紀元前きげんぜん3世紀せいきのアテナイAthēnai。城壁じょうへきの外そと、ディピュロンDipylon門もんの近ちかくに小ちいさな庭園ていえんつきの家いえがあった。門もんには「旅人たびびとよ、ここは良よい場所ばしょだ。ここでは快楽かいらくが最高さいこうの善ぜんである」と刻きざまれていたという(セネカSeneca『書簡しょかん集しゅう』21.10)。この庭園ていえん(ケーポスKēpos)こそ、エピクロスEpikourosが弟子でしたちと共ともに暮くらし、語かたり、哲学てつがくを実践じっせんした場ばだった。プラトンPlatōnのアカデメイアAkadēmeiaやアリストテレスAristotelēsのリュケイオンLykeionが知的ちてきエリートeliteのための学園がくえんだったのに対たいし、庭園ていえんには女性じょせいも奴隷どれいも迎むかえ入いれられた。古代こだい世界せかいでは異例いれいのことだった。

「快楽かいらくこそ善ぜんの始はじまりにして終おわりである」。この言葉ことばだけを聞きけば、エピクロスEpikourosは享楽きょうらく主義しゅぎ者しゃに見みえる。しかし実際じっさいのエピクロスEpikourosは水みずとパンぱんで暮くらし、「豪華ごうかな宴会えんかいが快楽かいらくを生うむのではない。節度せつどある思慮しりょが快楽かいらくを生うむ」と説といた(『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』131-132)。彼かれが求もとめた快楽かいらくとは、心身しんしんの苦痛くつうがない穏おだやかな状態じょうたい、すなわちアタラクシアataraxia(心こころの平安へいあん)とアポニアaponia(身体しんたいの苦痛くつうの不在ふざい)であった。現代げんだい風ふうにいえば、刺激しげき的てきな快かいを追おい求もとめる「ハイテンションhigh tension」ではなく、不安ふあんのない落おち着ついた心こころのありかたこそ、最高さいこうの幸福こうふくだというのだ。

エピクロスEpikourosはデモクリトスDēmokritosの原子げんし論ろんを受うけ継つぎ、世界せかいのすべてを原子げんしと空虚くうきょで説明せつめいした。神かみは存在そんざいするが人間にんげんの事ことには介入かいにゅうしない。魂たましいは原子げんしの集合しゅうごうにすぎず、死しとともに散ちる。死しを恐おそれる必要ひつようはない。「死しは我々われわれにとって何なにものでもない」。この徹底てっていした自然しぜん主義しゅぎは、超自然ちょうしぜん的てきな力ちからに頼たよらず自然しぜん法則ほうそくだけで世界せかいを説明せつめいするという点てんで、近代きんだい科学かがくの世界せかい観かんを先取さきどりするものだった。

恐怖きょうふを取とり除のぞき、欲望よくぼうを吟味ぎんみし、友ともと語かたり合あいながら穏おだやかに生いきる。哲学てつがくを「魂たましいの医術いじゅつ」と呼よんだこの思想しそう家かは、いかなる体系たいけいを築きずいたのか。

この記事きじの要点ようてん

  • 快楽かいらく(ヘードネーhēdonē)こそ善ぜんの基準きじゅん:エピクロスEpikourosは快楽かいらくを善ぜんの始はじまりであり目的もくてきであるとした。ただしそれは放縦ほうじゅうな享楽きょうらくではなく、苦痛くつうの不在ふざい(アタラクシアataraxia・アポニアaponia)という静的せいてきな快楽かいらくを最高さいこうの状態じょうたいとする思想しそうだった。
  • 「死しは我々われわれにとって何なにものでもない」:魂たましいも原子げんしの集合しゅうごうであり、死しによって散ちる。死後しごに感覚かんかくはないから、死しを恐おそれる根拠こんきょはない。この論証ろんしょうは現代げんだいの死しの哲学てつがくにおいても中心ちゅうしん的てきな論点ろんてんであり続つづけている。
  • テトラファルマコスtetrapharmakos(四よっつの薬くすり):「神かみは恐おそれるに足たりない。死しは気きにかけるに足たりない。善ぜんは手てに入いれやすい。苦くは耐たえやすい」──人生じんせいの恐怖きょうふを取とり除のぞく四よっつの処方しょほう箋せんは、ストレスstress社会しゃかいを生いきる現代げんだい人じんにも響ひびく。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

エピクロスEpikourosは紀元前きげんぜん342年ねん頃ごろ、エーゲAegean海かいのサモスSamos島とうに生うまれた。父ちちネオクレスNeoklēsはアテナイAthēnai市民しみんだったが、植民しょくみん者しゃ(クレルーコスklērouchos)としてサモスSamosに移住いじゅうしており、エピクロスEpikourosは少年しょうねん時代じだいをこの島しまで過すごした。母ははカイレストラテーChairestratéは祈祷きとう師しだったとも伝つたえられており、迷信めいしんに満みちた民間みんかん信仰しんこうへの嫌悪けんおは、こうした家庭かてい環境かんきょうから芽生めばえた可能かのう性せいがある。14歳さい頃ごろに哲学てつがくに関心かんしんを持もち始はじめたとされ、デモクリトスDēmokritos派はのナウシファネスNausiphanēsに学まなんだ(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios『哲学てつがく者しゃ列伝れつでん』X.14)。ここで原子げんし論ろんに触ふれたことが、後のちの自然しぜん哲学てつがくの基盤きばんとなった。ただしエピクロスEpikourosは後のちにナウシファネスNausiphanēsを厳きびしく批判ひはんしており、「独学どくがく」を自称じしょうした(X.13)。師しへの反発はんぱつが独自どくじの体系たいけい構築こうちくを後押あとおしした面めんもあるだろう。

エピクロスEpikourosが生いきた時代じだいは、ゼノンZēnōn(ストアStoa派は)と同おなじくヘレニズムHellenism期きの激動げきどうの時代じだいだった。アレクサンドロスAlexandros大王だいおうの死し(紀元前きげんぜん323年ねん)後ご、後継こうけい者しゃ戦争せんそう(ディアドコイDiadochoi戦争せんそう)が続つづき、ポリスpolisの自治じちは失うしなわれていった。市民しみんが政治せいじを通つうじて運命うんめいを切きり拓ひらけた古典こてん期きは終おわり、巨大きょだいな王国おうこくの臣民しんみんとして翻弄ほんろうされる時代じだいが来きた。18歳さいで兵役へいえきのためアテナイAthēnaiに渡わたったエピクロスEpikourosは、直後ちょくごにマケドニアMakedoniaの将軍しょうぐんペルディッカスPerdikkasの命令めいれいでサモスSamosの植民しょくみん者しゃが追放ついほうされ、家族かぞくが離散りさんするという経験けいけんをした。政治せいじ的てき混乱こんらんが個人こじんの生活せいかつを根底こんていから揺ゆるがす時代じだいにあって、「政治せいじに頼たよらず個人こじんの内面ないめんに幸福こうふくを築きずく」というエピクロスEpikourosの哲学てつがくは、切実せつじつな必要ひつようから生うまれたものだった。

