紀元前きげんぜん399ねんはるアテナイἈθῆναι獄舎ごくしゃ一人ひとり老人ろうじんどくはいあおいでんだ。ソクラテスΣωκράτης(70さい石工いしく息子むすこ)は、最後さいごまで弟子でしたちと「たましい」についてかたい、しずかにいきった。弟子でしたちがその最期さいご見届みとどけるなか、28さいプラトンΠλάτωνだけはそのにいなかった。「プラトンΠλάτων病気びょうきであったとおもう」。対話たいわへんパイドンΦαίδων』は、ソクラテスΣωκράτηςかたパイドンΦαίδωνくちつうじて、ただこれだけをしるす(59b)。やまいのためか、それともべつ理由りゆうがあったのか。しかしこの在中ざいちゅうこそが、プラトンΠλάτων生涯しょうがい決定けっていづけた。「もっとただしいひとが、もっと不正ふせいさばきによってころされた」──えなかったもの罪悪ざいあくかん衝撃しょうげきが、プラトンΠλάτων政治せいじ志望しぼう青年せいねん貴族きぞくから、西洋せいよう哲学てつがく史上しじょうもっと影響えいきょうりょくのある思想家しそうかへと変貌へんぼうさせた。

プラトンΠλάτωνいは明快めいかいだ。ソクラテスΣωκράτης正義せいぎいてころされた。では「正義せいぎ」そのものはどこにあるのか。アテナイἈθῆναι民衆みんしゅう法廷ほうていが「不正ふせいだ」と判決はんけつすれば、それが不正ふせいになるのか。それとも、人間にんげん判断はんだんとは独立どくりつに、「正義せいぎそのもの」が存在そんざいするのか。もし存在そんざいするとすれば、それはることもれることもできないが、しかし感覚かんかくとらえられるどんなものよりも「確実かくじつに」存在そんざいする。プラトンΠλάτωνはこう主張しゅちょうした。える世界せかいの「こうがわ」にある、永遠えいえん不変ふへん真実しんじつプラトンΠλάτωνはそれを「イデアἰδέα」とんだ。

この主張しゅちょう哲学てつがく巨大きょだいいの構造こうぞうきざんだ。「本当ほんとう実在じつざいするものはなにか」「知識ちしき信念しんねんちがいはなにか」「ただしい社会しゃかいとはどのようなものか」「うつくしいものとそのものはどうちがうか」。プラトンΠλάτωνてたこれらのいは、2400ねん現在げんざいもなお、哲学てつがく根幹こんかん形成けいせいしている。20世紀せいき数学すうがくしゃ哲学てつがくしゃホワイトヘッドWhiteheadった──「西洋せいよう哲学てつがく伝統でんとう全体ぜんたいもっと安全あんぜん一般いっぱんてき特徴とくちょうづけは、プラトンΠλάτωνへの一連いちれん脚注きゃくちゅうからなる、ということである」(『過程と実在Process and Reality序文じょぶん)。これは誇張こちょうではない。プラトンΠλάτωνらずに西洋せいよう思想しそう理解りかいすることは、設計せっけいまずに建築けんちくかたるようなものである。

この記事きじ要点ようてん

  • イデアἰδέαろん」── 感覚かんかくこうに真実しんじつがあるプラトンΠλάτωνは、える個々ここうつくしいものの背後はいごに「そのもの(イデアἰδέα)」が存在そんざいし、それこそがしん実在じつざいであるとろんじた。感覚かんかくとらえられる世界せかいは「かげ」にすぎず、理性りせいによってのみ把握はあくされる不変ふへん真実しんじつ──イデアἰδέα世界せかい──が、存在そんざい根源こんげんである。この世界せかいろんは、科学かがく宗教しゅうきょう倫理りんり根本こんぽん問題もんだい規定きていする枠組わくぐみとなった。
  • 洞窟どうくつ比喩ひゆ」── 哲学てつがくとは目覚めざめである:『国家Πολιτείαだいななかんの「洞窟どうくつ比喩ひゆ」は、人間にんげん認識にんしき状況じょうきょうかべうつかげだけをている囚人しゅうじんたとえた。くさりかれて洞窟どうくつそとものだけが太陽たいようぜんイデアἰδέα)をることができる。哲学てつがくとは、かげ世界せかいから真実しんじつ世界せかいへの「え(ペリアゴーゲーperiagōgē)」である。
  • 哲人てつじんおう」── 権力けんりょく統合とうごうプラトンΠλάτωνは、「哲学てつがくしゃおうとなるか、おう哲学てつがくするかしないかぎり、国家こっかにとっても人類じんるいにとっても不幸ふこうまない」と主張しゅちょうした。知識ちしきなき権力けんりょく暴力ぼうりょくであり、権力けんりょくなき知識ちしき無力むりょくである。この思想しそう今日きょうなお、専門せんもん民主みんしゅ主義しゅぎ緊張きんちょうというかたちわれつづけている。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

プラトンΠλάτων紀元前きげんぜん427ねんごろアテナイἈθῆναι名門めいもん貴族きぞくいえまれた。本名ほんみょうアリストクレスAristoklēsともつたえられ、「プラトンΠλάτων」は「幅広はばひろい」を意味いみする渾名あだなであったという(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenes Laërtiusギリシア哲学者列伝Βίοι φιλοσόφωνだいさんかん4せつ)。体格たいかくおおきかったため、あるいはがくひろかったためとされるが、確証かくしょうはない。ちちアリストンAristōnアテナイἈθῆναιおうコドロスKodros末裔まつえいしょうし、ははペリクティオネPeriktionē家系かけいソロンSolōnさかのぼるとつたえられる。いずれにせよ、プラトンΠλάτωνアテナイἈθῆναιさい上層じょうそう出自しゅつじであり、本来ほんらいならば政治せいじになるべきまれだった。

プラトンΠλάτων青年せいねんは、アテナイἈθῆναι凋落ちょうらくとともにあった。ペロポネソスΠελοπόννησος戦争せんそうぜん431〜ぜん404ねん)はアテナイἈθῆναι黄金おうごん時代じだいわらせ、スパルタΣπάρτηへの敗戦はいせんをもたらした。敗戦はいせんさんじゅうにん僭主せんしゅ恐怖きょうふ政治せいじぜん404〜ぜん403ねん)がおこなわれ、プラトンΠλάτων母方ははかた親族しんぞくであるクリティアスΚριτίαςカルミデスCharmidēsがその中心ちゅうしん人物じんぶつだった。プラトンΠλάτων当初とうしょ、この政権せいけん参加さんかする機会きかい期待きたいしたが、その暴虐ぼうぎゃく幻滅げんめつした。民主みんしゅせい回復かいふくされると、今度こんどはその民主みんしゅせいソクラテスΣωκράτης死刑しけいしょした。「もっとかしこひところ民主みんしゅせいも、もっと残酷ざんこく僭主せんしゅせいも、どちらも正義せいぎ実現じつげんできない」──プラトンΠλάτωνはこのじゅう絶望ぜつぼうから、「ただしい政治せいじとはなにか」といういに生涯しょうがいささげることを決意けついした(『第七書簡Ἑβδόμη Ἐπιστολή』324b-326b)。

ソクラテスΣωκράτης刑死けいしプラトンΠλάτωνメガラΜεγαρικοί、エジプト、キュレネΚυρηναϊκοίなどを遍歴へんれきしたとされる(ただしエジプト渡航とこうについては後世こうせい伝説でんせつ可能かのうせいがある)。紀元前きげんぜん388ねんごろみなみイタリアにおもむいてピュタゴラスΠυθαγόρας学派がくは数学すうがくしゃアルキュタスArchytas交流こうりゅうし、数学すうがくてき思考しこう重要じゅうようせい確信かくしんしたとされる。おなたびシチリアSiciliaとうシュラクサイSyrakousaiシラクサSiracusa)をおとずれ、僭主せんしゅディオニュシオスDionysiosいちせい宮廷きゅうていまねかれた。しかし率直そっちょく発言はつげんいかりをい、奴隷どれいとしてられかけたともつたえられる。この経験けいけん屈辱くつじょくであったが、同時どうじディオニュシオスDionysios義弟ぎてい知的ちてき青年せいねんディオンDiōnとの友情ゆうじょうまれ、シュラクサイSyrakousai再訪さいほう原因げんいんとなる。

