弦を弾く。長さを半分にすれば、音はちょうど1オクターヴ高くなる。3分の2にすれば完全5度、4分の3にすれば完全4度。つまり美しい和音のすべてが、単純な整数比で表せる。この発見に衝撃を受けた人物がいた。紀元前6世紀、南イタリアのクロトンに教団を築いたピタゴラスである。
彼はこの発見を音楽の領域にとどめなかった。音の調和が数の比で成り立つなら、宇宙そのものが数で成り立っているのではないか。「万物は数である」。この大胆な命題は、自然を数学的に記述しようとする近代科学の精神を2500年先取りするものだった。
だがピタゴラスは数学者であると同時に、秘教的教団の指導者でもあった。魂の輪廻転生を説き、豆を食べることを禁じ、厳格な戒律のもとで弟子たちと共同生活を送った。合理的な数学と神秘的な宗教。この二面性こそが、ピタゴラスを理解するうえで最大の難問であり、最大の魅力でもある。
本記事では、伝説と史実を慎重に区別しながら、「万物は数である」という命題の意味と射程を解き明かし、ピタゴラスが西洋思想史にもたらした衝撃を追う。
この記事の要点
- 「万物は数である」:ピタゴラスは音楽の調和が整数比で表せるという発見から、宇宙全体の秩序が数の関係で成り立っていると主張した。これは自然を数学的に理解しようとする科学の精神の原型である。
- ハルモニア(調和)の思想:数の比が音楽に美しい秩序を生むように、宇宙・魂・社会にも数的調和がある。「天球の音楽」の着想はケプラーを経て近代天文学にまで影響を及ぼした。
- 魂の浄化と知的生活:魂は輪廻し、浄化によって上昇する。ピタゴラスは知的探究そのものを魂の浄化と見なし、「哲学する生」の原型を打ち立てた。
生涯と時代背景
ピタゴラスの生涯には伝説が多く纏わりつき、確実な史料はきわめて少ない。彼自身の著作は一切残っておらず、最も古い証言は同時代のクセノファネス、ヘラクレイトス、エンペドクレスの断片的な言及にとどまる。詳細な伝記が書かれたのは彼の死後700年以上経ってからであり(イアンブリコス『ピタゴラス的生のすすめ』、ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』)、神格化された伝承と歴史的事実の分離は現在でも研究の最前線にある。
紀元前570年頃、エーゲ海に浮かぶサモス島に生まれたとされる。父ムネサルコスは宝石細工師(あるいは商人)だったという。当時のサモスは僭主ポリュクラテスのもとで繁栄を謳歌していたが、ピタゴラスは(伝承によれば)専制政治を嫌い、紀元前530年頃に南イタリアのギリシャ植民都市クロトンに移住した。
クロトンでピタゴラスは教団を設立し、数百人の弟子を集めた。教団は単なる学問の集いではなく、宗教・政治・生活共同体だった。財産の共有、食事制限(特に肉食と豆の禁止)、沈黙の修行期間、秘密の誓約。こうした戒律は宗教結社の性格を強く帯びていた。教団は政治的影響力も持ち、やがて反発を招いて暴動が起き、ピタゴラスはクロトンを追われてメタポンティオンに移り、紀元前490年頃に没したとされる。
教団はやがて二派に分裂した。「聞く者たち」(アクースマティコイ)は師の教えを格言(アクースマタ)として暗記し、食事制限や沈黙の戒律を厳守する宗教的生活を重んじた。「学ぶ者たち」(マテーマティコイ)は数学的証明と理論的探究を推進した(イアンブリコス『ピタゴラス的生のすすめ』81-87)。合理的数学と神秘的宗教という二極性は、教団の内部にすでに刻まれていたのである。
彼が生きた時代は、ミレトス学派(タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス)が自然哲学の基礎を築いた直後の世代にあたる。「万物の根源(アルケー)は何か」という問いに対して、水でも空気でもなく「数」を持ち出した点に、ピタゴラスの独創性がある。
ミニ年表
- 紀元前570年頃:サモス島に生まれる
- 紀元前550年頃:エジプト・バビロニアを旅したとの伝承(真偽不明)
- 紀元前530年頃:南イタリアのクロトンに移住、教団を設立
- 紀元前510年頃:クロトンが隣接するシュバリスを破壊。教団の政治的影響力が頂点に
- 紀元前509年頃:反ピタゴラス派の暴動。教団施設が焼き打ちされる
- 紀元前490年頃:メタポンティオンにて没する
- 紀元前5〜4世紀:弟子のピロラオス、アルキュタスがピタゴラス派の思想を継承・発展
この哲学者は何を問うたのか
