紀元前きげんぜん300ねんごろアテナイAthēnaiアゴラAgorá公共こうきょう広場ひろば)の北側きたがわに「彩色さいしき柱廊ちゅうろう」(ストア・ポイキレStoa Poikilē)とばれる回廊かいろうがあった。「ストアStoa」は「柱廊ちゅうろう」、「ポイキレPoikilē」は「彩色さいしきの」を意味いみする。壁面へきめんにはマラトンMarathṓnたたかいやアマゾンAmazōnぞくとの戦闘せんとうえがいた絵画かいがかざられ、市民しみんいこいのでもあった。この柱廊ちゅうろうした毎日まいにち講義こうぎおこなった一人ひとり哲学てつがくしゃがいた。キティオンKitionゼノンZēnōn(のちに「ストアStoa」とばれることになる哲学てつがく創始そうししゃ)である。教室きょうしつかまえず公共こうきょうかたったこと自体じたいが、哲学てつがく万人ばんにんのものであるというストア精神せいしん象徴しょうちょうしている。

ゼノンZēnōnフェニキアPhoinikiaけい商人しょうにんいえまれた。フェニキアPhoinikiaじん古代こだい地中海ちちゅうかい世界せかい最大さいだい交易こうえき民族みんぞくであり、むらさき染料せんりょう生産せいさんられていた。そのむらさき染料せんりょうんだふね難破なんぱし、ぜん財産ざいさんうしなったことが転機てんきとなった。漂着ひょうちゃくしたアテナイAthēnai書店しょてん偶然ぐうぜんったのがクセノフォンXenophōnの『ソクラテスSōkratēsおも』(Memorabiliaメモラビリア)だった。ソクラテスSōkratēsかたとみ名声めいせいけ、とくのみをもとめた哲人てつじん姿すがた)に衝撃しょうげきけたゼノンZēnōnは、商人しょうにんみち哲学てつがくとうじた。財産ざいさんをすべてうしなったからこそ、「本当ほんとう大切たいせつなものはなにか」といういに正面しょうめんからえたのかもしれない。のちかれはこうったとされる。「航海こうかい失敗しっぱいしてもっと幸運こううん航海こうかいをした」。

ストアStoa哲学てつがくは、古代こだい一学いちがくにとどまらない。ローマRōma帝国ていこく奴隷どれいエピクテトスEpiktētosから皇帝こうていマルクス・アウレリウスMarcus Aureliusまで、身分みぶんえて人々ひとびとかたささえた。奴隷どれい皇帝こうていおな哲学てつがくすくいを見出みいだしたという事実じじつは、この思想しそう普遍ふへんせいをよくしめしている。近代きんだいカントKant倫理りんりがくはストアてき義務ぎむろん影響えいきょう色濃いろこけている。そして21世紀せいき今日こんにち認知にんち行動こうどう療法りょうほうCBTシービーティー)がストアStoa哲学てつがく理論りろんてき起源きげんつことがふたた注目ちゅうもくされ、「現代げんだいストイシズムStoicism」は世界せかいてきムーブメントmovementになりつつある。哲学てつがく書斎しょさい学問がくもんではなく「かた技術ぎじゅつ」であるという確信かくしん。それこそがストアが2300ねんにわたってひときつけてきた理由りゆうだろう。

運命うんめいえられない。しかし運命うんめいへの態度たいどえられる。この一見いっけん単純たんじゅん洞察どうさつ体系たいけいてき哲学てつがくきたげた人物じんぶつとは、いかなる思想しそうだったのか。

この記事きじ要点ようてん

  • 自然しぜんしたがってきよ」(ホモログメノース・テー・フュセイ・ゼーンhomologoumenōs tē physei zēnゼノンZēnōnは、宇宙うちゅうつらぬ理性りせいロゴスlogos)と調和ちょうわしてきることこそ人間にんげん幸福こうふくだといた。これは「本能ほんのうのままにきろ」という意味いみではなく、理性りせいてき存在そんざいとしての人間にんげん本性ほんせい完全かんぜん発揮はっきせよ、ということである。
  • とくのみがぜん健康けんこうとみは「このましいもの」ではあってもぜんではない。しんぜんとくアレテーaretē)だけであり、とくさえあれば奴隷どれいであっても幸福こうふくでありうる。この急進きゅうしんてき主張しゅちょうが、身分みぶんえた倫理りんり普遍ふへんせいひらいた。
  • 情念じょうねん克服こくふくアパテイアapatheiaいかりやおそれなどの情念じょうねんパトスpathos)はあやまった判断はんだんからまれる。判断はんだんただせば情念じょうねんえる。このかんがかたは、現代げんだい認知にんち行動こうどう療法りょうほう直結ちょっけつする洞察どうさつである。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

ゼノンZēnōn紀元前きげんぜん334ねんごろキプロスKyprosとうキティオンKitionげんラルナカLarnaka)にまれた。キティオンKitionフェニキアPhoinikiaじん植民しょくみん都市としであり、ギリシャGreece文化ぶんか東方とうほう文化ぶんか交差こうさてんにあった。ゼノンZēnōnちちムナセアスMnaseas商人しょうにんであり、ゼノンZēnōn当初とうしょ交易こうえき従事じゅうじしていた。おさなころからことなる言語げんご習慣しゅうかんれてそだったこの多文化たぶんかてき出自しゅつじは、のちにかれ都市とし国家こっか民族みんぞくかべえた「世界せかい市民しみん」の理念りねん素地そじになったとかんがえられている。