紀元前きげんぜん387ねんごろアテナイἈθῆναι帰還きかんしたプラトンΠλάτωνは、北西ほくせい郊外こうがいにあった英雄えいゆうアカデモスAkadēmosひじりりん学園がくえんひらいた。これが「アカデメイアAkadēmeia」である。これは西洋せいよう世界せかい最初さいしょ高等こうとう教育きょういく機関きかんとされ、以後いごやく900ねんにわたって存続そんぞくした(529ねんひがしローマ帝国ていこくユスティニアヌスJustinianusみかどによる閉鎖へいさまで)。もんには「幾何きかがくらざるものはいるべからず」としるされていたという伝承でんしょうがある。アカデメイアAkadēmeiaでは哲学てつがくのみならず、数学すうがく天文学てんもんがく植物しょくぶつがく政治せいじがく教授きょうじゅされた。プラトンΠλάτων対話たいわ討論とうろん教育きょういく中心ちゅうしんえ、たんなる知識ちしき伝達でんたつではなく「たましいえ」を目指めざした。

プラトンΠλάτων晩年ばんねんにわたってシュラクサイSyrakousai再訪さいほうした(ぜん367ねんぜん361ねん)。ディオニュシオスDionysiosいちせい死後しご息子むすこディオニュシオスDionysiosせい権力けんりょく継承けいしょうし、友人ゆうじんディオンDiōnはたらきかけでプラトンΠλάτωνわか僭主せんしゅを「哲人てつじんおう」に教育きょういくする機会きかいた。しかし結果けっか悲惨ひさんだった。宮廷きゅうてい陰謀いんぼうディオンDiōn追放ついほうプラトンΠλάτων自身じしん軟禁なんきん──理想りそう現実げんじつ乖離かいり痛感つうかんしたプラトンΠλάτωνは、最終さいしゅうてきアテナイἈθῆναι帰還きかんする。「哲人てつじんおう」の理想りそう実践じっせんにおいていかに困難こんなんであるかを、プラトンΠλάτων自身じしんをもって経験けいけんした。この挫折ざせつは、晩年ばんねん著作ちょさく法律Νόμοι』に色濃いろこ反映はんえいされている。ぜん347ねんごろプラトンΠλάτωνアテナイἈθῆναι死去しきょした。享年きょうねん80さい前後ぜんご結婚式けっこんしきうたげ最中さいちゅうねむるようにくなったともつたえられる。

ミニ年表ねんぴょう

  • ぜん427ねんころアテナイἈθῆναι名門めいもん貴族きぞくいえまれる。ペロポネソスΠελοπόννησος戦争せんそう最中さいちゅう
  • ぜん407ねんころソクラテスΣωκράτης弟子でしとなる(20さいごろ
  • ぜん404ねんペロポネソスΠελοπόννησος戦争せんそう終結しゅうけつアテナイἈθῆναι敗北はいぼくさんじゅうにん僭主せんしゅ恐怖きょうふ政治せいじ
  • ぜん399ねんソクラテスΣωκράτης裁判さいばん刑死けいしプラトンΠλάτων28さい
  • ぜん399〜388ねんころメガラΜεγαρικοίみなみイタリア、シチリアSiciliaなどを遍歴へんれき
  • ぜん388ねんころだいいちかいシュラクサイSyrakousai訪問ほうもんピュタゴラスΠυθαγόρας学派がくはアルキュタスArchytas交流こうりゅう
  • ぜん387ねんころアテナイἈθῆναιに「アカデメイアAkadēmeia」を創設そうせつ
  • ぜん380年代ねんだい:『饗宴Συμπόσιον』『パイドンΦαίδων』『国家Πολιτεία』など中期ちゅうき対話たいわへん執筆しっぴつ
  • ぜん367ねんだいかいシュラクサイSyrakousai訪問ほうもんディオニュシオスDionysiosせい教育きょういくこころみるが失敗しっぱい
  • ぜん361ねんだいさんかいシュラクサイSyrakousai訪問ほうもんふたた失敗しっぱい帰国きこく
  • ぜん350年代ねんだい後期こうき対話たいわへんソフィストΣοφιστής』『ティマイオスΤίμαιος』『法律Νόμοι』を執筆しっぴつ
  • ぜん347ねんころアテナイἈθῆναιにて死去しきょ享年きょうねんやく80さいアカデメイアAkadēmeiaおいスペウシッポスSpeusippos継承けいしょう

プラトンΠλάτωνなにうたのか

プラトンΠλάτων哲学てつがくてき出発しゅっぱつてんは、ソクラテスΣωκράτηςの「い」をぐことだった。ソクラテスΣωκράτηςは「正義せいぎとはなにか」「勇気ゆうきとはなにか」「とはなにか」とつづけたが、みずから体系たいけいてき回答かいとうのこさなかった。プラトンΠλάτωνソクラテスΣωκράτηςいをけ、さらにこううた。ソクラテスΣωκράτηςが「〜とはなにか(τί ἐστι)」とうとき、その「なにか」はいったいどこに存在そんざいするのか

具体ぐたいれいかんがえよう。アテナイἈθῆναιまちあるけば、うつくしいものには事欠ことかかない。うつくしいつぼうつくしいうまうつくしい青年せいねん。しかしつぼはいつかれ、うまい、青年せいねんおとろえる。「うつくしいもの」はすべて変化へんかし、やがて消滅しょうめつする。では「うつくしさそのもの」は消滅しょうめつするのか。プラトンΠλάτωνこたえは「いな」である。個々ここうつくしいものがうつろいほろんでも、「そのもの」は不変ふへん不滅ふめつである。なぜなら「そのもの」は感覚かんかくとらえられる世界せかいにはぞくさないからだ。それは理性りせいによってのみ把握はあくされる──えない、しかしもっと確実かくじつ存在そんざいするもの。プラトンΠλάτωνはこれを「イデアἰδέα」とんだ。

この発想はっそう背景はいけいにあるのは、ソクラテスΣωκράτης対話たいわかえしめした認識にんしきろんてき困難こんなんである。「正義せいぎとはなにか」とうたとき、人々ひとびとはさまざまな「正義せいぎれい」をげる。しかしソクラテスΣωκράτηςもとめていたのは正義せいぎ個別こべつれいではなく、すべての正義せいぎれいを「正義せいぎ」たらしめている共通きょうつう本質ほんしつ(「正義せいぎそのもの」)であった。個々ここ正義せいぎれい状況じょうきょうによってわりうるが、「正義せいぎそのもの」はわらないはずだ。でなければ、「これは正義せいぎか」という自体じたい無意味むいみになってしまう。ここからプラトンΠλάτωνは、個別こべつてき感覚かんかくてき事物じぶつとはことなる「普遍ふへんてき理性りせいてき実在じつざい」の存在そんざい要請ようせいした。

