「甘あまいも苦にがいも慣習かんしゅうにより、熱あついも冷つめたいも慣習かんしゅうにより、色いろも慣習かんしゅうによる。真まことにあるのは原子アトモンと空虚ケノンのみ。」。この一文いちぶんは、紀元前きげんぜん5世紀せいきのギリシャGreece哲学者てつがくしゃデモクリトスDēmokritosのものである。私わたしたちが日常にちじょう感かんじる色いろや味あじ、温度おんどは主観しゅかんの産物さんぶつにすぎず、世界せかいの真しんの姿すがたは目めに見みえない極小ごくしょうの粒子りゅうしとその隙間すきまだけで成なり立たつ。この大胆だいたんな主張しゅちょうは、2400年ねん以上いじょう前まえに唱となえられたものでありながら、近代きんだい科学かがくの物質観ぶっしつかんを驚おどろくほど先取さきどりしている。

デモクリトスDēmokritosは古代こだいにおいて「笑わらう哲学者てつがくしゃ」(ゲラシノスgelasinos)と呼よばれた(セネカSeneca『心こころの平静へいせいについて』XV.2)。人間にんげんの愚おろかさを嘆なげいて泣ないたヘラクレイトスHērakleitosとは対照たいしょう的てきに、デモクリトスDēmokritosは世よの営いとなみを笑わらい飛とばした。「泣なく哲学者てつがくしゃ」と「笑わらう哲学者てつがくしゃ」の対ついはルネサンスRenaissance期きの絵画かいがにまで繰くり返かえし描えがかれた有名ゆうめいな図像ずぞうである。だがその笑わらいの奥おくには、世界せかいを最小さいしょうの構成こうせい要素ようそにまで分解ぶんかいし、そこから万物ばんぶつ(宇宙うちゅうも魂たましいも知覚ちかくも)を再構成さいこうせいしようとする壮大そうだいな知的ちてき企図きとがあった。事実じじつ、トラシュロスThrasylosの目録もくろくに記しるされた彼かれの著作ちょさくは70以上いじょうにのぼり、物理学ぶつりがく・数学すうがく・倫理学りんりがく・天文学てんもんがく・音楽おんがく・医学いがく・農業のうぎょう・絵画かいが技法ぎほうにまで及およぶ。古代こだい世界せかいにおいて最もっとも百科全書ひゃっかぜんしょ的てきな知性ちせいのひとりであった。

デモクリトスDēmokritosの原子論げんしろんは、パルメニデスParmenidēsが突つきつけた哲学てつがく史上しじょう最大さいだいの難問なんもん(「あるものはあり、ないものはない。ゆえに変化へんかは不可能ふかのうである」)への応答おうとうであった。原子げんしはそれぞれ不生ふしょう・不滅ふめつ・不変ふへんであり、パルメニデスParmenidēs的てきな「存在そんざい」の条件じょうけんを満みたす。しかし原子げんしと原子げんしのあいだには空虚くうきょ(パルメニデスParmenidēsが否定ひていした「ないもの」)が実在じつざいする。空虚くうきょがあるからこそ原子げんしは運動うんどうでき、結合けつごうと分離ぶんりによって万物ばんぶつの生成せいせいと消滅しょうめつが説明せつめいされる。この巧妙こうみょうな解決かいけつは、古代こだい唯物論ゆいぶつろんの頂点ちょうてんであると同時どうじに、近代きんだい科学かがくの萌芽ほうがでもあった。

本ほん記事きじでは、現存げんそんする断片だんぺんと後世こうせいの証言しょうげん(DK 68)を手てがかりに、デモクリトスDēmokritosの原子論げんしろんの論理ろんり(原子げんしと空虚くうきょの存在そんざい論ろん、知覚ちかくと認識にんしきの理論りろん、倫理りんり思想しそう)を解とき明あかし、この哲学者てつがくしゃの問といが現代げんだいにどう響ひびくかを追おう。

この記事きじの要点ようてん

  • 原子アトモンと空虚ケノン:デモクリトスDēmokritosは万物ばんぶつを不可分ふかぶんの極小ごくしょう粒子りゅうし(アトモンatomon=原子げんし)と空虚くうきょ(ケノンkenon)から説明せつめいした。原子げんしは形状けいじょう・大おおきさ・配列はいれつのみが異ことなり、その結合けつごうと分離ぶんりで万物ばんぶつの生成せいせい・消滅しょうめつが起おこる。パルメニデスParmenidēsが否定ひていした空虚くうきょを大胆だいたんに導入どうにゅうし、変化へんかと多様たよう性せいを合理ごうり的てきに説明せつめいした点てんが画期かっき的てきである。
  • 感覚かんかくの主観しゅかん性せいと認識にんしきの二重にじゅう構造こうぞう:色いろ・味あじ・温度おんどなどの感覚かんかく的てき性質せいしつは慣習かんしゅう(ノモスnomos)にすぎず、真まことに実在じつざいするのは原子げんしと空虚くうきょだけである。感覚かんかくは「暗くらい認識にんしき」、理性りせいは「真正しんせいな認識にんしき」と呼よばれ、近代きんだいの第一だいいち性質せいしつ・第二だいに性質せいしつの区別くべつを先取さきどりする。
  • エウテュミアeuthymia(魂たましいの平静へいせい):デモクリトスDēmokritosは自然しぜん哲学てつがくにとどまらず、倫理りんり学がくにおいても独自どくじの立場たちばを築きずいた。快楽かいらくの過剰かじょうではなく節度せつどある喜よろこび、つまり魂たましいの平静へいせい(エウテュミアeuthymia)を善ぜんき生せいの目標もくひょうとした。この思想しそうは後のちのエピクロスEpikourosの快楽かいらく主義しゅぎ(アタラクシアataraxia)に直接ちょくせつつながる。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

デモクリトスDēmokritosは紀元前きげんぜん460年ねん頃ごろ、トラキアThrakiaの植民しょくみん都市としアブデラAbderaに生うまれた。アブデラAbderaはギリシャGreece本土ほんどでは田舎いなか町まちと見みなされがちだったが、ソフィストSophistēsのプロタゴラスPrōtagorasも同おなじアブデラAbderaの出身しゅっしんであり、知的ちてきに活発かっぱつな都市としであったことがうかがえる。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios(『哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』IX.34-49)によれば、デモクリトスDēmokritosは裕福ゆうふくな家いえに生うまれ、父ちちの遺産いさんを使つかい果はたして各地かくちを遊学ゆうがくしたという。

