げんはじく。ながさを半分はんぶんにすれば、おとはちょうど1オクターヴoctaveたかくなる。3ぶんの2にすれば完全かんぜん5、4ぶんの3にすれば完全かんぜん4。つまりうつくしい和音わおんのすべてが、単純たんじゅん整数せいすうあらわせる。この発見はっけん衝撃しょうげきけた人物じんぶつがいた。紀元前きげんぜん6世紀せいきみなみイタリアのクロトンKrotōn教団きょうだんきずいたピタゴラスPythagorasである。

かれはこの発見はっけん音楽おんがく領域りょういきにとどめなかった。おと調和ちょうわかずつなら、宇宙うちゅうそのものがかずっているのではないか。「万物ばんぶつかずである」。この大胆だいたん命題めいだいは、自然しぜん数学すうがくてき記述きじゅつしようとする近代きんだい科学かがく精神せいしんを2500ねん先取さきどりするものだった。

だがピタゴラスPythagoras数学すうがくしゃであると同時どうじに、秘教ひきょうてき教団きょうだん指導者しどうしゃでもあった。たましい輪廻りんね転生てんせいき、まめべることをきんじ、厳格げんかく戒律かいりつのもとで弟子でしたちと共同きょうどう生活せいかつおくった。合理ごうりてき数学すうがく神秘しんぴてき宗教しゅうきょう。この二面にめんせいこそが、ピタゴラスPythagoras理解りかいするうえで最大さいだい難問なんもんであり、最大さいだい魅力みりょくでもある。

ほん記事きじでは、伝説でんせつ史実しじつ慎重しんちょう区別くべつしながら、「万物ばんぶつかずである」という命題めいだい意味いみ射程しゃていかし、ピタゴラスPythagoras西洋せいよう思想しそうにもたらした衝撃しょうげきう。

この記事きじ要点ようてん

  • 万物ばんぶつかずである」ピタゴラスPythagoras音楽おんがく調和ちょうわ整数せいすうあらわせるという発見はっけんから、宇宙うちゅう全体ぜんたい秩序ちつじょかず関係かんけいっていると主張しゅちょうした。これは自然しぜん数学すうがくてき理解りかいしようとする科学かがく精神せいしん原型げんけいである。
  • ハルモニアharmonia調和ちょうわ)の思想しそうかず音楽おんがくうつくしい秩序ちつじょむように、宇宙うちゅうたましい社会しゃかいにもかずてき調和ちょうわがある。「天球てんきゅう音楽おんがく」の着想ちゃくそうはケプラーを近代きんだい天文てんもんがくにまで影響えいきょうおよぼした。
  • たましい浄化じょうか知的ちてき生活せいかつたましい輪廻りんねし、浄化じょうかによって上昇じょうしょうする。ピタゴラスPythagoras知的ちてき探究たんきゅうそのものをたましい浄化じょうかなし、「哲学てつがくするせい」の原型げんけいてた。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

ピタゴラスPythagoras生涯しょうがいには伝説でんせつおおまとわりつき、確実かくじつ史料しりょうはきわめてすくない。かれ自身じしん著作ちょさく一切いっさいのこっておらず、もっとふる証言しょうげん同時どうじだいクセノファネスXenophanēsヘラクレイトスHērakleitosエンペドクレスEmpedoklēs断片だんぺんてき言及げんきゅうにとどまる。詳細しょうさい伝記でんきかれたのはかれ死後しご700ねん以上いじょうってからであり(イアンブリコスIamblichosピタゴラスPythagorasてきせいのすすめ』、ポルピュリオスPorphyriosピタゴラスPythagoras生涯しょうがい』)、神格しんかくされた伝承でんしょう歴史れきしてき事実じじつ分離ぶんり現在げんざいでも研究けんきゅう最前線さいぜんせんにある。

紀元前きげんぜん570ねんごろエーゲAegeanかいかぶサモスSamosとうまれたとされる。ちちムネサルコスMnēsarchos宝石ほうせき細工ざいく(あるいは商人しょうにん)だったという。当時とうじのサモスは僭主せんしゅポリュクラテスPolykratēsのもとで繁栄はんえい謳歌おうかしていたが、ピタゴラスPythagorasは(伝承でんしょうによれば)専制せんせい政治せいじきらい、紀元前きげんぜん530ねんごろみなみイタリアのギリシャGreece植民しょくみん都市としクロトンKrotōn移住いじゅうした。

