「あるものはある。ないものはない。」。この一見いっけん自明じめいえる命題めいだいが、西洋せいよう哲学てつがく歴史れきし根底こんていからえた。紀元前きげんぜん5世紀せいき初頭しょとうみなみイタリアItaliaちいさな植民しょくみん都市としエレアEleaきた哲学者てつがくしゃパルメニデスParmenidēsは、論理ろんりちからだけで存在そんざい本質ほんしつかそうとした。感覚かんかくつたえる世界せかい生成せいせい消滅しょうめつ運動うんどう変化へんか)を、かれ理性りせい法廷ほうていし、その実在じつざいせい根本こんぽんからうたがった。

万物ばんぶつ流転るてんする。ヘラクレイトスHērakleitosがそういた時代じだいに、パルメニデスParmenidēs正反対せいはんたい主張しゅちょうした。まこと存在そんざい変化へんかしない。まれもしなければほろびもしない。うごくこともなく、分割ぶんかつされることもない。存在そんざいいつであり、完全かんぜんであり、永遠えいえんである。この大胆だいたん論証ろんしょうは、のちプラトンPlatōnアリストテレスAristotelēsをはじめ、西洋せいよう形而上学けいじじょうがくぜん歴史れきし規定きていすることになる。

しかしパルメニデスParmenidēs著作ちょさく散文さんぶん論文ろんぶんではない。叙事詩じょじし韻律いんりつダクテュロスdaktylosヘクサメトロスhexametros六歩格ろくほかく)でかれた教訓きょうくんであり、女神めがみ若者わかもの真理しんり啓示けいじするという劇的げきてき枠組わくぐみをつ。論理ろんり啓示けいじ論証ろんしょう。この二重にじゅうせいパルメニデスParmenidēs哲学てつがく独特どくとくなものにしている。

ほん記事きじでは、現存げんそんする断片だんぺん(DK 28B)をがかりに、パルメニデスParmenidēs存在そんざいろん核心かくしん(「ある」と「ない」の論理ろんり存在そんざい属性ぞくせい真理しんり臆見おっけん区別くべつ)をかし、2500ねんわたしたちにとってかれいがなぜ依然いぜんとしてするどいかをう。

」についてかんがえてみよ。「」をおもかべた瞬間しゅんかん、あなたはすでに「なにか」を思考しこう対象たいしょうにしている。完全かんぜん思考しこうできない。パルメニデスParmenidēs論証ろんしょう出発しゅっぱつてんはこの素朴そぼく直観ちょっかんにある。もしこの直観ちょっかんただしいなら、変化へんか生成せいせい消滅しょうめつも(「あるもの」が「ないもの」にてんじるすべての過程かていが)論理ろんりてき不可能ふかのうになる。常識じょうしき猛烈もうれつ抵抗ていこうするだろう。だがパルメニデスParmenidēs論理ろんりは、その常識じょうしきにこそうたがいのけることを要求ようきゅうする。

この記事きじ要点ようてん

  • 「あるものはある、ないものはない」パルメニデスParmenidēs存在そんざいト・エオンto eon)と非存在ひそんざい絶対ぜったいてき区別くべつ哲学てつがく出発しゅっぱつてんえた。非存在ひそんざい思考しこうすることもかたることもできない。この原理げんりから、生成せいせい消滅しょうめつ変化へんか運動うんどう不可能ふかのうせい論理ろんりてきみちびかれる。西洋せいよう存在そんざいろんはここからはじまった。
  • 存在そんざい属性ぞくせい不生ふしょう不滅ふめつ不動ふどういつ連続れんぞく存在そんざいまれず、ほろびず、分割ぶんかつされず、うごかない。完全かんぜん球体きゅうたいのように均質きんしつであり、過去かこにも未来みらいにもなく「いま」にのみある。この厳密げんみつ演繹えんえきは、のち形而上学けいじじょうがく方法ほうほう決定けっていてき方向ほうこうづけた。
  • 真理しんりみち臆見おっけんみち女神めがみふたつのみちしめす。一方いっぽうは「あるものはある」にしたが真理しんりみちアレーテイアAlētheia)、他方たほう感覚かんかくしたがすべきものたちの臆見おっけんみちドクサDoxa)。理性りせい感覚かんかく区別くべつは、プラトンPlatōnイデアideaろん準備じゅんびした。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

パルメニデスParmenidēs紀元前きげんぜん515ねんごろマグナ・グラエキアMagna GraeciaだいギリシャGreeceみなみイタリアItalia)の植民しょくみん都市としエレアElea現在げんざいヴェリアVelia)にまれた。エレアElea紀元前きげんぜん540ねんごろフォカイアPhōkaiaじん建設けんせつした比較ひかくてきあたらしい植民しょくみん都市としであり、ペルシアPersia脅威きょういかられたイオニアIōniaじんたちの避難ひなんさきだった。プラトンPlatōn対話篇たいわへんパルメニデスParmenidēs』(127a-c)によれば、パルメニデスParmenidēsは65さいごろ弟子でしゼノンZēnōnとともにアテナイAthēnaiおとずれ、わかソクラテスSōkratēs対話たいわしたとされる。この会見かいけん歴史れきしてき事実じじつせい議論ぎろんがあるが、プラトンPlatōnパルメニデスParmenidēsをどれほど重視じゅうししていたかを物語ものがたっている。

ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios(『哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』IX.21-23)によれば、パルメニデスParmenidēs裕福ゆうふく家柄いえがら出身しゅっしんで、エレアElea市民しみん法律ほうりつあたえた立法者りっぽうしゃでもあった。プルタルコスPloutarchosもまたパルメニデスParmenidēsすぐれた立法りっぽうによって都市としととのえたことをしるしている(『コロテスKolōtēs駁論ばくろん』1126A)。哲学者てつがくしゃであると同時どうじ政治家せいじかであったというてんは、古代こだいギリシャGreece哲学者てつがくしゃ共通きょうつうする特徴とくちょうである。