ゼノンZēnōnきた時代じだいは、ギリシャGreece世界せかいおおきな転換てんかんだった。アレクサンドロスAlexandros大王だいおう東方とうほう遠征えんせい紀元前きげんぜん334〜323ねん)はギリシャGreece文化ぶんか東方とうほう拡大かくだいさせたが、大王だいおう死後しご帝国ていこく後継こうけいしゃ戦争せんそうディアドコイDiadochoi戦争せんそう)によって分裂ぶんれつし、ポリスpolis都市とし国家こっか)の自治じち実質じっしつてきうしなわれた。市民しみん巨大きょだい王国おうこく臣民しんみんとなり、政治せいじてき主体しゅたいせいうしなった。現代げんだいにたとえるなら、国家こっか枠組わくぐみがくずれ、個人こじん巨大きょだいちからまえ無力むりょくだとかんじるような状況じょうきょうだった。この激動げきどう時代じだいに、「個人こじんとしてどうきるか」は切実せつじついとなっていた。エピクロスEpikouros懐疑かいぎ、そしてストアStoaヘレニズムHellenism三大さんだい学派がくは)は、いずれもこのいにおうじてまれた。

ゼノンZēnōnは22さいごろアテナイAthēnaiわたり、まず犬儒けんじゅキュニコスKynikos)のクラテスKratēs師事しじした。犬儒けんじゅ社会しゃかい慣習かんしゅう徹底てっていてき否定ひていし、自然しぜんそくした最小さいしょうげん生活せいかつ実践じっせんする一派いっぱだった。先駆せんくしゃディオゲネスDiogenēsたるのなかでらし、公衆こうしゅう面前めんぜん食事しょくじをし、社会しゃかいてき体面たいめんをいっさいにしなかった。「慣習かんしゅうしばられないかた」はゼノンZēnōn思想しそう基層きそうになったが、かれはやがてその過激かげきさ(奇行きこうばかりが目立めだち、体系たいけいてき理論りろんけているてん)に限界げんかいかんじた。直感ちょっかんだけでは不十分ふじゅうぶんだ、哲学てつがくには論理ろんりてきうらづけが必要ひつようだ。そうかんがえたゼノンZēnōnは、メガラMegaraスティルポンStilpōnディオドロスDiodōrosクロノスKronosから論理ろんりがく弁証べんしょうほうまなび、プラトンPlatōnアカデメイアAkadēmeiaにもかよった。こうした方面ほうめんまなびを総合そうごうして、紀元前きげんぜん300ねんごろ独自どくじ学派がくはひらいた。講義こうぎ場所ばしょ彩色さいしき柱廊ちゅうろうストア・ポイキレStoa Poikilē)であったことから、学派がくはは「ストアStoa」とばれるようになった。

ゼノンZēnōn質素しっそ生活せいかつおくり、アテナイAthēnai市民しみんからふか尊敬そんけいあつめた。ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertiosは『哲学てつがくしゃ列伝れつでん』で、アテナイAthēnaiゼノンZēnōnきんかんむりケラメイコスKerameikos公共こうきょう墓地ぼちへの埋葬まいそう栄誉えいよおく決議けつぎをしたとつたえている(VII.10-12)。決議けつぎぶんには「とく節制せっせいかた若者わかものしめした」とある。哲学てつがくしゃたいする最高さいこう公的こうてき栄誉えいよだった。紀元前きげんぜん263ねんごろゼノンZēnōnみずかいのちったとされる。ストア哲学てつがくでは、老衰ろうすい重病じゅうびょうによって理性りせいてきせいがもはや不可能ふかのうになったとき、理性りせいてき判断はんだんされた退出たいしゅつ合理ごうりてき自死じし)は許容きょようされうるものとかんがえられていた。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん334ねんごろキプロスKyprosとうキティオンKitionまれる
  • 紀元前きげんぜん323ねんアレクサンドロスAlexandros大王だいおう死去しきょ後継こうけいしゃ戦争せんそうはじまる
  • 紀元前きげんぜん312ねんごろふね難破なんぱアテナイAthēnaiわたる。犬儒けんじゅクラテスKratēs師事しじ
  • 紀元前きげんぜん310〜301ねんごろメガラMegaraスティルポンStilpōnアカデメイアAkadēmeiaポレモンPolemōnにもまな
  • 紀元前きげんぜん300ねんごろ彩色さいしき柱廊ちゅうろう講義こうぎ開始かいし。ストア創立そうりつ
  • 紀元前きげんぜん300〜280ねんだい主著しゅちょ国家こっか』(ポリテイアPoliteia)ほか多数たすう著作ちょさく執筆しっぴつ
  • 紀元前きげんぜん263ねんごろアテナイAthēnaiにてぼっする(享年きょうねん約71さい)。後継こうけいしゃクレアンテスKleanthēs

ゼノンZēnōnなにうたのか

ポリスpolis時代じだいわり、市民しみん政治せいじ共同きょうどうたい主人しゅじんではなくなったとき、哲学てつがくあらたないに直面ちょくめんした。プラトンPlatōnアリストテレスAristotelēsせいポリスpolisのなかに位置いちづけた。政治せいじ参加さんかこそが市民しみん完成かんせいであり、共同きょうどうたいそと幸福こうふくたないとかんがえた。しかしポリスpolisがもはや自足じそくてき単位たんいでなくなったヘレニズムHellenism世界せかいでは、個人こじんみずからのうち幸福こうふく基盤きばん見出みいださなければならなかった。

ゼノンZēnōn根本こんぽんてきいはこうだ。外的がいてき状況じょうきょう左右さゆうされない幸福こうふく可能かのうか。もし可能かのうなら、それはどのようなかたにおいて実現じつげんされるのか。このいは、突然とつぜんしょくうしなったとき、やまいたおれたとき、大切たいせつひとくしたとき(現代げんだいきるわたしたちにとっても)、まったく切実せつじつさをうしなっていない。

