1513ねん12がつ10とおかフィレンツェFirenze郊外こうがいちいさな農場のうじょう昼間ひるままきり、つぐみり、居酒屋いざかや肉屋にくやパンpan相手あいてカードcardきょうじていたおとこが、夕暮ゆうぐれとともにいえもどる。どろだらけの日常にちじょうぎ、「宮廷きゅうていにふさわしい衣服いふく」に着替きがえて書斎しょさいはいる。ここからさきべつ世界せかいだ。

わたしじることなくかれら(古代こだい人々ひとびと)とかたい、かれらの行為こうい理由りゆうたずねる。かれらは人間にんげんあいゆえにこたえてくれる。時間じかんのあいだ、わたしなん退屈たいくつかんじず、一切いっさい苦悩くのうわすれ、貧困ひんこんおそれず、おそれない。わたしはすっかりかれらのなかうつれられるのだ」。

友人ゆうじんフランチェスコ・ヴェットーリFrancesco Vettoriてたこの手紙てがみなかで、ニッコロNiccolòマキャヴェッリMachiavelli一冊いっさつ小著しょうちょげたことをげている。「わたしはそれを『君主論De Principatibusについて』と名付なづけた」。権力けんりょくうしなったもと書記しょきかんが、フィレンツェFirenzeどろ古代こだいローマRoma叡知えいちあいだ往復おうふくしながらいた、わずか26しょう論考ろんこう。この小著しょうちょが、政治せいじというもののかんがかた永久えいきゅうえることになる。

マキャヴェッリMachiavelliてきマキャヴェリアンMachiavellian)」という英語えいごは、「狡猾こうかつな」「冷酷れいこくな」という否定ひていてき意味いみ使つかわれる。だがかれ本当ほんとうおこなったのは、あるべき理想りそうからではなく、あるがままの現実げんじつから政治せいじかんがえるという方法ほうほうろん革命かくめいだった。リーダーシップleadershipろん国際こくさい関係かんけいろん組織そしきろん現代げんだい政治せいじ経営けいえいかた言語げんごは、おおかれすくなかれマキャヴェッリMachiavelli地平ちへいうえっている。

この記事きじ要点ようてん

  • 政治せいじてきリアリズムrealism先駆せんくマキャヴェッリMachiavelliは、政治せいじ神学しんがく道徳どうとく哲学てつがく従属じゅうぞくぶつではなく、独自どくじ論理ろんり自律じりつてき領域りょういきとして先駆せんくてき分析ぶんせきした。「人間にんげんはこうあるべきだ」ではなく「人間にんげん実際じっさいにどううごくか」から出発しゅっぱつするこの方法ほうほうろんが、近代きんだい政治せいじがく基礎きそきずいた。
  • ヴィルトゥvirtù力量りきりょう)とフォルトゥナfortuna運命うんめい制御せいぎょできない運命うんめいたいして、指導しどうしゃ力量りきりょうはどこまで対抗たいこうできるか。この問題もんだい構造こうぞうマキャヴェッリMachiavelli政治せいじ理論りろん核心かくしんであり、現代げんだい危機きき管理かんりろんリーダーシップleadershipろん原型げんけいでもある。
  • 共和きょうわ主義しゅぎしゃとしてのマキャヴェッリMachiavelli:『君主論Il Principe』だけむと専制せんせい擁護ようごしゃえる。だがかれ主著しゅちょディスコルシDiscorsiリウィウスLiviusろん)』では、自由じゆう市民しみんによる共和きょうわせいこそもっと安定あんていした政体せいたいだと主張しゅちょうしている。両著りょうちょわせてんではじめて、マキャヴェッリMachiavelli全体ぜんたいぞうかびがる。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

ニッコロNiccolòマキャヴェッリMachiavelliは1469ねん5がつ3みっかフィレンツェFirenze共和きょうわこくまれた。ちちベルナルドBernardo法律ほうりつ資格しかくつが、債務さいむしゃ名簿めいぼるほど経済けいざいてきにはめぐまれない。ただし書籍しょせき愛好あいこうとしてはられた人物じんぶつだった。マキャヴェッリMachiavelli読書どくしょ原点げんてんは、このちち蔵書ぞうしょにある。