クロトンKrotōnでピタゴラスは教団きょうだん設立せつりつし、数百すうひゃくにん弟子でしあつめた。教団きょうだんたんなる学問がくもんつどいではなく、宗教しゅうきょう政治せいじ生活せいかつ共同体きょうどうたいだった。財産ざいさん共有きょうゆう食事しょくじ制限せいげんとく肉食にくしょくまめ禁止きんし)、沈黙ちんもく修行しゅぎょう期間きかん秘密ひみつ誓約せいやく。こうした戒律かいりつ宗教しゅうきょう結社けっしゃ性格せいかくつよびていた。教団きょうだん政治せいじてき影響力えいきょうりょくち、やがて反発はんぱつまねいて暴動ぼうどうき、ピタゴラスPythagorasクロトンKrotōnわれてメタポンティオンMetapontionうつり、紀元前きげんぜん490ねんごろぼっしたとされる。

教団きょうだんはやがて二派には分裂ぶんれつした。「ものたち」(アクースマティコイakousmatikoi)はおしえを格言かくげんアクースマタakousmata)として暗記あんきし、食事しょくじ制限せいげん沈黙ちんもく戒律かいりつ厳守げんしゅする宗教しゅうきょうてき生活せいかつおもんじた。「まなものたち」(マテーマティコイmathēmatikoi)は数学すうがくてき証明しょうめい理論りろんてき探究たんきゅう推進すいしんした(イアンブリコスIamblichosピタゴラスPythagorasてきせいのすすめ』81-87)。合理ごうりてき数学すうがく神秘しんぴてき宗教しゅうきょうという二極性にきょくせいは、教団きょうだん内部ないぶにすでにきざまれていたのである。

かれきた時代じだいは、ミレトスMilētos学派がくはタレスThalēsアナクシマンドロスAnaximandrosアナクシメネスAnaximenēs)が自然しぜん哲学てつがく基礎きそきずいた直後ちょくご世代せだいにあたる。「万物ばんぶつ根源こんげんアルケーarchē)はなにか」といういにたいして、みずでも空気くうきでもなく「かず」をしたてんに、ピタゴラスPythagoras独創どくそうせいがある。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん570ねんごろサモスSamosとうまれる
  • 紀元前きげんぜん550ねんごろエジプトEgyptバビロニアBabylōniaたびしたとの伝承でんしょう真偽しんぎ不明ふめい
  • 紀元前きげんぜん530ねんごろみなみイタリアのクロトンKrotōn移住いじゅう教団きょうだん設立せつりつ
  • 紀元前きげんぜん510ねんごろクロトンKrotōn隣接りんせつするシュバリスSybaris破壊はかい教団きょうだん政治せいじてき影響力えいきょうりょく頂点ちょうてん
  • 紀元前きげんぜん509ねんごろはんピタゴラスPythagoras暴動ぼうどう教団きょうだん施設しせつちされる
  • 紀元前きげんぜん490ねんごろメタポンティオンMetapontionにてぼっする
  • 紀元前きげんぜん5〜4世紀せいき弟子でしピロラオスPhilolaosアルキュタスArchytasがピタゴラス思想しそう継承けいしょう発展はってん

この哲学者てつがくしゃなにうたのか

ミレトスMilētos学派がくはは「万物ばんぶつ根源こんげんなにか」をい、みず空気くうき無限むげんていなもの(ト・アペイロンto apeiron)をこたえとして提示ていじした。ピタゴラスPythagorasいは次元じげんことなる。かれは「万物ばんぶつなに出来できているか」ではなく、「万物ばんぶつはどのような構造こうぞうっているか」をうた。

質料しつりょうなにから出来できているか)から形式けいしき(どんな秩序ちつじょつか)へ。この視点してん転換てんかん決定けっていてき重要じゅうようだった。アリストテレスAristotelēsは『形而上学Metaphysica』Aかん(985b23-986a3)で、「ピタゴラスPythagoras人々ひとびと数学すうがく没頭ぼっとうし、かずがすべてのものの始原しげんであるとかんがえた」と報告ほうこくしている。物質ぶっしつ根源こんげん自然しぜん哲学てつがくから、構造こうぞう関係かんけい数理すうり哲学てつがくへ。この跳躍ちょうやくこそが、ピタゴラスPythagoras最大さいだい功績こうせきである。