このいへのゼノンZēnōnこたえは明快めいかいだった。幸福こうふくとくのうちにある。とくとは宇宙うちゅう理法りほうロゴスlogos)と一致いっちしたかたであり、それはとみにも権力けんりょくにも健康けんこうにも依存いぞんしない。えれば、ただしい判断はんだんくだし、ただしく行動こうどうするちから、これだけはだれにもうばうことができない。これがストア倫理りんりがく核心かくしんである。あらし全財産ぜんざいさんうしない、そこから哲学てつがくみち見出みいだしたゼノンZēnōn自身じしん人生じんせいが、この命題めいだいきたあかしだった。

核心かくしん理論りろん

1. 哲学てつがく三分さんぶんほう── 論理ろんりがく自然しぜんがく倫理りんりがく

ゼノンZēnōn哲学てつがくみっつの部門ぶもんけた。論理ろんりがくロギケーlogikē)、自然しぜんがくフュシケーphysikē)、倫理りんりがくエーティケーēthikē)。これはのちの哲学てつがく教育きょういく標準ひょうじゅんとなった区分くぶんだ。論理ろんりがくは「ただしくかんがえる方法ほうほう」、自然しぜんがくは「世界せかいがどうできているかの理解りかい」、倫理りんりがくは「どうきるべきかの指針ししん」である。

ストアはこのみっつの関係かんけいたくみな比喩ひゆ説明せつめいした。たまごたとえでは、から論理ろんりがく思考しこうまもあやまりからふせ枠組わくぐみ)、白身しろみ自然しぜんがく世界せかいちという栄養えいよう)、黄身きみ倫理りんりがく(すべての目的もくてきであり核心かくしん)だ。またはたけたとえでは、垣根かきね論理ろんりがく外敵がいてきから思考しこうまもる)、土壌どじょう自然しぜんがくそだ基盤きばん)、果実かじつ倫理りんりがく最終さいしゅうてき収穫しゅうかく)だとされた(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios VII.40)。いずれのたとえにも共通きょうつうするのは、倫理りんりがくこそが哲学てつがく究極きゅうきょく目的もくてきであるという確信かくしんだ。倫理りんりがくただしくいとなむためには世界せかい仕組しくみ(自然しぜんがく)とただしい推論すいろん方法ほうほう論理ろんりがく)が不可欠ふかけつだとストアかんがえた。哲学てつがく遊戯ゆうぎではなく、きるための統合とうごうてきいとなみなのだ。

2. 自然しぜんがく── ロゴスlogos浸透しんとうする宇宙うちゅう

ストア自然しぜんがく唯物ゆいぶつろんてきだ。存在そんざいするのは物体ぶったいのみであり、プラトンPlatōnイデアideaのような「えない別世界べつせかい存在そんざいする完全かんぜんかたち」はみとめない。しかしたんなる唯物ゆいぶつろんではない。宇宙うちゅう神的しんてき理性りせいロゴスlogos)によってつらぬかれており、すべてのものはこのロゴスlogos一部いちぶである。いわば宇宙うちゅうそのものが巨大きょだい知性ちせいであり、いし動物どうぶつ人間にんげんもその一部いちぶとしてまれている。ストアStoaはこのロゴスlogosを「創造そうぞうてき」(ピュル・テクニコンpyr technikon)や「プネウマpneuma気息きそく)」ともんだ。ヘラクレイトスHērakleitos万物ばんぶつ流転るてんロゴスlogos概念がいねん継承けいしょうしている。

この世界せかいかんには重要じゅうよう帰結きけつがいくつかある。第一だいいちに、宇宙うちゅう合理ごうりてき秩序ちつじょであり、偶然ぐうぜんはない。すべてが因果いんが連鎖れんさのなかにあり、運命うんめいヘイマルメネーheimarmenē)としてさだめられている。第二だいにに、人間にんげん理性りせい宇宙うちゅうロゴスlogos一部いちぶであるから、理性りせいしたがってきることは自然しぜんしたがってきることにひとしい。第三だいさんに、万物ばんぶつロゴスlogosつうじてたがいにむすびついている。ストアStoaはこれを「共感きょうかん」(シュンパテイアsympatheia)とんだ。宇宙うちゅうはバラバラな部品ぶひんあつめではなく、ひとつの有機ゆうきたいのように連動れんどうする全体ぜんたいなのだ。

さらにストアStoaは、宇宙うちゅう周期しゅうきてきだいさいエクピュローシスekpyrōsis)によってき、ふたたロゴスlogosからおな宇宙うちゅう再生さいせいされるという永劫えいごう回帰かいきいた。すべてが寸分すんぶんたがわずかえされる。この壮大そうだい宇宙うちゅうろんは、宇宙うちゅう完全かんぜん合理ごうりせいへの信頼しんらい表現ひょうげんである。宇宙うちゅう無駄むだはなく、すべてに意味いみがある。だからこそこることをれることにがある、とストアかんがえた。

3. 倫理りんりがく── とくのみがぜん

ストア倫理りんりがく根幹こんかんは「とくアレテーaretē)のみがぜんであり、悪徳あくとくカキアkakia)のみがあくである」という命題めいだいだ。健康けんこうとみ名誉めいよは「このましいもの」(プロエーグメノンproēgmenon)ではあるが、それ自体じたいぜんでもあくでもない「無差別むさべつなもの」(アディアフォロンadiaphoron)だ。

これはどういうことか。具体ぐたいてきかんがえてみよう。あらしって財産ざいさんうしなっても(まさにゼノンZēnōn自身じしんがそうだったように)、ただしく判断はんだんただしく行動こうどうする能力のうりょくうばわれない。健康けんこう病気びょうき老齢ろうれいによってうしなわれうるが、とく自分じぶん意志いしでしか手放てばなせない。反対はんたいに、不正ふせい手段しゅだん巨万きょまんとみ人間にんげんは、がい見上けんじょう成功せいこうしゃであっても、ストアにとっては不幸ふこう人間にんげんだ。とくいているからだ。幸福こうふくとはとくにかなったせいのなかにあるのであって、外的がいてきざいのなかにはない。ただし「無差別むさべつ」といっても、ストア健康けんこうとみをまったく無視むしせよとはっていない。それらは「えらぶにあたいするもの」ではあるが、それをるためにとく犠牲ぎせいにしてはならない、というのがストア立場たちばだ。健康けんこうでありたいとねがうのは自然しぜんだ。だが健康けんこううしなっても幸福こうふくでありうる。それがストア革命かくめいてき主張しゅちょうだった。

