紀元前きげんぜん399ねんアテナイἈθῆναι民衆みんしゅう法廷ほうてい一人ひとりの70さい老人ろうじん死刑しけい宣告せんこくされた。罪状ざいじょうは「国家こっかみとめる神々かみがみみとめず、新奇しんきダイモニオンδαιμόνιον導入どうにゅうし、青年せいねん堕落だらくさせた」こと。かれ逃亡とうぼう機会きかいあたえられたが、それをこばんだ。友人ゆうじんクリトンΚρίτων牢獄ろうごくしの脱獄だつごくすすめたとき、かれこたえた。「不正ふせいおこなうことは、いかなる場合ばあいにも、いかなる仕方しかたでもゆるされない。たとえ不正ふせいけた場合ばあいであっても、不正ふせいかえしてはならない」(プラトンΠλάτωνクリトンΚρίτων』49a-e)。けい執行しっこうかれ弟子でしたちがくずれるなか顔色かおいろひとつえずにどくはいあおぎ、最後さいごまで対話たいわつづけてしずかにんだ。

ソクラテスΣωκράτης一行いちぎょうかなかった。著作ちょさくはおろか断片だんぺんすらのこしていない。それにもかかわらず、いや、おそらくそれゆえに、かれ西洋せいよう哲学てつがく史上しじょうもっと影響えいきょうりょくのある人物じんぶつとなった。プラトンΠλάτωνアリストテレスἈριστοτέληςストアΣτοά懐疑かいぎキルケゴールKierkegaardニーチェNietzscheウィトゲンシュタインWittgenstein。つまり哲学てつがく歴史れきしソクラテスΣωκράτηςとの対話たいわとしてむことができる。かれうたのは宇宙うちゅう根源こんげんではなく、「よくきるとはどういうことか」という、だれもがのがれられないいだった。このいは2400ねんいまえていない。「本当ほんとうにそれでただしいのか」とまるちからわたしたちがそれを必要ひつようとするかぎり、ソクラテスΣωκράτηςふるくならない。

この記事きじ要点ようてん

  • 無知むち」── 出発しゅっぱつてん転覆てんぷくソクラテスΣωκράτηςは「自分じぶんらないことをっている」という自覚じかくこそが知恵ちえはじまりだと主張しゅちょうした。これはたんなる謙遜けんそんではなく、吟味ぎんみなき確信かくしんもっと危険きけん無知むちなす認識にんしきろんてき立場たちばである。
  • 問答もんどうほうエレンコスἔλεγχος)── 対話たいわによる思考しこう鍛錬たんれんソクラテスΣωκράτηςみずかなにかをおしえるのではなく、相手あいて信念しんねんいによって吟味ぎんみし、矛盾むじゅん露呈ろていさせた。この方法ほうほうは、結論けつろんあたえるのではなく「かんがえるちからそのもの」をきたえる教育きょういく原型げんけいとなった。
  • たましい配慮はいりょ ── 倫理りんり内面ないめん:「大切たいせつなのはたんきることではなく、よくきることだ」。ソクラテスΣωκράτηςとみ名声めいせいではなく、たましいプシュケーψυχή)の卓越たくえつせいアレテーἀρετή)こそが人間にんげんにとってもっと重要じゅうようだといた。この主張しゅちょうは、外的がいてき成功せいこう至上しじょうとする価値かちかんへの最初さいしょ体系たいけいてき挑戦ちょうせんである。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

ソクラテスΣωκράτης紀元前きげんぜん470ねんごろアテナイἈθῆναιまれた。ちちソフロニスコスΣωφρονίσκος石工いしく(あるいは彫刻ちょうこく)、ははパイナレテーΦαιναρέτη助産婦じょさんぷだった。はは職業しょくぎょう哲学てつがくてき比喩ひゆとなる。ソクラテスΣωκράτηςみずからの仕事しごとを「産婆術さんばじゅつマイエウティケーμαιευτική)」とび、他者たしゃたましいなかにある真理しんりを「げる」のだとかたった(プラトンΠλάτωνテアイテトスΘεαίτητος』149a-151d)。

ソクラテスΣωκράτηςきた時代じだいは、アテナイἈθῆναι黄金おうごんとその崩壊ほうかい時代じだいだった。ペリクレスΠερικλῆςのもとで民主みんしゅせい頂点ちょうてんたっし、パルテノンΠαρθενών神殿しんでん建設けんせつされ、悲劇ひげき詩人しじんソフォクレスΣοφοκλῆςエウリピデスΕὐριπίδης歴史れきしトゥキュディデスΘουκυδίδης活動かつどうした。しかしぜん431ねんペロポネソスΠελοπόννησος戦争せんそう勃発ぼっぱつし、アテナイἈθῆναιは27ねんおよ消耗しょうもうせんきずりまれる。ぜん430ねんにはペストが流行りゅうこうし、ペリクレスΠερικλῆς自身じしん病死びょうしぜん404ねんアテナイἈθῆναιスパルタΣπάρτη降伏こうふくし、「さんじゅうにん僭主せんしゅ」の恐怖きょうふ政治せいじ一時いちじてき支配しはいした。

ソクラテスΣωκράτηςじゅうそう歩兵ほへいとしてすくなくともさん遠征えんせい参加さんかしている(プラトンΠλάτων弁明Ἀπολογία』28e)。ポティダイアΠοτείδαιαたたかい(ぜん432ねんごろ)ではアルキビアデスἈλκιβιάδηςいのちすくい、デリオンΔήλιονたたかい(ぜん424ねん)では敗走はいそうする味方みかたなか最後さいごまで冷静れいせい退却たいきゃくし、その勇敢ゆうかんさを将軍しょうぐんラケスΛάχης証言しょうげんしたとプラトンΠλάτωνしるしている(『饗宴Συμπόσιον』220d-221c、『ラケスΛάχης』181b)。この戦場せんじょうでのかれ姿すがたは、「」と「おこない」が一致いっちした哲学者てつがくしゃとしてのかれ輪郭りんかくをすでにしめしている。アンフィポリスἈμφίπολιςたたかい(ぜん422ねんごろ)にも従軍じゅうぐんした。