ミレトス学派は「万物の根源は何か」を問い、水や空気や無限定なもの(ト・アペイロン)を答えとして提示した。ピタゴラスの問いは次元が異なる。彼は「万物は何で出来ているか」ではなく、「万物はどのような構造を持っているか」を問うた。
質料(何から出来ているか)から形式(どんな秩序を持つか)へ。この視点の転換は決定的に重要だった。アリストテレスは『形而上学』A巻(985b23-986a3)で、「ピタゴラス派の人々は数学に没頭し、数がすべてのものの始原であると考えた」と報告している。物質の根源を問う自然哲学から、構造と関係を問う数理哲学へ。この跳躍こそが、ピタゴラスの最大の功績である。
しかもその問いは自然の領域にとどまらなかった。数の秩序は魂にも社会にも貫く。音楽が魂を整えるのは、魂そのものが数的調和であるからだ。正義とは何かという問いに対して、ピタゴラス派が「等しい数を掛け合わせたもの」(平方数)で語ったとする伝承は、後代文献に見える(『大倫理学』1182a14、ただし同書の著者は通例、偽アリストテレスとされる)。自然・魂・倫理を統一的に把握しようとする壮大な構想。それがピタゴラスの哲学だった。
核心理論
1. 数の存在論──「万物は数である」の意味
「万物は数である」とは何を意味するのか。現代の私たちは数を抽象概念として考えるが、ピタゴラス派にとって数は実在そのものだった。なおこの表現は、古代資料の字句どおりの直引用というより、アリストテレスによるピタゴラス派学説の要約表現として理解するのが適切である(『形而上学』985b23-986a3, 986a15-21)。
ピタゴラス派は数を点として空間的に配列した。1は点、2は線、3は面(三角形)、4は立体(四面体)。つまり数はそのまま幾何学的実在であり、物体の構成原理だった。この考え方は素朴に見えるかもしれない。だが、現代物理学が素粒子を数学的構造(群論、対称性)で記述していることを思えば、「物質の根底に数学的構造がある」という直観は驚くほど先見的だった。
この発想をさらに具体的に示すのが、図形数(フィギュレイト・ナンバー)の理論である。ピタゴラス派は小石(プセーフォイ)を並べて数を視覚化した。三角数(1, 3, 6, 10…)は小石を三角形に配列した数であり、テトラクテュスの10は四段の三角数にほかならない。正方数(1, 4, 9, 16…)は小石を正方形に並べた数であり、連続する奇数の和(1+3=4, 1+3+5=9…)で生成される。この発見は、数と図形が一体であることの鮮やかな実例だった。数は抽象ではなく形であり、形はそのまま数なのである。
ただし注意が必要だ。ピタゴラス本人の教説と、後のピタゴラス派(特にピロラオス、アルキュタス)の教説を区別することは困難であり、現代の研究ではこれを「初期ピタゴラス主義」として括ることが多い。
2. 音楽と数──ハルモニアの発見
ピタゴラス派の思想で最も確かな基盤を持つのは、音楽と数の関係の発見である。伝承によれば、ピタゴラスは鍛冶屋の前を通りかかったとき、異なる重さの鉄槌が打ち出す音の協和に気づいた。この鍛冶屋の逸話は物理学的に不正確だが(鉄槌の重さと音高の関係は単純な整数比にならない)、弦の長さと音高の関係に関する発見は実験的に確認できる。
弦の長さの比が2:1ならオクターヴ(協和音程)、3:2なら完全5度、4:3なら完全4度。これらの比はすべて最初の4つの自然数(1, 2, 3, 4)から構成される。ピタゴラス派はこの四つの数の合計10を「テトラクテュス」と呼び、聖なる数として崇めた。1+2+3+4=10。この完全なる数10は宇宙の秩序そのものの象徴であり、弟子たちはテトラクテュスに誓いを立てたと伝えられる。
この発見の衝撃は計り知れない。美しいと感じる音の背後に、数学的な法則が隠れている。感覚的経験を数で説明できるという実例が示されたのだ。これは「自然は数学の言語で書かれている」(ガリレオ)という近代科学の基本精神の、最も古い先駆である。
ただし、完全5度(3:2)を12回積み重ねてもオクターヴ(2:1)の7回分にぴったりとは戻らない((3/2)¹²≠2⁷)という微妙なずれ(のちに「ピタゴラス・コンマ」と呼ばれる)が存在する。整数比の調和は完璧ではなく、この小さな不一致は、後の無理数の危機と同じ構造の問題(整数の比では世界を完全には閉じられない)を胚胎していた。
3. 天球の音楽──コスモスの調和