プラトンΠλάτωνいは、どう時代じだいソフィストσοφιστήςたちへの応答おうとうでもあった。プロタゴラスΠρωταγόραςの「人間にんげん万物ばんぶつ尺度しゃくどである」という相対そうたい主義しゅぎゴルギアスΓοργίαςの「なに存在そんざいしない、存在そんざいしてもわからない、わかってもつたえられない」という虚無きょむ主義しゅぎ。これらにたいしてプラトンΠλάτωνは、「客観きゃっかんてき真理しんり」の存在そんざい全力ぜんりょく弁護べんごした。ソフィストσοφιστήςたちが弁論べんろんじゅつレートリケーrhētorikē)によって聴衆ちょうしゅうを「説得せっとく」し、意見いけん操作そうさすることを目指めざしたのにたいし、プラトンΠλάτων対話たいわによって真理しんり共同きょうどうで「探究たんきゅう」する弁証法べんしょうほうディアレクティケーdialektikē)こそが哲学てつがく方法ほうほうだと主張しゅちょうした。この対立たいりつは、「真理しんり相対そうたいてき絶対ぜったいてきか」「説得せっとく探究たんきゅうか」「権力けんりょく知識ちしきか」という現代げんだいにもつうじる根本こんぽん問題もんだい起源きげんである。

核心かくしん理論りろん

1. イデアἰδέαろん ── しん実在じつざいえない

プラトンΠλάτων哲学てつがく中核ちゅうかくをなすのが「イデアἰδέαろん」である。イデアἰδέαはギリシアの「る(ἰδεῖν)」に由来ゆらいし、「形相けいそう」「本質ほんしつてき姿すがた」を意味いみする。プラトンΠλάτωνによれば、感覚かんかくとらえられる世界せかい現象げんしょうかい)の個々ここ事物じぶつは、それぞれに対応たいおうする「イデアἰδέα」(本質ほんしつてき原型げんけい)の不完全ふかんぜんぞうにすぎない。

たとえば、この存在そんざいするすべてのえんは、「完全かんぜんえんイデアἰδέα」の不完全ふかんぜんあらわれである。かみえがいたえんにはかならずわずかなゆがみがあるが、数学すうがくしゃ思考しこうする「えんそのもの」(すべてのてん中心ちゅうしんから等距離とうきょりにある図形ずけい)は完全かんぜんであり不変ふへんである。この「思考しこうによってのみとらえられる完全かんぜんなもの」こそ、プラトンΠλάτωνイデアἰδέαである。

イデアἰδέα特性とくせい以下いかとおりである。(1)不変ふへん──イデアἰδέα生成せいせい消滅しょうめつもしない。イデアἰδέαうつくしいものがほろんでも永遠えいえんである。(2)不可視ふかし──感覚かんかくではなく理性りせいヌースνοῦς)によってのみ把握はあくされる。(3)単一たんいつ──かくイデアἰδέαはそれぞれひとつである。うつくしいものは多数たすうあるが、「そのもの」はひとつである。(4)自存じそん──イデアἰδέα個々ここ事物じぶつから独立どくりつして存在そんざいする。すべてのうまえても、「うまイデアἰδέα」は存在そんざいつづける。(5)はんがた──個々ここ事物じぶつイデアἰδέαを「分有ぶんゆうメテクシスmethexis)」することによって、そのものとしての性質せいしつつ。あるはなうつくしいのは、そのはなが「イデアἰδέα」を分有ぶんゆうしているからである。

イデアἰδέα世界せかい階層かいそうてき構造こうぞうされている。さい下層かそうには個別こべつてき事物じぶつイデアἰδέαつくえイデアἰδέαうまイデアἰδέαなど)があり、より上位じょういには数学すうがくてき対象たいしょうイデアἰδέα三角形さんかっけいひとしさなど)がある。さらに上位じょうい道徳どうとくてきイデアἰδέα正義せいぎ節制せっせい勇気ゆうきなど)があり、その頂点ちょうてんに「ぜんイデアἰδέα」が位置いちする。ぜんイデアἰδέα太陽たいようたとえられる(『国家Πολιτεία』508b-509b)──太陽たいよう可視かしてき世界せかいにおいてひかりあたえ、ものをえるようにするように、ぜんイデアἰδέα知性ちせいてき世界せかいイデアἰδέα世界せかい)において真理しんりあたえ、イデアἰδέα認識にんしき可能かのうにする。ぜんイデアἰδέαはすべてのイデアἰδέα存在そんざい認識にんしき根源こんげんである。

しかもプラトンΠλάτωνは、ぜんイデアἰδέαが「存在そんざいえた(ἐπέκεινα τῆς οὐσίας)」ものであるとまでっている(509b)。ぜんたんなるひとつのイデアἰδέαではなく、イデアἰδέαかいそのものをたせている究極きゅうきょく原理げんりであり、イデアἰδέα階層かいそうのさらに「外側そとがわ」にある。この主張しゅちょう弟子でしたちにも難解なんかいであり、プラトンΠλάτων哲学てつがくもっとなぞめいた核心かくしんひとつである。

ただし注意ちゅういすべきことがある。プラトンΠλάτων対話たいわへんにおいて「イデアἰδέαろん」はひとつの固定こていてききょうせつとして提示ていじされてはいない。中期ちゅうき対話たいわへん(『パイドンΦαίδων』『国家Πολιτεία』『饗宴Συμπόσιον』)で展開てんかいされたイデアἰδέαろんは、後期こうき対話たいわへん(『パルメニデスΠαρμενίδης』『ソフィストΣοφιστής』)でプラトンΠλάτων自身じしんによってきびしい自己じこ批判ひはんにさらされている。「イデアἰδέαとはなにか」を最終さいしゅうてき定式ていしきすることは、プラトンΠλάτων自身じしんにとっても未完みかん課題かだいであった。この自己じこ批判ひはん誠実せいじつさこそが、プラトンΠλάτωνたんなる教条きょうじょう主義しゅぎしゃではなく、しん哲学てつがくしゃたらしめている。

2. 洞窟どうくつ比喩ひゆ ── かげからひかり

国家Πολιτεία』のだいろくかんまつからだいななかんにかけて、プラトンΠλάτωνみっつの比喩ひゆ連続れんぞくして提示ていじする。ぜんイデアἰδέα太陽たいようたとえる「太陽たいよう比喩ひゆ」(508b-509b)、認識にんしき段階だんかい線分せんぶん比率ひりつあらわす「線分せんぶん比喩ひゆ」(509d-511e)、そしてもっと有名ゆうめいな「洞窟どうくつ比喩ひゆ」(514a-521b)である。このみっつは一体いったいのものとしてまれるべきであり、プラトンΠλάτων存在そんざいろん認識にんしきろん全体ぜんたいぞうえがす。線分せんぶん比喩ひゆでは、認識にんしきよん段階だんかいかれることがしめされる──影像えいぞう推測すいそくエイカシアeikasia)、感覚かんかくてき世界せかい信念しんねんピスティスpistis)、数学すうがくてき思考しこうディアノイアdianoia)、そしてイデアἰδέα直観ちょっかんノエーシスνόησις)である。

洞窟どうくつ比喩ひゆは、この認識にんしきよん段階だんかいあざやかな物語ものがたりへと翻訳ほんやくしたものであり、西洋せいよう哲学てつがく全体ぜんたいもっと有名ゆうめい比喩ひゆである。

地下ちか洞窟どうくつまれたときからくさりにつながれた囚人しゅうじんたちがいる。かれらはくびまわすことすらできず、正面しょうめんかべしかることができない。背後はいごではえ、囚人しゅうじんたちとのあいだを人形遣にんぎょうつかいがして、さまざまなぞうかかげている。かべにはかげうつる。囚人しゅうじんたちはこのかげしかたことがないから、かげこそが「実在じつざい」だとしんじている。

ある一人ひとり囚人しゅうじんくさりかれる。かれかえり、ひかりくらむ。人形にんぎょうかげ関係かんけい理解りかいするのに時間じかんがかかる。さらに洞窟どうくつそとされると、太陽たいようひかりにしばらくはなにえない。しかし次第しだいれ、まずかげを、つぎ水面すいめんうつるものを、そして物体ぶったいそのものをるようになり、ついには太陽たいようそのものを直視ちょくしするにいたる。