その後ご、小しょうアジアAsia各地かくち──コロフォンKolophōn、ミュティレネMytilenē、ランプサコスLampsakos──で教おしえ始はじめ、紀元前きげんぜん307年ねん頃ごろにアテナイAthēnaiに戻もどって庭園ていえん(ケーポスKēpos)を開ひらいた。この学園がくえんは文字もじどおり庭にわつきの家いえであり、師しと弟子でしが共同きょうどう生活せいかつを送おくりながら哲学てつがくを実践じっせんする場ばだった。主要しゅような弟子でしには、盟友めいゆうメトロドロスMetrodōros(エピクロスEpikourosが「第二だいにの自分じぶん」と呼よんだ人物じんぶつ)、後継こうけい者しゃのヘルマルコスHermarchos、知的ちてき女性じょせいのレオンティオンLeontion、解放かいほう奴隷どれいのミュスMysがいた。女性じょせいや奴隷どれいの参加さんかが認みとめられたことは、当時とうじのアテナイAthēnaiでは極きわめて異例いれいであり、中傷ちゅうしょうの的まとにもなった。しかしエピクロスEpikourosにとって哲学てつがくは身分みぶんや性別せいべつに関かかわらず万人ばんにんが必要ひつようとする「魂たましいの医術いじゅつ」だった。

エピクロスEpikourosは生涯しょうがいを通つうじて質素しっそな生活せいかつを送おくり、弟子でしたちからの深ふかい敬愛けいあいを受うけた。晩年ばんねんは腎臓じんぞう結石けっせきによる激はげしい苦痛くつうに苦くるしんだが、死しの日ひに書かいたとされる手紙てがみの中なかで「身体しんたいの苦痛くつうはあるが、それらすべてに対抗たいこうするのは友ともとの語かたらいの記憶きおくがもたらす魂たましいの喜よろこびだ」と記しるしている(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios X.22)。自みずからの哲学てつがくを最期さいごの瞬間しゅんかんまで実践じっせんしてみせた。激はげしい苦痛くつうのさなかでも、友人ゆうじんとの精神せいしん的てきな絆きずなが身体しんたいの苦くしみに打うち勝かつことを身みをもって示しめしたのだ。紀元前きげんぜん270年ねん頃ごろ、享年きょうねん72歳さいで没ぼっした。

ミニmini年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん342年ねん頃ごろ:サモスSamos島とうに生うまれる
  • 紀元前きげんぜん328年ねん頃ごろ:デモクリトスDēmokritos派はのナウシファネスNausiphanēsに学まなぶ
  • 紀元前きげんぜん323年ねん:アレクサンドロスAlexandros大王だいおう死去しきょ。後継こうけい者しゃ戦争せんそうが始はじまる
  • 紀元前きげんぜん324/323年ねん:兵役へいえきのためアテナイAthēnaiへ。サモスSamosの植民しょくみん者しゃ追放ついほう
  • 紀元前きげんぜん311〜307年ねん頃ごろ:ミュティレネMytilenē、ランプサコスLampsakosで教授きょうじゅ活動かつどう
  • 紀元前きげんぜん307年ねん頃ごろ:アテナイAthēnaiに庭園ていえん(ケーポスKēpos)を開ひらく
  • 紀元前きげんぜん270年ねん頃ごろ:アテナイAthēnaiにて没ぼっする(享年きょうねん約やく72歳さい)

エピクロスEpikourosは何なにを問とうたのか

エピクロスEpikourosの問といは明快めいかいだ。人間にんげんは何なにを恐おそれているのか。そしてその恐怖きょうふは正当せいとうなのか。彼かれによれば、人間にんげんを苦くるしめる根源こんげん的てきな恐怖きょうふは四よっつある──神かみへの恐おそれ、死しへの恐おそれ、善ぜんを得えられないという不安ふあん、苦痛くつうへの恐おそれ。この四よっつの恐怖きょうふがすべて不合理ふごうりであることを論証ろんしょうし、取とり除のぞくことが哲学てつがくの役割やくわりだとエピクロスEpikourosは考かんがえた。

従来じゅうらいの哲学てつがくが「善ぜんとは何なにか」を抽象ちゅうしょう的てきに問とうたのに対たいし、エピクロスEpikourosは身体しんたいの感覚かんかくから出発しゅっぱつした。赤あかん坊ぼうも動物どうぶつも、教おしえられなくても快楽かいらくを求もとめ苦痛くつうを避さける。これこそが善悪ぜんあくの自然しぜんな基準きじゅんだ──この経験けいけん的てき出発しゅっぱつ点てんは、プラトンPlatōnが「善ぜんのイデアidea」という永遠えいえん不変へんの原型げんけいに善ぜんの根拠こんきょを求もとめたのとも、アリストテレスAristotelēsが「人間にんげんに固有こゆうの機能きのうの卓越たくえつした発揮はっき」に幸福こうふくを見みたのとも、根本こんぽん的てきに異ことなる。哲学てつがくの役割やくわりは宇宙うちゅうの究極きゅうきょく原理げんりを発見はっけんすることではなく、具体ぐたい的てきな苦くるしみを取とり除のぞくことにある──エピクロスEpikourosはこの実践じっせん的てき姿勢しせいを貫つらぬいた。現代げんだいの心理しんり療法りょうほうが「不安ふあんの原因げんいんを特定とくていし、認知にんちを修正しゅうせいする」ことを目指めざすのと、驚おどろくほど似にた構造こうぞうをもっている。

核心かくしん理論りろん

1. 哲学てつがくの三分さんぶん法ほう── 規準きじゅん論ろん・自然しぜん学がく・倫理りんり学がく

エピクロスEpikourosもストアStoa派はと同おなじく哲学てつがくを三みっつに分わけたが、論理ろんり学がくの代かわりに「規準きじゅん論ろん」(カノニケーkanonikē)を置おいた。規準きじゅん論ろんとは、ひとことで言いえば「何なにを信しんじてよいか、その判定はんてい基準きじゅんは何なにか」を問とう分野ぶんやだ。エピクロスEpikourosの答こたえは明快めいかいだった──真理しんりの基準きじゅんは三みっつある。第一だいいちに感覚かんかく(アイステーシスaisthēsis)──目めで見み、耳みみで聞きき、手てで触ふれた経験けいけんは嘘うそをつかない。第二だいにに先取せんしゅ観念かんねん(プロレープシスprolēpsis)──繰くり返かえしの経験けいけんから自然しぜんに形成けいせいされる概念がいねんのことで、たとえば「馬うま」と聞きいたとき頭あたまに浮うかぶ像ぞうがこれにあたる。第三だいさんに感情かんじょう(パトスpathos)──快かいと苦くの感覚かんかくが、何なにを求もとめ何なにを避さけるべきかを教おしえてくれる。つまり、抽象ちゅうしょう的てきな論理ろんりではなく、身体しんたいをもった人間にんげんの具体ぐたい的てきな経験けいけんこそが知識ちしきの土台どだいだ──これがエピクロスEpikourosの立場たちばだった。

