「すべての人間にんげんは本性ほんせい上知しることを欲ほっする。その証拠しょうこに、感覚かんかくへの愛好あいこうがある。」こう書かき出だされるのは、西洋せいよう哲学てつがく史上しじょう最もっとも影響力えいきょうりょくのある書物しょもつのひとつ、アリストテレスAristotelēsの『形而上学けいじじょうがく』(『タ・メタ・タ・ピュシカTa meta ta physika』I.1, 980a21)の冒頭ぼうとうである。この一文いちぶんには、知ちへの欲求よっきゅうを人間にんげんの本質ほんしつと見みなすアリストテレスの根本こんぽん姿勢しせいが凝縮ぎょうしゅくされている。

アリストテレスAristotelēsは紀元前きげんぜん4世紀せいきのギリシャGreeceに生いき、哲学てつがく・論理学ろんりがく・自然学しぜんがく・倫理学りんりがく・政治学せいじがく・詩学しがく・生物学せいぶつがく、つまり知ちのほぼすべての領域りょういきを体系たいけい的てきに論ろんじた。「万学ばんがくの祖そ」と呼よばれるゆえんである。師しプラトンPlatōnが感覚かんかく世界せかいの彼方かなたにあるイデアideaに真しんの実在じつざいを求もとめたのに対たいし、アリストテレスは目めの前まえにある個物こぶつ(この馬うま、この人間にんげん、この樫かしの木き)こそが第一だいいちの実在じつざい(ウーシアousia)であると主張しゅちょうした。哲学てつがくを天上てんじょうから地上ちじょうに引ひき戻もどした。この転換てんかんがもたらした影響えいきょうは計はかり知しれない。

しかしアリストテレスは単たんなる経験けいけん主義者しゅぎしゃではない。彼かれは個物こぶつのうちに形かたち(形相けいそう=エイドスeidos)と材料ざいりょう(質料しつりょう=ヒュレーhylē)という二ふたつの側面そくめんを見出みいだし、さらに四よっつの原因げんいん(「何なにからできているか」「何なにであるか」「何なにが動うごかしたか」「何なにのためか」)によって「なぜ」を徹底てってい的てきに問とい尽つくす方法ほうほうを確立かくりつした。また「まだ実現じつげんしていないが、実現じつげんしうる状態じょうたい」(可能態かのうたい=デュナミスdynamis)から「実現じつげんした状態じょうたい」(現実態げんじつたい=エネルゲイアenergeia)への展開てんかいとして変化へんかと運動うんどうを説明せつめいし、存在そんざいのあらゆる次元じげんを統一とういつ的てきに把握はあくしようとした。

本ほん記事きじでは、形而上学けいじじょうがく・論理学ろんりがく・自然学しぜんがく・倫理学りんりがく・政治学せいじがくを横断おうだんしつつ、アリストテレスが何なにを問とい、いかなる体系たいけいを築きずいたのかを追おう。そしてその問といが2400年ねんを経へた現代げんだいにどう響ひびくかを検討けんとうする。

この記事きじの要点ようてん

  • 四原因説しげんいんせつと形相けいそう=質料しつりょう論ろん:アリストテレスはあらゆる存在そんざいと変化へんかを質料因しつりょういん・形相因けいそういん・起動因きどういん・目的因もくてきいんの四よっつから説明せつめいした。個物こぶつは形相けいそうと質料しつりょうの複合体ふくごうたい(シュノロンsynolon)であり、プラトンのイデアideaのように分離ぶんりして存在そんざいする普遍ふへんではなく、具体ぐたい的てきな事物じぶつのなかにこそ本質ほんしつがある。この枠組わくぐみは自然しぜん科学かがくの方法ほうほう論ろんに決定けってい的てきな影響えいきょうを与あたえた。
  • 論理学ろんりがく(オルガノンorganon)と三段論法さんだんろんぽう:アリストテレスは形式けいしき論理学ろんりがくを史上しじょう初はじめて体系たいけい化かし、三段論法さんだんろんぽう(シュロギスモスsyllogismos)を推論すいろんの基本きほん形式けいしきとして定式ていしき化かした。この論理学ろんりがくは19世紀せいきまで西洋せいようの知的ちてき基盤きばんであり続つづけた。
  • 中庸ちゅうようの徳とくとエウダイモニアeudaimonia:人間にんげんにとっての最高善さいこうぜんは幸福こうふく(エウダイモニアeudaimonia)であり、それは徳とくに即そくした魂たましいの活動かつどうによって実現じつげんされる。徳とくとは過剰かじょうと不足ふそくの中間ちゅうかん(メソテースmesotēs)にある性格せいかくの状態じょうたいであり、習慣しゅうかんと実践じっせんによって獲得かくとくされる。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

アリストテレスAristotelēsは紀元前きげんぜん384年ねん、マケドニアMakedonia王国おうこくの辺境へんきょうの町まちスタゲイラStageiraに生うまれた。父ちちニコマコスNikomachosはマケドニアMakedonia王おうアミュンタスAmyntas3世せいの侍医じいであった。この医師いしの家系かけいに生うまれたという事実じじつは、経験けいけん的てき観察かんさつを重おもんじるアリストテレスの知的ちてき姿勢しせいの背景はいけいをうかがわせる(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs Laertios『哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』V.1)。

17歳さいのとき(紀元前きげんぜん367年ねん)、アリストテレスはアテナイAthēnaiに赴おもむき、プラトンの学園がくえんアカデメイアAkadēmeiaに入門にゅうもんした。以後いご20年間ねんかん(プラトンが没ぼっする紀元前きげんぜん347年ねんまで)アカデメイアに在籍ざいせきした。プラトンはアリストテレスを「学園がくえんの知性ちせい」(ヌースnous)と呼よんだと伝つたえられ(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosV.1)、師弟していの関係かんけいは親密しんみつでありながら知的ちてきな緊張きんちょうを孕はらんでいた。アリストテレス自身じしんは後のちにこう書かいている。「プラトンは友ともであるが、真理しんりはより友ともである(アミクス・プラトー・セド・マギス・アミカ・ウェリタスamicus Plato, sed magis amica veritas)」(『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』I.6, 1096a16の趣旨しゅしをラテン語ごで定式ていしき化かしたもの)。

