、全体ぜんたいとして見み、全体ぜんたいとして思考しこうし、全体ぜんたいとして聴きく(B24)。思考しこうの力ちからだけで、労ろうせずして万物ばんぶつを揺ゆり動うごかす(B25)。常つねに同おなじ場所ばしょにとどまり、少すこしも動うごかない(B26)。ホメロスὍμηροςの神々かみがみが人間にんげんと同おなじように走はしり、怒おこり、嫉妬しっとし、浮気うわきするのとは対照たいしょう的てきに、クセノファネスΞενοφάνηςの神かみは非ひ人間にんげん的てき・非ひ物質ぶっしつ的てき・非ひ運動うんどう的てきである。

学術がくじゅつ的てきに議論ぎろんが分わかれるのは、これが厳密げんみつな一神教いっしんきょう(モノセイズムmonotheism)か、それとも単たん一神教いっしんきょう(ヘノセイズムhenotheism、一ひとつの最高さいこう神しんを認みとめつつ他たの神々かみがみの存在そんざいを否定ひていしない)かという点てんだ。B23の「神々かみがみと人間にんげんたちのうちで(ἔν τε θεοῖσι καὶ ἀνθρώποισιエン・テ・テオイシ・カイ・アントローポイシ)」という表現ひょうげんは、複数ふくすうの「神々かみがみ」の存在そんざいを前提ぜんていとしているようにも読よめる。レシャーLesher(1992)はこの点てんを重視じゅうしし、クセノファネスΞενοφάνηςの立場たちばは厳密げんみつな一神教いっしんきょうではなく「主神しゅしん論ろん」に近ちかいと論ろんじている。

一方いっぽう、バーンズBarnes(1979)はこの表現ひょうげんを叙事詩じょじし的てきな慣用かんよう句くとして退しりぞけ、実質じっしつ的てきな一いち神かみ論ろんと解釈かいしゃくする。

いずれの解釈かいしゃくを取とるにせよ、クセノファネスΞενοφάνηςの神かみは、後のちのパルメニデスΠαρμενίδηςの「存在そんざい(ト・エオンτὸ ἐόν、不動ふどう、不変ふへん、一いちなるもの)」と構造こうぞう的てきに類似るいじしており、プラトンΠλάτωνのイデアἰδέα論ろんやアリストテレスἈριστοτέληςの「不動ふどうの動どう者しゃ」を経へて、キリスト教きょう神学しんがくやイスラーム哲学てつがくにおける唯一ゆいいつ神しんの概念がいねんにまで流ながれ込こむ壮大そうだいな知的ちてき系譜けいふの出発しゅっぱつ点てんのひとつである。

3. 知ちの限界げんかい── 「確実かくじつな真理しんりは誰だれにも分わからない」

クセノファネスΞενοφάνηςの最もっとも哲学てつがく的てきに深ふかい洞察どうさつは、断片だんぺんB34に凝縮ぎょうしゅくされている:

"神々かみがみについて、また私わたしが語かたるすべての事柄ことがらについて、確実かくじつな真理しんり(τὸ σαφές / ト・サペスτὸ σαφές)を知しった者ものは、かつていなかったし、これからもいないだろう。たとえ偶然ぐうぜんに完全かんぜんな真理しんりを語かたったとしても、本人ほんにんはそれを知しらない。なぜなら、万事ばんじに対たいして見みかけ(δόκος / ドコスδόκος)が支配しはいしているからだ。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB34(セクストス・エンペイリコスSextus Empiricus『学者たちへの反論Adversus Mathematicos』第だい7巻かん49節せつ、およびプルタルコスΠλούταρχος『食卓談義Quaestiones Convivales』第だい9巻かん746B)

この断片だんぺんは、西洋せいよう認識にんしき論ろんの歴史れきしにおける最もっとも重要じゅうような宣言せんげんのひとつである。ここで注意ちゅういすべきは三みっつのポイントだ。

第だい一いちに、対象たいしょうの限定げんていなき普遍ふへん性せい。「神々かみがみについて」だけでなく「私わたしが語かたるすべての事柄ことがらについて」と言いっている。つまり認識にんしきの限界げんかいは、宗教しゅうきょう的てき知識ちしきだけでなくあらゆる知識ちしきに及およぶ。自然しぜん哲学てつがくも、政治せいじも、倫理りんりも、人間にんげんが語かたることはすべて「ドコスδόκος(見みかけ・思おもいなし)」にすぎない。

第だい二にに、偶然ぐうぜん性せいの問題もんだい。「たとえ偶然ぐうぜんに完全かんぜんな真理しんりを語かたったとしても、本人ほんにんはそれを知しらない」。これは認識にんしき的てき正当せいとう化か(エピステミック・ジャスティフィケーションepistemic justification)の問題もんだいの最古さいこの定式ていしき化かである。真しんなる命題めいだいを述のべることと、それが真しんであることを知しっていることとは別物べつものだ、という洞察どうさつは、プラトンΠλάτωνの『テアイテトスΘεαίτητος』における「知識ちしき=正当せいとう化かされた真しんなる信念しんねん」という定義ていぎの直接的ちょくせつてきな先駆せんくであり、現代げんだいのゲティア問題もんだい(1963年ねん、正当せいとう化かされた真しんなる信念しんねんは知識ちしきの十分じゅうぶん条件じょうけんではない)にまで連つらなる。