ピタゴラス派は音楽の調和を宇宙論に拡張した。天体は巨大な球体の上をそれぞれ異なる速さで回転しており、運動する物体は音を発するから、天体もまた音を出しているはずだ。しかし私たちはその音を聞くことができない。生まれたときからずっと聞いているので、沈黙との対比ができないからだ(アリストテレス『天体論』290b12-291a6)。
これが「天球の音楽」(ハルモニア トーン スファイローン)の思想である。科学的な仮説としてはもちろん成り立たない。だが重要なのは、「宇宙にはまだ発見されていない数学的秩序がある」という確信だ。ケプラーが惑星運動の法則を発見するとき(1619年『宇宙の調和』)、彼が意識的に継承したのはまさにこのピタゴラス的直観だった。
注目すべきは、後のピタゴラス派のピロラオスが、宇宙の中心に太陽でも大地でもなく「中心火」(ヘスティア)を置き、大地を含む天体がその周りを回るという宇宙モデルを提唱したことだ(DK 44A16)。大地を宇宙の中心から外すこの大胆な着想は、コペルニクス自身が『天球の回転について』の序文で言及しており、ピタゴラス派の宇宙論が単なる空想ではなかったことを示している。
なお「コスモス」(κόσμος、秩序ある宇宙)という語を最初に用いたのはピタゴラスだとする伝承がある(アエティオス、ただし真偽は議論中)。宇宙を「秩序」として捉えるこの語は、混沌(カオス)の対義語であり、ピタゴラス的世界観を象徴している。
4. 対立表──宇宙の二元構造
アリストテレスは、ピタゴラス派が「10組の対立」を根本原理として挙げていたと報告する(『形而上学』986a22-b8)。有限と無限、奇数と偶数、一と多、右と左、男と女、静止と運動、直と曲、光と闇、善と悪、正方形と長方形。
この対立表は雑多に見えるが、根底にあるのは「限定するもの(ペラス)」と「無限定なもの(アペイロン)」の二元論である。奇数は限定の側に属する。単位のまわりに奇数のグノーモン(L字型の小石列)をつけ足していくと、つねに正方形が保たれるからだ(1, 1+3=4, 1+3+5=9…)。一方、偶数のグノーモンは比の異なる長方形を次々と生み出し、形が定まらない(アリストテレス『自然学』203a10-15)。宇宙は限定が無限定に秩序を与えることで成立する。この考え方は、後にプラトンの『ピレボス』で展開される「限定と無限定の混合」という存在論に直接繋がる。
5. 魂の輪廻と浄化──メテンプシュコーシス
ピタゴラスは魂の輪廻転生(メテンプシュコーシス)を信じた。クセノファネスはこれを揶揄している。「子犬が打たれているのを見て、哀れに思い、こう言ったという。『やめてくれ、打たないでくれ。あれは友人の魂だ。声を聞けばわかる』」(DK 21B7)。
だがピタゴラスにとって輪廻は単なる信仰ではなく、倫理体系の基盤だった。魂は身体のなかに閉じ込められている。正しい生を送ることで魂は浄化され、より高い存在へと転生する。不正な生は魂を下降させ、動物へと転生させる。肉食の禁止は、食べようとしている動物のなかに人間の魂がいるかもしれないという信念から来る。
重要なのは、ピタゴラスが知的探究そのものを魂の浄化の手段と見なしたことだ。伝承によれば、ピタゴラスは人生を祭典に喩えた。祭りに来る人々のなかには、競技に出る者、商売をする者、そして観客として見る者(テオーロイ)がいる。最良の生は観想する者のそれだ。名誉や利益を求めず、真理を眺める生(ビオス・テオーレティコス)。この考え方はプラトンを経てアリストテレスの「観想的生」の理想(『ニコマコス倫理学』X巻)へと結実する。
6. ピタゴラスの定理──数学の永遠
直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい(a²+b²=c²)。この定理がピタゴラス本人によって証明されたかどうかは確実ではない。同じ関係はバビロニアの粘土板(紀元前1800年頃のプリンプトン322)にすでに現れているし、古代インドや中国でも知られていた。
しかし、経験的に知られていたことと、それを普遍的な命題として証明することはまったく異なる。ピタゴラス派の貢献は、おそらく個別の数値例(3-4-5など)から一般的な証明(すなわち演繹的数学)へと進んだ点にある。