とくよっつの枢要すうようとくとして整理せいりされた。知恵ちえフロネーシスphronēsisなにぜんなにあくかを見分みわけるちから)、勇気ゆうきアンドレイアandreia困難こんなんかうちから)、節制せっせいソーフロシュネーsōphrosynē欲望よくぼう制御せいぎょするちから)、正義せいぎディカイオシュネーdikaiosynē他者たしゃ公正こうせいせっするちから)。しかもストアはこれらを分離ぶんり不可能ふかのうだとかんがえた。ひとつのとくものはすべてのとくち、ひとつをものはすべてをく。これは「とく統一とういつ」とばれるテーゼTheseであり、後世こうせいおおくの議論ぎろんんだ。たとえば、戦場せんじょう勇敢ゆうかんたたかうが不正ふせい略奪りゃくだつおこな兵士へいしは、ストアにとってはしん勇敢ゆうかんとはえない。正義せいぎいた勇気ゆうき蛮勇ばんゆうにすぎないからだ。

4. オイケイオーシスoikeiōsis── 自己じこ親和しんわから他者たしゃへの拡大かくだい

ストア倫理りんりがくのもうひとつのはしらが「オイケイオーシスoikeiōsis」(自己じこ親和しんわ適合てきごう)だ。すべてのものまれたときから自己じこ保存ほぞん衝動しょうどうち、自分じぶんてきしたものをもとめ、がいあるものを退しりぞける。あかぼう母親ははおやちちもとめ、あついものからくのはこの本能ほんのうによる。動物どうぶつはこの衝動しょうどうにとどまるが、人間にんげん成長せいちょうするにつれて理性りせい発達はったつし、やがて「理性りせいしたがってきること」自体じたい最高さいこう目的もくてき認識にんしきするようになる。べたいからべるのではなく、「べることがにかなっているからべる」。人間にんげん成熟せいじゅくとは、衝動しょうどうから理性りせいへの移行いこうだとストアかんがえた。

さらにオイケイオーシスoikeiōsis自己じこから他者たしゃへと拡大かくだいする。ひとはまずおやしたしみをかんじ、つぎ友人ゆうじん同胞どうほうへ、そして最終さいしゅうてきにはすべての理性りせいてき存在そんざいしゃへと関心かんしんひろがっていく。のちのストア哲学てつがくしゃヒエロクレスHieroclēsはこれを「同心どうしんえん」のモデルmodel説明せつめいした。中心ちゅうしん自己じこがあり、家族かぞく地域ちいき国家こっか人類じんるい全体ぜんたいへとえんひろがる。わたしたちはとおくにひとくるしみよりも、家族かぞくくるしみにつよ反応はんのうするのが普通ふつうだ。しかし賢者けんじゃはこのえん可能かのうかぎちぢめ、とお他者たしゃをも身近みぢかもののように配慮はいりょする。この理論りろんが、ストアてき世界せかい市民しみん主義しゅぎ倫理りんりてき基盤きばんである。

5. 情念じょうねんパトスpathos)の理論りろん── 感情かんじょう判断はんだんである

ストアにとって、いかり、おそれ、かなしみ、快楽かいらくへの耽溺たんできといった情念じょうねんパトスpathos)は、そとからおそってくる不可ふか抗力こうりょくではない。それらはあやまった判断はんだん(たとえば「とみうしなうことはおそろしいあくだ」という判断はんだん)からまれる。渋滞じゅうたいいかりをかんじるのは、「おくれることはおおきなあくだ」と無意識むいしき判断はんだんしているからだ。もし「おくれは不便ふべんだが、ぜんでもあくでもない」と判断はんだんなおせば、いかりはしょうじない。ストア情念じょうねんよっつに分類ぶんるいした。未来みらいぜんたいする過度かど欲望よくぼうエピテュミアepithymia)、未来みらいあくたいする恐怖きょうふフォボスphobos)、現在げんざいぜんたいする過度かど快楽かいらくヘードネーhēdonē)、現在げんざいあくたいする苦悩くのうリュペーlypē)である。いずれも「ぜんあくでないものをぜんあく誤認ごにんする」判断はんだんもとづいている。

この理論りろん画期かっきてきだった。もし感情かんじょう判断はんだん由来ゆらいするなら、判断はんだんえれば感情かんじょうわる。ストア目指めざす「アパテイアapatheia」(情念じょうねんからの自由じゆう)とは、感情かんじょうころしてつめたい人間にんげんになることではない。あやまった判断はんだんもとづく情念じょうねん理性りせいによって矯正きょうせいすることだ。感情かんじょうがなくなるのではなく、健全けんぜん感情かんじょうエウパテイアeupatheia)がのこる。よろこび(カラchara)、つつしみ(エウラベイアeulabeia)、合理ごうりてき意志いしブーレーシスboulēsis)。これらは情念じょうねんではなく、ただしい判断はんだんもとづく健全けんぜんこころうごきである。ストア理想りそうは「なにかんじないひと」ではなく、「ただしくかんじるひと」なのだ。

この洞察どうさつは2000ねんアルバート・エリスAlbert Ellis論理ろんり情動じょうどう行動こうどう療法りょうほう創始そうししゃ)やアーロン・ベックAaron Beck認知にんち療法りょうほう創始そうししゃ)に直接ちょくせつてき影響えいきょうあたえた。エリスEllisみずからストア影響えいきょう公言こうげんしており、エピクテトスEpiktētosの「ひとくるしめるのは事柄ことがらではなく、事柄ことがらについての判断はんだんだ」という命題めいだい療法りょうほう基礎きそえた。