第だい三さんに、積極せっきょく的てきな探究たんきゅうの肯定こうていとの共存きょうぞんである。断片だんぺんB18でクセノファネスΞενοφάνηςはこう述のべる:

"神々かみがみは初はじめから万事ばんじを死しすべきものたちに示しめしたのではない。しかし時間じかんをかけて探さがし求もとめることで、人間にんげんはより良よいものを見出みいだす。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB18(ストバイオスΣτοβαῖος『抜粋集Ἀνθολόγιον』第だい1巻かん8章しょう2節せつ)

B34とB18を合あわせて読よめば、クセノファネスΞενοφάνηςの認識にんしき論ろん的てき立場たちばは「絶対ぜったい的てき真理しんりは不可能ふかのうだが、漸進ぜんしん的てきな改善かいぜんは可能かのうである」という可謬かびゅう主義しゅぎ(ファリビリズムfallibilism)に他たならない。これは近代きんだい科学かがくの精神せいしん(理論りろんは暫定ざんてい的てきであり反証はんしょうに開ひらかれているが、探究たんきゅうを通つうじてより良よい理論りろんへと進歩しんぽしうる)と構造こうぞう的てきに同一どういつであり、カール・ポパーPopperの科学かがく哲学てつがく(『推測と反駁Conjectures and Refutations』1963年ねん)の2500年ねん前まえの先取さきどりとさえ言いえる。ポパーPopper自身じしん、クセノファネスΞενοφάνηςを「批判ひはん的てき合理ごうり主義しゅぎの始祖しそ」として高たかく評価ひょうかしている(ポパーPopper「Back to the Presocratics」1958年ねん講演こうえん、1963年ねん出版しゅっぱん)。

さらに注目ちゅうもくすべきは断片だんぺんB35である:

"これらのことは、真実しんじつに似にたもの(ἐοικότα τοῖς ἐτύμοισιエオイコタ・トイス・エテュモイシ)として受うけ取とられよ。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB35(プルタルコスΠλούταρχος『食卓談義Quaestiones Convivales』第だい9巻かん746B)

これはクセノファネスΞενοφάνηςが自分じぶん自身じしんの自然しぜん哲学てつがく的てき主張しゅちょうに対たいしてもB34の認識にんしき論ろんを適用てきようしていることを示しめす。「大地だいちと水みずが根源こんげんである」「天体てんたいは燃もえる雲くもだ」。これらの自説じせつもまた「確実かくじつな真理しんり」ではなく「真実しんじつに似にたもの」にすぎない、と彼かれは認みとめているのだ。自みずからの理論りろんを絶対ぜったい視ししない自己じこ言及げんきゅう的てきな知的ちてき謙虚けんきょさ。これは哲学てつがく史しにおいてきわめて稀有けうな態度たいどであり、後のちのソクラテスΣωκράτηςの「無知むちの知ち」やポパーPopperの「反証はんしょう可能かのう性せい」に直結ちょっけつする精神せいしんである。

4. 自然しぜん哲学てつがく── 大地だいちと水みず、化石かせきと雲くも

クセノファネスΞενοφάνηςの名声めいせいは宗教しゅうきょう批判ひはんと認識にんしき論ろんにあるが、彼かれは同どう時代じだいのミレトスΜίλητος学派がくはの自然しぜん哲学てつがく者しゃたちと同様どうように、自然しぜん現象げんしょうの合理ごうり的てき説明せつめいも試こころみた。

断片だんぺんB29によれば、「万物ばんぶつは大地だいちから生しょうじ、大地だいちへと帰かえる」。断片だんぺんB33では「われわれはすべて大地だいちと水みずから生うまれた」とされる。ヒッポリュトスἹππόλυτος(『全異端反駁Refutatio Omnium Haeresium』第だい1巻かん14章しょう)の証言しょうげんによれば、クセノファネスΞενοφάνηςは大地だいちと水みずを万物ばんぶつの二ふたつの根源こんげんとした。これはタレスΘαλῆςの「水みず」やアナクシメネスἈναξιμένηςの「空気くうき」に比くらべると二元にげん的てきであり、後のちのエンペドクレスἘμπεδοκλῆςの四よん元素げんそ説せつへの橋渡はしわたし的てきな位置いちにある。