ベルナルドBernardo日記にっき興味きょうみぶか記録きろくがある。かれリウィウスLiviusの『ローマRoma建国けんこく以来いらい歴史れきし』の索引さくいん作成さくせいする仕事しごと報酬ほうしゅうとして、出版しゅっぱんしゃから同書どうしょ一部いちぶっている。息子むすこニッコロNiccolòがやがてこのおなリウィウスLivius題材だいざいみずからの主著しゅちょくことになるのは、歴史れきし皮肉ひにくというほかない。マキャヴェッリMachiavelliラテンLatin古典こてん教育きょういくけたが大学だいがくにはかよわず、キケロCiceroリウィウスLiviusタキトゥスTacitusポリュビオスPolybiosといったローマRoma歴史れきし思想しそう独学どくがくんだ。

かれきたのは、イタリアItalia半島はんとうヨーロッパEuropa列強れっきょう翻弄ほんろうされた時代じだいだった。フィレンツェFirenzeヴェネツィアVeneziaミラノMilano教皇きょうこうりょうナポリNapoli王国おうこくだい勢力せいりょく同盟どうめい裏切うらぎりをかえなか、1494ねんフランスFranceおうシャルルCharles8せいイタリアItalia侵攻しんこうする。65ねんおよぶ「イタリアItalia戦争せんそう」のはじまりだった。しょう国家こっか大国たいこく蹂躙じゅうりんされる現実げんじつ。これがマキャヴェッリMachiavelli政治せいじ思想しそうかたちづくる経験けいけんてき基盤きばんである。

1494ねんフィレンツェFirenze実質じっしつてき支配しはいしゃメディチMedici追放ついほうされると、ドミニコDominicoかい修道しゅうどうジローラモ・サヴォナローラGirolamo Savonarola神権しんけん政治せいじいた。市民しみん贅沢ぜいたくひん美術びじゅつひんかがみ書物しょもつ広場ひろばはらう「虚栄きょえい焼却しょうきゃく」はその象徴しょうちょうである。しかし1498ねんサヴォナローラSavonarola異端いたんとして火刑かけいしょされる。マキャヴェッリMachiavelli後年こうねん、このエピソードepisodeからひとつの教訓きょうくんした。「武装ぶそうした預言よげんしゃち、武装ぶそう預言よげんしゃほろんだ」(『君主論Il Principeだい6しょう)。理想りそうだけでは国家こっかまもれない。マキャヴェッリMachiavelliリアリズムrealism出発しゅっぱつてんがここにある。

サヴォナローラSavonarola処刑しょけいあらたな共和きょうわせいのもとで、29さいマキャヴェッリMachiavelliフィレンツェFirenze第二だいに書記しょききょく長官ちょうかん就任しゅうにんする(1498ねん)。以後いご14年間ねんかんかれ外交がいこう軍事ぐんじ実務じつむたずさわった。

なかでも決定けっていてきだったのがチェーザレ・ボルジアCesare Borgiaへの外交がいこう使節しせつ(1502〜1503ねん)である。教皇きょうこうアレクサンデルAlexander6せい庶子しょしボルジアBorgiaは、計算けいさんされた残忍ざんにんさと大胆だいたんさでロマーニャRomagna地方ちほう征服せいふくしていた。マキャヴェッリMachiavelliはその統治とうちじゅつ間近まぢか観察かんさつし、とりわけひとつの事件じけん衝撃しょうげきける。

ボルジアBorgiaは、征服せいふくしたロマーニャRomagna混乱こんらんしずめるため、腹心ふくしんレミッロ・デ・オルコRemirro de Orco全権ぜんけんゆだね、残忍ざんにん手段しゅだん秩序ちつじょ回復かいふくさせた。住民じゅうみん怨嗟えんさレミッロRemirro集中しゅうちゅうすると、今度こんどボルジアBorgia自身じしんレミッロRemirro逮捕たいほする。あるあさチェゼーナCesena広場ひろばに、ふたつに切断せつだんされたレミッロRemirro遺体いたい木片もくへんまみれのかたなとともにさらされた。マキャヴェッリMachiavelliはこうしるしている。「この光景こうけい残酷ざんこくさは人々ひとびと満足まんぞくさせると同時どうじに、茫然ぼうぜんとさせた」(『君主論Il Principeだい7しょう)。よご仕事しごと部下ぶかおこなわせ、その責任せきにん部下ぶかかぶせ、みずからは「解放かいほうしゃ」として登場とうじょうする。この冷徹れいてつ権力けんりょく演出えんしゅつじゅつが、マキャヴェッリMachiavelliまえ実演じつえんされたのである。

