あまいもにがいも慣習かんしゅうにより、あついもつめたいも慣習かんしゅうにより、いろ慣習かんしゅうによる。まことにあるのは原子アトモン空虚ケノンのみ。」。この一文いちぶんは、紀元前きげんぜん5世紀せいきギリシャGreece哲学者てつがくしゃデモクリトスDēmokritosのものである。わたしたちが日常にちじょうかんじるいろあじ温度おんど主観しゅかん産物さんぶつにすぎず、世界せかいしん姿すがたえない極小ごくしょう粒子りゅうしとその隙間すきまだけでつ。この大胆だいたん主張しゅちょうは、2400ねん以上いじょうまえとなえられたものでありながら、近代きんだい科学かがく物質観ぶっしつかんおどろくほど先取さきどりしている。

デモクリトスDēmokritos古代こだいにおいて「わら哲学者てつがくしゃ」(ゲラシノスgelasinos)とばれた(セネカSenecaこころ平静へいせいについて』XV.2)。人間にんげんおろかさをなげいていたヘラクレイトスHērakleitosとは対照たいしょうてきに、デモクリトスDēmokritosいとなみをわらばした。「哲学者てつがくしゃ」と「わら哲学者てつがくしゃ」のついルネサンスRenaissance絵画かいがにまでかええがかれた有名ゆうめい図像ずぞうである。だがそのわらいのおくには、世界せかい最小さいしょう構成こうせい要素ようそにまで分解ぶんかいし、そこから万物ばんぶつ宇宙うちゅうたましい知覚ちかくも)を再構成さいこうせいしようとする壮大そうだい知的ちてき企図きとがあった。事実じじつトラシュロスThrasylos目録もくろくしるされたかれ著作ちょさくは70以上いじょうにのぼり、物理学ぶつりがく数学すうがく倫理学りんりがく天文学てんもんがく音楽おんがく医学いがく農業のうぎょう絵画かいが技法ぎほうにまでおよぶ。古代こだい世界せかいにおいてもっと百科全書ひゃっかぜんしょてき知性ちせいのひとりであった。

デモクリトスDēmokritos原子論げんしろんは、パルメニデスParmenidēsきつけた哲学てつがく史上しじょう最大さいだい難問なんもん(「あるものはあり、ないものはない。ゆえに変化へんか不可能ふかのうである」)への応答おうとうであった。原子げんしはそれぞれ不生ふしょう不滅ふめつ不変ふへんであり、パルメニデスParmenidēsてきな「存在そんざい」の条件じょうけんたす。しかし原子げんし原子げんしのあいだには空虚くうきょパルメニデスParmenidēs否定ひていした「ないもの」)が実在じつざいする。空虚くうきょがあるからこそ原子げんし運動うんどうでき、結合けつごう分離ぶんりによって万物ばんぶつ生成せいせい消滅しょうめつ説明せつめいされる。この巧妙こうみょう解決かいけつは、古代こだい唯物論ゆいぶつろん頂点ちょうてんであると同時どうじに、近代きんだい科学かがく萌芽ほうがでもあった。

ほん記事きじでは、現存げんそんする断片だんぺん後世こうせい証言しょうげん(DK 68)をがかりに、デモクリトスDēmokritos原子論げんしろん論理ろんり原子げんし空虚くうきょ存在そんざいろん知覚ちかく認識にんしき理論りろん倫理りんり思想しそう)をかし、この哲学者てつがくしゃいが現代げんだいにどうひびくかをう。

この記事きじ要点ようてん

  • 原子アトモン空虚ケノンデモクリトスDēmokritos万物ばんぶつ不可分ふかぶん極小ごくしょう粒子りゅうしアトモンatomon原子げんし)と空虚くうきょケノンkenon)から説明せつめいした。原子げんし形状けいじょうおおきさ・配列はいれつのみがことなり、その結合けつごう分離ぶんり万物ばんぶつ生成せいせい消滅しょうめつこる。パルメニデスParmenidēs否定ひていした空虚くうきょ大胆だいたん導入どうにゅうし、変化へんか多様たようせい合理ごうりてき説明せつめいしたてん画期かっきてきである。
  • 感覚かんかく主観しゅかんせい認識にんしき二重にじゅう構造こうぞういろあじ温度おんどなどの感覚かんかくてき性質せいしつ慣習かんしゅうノモスnomos)にすぎず、まこと実在じつざいするのは原子げんし空虚くうきょだけである。感覚かんかくは「くら認識にんしき」、理性りせいは「真正しんせい認識にんしき」とばれ、近代きんだい第一だいいち性質せいしつ第二だいに性質せいしつ区別くべつ先取さきどりする。
  • エウテュミアeuthymiaたましい平静へいせいデモクリトスDēmokritos自然しぜん哲学てつがくにとどまらず、倫理りんりがくにおいても独自どくじ立場たちばきずいた。快楽かいらく過剰かじょうではなく節度せつどあるよろこび、つまりたましい平静へいせいエウテュミアeuthymia)をぜんせい目標もくひょうとした。この思想しそうのちエピクロスEpikouros快楽かいらく主義しゅぎアタラクシアataraxia)に直接ちょくせつつながる。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

デモクリトスDēmokritos紀元前きげんぜん460ねんごろトラキアThrakia植民しょくみん都市としアブデラAbderaまれた。アブデラAbderaギリシャGreece本土ほんどでは田舎いなかまちなされがちだったが、ソフィストSophistēsプロタゴラスPrōtagorasおなアブデラAbdera出身しゅっしんであり、知的ちてき活発かっぱつ都市としであったことがうかがえる。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios(『哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』IX.34-49)によれば、デモクリトスDēmokritos裕福ゆうふくいえまれ、ちち遺産いさん使つかたして各地かくち遊学ゆうがくしたという。