しかも、この定理はピタゴラス派にとって不都合な真実を突きつけた。1辺が1の正方形の対角線の長さは√2である。ピタゴラス派の弟子ヒッパソスは、√2が整数の比で表せないこと(すなわち無理数であること)を発見したとされる。「万物は整数の比である」という教義の根底が揺らぐ大事件だった。伝説では、ヒッパソスはこの秘密を外部に漏らしたため溺死させられたという。真偽はともかく、無理数の発見は古代ギリシャ数学史における最大の危機であり、同時に飛躍の契機となった。
7. 哲学する生──フィロソフィアの誕生
「フィロソフィア」(φιλοσοφία、知を愛すること)という語を最初に用いたのはピタゴラスだという伝承がある(キケロ『トゥスクルム論叢』V.3.8-9)。自らを「知恵ある者」(ソポス)ではなく「知を愛する者」(フィロソフォス)と呼んだのだ、と。
この逸話の歴史的信憑性は疑わしい(ヘラクレイデスの創作である可能性が高い)。だが、知を完成した状態ではなく探求し続ける営みとして捉えるこの態度は、ピタゴラス的伝統の精神と深く一致する。祭典の比喩で見たように、観想する生は最良の生であり、魂の浄化の道でもある。哲学は知識の蓄積ではなく、生き方そのものなのだ。
主要著作ガイド
- ピタゴラス本人の著作は現存しない。以下はピタゴラス派の思想を知るための主要文献。
- 『ピロラオス断片集』── ピタゴラス派の宇宙論・数論を伝える最も古い一次資料。Huffman (1993)の校訂・注釈が標準。
- アリストテレス『形而上学』A巻── ピタゴラス派の数の哲学についての最も重要な古代の証言。
- イアンブリコス『ピタゴラス的生のすすめ』── 新プラトン主義時代(3世紀)の伝記。伝説的要素が多いが、教団の生活や戒律を知る重要資料。
- ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』── イアンブリコスと並ぶ後期古代の伝記。
- ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』VIII巻── ピタゴラスの生涯と教説の簡潔な概要。
主要な批判と論争
1. 同時代の批判:ヘラクレイトスはピタゴラスを名指しで攻撃した。「多くのことを学んだ(ポリュマティエー)が、知性(ヌース)は教えてくれなかった」(DK 22B40)。博学が真の知恵ではないという指摘は、ピタゴラスの百科全書的な知識欲に向けられたものだろう。またクセノファネスは前述のように輪廻説を嘲笑した。
2. アリストテレスの批判:「数が事物の原因であるとはどういう意味か」が不明確だと批判した(『形而上学』990a)。数は事物の質料なのか、形相なのか、それとも作用因なのか。ピタゴラス派は数を万物の原理としながら、その因果的説明を十分に展開しなかった。
3. 無理数の危機:√2が整数比で表せないという発見は、「万物は整数の比である」という教義を内部から瓦解させた。ピタゴラス派がこの危機にどう対処したかは明確ではないが、結果的にギリシャ数学は算術から幾何学へと重心を移すことになった。
4. 現代の史料批判:ウォルター・バーカート『ピタゴラス主義の伝承と科学』(1962)は、ピタゴラス本人は主に宗教的指導者であり、数学的業績の多くは後の弟子たちの功績だとする説を展開した。この見解は現在でも支配的であり、「歴史的ピタゴラス」と「伝説的ピタゴラス」の峻別は研究の前提となっている。
影響と遺産
プラトンへの影響:プラトン哲学に対するピタゴラス派の影響は大きい。魂の不死と輪廻(『パイドン』『国家』)、数学的存在の特権的地位(『国家』VII巻の教育課程)、宇宙の数学的構造(『ティマイオス』の正多面体宇宙論)。いずれもピタゴラス的主題の発展として読むことができる。アカデメイアの門に「幾何学を知らぬ者、入るべからず」と刻まれていたという伝承は、プラトンにとっての数学の位置づけを象徴している(ただし碑文自体の史実性は未確認)。
近代科学への影響:ケプラーは『宇宙の調和』(1619)で惑星軌道と音楽的比率の対応を明示的にピタゴラスの後継として追究した。ガリレオの「自然は数学の言語で書かれている」という宣言も、根底にはピタゴラス的な信念がある。アインシュタインやハイゼンベルクも物理法則の数学的美への信頼を語る際に、ピタゴラスの名を挙げている。
音楽理論:西洋音楽理論の基礎はピタゴラス音律にある。完全5度(3:2)を積み重ねて音階を構成するこの方法は、中世ヨーロッパの音楽教育(クワドリウィウム:算術・幾何学・音楽・天文学)の基盤となった。