しかもそのいは自然しぜん領域りょういきにとどまらなかった。かず秩序ちつじょたましいにも社会しゃかいにもつらぬく。音楽おんがくたましいととのえるのは、たましいそのものがかずてき調和ちょうわであるからだ。正義せいぎとはなにかといういにたいして、ピタゴラスが「ひとしいかずわせたもの」(平方へいほうかず)でかたったとする伝承でんしょうは、後代こうだい文献ぶんけんえる(『大倫理学Magna Moralia』1182a14、ただし同書どうしょ著者ちょしゃ通例つうれいアリストテレスとされる)。自然しぜんたましい倫理りんり統一とういつてき把握はあくしようとする壮大そうだい構想こうそう。それがピタゴラスの哲学てつがくだった。

核心かくしん理論りろん

1. かず存在論そんざいろん──「万物ばんぶつかずである」の意味いみ

万物ばんぶつかずである」とはなに意味いみするのか。現代げんだいわたしたちはかず抽象ちゅうしょう概念がいねんとしてかんがえるが、ピタゴラスにとってかず実在じつざいそのものだった。なおこの表現ひょうげんは、古代こだい資料しりょう字句じくどおりの直引用ちょくいんようというより、アリストテレスAristotelēsによるピタゴラス学説がくせつ要約ようやく表現ひょうげんとして理解りかいするのが適切てきせつである(『形而上学Metaphysica』985b23-986a3, 986a15-21)。

ピタゴラスかずてんとして空間くうかんてき配列はいれつした。1はてん、2はせん、3はめん三角形さんかくけい)、4は立体りったい四面体しめんたい)。つまりかずはそのまま幾何きかがくてき実在じつざいであり、物体ぶったい構成こうせい原理げんりだった。このかんがかた素朴そぼくえるかもしれない。だが、現代げんだい物理ぶつりがく素粒子そりゅうし数学すうがくてき構造こうぞう群論ぐんろん対称たいしょうせい)で記述きじゅつしていることをおもえば、「物質ぶっしつ根底こんてい数学すうがくてき構造こうぞうがある」という直観ちょっかんおどろくほど先見せんけんてきだった。

この発想はっそうをさらに具体ぐたいてきしめすのが、図形数ずけいすうフィギュレイト・ナンバーfigurate number)の理論りろんである。ピタゴラス小石こいしプセーフォイpsēphoi)をならべてかず視覚しかくした。三角数さんかくすう(1, 3, 6, 10…)は小石こいし三角形さんかくけい配列はいれつしたかずであり、テトラクテュスの10は四段よんだん三角数さんかくすうにほかならない。正方数せいほうすう(1, 4, 9, 16…)は小石こいし正方形せいほうけいならべたかずであり、連続れんぞくする奇数きすう(1+3=4, 1+3+5=9…)で生成せいせいされる。この発見はっけんは、かず図形ずけい一体いったいであることのあざやかな実例じつれいだった。かず抽象ちゅうしょうではなくかたちであり、かたちはそのままかずなのである。

ただし注意ちゅうい必要ひつようだ。ピタゴラスPythagoras本人ほんにん教説きょうせつと、のちピタゴラスPythagorasとくピロラオスPhilolaosアルキュタスArchytas)の教説きょうせつ区別くべつすることは困難こんなんであり、現代げんだい研究けんきゅうではこれを「初期しょきピタゴラス主義しゅぎ」としてくくることがおおい。

2. 音楽おんがくかず──ハルモニアharmonia発見はっけん

ピタゴラス思想しそうもっとたしかな基盤きばんつのは、音楽おんがくかず関係かんけい発見はっけんである。伝承でんしょうによれば、ピタゴラスは鍛冶かじまえとおりかかったとき、ことなるおもさの鉄槌てっついおと協和きょうわづいた。この鍛冶かじ逸話いつわ物理ぶつりがくてき不正確ふせいかくだが(鉄槌てっついおもさと音高おんこう関係かんけい単純たんじゅん整数せいすうにならない)、げんながさと音高おんこう関係かんけいかんする発見はっけん実験じっけんてき確認かくにんできる。