ポティダイアΠοτείδαια遠征えんせいちゅうには、もうひとつのわすれがたいエピソードがある。あるあさソクラテスΣωκράτηςなにかをかんがんだままいっしょくした。ひるになってもうごかない。夕方ゆうがたになってもうごかない。よるても、まだっている。兵士へいしたちは不思議ふしぎがって寝床ねどこそとし、かれがいつまでっているか見守みまもった。翌朝よくあさ太陽たいようのぼったとき、ソクラテスΣωκράτης太陽たいよういのりをささげ、ようやくそのった(『饗宴Συμπόσιον』220c-d)。およそ24時間じかん微動びどうだにせず思索しさくしずんでいたのである。この逸話いつわは、かれ哲学てつがく書斎しょさい学問がくもんではなく、全身全霊ぜんしんぜんれいけた精神せいしんいとなみだったことを物語ものがたっている。

ソクラテスΣωκράτης外見がいけんは、ギリシャてき基準きじゅんからかけはなれていた。獅子鼻ししばなふとくちびるプラトンΠλάτωνの『饗宴Συμπόσιον』でアルキビアデスἈλκιβιάδηςかれシレノスΣειληνόςサテュロスΣάτυρος一種いっしゅ)のぞうたとえている。しかしそのみにく外見がいけんなかに、おどろくべきうつくしさ(内的ないてきとく)がかくされているとつづける(215a-b)。この「外見がいけん内面ないめん逆転ぎゃくてん」は、ソクラテスΣωκράτης自身じしん哲学てつがくかけの本当ほんとう逆転ぎゃくてん)とかさなっている。

かれ生涯しょうがいをほぼ報酬ほうしゅうごした。ソフィストσοφιστήςたちが高額こうがく授業じゅぎょうりょうって弁論べんろんじゅつおしえたのとは対照たいしょうてきに、ソクラテスΣωκράτηςは「自分じぶんなにらないのだからおしえることもできない」とい、報酬ほうしゅうらなかった。結果けっかとして、かれ家庭かていまずしく、つまクサンティッペΞανθίππη不満ふまん古代こだい以来いらいかたくさになっている(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtius哲学者列伝Βίοι φιλοσόφων』II.36-37)。

ぜん399ねん死刑しけい執行しっこうは、プラトンΠλάτωνの『パイドンΦαίδων』に永遠えいえんきざまれている。ソクラテスΣωκράτηςあさから弟子でしたちとたましい不死ふしについて対話たいわし、夕方ゆうがたになると入浴にゅうよくしてきよめ、妻子さいし最後さいごわかれをげた。看守かんしゅどくはいどくニンジン / コネイオンκώνειον)をはこんでくると、かれ平然へいぜんとそれをった。弟子でしたちがすと、しかった。「なにということだ、そのためにこそおんなたちをかえしたのに。みだしてではなく、静寂せいじゃくのうちにむかえるべきだ」(『パイドンΦαίδων』117d-e)。

かれどく一息ひといきし、指示しじどおりにあるまわったのちよこになった。身体しんたいえていくなか最後さいご言葉ことばは「クリトンΚρίτωνアスクレピオスἈσκληπιόςにわとりいちりがある。わすれずにかえしてくれ」だった(118a)。アスクレピオスἈσκληπιός医療いりょうかみであり、やまいからの回復かいふく供物そなえものささげる慣習かんしゅうがあった。このなぞめいた遺言ゆいごんは、を「なまというやまいからの癒やし」となしたのか、あるいはなにべつ意味いみがあるのか、2400ねんにわたって解釈かいしゃくかれつづけている。

ミニ年表ねんぴょう

  • ぜん470ねんころアテナイἈθῆναιアロペケーἈλωπεκήまれる。ちち石工いしくソフロニスコスΣωφρονίσκοςはは助産婦じょさんぷパイナレテーΦαιναρέτη
  • ぜん440年代ねんだいアルケラオスἈρχέλαοςアナクサゴラスἈναξαγόρας弟子でし)のもとで自然しぜん哲学てつがくまなんだとされる
  • ぜん432ねんころポティダイアΠοτείδαιαたたかいにじゅうそう歩兵ほへいとして従軍じゅうぐん
  • ぜん424ねんデリオンΔήλιονたたかいに従軍じゅうぐん敗走はいそうなかでの冷静れいせい退却たいきゃくげる
  • ぜん423ねんアリストファネスἈριστοφάνηςΝεφέλαι』で風刺ふうしされる(ソクラテスΣωκράτης自然しぜん哲学てつがくしゃソフィストσοφιστήςとして戯画ぎが
  • ぜん422ねんころアンフィポリスἈμφίπολιςたたかいに従軍じゅうぐん
  • ぜん406ねんアルギヌサイἈργινοῦσαι海戦かいせん将軍しょうぐんたちを一括いっかつ審理しんりする違法いほう動議どうぎたいし、当日とうじつ議長ぎちょうだんプリュタネイスπρυτάνεις)の一員いちいんとして唯一ゆいいつ抵抗ていこうする(プラトンΠλάτων弁明Ἀπολογία』32b)
  • ぜん404-403ねんさんじゅうにん僭主せんしゅ政権せいけん命令めいれいレオンΛέων逮捕たいほ)を拒否きょひ
  • ぜん399ねんメレトスΜέλητοςアニュトスἌνυτοςリュコンΛύκωνにより告発こくはつされる。民衆みんしゅう法廷ほうてい有罪ゆうざい死刑しけい判決はんけつどくはいあおいでぼっする(享年きょうねんやく70さい

ソクラテスΣωκράτηςなにうたのか

ソクラテスΣωκράτης以前いぜん哲学てつがくしゃたち(タレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςヘラクレイトスἩράκλειτοςら)は自然しぜんピュシスφύσις)をうた。「万物ばんぶつ根源こんげんなにか」「変化へんか法則ほうそくなにか」。一方いっぽうソクラテスΣωκράτηςどう時代じだいソフィストσοφιστήςたちは、法廷ほうていみんかいつための弁論べんろんじゅつおしえ、「真理しんり」よりも「説得せっとくりょく」を重視じゅうしした。プロタゴラスΠρωταγόραςの「万物ばんぶつ尺度しゃくど人間にんげんである」(プラトンΠλάτωνテアイテトスΘεαίτητος』152a)という相対そうたい主義しゅぎは、その代表だいひょうてき立場たちばだった。

ソクラテスΣωκράτηςいは、自然しぜん哲学てつがくともソフィストσοφιστήςともことなる方向ほうこういていた。キケロCicero有名ゆうめい表現ひょうげんりれば、ソクラテスΣωκράτηςは「哲学てつがくてんから地上ちじょうろした」人物じんぶつである(『トゥスクルム荘対談集Tusculanae Disputationes』V.10-11)。かれうたのは宇宙うちゅう構造こうぞうではなく、人間にんげんかただった。「勇気ゆうきとはなにか」「正義せいぎとはなにか」「ぜんとはなにか」「とくおしえうるか」。これらはだれもがっているとおもみながら、われるとこたえられない種類しゅるいいである。