6. 運命うんめい自由じゆう── 決定けっていろんのなかの自律じりつ

ストア宇宙うちゅう因果いんがてき決定けっていろんみとめた。すべての出来事できごと先行せんこうする原因げんいん必然ひつぜんてき結果けっかである。では人間にんげん自由じゆうはどこにあるのか。すべてがまっているなら、努力どりょくにも選択せんたくにも意味いみがないのではないか。

ゼノンZēnōn後継こうけいしゃクリュシッポスChrysipposはこれをたくみに説明せつめいした。円柱えんちゅうさかうえからせばころがる。すこと(外的がいてき原因げんいん)がなければころがらないが、ころがりかた円柱えんちゅうかたち内的ないてき本性ほんせい)によってまる。立方体りっぽうたいならころがらない。おなじように、外的がいてき状況じょうきょうわたしたちに選択せんたくせまるが、それにどうおうじるかはわたしたちの内的ないてき性質せいしつ理性りせいとく)にかかっている。突然とつぜん解雇かいこ直面ちょくめんしたとき、あるひと絶望ぜつぼうし、あるひとあらたなみち見出みいだす。おな出来事できごとたいする反応はんのうちがいこそが自由じゆう在処ありかだ。クリュシッポスChrysipposはこれを原因げんいん区別くべつとして定式ていしきした。「先行せんこう原因げんいん」(そとからの刺激しげき)と「主要しゅよう原因げんいん」(行為こういしゃ本性ほんせい)の区別くべつだ。道徳どうとくてき責任せきにん主要しゅよう原因げんいんにかかる。

のちエピクテトスEpiktētosは、この思想しそうをさらにあざやかに定式ていしきした。「我々われわれ権内けんないにあるもの(エフ・ヘーミンeph' hēmin)と権外けんがいにあるものを区別くべつせよ」(『提要ていよう』〔エンケイリディオンEncheiridion〕1.1)。自分じぶん判断はんだん意志いし欲求よっきゅう権内けんないにある。身体しんたい健康けんこう他人たにん行動こうどう天候てんこう権外けんがいにある。権外けんがいのものに執着しゅうちゃくしなければ、こころ自由じゆうたもたれる。ストアはまた、運命うんめいたいする態度たいどいぬ荷車にぐるま比喩ひゆかたった。荷車にぐるまつながれたいぬは、よろこんではしればらくすすみ、抵抗ていこうすればきずられる。どちらにせよすす方向ほうこうわらない。ならばよろこんでしたがうほうが賢明けんめいだ。けられないことにあらがうのではなく、けられないことへの態度たいどえらぶ。これがストアてき自由じゆう本質ほんしつである。

7. 賢者けんじゃソフォスsophos)の理想りそう

ストア完全かんぜんとく体現たいげんした人物じんぶつを「賢者けんじゃ」(ソフォスsophos)とんだ。賢者けんじゃはすべての状況じょうきょうただしく判断はんだんし、情念じょうねんまどわされず、運命うんめい調和ちょうわしてきる。のなかにあっても幸福こうふくであり、拷問ごうもんのなかにあってもどうじない。

しかしストアは、このような賢者けんじゃがきわめてまれであることをみとめていた。歴史れきしじょう賢者けんじゃべるのはソクラテスSōkratēsヘラクレスHēraklēsくらいだ、という議論ぎろんさえあった。では賢者けんじゃ理想りそう非現実ひげんじつてきではないか。ストアはそうはかんがえなかった。賢者けんじゃ到達とうたつ目標もくひょうであって、日常にちじょう記述きじゅつではない。大多数だいたすう人間にんげんは「進歩しんぽ途上とじょうもの」(プロコプトーンprokoptōn)であり、日々ひび修練しゅうれんつうじてとくちかづいていく。ちょうど北極ほっきょくせいのように。北極ほっきょくせい到達とうたつすることはできないが、ただしい方向ほうこうすすむための指針ししんにはなる。この「完璧かんぺき理想りそう不完全ふかんぜん現実げんじつのあいだの緊張きんちょう」をどうめるかが、ストアてき実践じっせんかなめである。

8. 論理ろんりがく── 命題めいだい論理ろんりがく先駆せんく

ストア論理ろんりがくは、アリストテレスAristotelēs三段さんだん論法ろんぽうこう論理ろんりがく)とはことなり、命題めいだい接続せつぞく関係かんけいあつか命題めいだい論理ろんりがくだった。簡単かんたんえば、アリストテレスAristotelēs論理ろんりがくが「すべてのAはBである」のような主語しゅご述語じゅつご関係かんけい分析ぶんせきするのにたいし、ストアは「もしpならばq」「pまたはq」「pかつq」といったぶんぶん結合けつごう関係かんけい注目ちゅうもくした。現代げんだいプログラミングprogrammingにおける「if-then」構文こうぶんにもつうじる発想はっそうだ。

クリュシッポスChrysippos体系たいけいした「いつつの論証ろんしょう不要ふよう推論すいろん形式けいしき」(アナポデイクトイanapodeiktoi)は、現代げんだい論理ろんりがくでいう「前件ぜんけん肯定こうてい」「後件こうけん否定ひてい」などの推論すいろん規則きそく対応たいおうする。たとえば「もしひるならあかるい。ひるである。ゆえにあかるい」。これは第一だいいち不可ふか論証ろんしょうにあたる。この業績ぎょうせき中世ちゅうせい以降ながわすれられ、アリストテレスAristotelēs三段さんだん論法ろんぽう論理ろんりがく唯一ゆいいつ体系たいけいだとおもわれていた。19世紀せいきフレーゲFregeらが記号きごう論理ろんりがく構築こうちくしてようやく、ストア命題めいだい論理ろんりがく先駆せんくてき業績ぎょうせきとして再評価さいひょうかされた。