げんながさのが2:1ならオクターヴoctave協和きょうわ音程おんてい)、3:2なら完全かんぜん5、4:3なら完全かんぜん4。これらのはすべて最初さいしょの4つの自然数しぜんすう(1, 2, 3, 4)から構成こうせいされる。ピタゴラスはこのよっつのかず合計ごうけい10を「テトラクテュスtetraktys」とび、せいなるかずとしてあがめた。1+2+3+4=10。この完全かんぜんなるかず10は宇宙うちゅう秩序ちつじょそのものの象徴しょうちょうであり、弟子でしたちはテトラクテュスにちかいをてたとつたえられる。

この発見はっけん衝撃しょうげきはかれない。うつくしいとかんじるおと背後はいごに、数学すうがくてき法則ほうそくかくれている。感覚かんかくてき経験けいけんかず説明せつめいできるという実例じつれいしめされたのだ。これは「自然しぜん数学すうがく言語げんごかれている」(ガリレオGalileo)という近代きんだい科学かがく基本きほん精神せいしんの、もっとふる先駆せんくである。

ただし、完全かんぜん5(3:2)を12かいかさねてもオクターヴoctave(2:1)の7かいぶんにぴったりとはもどらない((3/2)¹²≠2⁷)という微妙びみょうなずれ(のちに「ピタゴラスPythagorasコンマcomma」とばれる)が存在そんざいする。整数せいすう調和ちょうわ完璧かんぺきではなく、このちいさな不一致ふいっちは、のち無理数むりすう危機ききおな構造こうぞう問題もんだい整数せいすうでは世界せかい完全かんぜんにはじられない)を胚胎はいたいしていた。

3. 天球てんきゅう音楽おんがく──コスモスkosmos調和ちょうわ

ピタゴラス音楽おんがく調和ちょうわ宇宙うちゅうろん拡張かくちょうした。天体てんたい巨大きょだい球体きゅうたいうえをそれぞれことなるはやさで回転かいてんしており、運動うんどうする物体ぶったいおとはっするから、天体てんたいもまたおとしているはずだ。しかしわたしたちはそのおとくことができない。まれたときからずっといているので、沈黙ちんもくとの対比たいひができないからだ(アリストテレスAristotelēs天体論De Caelo』290b12-291a6)。

これが「天球てんきゅう音楽おんがく」(ハルモニアharmonia トーンtōn スファイローンsphairōn)の思想しそうである。科学かがくてき仮説かせつとしてはもちろんたない。だが重要じゅうようなのは、「宇宙うちゅうにはまだ発見はっけんされていない数学すうがくてき秩序ちつじょがある」という確信かくしんだ。ケプラーKepler惑星わくせい運動うんどう法則ほうそく発見はっけんするとき(1619ねん宇宙うちゅう調和ちょうわ』)、かれ意識いしきてき継承けいしょうしたのはまさにこのピタゴラスPythagorasてき直観ちょっかんだった。

注目ちゅうもくすべきは、のちのピタゴラスピロラオスPhilolaosが、宇宙うちゅう中心ちゅうしん太陽たいようでも大地だいちでもなく「中心火ちゅうしんか」(ヘスティアHestia)をき、大地だいちふく天体てんたいがそのまわりをまわるという宇宙うちゅうモデルmodel提唱ていしょうしたことだ(DK 44A16)。大地だいち宇宙うちゅう中心ちゅうしんからはずすこの大胆だいたん着想ちゃくそうは、コペルニクスCopernicus自身じしんが『天球てんきゅう回転かいてんについて』の序文じょぶん言及げんきゅうしており、ピタゴラス宇宙うちゅうろんたんなる空想くうそうではなかったことをしめしている。

なお「コスモスkosmos」(κόσμος、秩序ちつじょある宇宙うちゅう)という最初さいしょもちいたのはピタゴラスPythagorasだとする伝承でんしょうがある(アエティオスAetios、ただし真偽しんぎ議論ぎろんちゅう)。宇宙うちゅうを「秩序ちつじょ」としてとらえるこのは、混沌こんとんカオスchaos)の対義たいぎであり、ピタゴラスてき世界せかいかん象徴しょうちょうしている。

4. 対立たいりつひょう──宇宙うちゅう二元にげん構造こうぞう

アリストテレスAristotelēsは、ピタゴラスが「10くみ対立たいりつ」を根本こんぽん原理げんりとしてげていたと報告ほうこくする(『形而上学Metaphysica』986a22-b8)。有限ゆうげん無限むげん奇数きすう偶数ぐうすういちみぎひだりおとこおんな静止せいし運動うんどうちょくきょくひかりやみぜんあく正方形せいほうけい長方形ちょうほうけい