1960年代ねんだいエレアEleaげんヴェリアVelia)のポルタ・マリーナPorta Marina遺跡いせき発掘はっくつで、紀元前きげんぜん1世紀せいきごろ碑文ひぶん発見はっけんされた。そこには「パルメニデスParmenidēsピュレスPyrēsウーリアデスOuliades自然しぜん学者がくしゃ(physikos)」ときざまれている。この碑文ひぶんパルメニデスParmenidēs後世こうせいエレアElea市民しみんによって都市とし知的ちてき英雄えいゆうとして顕彰けんしょうされていたことをしめ物的ぶってき証拠しょうこである。「ウーリアデスOuliades」という称号しょうごうアポロンApollōnウーリオスOuliosいやしのアポロンApollōn)の祭祀さいし集団しゅうだんへの所属しょぞく示唆しさしており、パルメニデスParmenidēs医術いじゅつ祭祀さいしともかかわりをっていた可能かのうせいがある。哲学者てつがくしゃ立法者りっぽうしゃ祭祀者さいししゃパルメニデスParmenidēs多面ためんてきぞうは、ソクラテスSōkratēs以前いぜん知識ちしきじん典型てんけい体現たいげんしている。

パルメニデスParmenidēsについては諸説しょせつある。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosクセノファネスXenophanēs師事しじしたとつたえるが(IX.21)、アリストテレスAristotelēsパルメニデスParmenidēsクセノファネスXenophanēsの「弟子でし」とぶことには留保りゅうほをつけている(『形而上学Metaphysica』I.5, 986b22)。べつ伝承でんしょうでは、ピタゴラスPythagorasアメイニアスAmeiniasという人物じんぶつから影響えいきょうけたともされる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.21)。いずれにせよ、パルメニデスParmenidēs思想しそう先行者せんこうしゃたちをおおきくえる独創どくそうせいっている。

かれきた時代じだいは、ペルシアPersia戦争せんそう紀元前きげんぜん499〜449ねん)の激動げきどうにあたる。ひがしイオニアIōniaではミレトスMilētos学派がくは自然しぜん根源こんげんい、ヘラクレイトスHērakleitos万物ばんぶつ流転るてんいていた。西にしマグナ・グラエキアMagna GraeciaではピタゴラスPythagorasかず調和ちょうわ哲学てつがく展開てんかいしていた。パルメニデスParmenidēsは、これらの先行せんこう思想しそうすべてに挑戦ちょうせんじょうきつけることになる。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん540ねんごろフォカイアPhōkaiaじんエレアElea建設けんせつ
  • 紀元前きげんぜん515ねんごろパルメニデスParmenidēsエレアEleaまれる
  • 紀元前きげんぜん500ねんごろヘラクレイトスHērakleitos活動かつどうエペソスEphesos
  • 紀元前きげんぜん499〜494ねんイオニアIōnia反乱はんらんミレトスMilētos陥落かんらく
  • 紀元前きげんぜん490ねんマラトンMarathōnたたか
  • 紀元前きげんぜん480ねんごろパルメニデスParmenidēs教訓きょうくん自然しぜんについて』(ペリ・ピュセオースPeri Physeōs)をあらわす(推定すいてい
  • 紀元前きげんぜん480ねんサラミスSalamis海戦かいせん
  • 紀元前きげんぜん450ねんごろパルメニデスParmenidēsアテナイAthēnai訪問ほうもんか(プラトンPlatōnパルメニデスParmenidēs』による)
  • 紀元前きげんぜん450ねんごろぼっ推定すいてい

この哲学者てつがくしゃなにうたのか

パルメニデスParmenidēs以前いぜん哲学者てつがくしゃたちは、「万物ばんぶつ根源こんげんアルケーarchē)はなにか」をうた。タレスThalēsみずアナクシメネスAnaximenēs空気くうきヘラクレイトスHērakleitos候補こうほげた。しかしこれらはいずれも「なに変化へんかするのか」といういの枠内わくないにあり、変化へんかそのものの可能かのうせい問題もんだいにすることはなかった。

パルメニデスParmenidēsいは次元じげんことなる。かれは「なにがあるか」ではなく、「『ある』とはそもそもなに意味いみするか」をうた。存在そんざい非存在ひそんざい論理ろんりてき関係かんけい徹底てっていてき追究ついきゅうすることで、変化へんか生成せいせい消滅しょうめつ多様たようせい感覚かんかく世界せかい基本きほんてき特徴とくちょうすべて)が論理ろんり審判しんぱんにかけられた。

このいの転換てんかん決定けっていてきだった。自然しぜん観察かんさつ依拠いきょしていた哲学てつがくが、純粋じゅんすい論理ろんりてき推論すいろんもとづく探究たんきゅうへと転換てんかんした。アリストテレスAristotelēsのちに「形而上学けいじじょうがく」とぶことになる学問がくもん存在そんざいそのものについての探究たんきゅう)の出発しゅっぱつてんは、ここにある。プラトンPlatōnパルメニデスParmenidēsを「おそるべきひと」「尊敬そんけいすべきひと」とび(『テアイテトスTheaitētos』183e-184a)、その哲学てつがくとの格闘かくとう生涯しょうがい課題かだいとした。

核心かくしん理論りろん

1. 「あるものはある、ないものはない」── 存在そんざい論理ろんり

パルメニデスParmenidēs哲学てつがく根幹こんかんは、DK 28B2にしめされるふたつのみちにある。女神めがみ若者わかものげる。

"「探究たんきゅうのためにおもかべうるみちふたつだけ。ひとつは〈ある〉、そして〈あらぬことは不可能ふかのう〉というみち。これは確信かくしんみちである(真理しんりしたがうゆえに)。もうひとつは〈あらぬ〉、そして〈あらぬことが必然ひつぜん〉というみち。このみちはまったく探究たんきゅうしえないことをわたしげる。」" 出典しゅってん:DK 28B2(プロクロスProklosティマイオスTimaios注解ちゅうかい』I.345.18に引用いんよう、およびシンプリキオスSimplikios自然学しぜんがく注解ちゅうかい』116.28に引用いんよう

第一だいいちみちは「あるものはあり、あらぬことはできない」、つまり存在そんざいみち第二だいにみちは「あらぬものがあり、あらぬことが必然ひつぜんである」、つまり非存在ひそんざいみち女神めがみ第二だいにみち即座そくざ退しりぞける。なぜなら「あらぬもの」は認識にんしきすることも言語げんご表現ひょうげんすることもできないからだ。「思惟しいすることと存在そんざいすることはおなじである」(DK 28B3)。思考しこうしうるものは存在そんざいし、存在そんざいしないものは思考しこうしえない。