プラトンの死後しご、アリストテレスはアテナイを離はなれ、小しょうアジアのアッソスAssosで僭主せんしゅヘルミアスHermiasの庇護ひごのもと研究けんきゅうを続つづけた。この時期じきにヘルミアスの養女ようじょ(一説いっせつには姪めい)ピュティアスPythiasと結婚けっこんし、同名どうめいの娘むすめをもうけている(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosV.1)。のちヘルミアスがペルシアPersiaに捕とらえられ処刑しょけいされると、アリストテレスはレスボスLesbos島とうに移うつり、弟子でしテオプラストスTheophrastosとともに動植物どうしょくぶつの精密せいみつな観察かんさつと記録きろくに没頭ぼっとうした。ここでの研究けんきゅうは『動物誌どうぶつし』(ヒストリア・アニマリウムHistoria Animalium)『動物部分論どうぶつぶぶんろん』『動物発生論どうぶつはっせいろん』として結実けつじつし、経験けいけん的てき自然しぜん科学かがくの先駆せんくけとなった。紀元前きげんぜん343年ねんにはマケドニアMakedonia王おうピリッポスPhilippos2世せいに招まねかれ、若わかき王子おうじアレクサンドロスAlexandros(のちの大王だいおう)の教育きょういくを任まかされた。哲学者てつがくしゃと征服者せいふくしゃの出会であいは歴史れきしの綾あやであるが、両者りょうしゃの思想しそう的てき影響えいきょう関係かんけいについては多おおくが不明ふめいのままである。

紀元前きげんぜん335年ねん、アリストテレスはアテナイに戻もどり、リュケイオンLykeion(アポロン・リュケイオスApollōn Lykeiosの神域しんいき)に自みずからの学園がくえんを開ひらいた。弟子でしたちと回廊かいろう(ペリパトスperipatos)を散歩さんぽしながら議論ぎろんしたことから「逍遥しょうよう学派がくは」(ペリパトスPeripatos学派がくは)と呼よばれた。ここでアリストテレスは12年間ねんかんにわたって講義こうぎ・研究けんきゅう・執筆しっぴつに打うち込こんだ。現存げんそんする著作ちょさくの大部分だいぶぶんはこの時期じきの講義こうぎノートに基もとづくとされる。

紀元前きげんぜん323年ねん、アレクサンドロス大王だいおうが急死きゅうしすると、アテナイに反はんマケドニア感情かんじょうが高たかまった。アリストテレスは不敬ふけいの罪つみで告発こくはつされる危険きけんを察さっし、「アテナイの人々ひとびとが哲学てつがくに対たいして二度にど罪つみを犯おかすことのないように」と語かたって(ソクラテスSōkratēsの処刑しょけいを念頭ねんとうに置おいた言葉ことば)カルキスChalkisに退しりぞき、翌よく紀元前きげんぜん322年ねんに62歳さいで没ぼっした(ディオゲネス・ラエルティオスDiogenēs LaertiosV.5-10)。

ミニ年表ねんぴょう

  • 紀元前きげんぜん384年ねん:スタゲイラStageiraに生うまれる。父ちちはマケドニアMakedonia王おうの侍医じい
  • 紀元前きげんぜん367年ねん:17歳さいでアテナイAthēnaiへ。プラトンのアカデメイアAkadēmeiaに入門にゅうもん
  • 紀元前きげんぜん347年ねん:プラトン没ぼっ。アカデメイアを離はなれアッソスAssosへ
  • 紀元前きげんぜん345〜343年ねん:レスボスLesbos島とうで生物せいぶつ学がく的てき観察かんさつに従事じゅうじ
  • 紀元前きげんぜん343年ねん:アレクサンドロスAlexandrosの教育きょういく係がかりに就任しゅうにん
  • 紀元前きげんぜん335年ねん:アテナイに帰還きかん。リュケイオンLykeionを開設かいせつ
  • 紀元前きげんぜん323年ねん:アレクサンドロス大王だいおう死去しきょ。反はんマケドニア感情かんじょうの高たかまりでカルキスChalkisに退去たいきょ
  • 紀元前きげんぜん322年ねん:カルキスChalkisにて没ぼっ(62歳さい)

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

プラトンは感覚かんかく世界せかいの背後はいごに永遠えいえん不変ふへんのイデアideaを想定そうていした。私わたしたちが目めにする個々ここの馬うまや花はなは、天上てんじょうに存在そんざいする完全かんぜんな「馬うまのイデア」「花はなのイデア」の不完全ふかんぜんな模像もぞうにすぎないとされた。しかしアリストテレスはこの理論りろんに根本こんぽん的てきな疑問ぎもんを投なげた。もし「馬うまのイデア」が天上てんじょうにあるとして、目めの前まえのこの馬うまが走はしったり成長せいちょうしたりすることを、遠とおく離はなれたイデアはどう説明せつめいできるのか(『形而上学Metaphysica』I.9, 990b-991b)。個物こぶつから切きり離はなされたイデアは、個物こぶつの原因げんいんになりえないのではないか。

アリストテレスが立たてた問といの核心かくしんはこうである。「あるもの」とは何なにか(ティ・ト・オンti to on)。存在そんざいするとはどういうことか、事物じぶつはなぜ変化へんかするのか、知識ちしきはいかにして成立せいりつするのか、人間にんげんはいかに生いきるべきか。これらの問といを、天上てんじょうのイデアideaではなく、地上ちじょうの経験けいけん的てき事実じじつから出発しゅっぱつして解とき明あかすこと。それがアリストテレスの哲学てつがくの根本こんぽん方針ほうしんであった。

こうしてアリストテレスは「存在そんざいとしての存在そんざいを探究たんきゅうする学がく」(『形而上学Metaphysica』IV.1, 1003a21、のちに「第一だいいち哲学てつがく」と呼よばれるもの)を構想こうそうした。自然学しぜんがくは自然しぜん界かいを、数学すうがくは数すうや図形ずけいを扱あつかうが、第一だいいち哲学てつがくはそもそも「存在そんざいするとはどういうことか」を問とう。すべての学問がくもんの土台どだいとなる問といである。ここにアリストテレスの壮大そうだいな知ちの体系たいけいが始はじまる。