この対立たいりつひょう雑多ざったえるが、根底こんていにあるのは「限定げんていするもの(ペラスperas)」と「無限むげんていなもの(アペイロンapeiron)」の二元にげんろんである。奇数きすう限定げんていがわぞくする。単位たんいのまわりに奇数きすうグノーモンgnōmōn(Lがた小石こいしれつ)をつけしていくと、つねに正方形せいほうけいたもたれるからだ(1, 1+3=4, 1+3+5=9…)。一方いっぽう偶数ぐうすうのグノーモンはことなる長方形ちょうほうけい次々つぎつぎし、かたちさだまらない(アリストテレスAristotelēs自然学Physica』203a10-15)。宇宙うちゅう限定げんてい無限むげんてい秩序ちつじょあたえることで成立せいりつする。このかんがかたは、のちにプラトンの『ピレボスPhilēbos』で展開てんかいされる「限定げんてい無限むげんてい混合こんごう」という存在そんざいろん直接ちょくせつつながる。

5. たましい輪廻りんね浄化じょうか──メテンプシュコーシスmetempsychōsis

ピタゴラスはたましい輪廻りんね転生てんせいメテンプシュコーシスmetempsychōsis)をしんじた。クセノファネスXenophanēsはこれを揶揄やゆしている。「子犬こいぬたれているのをて、あわれにおもい、こうったという。『やめてくれ、たないでくれ。あれは友人ゆうじんたましいだ。こえけばわかる』」(DK 21B7)。

だがピタゴラスにとって輪廻りんねたんなる信仰しんこうではなく、倫理りんり体系たいけい基盤きばんだった。たましい身体しんたいのなかにめられている。ただしいせいおくることでたましい浄化じょうかされ、よりたか存在そんざいへと転生てんせいする。不正ふせいせいたましい下降かこうさせ、動物どうぶつへと転生てんせいさせる。肉食にくしょく禁止きんしは、べようとしている動物どうぶつのなかに人間にんげんたましいがいるかもしれないという信念しんねんからる。

重要じゅうようなのは、ピタゴラスが知的ちてき探究たんきゅうそのものをたましい浄化じょうか手段しゅだんなしたことだ。伝承でんしょうによれば、ピタゴラスは人生じんせい祭典さいてんたとえた。まつりに人々ひとびとのなかには、競技きょうぎもの商売しょうばいをするもの、そして観客かんきゃくとしてものテオーロイtheōroi)がいる。最良さいりょうせい観想かんそうするもののそれだ。名誉めいよ利益りえきもとめず、真理しんりながめるせいビオス・テオーレティコスbios theōrētikos)。このかんがかたはプラトンをアリストテレスAristotelēsの「観想かんそうてきせい」の理想りそう(『ニコマコスNikomachos倫理りんりがく』Xかん)へと結実けつじつする。

6. ピタゴラスPythagoras定理ていり──数学すうがく永遠えいえん

直角ちょっかく三角形さんかくけい斜辺しゃへん二乗にじょうは、ほか二辺にへん二乗にじょうひとしい(a²+b²=c²)。この定理ていりがピタゴラス本人ほんにんによって証明しょうめいされたかどうかは確実かくじつではない。おな関係かんけいはバビロニアの粘土ねんどばん紀元前きげんぜん1800ねんごろのプリンプトン322)にすでにあらわれているし、古代こだいインドや中国ちゅうごくでもられていた。

しかし、経験けいけんてきられていたことと、それを普遍ふへんてき命題めいだいとして証明しょうめいすることはまったくことなる。ピタゴラス貢献こうけんは、おそらく個別こべつ数値すうちれい(3-4-5など)から一般いっぱんてき証明しょうめい(すなわち演繹えんえきてき数学すうがく)へとすすんだてんにある。

しかも、この定理ていりはピタゴラスにとって不都合ふつごう真実しんじつきつけた。1ぺんが1の正方形せいほうけい対角線たいかくせんながさは√2である。ピタゴラス弟子でしヒッパソスHippasosは、√2が整数せいすうあらわせないこと(すなわち無理数むりすうであること)を発見はっけんしたとされる。「万物ばんぶつ整数せいすうである」という教義きょうぎ根底こんていらぐ大事件だいじけんだった。伝説でんせつでは、ヒッパソスはこの秘密ひみつ外部がいぶらしたため溺死できしさせられたという。真偽しんぎはともかく、無理数むりすう発見はっけん古代こだいギリシャGreece数学すうがくにおける最大さいだい危機ききであり、同時どうじ飛躍ひやく契機けいきとなった。