もうひとつの重要じゅうよう経験けいけん市民しみんぐん創設そうせつだった。当時とうじイタリアItalia都市とし国家こっか軍事ぐんじ傭兵ようへい依存いぞんしていたが、傭兵ようへいかねやとわれる以上いじょう忠誠ちゅうせいしんけ、危機ききさいして逃亡とうぼうすることもあった。マキャヴェッリMachiavelliはこの問題もんだい痛感つうかんし、フィレンツェFirenze独自どくじ市民しみんぐん組織そしきして(1506ねん)、1509ねんピサPisa攻略こうりゃく成功せいこうする。しかし1512ねんスペインEspaña正規せいきぐんフィレンツェFirenzeりょうプラートPrato攻撃こうげきしたとき、市民しみんぐんはあっけなく潰走かいそうした。理論りろん現実げんじつにが乖離かいり。この経験けいけんもまた、かれ思想しそうきざまれている。

同年どうねんメディチMediciスペインEspañaぐん後押あとおしをけてフィレンツェFirenze復帰ふっきし、共和きょうわせい崩壊ほうかいする。マキャヴェッリMachiavelli失職しっしょくした。よく1513ねんにははんメディチMedici陰謀いんぼう嫌疑けんぎ逮捕たいほされる。けた拷問ごうもんストラッパードstrappado両腕りょううで背後はいごしばり、滑車かっしゃげてとす)を6かいかた関節かんせつはずれる激痛げきつうえながらも、かれ無実むじつ主張しゅちょうつづけた。

釈放しゃくほうマキャヴェッリMachiavelliフィレンツェFirenze郊外こうがいサンタンドレア・イン・ペルクッシーナSant'Andrea in Percussina隠棲いんせいする。冒頭ぼうとうヴェットーリVettoriあて書簡しょかんえがかれた二重にじゅう生活せいかつひるのう作業さぎょう居酒屋いざかやよる古典こてんとの対話たいわ)のなかで、『君主論Il Principe』と『ディスコルシDiscorsi』がかれた。

君主論Il Principe』にはメディチMediciへの献辞けんじされた。政治せいじ復帰ふっきへの切実せつじつねがいだったが、実現じつげんしなかった。晩年ばんねんメディチMediciから『フィレンツェFirenze』の執筆しっぴつ委嘱いしょくされ、またイタリアItaliaルネサンスRenaissance最高さいこう喜劇きげきともひょうされる戯曲ぎきょくマンドラゴラLa Mandragola』をいて文学ぶんがくてき名声めいせいたが、政治せいじ第一線だいいっせんにはもどれなかった。

1527ねん5がつ6むいか、「ローマRoma略奪りゃくだつ」によってメディチMedici政権せいけん崩壊ほうかいし、フィレンツェFirenze共和きょうわせい復活ふっかつする。だが皮肉ひにくにも、マキャヴェッリMachiavelliは「メディチMedici協力きょうりょくしゃ」となされて公職こうしょくから排除はいじょされた。共和きょうわせいのためにはたらき、共和きょうわせい崩壊ほうかい追放ついほうされ、共和きょうわせい復活ふっかつでも排除はいじょされる。この二重にじゅう皮肉ひにくあじわいながら、1527ねん6がつ21にち、58さいぼっした。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1469ねんフィレンツェFirenzeまれる
  • 1494ねんフランスFranceおうシャルルCharles8せいイタリアItalia侵入しんにゅうメディチMedici追放ついほうサヴォナローラSavonarola台頭たいとう
  • 1498ねんサヴォナローラSavonarola火刑かけいマキャヴェッリMachiavelli第二だいに書記しょききょく長官ちょうかん就任しゅうにん(29さい
  • 1500ねんフランスFrance宮廷きゅうていへの最初さいしょ外交がいこう使節しせつ
  • 1502〜1503ねんチェーザレ・ボルジアCesare Borgiaへの外交がいこう使節しせつレミッロ・デ・オルコRemirro de Orco事件じけん目撃もくげき
  • 1506ねんフィレンツェFirenze市民しみんぐん創設そうせつ主導しゅどう
  • 1509ねん市民しみんぐんによるピサPisa攻略こうりゃく
  • 1512ねんプラートPratoたたかいで市民しみんぐん壊滅かいめつメディチMedici復帰ふっきマキャヴェッリMachiavelli失職しっしょく
  • 1513ねん投獄とうごく拷問ごうもんストラッパードstrappado6かい)。釈放しゃくほう隠棲いんせいし、『君主論Il Principe執筆しっぴつ
  • 1513〜1519ねん:『ディスコルシDiscorsiリウィウスLiviusろん)』執筆しっぴつ
  • 1518ねんごろ喜劇きげきマンドラゴラLa Mandragola執筆しっぴつ
  • 1520ねん:『戦争せんそう技術ぎじゅつ刊行かんこう
  • 1525ねん:『フィレンツェFirenze』をメディチMedici教皇きょうこうクレメンスClemens7せい献呈けんてい
  • 1527ねん:「ローマRoma略奪りゃくだつ」。フィレンツェFirenze共和きょうわせい復活ふっかつ公職こうしょくられず、6がつ21にち死去しきょ享年きょうねん58さい