とりわけ注目ちゅうもくすべきは、クセノファネスΞενοφάνηςの化石かせきへの注目ちゅうもくである。ヒッポリュトスἹππόλυτοςの同おなじ証言しょうげんによれば、クセノファネスΞενοφάνηςはシュラクサイΣυράκουσαιの石いし切ぎり場じょうで貝殻かいがらの化石かせきを、パロスΠάρος島とうで月桂樹げっけいじゅの葉はの化石かせきを、マルタΜελίτη島とうで海洋かいよう生物せいぶつの化石かせきを発見はっけんし、これらを根拠こんきょとして大地だいちはかつて海うみに覆おおわれていたと推論すいろんした。そして大地だいちは再ふたたび泥どろの中なかに沈しずみ、人類じんるいは滅亡めつぼうし、やがて泥どろが乾かわいてふたたび人類じんるいが生うまれるという周期しゅうき的てきな地球ちきゅう史しを構想こうそうした。化石かせきを「かつての海うみの証拠しょうこ」として読よむ。この推論すいろん方法ほうほうは、地質ちしつ学がく的てき思考しこうの最もっとも早はやい事例じれいのひとつである。

気象きしょう現象げんしょうについても、クセノファネスΞενοφάνηςは合理ごうり的てき説明せつめいを試こころみた。アエティオスἈέτιοςの証言しょうげんによれば、太陽たいよう・月つき・星々はすべて「燃もえている雲くも」(海うみから蒸発じょうはつした水分すいぶんが上空じょうくうで集あつまり発火はっかしたもの)であるとした。太陽たいようは毎日まいにち新あたらしく生しょうじ(断片だんぺんB31-32の証言しょうげん)、虹にじもまた「色いろのついた雲くも」にすぎないとした(断片だんぺんB32)。「聖セントエルモの火ひ」として知しられる船上せんじょうの発光はっこう現象げんしょう(セント・エルモの火ひ)も小ちいさな雲くもの発光はっこうとして説明せつめいした。すべてを「水みずの蒸発じょうはつ→雲くもの形成けいせい→発火はっか」という統一とういつ的てきなプロセスで説明せつめいしようとした点てんは、ミレトスΜίλητος学派がくはの一元いちげん的てき説明せつめいへの志向しこうと軌きを一いつにしている。

5. 社会しゃかい批判ひはん── 知恵ちえは競技きょうぎの勝利しょうりより価値かちがある

クセノファネスΞενοφάνηςの批判ひはん精神せいしんは、宗教しゅうきょうと自然しぜんにとどまらず、ギリシャ社会しゃかいの価値かち観かんそのものにも向むけられた。まず、最長さいちょうの現存げんそん断片だんぺんである断片だんぺんB1は、クセノファネスΞενοφάνηςが理想りそうとするシンポジオンSymposion(酒宴しゅえん)の姿すがたを描えがく。そこでは床ゆかは清潔せいけつに掃はかれ、杯はいは清きよめられ、花冠かかんと香油こうゆが用意よういされる。しかし重要じゅうようなのは、そのシンポジオンSymposionで語かたられるべき内容ないようだ。「ティタン族ぞくや巨人きょじん族ぞくやケンタウロスの戦たたかい」という神話しんわ的てきフィクションではなく、「神々かみがみへの敬虔けいけんと正ただしい行おこない」が語かたられるべきだ、とクセノファネスΞενοφάνηςは主張しゅちょうする。つまり、シンポジオンSymposionという文化ぶんか空間くうかんそのものを、ホメロスὍμηρος的てきな娯楽ごらくから知的ちてき・倫理りんり的てきな探究たんきゅうの場ばへと変革へんかくしようとしたのである。

さらに断片だんぺんB2は、古代こだいギリシャにおける知識ちしき人じんの最もっとも早はやい「社会しゃかい的てき立場たちば表明ひょうめい」である:

"たとえオリュンピアで足あしの速はやさや五ご種しゅ競技きょうぎや相撲すもうで勝利しょうりを得えたとしても、それゆえに都市とし国家こっかがよりよく統治とうちされるわけではない。市民しみんがよき知恵ちえ(σοφίη / ソフィエーσοφίη)を持もつことこそが、都市としの財政ざいせいを満みたすのだ。" ── クセノファネスΞενοφάνης断片だんぺんB2(アテナイオスἈθήναιος『食卓の賢人たちΔειπνοσοφισταί』第だい10巻かん413F-414C)

古代こだいギリシャにおいてオリュンピアの競技きょうぎ会かいの勝者しょうしゃは英雄えいゆうとして崇あがめられ、故郷こきょうの都市とし国家こっかから終身しゅうしんの特権とっけん(食事しょくじの供与きょうよ、最さい前列ぜんれつの席せきなど)を与あたえられた。クセノファネスΞενοφάνηςはこの風潮ふうちょうを真まっ向こうから批判ひはんし、身体しんたい的てき卓越たくえつさよりも知的ちてきな卓越たくえつさ(ソフィアσοφία)のほうが都市とし国家こっかにとって有益ゆうえきだと主張しゅちょうした。

この主張しゅちょうは、プラトンΠλάτωνの「哲人てつじん王おう」思想しそう(『国家Πολιτεία』第だい5-7巻かん)の先駆せんくであり、同時どうじに「知識ちしき人じんは社会しゃかいに対たいしてどのような責任せきにんを負おうのか」という問とい(現代げんだいの公共こうきょう知識ちしき人じん論ろんやSTEMステム教育きょういく論ろんにまで連つらなる)の最もっとも古ふるい表明ひょうめいでもある。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