感覚かんかくはつねに真しんであるという大胆だいたんな主張しゅちょうには、独特どくとくの認識にんしき論ろんが伴ともなう。物体ぶったいの表面ひょうめんからは絶たえず原子げんしの薄うすい膜まく(「エイドラeidōla」=像ぞう)が剥はがれ落おち、空間くうかんを飛とんで感覚かんかく器官きかんに到達とうたつする(『ヘロドトスHērodotosへの手紙てがみ』46-50)。この膜まくが目めに届とどけば視覚しかくが、他ほかの器官きかんに届とどけば他ほかの感覚かんかくが生しょうじる。感覚かんかくそのものは機械きかい的てきな接触せっしょくの結果けっかであり、嘘うそをつかない。遠とおくの塔とうが丸まるく見みえるのは感覚かんかくの誤あやまりではなく、途中とちゅうで膜まくの角かどが削けずられたためであり、誤あやまりは「丸まるいはずだ」という判断はんだんを加くわえたときに生しょうじる。この考かんがえ方かたは徹底てっていした経験けいけん主義しゅぎであり、のちのイギリスEngland経験けいけん論ろん(ロックLocke、ヒュームHume)を先取さきどりする面めんがある。

ここで三みっつの分野ぶんやの関係かんけいを整理せいりしておこう。エピクロスEpikourosにとって自然しぜん学がくはそれ自体じたいが目的もくてきではなく、恐怖きょうふを取とり除のぞくための道具どうぐであり、最終さいしゅう目的もくてきはつねに倫理りんり学がく──つまり「いかに善よく生いきるか」──にある。天文てんもん現象げんしょうを自然しぜん的てきに説明せつめいできれば、神かみの怒いかりへの恐怖きょうふは消きえる。魂たましいが原子げんしであると分わかれば、死後しごの罰ばつへの恐怖きょうふも消きえる。たとえていえば、医者いしゃが病気びょうきの原因げんいんを突つき止とめるのは知識ちしきのためではなく治療ちりょうのためであるように、自然しぜん学がくは魂たましいの治療ちりょうのためにある。規準きじゅん論ろんが正ただしい判断はんだんの方法ほうほうを教おしえ、自然しぜん学がくがその方法ほうほうで恐怖きょうふの原因げんいんを解明かいめいし、倫理りんり学がくが恐怖きょうふのない生いき方かたを示しめす──三みっつの分野ぶんやはこのように有機ゆうき的てきに結むすびついている。

2. 原子げんし論ろん── 原子げんしと空虚くうきょ、そして逸それ

エピクロスEpikourosはデモクリトスDēmokritosの原子げんし論ろんを継承けいしょうし、世界せかいのすべては不可分ふかぶんの微粒子びりゅうし(アトモンatomon)と空虚くうきょ(ケノンkenon)から成なると主張しゅちょうした(『ヘロドトスHērodotosへの手紙てがみ』38-44)。原子げんしは永遠えいえんに存在そんざいし、生成せいせいも消滅しょうめつもしない。形かたち・大おおきさ・重おもさを持もつが、色いろや味あじのような二次にじ的てき性質せいしつは原子げんしの配列はいれつと運動うんどうから生しょうじる。この考かんがえ方かたは、現代げんだい物理ぶつり学がくが「色いろ」を電磁波でんじはの波長はちょう、「味あじ」を分子ぶんしの構造こうぞうで説明せつめいするのと驚おどろくほど近ちかい。

さらにエピクロスEpikourosは宇宙うちゅうが無限むげんであり、原子げんしの数かずも無限むげんであると主張しゅちょうした。したがって世界せかい(コスモスkosmos)は一ひとつではなく無数むすうに存在そんざいし、生成せいせいと消滅しょうめつを繰くり返かえしている(『ヘロドトスHērodotosへの手紙てがみ』45)。我々われわれの世界せかいは特別とくべつなものではなく、無限むげんの宇宙うちゅうの一角いっかくにすぎない──この発想はっそうは、現代げんだい宇宙うちゅう論ろんにおける多た宇宙うちゅう仮説かせつと構造こうぞう的てきに類似るいじしている。

しかしエピクロスEpikourosはデモクリトスDēmokritosに決定けってい的てきな修正しゅうせいを加くわえた。デモクリトスDēmokritosの原子げんし論ろんではすべてが必然ひつぜん的てきな因果いんが連鎖れんさのなかにあり、自由じゆうの余地よちがなかった。もし原子げんしの動うごきがすべて最初さいしょから決きまっているなら、人間にんげんの思考しこうも選択せんたくもすべて物理ぶつり的てきな必然ひつぜんにすぎない。善よい行おこないを選えらんだり悪あくを避さけたりすることに意味いみはなくなり、倫理りんり学がくそのものが成なり立たたなくなる。エピクロスEpikourosはこの難問なんもんを解決かいけつするために「逸それ」(パレンクリシスparenklisis、ラテンLatin語ごでクリナメンclinamen)という概念がいねんを導入どうにゅうした。原子げんしは下方かほうに落下らっかするさなか、不確定ふかくていな時ときと場所ばしょでわずかに逸それる(ルクレティウスLucretius『事物じぶつの本性ほんせいについて』II.216-293)。この微小びしょうな偏差へんさが原子げんしどうしの衝突しょうとつと結合けつごうを引ひき起おこし、世界せかいの多様たよう性せいを生うむ。そして重要じゅうようなことに、この原子げんしのレベルlevelにおける必然ひつぜんからの「逸脱いつだつ」が、人間にんげんの意志いしが因果いんがの鎖くさりに完全かんぜんに縛しばられないための余地よちを開ひらく──エピクロスEpikourosはそう考かんがえた。興味きょうみ深ぶかいのは、20世紀せいきの量子りょうし力学りきがくが明あきらかにした素粒子そりゅうしの不確定ふかくてい性せいと、構造こうぞう的てきに似にた発想はっそうであることだ。もちろんエピクロスEpikourosは現代げんだい物理ぶつり学がくを知しらなかったが、「決定けってい論ろんの世界せかいに自由じゆうの隙間すきまを開ひらく」という問題もんだい意識いしきは、時代じだいを超こえて共有きょうゆうされている。