マキャヴェッリMachiavelliなにうたのか

マキャヴェッリMachiavelli以前いぜん政治せいじ思想しそうには、おおきくふたつのながれがあった。

ひとつは古代こだいギリシャGreece以来いらいの「理想りそう国家こっか」を構想こうそうする伝統でんとうプラトンPlatoの『国家Πολιτεία』やアリストテレスAristotleの『政治学Πολιτικά』がその代表だいひょうである。もうひとつは中世ちゅうせいキリストChristきょうの「君主くんしゅかがみ」とばれる伝統でんとうトマス・アクィナスThomas Aquinasエギディウス・ロマヌスAegidius Romanus代表だいひょうされる、君主くんしゅ正義せいぎ慈悲じひ寛大かんだい信義しんぎといったキリストChristきょうてきとくしたがって統治とうちすべきだと方向ほうこうだ。どちらも共通きょうつうして、「政治せいじはいかにあるべきか」といういから出発しゅっぱつしていた。

マキャヴェッリMachiavelliはこの前提ぜんてい根本こんぽんからくつがえした。『君主論Il Principeだい15しょうでこう宣言せんげんする。「おおくの人々ひとびとが、たことも実在じつざいしたこともらない共和きょうわこく君主くんしゅせい想像そうぞうしてきた。しかし、人間にんげん実際じっさいにどうきているかは、人間にんげんがどうきるべきかとはおおきくへだたっている。なすべきことのためになされていることを無視むしするものは、自己じこ維持いじよりもむしろ自己じこ破滅はめつまなぶことになる」。

これが「事物じぶつ有効ゆうこう真理しんり」の原則げんそくである。理想りそうからではなく、人間にんげん実際じっさい行動こうどうから政治せいじかんがえる。政治せいじ神学しんがく道徳どうとく哲学てつがくからはなし、独自どくじ論理ろんり領域りょういきとしててる。いわば「政治せいじがく世俗せぞく」である。

この転換てんかん背後はいごには、14年間ねんかん外交がいこう実務じつむから残酷ざんこく教訓きょうくんがあった。サヴォナローラSavonarola道徳どうとくてきただしかったかもしれないが、武力ぶりょくがなかったためにほろびた。チェーザレ・ボルジアCesare Borgia道徳どうとくてきには非難ひなんされるべき人物じんぶつだが、秩序ちつじょをもたらした。道徳どうとくてき善悪ぜんあく政治せいじてき成否せいひ一致いっちしない。この認識にんしきこそ、マキャヴェッリMachiavelli出発しゅっぱつてんだった。

そこからまれたいは、単純たんじゅんにして根源こんげんてきだった。権力けんりょく獲得かくとく維持いじは、実際じっさいにはどのようなメカニズムmechanismっているのか。