伝承でんしょうによれば、デモクリトスDēmokritosはエジプトEgypt、ペルシアPersia、さらにはインドIndiaにまで旅たびしたとされる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.35)。旅行りょこうの範囲はんいについてはかなりの誇張こちょうがあると見みられるが、彼かれが広範こうはんな知識ちしきを持もち多おおくの知的ちてき伝統でんとうに触ふれていたことは確たしかである。彼かれ自身じしん、「私わたしは同時代どうじだいの人間にんげんのうちで最もっとも多おおくの土地とちを巡めぐり、最もっとも遠とおくを探究たんきゅうした」(DK 68B299)と語かたっている。

デモクリトスDēmokritosの師しはレウキッポスLeukipposである。原子論げんしろんを最初さいしょに創始そうししたのはレウキッポスLeukipposであり、デモクリトスDēmokritosはそれを体系たいけい的てきに発展はってんさせた。アリストテレスAristotelēsは両者りょうしゃをほぼ一体いったいとして扱あつかっているが(『生成せいせい消滅しょうめつ論ろん』I.8, 325a-b)、デモクリトスDēmokritosは認識にんしき論ろん・倫理りんり学がく・宇宙うちゅう論ろんにまで原子論げんしろんを拡張かくちょうした点てんで、師しを大おおきく超こえる。レウキッポスLeukipposについてはほとんど何なにも知しられておらず、エピクロスEpikourosは彼かれの実在じつざいすら疑うたがったとされるが(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosX.13)、現在げんざいの研究けんきゅうでは歴史れきし的てき実在じつざいは広ひろく認みとめられている。

デモクリトスDēmokritosの著作ちょさくは古代こだいにおいて膨大ぼうだいであった。トラシュロスThrasylosによる著作ちょさく目録もくろくは四部よんぶ作さく(テトラロギアtetralogia)に編成へんせいされた70以上いじょうの著作ちょさくを列挙れっきょしており(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.46-49)、物理学ぶつりがく・数学すうがく・倫理学りんりがく・文学ぶんがく・技術ぎじゅつ論ろんまで多岐たきにわたる。キケロCiceroはデモクリトスDēmokritosの文体ぶんたいを「明晰めいせきにして美うつくしい」と称たたえ(『神かみ々の本性ほんせいについて』I.120)、ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertiosも彼かれの散文さんぶんがプラトンPlatōnに匹敵ひってきする評価ひょうかを受うけていたことを記しるしている(IX.49)。しかし著作ちょさくは完全かんぜんな形かたちでは一ひとつも残のこっていない。現在げんざい伝つたわるのは後世こうせいの著作家ちょさくかたちが引用いんようした断片だんぺんと証言しょうげんのみである(DK 68)。

デモクリトスDēmokritosが活動かつどうした時代じだいは、ペリクレスPeriklēs時代じだいのアテナイAthēnaiの全盛ぜんせい期きからペロポネソスPeloponnēsos戦争せんそう(紀元前きげんぜん431〜404年ねん)の激動げきどう期きにあたる。同時代どうじだいにはソクラテスSōkratēsがいたが、プラトンPlatōnの対話篇たいわへんにはデモクリトスDēmokritosへの直接ちょくせつの言及げんきゅうがない。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertiosは、プラトンPlatōnがデモクリトスDēmokritosの著作ちょさくをすべて焼やき払はらおうとしたが、ピタゴラスPythagoras派はの友人ゆうじんたちに止とめられたという逸話いつわを伝つたえている(IX.40)。この逸話いつわの信憑しんぴょう性せいはともかく、唯物論ゆいぶつろんとイデアidea論ろんという根本こんぽん的てきな対立たいりつが両者りょうしゃのあいだにあったことは確たしかである。

デモクリトスDēmokritosは長寿ちょうじゅであったと伝つたえられ、紀元前きげんぜん360年ねん頃ごろに90歳さい以上いじょうで没ぼっしたとされる(諸説しょせつあり、100歳さい以上いじょうとする伝承でんしょうもある)。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん500年ねん頃ごろ:レウキッポスLeukipposの生年せいねん(推定すいてい)。原子論げんしろんを創始そうし
  • 紀元前きげんぜん490年ねん頃ごろ:エンペドクレスEmpedoklēs・アナクサゴラスAnaxagorasの活動かつどう期き
  • 紀元前きげんぜん460年ねん頃ごろ:デモクリトスDēmokritos、アブデラAbderaに生うまれる
  • 紀元前きげんぜん450〜430年ねん頃ごろ:レウキッポスLeukipposに師事しじ。原子論げんしろんを継承けいしょう・発展はってん
  • 紀元前きげんぜん440〜420年ねん頃ごろ:エジプトEgypt・ペルシアPersiaなどへの遊学ゆうがく(伝承でんしょう)
  • 紀元前きげんぜん431年ねん:ペロポネソスPeloponnēsos戦争せんそうの開始かいし
  • 紀元前きげんぜん420〜400年ねん頃ごろ:主要しゅよう著作ちょさくの執筆しっぴつ(推定すいてい)。『大だい世界せかい秩序ちつじょ』『小しょう世界せかい秩序ちつじょ』など
  • 紀元前きげんぜん399年ねん:ソクラテスSōkratēsの死し
  • 紀元前きげんぜん360年ねん頃ごろ:デモクリトスDēmokritos、没ぼっ(推定すいてい。90歳さい以上いじょう)

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

パルメニデスParmenidēsの論証ろんしょうは、変化へんかも運動うんどうも多様たよう性せいも論理ろんり的てきに不可能ふかのうであると宣言せんげんした。存在そんざいは一いつであり、不動ふどうであり、不変ふへんである。しかし私わたしたちの眼前がんぜんには、絶たえず変化へんかし動うごく世界せかいが広ひろがっている。パルメニデスParmenidēs以降いこうの哲学者てつがくしゃたちは、この理論りろんと現実げんじつの乖離かいりをどう解消かいしょうするかという難問なんもんに取とり組くんだ。