3. 魂たましいの唯物ゆいぶつ論ろん── 死しは我々われわれにとって何なにものでもない

魂たましい(プシュケーpsychē)もまた原子げんしの集合しゅうごうである。極きわめて精妙せいみょうで滑なめらかな原子げんしが身体しんたい全体ぜんたいに行いき渡わたり、感覚かんかくと思考しこうを可能かのうにしている。ここで重要じゅうようなのは、魂たましいが身体しんたいとは別べつの超自然ちょうしぜん的てきな実体じったいではなく、あくまで物質ぶっしつ(原子げんし)でできているという点てんだ。死しとは身体しんたいの解体かいたいであり、それとともに魂たましいの原子げんしも四方しほうに散ちる。散ちった後あとには感覚かんかくもなく、したがって苦痛くつうもない。これは裏うらを返かえせば、古代こだいの民間みんかん信仰しんこうが語かたっていた冥界めいかいでの罰ばつ──永遠えいえんに食物しょくもつに手てが届とどかないタンタロスTantalosの飢うえや、山頂さんちょうに岩いわを転ころがしては落おちる苦役くえきを繰くり返かえすシシュフォスSisyphosの刑けい──はすべて根拠こんきょのない作つくり話ばなしだということを意味いみする。死後しごの世界せかいで罰ばつを受うける「自分じぶん」はもう存在そんざいしないのだから。

ここからエピクロスEpikourosの有名ゆうめいな論証ろんしょうが導みちびかれる。「死しは我々われわれにとって何なにものでもない。なぜなら、我々われわれが存在そんざいするとき死しは来きておらず、死しが来きたときには我々われわれはもはや存在そんざいしないからだ」(『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』125)。生いきている限かぎり死しは経験けいけんできず、死しんだ後あとに経験けいけんする主体しゅたいがいない──だから死しを恐おそれる理由りゆうはない。

この議論ぎろんは「対称性たいしょうせい論証ろんしょう」とも呼よばれる。ルクレティウスLucretiusが明確めいかくに展開てんかいしたこの議論ぎろんは、次つぎのような思考しこう実験じっけんを促うながす──あなたが生うまれる前まえの無限むげんの時間じかん、あなたは存在そんざいしなかった。紀元前きげんぜん500年ねんにあなたは存在そんざいしなかったが、そのことを恐おそろしいと感かんじる人ひとはいないだろう。死後しごの非ひ存在そんざいもそれとまったく同おなじことだ(『事物じぶつの本性ほんせいについて』III.830-842)。過去かこの非ひ存在そんざいと未来みらいの非ひ存在そんざいは構造こうぞう的てきに対称たいしょう──つまり鏡かがみ合あわせの関係かんけい──であるから、一方いっぽうだけを恐おそれるのは理屈りくつに合あわない、と。

4. 神かみ── 存在そんざいするが介入かいにゅうしない

エピクロスEpikourosは無神むしん論ろん者しゃではない。神々かみがみは存在そんざいするが、世界せかいと世界せかいの間あいだ(メタコスミアmetakosmia)に住すみ、完全かんぜんな至福しふくのうちに暮くらしている。完全かんぜんに幸福こうふくな存在そんざいは怒いかりも恩寵おんちょうも持もたない──したがって神かみは人間にんげんの事柄ことがらに介入かいにゅうしない(『主要しゅよう教説きょうせつ』〔キュリアイ・ドクサイKyriai Doxai〕I)。論理ろんりはこうだ──もし神かみが本当ほんとうに完全かんぜんに幸福こうふくなら、怒いかりを感かんじることはない。怒いかりとは不満ふまんの表あらわれであり、完全かんぜんに満みち足たりた存在そんざいには不満ふまんがないからだ。ということは、雷かみなりは神かみの怒いかりではなく自然しぜん現象げんしょうであり、地震じしんも疫病えきびょうも天罰てんばつではない。なぜこれが安心あんしん材料ざいりょうになるのか。古代こだいの人々ひとびとは、神かみの気きまぐれな怒いかりに怯おびえながら暮くらしていた。嵐あらしが来くれば「自分じぶんが何なにか悪わるいことをしたのでは」と不安ふあんに駆かられる。しかし自然しぜん現象げんしょうが神かみの意志いしと無関係むかんけいであれば、その不安ふあんは消きえる。神かみは理想りそう的てきな幸福こうふくの手本てほんとして崇あがめるべき対象たいしょうではあるが、恐おそれる対象たいしょうでは決けっしてない──これがエピクロスEpikourosの立場たちばだった。現代げんだい風ふうにいえば、「天災てんさいは誰だれかの罰ばつではない」という認識にんしき──これは自然しぜん科学かがくの前提ぜんていでもある。

5. 快楽かいらく論ろん── 静的せいてき快楽かいらくと動的どうてき快楽かいらく

エピクロスEpikourosは快楽かいらくを二ふたつに分わけた。一ひとつは「動的どうてき快楽かいらく」(キネーティケー・ヘードネーkinētikē hēdonē)──食たべる行為こういそのもの、美味おいしいものを味あじわう瞬間しゅんかんの喜よろこびなど、積極せっきょく的てきな快かいの感覚かんかく。もう一ひとつは「静的せいてき快楽かいらく」(カタステーマティケー・ヘードネーkatastēmatikē hēdonē)──苦痛くつうが取とり除のぞかれた安定あんていした状態じょうたい。エピクロスEpikourosが最高さいこうとするのは後者こうしゃだ。

この区別くべつを日常にちじょうの例れいで考かんがえてみよう。喉のどが渇かわいているとき水みずを飲のむ瞬間しゅんかんの心地ここちよさ──これが動的どうてき快楽かいらくだ。渇かわきが完全かんぜんに癒いやされ、もはや何なにも欲ほしくない穏おだやかな状態じょうたい──これが静的せいてき快楽かいらくだ。空腹くうふくが満みたされた後あとにどれほど豪華ごうかな食事しょくじを重かさねても、快楽かいらくの総量そうりょうは増ふえない──苦痛くつうの除去じょきょこそが快楽かいらくの頂点ちょうてんだからだ(『主要しゅよう教説きょうせつ』III)。この考かんがえ方かたからは、際限さいげんなく欲望よくぼうを追おい求もとめることへの鋭するどい批判ひはんが導みちびかれる。