この比喩ひゆ多層たそうてき意味いみつ。洞窟どうくつかべうつかげ感覚かんかくてき世界せかい日常にちじょう経験けいけん世界せかい)であり、洞窟どうくつそと太陽たいようらされた世界せかいイデアἰδέα世界せかいであり、太陽たいようぜんイデアἰδέαである。くさりかれて洞窟どうくつそとるプロセスが哲学てつがくてき教育きょういくパイデイアpaideia)であり、それはたんなる知識ちしき獲得かくとくではなく、「たましい全体ぜんたいえ(ペリアゴーゲーperiagōgē)」(『国家Πολιτεία』518c-d)である。プラトンΠλάτωνにとって、哲学てつがくとはあたらしい情報じょうほうあたまむことではなく、たましいきを根本こんぽんてきえること──かげ世界せかいから真実しんじつ世界せかいへとてんじること──である。

しかし比喩ひゆにはさらに重要じゅうようつづきがある。太陽たいようもの洞窟どうくつもどったとき、かれ暗闇くらやみれていないため、かげ見分みわけることができない。まだくさりにつながれている囚人しゅうじんたちは、かれわらしゃにし、「そとるとがおかしくなる」と嘲笑ちょうしょうする。もしかれ囚人しゅうじんたちのくさりほどこうとすれば、かれらはかれころそうとするだろう──プラトンΠλάτωνはここにソクラテスΣωκράτης運命うんめいかさねている。真理しんりものは、かげしからないものからは狂人きょうじんなされる。ソクラテスΣωκράτηςころしたアテナイἈθῆναι市民しみんたちは、洞窟どうくつ囚人しゅうじんである。

3. たましいさん部分ぶぶんせつ ── 理性りせい気概きがい欲望よくぼう

プラトンΠλάτωνは『国家Πολιτείαだいよんかん(435b-441c)で、たましいプシュケーψυχή)がみっつの部分ぶぶんからるとろんじた。(1)理性りせいてき部分ぶぶんト・ロギスティコンto logistikon)──真理しんりあいし、判断はんだんくだ部分ぶぶん。(2)気概きがいてき部分ぶぶんト・テュモエイデスto thumoeides)──いかりや名誉めいよしんつかさど部分ぶぶん理性りせい味方みかたとなって欲望よくぼう制御せいぎょする。(3)欲望よくぼうてき部分ぶぶんト・エピテュメーティコンto epithumētikon)──え、かわき、性欲せいよくなど身体しんたいてき欲求よっきゅうつかさど部分ぶぶん

プラトンΠλάτωνはこれを戦車せんしゃ比喩ひゆ(『パイドロスΦαίδρος』246a-254e)で説明せつめいしている。理性りせい御者ぎょしゃであり、とううま──いちとう気概きがい従順じゅうじゅんしろうま)、もういちとう欲望よくぼうあばくろうま)──を制御せいぎょする。ただしいたましい状態じょうたいとは、理性りせい御者ぎょしゃとして全体ぜんたい統率とうそつし、気概きがい理性りせいたすけ、欲望よくぼう適切てきせつ制御せいぎょされている状態じょうたいであり、これがたましいにおける「正義せいぎ」である。

このたましいさん部分ぶぶんは、プラトンΠλάτων理想りそう国家こっかみっつの階層かいそう対応たいおうする。理性りせいてき部分ぶぶん統治とうちしゃ哲人てつじんおう)に、気概きがいてき部分ぶぶん防衛ぼうえいしゃ戦士せんし)に、欲望よくぼうてき部分ぶぶん生産せいさんしゃ農民のうみん職人しょくにん商人しょうにん)に対応たいおうする。個人こじんたましいにおける正義せいぎ国家こっかにおける正義せいぎは、同一どういつ構造こうぞうつ──「おおきな文字もじ」(国家こっか)でかれたものをめば、「ちいさな文字もじ」(個人こじんたましい)もめる(『国家Πολιτεία』368c-369a)。この個人こじん国家こっかのアナロジーは、プラトンΠλάτων政治せいじ哲学てつがく基盤きばんであると同時どうじに、もっと議論ぎろんてんでもある。

4. 哲人てつじんおう ── 権力けんりょく統合とうごう

哲学てつがくしゃたちが国々くにぐににおいておうとならないかぎり──あるいはげんおう権力けんりょくしゃばれているものたちが、しんに、かつ十分じゅうぶん哲学てつがくするようにならないかぎり──政治せいじてき権力けんりょく哲学てつがくとが一体化いったいかしないかぎり──国家こっかにとっても、人類じんるいにとっても、不幸ふこうはやまないだろう」(『国家Πολιτεία』473c-d)。

この「哲人てつじんおう」の思想しそうは、プラトンΠλάτων政治せいじ哲学てつがく核心かくしんであり、もっと物議ぶつぎかも主張しゅちょうでもある。その論理ろんり明快めいかいだ。国家こっかただしく統治とうちするためには、「正義せいぎそのもの」「ぜんそのもの」をらなければならない。しかしぜんイデアἰδέα認識にんしきできるのは、長年ながねん哲学てつがくてき訓練くんれんんだものだけである。したがって、統治とうちしゃ哲学てつがくしゃでなければならない。ふね航行こうこうさせるには航海こうかいじゅつ専門せんもん知識ちしき必要ひつようであるように、国家こっか運営うんえいするにはぜん正義せいぎ知識ちしき必要ひつようである。民衆みんしゅう多数決たすうけつは、航海こうかい方角ほうがく乗客じょうきゃく投票とうひょうめるようなものだ──プラトンΠλάτωνアテナイἈθῆναι民主みんしゅせいをこう批判ひはんした。

プラトンΠλάτων理想りそう国家こっかでは、統治とうちしゃ養成ようせい途方とほうもない時間じかんがかかる。幼少ようしょうから体育たいいく音楽おんがくムーシケーmousikē)による基礎きそ教育きょういくけ、20さい最初さいしょ選抜せんばつおこなわれる。えらばれたものは10年間ねんかんにわたって算術さんじゅつ幾何きかがく天文学てんもんがくハルモニアharmonia理論りろん音楽おんがく理論りろん)を体系たいけいてきまなぶ。30さい再度さいど選抜せんばつて、5年間ねんかんディアレクティケーdialektikē弁証法べんしょうほうてき問答もんどう)の訓練くんれん──あらゆる仮説かせつ根底こんていからなおもっときびしい知的ちてき訓練くんれん──をけ、その15年間ねんかん政治せいじ軍事ぐんじ実務じつむ経験けいけんみ、50さいにしてようやくぜんイデアἰδέα直観ちょっかんする能力のうりょくつとされる(『国家Πολιτεία』535a-540c)。

そしてこの統治とうちしゃたちは、私有しゆう財産ざいさんたず、家族かぞくたず、国家こっかのためにのみきる。プラトンΠλάτωνにとって、権力けんりょく私欲しよく結合けつごうこそが政治せいじ腐敗ふはい根源こんげんであり、それをつために統治とうちしゃから一切いっさい私的してき利害りがい剥奪はくだつする必要ひつようがあった。

5. アナムネーシスanamnēsis ── るとはおもすことである

プラトンΠλάτων認識にんしきろんでもうひと重要じゅうようなのが「アナムネーシスanamnēsis想起そうき)」の理論りろんである(『メノンΜένων』80d-86c、『パイドンΦαίδων』72e-77a)。たましいまれるまえイデアἰδέα世界せかいイデアἰδέα直接ちょくせつていた。しかし身体しんたい宿やどさいにその記憶きおくうしなった。「まなぶ」とは、じつあたらしい知識ちしきそとから獲得かくとくすることではなく、たましいがかつてっていたイデアἰδέαを「おもす」ことである。