核心かくしん理論りろん

1. 「事物じぶつ有効ゆうこう真理しんり」── 政治せいじてきリアリズムrealism方法ほうほうろん

政治せいじを、規範きはん(あるべき姿すがた)ではなく経験けいけんてき事実じじつ(ある姿すがた)からかんがえる。この単純たんじゅん転換てんかんが、マキャヴェッリMachiavelli方法ほうほうろんてき革新かくしん中核ちゅうかくである。そして、この転換てんかん近代きんだい政治せいじがくが「政治せいじてきリアリズムrealism」と思想しそう潮流ちょうりゅう源流げんりゅうとなった。20世紀せいきのE.H.カーCarr(『危機の二十年The Twenty Years' Crisis』1939ねん)やハンス・モーゲンソーHans Morgenthau(『国際政治Politics Among Nations』1948ねん)の国際こくさい政治せいじがくは、マキャヴェッリMachiavelli直系ちょっけい子孫しそんにあたる。

出発しゅっぱつてんとなるのは、人間にんげん本性ほんせいについての冷徹れいてつ観察かんさつだ。「人間にんげんについて一般いっぱんてきにこうえる。恩知おんしらずで、うつで、偽善ぎぜんてきで、危険きけんけ、利得りとく貪欲どんよくである」(『君主論Il Principeだい17しょう)。これは人間にんげんぎらいの表明ひょうめいではない。政治せいじ分析ぶんせきするための「作業さぎょう仮説かせつ」である。もし人間にんげんがつねに善良ぜんりょうなら、政治せいじにさほど複雑ふくざつ技術ぎじゅつ必要ひつようない。善悪ぜんあくあいだうご存在そんざい統治とうちするからこそ、高度こうど技術ぎじゅつ判断はんだんりょくもとめられるのだ。

この方法ほうほうろんには明確めいかく限界げんかいもある。「権力けんりょく維持いじするためになに有効ゆうこうか」をえば、「そもそもその権力けんりょく正当せいとうなのか」といういはわきかれがちだ。ルソーRousseauするど指摘してきした。「マキャヴェッリMachiavelliおう教訓きょうくんあたえるふりをして、人民じんみん偉大いだい教訓きょうくんあたえた」(『社会契約論Du contrat socialだい3かんだい6しょう)。なるほど、権力けんりょくメカニズムmechanismを「暴露ばくろ」するという意味いみでは、『君主論Il Principe』は支配しはいしゃマニュアルmanualであると同時どうじに、支配しはいしゃのための警告けいこくしょでもありうる。

2. ヴィルトゥvirtù── 道徳どうとくてきな「とく」ではない「力量りきりょう

マキャヴェッリMachiavelliうえで、もっと重要じゅうようで、もっと誤解ごかいされやすい概念がいねんがこれだ。ヴィルトゥvirtù語源ごげんラテンLatinの「virtus(とくおとこらしさ)」だが、マキャヴェッリMachiavelli使つかかたキリストChristきょうてき道徳どうとくてきとく正義せいぎ節制せっせい慈悲じひ)とは根本こんぽんてきちがう。

ヴィルトゥvirtùとは、政治せいじてき状況じょうきょう対応たいおうするための総合そうごうてき力量りきりょうのことだ。決断けつだんりょく機敏きびんさ、大胆だいたんさ、ときには残酷ざんこくさを行使こうしする覚悟かくご、そしてなにより変化へんかする状況じょうきょうへの適応てきおうりょく

具体ぐたいれいよう。チェーザレ・ボルジアCesare Borgiaレミッロ・デ・オルコRemirro de Orco事件じけんである。ボルジアBorgiaさん段階だんかい政治せいじてき操作そうさひとつの連続れんぞくした行為こういとして遂行すいこうした。まず、混乱こんらん鎮圧ちんあつのためにレミッロRemirro残忍ざんにん手段しゅだん使つかわせる。つぎに、住民じゅうみん怨嗟えんさレミッロRemirro集中しゅうちゅうすると、今度こんどみずかレミッロRemirro処刑しょけいして「解放かいほうしゃ」として登場とうじょうする。道徳どうとくてきには非難ひなんされるべきだが、政治せいじてきヴィルトゥvirtùにおいては卓越たくえつしていた。これがマキャヴェッリMachiavelli評価ひょうかである(『君主論Il Principeだい7しょう)。