ソクラテスΣωκράτης革命かくめいは、この「っているつもり」をあばいたことにある。アテナイἈθῆναι政治せいじ正義せいぎについてかたりながら正義せいぎなにかを定義ていぎできず、将軍しょうぐん勇気ゆうきについてかたりながら勇気ゆうきなにかを説明せつめいできず、詩人しじんについてうたいながらなにかをらなかった。ソクラテスΣωκράτηςかれらにいかけ、その確信かくしんさぶり、「らないことをっているとおもんでいる」状態じょうたいこそがもっと危険きけん無知むちであることをしめした。

この姿勢しせい当然とうぜんながら反感はんかんった。問答もんどう相手あいてはしばしば公衆こうしゅうまえはじをかかされ、ソクラテスΣωκράτηςへの怨恨えんこん蓄積ちくせきした。ぜん399ねん裁判さいばんは、哲学てつがくてき動機どうきよりも政治せいじてき怨恨えんこんとくに、ソクラテスΣωκράτης弟子でし一人ひとりアルキビアデスἈλκιβιάδης民主みんしゅせい裏切うらぎスパルタΣπάρτη寝返ねがえったこと、もう一人ひとり弟子でしクリティアスΚριτίαςさんじゅうにん僭主せんしゅ首魁しゅかいとなったことへの連座れんざてき反感はんかん)によるところがおおきい。

核心かくしん理論りろん

1. 「無知むち」── 知恵ちえ逆説ぎゃくせつ

発端ほったんひとつの神託しんたくだった。デルポイΔελφοί神殿しんでんで、ソクラテスΣωκράτης友人ゆうじんカイレフォンΧαιρεφῶνが「ソクラテスΣωκράτηςより知恵ちえのあるものはいるか」とうと、巫女みこは「いない」とこたえた。ソクラテスΣωκράτης自身じしん困惑こんわくした。自分じぶんなにらないのに、なぜもっと知恵ちえがあるのか。

かれ神託しんたく検証けんしょうしようとめた。知恵ちえがあると評判ひょうばん政治せいじ詩人しじん職人しょくにんたずあるき、問答もんどうかさねた。その結果けっかはこうだった。かれらは各自かくじ専門せんもん領域りょういきではたしかに知識ちしきっている。しかし「かた」「正義せいぎ」「」といった根本こんぽんてき事柄ことがらについてはなにらないまま、っているとおもんでいた(プラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』21a-23b)。

ソクラテスΣωκράτης結論けつろんはこうだ。自分じぶん人々ひとびとより知恵ちえがある唯一ゆいいつてんは、らないことをらないと自覚じかくしている」ことだ。これはたんなる知的ちてき謙遜けんそんではない。「っている」という確信かくしんは、それ以上いじょう探究たんきゅうめる。アテナイἈθῆναι政治せいじが「正義せいぎとはなにか」をわないのは、すでにこたえをっているとおもんでいるからだ。「無知むち」は、この知的ちてき停滞ていたいやぶるための原理げんりてき出発しゅっぱつてんである。

この洞察どうさつは、時代じだいえてするどさをうしなわない。情報じょうほうがあふれ、「正解せいかい」が即座そくざはいるかのような錯覚さっかくひろがるほど、らないことをらない状態じょうたいもっと危険きけんであるというソクラテスΣωκράτης警告けいこく切実せつじつさをす。専門せんもん権威けんい多数たすう意見いけん、メディアの論調ろんちょうわたしたちは日々ひび十分じゅうぶん吟味ぎんみしないまま「っている」とおも誘惑ゆうわくにさらされている。

ただし、ソクラテスの「無知」がどこまで本気か、どこまで修辞的手法(アイロニー / εἰρωνεία)なのかは古来議論がある。プラトンの対話篇では、ソクラテスは「自分は何も知らない」と言いながら、実際には巧みに議論を導き、相手を特定の結論に誘導しているように見える場面が多い。ソクラテス的アイロニーと呼ばれるこの問題は、グレゴリー・ヴラストスの古典的論文「Socratic Irony」(1987年)以来、研究者のあいだで活発に議論され続けている。自分が知っているという立場から相手を啓蒙するのではなく、自分も無知であるという地点に降り立つことで初めて、対話は相手の魂を自発的に動かす力を持つ。アイロニーにはそのような教育的(産婆術的)意図が含まれていたと考えることもできる。

2. 問答もんどうほうエレンコスἔλεγχος)── 対話たいわによる真理しんり探究たんきゅう

エレンコスἔλεγχος(「吟味ぎんみ」「反駁はんばく」の)は、ソクラテスΣωκράτης哲学てつがくてき方法ほうほう核心かくしんである。そのうごきはこうだ。まず対話たいわ相手あいてが「Xとはなにか」(たとえば「正義せいぎとはなにか」)について自信じしんった定義ていぎべる。ソクラテスΣωκράτηςはそれを否定ひていしない。むしろ「では、こうもえますね?」と追加ついか前提ぜんてい同意どういもとめていく。相手あいて次々つぎつぎと「はい」とこたえる。ところがづくと、それらの「はい」のかさねが最初さいしょ定義ていぎ矛盾むじゅんしている。相手あいて自分じぶん定義ていぎ撤回てっかいせざるをなくなり、あらたな定義ていぎこころみる。しかしそれもまたエレンコスἔλεγχοςにかけられる(プラトンΠλάτων初期しょき対話たいわへん全般ぜんぱん)。

具体ぐたいれいよう。『エウテュプロンΕὐθύφρων』で、神官しんかんエウテュプロンΕὐθύφρωνは「敬虔けいけんとは神々かみがみあいされることだ」と定義ていぎする。ソクラテスΣωκράτηςはすかさずう。「敬虔けいけんなものは、敬虔けいけんであるがゆえに神々かみがみあいされるのか、それとも神々かみがみあいされるがゆえに敬虔けいけんなのか」(10a)。もし前者ぜんしゃなら、「神々かみがみあいされる」は敬虔けいけん定義ていぎではなく結果けっかにすぎない。もし後者こうしゃなら、敬虔けいけん本質ほんしつ神々かみがみ恣意しいてきこのみに還元かんげんされ、「敬虔けいけんそのもの」の独立どくりつした基準きじゅん消滅しょうめつする。いずれにせよ、エウテュプロンΕὐθύφρων定義ていぎくずれる。この「エウテュプロンΕὐθύφρωνのジレンマ」は、宗教しゅうきょう道徳どうとく関係かんけいをめぐるいの原型げんけいとして、現代げんだい倫理りんりがくでもなお議論ぎろんされている。「道徳どうとくかみ命令めいれいもとづくのか、それともかみとは独立どくりつ成立せいりつするのか」(神命説しんめいせつ vs 自然しぜんほうろん)。