さらにエピクロスEpikourosは欲望よくぼうを三さん種しゅに分類ぶんるいした。(1)自然しぜん的てきかつ必要ひつような欲望よくぼう(食たべ物もの、水みず、住すまい、衣服いふく)──これらは容易よういに満みたせる。(2)自然しぜん的てきだが不必要ふひつような欲望よくぼう(美食びしょく、性的せいてき快楽かいらくの特定とくていの相手あいてなど)──過度かどに追おわなければ害がいはない。(3)空虚くうきょな欲望よくぼう(名声めいせい、権力けんりょく、不死ふし)──これらは自然しぜんに根拠こんきょを持もたず、決けっして満足まんぞくに至いたらないから捨すてるべきだ(『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』127-128)。SNSエスエヌエスの「いいね」数すうに一喜一憂いっきいちゆうするのは、エピクロスEpikourosからすれば典型てんけい的てきな「空虚くうきょな欲望よくぼう」の追求ついきゅうにほかならない。

6. 徳とくと快楽かいらく── 切きり離はなせない関係かんけい

エピクロスEpikourosは徳とくを否定ひていしたわけではない。むしろ徳とくこそが快楽かいらくに至いたる唯一ゆいいつの手段しゅだんだと考かんがえた。「思慮しりょ(フロネーシスphronēsis)なくして快こころよく生いきることはできない。また、快こころよく生いきることなくして思慮しりょある生いき方かたもできない」(『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』132)。ストアStoa派はが「徳とくそのものが善ぜんであり、徳とくがあれば快楽かいらくがなくても幸福こうふくだ」としたのに対たいし、エピクロスEpikourosは「徳とくは快楽かいらくのための道具どうぐであり、快楽かいらくあっての善ぜんだ」とした。出発しゅっぱつ点てんはまさに正反対せいはんたいだ。しかし面白おもしろいことに、実際じっさいの生活せいかつの指針ししんとしては両者りょうしゃは驚おどろくほど似にた結論けつろんに至いたる。なぜなら、放蕩ほうとうな生活せいかつは後あとで後悔こうかいや健康けんこうの悪化あっかという苦痛くつうをもたらすから、快楽かいらくの最大さいだい化かを冷静れいせいに計算けいさんすれば、結局けっきょくは節制せっせい、正義せいぎ、勇気ゆうき、思慮しりょといった徳とくのある生いき方かたが最もっとも快こころよい生いき方かただということになるからだ。「徳とくのために徳とくを」というのと「快楽かいらくのために徳とくを」というのでは理由りゆうは違ちがうが、勧すすめる生いき方かたは重かさなる──倫理りんり学がくの興味きょうみ深ぶかい現象げんしょうだ。

7. テトラファルマコスtetrapharmakos── 魂たましいの四よっつの薬くすり

エピクロスEpikouros哲学てつがくの実践じっせん的てき核心かくしんは「テトラファルマコスtetrapharmakos」(四よっつの薬くすり)に凝縮ぎょうしゅくされる。「テトラtetra」は四よん、「ファルマコンpharmakon」は薬くすり──文字もじどおり「四種よんしゅの処方しょほう薬やく」だ。この名称めいしょうは後代こうだいのエピクロスEpikouros派は(フィロデモスPhilodēmosの著作ちょさくなど)に由来ゆらいするが、その内容ないようは『主要しゅよう教説きょうせつ』の冒頭ぼうとう四よっつの命題めいだいに対応たいおうする。(1)神かみは恐おそれるに足たりない(KD主要教説 I)──神かみは完全かんぜんに幸福こうふくであり、人間にんげんを罰ばっする理由りゆうがないから。(2)死しは気きにかけるに足たりない(KD主要教説 II)──死しを経験けいけんする主体しゅたいがいないから。(3)善ぜんは手てに入いれやすい(KD主要教説 III)──必要ひつような快楽かいらくは質素しっそなもので十分じゅうぶんに得えられるから。(4)苦くは耐たえやすい(KD主要教説 IV)──激はげしい苦痛くつうは短みじかく終おわり、長ながく続つづく苦痛くつうは激はげしくないから。この四よっつの命題めいだいを本当ほんとうに腑ふに落おちるまで理解りかいすれば、人生じんせいの根本こんぽん的てきな不安ふあんはすべて解消かいしょうされる──哲学てつがくはまさに「魂たましいの医術いじゅつ」である。

8. 友愛ゆうあい(フィリアphilia)── 幸福こうふくな生せいの不可欠ふかけつな条件じょうけん

「すべての善ぜんのなかで、知恵ちえが提供ていきょうするもののうち最もっとも大おおきいのは友愛ゆうあいの獲得かくとくである」(『主要しゅよう教説きょうせつ』XXVII)。なぜ快楽かいらく主義しゅぎ者しゃが友情ゆうじょうをここまで重視じゅうしするのか。それは、人間にんげんが一人ひとりでは不安ふあんから逃のがれにくい生いき物ものだからだ。信頼しんらいできる友ともがいれば、困難こんなんなときに助たすけを得えられるという安心あんしん感かんそのものが、心こころの平安へいあん──すなわち最高さいこうの快楽かいらく──をもたらす。エピクロスEpikourosによれば、友情ゆうじょうは初はじめ互たがいの利益りえきのために始はじまるが、深ふかまるにつれてそれ自体じたいが愛あいすべきものになる(『バチカンVatican格言かくげん集しゅう』23)。庭園ていえんでの共同きょうどう生活せいかつは、まさにこの理念りねんを日々ひび実践じっせんする場ばだった。ストアStoa派はが全ぜん人類じんるいを包括ほうかつする世界せかい市民しみん主義しゅぎを掲かかげたのに対たいし、エピクロスEpikourosは親したしい友人ゆうじんたちとの小ちいさな共同きょうどう体たいのなかに幸福こうふくを見出みいだした。現代げんだいの幸福こうふく研究けんきゅうが「親密しんみつな人間にんげん関係かんけいこそ幸福こうふくの最大さいだいの予測よそく因子いんしである」と示しめしていること(ハーバードHarvard大学だいがくの長期ちょうき追跡ついせき研究けんきゅうなど)を考かんがえると、エピクロスEpikourosの洞察どうさつは経験けいけん的てきにも裏付うらづけられているといえよう。

9. 「隠かくれて生いきよ」と正義せいぎ論ろん

「隠かくれて生いきよ」(ラテ・ビオーサスlathe biōsas)──エピクロスEpikourosのこの標語ひょうごは、政治せいじ参加さんかを市民しみんの義務ぎむと考かんがえた古代こだいギリシャGreeceの常識じょうしきに正面しょうめんから反はんした。人目ひとめにつかず静しずかに暮くらせ、という意味いみだ。なぜか。政治せいじは権力けんりょく欲よくや名誉めいよ欲よく──つまり先さきに述のべた「空虚くうきょな欲望よくぼう」──を刺激しげきし、敵てきを作つくり、嫉妬しっとを買かい、心こころの平安へいあんを根底こんていから損そこなうからだ。