エンペドクレスEmpedoklēsは四元素よんげんそ(土つち・水みず・火ひ・空気くうき)の結合けつごうと分離ぶんりで変化へんかを説明せつめいし、アナクサゴラスAnaxagorasは無限むげんに多おおくの種子しゅし(スペルマタspermata)とヌースnous(知性ちせい)を導入どうにゅうした。デモクリトスDēmokritosの解答かいとうはもっとも徹底てってい的てきであった。彼かれは問とうた。存在そんざいの最小さいしょう単位たんいは何なにか、それらはいかにして多様たような世界せかいを生うみ出だすのか、そして私わたしたちは感覚かんかくを通つうじてそれをどこまで正確せいかくに知しりうるのか。

デモクリトスDēmokritosの独創どくそう性せいは、パルメニデスParmenidēsの論理ろんりを正面しょうめんから受うけ入いれつつ、「非存在ひそんざい」にあたる空虚くうきょにも一種いっしゅの実在じつざい性せいを認みとめた点てんにある。「あるものは何なにもないもの(ケノンkenon=空虚くうきょ)よりもいっそう存在そんざいするわけではない」(アリストテレスAristotelēs『形而上学Metaphysica』I.4, 985b4-10の報告ほうこく)。この一言ひとことは、存在そんざいと非存在ひそんざいの二元論にげんろんを打うち破やぶる革命かくめい的てきな転換てんかんであった。

核心かくしん理論りろん

1. 原子げんし(アトモンatomon)── 分割ぶんかつされえないもの

原子論げんしろんの根幹こんかんは次つぎの命題めいだいにある。物体ぶったいを分割ぶんかつし続つづければ、いつか分割ぶんかつしえない最小さいしょうの単位たんいに到達とうたつする。それが原子げんし(アトモンatomon、ギリシャGreece語ごで「切きれないもの」の意い)である。原子げんしは不生ふしょう・不滅ふめつ・不変ふへんであり、内部ないぶに空虚くうきょを含ふくまない充実体じゅうじつたい(ナストンnaston=「充みちたもの」)である。

なぜ分割ぶんかつが無限むげんに続つづかないと考かんがえたのか。アリストテレスAristotelēsの報告ほうこく(『生成せいせい消滅しょうめつ論ろん』I.2, 316a-317a)によれば、もし物体ぶったいがどこまでも分割ぶんかつ可能かのうなら、最終さいしゅう的てきには「大おおきさをもたない点てん」に行いき着つく。しかし大おおきさのない点てんをいくら集あつめても大おおきさのある物体ぶったいは構成こうせいできない。したがって物体ぶったいには分割ぶんかつの下限かげん(原子げんし)がなければならない。これは物理ぶつり的てき分割ぶんかつの限界げんかいであると同時どうじに、論理ろんり的てき必然ひつぜんでもある。

原子げんしは無限むげんに多おおく存在そんざいし、無限むげんの空虚くうきょのなかを永遠えいえんに運動うんどうする。原子げんしどうしが衝突しょうとつし、形状けいじょうが噛かみ合あえば結合けつごうし、合あわなければ弾はじき飛とばされる。私わたしたちが「生成せいせい」と呼よぶものは原子げんしの結合けつごうであり、「消滅しょうめつ」とは原子げんしの分離ぶんりにほかならない。原子げんし自体じたいは何なにも変化へんかしない。変化へんかするのはその集合しゅうごうと配列はいれつだけである。

2. 空虚くうきょ(ケノンkenon)── 非存在ひそんざいの復権ふっけん

パルメニデスParmenidēsは空虚くうきょ=非存在ひそんざいを論理ろんり的てきに不可能ふかのうとして退しりぞけた。しかしレウキッポスLeukipposとデモクリトスDēmokritosは、空虚くうきょなしには運動うんどうが説明せつめいできないことを根拠こんきょに、空虚くうきょにも存在そんざいを認みとめた。アリストテレスAristotelēsはこれを次つぎのように報告ほうこくする。「充実体じゅうじつたい(ト・プレーレスto plēres)と空虚くうきょ(ト・ケノンto kenon)をそれぞれ存在そんざいと非存在ひそんざいと呼よび、存在そんざいは非存在ひそんざいよりもいっそうは存在そんざいしないと言いう」(『形而上学Metaphysica』I.4, 985b4-10)。

これは大胆だいたんな存在そんざい論ろん的てき転換てんかんである。「ないもの」が「ある」。つまり空虚くうきょは何なにも含ふくまないが、「ある」のだ。原子げんしが運動うんどうするための場ばとして空虚くうきょは不可欠ふかけつであり、原子げんしと同等どうとうの存在そんざい論ろん的てき地位ちいを持もつ。近代きんだい物理学ぶつりがくにおける真空しんくうの概念がいねん(何なにもない空間くうかんではなく場ばとしての真空しんくう)は、この古代こだいの直観ちょっかんの遠とおい反響はんきょうである。

3. 原子げんしの差異さい ── 形状けいじょう・配列はいれつ・向むき

アリストテレスAristotelēsは原子げんしの差異さいを三みっつの観点かんてんから整理せいりしている(『形而上学Metaphysica』I.4, 985b13-19)。(1)形状けいじょう(リュスモスrhysmos):AとNのように形かたちが異ことなる。(2)配列はいれつ(ディアティゲーdiathigē):ANとNAのように順序じゅんじょが異ことなる。(3)向むき(トロペーtropē):Nを回転かいてんさせるとZになるように向むきが異ことなる。

この比喩ひゆは注目ちゅうもくに値あたいする。アルファベットalphabetの文字もじは少数しょうすうだが、その組くみ合あわせで無限むげんの文章ぶんしょうが生うまれるように、限かぎられた種類しゅるいの原子げんしの形状けいじょう・配列はいれつ・向むきの組くみ合あわせが万物ばんぶつの多様たよう性せいを生うむ。原子げんしには色いろも味あじも温度おんどもない。これらの性質せいしつは原子げんしの集合体しゅうごうたいが私わたしたちの感覚かんかく器官きかんに作用さようするとき、初はじめて生しょうじる主観しゅかん的てきな経験けいけんにすぎない。