核心かくしん理論りろん

1. 実体じったい(ウーシアousia)── 存在そんざいの第一だいいちの意味いみ

「存在そんざいは多おおくの仕方しかたで語かたられる」(『形而上学Metaphysica』IV.2, 1003a33)。アリストテレスの出発点しゅっぱつてんはここにある。私わたしたちが「ある」と言いうとき、その意味いみは一様いちようではない。「ソクラテスSōkratēsがいる」と「白しろい」と「3キュビトcubitある」と「二倍にばいの」とでは、存在そんざいの仕方しかたがそれぞれ異ことなる。アリストテレスはこうした存在そんざいの種類しゅるいを範疇はんちゅう(カテゴリアkatēgoria)として整理せいりし、実体じったい・性質せいしつ・量りょう・関係かんけいなどに分類ぶんるいした。そのうえで彼かれが強調きょうちょうするのは、すべての範疇はんちゅうが実体じったいを前提ぜんていとするということである。「白しろい」が存在そんざいするためには、白しろい「何なにか」(たとえば白しろい壁かべや白しろい紙かみ)がなければならない。色いろや大おおきさだけが宙ちゅうに浮ういて存在そんざいすることはない。

アリストテレスは実体じったいを二重にじゅうに規定きていした。第一だいいち実体じったいとは個別こべつの具体ぐたい的てき存在そんざい(「この人間にんげん」「この馬うま」)であり(『範疇論はんちゅうろん』5, 2a11-19)、第二だいに実体じったいとは種しゅ(「人間にんげん」)や類るい(「動物どうぶつ」)である。プラトンが普遍ふへん(イデアidea)に第一だいいちの実在じつざい性せいを認みとめたのとは正まさに逆ぎゃくである。個物こぶつこそが最もっともリアルなものだ。これがアリストテレスの形而上学けいじじょうがくの基盤きばんである。

2. 形相けいそうと質料しつりょう(ヒュレモルフィズムhylomorphism)

個物こぶつは形相けいそう(エイドスeidos/モルフェーmorphē)と質料しつりょう(ヒュレーhylē)の複合体ふくごうたい(シュノロンsynolon)である。青銅せいどうの彫像ちょうぞうを例れいに取とれば、青銅せいどうが質料しつりょうであり、彫像ちょうぞうの形かたちが形相けいそうである(『形而上学Metaphysica』VII.3, 1029a3-5)。形相けいそうはプラトンのイデアideaと同おなじギリシャGreece語ご(エイドスeidos)で呼よばれるが、決定けってい的てきに異ことなるのは、それが個物こぶつから分離ぶんりして存在そんざいするのではなく、質料しつりょうのなかに内在ないざいする点てんである。

生物せいぶつにおいてこの枠組わくぐみはいっそう明確めいかくになる。魂たましい(プシュケーpsychē)は身体しんたいの形相けいそうであり、身体しんたいは魂たましいの質料しつりょうである(『魂たましいについて』II.1, 412a19-21)。たとえば目めの形相けいそうは「見みる働はたらき」であり、斧おのの形相けいそうは「切きる働はたらき」である。同おなじように、魂たましいとは身体しんたいから独立どくりつした霊的れいてき実体じったいではなく、生いきている身体しんたい全体ぜんたいの「働はたらき」(栄養えいようを摂とり、感覚かんかくし、思考しこうする活動かつどうそのもの)である。アリストテレスの言葉ことばでは自然しぜん的てき身体しんたいの「第一だいいちの現実態げんじつたい」と表現ひょうげんされる。この考かんがえ方かたは、魂たましいと身体しんたいを別々べつべつの存在そんざいと見みなすプラトン的てきな心身しんしん二元論にげんろんを退しりぞけるものであり、心こころを身体しんたいの機能きのうとして捉とらえる現代げんだいの機能きのう主義しゅぎの先駆せんくとも言いえる。

3. 四原因説しげんいんせつ ── 「なぜ」を問とい尽つくす

アリストテレスは「知しる」とは「原因げんいんを知しる」ことであるとした(『自然学Physica』II.3, 194b17-20)。そして原因げんいんには四よっつの種類しゅるいがある。

(1)質料因しつりょういん(ヒュレーhylē):それが「何なにから」できているか。家いえにおける煉瓦れんがと木材もくざい。(2)形相因けいそういん(エイドスeidos):それが「何なにであるか」。家いえの設計せっけい図ず。(3)起動因きどういん(アルケー・テース・キネーセオースarchē tēs kinēseōs):「何なにが」それを動うごかしたか。家いえを建たてた建築家けんちくか。(4)目的因もくてきいん(テロスtelos):「何なにのために」。住すむために建たてられた家いえ。この四よっつの原因げんいんは互たがいに独立どくりつしているのではなく、一ひとつの事物じぶつを四よっつの角度かくどから説明せつめいするものである。家いえが家いえとして存在そんざいするためには、材料ざいりょうがあり、設計せっけいがあり、建たてる者ものがいて、住すむという目的もくてきがある。この四よっつがすべて揃そろってはじめて「なぜこの家いえがあるのか」を十分じゅうぶんに説明せつめいしたことになる。

アリストテレスにとって、自然しぜんもまた目的もくてきをもって働はたらく。樫かしの実みは偶然ぐうぜん樫かしの木きになるのではなく、樫かしの木きになるために成長せいちょうする。目めは見みるために存在そんざいし、歯はは噛かむために生はえている。この目的論もくてきろん(テレオロジーteleology)は、自然しぜん現象げんしょうを機械きかい的てきな因果いんがだけで説明せつめいする近代きんだい科学かがくの世界観せかいかんとは鋭するどく対立たいりつする。しかし生物学せいぶつがくの領域りょういきでは、「この器官きかんは何なんのためにあるのか」という問といは今日こんにちでも有効ゆうこうであり続つづけている。「自然しぜんは無駄むだなことをしない」(『政治学Politica』I.2, 1253a9)──この原理げんりは、自然しぜん選択せんたくによる適応てきおうの説明せつめいとある種しゅの構造こうぞう的てき類似るいじを見みせる。