ただしエピクロスEpikourosは社会しゃかい秩序ちつじょを否定ひていしたわけではない。正義せいぎとは「互たがいに害がいを与あたえず、害がいを受うけないという合意ごうい」であり(『主要しゅよう教説きょうせつ』XXXI-XXXIII)、安全あんぜんのための社会しゃかい契約けいやくだとした。つまり正義せいぎとは天てんから与あたえられた永遠えいえんの法則ほうそくではなく、「お互たがいに傷きずつけ合あわないほうが得とくだから、そうしよう」という人間にんげんどうしの実際じっさい的てきな取とり決きめだ。したがって状況じょうきょうや環境かんきょうが変かわれば、正義せいぎの内容ないようも変かわりうる。この考かんがえ方かたは、17世紀せいきのホッブズHobbesやロックLockeが展開てんかいした近代きんだいの社会しゃかい契約けいやく論ろん──「人々ひとびとが合意ごういによって国家こっかや法ほうを作つくる」という発想はっそう──の先駆せんくともいえる。

主要しゅよう著作ちょさくガイドguide

  • エピクロスEpikourosは300巻かんもの著作ちょさくを書かいたとされる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios X.26)が、ほとんどが散逸さんいつした。現存げんぞんする主要しゅようテキストtextは以下いかのとおり。
  • 『ヘロドトスHērodotosへの手紙てがみ』── 自然しぜん学がく(原子げんし論ろん、宇宙うちゅう論ろん、認識にんしき論ろん)の要約ようやく。エピクロスEpikouros物理ぶつり学がくの入門にゅうもんに最適さいてき。
  • 『ピュトクレスPythoklēsへの手紙てがみ』── 気象きしょう現象げんしょうの自然しぜん的てき説明せつめい。雷かみなりや地震じしんは神かみの仕業しわざではないことを示しめす。
  • 『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』── 倫理りんり学がくの要約ようやく。快楽かいらく論ろん・死しの克服こくふく・欲望よくぼうの分類ぶんるいを凝縮ぎょうしゅくした名文めいぶん。初はじめにエピクロスEpikourosを読よむなら、この一通いっつうが最良さいりょうだ。
  • 『主要しゅよう教説きょうせつ』(キュリアイ・ドクサイKyriai Doxai)── 40の命題めいだいにまとめられた教義きょうぎの要約ようやく。倫理りんり・認識にんしき・政治せいじ哲学てつがくを網羅もうらする。
  • 『バチカンVatican格言かくげん集しゅう』(Gnomologium Vaticanumグノモロギウム・ウァティカヌム)── 1888年ねんにバチカンVatican図書としょ館かんで発見はっけんされた格言かくげん集しゅう。『主要しゅよう教説きょうせつ』と一部いちぶ重複じゅうふくするが、独自どくじの箴言しんげんも含ふくむ。
  • ルクレティウスLucretius『事物じぶつの本性ほんせいについて』(De Rerum Naturaデ・レルム・ナトゥラ)── エピクロスEpikouros哲学てつがくを壮大そうだいな叙事じょじ詩しとして展開てんかいしたローマRōma時代じだいの傑作けっさく。エピクロスEpikourosの失うしなわれた原子げんし論ろんを復元ふくげんするうえで最もっとも重要じゅうような文献ぶんけん。邦訳ほうやく:樋口ひぐち勝彦かつひこ訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ。
  • ヘルクラネウムHerculaneumのパピルスpapyrus── 79年ねんのヴェスヴィオVesuvio火山かざん噴火ふんかで埋うもれた別荘べっそう(「パピルスpapyrusの別荘べっそう」)から大量たいりょうのエピクロスEpikouros派はテキストtextが出土しゅつどした。フィロデモスPhilodēmosの著作ちょさくやエピクロスEpikourosの『自然しぜんについて』の断片だんぺんが含ふくまれ、現在げんざいも解読かいどくが進すすんでいる。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

1. ストアStoa派は── 快楽かいらくは善ぜんではない:ストアStoa派はは「快楽かいらくは自然しぜんな活動かつどうの副産物ふくさんぶつにすぎず、善ぜんは徳とくのみにある」と主張しゅちょうした。快楽かいらくを善ぜんの基準きじゅんにすれば人間にんげんは動物どうぶつと変かわらなくなる、というのがストアStoa派はの批判ひはんだった。しかしエピクロスEpikourosの「快楽かいらく」は苦痛くつうの除去じょきょであり、放縦ほうじゅうとは正反対せいはんたいのものだった。この誤解ごかい──「エピクロスEpikouros的てき」を享楽きょうらく的てきと同一どういつ視しすること──は古代こだいから現代げんだいまで繰くり返かえされてきた。英語えいごの "epicureanエピキュリアン" が「美食びしょく家か」を意味いみするのは、まさにこの誤解ごかいの産物さんぶつだ。

2. キリストChrist教きょうからの批判ひはん:中世ちゅうせいキリストChrist教きょうはエピクロスEpikourosを最大さいだいの異端いたんと見みなした。魂たましいの不滅ふめつを否定ひていし、神かみの摂理せつりを否定ひていするエピクロスEpikouros哲学てつがくは、キリストChrist教きょう教義きょうぎと根本こんぽん的てきに対立たいりつした。ダンテDanteは『神曲Divina Commedia』地獄じごく篇へんでエピクロスEpikourosの信奉しんぽう者しゃを地獄じごく第だい6圏けんに配はいしている(地獄じごく篇へんX)。しかし皮肉ひにくなことに、教会きょうかいの弾圧だんあつがかえってエピクロスEpikourosの名なを歴史れきしに刻きざむ結果けっかになった。

3. 対称性たいしょうせい論証ろんしょうへの反論はんろん:「死しは何なにものでもない」という論証ろんしょうに対たいして、現代げんだいの哲学てつがく者しゃトマス・ネーゲルThomas Nagelは「剥奪はくだつ説せつ」(deprivation accountデプリヴェイション・アカウント)を提示ていじした(Nagelネーゲル, "Deathデス", 1970)。剥奪はくだつ説せつの論旨ろんしはこうだ──たしかに死しんだ人ひとは苦痛くつうを感かんじない。しかし死しが悪あくいのは苦痛くつうを与あたえるからではなく、生いきていれば享受きょうじゅできたはずの善ぜん──友ともとの語かたらい、新あたらしい経験けいけん、成長せいちょうの喜よろこび──を奪うばうからだ、と。死しは「感かんじられる害がい」ではなく「失うしなわれた可能かのう性せい」という点てんで悪あくなのだ。さらに、生うまれる前まえと死後しごの非ひ存在そんざいは本当ほんとうに対称たいしょうなのかという問といもある。たとえば、自分じぶんの誕生たんじょうをもっと早はやくすることは概念がいねん的てきに不可能ふかのうだ(別べつの時代じだいに生うまれた人ひとは別べつの人ひとになる)が、死しを遅おくらせることは原理げんり的てきに可能かのうだ。この非ひ対称性たいしょうせいが死しの悪わるさを説明せつめいするという反論はんろんもある(Parfitパーフィット, 1984)。この論争ろんそうは現在げんざいも活発かっぱつに続つづいている。