クセノファネスΞενοφάνηςの著作ちょさくは韻文いんぶんで書かかれ、断片だんぺんとして約やく40が現存げんそんする(DK 21 B1-B45)。以下いかは彼かれの思想しそうを復元ふくげんするための文献ぶんけんガイドである。

  • ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius『ギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφων』第だい9巻かん18-20節せつ(加来かく彰俊あきとし訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ)── クセノファネスΞενοφάνηςの生涯しょうがいと業績ぎょうせきの簡潔かんけつな伝記でんき的てき概要がいよう。エレアἘλέα学派がくはとの関係かんけいについての古代こだいの見方みかたを知しる出発しゅっぱつ点てん。
  • 廣川ひろかわ洋一よういち『ソクラテス以前の哲学者The Presocratic Philosophers』(講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ、1997年ねん)── クセノファネスΞενοφάνηςの擬人ぎじん化か批判ひはんと認識にんしき論ろんを日本語にほんごで平易へいいに解説かいせつする。
  • G.S. Kirkカーク, J.E. Ravenレイヴン, M. Schofieldスコフィールド『The Presocratic Philosophersソクラテス以前の哲学者たち』2nd ed., Cambridge UP, 1983, Ch.5(邦訳ほうやく:内山うちやま勝利かつとし他た訳やく『ソクラテス以前の哲学者たちThe Presocratic Philosophers』京都大きょうとだい学がく学術がくじゅつ出版しゅっぱん会かい)── クセノファネスΞενοφάνηςの全ぜん断片だんぺん・全ぜん証言しょうげんを原典げんてん批判ひはん的てきに検討けんとうする。B34の認識にんしき論ろん的てき解釈かいしゃくについて最もっとも詳細しょうさいな議論ぎろんを提供ていきょうする。
  • J.H. Lesherレシャー『Xenophanes of Colophon: Fragmentsコロポンのクセノファネス:断片集』, University of Toronto Press, 1992 ── クセノファネスΞενοφάνης研究けんきゅうの決定けってい版ばん。全ぜん断片だんぺんの英訳えいやく・注釈ちゅうしゃく・哲学てつがく的てき解説かいせつを収録しゅうろく。一いち神かみ論ろんか単たん一神教いっしんきょうかの論争ろんそうについて最もっとも精密せいみつな分析ぶんせきを提供ていきょうする。
  • K. Popperポパー「Back to the Presocratics」(1958年ねん講演こうえん、『推測と反駁Conjectures and Refutations』1963年ねん所収しょしゅう)── ポパーPopperがクセノファネスΞενοφάνηςの認識にんしき論ろんを近代きんだい科学かがく哲学てつがくの文脈ぶんみゃくで再さい評価ひょうかした記念きねん碑ひ的てき論文ろんぶん。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

1. ヘラクレイトスἩράκλειτοςの嘲笑ちょうしょう(同どう時代じだい):エフェソスἜφεσοςのヘラクレイトスἩράκλειτοςは、クセノファネスΞενοφάνηςを「博識はくしき(ポリュマティエーπολυμαθίη)」の代表だいひょうとして名指なざしで批判ひはんした(断片だんぺんB40)。ヘラクレイトスἩράκλειτοςにとって、幅広はばひろい知識ちしきの蓄積ちくせきは真しんの知恵ちえ(ソフィアσοφία)ではなく、「多おおくを学まなぶこと(ポリュマティエーπολυμαθίη)は知性ちせい(ヌースνοῦς)を教おしえない」のである。クセノファネスΞενοφάνηςの放浪ほうろう的てき・百科全書ひゃっかぜんしょ的てきな知ちのあり方かたと、ヘラクレイトスἩράκλειτοςの深ふかい一ひとつのロゴスλόγοςへの集中しゅうちゅうは、「知ちの幅はば」と「知ちの深ふかさ」の対立たいりつとして興味深きょうみぶかい。

2. アリストテレスἈριστοτέληςの冷淡れいたんな評価ひょうか(後世こうせい):アリストテレスἈριστοτέληςは『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』第だい1巻かん5章しょう(986b21-27)でクセノファネスΞενοφάνηςに言及げんきゅうするが、彼かれが「全体ぜんたいの天てんを見渡みわたして一いちなるものが神かみであると言いった」と紹介しょうかいしたうえで、「何なにも明確めいかくにしなかった(οὐθὲν διεσαφήνισεν)」と評ひょうし、「これらの者ものたちの本性ほんしょうのいずれにも触ふれていないように見みえる」と判断はんだんしている。パルメニデスΠαρμενίδηςが「理り(ロゴスλόγος)に即そくした一いち」に到達とうたつしたのに対たいし、クセノファネスΞενοφάνηςの「一いち」は論理ろんり的てきに不ふ明確めいかくだった、というのがアリストテレスἈριστοτέληςの見方みかたである。この評価ひょうかは、論理ろんり的てき厳密げんみつ性せいを重視じゅうしするアリストテレスἈριστοτέληςが、クセノファネスΞενοφάνηςの詩的してき・修辞しゅうじ的てきな哲学てつがくスタイルを低ひくく見みたことを反映はんえいしている。