4. 可能態かのうたいと現実態げんじつたい(デュナミスdynamisとエネルゲイアenergeia)

変化へんかとは何なにか。パルメニデスParmenidēsは変化へんかを否定ひていし、プラトンは変化へんかを影かげの世界せかいに押おし込こめた。アリストテレスはこの難問なんもんを可能態かのうたい(デュナミスdynamis)と現実態げんじつたい(エネルゲイアenergeia)の区別くべつで解決かいけつした(『形而上学Metaphysica』IX.1-9)。

樫かしの実みは可能態かのうたいとしての樫かしの木きであり、成長せいちょうして樫かしの木きになったとき現実態げんじつたいに達たっする。同おなじように、大理石だいりせきの塊かたまりには美うつくしい彫像ちょうぞうになる可能かのう性せいが潜ひそんでおり、彫刻家ちょうこくかの手てによって形かたちを与あたえられたとき現実態げんじつたいに達たっする。つまり変化へんかとは、あるものの内うちに秘ひめられていた可能かのう性せいが現実げんじつの姿すがたとして現あらわれることである。アリストテレスはこれを厳密げんみつに「可能かのう的てきなものが可能かのう的てきである限かぎりにおいて現実げんじつ化かすること」と定義ていぎした(『自然学Physica』III.1, 201a10-11)。ここで重要じゅうようなのは、存在そんざいが「あるか、ないか」の二択にたくではなくなるという点てんである。「まだ完全かんぜんにはないが、成なりうる」という中間ちゅうかん状態じょうたいを認みとめることで、パルメニデスParmenidēsが封ふうじた「無むからの生成せいせい」の難問なんもんを回避かいひしつつ、私わたしたちが日々ひび目めにしている変化へんか(種たねが芽吹めぶき、子こどもが大人おとなになる)を合理ごうり的てきに説明せつめいできるようになる。

そしてアリストテレスは現実態げんじつたいが可能態かのうたいに先立せんだつと主張しゅちょうする(『形而上学Metaphysica』IX.8)。鶏にわとりは卵たまごに先立せんだつ。完成かんせいした形態けいたいこそが可能態かのうたいの目指めざすところであり、存在そんざい論ろん的てきに優先ゆうせんする。この原理げんりは宇宙うちゅう論ろんの頂点ちょうてんである「不動ふどうの動者どうしゃ」へとつながる。

5. 不動ふどうの動者どうしゃ ── 純粋じゅんすい現実態げんじつたい

運動うんどうは永遠えいえんであるとアリストテレスは考かんがえた。しかし運動うんどうの連鎖れんさには究極きゅうきょくの原因げんいんが必要ひつようである。何なにかを動うごかすものは、それ自身じしんも別べつのものに動うごかされている。この系列けいれつは無限むげんに遡さかのぼることはできない。したがって、自みずからは動うごかずに他たの一切いっさいを動うごかすもの、すなわち「不動ふどうの動者どうしゃ」(ト・プロートン・キヌーン・アキネートンto prōton kinoun akinēton)が存在そんざいしなければならない(『形而上学Metaphysica』XII.7, 1072a23-b3)。

不動ふどうの動者どうしゃは純粋じゅんすい現実態げんじつたいであり、一切いっさいの可能態かのうたいを含ふくまない。変化へんかしうるものはまだ完成かんせいしていないが、不動ふどうの動者どうしゃにはそうした未完成みかんせいさが一切いっさいない。それは「思惟しいの思惟しい」(ノエーシス・ノエーセオースnoēsis noēseōs、つまり純粋じゅんすいな知性ちせいそのものが永遠えいえんに自みずからを思惟しいしつづける活動かつどう)として存在そんざいする(XII.9, 1074b33-35)。

では、動うごかないものがどうやって世界せかいを動うごかすのか。アリストテレスの答こたえは独特どくとくである。不動ふどうの動者どうしゃは物理ぶつり的てきな力ちからで世界せかいを押おすのではなく、「愛あいされるものとして動うごかす」(XII.7, 1072b3)。これは比喩ひゆで考かんがえると分わかりやすい。憧あこがれの人物じんぶつは、何なにも命令めいれいしなくても周囲しゅういの人ひと々びとを奮ふるい立たたせ、より良よい自分じぶんになろうとする意欲いよくを引ひき出だす。それと同おなじように、完全かんぜんなるものの存在そんざいそのものが万物ばんぶつの憧あこがれを呼よび起おこし、万物ばんぶつはそれに向むかって自みずからを実現じつげんしようとする。いわば宇宙うちゅうを貫つらぬく目的もくてき論ろん的てきな引力いんりょくである。この概念がいねんは後のちの中世ちゅうせいキリスト教きょう神学しんがく、とりわけトマス・アクィナスThomas Aquinasの神かみの存在そんざい証明しょうめいに決定けってい的てきな影響えいきょうを与あたえた。

6. 論理学ろんりがく ── 三段論法さんだんろんぽうと学問がくもんの道具どうぐ

アリストテレスは論理学ろんりがくを哲学てつがくの一部いちぶではなく、あらゆる学問がくもんに先立せんだつ「道具どうぐ」(オルガノンorganon)と位置いちづけた。彼かれの論理学ろんりがく著作ちょさく(『範疇論はんちゅうろん』『命題論めいだいろん』『分析論ぶんせきろん前書ぜんしょ・後書こうしょ』『トピカTopica』『詭弁論駁論きべんろんばくろん』)は後のちにまとめて「オルガノンOrganon」と呼よばれた。

核心かくしんは三段論法さんだんろんぽう(シュロギスモスsyllogismos)である。「すべての人間にんげんは死しぬ(大前提だいぜんてい)、ソクラテスSōkratēsは人間にんげんである(小前提しょうぜんてい)、ゆえにソクラテスSōkratēsは死しぬ(結論けつろん)」。私わたしたちが日常にちじょう的てきに行おこなっている推論すいろんを、アリストテレスは「すべてのMはPである、すべてのSはMである、ゆえにすべてのSはPである」という形式けいしきとして取とり出だした。この形式けいしきが推論すいろんの基本きほん単位たんいとして抽出ちゅうしゅつされ、妥当だとうな推論すいろん形式けいしきが網羅もうら的てきに分類ぶんるいされた(『分析論ぶんせきろん前書ぜんしょ』I.1-7)。カントKantは『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』の序文じょぶんで、アリストテレスの論理学ろんりがくは「以来いらい一歩いっぽも後退こうたいする必要ひつようがなく、また一歩いっぽも前進ぜんしんすることができなかった」と述のべた(Bviii)。19世紀せいきにフレーゲFregeが述語じゅつご論理学ろんりがくを創始そうしするまで、アリストテレスの論理学ろんりがくは2000年ねん以上いじょう西洋せいよう思想しそうの基盤きばんであり続つづけた。