この原理げんり単純たんじゅんえるが、そこからみちびかれる帰結きけつ衝撃しょうげきてきである。変化へんかとは「あるもの」が「ないもの」になること、あるいは「ないもの」が「あるもの」になることだ。しかし「ないもの」は存在そんざいしえない。したがって変化へんか不可能ふかのうである。感覚かんかく変化へんか報告ほうこくするが、理性りせいはそれをれない。この緊張きんちょうが、パルメニデスParmenidēs以降いこう哲学てつがく駆動くどうする原動げんどうりょくとなった。

この論証ろんしょうちから具体ぐたいてきかんじるために、ひとつの思考しこう実験じっけんをしよう。「まる四角形しかくけい」を想像そうぞうしてみよ。不可能ふかのうである。それは矛盾むじゅんした概念がいねんだから、思考しこう対象たいしょうにすらなりえない。パルメニデスParmenidēsにとって「非存在ひそんざい」とはまさにこのしゅ不可能ふかのうせいである。「ないもの」をかんがえるとは、「ない」ということをかんがえる対象たいしょうとして措定そていすることであり、それはすでに「ある」とっていることになる。この自己じこ矛盾むじゅんが、パルメニデスParmenidēsぜん論証ろんしょう駆動くどうりょくである。現代げんだい論理ろんり学者がくしゃが「存在そんざい量化りょうか」をめぐって議論ぎろんするとき、その根底こんていにはパルメニデスParmenidēsはじめて明確めいかくにしたこの問題もんだいがある。

2. 存在そんざい属性ぞくせい ── 不生ふしょう不滅ふめつ不動ふどういつ連続れんぞく

DK 28B8はパルメニデスParmenidēsもっとなが残存ざんそんする断片だんぺんであり、存在そんざい属性ぞくせい厳密げんみつ演繹えんえきする。女神めがみ存在そんざい以下いか特徴とくちょうする。「不生ふしょうにして不滅ふめつ全体ぜんたいとしていつ不動ふどうにして完全かんぜん」(DK 28B8.3-4)。

不生ふしょう存在そんざいまれない。もしまれたとすれば、なにからまれたのか。非存在ひそんざいからか。しかし非存在ひそんざいは「ない」のだから、そこからなにかがまれることはありえない。存在そんざいからか。しかしすでに「ある」ものからまれるとはなに意味いみするのか。それはすでに存在そんざいしている。「なにがそれをてたのか。つまりから出発しゅっぱつして、はやくあるいはおそ成長せいちょうするように?」(DK 28B8.6-7)。生成せいせい時点じてん仮定かていすること自体じたい論理ろんりてき不整合ふせいごうなのだ。

不滅ふめつおな論理ろんりにより、存在そんざい消滅しょうめつしえない。消滅しょうめつとは「あるもの」が「ないもの」になることだが、「ないもの」は不可能ふかのうであるから、存在そんざいほろびることもない。

不動ふどう不変ふへん運動うんどうするためには「あるもの」が現在げんざいいない場所ばしょ、すなわち空虚くうきょ非存在ひそんざい)が必要ひつようである。しかし空虚くうきょは「ないもの」であり、存在そんざいしない。したがって運動うんどう不可能ふかのうである。「強大きょうだい必然ひつぜんきずなのなかに不動ふどうのままとどまっている」(DK 28B8.26)。

いつ連続れんぞく存在そんざいであるためには、存在そんざい存在そんざいへだてるなにか、つまり非存在ひそんざいがなければならない。しかし非存在ひそんざいはありえない。よって存在そんざい分割ぶんかつされず、連続れんぞくてき均質きんしついつである。「存在そんざい分割ぶんかつされない。なぜなら全体ぜんたいひとしいのだから」(DK 28B8.22)。

時間じかんてき完全かんぜんせい存在そんざいは「かつてあった」のでもなく「やがてあるだろう」のでもなく、「いま全体ぜんたいとしていつにして連続れんぞくしてある」(DK 28B8.5-6)。過去かこ未来みらい変化へんか前提ぜんていとするが、変化へんか不可能ふかのうであるから、存在そんざい永遠えいえん現在げんざいにある。

これらすべての属性ぞくせい保証ほしょうするのが「必然ひつぜん」(アナンケーAnankē)のちからである。「強大きょうだい必然ひつぜんきずなのなかに」存在そんざい保持ほじされる(DK 28B8.30-31)。必然ひつぜんとは外部がいぶからされる強制きょうせいではなく、論理ろんりそのものの内的ないてき拘束こうそくりょくである。「あるものはある」という前提ぜんていから、存在そんざいかく属性ぞくせい必然ひつぜんてき帰結きけつする。この演繹えんえきてき構造こうぞうこそが、パルメニデスParmenidēsたんなる宣言せんげんしゃではなく、西洋せいよう哲学てつがく史上しじょう最初さいしょ厳密げんみつ論証ろんしょうしゃにしている。なお、「必然ひつぜん」「正義せいぎディケーDikē)」「運命うんめいモイラMoira)」がなかでほぼ同義どうぎてきもちいられているてん注目ちゅうもくあたいする。論理ろんりてき必然ひつぜんせい神話しんわてきちからかたられるという二重にじゅうせいは、パルメニデスParmenidēs全体ぜんたいつらぬ特徴とくちょうである。

断片だんぺんB8の末尾まつび女神めがみは、存在そんざいを「たくみにまるめられたきゅうスファイラsphaira)のかたまりのように、中心ちゅうしんからあらゆる方向ほうこうひとしい」(DK 28B8.43-44)と形容けいようする。これが物理ぶつりてき球体きゅうたい意味いみするのか、完全かんぜんせい比喩ひゆなのかは議論ぎろんかれるが、均質きんしつせい完結かんけつせいあらわ比喩ひゆとしてむのが主流しゅりゅう解釈かいしゃくである。