ただし、ヴィルトゥvirtùたんなる暴力ぼうりょく狡知こうちではない。『君主論Il Principeだい8しょうで、マキャヴェッリMachiavelliシチリアSicilia僭主せんしゅアガトクレスAgathoclesげている。このおとこ残虐ざんぎゃく手段しゅだん権力けんりょくにぎったが、マキャヴェッリMachiavelli評価ひょうかはこうだ。「かれ行為こういヴィルトゥvirtùぶことはできない」。なぜか。「市民しみんころし、とも裏切うらぎり、信義しんぎ慈悲じひ宗教しゅうきょうたない」ことは「権力けんりょく獲得かくとくしうるが、栄光えいこう獲得かくとくすることはない」からだ。ヴィルトゥvirtùには、たんなる有効ゆうこうせいえた「卓越たくえつせい」への志向しこうふくまれている。

マキャヴェッリMachiavelliはこうべている。「ぜんからはなれないようにしつつも、必要ひつようせまられればあくむことができる」(だい18しょう)。ぜんあく状況じょうきょうおうじて使つかける実践じっせんてき判断はんだんりょくアリストテレスAristotleの「フロネーシスphronēsis実践じっせんてき知恵ちえ)」と構造こうぞうてきている、と指摘してきする研究けんきゅうしゃもいる(ガーヴァーGarver, 1987)。ただし決定けっていてきちがいがある。フロネーシスphronēsis目的もくてきはつねに道徳どうとくてきぜんだが、ヴィルトゥvirtùは「国家こっか維持いじ」という政治せいじてき目的もくてきのために道徳どうとくてきぜん犠牲ぎせいにしうるのだ。

3. フォルトゥナfortuna── 運命うんめいとの格闘かくとう

ヴィルトゥvirtùついになる概念がいねんフォルトゥナfortuna運命うんめい偶然ぐうぜん時運じうんのこと)だ。マキャヴェッリMachiavelliあざやかな比喩ひゆ説明せつめいしている。フォルトゥナfortunaは「くる河川かせん」のようなものだ。洪水こうずいのときにはすべてをながす。しかし平時へいじ堤防ていぼう水路すいろ整備せいびしておけば、被害ひがい最小さいしょうげんおさえられる(『君主論Il Principeだい25しょう)。

かれ見積みつもりはこうだ。「われわれの行為こうい半分はんぶんフォルトゥナfortuna支配しはいされ、もう半分はんぶんは、あるいはそれにちか部分ぶぶんは、われわれ自身じしん支配しはいゆだねられている」。

古代こだいローマRomaではフォルトゥナFortunaまぐれな女神めがみだった。中世ちゅうせいキリストChristきょうはこれをかみ摂理せつりえ、すべてはかみ計画けいかくなかにあるとした。人間にんげん運命うんめい介入かいにゅうする余地よちせまかった。マキャヴェッリMachiavelliフォルトゥナfortuna神学しんがくから解放かいほうし、指導しどうしゃが「対処たいしょすべき不確実ふかくじつせい」として定義ていぎなおした。近代きんだいてき危機きき管理かんり思想しそうは、ここに原型げんけいつ。

しかし、ヴィルトゥvirtùくしてもてないことがある。チェーザレ・ボルジアCesare Borgiaケースcaseがそれだ。ボルジアBorgiaはあらゆるそなえをこうじたが、ひとつだけ想定そうていがいのことがあった。ちち教皇きょうこうアレクサンデルAlexander6せいんだとき、自分じぶん自身じしん瀕死ひんし重病じゅうびょうだったのだ。権力けんりょく基盤きばんかためるもっと重要じゅうよう瞬間しゅんかんに、身動みうごきがれなかった。マキャヴェッリMachiavelliはこうむすんでいる。「かれ非難ひなんすべきは唯一ゆいいつこのてんだけだ」「ものへの教訓きょうくんとして、かれ以上いじょうのよい範例はんれいわたしらない」(だい7しょう)。

ヴィルトゥvirtù成功せいこう保証ほしょうしない。それでも人間にんげんにできる最善さいぜん努力どりょくである。ここにマキャヴェッリMachiavelli思想しそう悲劇ひげきてき色調しきちょうがある。

4. 「あいされるか、おそれられるか」── 権力けんりょく感情かんじょうてき基盤きばん

マキャヴェッリMachiavelliいのなかで、おそらくもっと有名ゆうめいなものだろう。『君主論Il Principeだい17しょう。「あいされるのとおそれられるのと、どちらがのぞましいか」。