7. 倫理学りんりがく ── 中庸ちゅうようの徳とくとエウダイモニアeudaimonia

アリストテレスの倫理学りんりがくは幸福こうふく(エウダイモニアeudaimonia)から出発しゅっぱつする。「あらゆる技術ぎじゅつ、あらゆる探究たんきゅう、同おなじくあらゆる実践じっせんと選択せんたくは、何なにらかの善ぜんを目指めざしていると思おもわれる」(『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』I.1, 1094a1-3)。善ぜんのなかの善ぜん、つまりそれ自体じたいのために求もとめられ、他たのいかなる目的もくてきの手段しゅだんでもないものが幸福こうふく(エウダイモニアeudaimonia)である。

では幸福こうふくとは具体ぐたい的てきに何なにか。アリストテレスは「徳とく(アレテーaretē)に即そくした魂たましいの活動かつどう」(I.7, 1098a16-17)と定義ていぎする。幸福こうふくとは一時いちじの快感かいかんや財産ざいさんの所有しょゆうではなく、徳とくにかなった生いき方かたを生涯しょうがいにわたって実践じっせんし続つづけること(一羽いちわの燕つばめが春はるを作つくるのではない、I.7, 1098a18)である。

徳とく(倫理りんり的てき徳とく)とは過剰かじょうと不足ふそくの中間ちゅうかん、つまり中庸ちゅうよう(メソテースmesotēs)にある性格せいかくの状態じょうたい(ヘクシスhexis)である(II.6, 1106b36-1107a2)。勇気ゆうきは無謀むぼう(過剰かじょう)と臆病おくびょう(不足ふそく)の中間ちゅうかんであり、気前きまえの良よさは浪費ろうひと吝嗇りんしょくの中間ちゅうかんである。ただし中庸ちゅうようは算術さんじゅつ的てきな中間ちゅうかんではなく、状況じょうきょう・人ひと・時ときに応おうじて異ことなる。「適切てきせつな時ときに、適切てきせつな事柄ことがらについて、適切てきせつな人ひとに対たいして、適切てきせつな目的もくてきのために、適切てきせつな仕方しかたで」(II.6, 1106b21-23)感かんじ、行為こういすることが徳とくである。

重要じゅうようなのは、徳とくは生うまれつきではなく習慣しゅうかん(エトスethos)によって獲得かくとくされるという点てんである(II.1, 1103a14-26)。竪琴たてごとを弾ひくことによって竪琴たてごと弾ひきになるように、勇敢ゆうかんな行為こういを繰くり返かえすことによって勇敢ゆうかんになる。倫理りんりは理論りろんではなく実践じっせんの問題もんだいであり、知しっているだけでは不十分ふじゅうぶんで、行おこなわなければならない。

こうした徳とくは孤立こりつした個人こじんのなかで完成かんせいするのではない。アリストテレスは善ぜんき生せいにとって他者たしゃとの関係かんけいが不可欠ふかけつであることを重視じゅうしし、『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』の全ぜん10巻かんのうち2巻かん(VIII-IX巻かん)を友愛ゆうあい(ピリアphilia)の分析ぶんせきに充あてている。友愛ゆうあいには三みっつの種類しゅるいがある。有用ゆうよう性せいに基もとづく友愛ゆうあい(商取引しょうとりひきのように互たがいの利益りえきのための関係かんけい)、快楽かいらくに基もとづく友愛ゆうあい(若者わかものが楽たのしさを共有きょうゆうする関係かんけい)、そして徳とくに基もとづく完全かんぜんな友愛ゆうあい(相手あいての善ぜんそのものを願ねがう関係かんけい)である(VIII.3, 1156a6-b6)。完全かんぜんな友愛ゆうあいは互たがいが徳とくある人間にんげんであることを前提ぜんていとし、時間じかんと親密しんみつさを必要ひつようとするため稀まれであるが、それこそが善ぜんき生せいに不可欠ふかけつな要素ようそである。「友ともなくして何人なんぴとも生いきることを選えらばないであろう、たとえ他たのすべての善ぜんを持もっていたとしても」(VIII.1, 1155a5-6)。

では、徳とくにかなった生せいのなかで最もっとも幸福こうふくな生いき方かたとは何なにか。『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』の最終巻さいしゅうかんでアリストテレスが示しめす答こたえは、観想かんそう的てき生せい(ビオス・テオレーティコスbios theōrētikos)である(X.7-8, 1177a12-1179a32)。これは宇宙うちゅうや自然しぜんの真理しんりをただ知しりたいという純粋じゅんすいな欲求よっきゅうに従したがい、探究たんきゅうそのものに没頭ぼっとうする生いき方かたである。観想かんそうは自足じそく的てきであり、他たの何なにかの手段しゅだんではなくそれ自体じたいのために求もとめられる。これは知性ちせい的てき徳とく(ディアノエーティケー・アレテーdianoētikē aretē)の最高さいこう形態けいたいであり、倫理りんり的てき徳とくに基もとづく実践じっせん的てき生せいとともに幸福こうふくの二ふたつの柱はしらをなす。ただしアリストテレスは現実げんじつ主義者しゅぎしゃでもあり、幸福こうふくには健康けんこう・財産ざいさん・友人ゆうじんといった外的がいてき善ぜんもある程度ていど必要ひつようであると認みとめた(I.8, 1099a31-b8)。純粋じゅんすいな精神せいしん主義しゅぎでもなく物質ぶっしつ主義しゅぎでもない、この均衡きんこう感覚かんかくもまたアリストテレスの特徴とくちょうである。