3. 女神めがみ啓示けいじ ── 形式けいしき哲学てつがく方法ほうほう

パルメニデスParmenidēs著作ちょさく散文さんぶんではなく、ホメロスHomērosヘシオドスHēsiodosおな六歩格ろくほかく韻文いんぶんかれている。DK 28B1(序歌じょかプロイミオンprooimion)では、若者わかもの馬車ばしゃり、太陽たいようむすめたち(ヘリアデスHeliades)にみちびかれてよるひるもんえ、もなき女神めがみのもとにいたる。このたびたんなる文学ぶんがくてき装飾そうしょくではない。馬車ばしゃ車軸しゃじく車輪しゃりんあなのなかで「ふえのようにひびき」(B1.7)、正義せいぎ女神めがみディケーDikēよるひるかつ巨大きょだいもんかぎ門番もんばんとしてちはだかる(B1.14)。ヘリアデスHeliadesディケーDikēせてもんひらかれる。この場面ばめんは、真理しんりへの到達とうたつ論理ろんりてき探究たんきゅうヘリアデスHeliadesみちびき)と正義せいぎ秩序ちつじょディケーDikē許可きょか)の両方りょうほう必要ひつようとすることを象徴しょうちょうてきかたっている。

女神めがみ若者わかものげる。「おまえは万事ばんじまなばねばならない。つまり真理しんりアレーテイアAlētheia)のるぎなき心臓しんぞうも、すべきものたちのおもいなし(臆見おっけん)も。そこにはまこと確信かくしんはないのだが」(DK 28B1.28-30)。

なぜ哲学てつがくてき論証ろんしょう形式けいしきいたのか。ひとつには当時とうじ教訓きょうくん伝統でんとうクセノファネスXenophanēsやその先行者せんこうしゃ韻文いんぶん哲学てつがくした)につらなるめんがある。しかしより重要じゅうようなのは、女神めがみによる啓示けいじという枠組わくぐみが、真理しんり超人間ちょうにんげんてき権威けんいしめすことだ。パルメニデスParmenidēsべる真理しんり個人こじん意見いけんではなく、論理ろんりそのものが強制きょうせいする必然ひつぜんてき帰結きけつである。この権威けんいかみてき啓示けいじ形式けいしき裏打うらうちしている。

4. みっつのみち ── 真理しんり臆見おっけん第三だいさんみち

DK 28B2でしめされたふたつのみちくわえ、DK 28B6では第三だいさんみち退しりぞけられる。それは「あるものとあらぬものがおなじであり、かつおなじでない」とするみち、つまり存在そんざい非存在ひそんざい混同こんどうする「すべきものたち」の慣習かんしゅうてきみちである(DK 28B6.4-9)。

この第三だいさんみちだれすのかは論争ろんそうがある。いち研究者けんきゅうしゃヘラクレイトスHērakleitos念頭ねんとういた批判ひはんる。つまり対立たいりつするものが「おなじ」だとするヘラクレイトスHērakleitos主張しゅちょうは、まさに存在そんざい非存在ひそんざい区別くべつ曖昧あいまいにするものだからだ。べつ解釈かいしゃくでは、これは一般いっぱん人間にんげん常識じょうしきてき世界せかいかん変化へんか多様たようせい無反省むはんせいれる態度たいど)への批判ひはんである。

いずれにせよ、女神めがみ厳格げんかく二者にしゃ択一たくいつ要求ようきゅうする。「おまえはこのみちから探究たんきゅうとおざけよ。経験けいけん習慣しゅうかんがおまえを強制きょうせいして目的もくてきのないひびきのちたみみしたとをこのみちけることのないように。そうではなく、理性りせいロゴスlogos)によって、わたしかたおおくの論争ろんそうちた吟味ぎんみエレンコスelenchos)を判定はんていせよ」(DK 28B7.3-6)。感覚かんかくではなく理性りせいによって判断はんだんせよ。この要請ようせい西洋せいよう合理ごうり主義しゅぎ原型げんけいである。

5. 臆見おっけん ── なぜパルメニデスParmenidēs現象げんしょう世界せかいかたったのか

後半こうはん、「臆見おっけん」(ドクサDoxa)は、真理しんりとは対照たいしょうてきに、感覚かんかく世界せかい多様たようせい説明せつめいする宇宙うちゅうろん展開てんかいする。女神めがみふたつの形相けいそう、「ひかり」()と「よる」(やみ)を原理げんりとする宇宙うちゅうろん提示ていじする(DK 28B8.53-61、DK 28B9)。

しかしなぜ、真理しんり変化へんか否定ひていしたパルメニデスParmenidēsが、臆見おっけん現象げんしょう世界せかい説明せつめいこころみたのか。これは古来こらい最大さいだい解釈かいしゃく問題もんだいのひとつである。有力ゆうりょく解釈かいしゃく以下いかとおりだ。(1)すべきものたちの最善さいぜん宇宙うちゅうろん提示ていじすることで、感覚かんかく世界せかい説明せつめいとしてもだれにもおとらぬものをしめす(女神めがみ自身じしんがDK 28B8.60-61でそうべる)。(2)感覚かんかく世界せかい説明せつめい構造こうぞうてき欠陥けっかんあきらかにするための反面はんめん教師きょうし。(3)実践じっせんてきせいにおいて感覚かんかく世界せかい完全かんぜん無視むしすることはできないという現実げんじつてき認識にんしき

臆見おっけんのこされた断片だんぺんすくないが、そこにえがかれる宇宙うちゅうろん独自どくじ興味きょうみつ。女神めがみふたつの形相けいそうひかり)とよるやみ)の混合こんごうによって万物ばんぶつ説明せつめいする。宇宙うちゅう中心ちゅうしんにはダイモーンdaimōn神霊しんれい)がおり、万物ばんぶつ生成せいせい混合こんごうつかさどる(DK 28B12)。天空てんくう同心どうしん円状えんじょうステファナイstephanai)から構成こうせいされ、もっと外側そとがわもっと内側うちがわよるであるとされた(アエティオスAetios証言しょうげん)。さらに注目ちゅうもくすべきは胎児たいじ性別せいべつ決定けっていかんする断片だんぺん(DK 28B17)で、右側みぎがわ男性だんせい左側ひだりがわ女性じょせい対応たいおうするという理論りろん提示ていじされている。これらの断片だんぺんは、パルメニデスParmenidēs当時とうじ自然しぜん学的がくてき知識ちしきにもつうじていたことをしめしており、臆見おっけんたんなる否定ひていてき付録ふろくではなかったことをうらづけている。