さらにストア認識にんしきろんにおいて、確実かくじつ知識ちしき基準きじゅんとして「把握はあくてき表象ひょうしょう」(カタレープティケー・ファンタシアkatalēptikē phantasia)を提唱ていしょうした。外界がいかいからの印象いんしょうのうち、対象たいしょう実在じつざい正確せいかくうつるものがあり、理性りせいはそれに「同意どうい」(シュンカタテシスsynkatathesis)をあたえることで知識ちしき成立せいりつさせる。これは倫理りんり密接みっせつかかわっている。現実げんじつただしく認識にんしきできなければ、ただしい判断はんだん不可能ふかのうだからだ。懐疑かいぎはこの「同意どうい」の妥当だとうせいはげしく攻撃こうげきしたが、ストアにとって認識にんしき確実かくじつせい倫理りんりてき行為こうい前提ぜんていであり、ゆずれない一線いっせんだった。

9. 世界せかい市民しみん主義しゅぎコスモポリタニズムcosmopolitanism

ゼノンZēnōn主著しゅちょ国家こっか』(ポリテイアPoliteia)は散逸さんいつして断片だんぺんしかのこっていないが、そこでは人種じんしゅ都市とし国家こっかかべえ、すべての理性りせいてき存在そんざいしゃひとつの共同きょうどうたいぞくするという構想こうそうしめされていた。貨幣かへい神殿しんでん裁判所さいばんしょもなく、とくのみが市民しみんけん基準きじゅんとなる社会しゃかい犬儒けんじゅ急進きゅうしんせいぐ)この構想こうそうは、後世こうせいのストアからも物議ぶつぎかもした。

ロゴスlogos共有きょうゆうするかぎり、奴隷どれいおうギリシャGreeceじん蛮族ばんぞくバルバロイbarbaroi)も平等びょうどうだ。この理念りねんは、古代こだい世界せかいのなかできわめて急進きゅうしんてきなものだった。ギリシャGreeceじん民族みんぞくを「蛮族ばんぞく」とんで見下みくだしていた時代じだいに、理性りせいものはすべて平等びょうどうだと宣言せんげんしたのだ。ローマRōma帝国ていこく民族みんぞく統合とうごうする普遍ふへんてきほうユス・ゲンティウムius gentium)を必要ひつようとしたとき、ストアてき世界せかい市民しみん主義しゅぎほう思想しそう基盤きばん提供ていきょうした。近代きんだい自然しぜんほう思想しそう人権じんけん概念がいねんとお源流げんりゅうがここにある。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • ゼノンZēnōn著作ちょさくはすべて散逸さんいつしており、完全かんぜんかたちでは現存げんぞんしない。以下いか断片だんぺん収集しゅうしゅう証言しょうげん資料しりょう、およびストアStoa重要じゅうようテクストtext
  • 初期しょきストア断片だんぺんしゅう』(Stoicorum Veterum Fragmentaストイコルム・ウェテルム・フラグメンタ [SVF]、フォン・アルニムvon Arnimへん、1903-1924ねん) ── 初期しょきストア断片だんぺん証言しょうげん網羅もうらてきあつめた標準ひょうじゅんてき資料しりょうしゅうだい1かんゼノンZēnōnてられている。
  • ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでんだい7かん邦訳ほうやく加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── ゼノンZēnōn生涯しょうがいとストア学説がくせつをもっともくわしくつたえる古代こだい文献ぶんけん
  • エピクテトスEpiktētos提要ていようエンケイリディオンEncheiridion)』(邦訳ほうやく鹿野かの治助じすけやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── ストア倫理りんりがく実践じっせんてきエッセンスessenceみじかみやすい入門にゅうもん最適さいてき
  • マルクス・アウレリウスMarcus Aurelius自省じせいろく』(邦訳ほうやく神谷かみや美恵子みえこやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── ローマRōma皇帝こうてい戦場せんじょうテントtentつづったストアてき瞑想めいそうろく。ストア哲学てつがくきた実践じっせん記録きろく
  • セネカSeneca人生じんせいみじかさについて』(邦訳ほうやく大西おおにし英文ひでふみやく岩波いわなみ文庫ぶんこ) ── 時間じかん使つかかたかた名著めいちょ。ストアてき時間じかんろん入門にゅうもんてきする。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. エピクロスEpikouros── 快楽かいらくこそぜんではないか:ストア同時代どうじだいエピクロスEpikourosは、ぜんとは快楽かいらくヘードネーhēdonē、とりわけ苦痛くつう不在ふざいアタラクシアataraxia))であると主張しゅちょうした。とくのみがぜんだというストア立場たちば人間にんげん自然しぜん欲求よっきゅう無視むししている、とエピクロスEpikouros批判ひはんした。しかしストア快楽かいらく全面ぜんめん否定ひていしているわけではない。快楽かいらく自然しぜん活動かつどうともな副産物ふくさんぶつにすぎず、目的もくてきにしてはならない、というのがストア立場たちばだった。「幸福こうふくみなもと快楽かいらくとくか」──この論争ろんそう古代こだい哲学てつがく中心ちゅうしんてき対立たいりつひとつであり、今日こんにちまでつづいている。

2. 懐疑かいぎ── 確実かくじつ認識にんしき可能かのうアカデメイアAkadēmeia懐疑かいぎアルケシラオスArkesilaosカルネアデスKarneadēs)は、ストア認識にんしきろん把握はあくてき表象ひょうしょうによって確実かくじつ知識ちしきられる)を徹底てっていてき攻撃こうげきした。ゆめ錯覚さっかく実在じつざいする対象たいしょうからの表象ひょうしょう区別くべつできない。確実かくじつ知識ちしきがなければ、とくもとづく行為こうい基盤きばんくずれるのではないか。この認識にんしきろん論争ろんそうは、ストア学説がくせつ精緻せいちせまり、結果けっかてきにストア認識にんしきろん発展はってんうながした。