伝承でんしょうによれば、デモクリトスDēmokritosエジプトEgyptペルシアPersia、さらにはインドIndiaにまでたびしたとされる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.35)。旅行りょこう範囲はんいについてはかなりの誇張こちょうがあるとられるが、かれ広範こうはん知識ちしきおおくの知的ちてき伝統でんとうれていたことはたしかである。かれ自身じしん、「わたし同時代どうじだい人間にんげんのうちでもっとおおくの土地とちめぐり、もっととおくを探究たんきゅうした」(DK 68B299)とかたっている。

デモクリトスDēmokritosレウキッポスLeukipposである。原子論げんしろん最初さいしょ創始そうししたのはレウキッポスLeukipposであり、デモクリトスDēmokritosはそれを体系たいけいてき発展はってんさせた。アリストテレスAristotelēs両者りょうしゃをほぼ一体いったいとしてあつかっているが(『生成せいせい消滅しょうめつろん』I.8, 325a-b)、デモクリトスDēmokritos認識にんしきろん倫理りんりがく宇宙うちゅうろんにまで原子論げんしろん拡張かくちょうしたてんで、おおきくえる。レウキッポスLeukipposについてはほとんどなにられておらず、エピクロスEpikourosかれ実在じつざいすらうたがったとされるが(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosX.13)、現在げんざい研究けんきゅうでは歴史れきしてき実在じつざいひろみとめられている。

デモクリトスDēmokritos著作ちょさく古代こだいにおいて膨大ぼうだいであった。トラシュロスThrasylosによる著作ちょさく目録もくろく四部よんぶさくテトラロギアtetralogia)に編成へんせいされた70以上いじょう著作ちょさく列挙れっきょしており(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.46-49)、物理学ぶつりがく数学すうがく倫理学りんりがく文学ぶんがく技術ぎじゅつろんまで多岐たきにわたる。キケロCiceroデモクリトスDēmokritos文体ぶんたいを「明晰めいせきにしてうつくしい」とたたえ(『かみ々の本性ほんせいについて』I.120)、ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertiosかれ散文さんぶんプラトンPlatōn匹敵ひってきする評価ひょうかけていたことをしるしている(IX.49)。しかし著作ちょさく完全かんぜんかたちではひとつものこっていない。現在げんざいつたわるのは後世こうせい著作家ちょさくかたちが引用いんようした断片だんぺん証言しょうげんのみである(DK 68)。

デモクリトスDēmokritos活動かつどうした時代じだいは、ペリクレスPeriklēs時代じだいアテナイAthēnai全盛ぜんせいからペロポネソスPeloponnēsos戦争せんそう紀元前きげんぜん431〜404ねん)の激動げきどうにあたる。同時代どうじだいにはソクラテスSōkratēsがいたが、プラトンPlatōn対話篇たいわへんにはデモクリトスDēmokritosへの直接ちょくせつ言及げんきゅうがない。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertiosは、プラトンPlatōnデモクリトスDēmokritos著作ちょさくをすべてはらおうとしたが、ピタゴラスPythagoras友人ゆうじんたちにめられたという逸話いつわつたえている(IX.40)。この逸話いつわ信憑しんぴょうせいはともかく、唯物論ゆいぶつろんイデアideaろんという根本こんぽんてき対立たいりつ両者りょうしゃのあいだにあったことはたしかである。

デモクリトスDēmokritos長寿ちょうじゅであったとつたえられ、紀元前きげんぜん360ねんごろに90さい以上いじょうぼっしたとされる(諸説しょせつあり、100さい以上いじょうとする伝承でんしょうもある)。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん500ねんごろレウキッポスLeukippos生年せいねん推定すいてい)。原子論げんしろん創始そうし
  • 紀元前きげんぜん490ねんごろエンペドクレスEmpedoklēsアナクサゴラスAnaxagoras活動かつどう
  • 紀元前きげんぜん460ねんごろデモクリトスDēmokritosアブデラAbderaまれる
  • 紀元前きげんぜん450〜430ねんごろレウキッポスLeukippos師事しじ原子論げんしろん継承けいしょう発展はってん
  • 紀元前きげんぜん440〜420ねんごろエジプトEgyptペルシアPersiaなどへの遊学ゆうがく伝承でんしょう
  • 紀元前きげんぜん431ねんペロポネソスPeloponnēsos戦争せんそう開始かいし
  • 紀元前きげんぜん420〜400ねんごろ主要しゅよう著作ちょさく執筆しっぴつ推定すいてい)。『だい世界せかい秩序ちつじょ』『しょう世界せかい秩序ちつじょ』など
  • 紀元前きげんぜん399ねんソクラテスSōkratēs
  • 紀元前きげんぜん360ねんごろデモクリトスDēmokritosぼっ推定すいてい。90さい以上いじょう

この哲学者てつがくしゃなにうたのか

パルメニデスParmenidēs論証ろんしょうは、変化へんか運動うんどう多様たようせい論理ろんりてき不可能ふかのうであると宣言せんげんした。存在そんざいいつであり、不動ふどうであり、不変ふへんである。しかしわたしたちの眼前がんぜんには、えず変化へんかうご世界せかいひろがっている。パルメニデスParmenidēs以降いこう哲学者てつがくしゃたちは、この理論りろん現実げんじつ乖離かいりをどう解消かいしょうするかという難問なんもんんだ。

エンペドクレスEmpedoklēs四元素よんげんそつちみず空気くうき)の結合けつごう分離ぶんり変化へんか説明せつめいし、アナクサゴラスAnaxagoras無限むげんおおくの種子しゅしスペルマタspermata)とヌースnous知性ちせい)を導入どうにゅうした。デモクリトスDēmokritos解答かいとうはもっとも徹底てっていてきであった。かれうた。存在そんざい最小さいしょう単位たんいなにか、それらはいかにして多様たよう世界せかいすのか、そしてわたしたちは感覚かんかくつうじてそれをどこまで正確せいかくりうるのか。