原子げんしの大おおきさについても注意ちゅういが必要ひつようである。原子げんしは通常つうじょう目めに見みえないほど微小びしょうだが、デモクリトスDēmokritosは原子げんしの大おおきさに上限じょうげんを設もうけなかったという証言しょうげんもある(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.44、アエティオスAetiosI.12.6)。また、原子げんしに重おもさ(バロスbaros)があるかどうかは学者がくしゃのあいだで論争ろんそうがある。アリストテレスAristotelēsは原子げんしに重おもさを帰きしているが(『生成せいせい消滅しょうめつ論ろん』I.8, 326a9-10)、別べつの解釈かいしゃくでは原子げんしの重おもさは集合体しゅうごうたいのレベルlevelで初はじめて生しょうじるとも読よめる。いずれにせよ、原子げんしに帰きせられる性質せいしつは純粋じゅんすいに幾何きか学がく的てき・力学りきがく的てきなものに限かぎられており、この禁欲きんよく的てきな存在そんざい論ろんが近代きんだい科学かがくの数学すうがく的てき自然しぜん観かんを先取さきどりしている。

4. 感覚かんかくと認識にんしき ── 「暗くらい認識にんしき」と「真正しんせいな認識にんしき」

デモクリトスDēmokritosは認識にんしきを二種にしゅに分わけた。「認識にんしきには二ふたつの形かたちがある。一ひとつは真正しんせいな(グネーシエーgnēsiē)認識にんしき、もう一ひとつは暗くらい(スコティエーskotiē)認識にんしき」(DK 68B11)。暗くらい認識にんしきとは視覚しかく・聴覚ちょうかく・嗅覚きゅうかく・味覚みかく・触覚しょっかく(五感ごかん)による認識にんしきであり、真正しんせいな認識にんしきとは理性りせいによる認識にんしきである。

感覚かんかくの仕組しくみについて、デモクリトスDēmokritosは独自どくじの理論りろんを展開てんかいした。物体ぶったいの表面ひょうめんからは絶たえず薄うすい膜まく(エイドラeidōla)が流出りゅうしゅつし、これが感覚かんかく器官きかんに到達とうたつすることで知覚ちかくが成立せいりつする(テオプラストスTheophrastos『感覚かんかくについて』49-83の報告ほうこく)。視覚しかくはこの像ぞうが空気くうきを介かいして目めに入はいることで生しょうじ、味覚みかくは原子げんしの形状けいじょうが舌したに作用さようすることで生しょうじる。丸まるい原子げんしは甘あまく、角かくばった原子げんしは苦にがい。

しかしここに認識にんしき論ろん的てきな難問なんもんが浮上ふじょうする。もし感覚かんかくが慣習かんしゅうにすぎないなら、原子げんしと空虚くうきょの存在そんざいを知しる手段しゅだんも結局けっきょくは感覚かんかくに依存いぞんしているのではないか。デモクリトスDēmokritos自身じしんがこの困難こんなんを自覚じかくしていたことは、有名ゆうめいな断片だんぺんが示しめしている。感覚かんかくが理性りせいに向むかって言いう。「哀あわれなる理性りせいよ、おまえは私わたしたちから証拠しょうこを受うけ取とりながら、私わたしたちを打うち倒たおそうとするのか。おまえの勝利しょうりはおまえ自身じしんの転落てんらくであるぞ」(DK 68B125)。感覚かんかくなしに理性りせいは働はたらけない。この自覚じかくは、近代きんだい経験けいけん論ろんの問題もんだい意識いしきを先取さきどりするものである。

5. 宇宙うちゅう論ろん ── 無限むげんの世界せかいと機械きかい論ろん的てき必然ひつぜん

原子げんしは無限むげんの空虚くうきょのなかを永遠えいえんに運動うんどうしている。この運動うんどうには始はじまりがなく、外部がいぶからの原因げんいんも必要ひつようとしない。原子げんしは衝突しょうとつと反発はんぱつを繰くり返かえし、やがて渦うず(ディネーdinē)を形成けいせいする。渦うずのなかでは「似にたものが似にたもののところへ集あつまる」原理げんりが働はたらき──ちょうど篩ふるいで穀物こくもつを振ふるうと同おなじ大おおきさの粒つぶが集あつまるように(DK 68B164の比喩ひゆ)──重おもい原子げんしは中心ちゅうしんに、軽かるい原子げんしは周辺しゅうへんに移動いどうし、大地だいち・海うみ・天体てんたいが生しょうじる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.31-33の報告ほうこく)。レウキッポスLeukipposは言いった──「いかなるものも無意味むいみに生しょうじはしない。すべてはロゴスlogosに基もとづき必然ひつぜんによって生しょうじる」(DK 67B2)。デモクリトスDēmokritosはこの徹底てっていした機械きかい論ろん的てき決定けってい論ろんを継承けいしょうした。

さらに注目ちゅうもくすべきは、デモクリトスDēmokritosが無限むげんに多おおくの世界せかい(コスモイkosmoi)の存在そんざいを主張しゅちょうした点てんである(ヒッポリュトスHippolytos『全ぜん異端いたん反駁はんばく』I.13の報告ほうこく)。原子げんしと空虚くうきょが無限むげんであるならば、原子げんしの結合けつごうパターンpatternも無限むげんであり、私わたしたちの世界せかいと同おなじような世界せかい、あるいは全まったく異ことなる世界せかいが無限むげんに存在そんざいしうる。この発想はっそうは、現代げんだい宇宙うちゅう論ろんにおける多宇宙たうちゅう(マルチバースmultiverse)仮説かせつを想起そうきさせる。

ただしデモクリトスDēmokritosの宇宙うちゅう論ろんには目的論もくてきろんがない。アナクサゴラスAnaxagorasがヌースnous(知性ちせい)を宇宙うちゅうの秩序ちつじょの原因げんいんとしたのに対たいし、デモクリトスDēmokritosは純粋じゅんすいに機械きかい論ろん的てきな説明せつめいで一貫いっかんした。目的もくてきや設計せっけいを持もたない原子げんしの運動うんどうが、結果けっか的てきに秩序ちつじょある世界せかいを生うみ出だす──この見方みかたは、近代きんだい科学かがくの方法ほうほう論ろんに通底つうていする。

6. 文明ぶんめい起源きげん論ろん ── 神かみなき人類じんるい史し

デモクリトスDēmokritosは原子論げんしろんの枠組わくぐみで人類じんるい文明ぶんめいの発展はってんをも説明せつめいした。ディオドロス・シクルスDiodōros Sikulos(『歴史れきし叢書そうしょ』I.8)に保存ほぞんされた報告ほうこくによれば──この箇所かしょはデモクリトスDēmokritosに依拠いきょしていると広ひろく考かんがえられている──、初期しょきの人間にんげんは獣けもののように散在さんざいして暮くらし、果実かじつを採集さいしゅうしていた。野獣やじゅうの脅威きょういが人間にんげんを協力きょうりょくに向むかわせ、言語げんご・火ひ・技術ぎじゅつが必要ひつよう(クレイアchreia)から段階だんかい的てきに発明はつめいされた。神かみや英雄えいゆうが文明ぶんめいを授さずけたのではなく、人間にんげん自身じしんの経験けいけんと試行錯誤しこうさくごが文化ぶんかを生うんだ──この自然しぜん主義しゅぎ的てき文明ぶんめい論ろんは古代こだいにおいてきわめて先進せんしん的てきであった。