3. 決定けっていろん道徳どうとくてき責任せきにん:すべてが運命うんめいによってさだめられているなら、道徳どうとくてき称賛しょうさん非難ひなん無意味むいみではないか。「犯罪はんざいしゃ運命うんめいしたがっただけだ」とえてしまうのではないか。この批判ひはん古代こだいからかえ提起ていきされた。クリュシッポスChrysippos前述ぜんじゅつの「先行せんこう原因げんいん主要しゅよう原因げんいん区別くべつ」によって応答おうとうしたが、決定けっていろん自由じゆう意志いし両立りょうりつは、今日こんにちいたるまで哲学てつがく難問なんもんでありつづけている。

4. 「無差別むさべつなもの」への批判ひはん健康けんこう生命せいめいも「ぜん」ではなく「このましいもの」にすぎないというストア主張しゅちょうは、常識じょうしきはんするようにこえる。重病じゅうびょうひとに「健康けんこうぜんではない」とえるだろうか。ペリパトスPeripatosアリストテレスAristotelēs学派がくは)は、とくくわえて外的がいてきぜん健康けんこう友人ゆうじん一定いってい財産ざいさん)も幸福こうふく必要ひつようだとろんじ、ストア厳格げんかくさを批判ひはんした。実際じっさい後期こうきストアパナイティオスPanaitiosポセイドニオスPoseidōnios)はこのてん柔軟じゅうなんし、ペリパトスPeripatos立場たちばあゆった。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそうソクラテスSōkratēsの「とくなり」という命題めいだいがストア倫理りんりがく出発しゅっぱつてんにある。犬儒けんじゅ禁欲きんよく主義しゅぎ慣習かんしゅう批判ひはんヘラクレイトスHērakleitosロゴスlogos概念がいねん宇宙うちゅうろんメガラMegara論理ろんりがくがストア基盤きばん形成けいせいした。プラトンPlatōn理想りそう国家こっかろんも、ゼノンZēnōnの『国家こっか』に対話たいわてき影響えいきょうあたえている。

学派がくは展開てんかいゼノンZēnōnあとクレアンテスKleanthēsだい2だい学頭がくとう)がストア神学しんがくふかめ、クリュシッポスChrysipposだい3だい学頭がくとう)が論理ろんりがく倫理りんりがく精緻せいちした。「クリュシッポスChrysipposなくばストアStoaなし」とわれたほどだ。ゼノンZēnōn骨格こっかくつくり、クリュシッポスChrysipposがそれに筋肉きんにく神経しんけいあたえた、とえるだろう。

ローマRōma・ストアセネカSenecaエピクテトスEpiktētosマルクス・アウレリウスMarcus Aureliusがストア哲学てつがく実践じっせんてき文学ぶんがくてき展開てんかいし、今日こんにちまでもっとひろまれるストア文献ぶんけんとなっている。奴隷どれいエピクテトスEpiktētos)も皇帝こうていマルクス・アウレリウスMarcus Aurelius)もおな哲学てつがくってきた。このこと自体じたいが、ストアてき普遍ふへん主義しゅぎあかしである。

キリストChristきょうとの関係かんけい初期しょきキリストChristきょうはストア自然しぜんほう思想しそうロゴスlogos概念がいねん禁欲きんよくてき倫理りんりおおきく吸収きゅうしゅうした。『ヨハネIōannēsによる福音ふくいんしょ冒頭ぼうとうの「はじめにロゴスlogosありき」は、ストアてきロゴスlogos概念がいねんとの接点せってん研究けんきゅうしゃによって指摘してきされている。使徒しとパウロPaulos書簡しょかんにもストアてき表現ひょうげん散見さんけんされる。

近代きんだい倫理りんりがくカントKant義務ぎむろん道徳どうとく法則ほうそくへの無条件むじょうけん従属じゅうぞく幸福こうふく道徳どうとく峻別しゅんべつ)にはストアつよ影響えいきょうみとめられる。「結果けっかがどうであれ義務ぎむたせ」というカントの主張しゅちょうは、「結果けっか権外けんがいにあるが行為こういただしさは権内けんないにある」というストアてき発想はっそう延長えんちょうせんじょうにある。スピノザSpinozaの「情動じょうどう統御とうぎょ」もストアてき主題しゅだいであり、デカルトDescartesの『情念じょうねんろん』もストア意識いしきしてかれた。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、認知にんち行動こうどう療法りょうほうCBTシービーティー。「出来事できごとひとくるしめるのではなく、出来事できごとについての判断はんだんひとくるしめる」──エピクテトスEpiktētosのこの命題めいだいは、CBTシービーティー基本きほん原理げんりそのものだ。たとえば「上司じょうししかられた」という出来事できごとくるしいのではなく、「上司じょうししかられた=自分じぶん無能むのうだ」という判断はんだんくるしみをむ。この判断はんだんを「上司じょうし改善かいぜんてん指摘してきしただけだ」と修正しゅうせいすれば、くるしみは軽減けいげんする。不安ふあんいかりをこす認知にんちゆがみを修正しゅうせいするというCBTシービーティー方法ほうほうは、ストア情念じょうねんろん現代げんだいばんってよい。

第二だいにに、現代げんだいストイシズムStoicism運動うんどう毎年まいとし10がつ開催かいさいされる「ストイック・ウィークStoic Week」は世界せかいてきイベントeventとなっている。不確実ふかくじつ時代じだいに「自分じぶんコントロールcontrolできるものに集中しゅうちゅうする」というストアてき原則げんそくは、パンデミックpandemic経済けいざい不安ふあん時代じだいにとりわけ共鳴きょうめいんでいる。ライアン・ホリデイRyan Holiday著作ちょさく群はストア哲学てつがく一般いっぱん読者どくしゃとどけ、世界せかいてきベストセラーbestsellerとなった。