回答かいとうはこうだ。理想りそう両方りょうほう。だがふたつをあわつのはむずかしい。もし一方いっぽうえらばなければならないなら、「あいされるよりもおそれられるほうがはるかに安全あんぜんである」。

なぜか。先述せんじゅつ人間にんげんかんかえればわかる。人間にんげん恩知おんしらずだ。利害りがい関係かんけいがなくなればはなれていく。あいによるむすびつきは利害りがいによってられるが、恐怖きょうふによるむすびつきは「ばつへの不安ふあん」によって持続じぞくする。

ただし、この留保りゅうほ見落みおとされがちだが、マキャヴェッリMachiavelliは「おそれられること」と「にくまれること」を厳格げんかく区別くべつしている。「君主くんしゅなんとしても憎悪ぞうおけなければならない」(どうしょう)。市民しみん財産ざいさんうばわないこと。恣意しいてき処刑しょけいおこなわないこと。この一線いっせんえた残虐ざんぎゃくは、いかなるヴィルトゥvirtùをもってしてもかえしがつかない。

この議論ぎろん現代げんだいでもかえ参照さんしょうされる。フィスクFiskeカディCuddyグリックGlickによる「あたたかさと有能ゆうのうさ」のじくモデルmodel(2007ねん)は、マキャヴェッリMachiavelliいを実験じっけん心理しんりがく言語げんご翻訳ほんやくしたものともめるだろう。ただし、国家こっか存亡そんぼうがかかる16世紀せいきイタリアItalia極限きょくげん状況じょうきょうを、現代げんだい企業きぎょうマネジメントmanagement安易あんい同一どういつすべきではない。

5. 共和きょうわ主義しゅぎ── 自由じゆう市民しみんてきとく

マキャヴェッリMachiavelliを『君主論Il Principe』だけで判断はんだんするのは、一面いちめんてきにすぎる。かれ自身じしんがより重要じゅうようかんがえていたのは、はるかに長大ちょうだいな『ディスコルシDiscorsi』のほうだ。正式せいしき名称めいしょうは「ティトゥス・リウィウスTitus Livius最初さいしょじゅうかんについての論考ろんこう」。古代こだいローマRoma共和きょうわせい分析ぶんせきつうじて、共和きょうわせい優位ゆういせいろんじられている。

核心かくしんはこうだ。一人ひとり人間にんげんヴィルトゥvirtùには限界げんかいがある。しかし自由じゆう市民しみん集合しゅうごうてきヴィルトゥvirtùは、その限界げんかいえうる。「多数たすうしゃ個人こじんよりも賢明けんめいであり、よりよい選択せんたくをする」(『ディスコルシDiscorsiだい1かんだい58しょう)。

とく注目ちゅうもくすべきは、マキャヴェッリMachiavelliの「対立たいりつ」の評価ひょうかだ。かれ貴族きぞく平民へいみんあいだ衝突しょうとつ否定ひていてきない。むしろこうる。「ローマRoma自由じゆうんだのは、平民へいみん元老げんろういんあいだ不和ふわだった」(だい1かんだい4しょう)。当時とうじ常識じょうしきは「政治せいじ安定あんてい調和ちょうわによって維持いじされる」だった。マキャヴェッリMachiavelliはこれを正面しょうめんからくつがえした。対立たいりつ闘争とうそうこそが制度せいどきたえ、自由じゆうまもる。近代きんだい多元たげん主義しゅぎてき民主みんしゅ主義しゅぎのはるかな先取さきどりである。

では『君主論Il Principe』と『ディスコルシDiscorsi』はどう整合せいごうするのか。有力ゆうりょく解釈かいしゃくひとつはこうだ。腐敗ふはいしきった国家こっかには、まず「あたらしい君主くんしゅ」が自由じゆう秩序ちつじょ基盤きばんいちからきずかなければならない。その基盤きばんうえに、最終さいしゅうてき共和きょうわせいてるのが目標もくひょうである。つまり『君主論Il Principe』は、共和きょうわ主義しゅぎという目的もくてきのための「非常ひじょう手段しゅだん」をろんじた書物しょもつだ、と。