言語げんごについても注目ちゅうもくすべき見解けんかいが伝つたえられている。デモクリトスDēmokritosは言葉ことばと事物じぶつのあいだに自然しぜん的てきな結むすびつき(ピュセイphysei)はなく、取とり決きめ(テセイthesei)によるものだと考かんがえた(プロクロスProklos『クラテュロスKratylos注解ちゅうかい』XVI)。その根拠こんきょとして同音異義語どうおんいぎご・異音同義語いおんどうぎご・名前なまえの変更へんこう・名前なまえのない事物じぶつの四よっつを挙あげたとされる。言語げんごの規約きやく性せいを論ろんじたこの議論ぎろんは、現代げんだいの言語げんご哲学てつがくにおける恣意しい性せい(アービトラリネスarbitrariness)の議論ぎろんの先駆せんくである。

7. 魂たましいの原子論げんしろん ── 物質ぶっしつとしての心こころ

デモクリトスDēmokritosは魂たましい(プシュケーpsychē)もまた原子げんしから成なると考かんがえた。魂たましいの原子げんしは球形きゅうけいで滑なめらかであり、火ひの原子げんしに類似るいじする(アリストテレスAristotelēs『魂たましいについて』I.2, 403b31-404a16)。最もっとも微細びさいで運動うんどう性せいの高たかい原子げんしが身体しんたい全体ぜんたいに分散ぶんさんし、身体しんたいに運動うんどうと生命せいめいを与あたえる。呼吸こきゅうは外部がいぶの球形きゅうけい原子げんしを取とり入いれ、内部ないぶの魂たましい原子げんしが散逸さんいつするのを防ふせぐ役割やくわりを果はたす。呼吸こきゅうが止とまれば魂たましい原子げんしは飛散ひさんし、死しが訪おとずれる。

この考かんがえ方かたの帰結きけつは明確めいかくである──魂たましいは不死ふしではなく、死後しごの生せいもない。プラトンPlatōnが魂たましいの不死ふしを論証ろんしょうしようとしたのとは対極たいきょくの立場たちばであり、後のちのエピクロスEpikourosがこの立場たちばを継承けいしょうして「死しは我々われわれにとって何なにものでもない」と説とくことになる。

8. 倫理りんり思想しそう ── エウテュミアeuthymia(魂たましいの平静へいせい)

デモクリトスDēmokritosは自然しぜん哲学てつがくだけでなく、倫理りんり学がくにおいても多おおくの断片だんぺんを残のこしている。彼かれの倫理りんり思想しそうの中心ちゅうしんにあるのはエウテュミアeuthymia(魂たましいの良よい状態じょうたい、心こころの平静へいせい)の概念がいねんである。「人間にんげんにとっての最善さいぜんは、できるだけ心こころ穏おだやかに生いきることであり、できるだけ苦くるしみ少すくなく生いきることである」(DK 68B189の趣旨しゅし)。

エウテュミアeuthymiaは快楽かいらくの極大きょくだい化かではない。デモクリトスDēmokritosは過度かどの欲望よくぼうを戒いましめ、節度せつど(メトリオテースmetriotēs)を重おもんじた。「節度せつどある生活せいかつに喜よろこびを見出みいだす者ものに、不足ふそくも過剰かじょうもおのずと消きえる」(DK 68B191の趣旨しゅし)。肉体にくたいの快楽かいらくよりも魂たましいの快楽かいらくを上位じょういに置おき、知ちへの探究たんきゅうそのものに最高さいこうの喜よろこびを見出みいだした。「一ひとつの原因げんいんの発見はっけんは、ペルシアPersiaの王位おういを得えるより好このましい」(DK 68B118)──この一句いっくに、デモクリトスDēmokritosの知的ちてき情熱じょうねつが凝縮ぎょうしゅくされている。

この倫理りんり思想しそうは原子論げんしろんと密接みっせつに関連かんれんしている。魂たましいもまた原子げんしから成なる以上いじょう、魂たましいの状態じょうたいは原子げんしの運動うんどう状態じょうたいに左右さゆうされる。過度かどの興奮こうふんや欲望よくぼうは魂たましい原子げんしの激はげしい運動うんどうであり、平静へいせいは穏おだやかな運動うんどうである。倫理りんりは物理ぶつりの延長えんちょうにある──このような統一とういつ的てきな世界せかい観かんは、古代こだい唯物論ゆいぶつろんの大おおきな特徴とくちょうである。