ここで注目ちゅうもくすべきは、エレンコスἔλεγχοςがしばしば明確めいかくこたえに到達とうたつしないことだ。『ラケスΛάχης』では勇気ゆうきの、『エウテュプロンΕὐθύφρων』では敬虔けいけんの、『リュシスΛύσις』では友愛ゆうあい定義ていぎ次々つぎつぎ退しりぞけられ、「結局けっきょく、〜とはなになのか」がわからないまま対話たいわわる。「アポリアἀπορίαまり)」とばれるこの結末けつまつは、しかし失敗しっぱいではない。むしろ意図いとてき構造こうぞうであると一般いっぱん理解りかいされている。こたえを外部がいぶから「あたえる」のではなく、自明じめいとしていた知識ちしき解体かいたいし、「本当ほんとうにそうか?」と自らみずから吟味ぎんみする行為こういそのものこそが、たましいきたえるからである。

現代げんだい教育きょういくで「ソクラティック・メソッドSocratic method」とばれるものは、この構造こうぞう由来ゆらいする。教師きょうし一方いっぽうてき知識ちしき伝達でんたつするのではなく、いかけによって学生がくせい自身じしんかんがえさせる。ハーバードHarvardロースクールLaw Schoolケースメソッドcase method典型てんけいれいであり、教授きょうじゅ学生がくせいにケースについて執拗しつよういかけ、その推論すいろん矛盾むじゅんく。

ただし、エレンコスἔλεγχοςには根本こんぽんてき弱点じゃくてんもある。ソクラテスΣωκράτης検証けんしょうするのは相手あいて信念しんねん整合せいごうせいであって、信念しんねん真偽しんぎそのものではない。辻褄つじつまっているがまるごとあやまっている信念しんねん体系たいけい論理ろんりてきにありうるし、エレンコスἔλεγχοςだけではそれを見抜みぬけない。「ソクラテスΣωκράτης問題もんだい」とばれるこの限界げんかいは、ヴラストスVlastosベンソンBensonらの分析ぶんせき哲学てつがくてき研究けんきゅう精緻せいちろんじられてきた。

3. 「とく知識ちしきである」── 倫理りんりてき主知しゅち主義しゅぎ

ソクラテスΣωκράτηςもっと大胆だいたん倫理りんりてき主張しゅちょうは、だれみずかすすんであくをなさない(οὐδεὶς ἑκὼν κακός)」というテーゼTheseである(プラトンΠλάτωνプロタゴラスΠρωταγόρας』345d-e、『メノンΜένων』77b-78b)。ひとわる行為こういをするのは、あくほっしているからではなく、なにぜんであるかを本当ほんとうにはらないからだ。ただしい知識ちしきがあれば、ひと必然ひつぜんてきただしく行為こういする。

この立場たちばは「倫理りんりてき主知しゅち主義しゅぎ」とばれる。その論理ろんりをたどってみよう。人間にんげんだれしも自分じぶんにとってのぜんもとめる。ある行為こうい本当ほんとう自分じぶんがいするとこころそこからわかっていながら、なおその行為こうい自発じはつてきえらぶことは不合理ふごうりである。だとすれば、わる行為こういはすべてぜんについての無知むちからまれることになる。

現代げんだいわたしたちにとって、これは直観ちょっかんはんする。健康けんこうわるいとりながらタバコをい、環境かんきょうわるいとりながら大量たいりょう消費しょうひつづけるれいはいくらでもある。アリストテレスἈριστοτέλης立場たちば批判ひはんし、「意志いしよわさ(アクラシアἀκρασία、つまりぜんりながら欲望よくぼうけてあくえら状態じょうたい)の存在そんざいみとめた(『ニコマコス倫理学Ἠθικὰ Νικομάχειαだい7かん)。

しかし、ソクラテスΣωκράτης主張しゅちょうをもうすこ寛容かんようめば、一定いってい洞察どうさつえる。タバコのがいを「っている」とは本当ほんとうなに意味いみするか。統計とうけいデータを知的ちてき承認しょうにんすることと、自分じぶん身体しんたいきる結果けっかほねずいから「る」こととはおなじか。ソクラテスΣωκράτηςう「知識ちしき」は、たんなる命題めいだいてき知識ちしき(「Pがしんであるとっている」)ではなく、行為こうい変容へんようさせる実践じっせんてき叡知えいち東洋とうよう思想しそうでいう知行ちぎょう合一ごういつちかい)であると解釈かいしゃくできる。「本当ほんとうっていれば行為こういわる」。荒唐こうとう無稽むけいこえるこの主張しゅちょうは、認知にんち変容へんよう行動こうどうえるという現代げんだい認知にんち行動こうどう療法りょうほう知見ちけんと、意外いがいなほどかさなっている。

4. たましい配慮はいりょエピメレイアἐπιμέλειαテースτῆςプシュケースψυχῆς

ソクラテスΣωκράτης根本こんぽんてき主張しゅちょうは、「人間にんげんにとってもっと大切たいせつなのはたましい(たましい、プシュケーψυχή)の状態じょうたい追求ついきゅうすることだ」というものである。『ソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』でかれアテナイἈθῆναι市民しみんかってこうかたる。「もっとすぐれたひとよ、あなたはアテナイἈθῆναι市民しみんでありながら、金銭きんせんができるだけおおくなるようにと配慮はいりょし、名声めいせい名誉めいよ配慮はいりょしながら、思慮しりょ真理しんりたましいができるだけくなることについては配慮はいりょ心配しんぱいもしないことを、ずかしくおもわないのですか」(29d-30a)。