デモクリトスDēmokritos独創どくそうせいは、パルメニデスParmenidēs論理ろんり正面しょうめんかられつつ、「非存在ひそんざい」にあたる空虚くうきょにも一種いっしゅ実在じつざいせいみとめたてんにある。「あるものはなにもないもの(ケノンkenon空虚くうきょ)よりもいっそう存在そんざいするわけではない」(アリストテレスAristotelēs形而上学Metaphysica』I.4, 985b4-10の報告ほうこく)。この一言ひとことは、存在そんざい非存在ひそんざい二元論にげんろんやぶ革命かくめいてき転換てんかんであった。

核心かくしん理論りろん

1. 原子げんしアトモンatomon)── 分割ぶんかつされえないもの

原子論げんしろん根幹こんかんつぎ命題めいだいにある。物体ぶったい分割ぶんかつつづければ、いつか分割ぶんかつしえない最小さいしょう単位たんい到達とうたつする。それが原子げんしアトモンatomonギリシャGreeceで「れないもの」の)である。原子げんし不生ふしょう不滅ふめつ不変ふへんであり、内部ないぶ空虚くうきょふくまない充実体じゅうじつたいナストンnaston=「ちたもの」)である。

なぜ分割ぶんかつ無限むげんつづかないとかんがえたのか。アリストテレスAristotelēs報告ほうこく(『生成せいせい消滅しょうめつろん』I.2, 316a-317a)によれば、もし物体ぶったいがどこまでも分割ぶんかつ可能かのうなら、最終さいしゅうてきには「おおきさをもたないてん」にく。しかしおおきさのないてんをいくらあつめてもおおきさのある物体ぶったい構成こうせいできない。したがって物体ぶったいには分割ぶんかつ下限かげん原子げんし)がなければならない。これは物理ぶつりてき分割ぶんかつ限界げんかいであると同時どうじに、論理ろんりてき必然ひつぜんでもある。

原子げんし無限むげんおお存在そんざいし、無限むげん空虚くうきょのなかを永遠えいえん運動うんどうする。原子げんしどうしが衝突しょうとつし、形状けいじょうえば結合けつごうし、わなければはじばされる。わたしたちが「生成せいせい」とぶものは原子げんし結合けつごうであり、「消滅しょうめつ」とは原子げんし分離ぶんりにほかならない。原子げんし自体じたいなに変化へんかしない。変化へんかするのはその集合しゅうごう配列はいれつだけである。

2. 空虚くうきょケノンkenon)── 非存在ひそんざい復権ふっけん

パルメニデスParmenidēs空虚くうきょ非存在ひそんざい論理ろんりてき不可能ふかのうとして退しりぞけた。しかしレウキッポスLeukipposデモクリトスDēmokritosは、空虚くうきょなしには運動うんどう説明せつめいできないことを根拠こんきょに、空虚くうきょにも存在そんざいみとめた。アリストテレスAristotelēsはこれをつぎのように報告ほうこくする。「充実体じゅうじつたいト・プレーレスto plēres)と空虚くうきょト・ケノンto kenon)をそれぞれ存在そんざい非存在ひそんざいび、存在そんざい非存在ひそんざいよりもいっそうは存在そんざいしないとう」(『形而上学Metaphysica』I.4, 985b4-10)。

これは大胆だいたん存在そんざいろんてき転換てんかんである。「ないもの」が「ある」。つまり空虚くうきょなにふくまないが、「ある」のだ。原子げんし運動うんどうするためのとして空虚くうきょ不可欠ふかけつであり、原子げんし同等どうとう存在そんざいろんてき地位ちいつ。近代きんだい物理学ぶつりがくにおける真空しんくう概念がいねんなにもない空間くうかんではなくとしての真空しんくう)は、この古代こだい直観ちょっかんとお反響はんきょうである。

3. 原子げんし差異さい ── 形状けいじょう配列はいれつ

アリストテレスAristotelēs原子げんし差異さいみっつの観点かんてんから整理せいりしている(『形而上学Metaphysica』I.4, 985b13-19)。(1)形状けいじょうリュスモスrhysmos):AとNのようにかたちことなる。(2)配列はいれつディアティゲーdiathigē):ANとNAのように順序じゅんじょことなる。(3)き(トロペーtropē):Nを回転かいてんさせるとZになるようにきがことなる。

この比喩ひゆ注目ちゅうもくあたいする。アルファベットalphabet文字もじ少数しょうすうだが、そのわせで無限むげん文章ぶんしょうまれるように、かぎられた種類しゅるい原子げんし形状けいじょう配列はいれつきのわせが万物ばんぶつ多様たようせいむ。原子げんしにはいろあじ温度おんどもない。これらの性質せいしつ原子げんし集合体しゅうごうたいわたしたちの感覚かんかく器官きかん作用さようするとき、はじめてしょうじる主観しゅかんてき経験けいけんにすぎない。

原子げんしおおきさについても注意ちゅうい必要ひつようである。原子げんし通常つうじょうえないほど微小びしょうだが、デモクリトスDēmokritos原子げんしおおきさに上限じょうげんもうけなかったという証言しょうげんもある(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.44、アエティオスAetiosI.12.6)。また、原子げんしおもさ(バロスbaros)があるかどうかは学者がくしゃのあいだで論争ろんそうがある。アリストテレスAristotelēs原子げんしおもさをしているが(『生成せいせい消滅しょうめつろん』I.8, 326a9-10)、べつ解釈かいしゃくでは原子げんしおもさは集合体しゅうごうたいレベルlevelはじめてしょうじるともめる。いずれにせよ、原子げんしせられる性質せいしつ純粋じゅんすい幾何きかがくてき力学りきがくてきなものにかぎられており、この禁欲きんよくてき存在そんざいろん近代きんだい科学かがく数学すうがくてき自然しぜんかん先取さきどりしている。