社会しゃかい倫理りんりの面めんでもデモクリトスDēmokritosは豊ゆたかな断片だんぺんを残のこしている。「貧困ひんこんのなかの民主みんしゅ政せいは、いわゆる権力者けんりょくしゃのもとでの繁栄はんえいよりも好このましい。それは自由じゆうが奴隷どれい状態じょうたいよりも好このましいのと同おなじ程度ていどに」(DK 68B251)。また、「法ほうは人ひとの生せいを利りするためにある。法ほうが人ひとを害がいするのは、おのれの悪あしさゆえに法ほうの利益りえきを享受きょうじゅする資格しかくのない者ものに対たいしてだけである」(DK 68B248の趣旨しゅし)。外的がいてき強制きょうせいよりも内的ないてきな恥はじの感覚かんかくを重視じゅうしし、「他者たしゃの前まえで恥はじるのではなく、自分じぶん自身じしんの前まえで恥はじよ」(DK 68B264)と説といた。このような内面ないめん的てきな道徳どうとく観かんは、ソクラテスSōkratēsの倫理りんり思想しそうと並行へいこう的てきであり、両者りょうしゃの思想しそう的てき類似るいじは注目ちゅうもくに値あたいする。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • デモクリトスDēmokritos(断片だんぺん・DK 68)── 完全かんぜんな著作ちょさくは現存げんそんしない。約やく300の断片だんぺんと証言しょうげんが後世こうせいの著作家ちょさくか(アリストテレスAristotelēs、テオプラストスTheophrastos、シンプリキオスSimplikios、ストバイオスStobaiosら)の引用いんようとして伝存でんそん。
  • 『大だい世界せかい秩序ちつじょ(メガス・ディアコスモスMegas Diakosmos)』── 宇宙うちゅうの生成せいせいと構造こうぞうを論ろんじた主著しゅちょのひとつ。レウキッポスLeukipposに帰きす説せつもある。
  • 『小しょう世界せかい秩序ちつじょ(ミクロス・ディアコスモスMikros Diakosmos)』── 人間にんげん世界せかいと文明ぶんめいの発展はってんを論ろんじた著作ちょさく。
  • 『心こころの快活かいかつさについて(ペリ・エウテュミエースPeri Euthymiēs)』── 倫理りんり思想しそうの中心ちゅうしん的てき著作ちょさく。セネカSeneca『心こころの平静へいせいについて』が同おなじタイトルtitleで書かかれていることから、後世こうせいへの影響えいきょうがうかがえる。
  • ディールスDiels=クランツKranz『ソクラテスSōkratēs以前いぜんの哲学者てつがくしゃ断片だんぺん集しゅう』(DK)── デモクリトスDēmokritosは68番ばん。断片だんぺん研究けんきゅうの基本きほん文献ぶんけん。
  • 内山うちやま勝利かつとし編へん『ソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺん集しゅう』第だいIII巻かん(岩波いわなみ書店しょてん、1997年ねん)── DK断片だんぺんの邦訳ほうやく。
  • Taylorテイラー, C.C.W. The Atomists: Leucippus and Democritusジ・アトミスツ:レウキッポス・アンド・デモクリトス(Torontoトロント UPユニバーシティ・プレス, 1999)── 断片だんぺん・証言しょうげんの英訳えいやくと注釈ちゅうしゃくを備そなえた標準ひょうじゅん的てき研究けんきゅう書しょ。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

1. アリストテレスAristotelēsの批判ひはん:アリストテレスAristotelēsは原子論げんしろんを多面ためん的てきに批判ひはんした。(1)空虚くうきょは運動うんどうの条件じょうけんではなく、むしろ不可能ふかのうにする──空虚くうきょには抵抗ていこうがないため、運動うんどうの速度そくどは無限大むげんだいになるはずだ(『自然学しぜんがく』IV.8, 215a-216a)。(2)原子げんしに重おもさがあるなら、空虚くうきょのなかでの原子げんしの最初さいしょの運動うんどうはどう説明せつめいされるのか。(3)原子げんしの形状けいじょうの違ちがいだけでは、感覚かんかく的てき性質せいしつの多様たよう性せいを十分じゅうぶんに説明せつめいできない。

2. プラトンPlatōnの暗黙あんもくの対決たいけつ:プラトンPlatōnはデモクリトスDēmokritosを名指なざしで批判ひはんしていないが、『ティマイオスTimaios』における宇宙うちゅう論ろん──デミウルゴスDēmiourgos(製作者せいさくしゃ)による目的もくてき論ろん的てき宇宙うちゅう論ろん──は、デモクリトスDēmokritosの機械きかい論ろん的てき宇宙うちゅう論ろんへの対案たいあんと読よめる。世界せかいに秩序ちつじょがあるのは偶然ぐうぜんではなく知性ちせいによる──この主張しゅちょうは唯物論ゆいぶつろんへの根本こんぽん的てきな異議いぎである。

3. 認識にんしき論ろん的てき自己じこ矛盾むじゅんの問題もんだい:感覚かんかくを慣習かんしゅうにすぎないと退しりぞけつつ、原子げんしの存在そんざいは感覚かんかくからの推論すいろんに依存いぞんする──この循環じゅんかんは古代こだいから指摘してきされてきた。先述せんじゅつのDK 68B125は、デモクリトスDēmokritos自身じしんがこの問題もんだいに真剣しんけんに取とり組くんでいたことを示しめしている。

4. エピクロスEpikourosによる修正しゅうせい:後継者こうけいしゃエピクロスEpikourosはデモクリトスDēmokritosの原子論げんしろんを継承けいしょうしつつも重要じゅうような修正しゅうせいを加くわえた。デモクリトスDēmokritosの厳格げんかくな決定けってい論ろんに対たいし、エピクロスEpikourosは原子げんしの「逸それ」(パレンクリシスparenklisis、ラテンLatin語ごでクリナメンclinamen)を導入どうにゅうし、自由じゆう意志いしの余地よちを確保かくほした。すべてが必然ひつぜんであるなら道徳どうとく的てき責任せきにんは成なり立たたない──この批判ひはんは、決定けってい論ろんと自由じゆう意志いしをめぐる哲学てつがく史しの根本こんぽん問題もんだいを先取さきどりしている。

5. 現代げんだいの解釈かいしゃく論争ろんそう:デモクリトスDēmokritosの原子げんしは近代きんだい科学かがくの原子げんしとどの程度ていど重かさなるのか。両者りょうしゃには重要じゅうような相違そういがある──近代きんだいの原子げんしは分割ぶんかつ可能かのうであり(陽子ようし・中性子ちゅうせいし・電子でんし)、さらに素粒子そりゅうしレベルlevelでは粒子りゅうしと波動はどうの二重にじゅう性せいを持もつ。しかし「世界せかいは離散りさん的てきな基本きほん単位たんいから構成こうせいされる」という根本こんぽんの発想はっそう、「感覚かんかく的てき性質せいしつは物理ぶつり的てき構造こうぞうに還元かんげんされる」という方法ほうほう論ろん的てき姿勢しせいは、驚おどろくほど現代げんだいに通つうじている。

影響えいきょうと遺産いさん

エピクロスEpikouros派は:デモクリトスDēmokritosの最大さいだいの後継者こうけいしゃはエピクロスEpikouros(紀元前きげんぜん342〜270年ねん)である。エピクロスEpikourosは原子論げんしろんを全面ぜんめん的てきに継承けいしょうし、倫理りんり学がくにおいてもエウテュミアeuthymiaをアタラクシアataraxia(心こころの動揺どうようのなさ)として発展はってんさせた。ローマRomaの詩人しじんルクレティウスLucretiusは『事物じぶつの本性ほんせいについて(デ・レルム・ナトゥラDe Rerum Natura)』で原子論げんしろんを壮大そうだいな教訓きょうくん詩しに仕立したてた。