7. 哲学てつがくするせい──フィロソフィアphilosophia誕生たんじょう

フィロソフィアphilosophia」(φιλοσοφία、あいすること)という最初さいしょもちいたのはピタゴラスだという伝承でんしょうがある(キケロCiceroトゥスクルムTusculum論叢ろんそう』V.3.8-9)。みずからを「知恵ちえあるもの」(ソポスsophos)ではなく「あいするもの」(フィロソフォスphilosophos)とんだのだ、と。

この逸話いつわ歴史れきしてき信憑しんぴょうせいうたがわしい(ヘラクレイデスHērakleidēs創作そうさくである可能かのうせいたかい)。だが、完成かんせいした状態じょうたいではなく探求たんきゅうつづけるいとなみとしてとらえるこの態度たいどは、ピタゴラスてき伝統でんとう精神せいしんふか一致いっちする。祭典さいてん比喩ひゆたように、観想かんそうするせい最良さいりょうせいであり、たましい浄化じょうかみちでもある。哲学てつがく知識ちしき蓄積ちくせきではなく、かたそのものなのだ。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • ピタゴラス本人ほんにん著作ちょさく現存げんそんしない。以下いかはピタゴラス思想しそうるための主要しゅよう文献ぶんけん
  • ピロラオスPhilolaos断片だんぺんしゅう』── ピタゴラス宇宙うちゅうろん数論すうろんつたえるもっとふる一次いちじ資料しりょう。Huffman (1993)の校訂こうてい注釈ちゅうしゃく標準ひょうじゅん
  • アリストテレスAristotelēs形而上学Metaphysica』Aかん── ピタゴラスかず哲学てつがくについてのもっと重要じゅうよう古代こだい証言しょうげん
  • イアンブリコスIamblichosピタゴラスPythagorasてきせいのすすめ』── しんプラトン主義しゅぎ時代じだい(3世紀せいき)の伝記でんき伝説でんせつてき要素ようそおおいが、教団きょうだん生活せいかつ戒律かいりつ重要じゅうよう資料しりょう
  • ポルピュリオスPorphyriosピタゴラスPythagoras生涯しょうがい』── イアンブリコスとなら後期こうき古代こだい伝記でんき
  • ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでん』VIIIかん── ピタゴラスの生涯しょうがい教説きょうせつ簡潔かんけつ概要がいよう

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. 同時どうじだい批判ひはんヘラクレイトスHērakleitosはピタゴラスを名指なざしで攻撃こうげきした。「おおくのことをまなんだ(ポリュマティエーpolymathiē)が、知性ちせいヌースnous)はおしえてくれなかった」(DK 22B40)。博学はくがくしん知恵ちえではないという指摘してきは、ピタゴラスPythagoras百科ひゃっか全書ぜんしょてき知識ちしきよくけられたものだろう。またクセノファネスXenophanēs前述ぜんじゅつのように輪廻りんねせつ嘲笑ちょうしょうした。

2. アリストテレスAristotelēs批判ひはん:「かず事物じぶつ原因げんいんであるとはどういう意味いみか」が不明確ふめいかくだと批判ひはんした(『形而上学Metaphysica』990a)。かず事物じぶつ質料しつりょうなのか、形相けいそうなのか、それとも作用さよういんなのか。ピタゴラスかず万物ばんぶつ原理げんりとしながら、その因果いんがてき説明せつめい十分じゅうぶん展開てんかいしなかった。

3. 無理数むりすう危機きき:√2が整数せいすうあらわせないという発見はっけんは、「万物ばんぶつ整数せいすうである」という教義きょうぎ内部ないぶから瓦解がかいさせた。ピタゴラスがこの危機ききにどう対処たいしょしたかは明確めいかくではないが、結果けっかてきにギリシャ数学すうがく算術さんじゅつから幾何きかがくへと重心じゅうしんうつすことになった。

4. 現代げんだい史料しりょう批判ひはんウォルター・バーカートWalter BurkertピタゴラスPythagoras主義しゅぎ伝承でんしょう科学かがく』(1962)は、ピタゴラス本人ほんにんおも宗教しゅうきょうてき指導者しどうしゃであり、数学すうがくてき業績ぎょうせきおおくはのち弟子でしたちの功績こうせきだとするせつ展開てんかいした。この見解けんかい現在げんざいでも支配しはいてきであり、「歴史れきしてきピタゴラス」と「伝説でんせつてきピタゴラス」の峻別しゅんべつ研究けんきゅう前提ぜんていとなっている。