4. 感覚かんかく認識にんしき ── 「くら認識にんしき」と「真正しんせい認識にんしき

デモクリトスDēmokritos認識にんしき二種にしゅけた。「認識にんしきにはふたつのかたちがある。ひとつは真正しんせいな(グネーシエーgnēsiē認識にんしき、もうひとつはくらい(スコティエーskotiē認識にんしき」(DK 68B11)。くら認識にんしきとは視覚しかく聴覚ちょうかく嗅覚きゅうかく味覚みかく触覚しょっかく五感ごかん)による認識にんしきであり、真正しんせい認識にんしきとは理性りせいによる認識にんしきである。

感覚かんかく仕組しくみについて、デモクリトスDēmokritos独自どくじ理論りろん展開てんかいした。物体ぶったい表面ひょうめんからはえずうすまくエイドラeidōla)が流出りゅうしゅつし、これが感覚かんかく器官きかん到達とうたつすることで知覚ちかく成立せいりつする(テオプラストスTheophrastos感覚かんかくについて』49-83の報告ほうこく)。視覚しかくはこのぞう空気くうきかいしてはいることでしょうじ、味覚みかく原子げんし形状けいじょうした作用さようすることでしょうじる。まる原子げんしあまく、かくばった原子げんしにがい。

しかしここに認識にんしきろんてき難問なんもん浮上ふじょうする。もし感覚かんかく慣習かんしゅうにすぎないなら、原子げんし空虚くうきょ存在そんざい手段しゅだん結局けっきょく感覚かんかく依存いぞんしているのではないか。デモクリトスDēmokritos自身じしんがこの困難こんなん自覚じかくしていたことは、有名ゆうめい断片だんぺんしめしている。感覚かんかく理性りせいかってう。「あわれなる理性りせいよ、おまえはわたしたちから証拠しょうこりながら、わたしたちをたおそうとするのか。おまえの勝利しょうりはおまえ自身じしん転落てんらくであるぞ」(DK 68B125)。感覚かんかくなしに理性りせいはたらけない。この自覚じかくは、近代きんだい経験けいけんろん問題もんだい意識いしき先取さきどりするものである。

5. 宇宙うちゅうろん ── 無限むげん世界せかい機械きかいろんてき必然ひつぜん

原子げんし無限むげん空虚くうきょのなかを永遠えいえん運動うんどうしている。この運動うんどうにははじまりがなく、外部がいぶからの原因げんいん必要ひつようとしない。原子げんし衝突しょうとつ反発はんぱつかえし、やがてうずディネーdinē)を形成けいせいする。うずのなかでは「たものがたもののところへあつまる」原理げんりはたらき──ちょうどふるい穀物こくもつるうとおなおおきさのつぶあつまるように(DK 68B164の比喩ひゆ)──おも原子げんし中心ちゅうしんに、かる原子げんし周辺しゅうへん移動いどうし、大地だいちうみ天体てんたいしょうじる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosIX.31-33の報告ほうこく)。レウキッポスLeukipposった──「いかなるものも無意味むいみしょうじはしない。すべてはロゴスlogosもとづき必然ひつぜんによってしょうじる」(DK 67B2)。デモクリトスDēmokritosはこの徹底てっていした機械きかいろんてき決定けっていろん継承けいしょうした。

さらに注目ちゅうもくすべきは、デモクリトスDēmokritos無限むげんおおくの世界せかいコスモイkosmoi)の存在そんざい主張しゅちょうしたてんである(ヒッポリュトスHippolytosぜん異端いたん反駁はんばく』I.13の報告ほうこく)。原子げんし空虚くうきょ無限むげんであるならば、原子げんし結合けつごうパターンpattern無限むげんであり、わたしたちの世界せかいおなじような世界せかい、あるいはまったことなる世界せかい無限むげん存在そんざいしうる。この発想はっそうは、現代げんだい宇宙うちゅうろんにおける多宇宙たうちゅうマルチバースmultiverse仮説かせつ想起そうきさせる。

ただしデモクリトスDēmokritos宇宙うちゅうろんには目的論もくてきろんがない。アナクサゴラスAnaxagorasヌースnous知性ちせい)を宇宙うちゅう秩序ちつじょ原因げんいんとしたのにたいし、デモクリトスDēmokritos純粋じゅんすい機械きかいろんてき説明せつめい一貫いっかんした。目的もくてき設計せっけいたない原子げんし運動うんどうが、結果けっかてき秩序ちつじょある世界せかいす──この見方みかたは、近代きんだい科学かがく方法ほうほうろん通底つうていする。

6. 文明ぶんめい起源きげんろん ── かみなき人類じんるい

デモクリトスDēmokritos原子論げんしろん枠組わくぐみで人類じんるい文明ぶんめい発展はってんをも説明せつめいした。ディオドロス・シクルスDiodōros Sikulos(『歴史れきし叢書そうしょ』I.8)に保存ほぞんされた報告ほうこくによれば──この箇所かしょデモクリトスDēmokritos依拠いきょしているとひろかんがえられている──、初期しょき人間にんげんけもののように散在さんざいしてらし、果実かじつ採集さいしゅうしていた。野獣やじゅう脅威きょうい人間にんげん協力きょうりょくかわせ、言語げんご技術ぎじゅつ必要ひつようクレイアchreia)から段階だんかいてき発明はつめいされた。かみ英雄えいゆう文明ぶんめいさずけたのではなく、人間にんげん自身じしん経験けいけん試行錯誤しこうさくご文化ぶんかんだ──この自然しぜん主義しゅぎてき文明ぶんめいろん古代こだいにおいてきわめて先進せんしんてきであった。