近代きんだい科学かがく革命かくめい:17世紀せいきの科学かがく革命かくめいにおいて、デモクリトスDēmokritosの原子論げんしろんは再ふたたび注目ちゅうもくされた。ガッサンディGassendiはエピクロスEpikourosの原子論げんしろんを復興ふっこうさせ、ボイルBoyleは微粒子びりゅうし哲学てつがくとして化学かがくに応用おうようした。ニュートンNewtonは『光学こうがく(オプティクスOpticks)』の質疑しつぎ31で、神かみが最初さいしょに創造そうぞうしたのは「堅かたくて質量しつりょうのある不可ふか貫通かんつう的てきな可動かどうの粒子りゅうし」であったと書かいている。

近代きんだい哲学てつがく:デモクリトスDēmokritosの第一だいいち性質せいしつ・第二だいに性質せいしつの区別くべつは、ロックLockeの認識にんしき論ろんに直接ちょくせつ反映はんえいしている。ロックLockeは形状けいじょう・大おおきさ・運動うんどうを物体ぶったいの第一だいいち性質せいしつ(客観きゃっかん的てき)とし、色いろ・味あじ・音おとを第二だいに性質せいしつ(主観しゅかん的てき)とした。この区別くべつの原型げんけいはデモクリトスDēmokritosの「慣習かんしゅうにより」と「真まことに」の区別くべつにある。

マルクスMarx:カール・マルクスKarl Marxの博士はかせ論文ろんぶん(1841年ねん)は『デモクリトスDēmokritosとエピクロスEpikourosの自然しぜん哲学てつがくの差異さい』というテーマthemeであった。マルクスMarxはデモクリトスDēmokritosの決定けってい論ろんとエピクロスEpikourosの自由じゆうの導入どうにゅうを対比たいひし、唯物論ゆいぶつろんと人間にんげんの自由じゆうの問題もんだいを論ろんじた。この初期しょきの研究けんきゅうは、後のちの唯物ゆいぶつ史観しかんの萌芽ほうがとも読よむことができる。

現代げんだい科学かがく:ドルトンDaltonの原子げんし説せつ(1803年ねん)、ラザフォードRutherfordの原子核げんしかく模型もけい(1911年ねん)を経へて、原子げんしの存在そんざいは実験じっけん的てきに確認かくにんされた。もちろん現代げんだいの原子げんしはデモクリトスDēmokritosの原子げんしとは異ことなるが、「世界せかいは基本きほん単位たんいの組くみ合あわせからできている」という基本きほん的てきな枠組わくぐみは驚おどろくほど変かわっていない。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、還元かんげん主義しゅぎの可能かのう性せいと限界げんかい。デモクリトスDēmokritosは万物ばんぶつを原子げんしの配列はいれつと運動うんどうに還元かんげんした。現代げんだい科学かがくもまた生命せいめい現象げんしょうをDNAディーエヌエーの塩基えんき配列はいれつに、意識いしきを神経しんけい細胞さいぼうの発火はっかパターンpatternに還元かんげんしようとする。しかし「意識いしきはなぜ物理ぶつり的てき過程かていに伴ともなうのか」(意識いしきのハードプロブレムhard problem)は未解決みかいけつのままである。デモクリトスDēmokritosが切きり開ひらいた還元かんげん主義しゅぎの道みちは、いまだその終着しゅうちゃく点てんに達たっしていない。

第二だいにに、決定けってい論ろんと自由じゆう意志いし。デモクリトスDēmokritosの世界せかいでは一切いっさいが必然ひつぜんであり、偶然ぐうぜんはない。現代げんだいの神経しんけい科学かがくが示唆しさする脳のうの決定けってい論ろん的てき側面そくめん──意識いしき的てきな決定けっていに先立せんだって脳のうがすでに活動かつどうを始はじめているというリベットLibetの実験じっけん(1983年ねん)──は、デモクリトスDēmokritosが提起ていきした問題もんだいを新あらたな形かたちで再燃さいねんさせている。私わたしたちの行為こういは原子げんし(あるいは素粒子そりゅうし)の運動うんどうによって決定けっていされているのか、それとも自由じゆうな選択せんたくの余地よちがあるのか。

第三だいさんに、感覚かんかくと実在じつざいのギャップgap。デモクリトスDēmokritosの「慣習かんしゅうにより甘あまい」は、現代げんだいの認知にんち科学かがくが明あきらかにした知覚ちかくの構成こうせい性せいと共鳴きょうめいする。色いろは電磁波でんじはの特定とくていの波長はちょうに対たいする脳のうの反応はんのうであり、音おとは空気くうきの振動しんどうに対たいする脳のうの解釈かいしゃくである。世界せかいの「本当ほんとうの姿すがた」と私わたしたちが経験けいけんする世界せかいのあいだには本質ほんしつ的てきな隔へだたりがある──この認識にんしきはデモクリトスDēmokritosにまで遡さかのぼる。

第四だいよんに、組くみ合あわせの科学かがく。原子げんしの形状けいじょう・配列はいれつ・向むきの組くみ合あわせが万物ばんぶつを生うむというデモクリトスDēmokritosの発想はっそうは、現代げんだいの分子ぶんし生物せいぶつ学がくと驚おどろくべき構造こうぞう的てき類似るいじを示しめす。DNAディーエヌエーの二重にじゅう螺旋らせんは、わずか4種しゅの塩基えんき(A・T・G・C)の配列はいれつによって生命せいめいのすべての多様たよう性せいを符号ふごう化かしている。少数しょうすうの基本きほん単位たんいの組くみ合あわせから無限むげんの多様たよう性せいが生しょうじるという原理げんりは、アルファベットalphabetの比喩ひゆを用もちいたデモクリトスDēmokritosの直観ちょっかんそのものである。