新ピタゴラス主義:紀元前1世紀から紀元後にかけて、ピタゴラス主義は新プラトン主義と融合して復活した。ニコマコス『算術入門』やボエティウス『音楽教程』は、中世ヨーロッパにおけるピタゴラス的数学教育の標準テキストとなった。
現代への接続
第一に、数学は発見か発明か。数学的構造は人間の思考が作り出したものか、それとも宇宙に内在する構造を発見しているのか。数学の哲学における「数学的実在論」(数学的対象は客観的に存在する)はピタゴラスの直系の子孫であり、物理学者ユージン・ウィグナーが「数学の不合理なまでの有効性」(1960)と呼んだ謎は、いまだ解かれていない。
第二に、デジタル世界と数の支配。現代文明は文字通り「数で動いている」。音楽はデジタル信号に変換され、画像はピクセルの数値配列であり、AIは数学的最適化で「思考」する。「万物は数である」は比喩ではなく技術的事実に近づいている。
第三に、科学と宗教の関係。ピタゴラスにおいて、合理的な数学と神秘的な宗教は矛盾なく共存していた。近代はこの二つを分離したが、科学者が数学的法則の「美しさ」や「調和」を語るとき、ピタゴラス的な畏敬の感覚は完全には消えていない。
読者への問い
- 宇宙が数学的に記述できるのは、宇宙そのものが数学的だからか、それとも人間の認識がそのように構成されているからか。
- 音楽を「美しい」と感じる経験は、数の比率で完全に説明できるか。数で捉えきれない「美」は存在するか。
- ピタゴラスにとって数学と宗教は不可分だった。現代において、科学的探究は純粋に「世俗的」でありうるか、それとも何らかの「信」を必要とするか。
名言(出典つき)
"「万物は数である」(通例の要約表現)。" 出典:アリストテレス『形而上学』(Metaphysica)985b23-986a3, 986a15-21(ピタゴラス派の数論の報告)
"「友とは別の自己である」。" 出典:アリストテレス『ニコマコス倫理学』IX.4, 1166a31-32(ὁ φίλος ἄλλος αὐτός)/関連:ディオゲネス・ラエルティオス VIII.10「友の間では共有(共通)が成り立つ」
"「秤を動かすな」(=正義を曲げるな)。" 出典:イアンブリコス『ピタゴラス的生のすすめ』(De vita Pythagorica)82-86(ピタゴラス派アクースマタ)/原文:"μὴ κινεῖν τὸν ζυγόν"
参考文献
- (原典資料):Aristotelēs, Metaphysica I (985b23-986a3, 986a15-21); Physica III (203a10-15); De Caelo II (290b12-291a6); Nicomachean Ethics IX.4 (1166a31-32).── 本文で参照した主要箇所
- (原典資料):Diogenēs Laertios, Lives of Eminent Philosophers VIII.10.── ピタゴラス派の格言・共同体規範の伝承
- (原典資料):Diels, H. & Kranz, W. Die Fragmente der Vorsokratiker, 6th ed., 1951.(DK 21B7, 22B40, 44A16 ほか)── 先ソクラテス期断片集の標準版
- (研究書):Burkert, Walter. Lore and Science in Ancient Pythagoreanism. Cambridge, MA: Harvard UP, 1972.── ピタゴラス研究の金字塔
- (研究書):Huffman, Carl A. Philolaus of Croton: Pythagorean and Presocratic. Cambridge UP, 1993.── ピロラオス断片の校訂・注釈
- (研究書):Kahn, Charles H. Pythagoras and the Pythagoreans: A Brief History. Indianapolis: Hackett, 2001.── 簡潔で信頼できる概説
- (邦語文献):内山勝利編『ソクラテス以前哲学者断片集』第I巻、岩波書店、1996年。── DK断片集の邦訳
- (概説):Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Pythagoras" (Carl Huffman). https://plato.stanford.edu/entries/pythagoras/