影響えいきょう遺産いさん

プラトンPlatōnへの影響えいきょう:プラトン哲学てつがくたいするピタゴラス影響えいきょうおおきい。たましい不死ふし輪廻りんね(『パイドンPhaidōn』『国家Politeia』)、数学すうがくてき存在そんざい特権とっけんてき地位ちい(『国家Politeia』VIIかん教育きょういく課程かてい)、宇宙うちゅう数学すうがくてき構造こうぞう(『ティマイオスTimaios』の正多面体せいためんたい宇宙うちゅうろん)。いずれもピタゴラスてき主題しゅだい発展はってんとしてむことができる。アカデメイアAkadēmeiaもんに「幾何きかがくらぬものはいるべからず」ときざまれていたという伝承でんしょうは、プラトンにとっての数学すうがく位置いちづけを象徴しょうちょうしている(ただし碑文ひぶん自体じたい史実しじつせい未確認みかくにん)。

近代きんだい科学かがくへの影響えいきょうケプラーKeplerは『宇宙うちゅう調和ちょうわ』(1619)で惑星わくせい軌道きどう音楽おんがくてき比率ひりつ対応たいおう明示めいじてきにピタゴラスの後継こうけいとして追究ついきゅうした。ガリレオの「自然しぜん数学すうがく言語げんごかれている」という宣言せんげんも、根底こんていにはピタゴラスてき信念しんねんがある。アインシュタインEinsteinやハイゼンベルクも物理ぶつり法則ほうそく数学すうがくてきへの信頼しんらいかたさいに、ピタゴラスのげている。

音楽おんがく理論りろん西洋せいよう音楽おんがく理論りろん基礎きそはピタゴラス音律おんりつにある。完全かんぜん5(3:2)をかさねて音階おんかい構成こうせいするこの方法ほうほうは、中世ちゅうせいヨーロッパの音楽おんがく教育きょういくクワドリウィウムquadrivium算術さんじゅつ幾何きかがく音楽おんがく天文てんもんがく)の基盤きばんとなった。

しんピタゴラス主義しゅぎ紀元前きげんぜん1世紀せいきから紀元きげんにかけて、ピタゴラス主義しゅぎしんプラトン主義しゅぎ融合ゆうごうして復活ふっかつした。ニコマコスNikomachos算術さんじゅつ入門にゅうもん』やボエティウス『音楽おんがく教程きょうてい』は、中世ちゅうせいヨーロッパにおけるピタゴラスてき数学すうがく教育きょういく標準ひょうじゅんテキストとなった。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、数学すうがく発見はっけん発明はつめい数学すうがくてき構造こうぞう人間にんげん思考しこうつくしたものか、それとも宇宙うちゅう内在ないざいする構造こうぞう発見はっけんしているのか。数学すうがく哲学てつがくにおける「数学すうがくてき実在じつざいろん」(数学すうがくてき対象たいしょう客観きゃっかんてき存在そんざいする)はピタゴラスの直系ちょっけい子孫しそんであり、物理ぶつりがくしゃユージン・ウィグナーEugene Wignerが「数学すうがく不合理ふごうりなまでの有効ゆうこうせい」(1960)とんだなぞは、いまだかれていない。

第二だいにに、デジタルdigital世界せかいかず支配しはい現代げんだい文明ぶんめい文字もじどおり「かずうごいている」。音楽おんがくはデジタル信号しんごう変換へんかんされ、画像がぞうはピクセルの数値すうち配列はいれつであり、AIは数学すうがくてき最適さいてきで「思考しこう」する。「万物ばんぶつかずである」は比喩ひゆではなく技術ぎじゅつてき事実じじつちかづいている。

第三だいさんに、科学かがく宗教しゅうきょう関係かんけい。ピタゴラスにおいて、合理ごうりてき数学すうがく神秘しんぴてき宗教しゅうきょう矛盾むじゅんなく共存きょうぞんしていた。近代きんだいはこのふたつを分離ぶんりしたが、科学かがくしゃ数学すうがくてき法則ほうそくの「うつくしさ」や「調和ちょうわ」をかたるとき、ピタゴラスてき畏敬いけい感覚かんかく完全かんぜんにはえていない。