臆見おっけん存在そんざいは、パルメニデスParmenidēs単純たんじゅん独断どくだん論者ろんしゃではなかったことをしめしている。真理しんり現象げんしょうあいだ緊張きんちょうをどう解消かいしょうするか。この課題かだいプラトンPlatōnイデアideaろんアリストテレスAristotelēs形相けいそう質料しつりょうろん、さらにはカントKant現象げんしょう物自体ものじたい区別くべつにまでつらなる根本こんぽん問題もんだいとなった。

6. ヘラクレイトスHērakleitosとの対決たいけつ ── 変化へんか vs 不変ふへん

ヘラクレイトスHērakleitos万物ばんぶつ流転るてんき、変化へんかこそが実在じつざい根本こんぽんそうだと主張しゅちょうした。パルメニデスParmenidēsこうから対立たいりつする。変化へんか論理ろんりてき不可能ふかのうであり、感覚かんかくつたえる変化へんか臆見おっけんドクサDoxa)にすぎない。

この対立たいりつ古代こだい哲学てつがく二分にぶんした。変化へんかみとめるか、不変ふへんみとめるか。このふたつのきょくのあいだでのち哲学者てつがくしゃたちはこのふたつのきょくのあいだで格闘かくとうすることになる。エンペドクレスEmpedoklēs四元素よんげんそ結合けつごう分離ぶんりで、アナクサゴラスAnaxagoras無限むげんおおくの種子しゅしスペルマタspermata)で、デモクリトスDēmokritos原子げんし空虚くうきょで、いずれもパルメニデスParmenidēs論理ろんりてき制約せいやく回避かいひしつつ変化へんか説明せつめいしようとした。プラトンPlatōn不変ふへんイデアideaかい流転るてんする感覚かんかくかい区別くべつすることで両者りょうしゃ統合とうごうはかった。アリストテレスAristotelēs可能かのうたいデュナミスdynamis)と現実げんじつたいエネルゲイアenergeia)の区別くべつによって、変化へんか非存在ひそんざいからの生成せいせいではないことをしめそうとした。

西洋せいよう形而上学けいじじょうがく歴史れきしは、ある意味いみパルメニデスParmenidēsきつけた難問なんもんへの応答おうとう歴史れきしである。

7. ゼノンZēnōnパラドクスparadox ── 擁護ようご

パルメニデスParmenidēs弟子でしゼノンZēnōnエレアEleaゼノンZēnōn)は、思想しそう擁護ようごするために一連いちれんパラドクスparadox考案こうあんした。運動うんどうみとめると矛盾むじゅんしょうじることをしめす。いわゆる帰謬法きびゅうほう背理法はいりほう)である。

アキレウスAchilleusかめ」:あしはやアキレウスAchilleusかめいつけない。かめがいた地点ちてん到達とうたつしたときかめはさらにさきすすんでおり、この過程かてい無限むげんかえされる。「まっている」:かく瞬間しゅんかんにおいて一定いってい位置いちめているが、一定いってい位置いちめるものは静止せいししている。したがって運動うんどうしていない(アリストテレスAristotelēs自然学しぜんがく』VI.9, 239b30-33)。

さらに「二分法にぶんほう」(ディコトミアdichotomia)のパラドクスparadox:ある距離きょり移動いどうするには、まずその半分はんぶん移動いどうしなければならず、その半分はんぶん移動いどうするにはさらにその半分はんぶんを、と無限むげんつづく。無限むげん区間くかん有限ゆうげん時間じかん通過つうかすることはできないから、運動うんどう開始かいしすらできない。このパラドクスparadox厳密げんみつ解決かいけつされたのは19世紀せいき数学すうがくにおいてである。コーシーCauchyワイエルシュトラスWeierstraßによる極限きょくげん概念がいねん精密せいみつにより、無限むげん級数きゅうすう 1/2 + 1/4 + 1/8 + ... = 1 が厳密げんみつ証明しょうめいされた。無限むげんこう有限ゆうげん収束しゅうそくしうるという数学すうがくてき事実じじつは、ゼノンZēnōn前提ぜんてい無限むげん区間くかん通過つうかするには無限むげん時間じかん必要ひつよう)を論駁ろんばくする。しかしこの数学すうがくてき解決かいけつ哲学てつがくてき問題もんだい完全かんぜん解消かいしょうしたかどうかは、なお議論ぎろん余地よちがある。連続れんぞく離散りさん無限むげん有限ゆうげん関係かんけいは、現代げんだい数理すうり哲学てつがくにおいても中心ちゅうしんてき問題もんだいでありつづけている。