第三だいさんに、レジリエンスresilienceリーダーシップleadership軍事ぐんじ教育きょういく経営けいえいがくスポーツsports心理しんりがく分野ぶんやで、ストアてき回復かいふくりょく概念がいねん応用おうようされている。もとアメリカAmerica海軍かいぐん中将ちゅうじょうジェイムズ・ストックデールJames Stockdaleは、ベトナムVietnam戦争せんそうでの7ねんはん捕虜ほりょ生活せいかつを、エピクテトスEpiktētos哲学てつがくによっていたとかたっている。「権内けんないにあるもの」と「権外けんがいにあるもの」の区別くべつは、極限きょくげん状況じょうきょうでも人間にんげん尊厳そんげんまも原理げんりたりえた。

第四だいよんに、環境かんきょう倫理りんり宇宙うちゅうてき連帯れんたい。ストアの「共感きょうかん」(シュンパテイアsympatheia)──万物ばんぶつロゴスlogosつうじて連動れんどうする有機ゆうきたいとしての宇宙うちゅう──という発想はっそうは、現代げんだい環境かんきょう倫理りんりにおける「地球ちきゅう全体ぜんたいをひとつのシステムsystemとしてとらえる」視点してん親和しんわせいがある。人間にんげん自然しぜん支配しはいしゃではなく自然しぜん一部いちぶである──ストアのこの洞察どうさつは、気候きこう変動へんどう時代じだいにあらためて意味いみつだろう。

読者どくしゃへの

  • あなたの日常にちじょう不安ふあんいかりのうち、実際じっさいには「判断はんだんえればえるもの」はどれくらいあるだろうか。ストア情念じょうねんろんは、こころくるしみへの実践じっせんてき処方しょほうせんになりうるか。
  • とくのみがぜん」というストア主張しゅちょうきびしすぎるだろうか。健康けんこうあいするひと存在そんざいを「ぜんではなくこのましいもの」とする分類ぶんるいは、わたしたちの実感じっかん矛盾むじゅんしないだろうか。
  • すべてが運命うんめいさだめられているのに自由じゆうがある、というストア両立りょうりつろん説得せっとくてきか。それとも、自己じこ欺瞞ぎまんにすぎないのか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"ひとくるしむのは、事柄ことがらによってではなく、事柄ことがらについての判断はんだんによってである。" 出典しゅってんエピクテトスEpiktētos提要ていようエンケイリディオンEncheiridion)』5しょう原文げんぶん"Tarassei tous anthrōpous ou ta pragmata alla ta peri tōn pragmatōn dogmata."タラッセイ・トゥース・アントローポス・ウー・タ・プラグマタ・アッラ・タ・ペリ・トーン・プラグマトーン・ドグマタ
"航海こうかい失敗しっぱいして、もっと幸運こううん航海こうかいをした。" 出典しゅってんゼノンZēnōn言葉ことばとして、ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでん』VII.4-5につたえられる。
"自然しぜん一致いっちしてきよ。" 出典しゅってんゼノンZēnōn倫理りんりがく根本こんぽん命題めいだいとして、ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでん』VII.87に記録きろく原文げんぶん"Homologoumenōs tē physei zēn."ホモロゴウメノース・テー・フュセイ・ゼーン
"人間にんげんにはみみふたつあるのにくちひとつしかないのは、はなばいだけくためだ。" 出典しゅってんゼノンZēnōn言葉ことばとして、ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでん』VII.23につたえられる。

参考さんこう文献ぶんけん

  • 断片だんぺんしゅうvon Arnim, Hansフォン・アルニム、ハンス. Stoicorum Veterum Fragmentaストイコルム・ウェテルム・フラグメンタ (SVF). 4 vols. Leipzigライプツィヒ: Teubnerトイブナー, 1903-1924.
  • 断片だんぺんしゅう英訳えいやくLong, A.A.ロング & Sedley, D.N.セドリー The Hellenistic Philosophersザ・ヘレニスティック・フィロソファーズ. 2 vols. Cambridgeケンブリッジ: Cambridge University Pressケンブリッジ大学出版局, 1987.
  • 古代こだい証言しょうげんDiogenes Laertiusディオゲネス・ラエルティオス. Lives of the Eminent Philosophersライブズ・オブ・ジ・エミネント・フィロソファーズ, Book VII. / 邦訳ほうやくディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios哲学てつがくしゃ列伝れつでん加来かく彰俊あきとしやく岩波いわなみ文庫ぶんこ
  • 概説がいせつSellars, Johnセラーズ、ジョン. Stoicismストイシズム. Londonロンドン: Routledgeラウトレッジ, 2006.
  • 概説がいせつInwood, Bradインウッド、ブラッド (ed.). The Cambridge Companion to the Stoicsザ・ケンブリッジ・コンパニオン・トゥ・ザ・ストイクス. Cambridgeケンブリッジ: Cambridge University Pressケンブリッジ大学出版局, 2003.
  • 概説がいせつ邦語ほうご山口やまぐち義久よしひさ『ストア哲学てつがく──初期しょきストア中心ちゅうしんに』晃洋こうよう書房しょぼう、2014ねん
  • 現代げんだい応用おうようRobertson, Donaldロバートソン、ドナルド. How to Think Like a Roman Emperorハウ・トゥ・シンク・ライク・ア・ローマン・エンペラー. New Yorkニューヨーク: St. Martin's Pressセント・マーティンズ・プレス, 2019.
  • ウェブwebStanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード哲学百科事典, "Stoicismストイシズム" (Marion Durand, Simon Shogry & Dirk Baltzly, first published 2023). https://plato.stanford.edu/entries/stoicism/ (2026-02-22 閲覧えつらん