しかし、哲学てつがくが論理ろんり的てき厳密げんみつ性せいだけでなく文化ぶんか批判ひはん・社会しゃかい批評ひひょう・認識にんしき論ろん的てき謙虚けんきょさをも含ふくむべきだとすれば、アリストテレスἈριστοτέληςの評価ひょうか基準きじゅんそのものが問とい直なおされる。

3. 「エレアἘλέα学派がくはの祖そ」問題もんだい(古代こだい〜現代げんだい):プラトン『ソフィストΣοφιστής』242dは「クセノファネスΞενοφάνηςから始はじまるエレアἘλέαの一族いちぞく」と述のべ、クセノファネスΞενοφάνηςをパルメニデスΠαρμενίδηςの先駆せんく者しゃと位置いちづけた。しかし現代げんだいの研究けんきゅう者しゃの多おおく(レシャーLesher1992、カーク&レイヴン1983)はこの帰属きぞくを疑問ぎもん視しする。クセノファネスΞενοφάνηςの「一ひとつの神かみ」は神学しんがく的てき主張しゅちょうであり、パルメニデスΠαρμενίδηςの「存在そんざいは一ひとつ」は存在そんざい論ろん的てき・論理ろんり学がく的てき主張しゅちょうである。方法ほうほう、文脈ぶんみゃく、論証ろんしょう構造こうぞうが大おおきく異ことなるため、両者りょうしゃを同一どういつの知的ちてき系譜けいふに置おくことは慎重しんちょうを要ようする。

4. B34の解釈かいしゃく論争ろんそう(現代げんだい):断片だんぺんB34は「懐疑かいぎ主義しゅぎ」の宣言せんげんなのか、それとも「可謬かびゅう主義しゅぎ」の宣言せんげんなのか。古代こだいの懐疑かいぎ主義しゅぎ者しゃセクストス・エンペイリコスSextus EmpiricusはクセノファネスΞενοφάνηςを自じ派はの先駆せんくとして引用いんようしたが、断片だんぺんB18(「探究たんきゅうによる漸進ぜんしん的てき改善かいぜん」)と合あわせて読よめば、クセノファネスΞενοφάνηςの立場たちばは知ちの可能かのう性せいを完全かんぜんに否定ひていする懐疑かいぎ主義しゅぎではなく、知ちの暫定ざんてい性せいを認みとめつつ探究たんきゅうを肯定こうていする可謬かびゅう主義しゅぎである、という解釈かいしゃくが現在げんざいでは有力ゆうりょくである(フランケルFränkel1925、ポパーPopper1963、レシャーLesher1992)。

影響えいきょうと遺産いさん

先行せんこう思想しそう:ミレトスΜίλητος学派がくはの自然しぜん哲学てつがく(合理ごうり的てき世界せかい説明せつめいの枠組わくぐみ)、ホメロスὍμηροςとヘシオドスἩσίοδοςの叙事詩じょじし伝統でんとう(批判ひはんの対象たいしょうとして)、東ひがし地中海ちちゅうかいの比較ひかく文化ぶんか的てき知識ちしき(放浪ほうろう生活せいかつで獲得かくとく)。クセノファネスΞενοφάνηςはミレトスΜίλητος学派がくはの合理ごうり主義しゅぎを「自然しぜん」から「宗教しゅうきょう・文化ぶんか・認識にんしき」へと拡張かくちょうした。

パルメニデスΠαρμενίδηςとエレアἘλέα学派がくは:クセノファネスΞενοφάνηςの「唯一ゆいいつの神かみ」(不動ふどうで、思考しこうによって万物ばんぶつを統御とうぎょする存在そんざい)は、パルメニデスΠαρμενίδηςの「一いちなる存在そんざい(ト・エオンτὸ ἐόν、不生ふしょう不滅ふめつ、不変ふへん、不動ふどう)」と構造こうぞう的てきに類似るいじする。直接ちょくせつの師弟してい関係かんけいは疑うたがわしいとしても、クセノファネスΞενοφάνηςの神学しんがくがパルメニデスΠαρμενίδηςの存在そんざい論ろんに何なんらかの刺激しげきを与あたえた可能かのう性せいは高たかい。

ソクラテスΣωκράτηςと問答もんどう法ほう:クセノファネスΞενοφάνηςの「常識じょうしきを疑うたがい、権威けんいを批判ひはんする」態度たいどは、ソクラテスΣωκράτηςの問答もんどう法ほう(エレンコスἔλεγχος、対話たいわ相手あいての通念つうねんを吟味ぎんみし、無知むちを自覚じかくさせる)と精神せいしん的てきに深ふかく共鳴きょうめいする。ソクラテスΣωκράτηςの「無知むちの知ち」とクセノファネスΞενοφάνηςのB34(「確実かくじつな知ちは誰だれにもない」)は、知的ちてき謙虚けんきょさという同おなじ土壌どじょうに立たっている。