メノンΜένων』では、ソクラテスΣωκράτης教育きょういくけていない奴隷どれい少年しょうねん幾何きかがく問題もんだいかせる場面ばめん有名ゆうめいである。ソクラテスΣωκράτηςなにも「おしえ」ず、ただいをげかけるだけで、少年しょうねんただしい解答かいとう到達とうたつする。これは少年しょうねんたましいがすでにっていたことを「想起そうき」したのだ──とプラトンΠλάτωνろんじる。この理論りろんは、先天的せんてんてき知識ちしき(ア・プリオリな認識にんしき)の問題もんだい哲学てつがく導入どうにゅうした最初さいしょこころみであり、デカルトDescartesの「生得しょうとく観念かんねん」やカントKantの「ア・プリオリな認識にんしき形式けいしき」へとがれていく。

アナムネーシスanamnēsis理論りろんは、プラトンΠλάτωνたましい不死ふしろんとも密接みっせつむすびついている。もし知識ちしきが「おもし」であるならば、たましい身体しんたい宿やど以前いぜん存在そんざいしていたはずである。そして身体しんたい死後しごイデアἰδέα世界せかい帰還きかんする。たましい不滅ふめつであり、肉体にくたい一時いちじてき住処すみかにすぎない。この「たましい不死ふし」の論証ろんしょうは『パイドンΦαίδων』の中心ちゅうしん主題しゅだいであり、ソクラテスΣωκράτης死刑しけいおそれない理由りゆうとして提示ていじされる。

6. エロースerōs ── への上昇じょうしょう梯子はしご

プラトンΠλάτων哲学てつがく純粋じゅんすい知的ちてきいとなみではない。そこには「エロースerōs」──欲求よっきゅう渇望かつぼうこい──が不可欠ふかけつ推進すいしんりょくとしてまれている。『饗宴きょうえんシュンポシオンSymposion)』は、酒宴しゅえんせき参加さんかしゃじゅんエロースerōsたたえる演説えんぜつおこなうという文学ぶんがくてき傑作けっさくであり、その頂点ちょうてんソクラテスΣωκράτηςかたる「ディオティマDiotimaおしえ」がある(201d-212a)。

ディオティマDiotimaソクラテスΣωκράτηςに「あい」の梯子はしごおしえる。まず一人ひとりうつくしい肉体にくたいへのこいからはじまる。つぎこいするものは、そのうつくしさがうつくしい肉体にくたいにも共通きょうつうしていることにづき、すべての肉体にくたいあいするようになる。やがて肉体にくたいよりもたましいのほうが価値かちあることをり、うつくしいいとなみやうつくしい学問がくもんあいするようになる。

そして最後さいごに──突然とつぜんに──「おどろくべき本性ほんしょうをもつそのもの」が姿すがたあらわす。それはしょうじることもほろびることもなく、あるめんではうつくしくあるめんではみにくいということもなく、あるときにはうつくしくあるときにはうつくしくないということもない、「永遠えいえんにそれ自体じたいにおいて、それ自体じたいとともに、ひとつのかたちをなしている」イデアἰδέαそのものである(211a-b)。

この「上昇じょうしょう梯子はしご」がしめしているのは、哲学てつがくがいかにしてはじまるかということである。哲学てつがく出発しゅっぱつてんは「おどろき」だけではない。なにかにきつけられ、渇望かつぼうし、もとめる衝動しょうどう──エロースerōs──がなければ、ひと安楽あんらく洞窟どうくつからがらない。しかしその渇望かつぼうは、個別こべつてき対象たいしょうへの執着しゅうちゃくにとどまるかぎり不完全ふかんぜんである。一人ひとり人間にんげんへのこいが、そのものへのあい昇華しょうかされるとき──つまり「なにあいするか」ではなく「あいするとはなにか」をうようになるとき──はじめてエロースerōs哲学てつがくになる。プラトンΠλάτωνにとって、哲学てつがくしゃとは「あいするものフィロソフォスphilosophos)」であると同時どうじに、「渇望かつぼうするもの」であった。

7. ディアレクティケーdialektikē ── 対話たいわによる真理しんり探究たんきゅう

プラトンΠλάτων哲学てつがく方法ほうほうとして重視じゅうししたのが「ディアレクティケーdialektikē弁証法べんしょうほう対話たいわじゅつ)」である。これはたんなる議論ぎろん討論とうろんではなく、問答もんどうつうじてイデアἰδέαへと上昇じょうしょうしていく知的ちてきいとなみである。感覚かんかくてき世界せかい個別こべつてき事例じれいから出発しゅっぱつし、仮説かせつて、その仮説かせつをさらに上位じょうい仮説かせつから検討けんとうし、最終さいしゅうてきに「仮説かせつならざるもの」──ぜんイデアἰδέα──に到達とうたつする(『国家Πολιτεία』511b-c)。

プラトンΠλάτωνがみずからの著作ちょさくをすべて「対話たいわへん」の形式けいしきいたことは、偶然ぐうぜんではない。哲学てつがく独白どくはくではなく対話たいわなか成立せいりつする──ものこたえるもの共同きょうどう作業さぎょうとしてはじめて真理しんり到達とうたつしうる──というのがプラトンΠλάτων信念しんねんであった。これはソクラテスΣωκράτηςの「助産じょさんじゅつマイエウティケーμαιευτική)」──真理しんりそとから注入ちゅうにゅうされるものではなく、対話たいわつうじて相手あいてたましい内部ないぶから「される」もの──の継承けいしょうであり発展はってんである。プラトンΠλάτωνは30へん以上いじょう対話たいわへんのこしたが、どの対話たいわへんにおいてもプラトンΠλάτων自身じしん登場とうじょうしない。プラトンΠλάτωνは「著者ちょしゃ」ではなく、対話たいわの「演出えんしゅつ」として背後はいご退しりぞくのである。

8. 詩人しじん追放ついほうろん ── 芸術げいじゅつはなぜ危険きけんなのか

プラトンΠλάτων哲学てつがくなかもっと挑発ちょうはつてき──そしておそらくもっと誤解ごかいされやすい──主張しゅちょうが、『国家Πολιτείαだいじゅうかん(595a-608b)の「詩人しじん追放ついほうろん」である。プラトンΠλάτων理想りそう国家こっかからホメロスὍμηροςをはじめとする模倣もほうてき詩人しじん追放ついほうすべきだとろんじた。その根拠こんきょふたつある。

だいいちに、存在そんざいろんてき批判ひはん画家がかがベッドのえがくとき、画家がか模倣もほうしているのはベッドのイデアἰδέαしん実在じつざい)ではなく、大工だいくつくった個々ここのベッド(すでにイデアἰδέαぞう)である。つまり芸術げいじゅつ作品さくひんは「ぞうぞう」──イデアἰδέαからじゅうへだたったかげ──にすぎない。

だいに、心理しんりてき批判ひはん悲劇ひげき観客かんきゃく感情かんじょうおそれ、かなしみ)をはげしくさぶるが、これはたましいの「欲望よくぼうてき部分ぶぶん」を刺激しげきし、「理性りせいてき部分ぶぶん」による統制とうせいよわめる。すぐれた詩人しじんであればあるほど、人々ひとびとたましいたいしてつよい──しかし理性りせい迂回うかいする──影響えいきょうりょくつ。

この議論ぎろんは、「芸術げいじゅつ真理しんり」「表現ひょうげん自由じゆう社会しゃかいてき責任せきにん」「感情かんじょう理性りせい」という現代げんだいにもつうじる問題もんだい鮮烈せんれつ提起ていきしている。プラトンΠλάτων自身じしん卓越たくえつした文学ぶんがくしゃであったことをかんがえると、この議論ぎろんには一種いっしゅ自己じこ言及げんきゅうてき緊張きんちょうがある。プラトンΠλάτωνちからだれよりもよくっていた──だからこそ、そのちからおそれたのである。「もし快楽かいらくむねとする模倣もほうが、国家こっかにおいてれられるべき正当せいとう理由りゆうしめすことができるならば、よろこんでむかれよう」(607c)──プラトンΠλάτων詩人しじんたちに弁明べんめい機会きかいのこして、この議論ぎろんじている。