8. 政治学せいじがく ── 「人間にんげんはポリス的てき動物どうぶつである」

「人間にんげんは本性ほんせい上ポリスpolis的てき動物どうぶつ(ゾーオン・ポリティコンzōon politikon)である」(『政治学Politica』I.2, 1253a2-3)。アリストテレスはこう宣言せんげんした。人間にんげんは一人ひとりでは善ぜんく生いきることができない。言葉ことばを交かわし、法ほうを定さだめ、正義せいぎと不正義ふせいぎを論ろんじ合あう共同体きょうどうたいのなかでこそ、人間にんげんは人間にんげんとして完成かんせいする。倫理学りんりがくが個人こじんの幸福こうふくを論ろんじるのに対たいし、政治学せいじがくは共同体きょうどうたい全体ぜんたいの幸福こうふくを論ろんじる。したがって政治学せいじがくは倫理学りんりがくの延長えんちょうであり、「最高さいこうのアルキテクトニケー(統轄とうかつ的てき学問がくもん)」である(『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』I.2, 1094a26-b7)。

アリストテレスは158の都市とし国家こっかの政体せいたいを収集しゅうしゅう・分析ぶんせきし(その大部分だいぶぶんは失うしなわれたが『アテナイAthēnai人の国制こくせい』は現存げんそんする)、政体せいたいを支配者しはいしゃの数かず(一人ひとり・少数しょうすう・多数たすう)と目的もくてき(共通善きょうつうぜんか私利しりか)で六ろく類型るいけいに分わけた(『政治学Politica』III.7)。正ただしい政体せいたい:王政おうせい・貴族政きぞくせい・国制こくせい(ポリテイアpoliteia)。その逸脱いつだつ形態けいたい:僭主政せんしゅせい・寡頭政かとうせい・民主政みんしゅせい。アリストテレスは中間ちゅうかん層そうが厚あつい「混合こんごう政体せいたい」を最もっとも安定あんていした政治せいじ形態けいたいと考かんがえた(IV.11)。これもまた「中庸ちゅうよう」の精神せいしんの政治せいじ的てき応用おうようといえる。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 『形而上学けいじじょうがく』(タ・メタ・タ・ピュシカTa meta ta physika)── 存在そんざいとしての存在そんざいを問とう「第一だいいち哲学てつがく」。実体じったい・原因げんいん・不動ふどうの動者どうしゃを論ろんじる。邦訳ほうやく:出いで隆たかし訳やく(岩波文庫いわなみぶんこ)。
  • 『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』(エーティカ・ニコマケイアĒthika Nikomacheia)── 幸福こうふく・徳とく・友愛ゆうあい・観想かんそう的てき生せいを論ろんじた倫理学りんりがくの最高さいこう傑作けっさく。邦訳ほうやく:高田たかだ三郎さぶろう訳やく(岩波文庫いわなみぶんこ)、朴ぼく一功いっこう訳やく(京都大学学術出版会きょうとだいがくがくじゅつしゅっぱんかい)。
  • 『自然学しぜんがく』(ピュシカPhysica)── 運動うんどう・変化へんか・場所ばしょ・時間じかん・無限むげんを論ろんじた自然しぜん哲学てつがくの基礎きそ文献ぶんけん。
  • 『政治学せいじがく』(ポリティカPolitica)── 国家こっかと政体せいたいの分析ぶんせき。政治学せいじがくの源流げんりゅう。邦訳ほうやく:山本やまもと光雄みつお訳やく(岩波文庫いわなみぶんこ)。
  • 『魂たましいについて』(デ・アニマDe Anima)── 魂たましいを身体しんたいの形相けいそうと定義ていぎ。心こころの哲学てつがくの原点げんてん。
  • 『詩学しがく』(ペリ・ポイエーティケースPeri Poiētikēs)── 悲劇ひげきの分析ぶんせき。模倣もほう(ミメーシスmimēsis)と浄化じょうか(カタルシスkatharsis)の理論りろんで西洋せいよう文芸ぶんげい批評ひひょうの基盤きばんを築きずいた。
  • 『分析論ぶんせきろん前書ぜんしょ・後書こうしょ』(アナリュティカAnalytica)── 三段論法さんだんろんぽうと学問がくもん的てき証明しょうめいの理論りろん。形式けいしき論理学ろんりがくの出発点しゅっぱつてん。
  • 『弁論術べんろんじゅつ』(レートリケーRhētorikē)── 説得せっとくの技術ぎじゅつを体系たいけい的てきに分析ぶんせき。論証ろんしょう(ロゴスlogos)・性格せいかく(エートスēthos)・感情かんじょう(パトスpathos)による三みっつの説得せっとく手段しゅだんを論ろんじ、西洋せいよう修辞学しゅうじがくの基盤きばんを築きずいた。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

1. 目的論もくてきろんへの批判ひはん:「石いしはなぜ落おちるのか」。アリストテレスなら「石いしの自然しぜんな場所ばしょ(下方かほう)へ向むかうため」と答こたえるが、近代きんだい科学かがくは「重力じゅうりょくという力ちからが働はたらくから」と答こたえる。ガリレオGalileoやニュートンNewtonは目的因もくてきいんを科学かがくの説明せつめいから排除はいじょし、主おもとして機械きかい論ろん的てき因果いんが(とりわけ起動因きどういんを中心ちゅうしんとする説明せつめい)で自然しぜんを説明せつめいしようとした。ベーコンBaconは目的因もくてきいんの探究たんきゅうを「処女しょじょのごとく何なにも生うまない」と断だんじた(『学問がくもんの進歩しんぽ』(デ・アウグメンティスDe Augmentis Scientiarum)III.4)。目的論もくてきろんの追放ついほうは近代きんだい科学かがくの成立せいりつ条件じょうけんのひとつであった。