古代こだい懐疑かいぎ主義しゅぎ:セクストス・エンペイリコスSextus Empiricus(後ご2世紀せいき)はクセノファネスΞενοφάνηςを懐疑かいぎ主義しゅぎの先駆せんくとして重視じゅうしし、『ピュロン主義の概要Πυρρωνείων ὑποτυπώσεων』で詳くわしく論ろんじた。この帰属きぞくは過度かどな読よみ込こみであるとする批判ひはんもあるが、B34が後世こうせいの懐疑かいぎ主義しゅぎ的てき思考しこうの重要じゅうようなインスピレーションinspiration源げんであったことは確たしかである。

近代きんだい宗教しゅうきょう批判ひはん:クセノファネスΞενοφάνηςの擬人ぎじん化か批判ひはんは、近代きんだいにおいて三みっつの主要しゅような知的ちてき伝統でんとうに流ながれ込こんだ。(1)フォイエルバッハFeuerbachの投影とうえい説せつ(1841年ねん、神かみは人間にんげんの本質ほんしつの外在がいざい化かであるとする宗教しゅうきょう哲学てつがく)。(2)フロイトFreudの宗教しゅうきょう心理しんり学がく(1927年ねん、神かみは父親ちちおや像ぞうの宇宙うちゅう的てき投影とうえいであるとする精神せいしん分析ぶんせき)。(3)デュルケムDurkheimの宗教しゅうきょう社会しゃかい学がく(1912年ねん、宗教しゅうきょうは社会しゃかい的てき結束けっそくの表現ひょうげんであるとする社会しゃかい科学かがく的てき分析ぶんせき)。いずれも「人間にんげんが神かみを語かたるとき、実じつは人間にんげん自身じしんを語かたっている」というクセノファネスΞενοφάνηςの根本こんぽん洞察どうさつを、それぞれの方法ほうほう論ろんで精密せいみつ化かしたものにほかならない。

科学かがく哲学てつがく:カール・ポパーPopperは、クセノファネスΞενοφάνηςのB34とB18を合あわせて「批判ひはん的てき合理ごうり主義しゅぎ」の最古さいこの先行せんこう者しゃと評価ひょうかした。「確実かくじつな真理しんりには到達とうたつできないが、批判ひはんと吟味ぎんみによってより良よい理論りろんに漸近ぜんきんできる」。ポパーPopperの科学かがく哲学てつがくの核心かくしんテーゼは、クセノファネスΞενοφάνηςの2500年ねん前まえの洞察どうさつと構造こうぞう的てきに同一どういつである。

現代げんだいへの接続せつぞく

クセノファネスΞενοφάνηςの遺産いさんは、驚おどろくべき多面ためん性せいで現代げんだいに生いきている。

第だい一いちに、「認知にんちバイアスの自覚じかく」。人間にんげんは自分じぶんに似にたものを「正ただしい」「自然しぜんだ」と感かんじる傾向けいこうがある。クセノファネスΞενοφάνηςの擬人ぎじん化か批判ひはんは、現代げんだいの認知にんち心理しんり学がくが「確証かくしょうバイアス」「内うち集団しゅうだんバイアス」「素朴そぼく実在じつざい論ろん」として精密せいみつに記述きじゅつする認知にんちの歪ゆがみを、最もっとも早はやく指摘してきしたものである。SNS時代じだいのフィルターバブルfilter bubbleやエコーチェンバーecho chamber(自分じぶんに似にた意見いけんだけが反復はんぷくされ、それが「世界せかいの真実しんじつ」に見みえる現象げんしょう)は、クセノファネスΞενοφάνηςが指摘してきした擬人ぎじん化かの構造こうぞうのデジタル版ばんにほかならない。

「あなたが見みている世界せかいは、あなた自身じしんの投影とうえいではないか」。この問といは、2500年ねん前まえと変かわらず鋭するどい。

第だい二にに、「知的ちてき謙虚けんきょさとしての可謬かびゅう主義しゅぎ」。医学いがくの歴史れきしがその好例こうれいだ。かつて医師いしは手てを洗あらわずに手術しゅじゅつを行おこない、瀉血しゃけつで病気びょうきを治なおそうとした。当時とうじの医師いしは自分じぶんが正ただしいと確信かくしんしていた。まさにB34が指摘してきした「たとえ偶然ぐうぜんに真理しんりを語かたっても、本人ほんにんはそれを知しらない」状態じょうたいである。科学かがくが進歩しんぽしたのは、自みずからの誤あやまりの可能かのう性せいを常つねに意識いしきする態度たいど(可謬かびゅう主義しゅぎ)を制度せいど化かしたからだ。査読さどく、追試ついし、反証はんしょう実験じっけん──近代きんだい科学かがくの仕組しくみは、クセノファネスΞενοφάνηςが2500年ねん前まえに示しめした知的ちてき謙虚けんきょさの制度せいど的てきな実現じつげんである。