これらのパラドクスparadoxたんなる知的ちてき遊戯ゆうぎではない。連続れんぞく離散りさん無限むげん分割ぶんかつ運動うんどう関係かんけいという根本こんぽんてき問題もんだい提起ていきしており、極限きょくげん概念がいねん確立かくりつされる19世紀せいき数学すうがくまで厳密げんみつ解決かいけつたねばならなかった。アリストテレスAristotelēsゼノンZēnōnを「弁証法べんしょうほう創始そうししゃ」とんだ(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.25によるアリストテレスAristotelēs証言しょうげん)。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • パルメニデスParmenidēs自然しぜんについて』(ペリ・ピュセオースPeri Physeōs)── 唯一ゆいいつ著作ちょさく六歩格ろくほかく韻文いんぶんによる教訓きょうくん序歌じょかプロイミオンprooimion)・真理しんりアレーテイアAlētheia)・臆見おっけんドクサDoxa)の三部さんぶ構成こうせい。DK 28B断片だんぺんとして伝存でんそん
  • ディールスDielsクランツKranzソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅう』(DK)── パルメニデスParmenidēsは28ばん断片だんぺん研究けんきゅう基本きほん文献ぶんけん
  • ギャロップGallop, Davidデイヴィッド. Parmenides of Elea: Fragmentsパルメニデス・オブ・エレア:フラグメンツ(1984)── ギリシャGreece原文げんぶん英訳えいやく注釈ちゅうしゃくつきの標準ひょうじゅんてき入門にゅうもんしょ
  • コクソンCoxon, A.H. The Fragments of Parmenidesザ・フラグメンツ・オブ・パルメニデス(1986, rev. ed. 2009)── 断片だんぺん詳細しょうさい校訂こうてい注釈ちゅうしゃく研究者けんきゅうしゃけの決定けっていばん
  • 内山うちやま勝利かつとしへんソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅうだいIIかん岩波いわなみ書店しょてん、1997ねん)── DK断片だんぺん邦訳ほうやく
  • プラトンPlatōnパルメニデスParmenidēs』── パルメニデスParmenidēsわかソクラテスSōkratēs対話たいわいつ問題もんだいをめぐる高度こうど弁証法べんしょうほうてき訓練くんれん
  • プラトンPlatōnソフィストSophistēs』── パルメニデスParmenidēsの「非存在ひそんざいかたれない」という原則げんそくえようとするこころみ(「ちちごろし」の比喩ひゆ)。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. プラトンPlatōnの「ちちごろし」プラトンPlatōnは『ソフィストSophistēs』(241d)で、パルメニデスParmenidēs非存在ひそんざい否定ひていえる必要ひつようろんじた。虚偽きょぎ誤謬ごびゅう存在そんざいするためには、「あらぬもの」がある意味いみで「ある」とえなければならない。プラトンPlatōnはこれを「ちちなるパルメニデスParmenidēsたいするちちごろし」とび、「あらぬ」を「ことなる」(ヘテロンheteron)と再定義さいていぎすることで解決かいけつはかった。非存在ひそんざい絶対的ぜったいてきな「」ではなく、るものとは「ことなるもの」である。この転換てんかん西洋せいよう存在そんざいろん決定けっていてき転機てんきとなった。

2. アリストテレスAristotelēs批判ひはんアリストテレスAristotelēsは『自然学しぜんがくだいIかんパルメニデスParmenidēs論理ろんり詳細しょうさい検討けんとうした。かれ批判ひはん核心かくしんは、「ある」には多義たぎせいがあるということだ。パルメニデスParmenidēsは「ある」を一義いちぎてきあつかったが、実際じっさいには「ある」は実体じったい性質せいしつりょう場所ばしょなどおおくの範疇はんちゅうかたられる(『形而上学Metaphysica』I.5, 986b22-987a2)。変化へんかからの生成せいせいではなく、可能かのうたいから現実げんじつたいへの移行いこうである。この解答かいとうパルメニデスParmenidēs論理ろんり正面しょうめんからめたうえでのえであった。

3. 原子論者げんしろんしゃ応答おうとうレウキッポスLeukipposデモクリトスDēmokritosは、パルメニデスParmenidēs否定ひていした空虚くうきょケノンkenon)を積極せっきょくてき導入どうにゅうした。原子げんしはそれぞれパルメニデスParmenidēsてきな「存在そんざい」(不生ふしょう不滅ふめつ不変ふへん)であるが、空虚くうきょなか運動うんどう結合けつごう分離ぶんりすることで変化へんかしょうじる。これはパルメニデスParmenidēs原理げんり部分ぶぶんてき受容じゅようしつつ、「非存在ひそんざい」(空虚くうきょ)にも一種いっしゅ実在じつざいせいみとめる巧妙こうみょう回答かいとうであった。

4. 現代げんだい解釈かいしゃく論争ろんそう現代げんだい研究けんきゅうでは、パルメニデスParmenidēsの「ある」(エスティンestin)の解釈かいしゃくをめぐってはげしい論争ろんそうつづいている。存在そんざいろんてき読解どっかい(「存在そんざいする」)、述語じゅつごてき読解どっかい(「……である」)、真理しんりてき読解どっかい(「しんである」)のみっつの立場たちばがあり、それぞれパルメニデスParmenidēs論証ろんしょう意味いみおおきくえる。オーウェンOwen(1960)、ムーアラトスMourelatos(1970)、カードCurd(1998)らの研究けんきゅうがこの議論ぎろん牽引けんいんしている。

5. ゴルギアスGorgiasの『非存在ひそんざいについて』ソフィストSophistēsゴルギアスGorgiasは『非存在ひそんざいについて、あるいは自然しぜんについて』(ペリ・トゥ・メー・オントスPeri tou mē ontos)で、パルメニデスParmenidēs論法ろんぽうパロディparodyてき転用てんようした。ゴルギアスGorgiasみっつの命題めいだいを「論証ろんしょう」する。(1)なに存在そんざいしない、(2)たとえ存在そんざいしても認識にんしきできない、(3)たとえ認識にんしきできても他者たしゃ伝達でんたつできない。これはパルメニデスParmenidēsの「あるものはある」を裏返うらがえし、おな論理ろんりてき構造こうぞう正反対せいはんたい結論けつろんみちびレトリカルrhetoricalこころみであった。ゴルギアスGorgias意図いと純粋じゅんすい哲学てつがくてき反論はんろん修辞しゅうじじゅつ誇示こじかは議論ぎろんがあるが、パルメニデスParmenidēs論証ろんしょう形式けいしきてきちから前提ぜんていえれば結論けつろん逆転ぎゃくてんする)を逆説ぎゃくせつてき証明しょうめいしたてん重要じゅうようである。

影響えいきょう遺産いさん

エレアElea学派がくはパルメニデスParmenidēsエレアElea学派がくは創始そうししゃとされる。弟子でしゼノンZēnōn運動うんどうパラドクスparadox思想しそう防衛ぼうえいし、メリッソスMelissosサモスSamosメリッソスMelissos)は存在そんざい無限むげん主張しゅちょうして議論ぎろんをさらに展開てんかいした。

プラトンPlatōnプラトンPlatōn哲学てつがくパルメニデスParmenidēsなしにはかんがえられない。不変ふへんイデアideaかいパルメニデスParmenidēsてき存在そんざい」の哲学てつがくてき展開てんかいであり、感覚かんかく世界せかい臆見おっけん領域りょういき対応たいおうする。『パルメニデスParmenidēs』『ソフィストSophistēs』『テアイテトスTheaitētos』など、晩年ばんねん主要しゅよう対話篇たいわへんはいずれもパルメニデスParmenidēsとの対話たいわである。