2. 論理学ろんりがくの限界げんかい:アリストテレスの三段論法さんだんろんぽうは「AはBである」という主語しゅご-述語じゅつご形式けいしきの命題めいだいだけを扱あつかう。しかし「AはBより大おおきい」のような関係かんけい命題めいだいや、「すべてのxについて、あるyが存在そんざいして…」のような複雑ふくざつな量化りょうか構造こうぞうは扱あつかえない。19世紀せいきにフレーゲFregeが述語じゅつご論理学ろんりがくを創始そうしし、これらの形式けいしきを扱あつかえるようになった。アリストテレスの論理学ろんりがくは2000年ねんにわたる偉大いだいな出発点しゅっぱつてんであったが、現代げんだい論理学ろんりがくから見みれば射程しゃていが限かぎられていることは否いなめない。

3. 自然しぜん奴隷どれい論ろんと女性じょせい観かん:アリストテレスは「ある人間にんげんは本性ほんせい上奴隷どれいである」(『政治学Politica』I.5, 1254a14-17)と述のべ、女性じょせいを理性りせいにおいて男性だんせいに劣おとるとした(I.13, 1260a12-14)。この立場たちばは古代こだいの社会しゃかい構造こうぞうを反映はんえいしているとはいえ、現代げんだいの平等びょうどう主義しゅぎの観点かんてんからは厳きびしく批判ひはんされる。アリストテレスの思想しそうを受容じゅようする際さいには、この限界げんかいを明確めいかくに認識にんしきする必要ひつようがある。

4. 現代げんだい徳とく倫理学りんりがくからの再評価さいひょうか:20世紀せいき後半こうはん、アンスコムAnscombeの論文ろんぶん「近代きんだい道徳どうとく哲学てつがく」(1958年ねん)を契機けいきに、義務ぎむ論ろんと功利こうり主義しゅぎに対たいする第三だいさんの選択肢せんたくしとしてアリストテレス的てきな徳とく倫理学りんりがくが復興ふっこうした。マッキンタイアMacIntyre『美徳びとくなき時代じだい』(1981年ねん)、ヌスバウムNussbaum『善ぜんの脆もろさ』(1986年ねん)はその代表だいひょう的てきな成果せいかであり、「いかに生いきるべきか」を問とう倫理学りんりがくの復権ふっけんに貢献こうけんした。

影響えいきょうと遺産いさん

イスラームIslam哲学てつがく:アリストテレスの著作ちょさくは中世ちゅうせいヨーロッパEuropeではその多おおくが直接ちょくせつには読よまれなくなったが、アラビアArabia語ご翻訳ほんやくを通つうじて保存ほぞんされた。イブン・シーナーIbn Sīnā(アヴィセンナAvicenna)とイブン・ルシュドIbn Rushd(アヴェロエスAverroes)はアリストテレスの注解ちゅうかい者しゃとして知しられ、とりわけアヴェロエスは西洋せいようで「注解ちゅうかい者しゃ」(ザ・コメンテーターThe Commentator)と呼よばれた。

中世ちゅうせいスコラSchola哲学てつがく:12〜13世紀せいきにアリストテレスの著作ちょさくがラテン語ごに再ふたたび翻訳ほんやくされると、ヨーロッパEuropeの知的ちてき世界せかいに革命かくめいが起おきた。トマス・アクィナスThomas Aquinasはアリストテレス哲学てつがくとキリスト教きょう神学しんがくの総合そうごうを試こころみ、不動ふどうの動者どうしゃをキリスト教きょうの神かみと同一どういつ視しした。ダンテDanteは『神曲しんきょく』でアリストテレスを「知しる者ものたちの師し」(マエストロ・ディ・コロル・ケ・サンノmaestro di color che sanno)と呼よんだ(『地獄篇じごくへん』IV.131)。

近代きんだい科学かがく革命かくめい:17世紀せいきの科学かがく革命かくめいはアリストテレスの自然学しぜんがくへの反発はんぱつから始はじまった。ガリレオGalileoは落体らくたいの法則ほうそくによってアリストテレスの運動うんどう論ろんを覆くつがえし、ニュートンNewtonの力学りきがくは目的論もくてきろん的てき自然しぜん観かんを機械きかい論ろんに置おき換かえた。しかし皮肉ひにくなことに、近代きんだい科学かがくの方法ほうほう論ろん(観察かんさつ・分類ぶんるい・因果いんが的てき説明せつめい)そのものは、アリストテレスが確立かくりつした枠組わくぐみに深ふかく負おっている。

生物学せいぶつがく:アリストテレスはレスボス島とうで500種しゅ以上いじょうの動物どうぶつを観察かんさつ・記録きろくし、分類ぶんるい学がくの基礎きそを築きずいた。ダーウィンDarwinは「リンネLinnéとキュヴィエCuvierは私わたしの神かみであったが、彼かれらもアリストテレスに比くらべれば単たんなる生徒せいとにすぎない」と書簡しょかんで述のべている(1882年ねん、ウィリアム・オーグルWilliam Ogleへの書簡しょかん)。

現代げんだいへの接続せつぞく

第一だいいちに、徳とく倫理学りんりがくの復権ふっけん。「何なにをすべきか」(義務ぎむ論ろん)や「結果けっかをどう最大さいだい化かするか」(功利こうり主義しゅぎ)ではなく、「どのような人間にんげんになるべきか」を問とうアリストテレス的てき倫理学りんりがくは、AI倫理りんりやケアの倫理りんり、専門せんもん職しょく倫理りんりなど現代げんだいの応用おうよう倫理学りんりがくでも参照さんしょうされ続つづけている。

第二だいにに、目的論もくてきろんと機能きのう主義しゅぎ。生物学せいぶつがくにおいて「心臓しんぞうは血液けつえきを送おくるためにある」と語かたることは今日こんにちでも自然しぜんである。機能きのう的てき説明せつめいは厳密げんみつにはアリストテレスの目的因もくてきいんそのものではないが、構造こうぞう的てきに類似るいじしている。進化しんか生物学せいぶつがくにおける適応てきおうの説明せつめいと目的論もくてきろんの関係かんけいは、科学かがく哲学てつがくで今いまなお活発かっぱつに議論ぎろんされている。

第三だいさんに、実践じっせん知ち(フロネーシスphronēsis)の重要じゅうよう性せい。アリストテレスは理論りろん知ち(エピステーメーepistēmē)と実践じっせん知ち(フロネーシスphronēsis)を区別くべつした。実践じっせん知ちとは「善ぜんき生せい」に関かんわる判断はんだん力りょく(マニュアル化かできない、具体ぐたい的てき状況じょうきょうに応おうじた賢慮けんりょ)である。AIの判断はんだんが広ひろがる現代げんだいにおいて、定量ていりょう化かしにくい実践じっせん知ちの概念がいねんはむしろその重要じゅうよう性せいを増ましている。