第だい三さんに、「権威けんいの批判ひはん的てき吟味ぎんみ」。クセノファネスΞενοφάνηςがホメロスὍμηροςという絶対ぜったい的てき権威けんいを批判ひはんしたように、現代げんだいの批判ひはん的てき思考しこう教育きょういく(クリティカル・シンキングcritical thinking)は「情報じょうほう源げんの権威けんいに盲従もうじゅうしない」態度たいどを核心かくしんに据すえている。フェイクニュースfake news、ディープフェイクdeepfake、権威けんい主義しゅぎ的てきな情報じょうほう統制とうせい。「多おおくの人ひとが信しんじているから正ただしい」「権威けんいある人物じんぶつが言いったから正ただしい」という推論すいろんの危あやうさを最初さいしょに哲学てつがく的てきに示しめしたのがクセノファネスΞενοφάνηςである。

読者どくしゃへの問とい

  • あなたが「当然とうぜん」「自然しぜん」「正ただしい」と感かんじている価値かち観かんや信念しんねんのなかに、実じつは自分じぶん自身じしんの文化ぶんか・立場たちば・経験けいけんの投影とうえいにすぎないものはないか。クセノファネスΞενοφάνηςの目めで見みつめ直なおしてみよ。
  • 「確実かくじつな真理しんりは分わからない」(B34)と「探究たんきゅうによってより良よいものを見出みだせる」(B18)──この二ふたつは矛盾むじゅんするか、それとも両立りょうりつするか。あなたの仕事しごとや学まなびにおいて、この二ふたつをどう両立りょうりつさせているか。
  • クセノファネスΞενοφάνηςはオリュンピアの競技きょうぎ者しゃよりも知恵ちえある者ものを讃たたえるべきだと主張しゅちょうした。現代げんだい社会しゃかいでも、スポーツ選手せんしゅやエンターテイナーの報酬ほうしゅうが科学かがく者しゃや教育きょういく者しゃの報酬ほうしゅうを大おおきく上回うわまわる。この格差かくさは正当せいとうか。クセノファネスΞενοφάνηςならどう論ろんじるか。
  • クセノファネスΞενοφάνηςは「確実かくじつな真理しんりは分わからない」と述のべたうえで、自分じぶん自身じしんの学説がくせつにもその原則げんそくを適用てきようした(B35)。私わたしたちは自分じぶんの信念しんねんや主張しゅちょうに対たいしても、同おなじ謙虚けんきょさを保たもてているだろうか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