ここで「たましい」とは、死後しご存続そんぞくする霊魂れいこん(キリストきょうてき意味いみでの soul)というよりも、人間にんげん知性ちせい性格せいかく人格じんかく全体ぜんたい思考しこうし、判断はんだんし、行為こういするそのひと自身じしん内的ないてき中核ちゅうかく)をしている。とみ善人ぜんにん悪人あくにんちうるが、たましい卓越たくえつせいアレテーἀρετή)は当人とうにん知的ちてき道徳どうとくてき努力どりょくによってのみ達成たっせいされる。だからこそ「吟味ぎんみされないなまきるにあたいしない(ὁ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ)」(『弁明Ἀπολογία』38a)。

現代げんだいてきえれば、これは「年収ねんしゅう地位ちい名声めいせいではなく、内的ないてき人格じんかくしつこそが人間にんげん価値かちめる」という主張しゅちょうである。他者たしゃからの承認しょうにん際限さいげんなくもとつづける風潮ふうちょうたいして、ソクラテスΣωκράτηςいは根本こんぽんてき批判ひはん原理げんりとなる。

5. ダイモニオンδαιμόνιον ── うちなるこえ

ソクラテスΣωκράτης幼少ようしょうころから、ある「ダイモニオンδαιμόνιονこえ(δαιμόνιον σημεῖον)」、つまりかみてきしるし自分じぶんかたりかけるとべていた。それはつねに「制止せいし」のかたちをとり、なにかをすべきでないときにのみあらわれた。なにかを積極せっきょくてきめいじることはけっしてなかった(『弁明Ἀπολογία』31c-d)。

このダイモニオンδαιμόνιον解釈かいしゃく古来こらいかれている。宗教しゅうきょうてきめばそれは文字通もじどおりのかみてき啓示けいじであり、合理ごうりてきめば道徳どうとくてき直観ちょっかんあるいは良心りょうしん先駆せんくてき概念がいねんであり、心理しんりがくてきめば高度こうど訓練くんれんされた直観ちょっかんてき判断はんだんのシステムである。現代げんだい心理しんりがく用語ようごりれば、ダイモニオンδαιμόνιον高度こうど洗練せんれんされた直観ちょっかん言語げんごされるまえ結論けつろんたっする「はや思考しこう」)として理解りかいすることも可能かのうだろう。

しかし、哲学てつがくてきもっと重要じゅうようなのは、このうちなるこえが「なにをすべきか」をけっしておしえてくれないという点てんだ。「〜をしてはならない」と制止せいしされるだけであり、そこからさきの「ではどうきるべきか」という積極せっきょくてき選択せんたくは、あくまで自分じぶん自身じしん理性りせいによる吟味ぎんみゆだねられている。かみ限界げんかい画定かくていするだけで、こたえをわりにしてはくれない。かみへの絶対ぜったいてき服従ふくじゅうと、徹底てっていした自己じこ責任せきにんに基づく理性りせいてき探究たんきゅうとが、ソクラテスΣωκράτηςなかでは矛盾むじゅんなく同居どうきょしているのである。

これがソクラテスΣωκράτης裁判さいばんで「国家こっかみとめる神々かみがみみとめず、新奇しんきダイモニオンδαιμόνιον導入どうにゅうした」という告発こくはつ根拠こんきょひとつとなった。ポリスπόλις公認こうにん宗教しゅうきょうてき秩序ちつじょたいする脅威きょういなされたのである。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

ソクラテスΣωκράτης自身じしん一切いっさい著作ちょさくのこしていない。かれ思想しそう弟子でしたちの証言しょうげんつうじてのみ復元ふくげんされる。これが哲学てつがく史上しじょうソクラテスΣωκράτης問題もんだいソクラティック・プロブレムSocratic Problem)」とばれる難題なんだいむ。プラトンΠλάτωνソクラテスΣωκράτηςクセノフォンΞενοφῶνソクラテスΣωκράτηςアリストファネスἈριστοφάνηςソクラテスΣωκράτηςアリストテレスἈριστοτέλης言及げんきゅうするソクラテスΣωκράτηςは、それぞれかなりことなる人物じんぶつぞうえがいている。以下いかソクラテスΣωκράτης思想しそうちかづくための中核ちゅうかくてき文献ぶんけんである。

  • プラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』(納富のうとみ信留のぶるやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ / 三嶋みしま輝夫てるお田中たなかとおる英訳えいやく講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ) ── 裁判さいばんにおけるソクラテスΣωκράτης弁論べんろんかれ思想しそう全体ぜんたいぞう無知むちたましい配慮はいりょ吟味ぎんみするなま)が凝縮ぎょうしゅくされている。哲学てつがく入門にゅうもん定評ていひょうのあるテクストtextであり、最初さいしょむべきいっさつ
  • プラトンΠλάτωνクリトンΚρίτων』(同上どうじょう訳書やくしょ所収しょしゅう) ── 牢獄ろうごくクリトンΚρίτων脱獄だつごくすすめ、ソクラテスΣωκράτηςがそれを拒否きょひする。「ほう支配しはい」と「不正ふせいおこなわない」原則げんそく関係かんけいが、簡潔かんけつ対話たいわなかあざやかにえがかれる。『弁明Ἀπολογία』につづけてむとよい。
  • プラトンΠλάτωνメノンΜένων』(渡辺わたなべ邦夫くにおやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ) ── 「とくおしえうるか」をめぐる対話たいわ。「想起そうきせつ」が導入どうにゅうされ、知識ちしき学習がくしゅう探究たんきゅう本性ほんしょうわれる。エレンコスἔλεγχος典型てんけいれいとしてもっとみやすいいちへん
  • プラトンΠλάτων饗宴Συμπόσιον』(中澤なかざわつとむやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ) ── エロスἔρωςあい)をめぐる連続れんぞく演説えんぜつアルキビアデスἈλκιβιάδηςソクラテスΣωκράτης人物じんぶつぞうきとえが終盤しゅうばん圧巻あっかん
  • ヴラストスVlastos, G.『Socrates: Ironist and Moral Philosopher』, Cambridge UP, 1991 ── 20世紀せいき後半こうはん分析ぶんせき哲学てつがくてきソクラテスΣωκράτης研究けんきゅう決定けっていづけた名著めいちょエレンコスἔλεγχος構造こうぞう分析ぶんせきソクラテスΣωκράτηςてきアイロニーεἰρωνεία解釈かいしゃくプラトンΠλάτων初期しょき対話たいわへん中期ちゅうき対話たいわへん区別くべつ精密せいみつろんじられる。邦訳ほうやくなし。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. アリストファネスἈριστοφάνης風刺ふうしどう時代じだい喜劇きげき作家さっかアリストファネスἈριστοφάνηςは『Νεφέλαι』(ぜん423ねん上演じょうえん)でソクラテスΣωκράτης戯画ぎがした。げきちゅうソクラテスΣωκράτηςくもうえの「思索しさくしょ」にみ、くもかみとしてあがめ、若者わかものに「よわ議論ぎろんつよ議論ぎろんかす」弁論べんろんじゅつおしえる。これは自然しぜん哲学てつがくしゃソフィストσοφιστής特徴とくちょうソクラテスΣωκράτηςわせた風刺ふうしだが、プラトンΠλάτωνは『弁明Ἀπολογία』のなかで、このげきソクラテスΣωκράτηςへの偏見へんけん長年ながねんにわたって形成けいせいしたとべている(18c-d, 19c)。ソクラテスΣωκράτης実像じつぞう喜劇きげきてき戯画ぎがとの乖離かいりは、「ソクラテスΣωκράτης問題もんだい」の重要じゅうよういちめんである。