言語げんごについても注目ちゅうもくすべき見解けんかいつたえられている。デモクリトスDēmokritos言葉ことば事物じぶつのあいだに自然しぜんてきむすびつき(ピュセイphysei)はなく、め(テセイthesei)によるものだとかんがえた(プロクロスProklosクラテュロスKratylos注解ちゅうかい』XVI)。その根拠こんきょとして同音異義語どうおんいぎご異音同義語いおんどうぎご名前なまえ変更へんこう名前なまえのない事物じぶつよっつをげたとされる。言語げんご規約きやくせいろんじたこの議論ぎろんは、現代げんだい言語げんご哲学てつがくにおける恣意しいせいアービトラリネスarbitrariness)の議論ぎろん先駆せんくである。

7. たましい原子論げんしろん ── 物質ぶっしつとしてのこころ

デモクリトスDēmokritosたましいプシュケーpsychē)もまた原子げんしからるとかんがえた。たましい原子げんし球形きゅうけいなめらかであり、原子げんし類似るいじする(アリストテレスAristotelēsたましいについて』I.2, 403b31-404a16)。もっと微細びさい運動うんどうせいたか原子げんし身体しんたい全体ぜんたい分散ぶんさんし、身体しんたい運動うんどう生命せいめいあたえる。呼吸こきゅう外部がいぶ球形きゅうけい原子げんしれ、内部ないぶたましい原子げんし散逸さんいつするのをふせ役割やくわりたす。呼吸こきゅうまればたましい原子げんし飛散ひさんし、おとずれる。

このかんがかた帰結きけつ明確めいかくである──たましい不死ふしではなく、死後しごせいもない。プラトンPlatōnたましい不死ふし論証ろんしょうしようとしたのとは対極たいきょく立場たちばであり、のちエピクロスEpikourosがこの立場たちば継承けいしょうして「我々われわれにとってなにものでもない」とくことになる。

8. 倫理りんり思想しそう ── エウテュミアeuthymiaたましい平静へいせい

デモクリトスDēmokritos自然しぜん哲学てつがくだけでなく、倫理りんりがくにおいてもおおくの断片だんぺんのこしている。かれ倫理りんり思想しそう中心ちゅうしんにあるのはエウテュミアeuthymiaたましい状態じょうたいこころ平静へいせい)の概念がいねんである。「人間にんげんにとっての最善さいぜんは、できるだけこころおだやかにきることであり、できるだけくるしみすくなくきることである」(DK 68B189の趣旨しゅし)。

エウテュミアeuthymia快楽かいらく極大きょくだいではない。デモクリトスDēmokritos過度かど欲望よくぼういましめ、節度せつどメトリオテースmetriotēs)をおもんじた。「節度せつどある生活せいかつよろこびを見出みいだものに、不足ふそく過剰かじょうもおのずとえる」(DK 68B191の趣旨しゅし)。肉体にくたい快楽かいらくよりもたましい快楽かいらく上位じょういき、への探究たんきゅうそのものに最高さいこうよろこびを見出みいだした。「ひとつの原因げんいん発見はっけんは、ペルシアPersia王位おういるよりこのましい」(DK 68B118)──この一句いっくに、デモクリトスDēmokritos知的ちてき情熱じょうねつ凝縮ぎょうしゅくされている。

この倫理りんり思想しそう原子論げんしろん密接みっせつ関連かんれんしている。たましいもまた原子げんしから以上いじょうたましい状態じょうたい原子げんし運動うんどう状態じょうたい左右さゆうされる。過度かど興奮こうふん欲望よくぼうたましい原子げんしはげしい運動うんどうであり、平静へいせいおだやかな運動うんどうである。倫理りんり物理ぶつり延長えんちょうにある──このような統一とういつてき世界せかいかんは、古代こだい唯物論ゆいぶつろんおおきな特徴とくちょうである。

社会しゃかい倫理りんりめんでもデモクリトスDēmokritosゆたかな断片だんぺんのこしている。「貧困ひんこんのなかの民主みんしゅせいは、いわゆる権力者けんりょくしゃのもとでの繁栄はんえいよりもこのましい。それは自由じゆう奴隷どれい状態じょうたいよりもこのましいのとおな程度ていどに」(DK 68B251)。また、「ほうひとせいするためにある。ほうひとがいするのは、おのれのしさゆえにほう利益りえき享受きょうじゅする資格しかくのないものたいしてだけである」(DK 68B248の趣旨しゅし)。外的がいてき強制きょうせいよりも内的ないてきはじ感覚かんかく重視じゅうしし、「他者たしゃまえじるのではなく、自分じぶん自身じしんまえじよ」(DK 68B264)といた。このような内面ないめんてき道徳どうとくかんは、ソクラテスSōkratēs倫理りんり思想しそう並行へいこうてきであり、両者りょうしゃ思想しそうてき類似るいじ注目ちゅうもくあたいする。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • デモクリトスDēmokritos断片だんぺん・DK 68)── 完全かんぜん著作ちょさく現存げんそんしない。やく300の断片だんぺん証言しょうげん後世こうせい著作家ちょさくかアリストテレスAristotelēsテオプラストスTheophrastosシンプリキオスSimplikiosストバイオスStobaiosら)の引用いんようとして伝存でんそん
  • だい世界せかい秩序ちつじょメガス・ディアコスモスMegas Diakosmos)』── 宇宙うちゅう生成せいせい構造こうぞうろんじた主著しゅちょのひとつ。レウキッポスLeukipposせつもある。
  • しょう世界せかい秩序ちつじょミクロス・ディアコスモスMikros Diakosmos)』── 人間にんげん世界せかい文明ぶんめい発展はってんろんじた著作ちょさく
  • こころ快活かいかつさについて(ペリ・エウテュミエースPeri Euthymiēs)』── 倫理りんり思想しそう中心ちゅうしんてき著作ちょさくセネカSenecaこころ平静へいせいについて』がおなタイトルtitleかれていることから、後世こうせいへの影響えいきょうがうかがえる。
  • ディールスDielsクランツKranzソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅう』(DK)── デモクリトスDēmokritosは68ばん断片だんぺん研究けんきゅう基本きほん文献ぶんけん
  • 内山うちやま勝利かつとしへんソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅうだいIIIかん岩波いわなみ書店しょてん、1997ねん)── DK断片だんぺん邦訳ほうやく
  • Taylorテイラー, C.C.W. The Atomists: Leucippus and Democritusジ・アトミスツ:レウキッポス・アンド・デモクリトスTorontoトロント UPユニバーシティ・プレス, 1999)── 断片だんぺん証言しょうげん英訳えいやく注釈ちゅうしゃくそなえた標準ひょうじゅんてき研究けんきゅうしょ