アリストテレスAristotelēsアリストテレスAristotelēs形而上学けいじじょうがく存在そんざい多義たぎせい可能かのうたい現実げんじつたい区別くべつ範疇はんちゅうろん)はパルメニデスParmenidēsいへの応答おうとうとして構築こうちくされた。

中世ちゅうせい近代きんだいパルメニデスParmenidēs影響えいきょうしんプラトンPlatōn主義しゅぎつうじて中世ちゅうせい神学しんがくにも浸透しんとうした。かみ最高さいこうの「存在そんざい」としてとらえる存在そんざい神学しんがくオントテオロギーOntotheologie)の系譜けいふは、パルメニデスParmenidēsさかのぼることができる。

ハイデガーHeideggerハイデガーHeideggerパルメニデスParmenidēs西洋せいよう形而上学けいじじょうがくの「始原しげん」(アンファングAnfang)としてかえした。1942-43ねん講義こうぎパルメニデスParmenidēs』(GA 54)では、アレーテイアAlētheia真理しんり)を「非隠蔽性ひいんぺいせい」として解釈かいしゃくし、存在そんざい開示かいじ隠蔽いんぺい二重にじゅう運動うんどうった。ハイデガーHeideggerにとってパルメニデスParmenidēsは、西洋せいよう忘却ぼうきゃくした「存在そんざいい」を最初さいしょに、そしてもっと根源こんげんてきに、思考しこうした哲学者てつがくしゃであった。

近代きんだい合理ごうり主義しゅぎパルメニデスParmenidēsの「思考しこうしうるものは存在そんざいする」という原理げんりは、近代きんだい合理ごうり主義しゅぎにも反響はんきょうしている。デカルトDescartesの「われおもう、ゆえにわれあり」は思考しこう存在そんざい不可分ふかぶん個人こじん意識いしきにおいて再発見さいはっけんしたものであり、スピノザSpinozaの『エティカEthica』における唯一ゆいいつ実体じったいかみすなわ自然しぜん)は、パルメニデスParmenidēsてき一者いっしゃ近代きんだいてき変奏へんそうむことができる。ライプニッツLeibnizの「なぜなにもないのではなくなにかがあるのか」といういもまた、パルメニデスParmenidēsひらいた存在そんざい問題もんだいけんぞくする。純粋じゅんすい理性りせいのみによって実在じつざい構造こうぞう解明かいめいしようとする合理ごうり主義しゅぎ伝統でんとうは、パルメニデスParmenidēs源流げんりゅうつ。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、論理ろんり実在じつざい関係かんけいパルメニデスParmenidēs論理ろんりてき不可能ふかのうなことは現実げんじつにも不可能ふかのうだとかんがえた。現代げんだい分析ぶんせき哲学てつがくにおける様相ようそう論理学ろんりがく(「可能かのう」「必然ひつぜん」「不可能ふかのう」の論理ろんり)は、パルメニデスParmenidēsはじめて明示めいじてきもちいた概念がいねん装置そうち精緻せいちである。論理ろんり世界せかい構造こうぞう反映はんえいしているのか、それとも人間にんげん思考しこう限界げんかいしめしているにすぎないのか。このいはいまなおひらかれたままである。

第二だいにに、存在そんざい問題もんだい現代げんだい物理学ぶつりがく宇宙うちゅうろんは「なぜなにもないのではなくなにかがあるのか」といういに直面ちょくめんする。量子りょうし力学りきがくにおける真空しんくう完全かんぜんな「」ではなく量子りょうしらぎにちている。パルメニデスParmenidēs指摘してきした「からなにまれない」(ex nihilo nihil fitエクス・ニヒロー・ニヒル・フィト)という原則げんそくは、現代げんだい物理学ぶつりがくにおいてもかたちえてわれつづけている。

第三だいさんに、感覚かんかく理性りせい対立たいりつ現代げんだい認知にんち科学かがくは、人間にんげん知覚ちかくおおくの錯覚さっかくバイアスbiasふくむことをあきらかにしている。パルメニデスParmenidēsの「感覚かんかくしんじるな、理性りせい判断はんだんせよ」という要請ようせいは、科学かがくてき方法ほうほう基本きほん姿勢しせい通底つうていする。特殊とくしゅ相対そうたいせい理論りろん直観ちょっかんはんする時空じくう構造こうぞう論理ろんり実験じっけんによって確認かくにんされる)は、まさにパルメニデスParmenidēsてき精神せいしん現代げんだいばんともいえる。

第四だいよんに、形式けいしき体系たいけいちから限界げんかいパルメニデスParmenidēs論理ろんりちから極限きょくげんまで信頼しんらいした。しかし20世紀せいきゲーデルGödelは、十分じゅうぶん強力きょうりょく形式けいしき体系たいけいには証明しょうめい反証はんしょうもできない命題めいだい存在そんざいすることをしめした(不完全ふかんぜんせい定理ていり、1931ねん)。論理ろんりだけでは真理しんりのすべてに到達とうたつできない。この帰結きけつパルメニデスParmenidēs楽観らっかん根底こんていからさぶる。現代げんだいのAIもまた、形式けいしきてき推論すいろん卓越たくえつした遂行すいこうしゃでありながら、「意味いみ」や「存在そんざい」を本当ほんとう理解りかいしているかどうかはわれつづけている。パルメニデスParmenidēsひらいた「思考しこう存在そんざいおなじか」といういは、AIの哲学てつがくにおいてかつてないほどの切実せつじつさをびている。