ここに西洋せいよう思想しそう史上しじょうもっと有名ゆうめい逆説ぎゃくせつひとつがある。プラトンΠλάτωνは『パイドロスΦαίδρος』(274b-278b)において、エジプトおうタモスとテウトの神話しんわかたりながら、「かれた言葉ことば」をはげしく批判ひはんしている。かれた言葉ことばは「想起そうきくすり」ではなく「忘却ぼうきゃくくすり」であり、読者どくしゃ知恵ちえそのものではなく知恵ちえかけだけをあたえてしまう。書物しょもついかけてもこたえず、誤解ごかいされても自分じぶん弁護べんごできない。しん知識ちしきは「かれた言葉ことば」ではなく、対話たいわつうじてたましい直接ちょくせつまれるべきだ──と。それにもかかわらず、プラトンΠλάτων自身じしん古代こだい世界せかいもっと多作たさく哲学てつがくてき著述ちょじゅつであった。

この矛盾むじゅん意図いとてきなものだろう。プラトンΠλάτων対話たいわへんは「かれた独白どくはく」ではなく「かれた対話たいわ」──読者どくしゃをみずからかんがえさせ、対話たいわむための仕掛しかけとしてかれている。書物しょもつでありながら書物しょもつ限界げんかいえようとするこのこころみが、「対話たいわへん」という形式けいしき核心かくしんである。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

プラトンΠλάτων著作ちょさくは30へん以上いじょう対話たいわへんと13つう書簡しょかん一部いちぶ偽作ぎさく可能かのうせいあり)からなる。以下いか主要しゅよう著作ちょさく順序じゅんじょとともにしめす。

  • ソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── 死刑しけい裁判さいばんでのソクラテスΣωκράτης弁論べんろんプラトンΠλάτωνぜん著作ちょさくもっとみやすく、ソクラテスΣωκράτης人物じんぶつぞう哲学てつがくてき態度たいどるための出発しゅっぱつてん最初さいしょむべきいっさつ
  • クリトンΚρίτων』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── 獄中ごくちゅうソクラテスΣωκράτης脱獄だつごくすすめる友人ゆうじんクリトンΚρίτωνに「なぜ不正ふせいをしてはならないか」をく。ほう正義せいぎについてのみじか対話たいわへん。『弁明Ἀπολογία』の直後ちょくごむとよい。
  • メノンΜένων』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── 「とくおしえられるか」といういから出発しゅっぱつし、「アナムネーシスanamnēsis想起そうき)」の理論りろん導入どうにゅうされる。奴隷どれい少年しょうねんとの幾何きかがく対話たいわ有名ゆうめいイデアἰδέαろんへの導入どうにゅうとして最適さいてき
  • 饗宴きょうえんシュンポシオンSymposion)』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── エロースerōsあい)についてのさんかく参加さんかしゃべる。ソクラテスΣωκράτηςかたる「イデアἰδέαへの上昇じょうしょう」(ディオティマDiotimaおしえ)が核心かくしんプラトンΠλάτων文学ぶんがくてき最高さいこう傑作けっさく
  • パイドンΦαίδων』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── ソクラテスΣωκράτης最期さいご対話たいわたましい不死ふしイデアἰδέαろんアナムネーシスanamnēsis体系たいけいてきろんじられる。哲学てつがくとは「練習れんしゅう」であるという衝撃しょうげきてき命題めいだい
  • 国家こっかポリテイアPoliteia)』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか、ぜん2かん) ── プラトンΠλάτων主著しゅちょ正義せいぎろんイデアἰδέαろん洞窟どうくつ比喩ひゆ哲人てつじんおうたましいさん部分ぶぶんせつ国家こっかろん詩人しじん追放ついほうろんたましい不死ふしろん──プラトンΠλάτων哲学てつがくのほぼすべてがこのいちさく集約しゅうやくされる。ぜん10かんからなる大著たいちょ通読つうどくには時間じかんがかかるが、プラトンΠλάτων理解りかいするためには必読ひつどく
  • パルメニデスΠαρμενίδης』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── わかソクラテスΣωκράτηςろうパルメニデスΠαρμενίδηςからイデアἰδέαろん難点なんてん指摘してきされる。プラトンΠλάτων自身じしんによるイデアἰδέαろん自己じこ批判ひはんきわめて難解なんかいだが、プラトンΠλάτων哲学てつがく到達とうたつてん限界げんかいるために重要じゅうよう
  • ティマイオスΤίμαιος』(岩波いわなみ文庫ぶんこほか) ── 宇宙うちゅう創造そうぞう物語ものがたりデーミウルゴスdēmiourgos製作せいさくしゃしん)がイデアἰδέαはんがたとして宇宙うちゅうつくる。プラトンΠλάτων自然しぜん哲学てつがく宇宙うちゅうろん展開てんかいする後期こうき対話たいわへん中世ちゅうせいヨーロッパにもっと影響えいきょうあたえたプラトンΠλάτων著作ちょさく

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. アリストテレスἈριστοτέλης批判ひはんどう時代じだいプラトンΠλάτωνもっと偉大いだい弟子でしもっとするど批判ひはんしゃとなった。アリストテレスἈριστοτέληςは『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』において、イデアἰδέαろんたいする体系たいけいてき批判ひはん展開てんかいした。とく有名ゆうめいなのが「第三者だいさんしゃ人間にんげん」の論証ろんしょう(990b-991a)である。もし個々ここ人間にんげんが「人間にんげんイデアἰδέα」にていることによって人間にんげんであるならば、個々ここ人間にんげん人間にんげんイデアἰδέα類似るいじ説明せつめいするために「だいさん人間にんげん」が必要ひつようとなり、これが無限むげんつづく(無限むげん後退こうたい)。また、イデアἰδέα個物こぶつから分離ぶんりして存在そんざいするならば、イデアἰδέα個物こぶつ変化へんか説明せつめいできない──うごかないものがうごくものの原因げんいんであるとはどういうことか。アリストテレスἈριστοτέληςイデアἰδέα個物こぶつから分離ぶんりさせず、個物こぶつの「内部ないぶ」に形相けいそうエイドスeidos)として内在ないざいさせる立場たちばった。

2. カール・ポパーPopper政治せいじてき批判ひはん現代げんだい:『開かれた社会とその敵The Open Society and Its Enemies』(1945ねん)でポパーPopperは、プラトンΠλάτωνの『国家Πολιτεία』を全体ぜんたい主義しゅぎてき政治せいじ思想しそう原型げんけいとしてはげしく批判ひはんした。哲人てつじんおうによる統治とうち民主みんしゅ主義しゅぎ否定ひていであり、個人こじん自由じゆう国家こっかの「正義せいぎ」に従属じゅうぞくさせる危険きけん思想しそうだとポパーPopperろんじた。「だれが統治とうちすべきか」といういそのものがあやまりであり、重要じゅうようなのは「いかにしてわる統治とうちしゃ流血りゅうけつなしに排除はいじょできるか」だとポパーPopper主張しゅちょうした。この批判ひはんプラトンΠλάτων政治せいじ哲学てつがくたいするもっと影響えいきょうりょくのある現代げんだいてき批判ひはんであり、現在げんざい論争ろんそうつづいている。

3. ニーチェNietzsche批判ひはん近代きんだいニーチェNietzscheプラトンΠλάτωνを「この世界せかい感覚かんかくてき世界せかい)」を劣位れついとし、「べつ世界せかいイデアἰδέα世界せかい)」をしん実在じつざいとする「世界せかいせつ」の創始そうししゃとして批判ひはんした。ニーチェNietzscheによれば、プラトンΠλάτων形而上学けいじじょうがくはキリストきょうの「天国てんごく概念がいねん先駆さきがけであり、「このなま」を否定ひていする「デカダンスdécadence」──せい衰退すいたい──の表現ひょうげんである。「キリストきょう大衆たいしゅうのためのプラトンΠλάτων主義しゅぎである」(『善悪の彼岸Jenseits von Gut und Böse序文じょぶん)。この批判ひはんは、ハイデガーHeidegger西洋せいよう形而上学けいじじょうがく批判ひはんにもがれている。