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. アリストテレスAristotelēs批判ひはんアリストテレスAristotelēs原子論げんしろん多面ためんてき批判ひはんした。(1)空虚くうきょ運動うんどう条件じょうけんではなく、むしろ不可能ふかのうにする──空虚くうきょには抵抗ていこうがないため、運動うんどう速度そくど無限大むげんだいになるはずだ(『自然学しぜんがく』IV.8, 215a-216a)。(2)原子げんしおもさがあるなら、空虚くうきょのなかでの原子げんし最初さいしょ運動うんどうはどう説明せつめいされるのか。(3)原子げんし形状けいじょうちがいだけでは、感覚かんかくてき性質せいしつ多様たようせい十分じゅうぶん説明せつめいできない。

2. プラトンPlatōn暗黙あんもく対決たいけつプラトンPlatōnデモクリトスDēmokritos名指なざしで批判ひはんしていないが、『ティマイオスTimaios』における宇宙うちゅうろん──デミウルゴスDēmiourgos製作者せいさくしゃ)による目的もくてきろんてき宇宙うちゅうろん──は、デモクリトスDēmokritos機械きかいろんてき宇宙うちゅうろんへの対案たいあんめる。世界せかい秩序ちつじょがあるのは偶然ぐうぜんではなく知性ちせいによる──この主張しゅちょう唯物論ゆいぶつろんへの根本こんぽんてき異議いぎである。

3. 認識にんしきろんてき自己じこ矛盾むじゅん問題もんだい感覚かんかく慣習かんしゅうにすぎないと退しりぞけつつ、原子げんし存在そんざい感覚かんかくからの推論すいろん依存いぞんする──この循環じゅんかん古代こだいから指摘してきされてきた。先述せんじゅつのDK 68B125は、デモクリトスDēmokritos自身じしんがこの問題もんだい真剣しんけんんでいたことをしめしている。

4. エピクロスEpikourosによる修正しゅうせい後継者こうけいしゃエピクロスEpikourosデモクリトスDēmokritos原子論げんしろん継承けいしょうしつつも重要じゅうよう修正しゅうせいくわえた。デモクリトスDēmokritos厳格げんかく決定けっていろんたいし、エピクロスEpikouros原子げんしの「れ」(パレンクリシスparenklisisラテンLatinクリナメンclinamen)を導入どうにゅうし、自由じゆう意志いし余地よち確保かくほした。すべてが必然ひつぜんであるなら道徳どうとくてき責任せきにんたない──この批判ひはんは、決定けっていろん自由じゆう意志いしをめぐる哲学てつがく根本こんぽん問題もんだい先取さきどりしている。

5. 現代げんだい解釈かいしゃく論争ろんそうデモクリトスDēmokritos原子げんし近代きんだい科学かがく原子げんしとどの程度ていどかさなるのか。両者りょうしゃには重要じゅうよう相違そういがある──近代きんだい原子げんし分割ぶんかつ可能かのうであり(陽子ようし中性子ちゅうせいし電子でんし)、さらに素粒子そりゅうしレベルlevelでは粒子りゅうし波動はどう二重にじゅうせいつ。しかし「世界せかい離散りさんてき基本きほん単位たんいから構成こうせいされる」という根本こんぽん発想はっそう、「感覚かんかくてき性質せいしつ物理ぶつりてき構造こうぞう還元かんげんされる」という方法ほうほうろんてき姿勢しせいは、おどろくほど現代げんだいつうじている。

影響えいきょう遺産いさん

エピクロスEpikourosデモクリトスDēmokritos最大さいだい後継者こうけいしゃエピクロスEpikouros紀元前きげんぜん342〜270ねん)である。エピクロスEpikouros原子論げんしろん全面ぜんめんてき継承けいしょうし、倫理りんりがくにおいてもエウテュミアeuthymiaアタラクシアataraxiaこころ動揺どうようのなさ)として発展はってんさせた。ローマRoma詩人しじんルクレティウスLucretiusは『事物じぶつ本性ほんせいについて(デ・レルム・ナトゥラDe Rerum Natura)』で原子論げんしろん壮大そうだい教訓きょうくん仕立したてた。