4. 「隠かくれて生いきよ」への批判ひはん:政治せいじから撤退てったいする姿勢しせいは、社会しゃかい的てき責任せきにんの放棄ほうきだとして古代こだいから批判ひはんされてきた。プルタルコスPloutarchosは『「隠かくれて生いきよ」は正ただしいか』で正面しょうめんから反論はんろんしている。個人こじんの平安へいあんを優先ゆうせんして社会しゃかいの不正ふせいを放置ほうちするのは倫理りんり的てきに許ゆるされるのか──この問といは現代げんだいにも通つうじる。

5. 「逸それ」への疑問ぎもん:原子げんしの偶然ぐうぜん的てきな逸それがなぜ人間にんげんの「自由じゆう意志いし」を説明せつめいするのかという批判ひはんは、古代こだいから繰くり返かえされてきた(キケロCicero『運命うんめいについて』)。批判ひはんの核心かくしんはこうだ──自由じゆう意志いしとは「自分じぶんで選えらぶ」ことだが、原子げんしが勝手かってにランダムに逸それるのは「偶然ぐうぜん」にすぎず、「選択せんたく」ではない。すべてが決きまっている世界せかい(決定けってい論ろん)を逃のがれても、すべてが偶然ぐうぜんの世界せかいに陥おちいるだけでは自由じゆうにはならないのではないか。この問題もんだい──「決定けってい論ろん」と「偶然ぐうぜん性せい」のあいだに自由じゆうの居場所いばしょはあるのか──は現代げんだいの自由じゆう意志いし論争ろんそうにおいても未解決みかいけつのままだ。

影響えいきょうと遺産いさん

先行せんこう思想しそう:デモクリトスDēmokritosの原子げんし論ろんが自然しぜん学がくの基盤きばんとなった。キュレネKyrēnē派は(アリスティッポスAristippos)の快楽かいらく主義しゅぎも影響えいきょうを与あたえたが、エピクロスEpikourosは動的どうてき快楽かいらくよりも静的せいてき快楽かいらくを重視じゅうしする点てんで大おおきく異ことなる。アリスティッポスAristipposが「いま目めの前まえの快かいを最大さいだい化かせよ」と説といたのに対たいし、エピクロスEpikourosは「苦くるしみのない安定あんていした状態じょうたいに至いたれ」と主張しゅちょうした。

ローマRōma世界せかい:ルクレティウスLucretius(紀元前きげんぜん1世紀せいき)は『事物じぶつの本性ほんせいについて』でエピクロスEpikouros哲学てつがくを壮大そうだいな叙事じょじ詩しに仕立したて上あげた。ホラティウスHoratiusは「エピクロスEpikourosの庭にわの豚ぶた」と自みずから称しょうし(『書簡しょかん詩し』I.4.16)、ローマRōma上流じょうりゅう階級かいきゅうのあいだでもエピクロスEpikouros派はは広ひろく受容じゅようされた。

ルネサンスRenaissanceと再発見さいはっけん:1417年ねん、人文じんぶん主義しゅぎ者しゃポッジョ・ブラッチョリーニPoggio BraccioliniがルクレティウスLucretiusの『事物じぶつの本性ほんせいについて』の写本しゃほんを修道院しゅうどういんで発見はっけんしたことは、ルネサンスRenaissanceにおける自然しぜん主義しゅぎの復興ふっこうに決定けってい的てきな影響えいきょうを与あたえた。スティーヴンStephen・グリーンブラットGreenblattの『一四一七年、その一冊がすべてを変えたThe Swerve』はこの再発見さいはっけんの意義いぎを鮮あざやかに描えがいている。

近代きんだい科学かがく:17世紀せいきにガッサンディGassendiがエピクロスEpikourosの原子げんし論ろんを復興ふっこうし、近代きんだい科学かがくの微粒子びりゅうし説せつに道みちを開ひらいた。ニュートンNewtonの力学りきがくも、エピクロスEpikouros・ルクレティウスLucretius的世界せかい像ぞうを前提ぜんていとしている面めんがある。

功利こうり主義しゅぎ:ベンサムBenthamの「最大さいだい多数たすうの最大さいだい幸福こうふく」は、快楽かいらくを善ぜんの基準きじゅんとする点てんでエピクロスEpikouros的てき伝統でんとうに連つらなる。ただしベンサムBenthamが社会しゃかい全体ぜんたいの快楽かいらくを最大さいだい化かしようとしたのに対たいし、エピクロスEpikourosの関心かんしんは個人こじんの心こころの平安へいあんにあった。J.S.ミルMillが快楽かいらくに質しつの差さを認みとめた点てんは、エピクロスEpikourosの静的せいてき快楽かいらく重視じゅうしに近ちかい。

マルクスMarx:若わかきマルクスMarxは博士はかせ論文ろんぶん(1841年ねん)でデモクリトスDēmokritosとエピクロスEpikourosの自然しぜん哲学てつがくの差異さいを論ろんじ、エピクロスEpikourosの「逸それ」に人間にんげんの自由じゆうの原理げんりを見出みいだした。唯物ゆいぶつ論ろんでありながら自由じゆうを擁護ようごするエピクロスEpikourosの姿勢しせいは、マルクスMarxの思想しそう形成けいせいに重要じゅうような影響えいきょうを与あたえた。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、死しの哲学てつがく。エピクロスEpikourosの「死しは何なにものでもない」という論証ろんしょうは、現代げんだいの分析ぶんせき哲学てつがくでも中心ちゅうしん的てきな論点ろんてんであり続つづけている。ネーゲルNagelの「剥奪はくだつ説せつ」、シェリー・ケーガンShelly KaganのイェールYale大学だいがく講義こうぎ『DEATHデス』など、死しをめぐる哲学てつがく的てき議論ぎろんの多おおくがエピクロスEpikourosを出発しゅっぱつ点てんとしている。