"もし牛うしや馬うまやライオンが手てを持もち、手てで絵えを描えがき作品さくひんを作つくることができたなら、馬うまは馬うまの姿すがたに、牛うしは牛うしの姿すがたに、それぞれ自分じぶんの体からだに似にせて神々かみがみの姿すがたを描えがくだろう。" ── 断片だんぺんB15(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい5巻かん109章しょう3節せつ)。擬人ぎじん化か批判ひはんの核心かくしん。西洋せいよう宗教しゅうきょう批判ひはんの出発しゅっぱつ点てんとされる最もっとも有名ゆうめいな一節いっせつ。
"確実かくじつな真理しんりを知しった者ものは、かつていなかったし、これからもいないだろう。たとえ偶然ぐうぜんに完全かんぜんな真理しんりを語かたったとしても、本人ほんにんはそれを知しらない。万事ばんじに対たいして見みかけが支配しはいしているからだ。" ── 断片だんぺんB34(セクストス・エンペイリコスSextus Empiricus『学者たちへの反論Adversus Mathematicos』第だい7巻かん49節せつ)。可謬かびゅう主義しゅぎの最古さいこの宣言せんげん。ポパーPopperが「批判ひはん的てき合理ごうり主義しゅぎの始祖しそ」と評ひょうした認識にんしき論ろんの礎石そせき。
"神々かみがみは初はじめから万事ばんじを死しすべきものたちに示しめしたのではない。しかし時間じかんをかけて探さがし求もとめることで、人間にんげんはより良よいものを見出みいだす。" ── 断片だんぺんB18(ストバイオスΣτοβαῖος『抜粋集Ἀνθολόγιον』第だい1巻かん8章しょう2節せつ)。B34の懐疑かいぎを補完ほかんする「知ちの進歩しんぽへの信頼しんらい」。可謬かびゅう主義しゅぎと漸進ぜんしん的てき改善かいぜんの統合とうごう。
"神々かみがみと人間にんげんたちのうちで最もっとも偉大いだいなる唯一ゆいいつの神かみ、身体しんたいにおいても思考しこうにおいても死しすべきものどもとはまったく似にていない。" ── 断片だんぺんB23(クレメンス・アレクサンドリアClemens Alexandrinusの『ストロマテイスΣτρωματεῖς』第だい5巻かん109章しょう1節せつ)。哲学てつがく的てき一いち神かみ論ろんの最古さいこの表明ひょうめい。非ひ擬人ぎじん的てきな神かみ概念がいねんの出発しゅっぱつ点てん。
"これらのことは、真実しんじつに似にたものとして受うけ取とられよ。" ── 断片だんぺんB35(プルタルコスΠλούταρχος『食卓談義Quaestiones Convivales』第だい9巻かん746B)。自みずからの理論りろんにも可謬かびゅう主義しゅぎを適用てきようする、哲学てつがく史上しじょうきわめて稀有けうな自己じこ言及げんきゅう的てき謙虚けんきょさの表明ひょうめい。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (断片だんぺんと証言しょうげん):H. Dielsディールス & W. Kranzクランツ 編へん『ソクラテスΣωκράτης以前いぜんの哲学てつがく者しゃたちの断片だんぺん(Die Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー)』第だい1巻かん、クセノファネスΞενοφάνηςの章しょう(DK 21)。断片だんぺんB1-B45および全ぜん証言しょうげん(A篇へん)を収録しゅうろく。
  • (断片だんぺん新版しんぱん):A. Laksラクス & G.W. Mostモスト 編へん『Early Greek Philosophy初期ギリシャ哲学』(Loeb Classical Library 524-532, Harvard UP, 2016)── DK に代かわる新しん標準ひょうじゅん版ばん。全ぜん断片だんぺん・証言しょうげんを原文げんぶん・英訳えいやく対照たいしょうで収録しゅうろく。
  • (証言しょうげん):アリストテレスἈριστοτέλης『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』第だい1巻かん5章しょう(986b18-27、出隆いでたかし訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ);プラトンΠλάτων『ソフィストΣοφιστής』242d ;セクストス・エンペイリコスSextus Empiricus『学者たちへの反論Adversus Mathematicos』第だい7巻かん49節せつ, 第だい9巻かん193節せつ。
  • (伝記でんき):ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius『ギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφων』第だい9巻かん18-20節せつ(加来かく彰俊あきとし訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ)。
  • (決定けってい版ばん研究けんきゅう):J.H. Lesherレシャー『Xenophanes of Colophon: Fragmentsコロポンのクセノファネス:断片集』, University of Toronto Press, 1992 ── クセノファネスΞενοφάνηςの全ぜん断片だんぺんを注釈ちゅうしゃくつきで検討けんとうする決定けってい版ばんモノグラフmonograph。一いち神かみ論ろん/単たん一神教いっしんきょうの論争ろんそうやB34の認識にんしき論ろん的てき解釈かいしゃくについて最もっとも精密せいみつな分析ぶんせきを提供ていきょうする。
  • (標準ひょうじゅん研究けんきゅう):G.S. Kirkカーク, J.E. Ravenレイヴン, M. Schofieldスコフィールド『The Presocratic Philosophersソクラテス以前の哲学者たち』2nd ed., Cambridge UP, 1983, Ch.5(邦訳ほうやく:内山うちやま勝利かつとし他た訳やく『ソクラテス以前の哲学者たちThe Presocratic Philosophers』京都大きょうとだい学がく学術がくじゅつ出版しゅっぱん会かい)── クセノファネスΞενοφάνηςの断片だんぺんと証言しょうげんを厳密げんみつに検討けんとうする標準ひょうじゅん参考さんこう書しょ。
  • (概説がいせつ):廣川ひろかわ洋一よういち『ソクラテス以前の哲学者The Presocratic Philosophers』(講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ、1997年ねん)── 日本語にほんごで読よめる定評ていひょうのある入門にゅうもん概説がいせつ。クセノファネスΞενοφάνηςの位置いちづけを明快めいかいに整理せいり。
  • (科学かがく哲学てつがくからの再さい評価ひょうか):K. Popperポパー「Back to the Presocratics」(1958年ねん講演こうえん、『Conjectures and Refutations推測と反駁』1963年ねん所収しょしゅう)── クセノファネスΞενοφάνηςを批判ひはん的てき合理ごうり主義しゅぎの先駆せんく者しゃとして再さい評価ひょうかした記念きねん碑ひ的てき論文ろんぶん。
  • (認識にんしき論ろんの先駆せんく的てき研究けんきゅう):H. Fränkelフランケル「Xenophanesstudien」(1925年ねん、後ごに『Dichtung und Philosophie des frühen Griechentums初期ギリシャ世界の詩と哲学』1962年ねんに改訂かいてい収録しゅうろく)── B34の認識にんしき論ろん的てき解釈かいしゃくを初はじめて精密せいみつに分析ぶんせきした記念きねん碑ひ的てき論文ろんぶん。現代げんだいのクセノファネスΞενοφάνης研究けんきゅうの出発しゅっぱつ点てん。
  • (近年きんねんの再さい評価ひょうか):P. Curdカード & D.W. Grahamグラハム 編へん『The Oxford Handbook of Presocratic Philosophyオックスフォード・ハンドブック:ソクラテス以前の哲学』, Oxford UP, 2008 ── 初期しょきギリシャ哲学てつがくの最新さいしん研究けんきゅうを網羅もうらする論文ろんぶん集しゅう。クセノファネスΞενοφάνηςの認識にんしき論ろんと神学しんがくに関かんする複数ふくすうの論考ろんこうを含ふくむ。