2. アリストテレスἈριστοτέλης批判ひはん後世こうせいアリストテレスἈριστοτέληςソクラテスΣωκράτηςの「倫理りんりてき主知しゅち主義しゅぎ」(とく知識ちしきであり、あくつね無知むち起因きいんする)を正面しょうめんから批判ひはんした。『ニコマコス倫理学Ἠθικὰ Νικομάχειαだい7かんアリストテレスἈριστοτέληςは「意志いしよわさ(アクラシアἀκρασία)」の存在そんざいみとめ、ぜんりながら欲望よくぼう感情かんじょうけてあくえらぶことがありうるとろんじた(1145b21-27)。ソクラテスΣωκράτης立場たちばは「経験けいけん明白めいはくはんする」(1145b27)とアリストテレスἈριστοτέληςだんじている。これは西洋せいよう倫理りんりがく史上しじょうもっと重要じゅうよう論争ろんそうひとつであり、2400ねん今日きょういたるまで決着けっちゃくしていない。

3. ニーチェNietzsche批判ひはん近代きんだいニーチェNietzscheは『悲劇の誕生Die Geburt der Tragödie』でソクラテスΣωκράτηςをギリシャ文化ぶんか衰退すいたい元凶げんきょうなした。ニーチェNietzscheによれば、ぜんソクラテスΣωκράτηςのギリシャ文化ぶんかディオニュソスΔιόνυσοςてきなま肯定こうてい悲劇ひげき表現ひょうげんされる苦悩くのう歓喜かんき統一とういつ)をっていた。ソクラテスΣωκράτηςはこれを理性りせいてき吟味ぎんみ対象たいしょうにすることで、なま概念がいねん従属じゅうぞくさせ、ギリシャ文化ぶんかから本来ほんらい生命せいめいりょくうばった。「理論りろんてき人間にんげんソクラテスΣωκράτηςは「楽観らっかんてき理性りせい主義しゅぎ」の原型げんけいであり、ニーチェNietzscheには文化ぶんかてき退廃たいはい起点きてんうつった。

4. 「ソクラテスΣωκράτης問題もんだい」(きん現代げんだいソクラテスΣωκράτης実像じつぞうりうるかという根本こんぽんてき方法ほうほうろんてき問題もんだいがある。主要しゅよう証拠しょうこであるプラトンΠλάτων対話たいわへんは、文学ぶんがく作品さくひんであると同時どうじ哲学てつがくてき著作ちょさくであり、どこまでが歴史れきしてきソクラテスΣωκράτης忠実ちゅうじつ記録きろくで、どこからがプラトンΠλάτων自身じしん思想しそう投影とうえいなのかを判別はんべつするのはきわめて困難こんなんである。現代げんだい研究けんきゅうしゃおおくは、プラトンΠλάτωνの「初期しょき対話たいわへん」(『弁明Ἀπολογία』『クリトンΚρίτων』『エウテュプロンΕὐθύφρων』『ラケスΛάχης』など)が歴史れきしてきソクラテスΣωκράτης比較的ひかくてきちかく、「中期ちゅうき対話たいわへん」(『パイドンΦαίδων』『国家Πολιτεία』など)にいたるとプラトンΠλάτων自身じしん形而上学けいじじょうがくイデアἰδέαろん)が支配しはいてきになるという区別くべつ採用さいようしているが、この区別くべつ自体じたいにも異論いろんがある。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそうミレトスΜίλητος学派がくは自然しぜん哲学てつがくタレスΘαλῆςアナクシマンドロスἈναξίμανδροςアナクシメネスἈναξιμένης)、ヘラクレイトスἩράκλειτοςの「ロゴスλόγος概念がいねんピタゴラスΠυθαγόρας教団きょうだんたましい浄化じょうか思想しそうアナクサゴラスἈναξαγόραςの「ヌースνοῦς知性ちせい)」概念がいねんソフィストσοφιστής運動うんどうプロタゴラスΠρωταγόραςゴルギアスΓοργίας)は、ソクラテスΣωκράτης直接的ちょくせつてき論敵ろんてきであると同時どうじに、「人間にんげん社会しゃかい」へ関心かんしん転換てんかんさせたてん共通きょうつう前提ぜんていつ。

直接的ちょくせつてき後継こうけいしゃソクラテスΣωκράτης学派がくはソクラテスΣωκράτης死後しごきたことは興味きょうみぶかい。弟子でしたちは「先生せんせいおしえとはなにだったか」というおないから出発しゅっぱつしながら、おどろくほどことなる方向ほうこうあるした。プラトンΠλάτωνイデアἰδέαろん哲人てつじんおう構想こうそうすすんだ。アンティステネスἈντισθένης一切いっさい贅沢ぜいたく退しりぞける禁欲きんよくてきキュニコスΚυνικοί犬儒けんじゅ)をげ、アリスティッポスἈρίστιππος正反対せいはんたい快楽かいらくこそぜんだとするキュレネΚυρηναϊκοίひらき、エウクレイデスΕὐκλείδης論理ろんりがく重視じゅうしメガラΜεγαρικοί創始そうしした。禁欲きんよく快楽かいらくという正反対せいはんたい学派がくは一人ひとりからまれたこと自体じたいが、ソクラテスΣωκράτης思想しそうじた「体系たいけい」ではなく、ひらかれた「い」だったことを雄弁ゆうべん物語ものがたっている。