読者どくしゃへの問とい

  • 幸福こうふく(エウダイモニアeudaimonia)を「徳とくに即そくした魂たましいの活動かつどう」と定義ていぎするアリストテレスの立場たちばは、現代げんだいの快楽かいらく主義しゅぎ的てきな幸福こうふく観かん(欲求よっきゅう充足じゅうそくや主観しゅかん的てき満足まんぞく)とどう折おり合あうか。あなたにとっての「善ぜんき生せい」とは何なにか。
  • アリストテレスの目的論もくてきろんは自然しぜん科学かがくから追放ついほうされたが、私わたしたちは日常にちじょう生活せいかつで常つねに「何なんのために」と問とい続つづけている。目的論もくてきろん的てき説明せつめいは本当ほんとうに不要ふようなのか、それとも人間にんげんの理解りかいにとって不可欠ふかけつなのか。
  • 徳とくは習慣しゅうかんによって獲得かくとくされるとアリストテレスは説といた。しかし現代げんだい社会しゃかいの環境かんきょう(SNS、消費しょうひ文化ぶんか、情報じょうほう過多かた)のなかで、「よい習慣しゅうかん」を形成けいせいすることはどこまで可能かのうか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

"「すべての人間にんげんは本性ほんせい上知しることを欲ほっする。」" 出典しゅってん:アリストテレス『形而上学けいじじょうがく(メタピュシカMetaphysica)』I.1, 980a21/原文げんぶん:"πάντες ἄνθρωποι τοῦ εἰδέναι ὀρέγονται φύσει"
"「一羽いちわの燕つばめが春はるをつくるのではなく、一日いちにちもまたそうではない。このようにして、一日いちにちやわずかの時間じかんが人ひとを幸福こうふくにするのではない。」" 出典しゅってん:アリストテレス『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく(エーティカ・ニコマケイアĒthika Nikomacheia)』I.7, 1098a18-20/原文げんぶん:"μία γὰρ χελιδὼν ἔαρ οὐ ποιεῖ, οὐδὲ μία ἡμέρα· οὕτω δὲ οὐδὲ μακάριον καὶ εὐδαίμονα μία ἡμέρα οὐδ' ὀλίγος χρόνος"
"「人間にんげんは本性ほんせい上ポリス的てき動物どうぶつである。」" 出典しゅってん:アリストテレス『政治学せいじがく(ポリティカPolitica)』I.2, 1253a2-3/原文げんぶん:"ὁ ἄνθρωπος φύσει πολιτικὸν ζῷον"
"「我々われわれは繰くり返かえし行おこなうことの結果けっかそのものである。ゆえに卓越たくえつは行為こういではなく習慣しゅうかんなのだ。」" 出典しゅってん:ウィル・デュラントWill Durant『哲学てつがくの物語ものがたり(ストーリー・オブ・フィロソフィーThe Story of Philosophy)』(1926年ねん)によるアリストテレスAristotelēsの趣旨しゅしの意訳いやく。原典げんてんは『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』II.1の議論ぎろんに基もとづく。厳密げんみつにはアリストテレスの直接ちょくせつの言葉ことばではないが、その思想しそうの核心かくしんを簡潔かんけつに伝つたえるものとして広ひろく引用いんようされる。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん):Aristotleアリストテレス. The Complete Works of Aristotle: The Revised Oxford Translationザ・コンプリート・ワークス・オブ・アリストテレス. Ed. Jonathan Barnesジョナサン・バーンズ. 2 vols. Princetonプリンストン UPユニバーシティ・プレス, 1984.── 英訳えいやく全集ぜんしゅうの標準ひょうじゅん版ばん
  • (概説がいせつ):Shieldsシールズ, Christopherクリストファー. Aristotleアリストテレス. 2nd ed., Routledgeラウトレッジ, 2014.── アリストテレス哲学てつがくの包括ほうかつ的てき入門にゅうもん書しょ
  • (研究けんきゅう書しょ):Rossロス, W.D. Aristotleアリストテレス. 6th ed., Routledgeラウトレッジ, 1995.── 古典こてん的てきな概説がいせつ書しょ。今いまなお有用ゆうよう
  • (邦語ほうご文献ぶんけん):出いで隆たかし訳やく『形而上学けいじじょうがく』(岩波文庫いわなみぶんこ、上じょう下げ)── 邦訳ほうやくの定番ていばん
  • (邦語ほうご文献ぶんけん):高田たかだ三郎さぶろう訳やく『ニコマコスNikomachos倫理学りんりがく』(岩波文庫いわなみぶんこ、上じょう下げ)── 広ひろく読よまれている邦訳ほうやく
  • (研究けんきゅう書しょ):Ackrillアクリル, J.L. Aristotle the Philosopherアリストテレス・ザ・フィロソファー. Oxfordオックスフォード UPユニバーシティ・プレス, 1981.── 明快めいかいな入門にゅうもん書しょ
  • (倫理学りんりがく):MacIntyreマッキンタイア, Alasdairアラスデア. After Virtueアフター・ヴァーチュー. 3rd ed., Notre Dameノートルダム UPユニバーシティ・プレス, 2007.── アリストテレス的てき徳とく倫理学りんりがくの現代げんだい的てき復興ふっこう
  • (倫理学りんりがく):Nussbaumヌスバウム, Martha C.マーサ・C. The Fragility of Goodnessザ・フラジリティ・オブ・グッドネス. Rev. ed., Cambridgeケンブリッジ UPユニバーシティ・プレス, 2001.── ギリシャGreece悲劇ひげきと哲学てつがくにおける運うんと倫理りんりの関係かんけいを論ろんじた重要じゅうよう研究けんきゅう
  • (ウェブweb):Shieldsシールズ, Christopherクリストファー. "Aristotle." Stanford Encyclopedia of Philosophyスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー. https://plato.stanford.edu/entries/aristotle/