第二だいにに、消費しょうひ社会しゃかいへの批判ひはん。欲望よくぼうを「自然しぜん的てきで必要ひつよう」「自然しぜん的てきだが不必要ふひつよう」「空虚くうきょ」に分わけるエピクロスEpikourosの枠組わくぐみは、際限さいげんのない消費しょうひを煽あおる現代げんだい社会しゃかいへの鋭するどい批判ひはんの道具どうぐとなりうる。「必要ひつようなものは少すくなく、手てに入いれやすい」というエピクロスEpikourosの洞察どうさつは、ミニマリズムminimalismの思想しそうに通つうじる。

第三だいさんに、世俗せぞく的てき倫理りんりの可能かのう性せい。神かみの介入かいにゅうを前提ぜんていとしない倫理りんり体系たいけいを構築こうちくしたエピクロスEpikourosの試こころみは、宗教しゅうきょうに依拠いきょしない道徳どうとくの根拠こんきょを求もとめる現代げんだいの世俗せぞく主義しゅぎにとって重要じゅうような先例せんれいである。

第四だいよんに、ウェルビーイングwell-being研究けんきゅう。現代げんだいのポジティブpositive心理しんり学がくが重視じゅうしする「持続じぞく的てきな幸福こうふく感かん」は、刺激しげき的てきな快かいよりも穏おだやかな満足まんぞく感かんを重視じゅうしする点てんで、エピクロスEpikourosの静的せいてき快楽かいらく論ろんと驚おどろくほど親和しんわ性せいが高たかい。「快楽かいらくのヘドニック・トレッドミルhedonic treadmill」(快楽かいらくの踏ふみ車ぐるま)という現象げんしょうもこれに関連かんれんする。昇給しょうきゅうしても新あたらしい家いえを買かっても、人ひとはすぐにその状態じょうたいに慣なれ、次つぎの欲望よくぼうが生うまれ、幸福こうふく感かんは元もとの水準すいじゅんに戻もどる──まるで踏ふみ車ぐるまの上うえを走はしり続つづけるように。これは動的どうてき快楽かいらくの限界げんかいを示しめす点てんで、刺激しげきの追求ついきゅうよりも穏おだやかな満足まんぞくを重視じゅうししたエピクロスEpikourosの分析ぶんせきを裏付うらづけている。

読者どくしゃへの問とい

  • 「死しは我々われわれにとって何なにものでもない」というエピクロスEpikourosの論証ろんしょうは、あなたの死しへの恐怖きょうふを和やわらげるだろうか。それとも、何なにかが欠かけている議論ぎろんだろうか。
  • 現代げんだいの消費しょうひ社会しゃかいにおいて、あなたの欲望よくぼうのうちどれが「自然しぜん的てきで必要ひつよう」で、どれが「空虚くうきょ」だろうか。エピクロスEpikourosの分類ぶんるいは有効ゆうこうか。
  • 「隠かくれて生いきよ」という助言じょげんは、社会しゃかい的てき責任せきにんの放棄ほうきか、それとも自分じぶんの精神せいしん的てき健康けんこうを守まもるための賢明けんめいな選択せんたくか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

"死しは我々われわれにとって何なにものでもない。なぜなら我々われわれが存在そんざいするとき死しは来きておらず、死しが来きたときには我々われわれはもはや存在そんざいしない。" 出典しゅってん:エピクロスEpikouros『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』125/原文げんぶん:"Ho thanatos ouden pros hēmas."ホ・タナトス・ウーデン・プロス・ヘーマス
"豪華ごうかな食卓しょくたくや絶たえ間まない宴会えんかいが快こころよい生せいを生うむのではない。節度せつどある思慮しりょこそが快こころよい生せいを生うむ。" 出典しゅってん:エピクロスEpikouros『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』131-132/原文げんぶん:"Ou gar potoi kai kōmoi syneiromenoi ... alla nēphōn logismos."ウー・ガル・ポトイ・カイ・コーモイ・シュネイロメノイ…アッラ・ネーフォーン・ロギスモス
"哲学てつがくのための時期じきがまだ来きていない者ものも、もう過すぎた者ものもいない。魂たましいの健康けんこうのためには、若わかくても老おいても哲学てつがくすべきだ。" 出典しゅってん:エピクロスEpikouros『メノイケウスMenoikeusへの手紙てがみ』122
"友愛ゆうあいは世界せかい中じゅうを踊おどり回まわり、幸福こうふくな生せいへの目覚めざめを我々われわれすべてに告つげている。" 出典しゅってん:『バチカンVatican格言かくげん集しゅう』52

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん):ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios『哲学てつがく者しゃ列伝れつでん』第だい10巻かん(邦訳ほうやく:加来かく彰俊あきとし訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ)──エピクロスEpikourosの三みっつの手紙てがみと『主要しゅよう教説きょうせつ』を収録しゅうろく。
  • (原典げんてん・英訳えいやく):Inwood, Bradインウッド、ブラッド & Gerson, L.P.ガーソン The Epicurus Readerジ・エピキュラス・リーダー. Indianapolisインディアナポリス: Hackettハケット, 1994.
  • (概説がいせつ):Long, A.A.ロング Hellenistic Philosophyヘレニスティック・フィロソフィー. 2nd ed. Londonロンドン: Duckworthダックワース, 1986.──ストアStoa派は・エピクロスEpikouros派は・懐疑かいぎ派はを横断おうだん的てきに論ろんじた標準ひょうじゅん的てき概説がいせつ。
  • (概説がいせつ・邦語ほうご):山口やまぐち義久よしひさ『初期しょきストアStoa派はの哲学てつがく──初期しょきストアStoa派はを中心ちゅうしんに』晃洋こうよう書房しょぼう、2014年ねん。──ストアStoa派はとの対比たいひでエピクロスEpikouros派はにも言及げんきゅう。
  • (研究けんきゅう):Warren, Jamesウォーレン、ジェイムズ. Facing Death: Epicurus and His Criticsフェイシング・デス:エピキュラス・アンド・ヒズ・クリティクス. Oxfordオックスフォード: Oxford University Pressオックスフォード大学出版局, 2004.──死しの論証ろんしょうをめぐる古代こだい・現代げんだいの論争ろんそうを網羅もうら。
  • (一般いっぱん向むけ):Greenblatt, Stephenグリーンブラット、スティーヴン. The Swerve: How the World Became Modernザ・スワーヴ. New Yorkニューヨーク: Nortonノートン, 2011.(邦訳ほうやく:『一四一七年いちよんいちななねん、その一冊いっさつがすべてを変かえた』柏書房かしわしょぼう)──ルクレティウスLucretius再発見さいはっけんの物語ものがたり。
  • ウェブweb:Stanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード哲学百科事典, "Epicurusエピキュラス" (David Konstanデイヴィッド・コンスタン, first published 2005, substantive revision 2018). https://plato.stanford.edu/entries/epicurus/