読者どくしゃへの

  • 宇宙うちゅう数学すうがくてき記述きじゅつできるのは、宇宙うちゅうそのものが数学すうがくてきだからか、それとも人間にんげん認識にんしきがそのように構成こうせいされているからか。
  • 音楽おんがくを「うつくしい」とかんじる経験けいけんは、かず比率ひりつ完全かんぜん説明せつめいできるか。かずとらえきれない「」は存在そんざいするか。
  • ピタゴラスにとって数学すうがく宗教しゅうきょう不可分ふかぶんだった。現代げんだいにおいて、科学かがくてき探究たんきゅう純粋じゅんすいに「世俗せぞくてき」でありうるか、それともなんらかの「しん」を必要ひつようとするか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"「万物ばんぶつかずである」(通例つうれい要約ようやく表現ひょうげん)。" 出典しゅってんアリストテレスAristotelēs形而上学けいじじょうがく』(Metaphysicaメタフィュシカ)985b23-986a3, 986a15-21(ピタゴラス数論すうろん報告ほうこく
"「ともとはべつ自己じこである」。" 出典しゅってんアリストテレスAristotelēsニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』IX.4, 1166a31-32(ὁ φίλος ἄλλος αὐτόςホ・ピロス・アロス・アウトス)/関連かんれんディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios VIII.10「ともあいだでは共有きょうゆう共通きょうつう)がつ」
"「はかりうごかすな」(=正義せいぎげるな)。" 出典しゅってんイアンブリコスIamblichosピタゴラスPythagorasてきせいのすすめ』(De vita Pythagorica)82-86(ピタゴラスアクースマタakousmata)/原文げんぶん:"μὴ κινεῖν τὸν ζυγόν"

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてん資料しりょうAristotelēsアリストテレス, Metaphysicaメタフィュシカ I (985b23-986a3, 986a15-21); Physicaピュシカ III (203a10-15); De Caeloデ・カエロ II (290b12-291a6); Nicomachean Ethicsニコマコス・エティクス IX.4 (1166a31-32).── 本文ほんぶん参照さんしょうした主要しゅよう箇所かしょ
  • 原典げんてん資料しりょうDiogenēs Laertiosディオゲネス・ラエルティオス, Lives of Eminent Philosophersライブズ・オブ・エミネント・フィロソファーズ VIII.10.── ピタゴラス格言かくげん共同体きょうどうたい規範きはん伝承でんしょう
  • 原典げんてん資料しりょうDielsディールス, H. & Kranzクランツ, W. Die Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー, 6th ed.第6版, 1951.(DK 21B7, 22B40, 44A16 ほか)── せんソクラテス断片だんぺんしゅう標準ひょうじゅんばん
  • 研究けんきゅうしょBurkertバーカート, Walterウォルター. Lore and Science in Ancient Pythagoreanismロア・アンド・サイエンス・イン・エインシェント・ピタゴリアニズム. Cambridgeケンブリッジ, MAマサチューセッツ: Harvardハーヴァード UPユニバーシティ・プレス, 1972.── ピタゴラス研究けんきゅう金字きんじとう
  • 研究けんきゅうしょHuffmanハフマン, Carlカール A. Philolaus of Croton: Pythagorean and Presocraticフィロラオス・オブ・クロトン:ピタゴリアン・アンド・プレソクラティック. Cambridgeケンブリッジ UPユニバーシティ・プレス, 1993.── ピロラオス断片だんぺん校訂こうてい注釈ちゅうしゃく
  • 研究けんきゅうしょKahnカーン, Charlesチャールズ H. Pythagoras and the Pythagoreans: A Brief Historyピタゴラス・アンド・ザ・ピタゴリアンズ:ア・ブリーフ・ヒストリー. Indianapolisインディアナポリス: Hackettハケット, 2001.── 簡潔かんけつ信頼しんらいできる概説がいせつ
  • 邦語ほうご文献ぶんけん内山うちやま勝利かつとしへんソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学てつがくしゃ断片だんぺんしゅうだいIかん岩波いわなみ書店しょてん、1996ねん。── DK断片だんぺんしゅう邦訳ほうやく
  • 概説がいせつStanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー, "Pythagorasピタゴラス" (Carl Huffmanカール・ハフマン). https://plato.stanford.edu/entries/pythagoras/