読者どくしゃへの

  • 変化へんか本当ほんとう実在じつざいするのか。それとも変化へんか感覚かんかく人間にんげん認知にんちかけにすぎないのか。物理学ぶつりがくの「ブロックblock宇宙うちゅうせつ過去かこ現在げんざい未来みらいひとしく実在じつざいする)をパルメニデスParmenidēsはどう評価ひょうかするだろうか。
  • 」についてかたることは可能かのうか。「存在そんざいしない」と瞬間しゅんかんわたしたちはなにかを思考しこう対象たいしょうにしているのではないか。この言語げんごパラドクスparadoxをどうかんがえるか。
  • 科学かがく常識じょうしきはんする結論けつろんみちびくとき(時間じかんおくれ、波動はどう粒子りゅうし二重にじゅうせい)、わたしたちは感覚かんかく理性りせいのどちらをしんじるべきか。パルメニデスParmenidēs態度たいど現代げんだい科学かがくてき実在じつざいろんにどこまでつうじるか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"「あるということ、そしてあらぬことが不可能ふかのうであるということ──これが確信かくしんみちである(真理しんりしたがうゆえに)。」" 出典しゅってん:DK 28B2.3-4(プロクロスProklosティマイオスTimaios注解ちゅうかい』I.345.18に引用いんよう)/原文げんぶん:"ἡ μὲν ὅπως ἔστιν τε καὶ ὡς οὐκ ἔστι μὴ εἶναι, Πειθοῦς ἐστι κέλευθος (Ἀληθείῃ γὰρ ὀπηδεῖ)"
"「思惟しいすることと存在そんざいすることはおなじである。」" 出典しゅってん:DK 28B3(クレメンスKlēmensストロマテイスStrōmateis』VI.23、およびプロティノスPlōtinosV.1.8に引用いんよう)/原文げんぶん:"τὸ γὰρ αὐτὸ νοεῖν ἐστίν τε καὶ εἶναι"
"「あるものは不生ふしょうにして不滅ふめつである。なぜなら全体ぜんたいとしていつであり、不動ふどうにして完全かんぜんであるからだ。」" 出典しゅってん:DK 28B8.3-4(シンプリキオスSimplikios自然学しぜんがく注解ちゅうかい』145.1に引用いんよう)/原文げんぶん:"ἀγένητον ἐὸν καὶ ἀνώλεθρόν ἐστιν, ἐστι γὰρ οὐλομελές τε καὶ ἀτρεμὲς ἠδ' ἀτέλεστον"
"「あらぬものを認識にんしきすることはできない──それは成就じょうじゅしえない──、またかたることもできない。」" 出典しゅってん:DK 28B2.7-8(プロクロスProklosティマイオスTimaios注解ちゅうかい』I.345.18に引用いんよう)/原文げんぶん:"οὔτε γὰρ ἂν γνοίης τό γε μὴ ἐὸν (οὐ γὰρ ἀνυστόν) οὔτε φράσαις"
"「理性りせいによって、わたしかたおおくの論争ろんそうちた吟味ぎんみ判定はんていせよ。」" 出典しゅってん:DK 28B7.5-6(プラトンPlatōnソフィストSophistēs』237a、セクストス・エンペイリコスSextos Empeirikos学者がくしゃたちへの論駁ろんばく』VII.111に引用いんよう)/原文げんぶん:"ἀλλὰ σὺ τῆσδ' ἀφ' ὁδοῦ διζήσιος εἶργε νόημα ... κρῖναι δὲ λόγῳ πολύδηριν ἔλεγχον"

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてん資料しりょうDielsディールス, H. & Kranzクランツ, W. Die Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー, 6th ed.第6版, 1951.(DK 28B断片だんぺん)── せんソクラテスSōkratēs断片だんぺんしゅう標準ひょうじゅんばん
  • 原典げんてん資料しりょうCoxonコクソン, A.H. The Fragments of Parmenidesザ・フラグメンツ・オブ・パルメニデス. Rev. ed., Las Vegasラスベガス: Parmenides Publishingパルメニデス・パブリッシング, 2009.── 断片だんぺん決定けっていてき校訂こうてい注釈ちゅうしゃく
  • 研究けんきゅうしょGallopギャロップ, Davidデイヴィッド. Parmenides of Elea: Fragmentsパルメニデス・オブ・エレア:フラグメンツ. Torontoトロント UPユニバーシティ・プレス, 1984.── ギリシャGreece原文げんぶん英訳えいやく注釈ちゅうしゃくつきの標準ひょうじゅんてき入門にゅうもん
  • 研究けんきゅうしょKirkカーク, G.S., Ravenレイヴン, J.E. & Schofieldスコフィールド, M. The Presocratic Philosophersザ・プレソクラティック・フィロソファーズ. 2nd ed., Cambridgeケンブリッジ UPユニバーシティ・プレス, 1983.── せんソクラテスSōkratēs全体ぜんたい標準ひょうじゅん概説がいせつ
  • 研究けんきゅうしょMourelatosムーアラトス, Alexander P.D.アレクサンダー・P.D. The Route of Parmenidesザ・ルート・オブ・パルメニデス. Rev. ed., Las Vegasラスベガス: Parmenides Publishingパルメニデス・パブリッシング, 2008.── パルメニデスParmenidēs構造こうぞう論理ろんり分析ぶんせき
  • 研究けんきゅうしょCurdカード, Patriciaパトリシア. The Legacy of Parmenidesザ・レガシー・オブ・パルメニデス. Las Vegasラスベガス: Parmenides Publishingパルメニデス・パブリッシング, 2004.── 「述語じゅつご一元論いちげんろん解釈かいしゃく主著しゅちょ
  • 邦語ほうご文献ぶんけん内山うちやま勝利かつとしへんソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅうだいIIかん岩波いわなみ書店しょてん、1997ねん。── DK断片だんぺんしゅう邦訳ほうやく
  • 研究けんきゅうしょHeideggerハイデガー, Martinマルティン. Parmenidesパルメニデス (GA 54). Klostermannクロスターマン, 1982.── パルメニデスParmenidēsをめぐる講義こうぎろく
  • 研究けんきゅうしょPalmerパーマー, Johnジョン. Parmenides and Presocratic Philosophyパルメニデス・アンド・プレソクラティック・フィロソフィー. Oxfordオックスフォード UPユニバーシティ・プレス, 2009.── パルメニデスParmenidēs断片だんぺんプレソクラティクスPresocratic哲学てつがく全体ぜんたいのなかに位置いちづける包括ほうかつてき研究けんきゅう
  • 概説がいせつStanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー, "Parmenidesパルメニデス" (John Palmerジョン・パーマー). https://plato.stanford.edu/entries/parmenides/