読者どくしゃへの問とい

  • 世界せかいを最小さいしょうの構成こうせい要素ようそに還元かんげんする説明せつめいで、本当ほんとうに「すべて」が説明せつめいできるのか。色いろや感情かんじょうの「質しつ」は、物理ぶつり的てき構造こうぞうだけで汲くみ尽つくせるものか。
  • もし宇宙うちゅうのすべてが物理ぶつり法則ほうそくに従したがう粒子りゅうしの運動うんどうにすぎないなら、「善ぜんい生いき方かた」を追求ついきゅうすることにどんな意味いみがあるのか。デモクリトスDēmokritosのエウテュミアeuthymiaは、唯物論ゆいぶつろんの枠内わくないで十分じゅうぶんに根拠こんきょづけられるか。
  • 現代げんだい物理学ぶつりがくにおいて素粒子そりゅうしの振ふる舞まいは確率かくりつ的てきであるとされる(量子りょうし力学りきがく)。デモクリトスDēmokritosの徹底てっていした決定けってい論ろんは、この事実じじつによってどう修正しゅうせいされるべきか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

"「慣習かんしゅうにより甘あまく、慣習かんしゅうにより苦にがく、慣習かんしゅうにより熱あつく、慣習かんしゅうにより冷つめたく、慣習かんしゅうにより色いろあり。真まことにあるのは原子げんしと空虚くうきょのみ。」" 出典しゅってん:DK 68B125(セクストス・エンペイリコスSextos Empeirikos『学者がくしゃたちへの論駁ろんばく』VII.135に引用いんよう)/原文げんぶん:"νόμῳ γλυκύ, νόμῳ πικρόν, νόμῳ θερμόν, νόμῳ ψυχρόν, νόμῳ χροιή· ἐτεῇ δὲ ἄτομα καὶ κενόν"
"「哀あわれなる理性りせいよ、おまえは私わたしたちから証拠しょうこを受うけ取とりながら私わたしたちを打うち倒たおそうとするのか。おまえの勝利しょうりはおまえ自身じしんの転落てんらくであるぞ。」" 出典しゅってん:DK 68B125(ガレノスGalēnos『経験けいけん医学いがくについて』1259, 8に引用いんよう)/原文げんぶん:"δειλαίη φρήν, παρ' ἡμέων λαβοῦσα τὰς πίστεις ἡμέας καταβάλλεις; πτῶμά τοι τὸ κατάβλημα"
"「一ひとつの原因げんいんの説明せつめいを発見はっけんすることは、ペルシアPersiaの王位おういを得えるより好このましい。」" 出典しゅってん:DK 68B118(エウセビオスEusebios『福音ふくいんの準備じゅんび』XIV.27.4に引用いんよう)/原文げんぶん:"αἰτιολογίην μίαν ἐξευρεῖν κρέσσον ἐστί μοι τὴν Περσέων βασιληίην"
"「幸福こうふくは家畜かちくや金きんのなかに宿やどるのではない。魂たましいこそが幸福こうふくと不幸ふこうの住処すみかである。」" 出典しゅってん:DK 68B171(ストバイオスStobaios『精華せいか集しゅう』II.7.3iに引用いんよう)/原文げんぶん:"εὐδαιμονίη οὐκ ἐν βοσκήμασιν οἰκεῖ οὐδὲ ἐν χρυσῷ· ψυχὴ οἰκητήριον δαίμονος"
"「貧困ひんこんのなかの民主みんしゅ政せいは、いわゆる権力者けんりょくしゃのもとでの繁栄はんえいよりも好このましい。それは自由じゆうが奴隷どれい状態じょうたいよりも好このましいのと同おなじ程度ていどに。」" 出典しゅってん:DK 68B251(ストバイオスStobaios『精華せいか集しゅう』IV.1.42に引用いんよう)/原文げんぶん:"πενίη δημοκρατίῃ τοσοῦτον δημοκρατίης τῆς παρὰ τοῖς δυναστέουσιν εὐδαιμονίης αἱρετωτέρη, ὁκόσον ἐλευθερίη δουλείης"

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん資料しりょう):Dielsディールス, H. & Kranzクランツ, W. Die Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー, 6th ed.第6版, 1951.(DK 67: レウキッポスLeukippos, DK 68: デモクリトスDēmokritos)── 先せんソクラテスSōkratēs期き断片だんぺん集しゅうの標準ひょうじゅん版ばん
  • (研究けんきゅう書しょ):Taylorテイラー, C.C.W. The Atomists: Leucippus and Democritusジ・アトミスツ:レウキッポス・アンド・デモクリトス. Torontoトロント UPユニバーシティ・プレス, 1999.── 断片だんぺん・証言しょうげんの英訳えいやく・注釈ちゅうしゃくを備そなえた標準ひょうじゅん的てき研究けんきゅう
  • (研究けんきゅう書しょ):Kirkカーク, G.S., Ravenレイヴン, J.E. & Schofieldスコフィールド, M. The Presocratic Philosophersザ・プレソクラティック・フィロソファーズ. 2nd ed., Cambridgeケンブリッジ UPユニバーシティ・プレス, 1983.── 原子論者げんしろんしゃの章しょうを含ふくむ先せんソクラテスSōkratēs期き全体ぜんたいの標準ひょうじゅん概説がいせつ
  • (研究けんきゅう書しょ):Hasperハスパー, Pieter Sjoerdピーター・スヨルド. "Leucippus and Democritus." in The Oxford Handbook of Presocratic Philosophyザ・オックスフォード・ハンドブック・オブ・プレソクラティック・フィロソフィー, eds. Patricia Curdパトリシア・カード & Daniel W. Grahamダニエル・W・グレアム. Oxfordオックスフォード UPユニバーシティ・プレス, 2008.── 原子論げんしろんの包括ほうかつ的てき解説かいせつ
  • (邦語ほうご文献ぶんけん):内山うちやま勝利かつとし編へん『ソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺん集しゅう』第だいIII巻かん、岩波いわなみ書店しょてん、1997年ねん。── DK断片だんぺん集しゅうの邦訳ほうやく
  • (研究けんきゅう書しょ):Berrymanベリーマン, Sylviaシルヴィア. "Democritus." Stanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー. https://plato.stanford.edu/entries/democritus/
  • (研究けんきゅう書しょ):Marxマルクス, Karlカール. Differenz der demokritischen und epikureischen Naturphilosophieデモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異, 1841.── マルクスMarxの博士はかせ論文ろんぶん。原子論げんしろんと自由じゆうの問題もんだいを論ろんじる
  • (概説がいせつ):アリストテレスAristotelēs『形而上学Metaphysica』I.4; 『生成せいせい消滅しょうめつ論ろん』I.2, I.8; 『魂たましいについて』I.2──デモクリトスDēmokritosの原子論げんしろんに関かんする最重要さいじゅうようの古代こだい証言しょうげん