近代きんだい科学かがく革命かくめい:17世紀せいき科学かがく革命かくめいにおいて、デモクリトスDēmokritos原子論げんしろんふたた注目ちゅうもくされた。ガッサンディGassendiエピクロスEpikouros原子論げんしろん復興ふっこうさせ、ボイルBoyle微粒子びりゅうし哲学てつがくとして化学かがく応用おうようした。ニュートンNewtonは『光学こうがくオプティクスOpticks)』の質疑しつぎ31で、かみ最初さいしょ創造そうぞうしたのは「かたくて質量しつりょうのある不可ふか貫通かんつうてき可動かどう粒子りゅうし」であったといている。

近代きんだい哲学てつがくデモクリトスDēmokritos第一だいいち性質せいしつ第二だいに性質せいしつ区別くべつは、ロックLocke認識にんしきろん直接ちょくせつ反映はんえいしている。ロックLocke形状けいじょうおおきさ・運動うんどう物体ぶったい第一だいいち性質せいしつ客観きゃっかんてき)とし、いろあじおと第二だいに性質せいしつ主観しゅかんてき)とした。この区別くべつ原型げんけいデモクリトスDēmokritosの「慣習かんしゅうにより」と「まことに」の区別くべつにある。

マルクスMarxカール・マルクスKarl Marx博士はかせ論文ろんぶん(1841ねん)は『デモクリトスDēmokritosエピクロスEpikouros自然しぜん哲学てつがく差異さい』というテーマthemeであった。マルクスMarxデモクリトスDēmokritos決定けっていろんエピクロスEpikouros自由じゆう導入どうにゅう対比たいひし、唯物論ゆいぶつろん人間にんげん自由じゆう問題もんだいろんじた。この初期しょき研究けんきゅうは、のち唯物ゆいぶつ史観しかん萌芽ほうがともむことができる。

現代げんだい科学かがくドルトンDalton原子げんしせつ(1803ねん)、ラザフォードRutherford原子核げんしかく模型もけい(1911ねん)をて、原子げんし存在そんざい実験じっけんてき確認かくにんされた。もちろん現代げんだい原子げんしデモクリトスDēmokritos原子げんしとはことなるが、「世界せかい基本きほん単位たんいわせからできている」という基本きほんてき枠組わくぐみはおどろくほどわっていない。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、還元かんげん主義しゅぎ可能かのうせい限界げんかいデモクリトスDēmokritos万物ばんぶつ原子げんし配列はいれつ運動うんどう還元かんげんした。現代げんだい科学かがくもまた生命せいめい現象げんしょうDNAディーエヌエー塩基えんき配列はいれつに、意識いしき神経しんけい細胞さいぼう発火はっかパターンpattern還元かんげんしようとする。しかし「意識いしきはなぜ物理ぶつりてき過程かていともなうのか」(意識いしきハードプロブレムhard problem)は未解決みかいけつのままである。デモクリトスDēmokritosひらいた還元かんげん主義しゅぎみちは、いまだその終着しゅうちゃくてんたっしていない。

第二だいにに、決定けっていろん自由じゆう意志いしデモクリトスDēmokritos世界せかいでは一切いっさい必然ひつぜんであり、偶然ぐうぜんはない。現代げんだい神経しんけい科学かがく示唆しさするのう決定けっていろんてき側面そくめん──意識いしきてき決定けってい先立せんだってのうがすでに活動かつどうはじめているというリベットLibet実験じっけん(1983ねん)──は、デモクリトスDēmokritos提起ていきした問題もんだいあらたなかたち再燃さいねんさせている。わたしたちの行為こうい原子げんし(あるいは素粒子そりゅうし)の運動うんどうによって決定けっていされているのか、それとも自由じゆう選択せんたく余地よちがあるのか。

第三だいさんに、感覚かんかく実在じつざいギャップgapデモクリトスDēmokritosの「慣習かんしゅうによりあまい」は、現代げんだい認知にんち科学かがくあきらかにした知覚ちかく構成こうせいせい共鳴きょうめいする。いろ電磁波でんじは特定とくてい波長はちょうたいするのう反応はんのうであり、おと空気くうき振動しんどうたいするのう解釈かいしゃくである。世界せかいの「本当ほんとう姿すがた」とわたしたちが経験けいけんする世界せかいのあいだには本質ほんしつてきへだたりがある──この認識にんしきデモクリトスDēmokritosにまでさかのぼる。

第四だいよんに、わせの科学かがく原子げんし形状けいじょう配列はいれつきのわせが万物ばんぶつむというデモクリトスDēmokritos発想はっそうは、現代げんだい分子ぶんし生物せいぶつがくおどろくべき構造こうぞうてき類似るいじしめす。DNAディーエヌエー二重にじゅう螺旋らせんは、わずか4しゅ塩基えんき(A・T・G・C)の配列はいれつによって生命せいめいのすべての多様たようせい符号ふごうしている。少数しょうすう基本きほん単位たんいわせから無限むげん多様たようせいしょうじるという原理げんりは、アルファベットalphabet比喩ひゆもちいたデモクリトスDēmokritos直観ちょっかんそのものである。