とお後継こうけいしゃストアΣτοάソクラテスΣωκράτηςの「とく知識ちしきである」を発展はってんさせ、エピクテトスἘπίκτητοςマルクス・アウレリウスMarcus Aurelius倫理りんりがく基盤きばんとした。懐疑かいぎソクラテスΣωκράτηςの「無知むち」を徹底てっていし、判断はんだん停止ていしエポケーἐποχή)の哲学てつがく展開てんかいした。近世きんせい以降いこうキルケゴールKierkegaardソクラテスΣωκράτηςてきアイロニーεἰρωνεία実存じつぞん主義しゅぎ起点きてんとしてさい解釈かいしゃくし、ニーチェNietzscheは(批判ひはんしつつも)ソクラテスΣωκράτης西洋せいよう文明ぶんめい転換てんかんてん位置いちづけた。20世紀せいき後期こうきウィトゲンシュタインWittgensteinの「哲学てつがくてき治療ちりょう」(哲学てつがく仕事しごととは概念的がいねんてき混乱こんらんきほぐすことだという見方みかた)は、エレンコスἔλεγχος現代げんだいてき変奏へんそうることもできる。

哲学てつがくがいへの波及はきゅうソクラテスΣωκράτης裁判さいばんは、「良心りょうしん自由じゆう」と「ほう支配しはい」の緊張きんちょう関係かんけいかんがえるための原型げんけいてき事例じれいでありつづけている。法学ほうがくでは市民しみんてき服従ふくじゅう理論りろんに、政治せいじがくでは民主みんしゅせい限界げんかい議論ぎろんに、教育きょういくがくではソクラティック・メソッドSocratic methodとして、そして心理しんり療法りょうほうではクライアントclientおもみをいによって解体かいたいする認知にんち行動こうどう療法りょうほうに、それぞれ影響えいきょうおよんでいる。

現代げんだいへの接続せつぞく

ソクラテスΣωκράτηςのこしたものの核心かくしんは、ある特定とくてい教義きょうぎではない。つづける」という態度たいどそのものである。そしてこの態度たいどは、2400ねんまえよりも今日きょうのほうがはるかに切実せつじつさをしている。

なぜか。情報じょうほうがあふれ、「こたえ」が瞬時しゅんじはい現代げんだいにおいて、わたしたちは大量たいりょう情報じょうほうを「知識ちしき」と混同こんどうし、専門せんもん見解けんかいをそのままれ、多数たすう意見いけんを「ただしさ」と同一どういつしがちだからだ。まってかんがえる余裕よゆううばわれるほど、ソクラテスΣωκράτηςもとめた「吟味ぎんみするなま」はたんなる教養きょうようではなく、実践じっせんてき知恵ちえとしてのおもみをす。

具体ぐたいてき場面ばめん想像そうぞうしてみよう。政治せいじてき議論ぎろんで「〜であることはあきらかだ」と断言だんげんされるとき、「その根拠こんきょなにか? 前提ぜんていかくれた価値かち判断はんだんはないか? だれ利益りえきがそこに反映はんえいされているか?」とかえちから必要ひつようになる。医療いりょう現場げんばしめされた診断しんだんを「そういうものだ」とれるのと、「可能かのうせいはないか」と吟味ぎんみするのとでは、判断はんだんしつ根本こんぽんてきことなる。ソクラテスΣωκράτηςエレンコスἔλεγχοςは、「こたえ」を鵜呑うのみにしない思考しこう技法ぎほうとして、いまなお有効ゆうこうである。

教育きょういく現場げんばでも同様どうよう転換てんかんきている。知識ちしき伝達でんたつだけでは十分じゅうぶんでない時代じだいに、教師きょうし本質ほんしつてき役割やくわりは「いの技法ぎほう」をつたえることへと移行いこうしつつある。「そのこたえはなぜただしいのか? 前提ぜんていえたらどうなるか? 反例はんれいひとげてみよ」。これはそのままエレンコスἔλεγχος構造こうぞうであり、ソクラテスΣωκράτηςが2400ねんまえ実践じっせんしていたことにほかならない。

実践じっせんのために、ソクラテスΣωκράτηςてき最小さいしょうチェックをみっつだけげておこう。第一だいいちに「その主張しゅちょう定義ていぎなにか」。第二だいにに「その主張しゅちょうただしいなら、どのような反例はんれいてきうるか」。第三だいさんに「その主張しゅちょう採用さいようしたとき、自分じぶん行為こうい実際じっさいにどうわるのか」。この三問さんもんだけでも、思考しこうは「雰囲気ふんいき同調どうちょう」から「吟味ぎんみされた判断はんだん」へとおおきくうつる。ソクラテスΣωκράτης哲学てつがくは、難解なんかい理論りろんというより、日常にちじょうかえ使つかえる思考しこう筋力きんりょくトレーニングとして継承けいしょうできるのである。

ただし、ソクラテスΣωκράτης無条件むじょうけん理想りそうするわけにはいかない。かれ対話たいわつうじて真理しんりいたりれると楽観らっかんてきしんじていたが、現実げんじつ対話たいわ権力けんりょく関係かんけい感情かんじょう左右さゆうされる。エレンコスἔλεγχος機能きのうするための「対等たいとう対話たいわ」は、だまっていては成立せいりつしない。実際じっさいソクラテスΣωκράτης自身じしんアテナイἈθῆναι有力ゆうりょくしゃ公衆こうしゅうまえ論破ろんぱした行為こういは、知的ちてき暴力ぼうりょく紙一重かみひとえだった。そのことは、裁判さいばん結末けつまつ残酷ざんこくなまでに証明しょうめいしている。「いのちから」は、相手あいてとの信頼しんらい対等たいとうせいなかでのみみのりをもたらす。

読者どくしゃへの

  • あなたが「っている」と確信かくしんしていることのうち、実際じっさいには根拠こんきょしめせないものはなにか? ソクラテスΣωκράτηςがあなたにいかけたら、最初さいしょくずれるのはどの信念しんねんか?
  • あなたが日々ひびる「常識じょうしき」や「定説ていせつ」のうち、自分じぶん自身じしん吟味ぎんみしたことがあるものはどれだけあるか? 「みんながっているからただしい」と「自分じぶんかんがえたうえただしい」の境界きょうかいせんは、あなたの生活せいかつのどこにあるか?
  • ソクラテスΣωκράτηςは「あくもの無知むちなだけだ」とった。あなたはこの主張しゅちょう同意どういするか? 同意どういしないとすれば、「っているのにあくす」とはどういう状態じょうたいか?