4. 分析ぶんせき哲学てつがくからの批判ひはん現代げんだい:20世紀せいき分析ぶんせき哲学てつがくとくギルバート・ライルGilbert Ryleやルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインWittgensteinながれを哲学てつがくしゃたちは、プラトンΠλάτωνイデアἰδέαろんを「言語げんご誤用ごよう」からしょうじた疑似ぎじ問題もんだいとして批判ひはんした。「うつくしいもの」から「そのもの」が独立どくりつ存在そんざいすると推論すいろんするのは、抽象ちゅうしょう名詞めいし具体ぐたいてき存在そんざいしゃ混同こんどうする誤謬ごびゅうであるという指摘してきである。ただし、数学すうがくてき対象たいしょうかず集合しゅうごう幾何きかがくてき図形ずけい)の存在そんざいろんてき地位ちいをめぐっては、現代げんだいでも「数学すうがくてきプラトニズムPlatonism」が有力ゆうりょく立場たちばとして存続そんぞくしており、イデアἰδέαろん完全かんぜん否定ひてい容易よういではない。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそうパルメニデスΠαρμενίδης存在そんざいろん(「あるものはあり、ないものはない」──不変ふへん存在そんざい感覚かんかく欺瞞ぎまん区別くべつイデアἰδέαろん源泉げんせん)、ヘラクレイトスἩράκλειτος万物ばんぶつ流転るてん感覚かんかくてき世界せかい不断ふだん変化へんかイデアἰδέα不変ふへんせいたい概念がいねん)、ピュタゴラスΠυθαγόρας学派がくは数学すうがくてき存在そんざいろんかず万物ばんぶつ原理げんりであるという思想しそうイデアἰδέα数学すうがくてき性格せいかく影響えいきょう)、ソクラテスΣωκράτηςの「〜とはなにか」のい(普遍ふへんてき定義ていぎ探究たんきゅうイデアἰδέαろん動機どうきづけた)。

直接的ちょくせつてき後継こうけいしゃアリストテレスἈριστοτέληςプラトンΠλάτωνアカデメイアAkadēmeiaで20年間ねんかんまなび、イデアἰδέαろん批判ひはんてき継承けいしょうして独自どくじ形而上学けいじじょうがく構築こうちくした。スペウシッポスSpeusipposクセノクラテスXenokratēsアカデメイアAkadēmeia後継こうけい学頭がくとうとなり、イデアἰδέαろんかずろんてき発展はってんさせた。しんアカデメイアAkadēmeia学派がくはアルケシラオスArkesilaosカルネアデスKarneadēs懐疑かいぎ主義しゅぎ立場たちばり、プラトンΠλάτωνの「探究たんきゅう」の精神せいしんいだ。

しんプラトンΠλάτων主義しゅぎ:3世紀せいきプロティノスΠλωτῖνοςは『エンネアデスEnneades』でプラトンΠλάτων哲学てつがくを「いちしゃ」からの流出りゅうしゅつろんとして体系たいけいし、しんプラトンΠλάτων主義しゅぎ創始そうしした。プロティノスΠλωτῖνος思想しそうは、キリストきょうアウグスティヌスAugustinus)、イスラーム哲学てつがくアル=ファーラービーal-Fārābīイブン・スィーナーIbn Sīnā)、ユダヤ哲学てつがくふか影響えいきょうあたえ、プラトンΠλάτων影響えいきょう古代こだい世界せかい全体ぜんたい拡散かくさんさせた。

中世ちゅうせい・ルネサンス中世ちゅうせいヨーロッパでは『ティマイオスΤίμαιος』のラテンやくカルキディウスCalcidiusやく)がプラトンΠλάτων主要しゅようまれほうであり、キリストきょう神学しんがくとくアウグスティヌスAugustinusの「かみ照明しょうめいせつ」)との融合ゆうごうすすんだ。15世紀せいきのフィレンツェで、マルシリオ・フィチーノMarsilio FicinoプラトンΠλάτων全集ぜんしゅうのラテンやく完成かんせいさせ(1484ねん)、コジモ・デ・メディチCosimo de' Medici庇護ひごのもとに「プラトンΠλάτων・アカデミー」が設立せつりつされた。ルネサンスプラトンΠλάτωνさい発見はっけんは、近代きんだい科学かがく数学すうがくてき方法ほうほう精神せいしんてき背景はいけいとなった。

きん現代げんだいカントKantの「現象げんしょうもの自体じたい」の区別くべつプラトンΠλάτων世界せかいろんとの構造こうぞうてき類似るいじ指摘してきされる。フレーゲFregeラッセルRussell以降いこう数理すうり論理ろんりがく伝統でんとうでは、「数学すうがくてきプラトニズムPlatonism」──数学すうがくてき対象たいしょうプラトンΠλάτωνイデアἰδέαのようにこころとは独立どくりつ存在そんざいする──が有力ゆうりょく立場たちばとして継続けいぞくしている。クルト・ゲーデルGödelはみずからを明確めいかくプラトニストPlatonistしょうした。ホワイトヘッドWhitehead過程かてい哲学てつがくもまたプラトンΠλάτωνの『ティマイオスΤίμαιος』からふか影響えいきょうけている。

現代げんだいへの接続せつぞく

プラトンΠλάτωνいは、2400ねん現代げんだいにおいていっそう切実せつじつさをしている。

だいいちに、知識ちしき信念しんねん区別くべつプラトンΠλάτωνは「っている」ことと「そうおもんでいる」ことを厳密げんみつ区別くべつした。情報じょうほう氾濫はんらんする現代げんだいにおいて、「知識ちしきエピステーメーepistēmē)」と「おもみ(ドクサdoxa)」の境界きょうかいはますます曖昧あいまいになっている。検索けんさく瞬時しゅんじられる断片だんぺんてき情報じょうほう本当ほんとうに「っている」とえるのか──このいは、プラトンΠλάτων設定せっていした認識にんしきろん枠組わくぐみそのものである。

だいに、真理しんり民主みんしゅ主義しゅぎ緊張きんちょう。SNSの時代じだい、「すべての意見いけんひとしく価値かちがある」という感覚かんかくひろがる一方いっぽうで、フェイクニュースや陰謀いんぼうろん社会しゃかい分断ぶんだんしている。プラトンΠλάτωνは「多数たすう意見いけんドクサdoxa)」と「知識ちしきエピステーメーepistēmē)」を峻別しゅんべつし、知識ちしきもとづく統治とうち主張しゅちょうした。現代げんだい民主みんしゅ主義しゅぎは、プラトンΠλάτωνい──「多数たすう無知むち少数しょうすう知識ちしき優越ゆうえつしうるのか」──にたいして、いまだ十分じゅうぶん回答かいとうっていない。専門せんもん民主みんしゅ主義しゅぎのあいだの緊張きんちょうは、パンデミックにおける科学かがく政治せいじ関係かんけい気候きこう変動へんどう政策せいさくにおける専門せんもん世論せろん乖離かいりとして、日常にちじょうてき経験けいけんされている。

だいさんに、数学すうがくてきプラトニズムPlatonism実在じつざいろん数学すうがく人間にんげんこころ発明はつめいなのか、それとも人間にんげんこころとは独立どくりつ存在そんざいする「数学すうがくてき実在じつざい」の発見はっけんなのか。2+2=4は人間にんげんがいなくてもしんであるのか。このいをめぐる「数学すうがくてきプラトニズムPlatonism」は、現代げんだい数学すうがく哲学てつがくにおいていまだ有力ゆうりょく立場たちばであり、プラトンΠλάτωνイデアἰδέαろんもっと直接的ちょくせつてきつづけている領域りょういきである。