読者どくしゃへの

  • 世界せかい最小さいしょう構成こうせい要素ようそ還元かんげんする説明せつめいで、本当ほんとうに「すべて」が説明せつめいできるのか。いろ感情かんじょうの「しつ」は、物理ぶつりてき構造こうぞうだけでくせるものか。
  • もし宇宙うちゅうのすべてが物理ぶつり法則ほうそくしたが粒子りゅうし運動うんどうにすぎないなら、「ぜんかた」を追求ついきゅうすることにどんな意味いみがあるのか。デモクリトスDēmokritosエウテュミアeuthymiaは、唯物論ゆいぶつろん枠内わくない十分じゅうぶん根拠こんきょづけられるか。
  • 現代げんだい物理学ぶつりがくにおいて素粒子そりゅうしいは確率かくりつてきであるとされる(量子りょうし力学りきがく)。デモクリトスDēmokritos徹底てっていした決定けっていろんは、この事実じじつによってどう修正しゅうせいされるべきか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"「慣習かんしゅうによりあまく、慣習かんしゅうによりにがく、慣習かんしゅうによりあつく、慣習かんしゅうによりつめたく、慣習かんしゅうによりいろあり。まことにあるのは原子げんし空虚くうきょのみ。」" 出典しゅってん:DK 68B125(セクストス・エンペイリコスSextos Empeirikos学者がくしゃたちへの論駁ろんばく』VII.135に引用いんよう)/原文げんぶん:"νόμῳ γλυκύ, νόμῳ πικρόν, νόμῳ θερμόν, νόμῳ ψυχρόν, νόμῳ χροιή· ἐτεῇ δὲ ἄτομα καὶ κενόν"
"「あわれなる理性りせいよ、おまえはわたしたちから証拠しょうこりながらわたしたちをたおそうとするのか。おまえの勝利しょうりはおまえ自身じしん転落てんらくであるぞ。」" 出典しゅってん:DK 68B125(ガレノスGalēnos経験けいけん医学いがくについて』1259, 8に引用いんよう)/原文げんぶん:"δειλαίη φρήν, παρ' ἡμέων λαβοῦσα τὰς πίστεις ἡμέας καταβάλλεις; πτῶμά τοι τὸ κατάβλημα"
"「ひとつの原因げんいん説明せつめい発見はっけんすることは、ペルシアPersia王位おういるよりこのましい。」" 出典しゅってん:DK 68B118(エウセビオスEusebios福音ふくいん準備じゅんび』XIV.27.4に引用いんよう)/原文げんぶん:"αἰτιολογίην μίαν ἐξευρεῖν κρέσσον ἐστί μοι τὴν Περσέων βασιληίην"
"「幸福こうふく家畜かちくきんのなかに宿やどるのではない。たましいこそが幸福こうふく不幸ふこう住処すみかである。」" 出典しゅってん:DK 68B171(ストバイオスStobaios精華せいかしゅう』II.7.3iに引用いんよう)/原文げんぶん:"εὐδαιμονίη οὐκ ἐν βοσκήμασιν οἰκεῖ οὐδὲ ἐν χρυσῷ· ψυχὴ οἰκητήριον δαίμονος"
"「貧困ひんこんのなかの民主みんしゅせいは、いわゆる権力者けんりょくしゃのもとでの繁栄はんえいよりもこのましい。それは自由じゆう奴隷どれい状態じょうたいよりもこのましいのとおな程度ていどに。」" 出典しゅってん:DK 68B251(ストバイオスStobaios精華せいかしゅう』IV.1.42に引用いんよう)/原文げんぶん:"πενίη δημοκρατίῃ τοσοῦτον δημοκρατίης τῆς παρὰ τοῖς δυναστέουσιν εὐδαιμονίης αἱρετωτέρη, ὁκόσον ἐλευθερίη δουλείης"

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてん資料しりょうDielsディールス, H. & Kranzクランツ, W. Die Fragmente der Vorsokratikerディー・フラグメンテ・デア・フォアゾクラティカー, 6th ed.第6版, 1951.(DK 67: レウキッポスLeukippos, DK 68: デモクリトスDēmokritos)── せんソクラテスSōkratēs断片だんぺんしゅう標準ひょうじゅんばん
  • 研究けんきゅうしょTaylorテイラー, C.C.W. The Atomists: Leucippus and Democritusジ・アトミスツ:レウキッポス・アンド・デモクリトス. Torontoトロント UPユニバーシティ・プレス, 1999.── 断片だんぺん証言しょうげん英訳えいやく注釈ちゅうしゃくそなえた標準ひょうじゅんてき研究けんきゅう
  • 研究けんきゅうしょKirkカーク, G.S., Ravenレイヴン, J.E. & Schofieldスコフィールド, M. The Presocratic Philosophersザ・プレソクラティック・フィロソファーズ. 2nd ed., Cambridgeケンブリッジ UPユニバーシティ・プレス, 1983.── 原子論者げんしろんしゃしょうふくせんソクラテスSōkratēs全体ぜんたい標準ひょうじゅん概説がいせつ
  • 研究けんきゅうしょHasperハスパー, Pieter Sjoerdピーター・スヨルド. "Leucippus and Democritus." in The Oxford Handbook of Presocratic Philosophyザ・オックスフォード・ハンドブック・オブ・プレソクラティック・フィロソフィー, eds. Patricia Curdパトリシア・カード & Daniel W. Grahamダニエル・W・グレアム. Oxfordオックスフォード UPユニバーシティ・プレス, 2008.── 原子論げんしろん包括ほうかつてき解説かいせつ
  • 邦語ほうご文献ぶんけん内山うちやま勝利かつとしへんソクラテスSōkratēs以前いぜん哲学者てつがくしゃ断片だんぺんしゅうだいIIIかん岩波いわなみ書店しょてん、1997ねん。── DK断片だんぺんしゅう邦訳ほうやく
  • 研究けんきゅうしょBerrymanベリーマン, Sylviaシルヴィア. "Democritus." Stanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー. https://plato.stanford.edu/entries/democritus/
  • 研究けんきゅうしょMarxマルクス, Karlカール. Differenz der demokritischen und epikureischen Naturphilosophieデモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異, 1841.── マルクスMarx博士はかせ論文ろんぶん原子論げんしろん自由じゆう問題もんだいろんじる
  • 概説がいせつアリストテレスAristotelēs形而上学Metaphysica』I.4; 『生成せいせい消滅しょうめつろん』I.2, I.8; 『たましいについて』I.2──デモクリトスDēmokritos原子論げんしろんかんする最重要さいじゅうよう古代こだい証言しょうげん