名言めいげん出典しゅってんつき)

"吟味ぎんみされないなまは、人間にんげんにとってきるにあたいしない(ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ)。" ── プラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』38a。裁判さいばんでの弁論べんろんちゅう言葉ことばソクラテスΣωκράτης哲学てつがく全体ぜんたい一文いちぶん凝縮ぎょうしゅくした、西洋せいよう思想しそう史上しじょうもっと有名ゆうめい哲学てつがくてき宣言せんげんひとつ。
"わたしっているのは、自分じぶんなにらないということだけだ。" ── プラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』21d付近ふきん趣旨しゅし後世こうせい定式ていしきしたもの。原文げんぶんにこの正確せいかく文言もんごんはないが、21a-23bの議論ぎろん全体ぜんたいがこの命題めいだいみちびく。キケロCiceroアカデミカAcademica』I.16もこの定式ていしきつたえている。
"不正ふせいおこなうことは、不正ふせいけることよりもわるい(τὸ ἀδικεῖν τοῦ ἀδικεῖσθαι κάκιον)。" ── プラトンΠλάτωνゴルギアスΓοργίας』469b-c、474b。ソフィストσοφιστήςポロスΠῶλοςとの対話たいわなかかえ主張しゅちょうされる。通常つうじょう直観ちょっかんはんするこのテーゼTheseは、「たましいさがもっと重要じゅうようである」という前提ぜんていからみちびかれる。
"クリトンΚρίτωνアスクレピオスἈσκληπιόςにわとりいちりている。わすれずにかえしてくれ(ὦ Κρίτων, τῷ Ἀσκληπιῷ ὀφείλομεν ἀλεκτρυόνα· ἀλλὰ ἀπόδοτε καὶ μὴ ἀμελήσητε)。" ── プラトンΠλάτωνパイドンΦαίδων』118a。ソクラテスΣωκράτης最後さいご言葉ことばアスクレピオスἈσκληπιός医療いりょうかみであり、やまいからの回復かいふく供物そなえものささげる慣習かんしゅうがあった。この遺言ゆいごん意味いみを「なまというやまい」からの治癒ちゆたのか、文字通もじどおりの借金しゃっきん返済へんさいたのんだのか、あるいは友人ゆうじんカイレフォンΧαιρεφῶν病気びょうき回復かいふくへの感謝かんしゃか)は古来こらい議論ぎろんえず、ニーチェNietzscheは『悦ばしき知識Die fröhliche Wissenschaft』340せつでこの一節いっせつを「おそろしい最後さいご言葉ことば」とんだ。

参考さんこう文献ぶんけん

  • 証言しょうげん中核ちゅうかくプラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』『クリトンΚρίτων』『エウテュプロンΕὐθύφρων』『プロタゴラスΠρωταγόρας』『ゴルギアスΓοργίας』『メノンΜένων』『饗宴Συμπόσιον』『パイドンΦαίδων』(各種かくしゅ邦訳ほうやくあり。光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ納富のうとみ信留のぶるやく岩波いわなみ文庫ぶんこ田中たなか美知太郎みちたろうやく推奨すいしょう
  • べつ視角しかくクセノフォンΞενοφῶνソクラテスΣωκράτηςおもメモラビリアMemorabilia)』(佐々木ささきやく岩波いわなみ文庫ぶんこ)── プラトンΠλάτωνとはことなる、より実際じっさいてき常識じょうしきてきソクラテスΣωκράτηςぞうプラトンΠλάτωνとの比較ひかくで「ソクラテスΣωκράτης問題もんだい」をかんがえるうえ必読ひつどく
  • 風刺ふうしアリストファネスἈριστοφάνηςΝεφέλαι』(高津たかつ春繁はるしげやく岩波いわなみ文庫ぶんこ)── どう時代じだいアテナイἈθῆναι市民しみんソクラテスΣωκράτηςをどうていたかの貴重きちょう証言しょうげん
  • 哲学てつがくてき位置いちづけ)アリストテレスἈριστοτέλης形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικάだい1かんだい13かん、『ニコマコス倫理学Ἠθικὰ Νικομάχειαだい7かん ── アリストテレスἈριστοτέληςによるソクラテスΣωκράτης哲学てつがくてき評価ひょうか批判ひはん
  • 分析ぶんせきてき研究けんきゅう古典こてん:Vlastos, G.『Socrates: Ironist and Moral Philosopher』, Cambridge UP, 1991 ── 20世紀せいき後半こうはん分析ぶんせき哲学てつがくてきソクラテスΣωκράτης研究けんきゅう決定けっていづけた金字塔きんじとうエレンコスἔλεγχος構造こうぞう分析ぶんせきソクラテスΣωκράτηςてきアイロニーεἰρωνεία解釈かいしゃく精密せいみつろんじられる。
  • 分析ぶんせきてき研究けんきゅう:Brickhouse, T.C. & Smith, N.D.『Plato's Socrates』, Oxford UP, 1994 ── ヴラストスVlastosとはことなるアプローチapproachソクラテスΣωκράτης哲学てつがくさい構成こうせいする重要じゅうよう対抗たいこうてき研究けんきゅうソクラテスΣωκράτης宗教しゅうきょうてき側面そくめんにも注意ちゅういはらう。
  • 概説がいせつ邦語ほうご納富のうとみ信留のぶるソクラテスΣωκράτης』(岩波いわなみ新書しんしょ、2017ねん)── 日本語にほんごめる定評ていひょうのあるソクラテスΣωκράτης入門にゅうもん最新さいしん研究けんきゅう動向どうこうまえた信頼しんらいせいたか概説がいせつしょ
  • 裁判さいばん政治せいじ:I.F. Stone『The Trial of Socrates』, Little, Brown, 1988 ── ジャーナリストjournalist視点してんからソクラテスΣωκράτης裁判さいばん政治せいじてき背景はいけいく。ソクラテスΣωκράτηςはん民主みんしゅてき傾向けいこうきびしくい、「英雄えいゆうてき殉教者じゅんきょうしゃぞう異議いぎとなえる。
  • ニーチェNietzscheソクラテスΣωκράτηςニーチェNietzsche悲劇の誕生Die Geburt der Tragödie』(塩屋しおや竹男たけおやく、ちくま学芸がくげい文庫ぶんこ)── だい12-15せつソクラテスΣωκράτης批判ひはん核心かくしん。「理論りろんてき人間にんげん」としてのソクラテスΣωκράτηςがギリシャ悲劇ひげき精神せいしんをいかに破壊はかいしたかをろんじる。