同時どうじプラトンΠλάτων限界げんかい直視ちょくしすべきだ。「哲人てつじんおう」の理想りそうは、「ただしいこたえをっているもの統治とうちすべきだ」という前提ぜんていつが、「だれがその『ただしさ』を保証ほしょうするのか」といういにたいしては、循環じゅんかん論法ろんぽうおちい危険きけんがある。また、女性じょせい奴隷どれいたいする立場たちばプラトンΠλάτων女性じょせい能力のうりょく一定いってい程度ていどみとめたてん当時とうじとしては先進せんしんてきだったが、奴隷どれいせいそのものを根本こんぽんてきにはうていない)は、普遍ふへんてき正義せいぎかかげる思想しそう盲点もうてんとして認識にんしきされる必要ひつようがある。

読者どくしゃへの

  • あなたが「うつくしい」とかんじるとき、あなたはその個々ここうつくしいものだけを認識にんしきしているのか、それとも「そのもの」をも──ぼんやりとであれ──とらえているのか? もし後者こうしゃだとすれば、その「そのもの」はどこにあるのか?
  • 洞窟どうくつ比喩ひゆにおいて、あなたは囚人しゅうじんなのか、解放かいほうされたものなのか、それとも洞窟どうくつもどってきたものなのか? あなたが「これが現実げんじつだ」としんじているものは、じつかべうつかげではないのか? その可能かのうせいをどうやって確認かくにんできるか?
  • 現代げんだい社会しゃかいにおいて「知識ちしき」と「情報じょうほう」はどうちがうのか? プラトンΠλάτωνの「知識ちしき信念しんねん区別くべつ」は、情報じょうほう過多かた時代じだいにこそ有効ゆうこう視座しざではないか?

名言めいげん出典しゅってんつき)

"哲学てつがくしゃたちが国々くにぐににおいておうとならないかぎり──あるいはげんおう権力けんりょくしゃばれているものたちが、しんに、かつ十分じゅうぶん哲学てつがくするようにならないかぎり──国家こっかにとっても、人類じんるいにとっても、不幸ふこうはやまないだろう。" ── プラトンΠλάτων国家Πολιτείαだいかん473c-d。「哲人てつじんおう」の思想しそう凝縮ぎょうしゅくした一節いっせつプラトンΠλάτων政治せいじ哲学てつがくもっと有名ゆうめい宣言せんげんであり、権力けんりょく統合とうごうもとめる西洋せいよう政治せいじ思想しそう原点げんてん。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"吟味ぎんみされないなまは、人間にんげんにとってきるにあたいしない。" ── プラトンΠλάτωνソクラテスの弁明Ἀπολογία Σωκράτους』38a。裁判さいばんでのソクラテスΣωκράτης弁論べんろん自分じぶん無知むち自覚じかくし、つづけるなまこそが「よくきる」ことであるという、ソクラテスΣωκράτηςプラトンΠλάτων哲学てつがく精髄せいずい。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"おどろき(タウマゼインthaumazein)──これこそが哲学てつがくしゃ情念じょうねんであり、哲学てつがくはここ以外いがいのどこからもはじまらない。" ── プラトンΠλάτωνテアイテトスΘεαίτητος』155d。アリストテレスἈριστοτέληςも『形而上学Τὰ μετὰ τὰ φυσικά』982bで引用いんようした、哲学てつがく動機どうきとしての「おどろき」を定式ていしきした古典こてんてき命題めいだい。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"うつくしいものはむずかしい。" ── プラトンΠλάτων国家Πολιτείαだいろくかん497d、および『ヒッピアス(だい)』304e。直訳ちょくやくは「うつくしいことは困難こんなんなことだ(χαλεπὰ τὰ καλά)」。ギリシアのことわざプラトンΠλάτων対話たいわへんなかかえ採用さいようしたもので、「きもの・うつくしきもの」の実現じつげん容易よういではないという含意がんいつ。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう

参考さんこう文献ぶんけん

  • 主著しゅちょ邦訳ほうやくプラトンΠλάτων国家Πολιτεία』(藤沢ふじさわ令夫のりおやく岩波いわなみ文庫ぶんこ上下じょうげ2かん) ── プラトンΠλάτων主著しゅちょ正義せいぎイデアἰδέα洞窟どうくつ比喩ひゆ哲人てつじんおうたましいろんなど主要しゅようテーマを網羅もうらする。岩波いわなみ文庫ぶんこばん訳注やくちゅう充実じゅうじつしている。
  • 初期しょきプラトンΠλάτωνソクラテスΣωκράτης弁明べんめいクリトンΚρίτων』(久保くぼつとむやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── ソクラテスΣωκράτης裁判さいばん獄中ごくちゅう対話たいわもっとみやすいプラトンΠλάτων入門にゅうもん
  • 中期ちゅうきプラトンΠλάτων饗宴Συμπόσιον』(久保くぼつとむやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── エロースerōsについての対話たいわプラトンΠλάτων文学ぶんがくてき最高さいこう傑作けっさくであり、「イデアἰδέαへの上昇じょうしょう」がかたられる。
  • 中期ちゅうきプラトンΠλάτωνパイドンΦαίδων──たましい不死ふしについて』(岩田いわた靖夫やすおやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── ソクラテスΣωκράτης最期さいごたましい不死ふし論証ろんしょうイデアἰδέαろん展開てんかいされる。
  • 後期こうきプラトンΠλάτων『ティマイオス・クリティアスΚριτίας』(種山たねやま恭子きょうこやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── プラトンΠλάτων宇宙うちゅうろん中世ちゅうせいへの影響えいきょうおおきい。
  • 全集ぜんしゅう:『プラトンΠλάτων全集ぜんしゅうぜん15かん岩波書店いわなみしょてん、1974-1978ねん) ── 日本語にほんごめるもっと包括ほうかつてきプラトンΠλάτων全集ぜんしゅう各巻かくかん詳細しょうさい解説かいせつがつく。
  • 入門にゅうもん邦語ほうご納富のうとみ信留のぶるプラトンΠλάτων──哲学てつがくしゃとはなにか』(NHK出版しゅっぱん、2021ねん) ── 日本にっぽんプラトンΠλάτων研究けんきゅう第一人者だいいちにんしゃによる入門にゅうもんしょ対話たいわへんかた丁寧ていねい案内あんないする。最初さいしょむべき入門にゅうもんしょ
  • 入門にゅうもん邦語ほうご藤沢ふじさわ令夫のりおプラトンの哲学Plato's Philosophy』(岩波いわなみ新書しんしょ、1998ねん) ── イデアἰδέαろん中心ちゅうしんプラトンΠλάτων哲学てつがく全体ぜんたいぞうえが古典こてんてき入門にゅうもんしょ簡潔かんけつにして的確てきかく
  • 英語えいごけん標準ひょうじゅんてき研究けんきゅう:G. M. A. Grube, Plato's Thoughtプラトズ・ソート, Hackett, 1980(初版しょはん1935ねん) ── 英語えいごけんにおけるプラトンΠλάτων哲学てつがく標準ひょうじゅんてき概説がいせつしょ。テーマべつ整理せいりされており、参照さんしょうしやすい。
  • 批判ひはんてき研究けんきゅう:Karl Popper, The Open Society and Its Enemiesジ・オープン・ソサエティ・アンド・イッツ・エネミーズ, Vol. 1: The Spell of Platoザ・スペル・オブ・プラトー, Routledge, 1945 ── プラトンΠλάτων政治せいじ哲学てつがくへのもっと有名ゆうめい批判ひはんプラトンΠλάτωνを「全体ぜんたい主義しゅぎ起源きげん」としてむ。