20世紀せいき後半こうはん、J.G.A.ポーコックPocock(『マキァヴェリアン・モーメントThe Machiavellian Moment』1975ねん)やクエンティン・スキナーQuentin Skinner(『自由主義に先立つ自由Liberty before Liberalism』1998ねん)らの研究けんきゅうによって、この共和きょうわ主義しゅぎてき側面そくめん大幅おおはばさい評価ひょうかされた。今日こんにち市民しみんてき共和きょうわ主義しゅぎは、マキャヴェッリMachiavelli重要じゅうよう知的ちてき源泉げんせん位置いちづけている。ただし、かれ共和きょうわ主義しゅぎには女性じょせい排除はいじょヴィルトゥvirtù語源ごげんてきにも男性だんせいむすびつく)や軍事ぐんじてき拡張かくちょう肯定こうていといった限界げんかいがあり、そのまま現代げんだい適用てきようすることはできない。

6. ネチェッシタnecessità── 政治せいじにおける「必要ひつよう」の論理ろんり

もうひとつのかぎ概念がいねんが「ネチェッシタnecessità」(「必要ひつよう」あるいは「必然ひつぜんせい」)である。国家こっか存亡そんぼうがかかった状況じょうきょうでは、君主くんしゅは「必要ひつようせまられて」あくまなければならない。ここでの「必要ひつよう」とは、通常つうじょう道徳どうとくてき基準きじゅん一時いちじてき停止ていしさせるほどの行為こうい強制きょうせいりょく意味いみする。

この論理ろんりは、現代げんだい政治せいじ哲学てつがくで「きたなダーティー・ハンズdirty hands)」とばれる問題もんだい原型げんけいだ。政治せいじてき指導しどうしゃは、公共こうきょう利益りえきのために道徳どうとくてき非難ひなんされる行為こういをなすことが正当せいとうされうるか。マイケル・ウォルツァーMichael Walzer古典こてんてき論文ろんぶんPolitical Action: The Problem of Dirty Handsポリティカル・アクション:ザ・プロブレム・オブ・ダーティー・ハンズ」(1973ねん)は、まさにこのいを分析ぶんせきしている。原爆げんばく投下とうか決定けっていテロリストterroristへの拷問ごうもん戦時せんじ市民しみん犠牲ぎせい──こうした極限きょくげんてき政治せいじ判断はんだんかんがえるさいマキャヴェッリMachiavelliネチェッシタnecessità概念がいねんけてとおれない。

この論理ろんり危険きけんせい明白めいはくだ。「必要ひつようだった」という正当せいとうは、事後じごてきにほとんどどんな行為こういにも適用てきようできてしまう。マキャヴェッリMachiavelli自身じしん必要ひつよう以上いじょう残虐ざんぎゃくを「しき使つかかた」として明確めいかく退しりぞけ、「使つかかた」とは「必要ひつようのために一度いちどおこない、そのあとかえさない残酷ざんこくさ」だとべている(『君主論Il Principeだい8しょう)。だが、その線引せんびきがどこまで客観きゃっかんてき可能かのうなのかは、いまなおもっと論争ろんそうてき問題もんだいでありつづけている。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 君主論Il Principe』(河島かわしま英昭ひであきやく岩波いわなみ文庫ぶんこ / 池田いけだれんやく中公ちゅうこう文庫ぶんこほか邦訳ほうやく複数ふくすう) ── マキャヴェッリMachiavelli代名詞だいめいしぜん26しょう、100ページpageあまりのみじかさがありがたい。だい15しょうの「事物じぶつ有効ゆうこう真理しんり宣言せんげんだけでも価値かちがある。
  • ディスコルシDiscorsi sopra la prima deca di Tito Livio──「ローマRomaろん』(永井ながい三明みつあきやく、ちくま学芸がくげい文庫ぶんこ) ── 古代こだいローマRoma歴史れきしリウィウスLivius題材だいざい共和きょうわせい理論りろん展開てんかいする主著しゅちょぜん3かん。『君主論Il Principe』とセットsetんでこそマキャヴェッリMachiavelli全体ぜんたいぞうえる。
  • マンドラゴラLa Mandragola』(邦訳ほうやく複数ふくすう) ── わかおとこ知恵ちえ策略さくりゃく人妻ひとづまれる喜劇きげき欲望よくぼう偽善ぎぜんちた人間にんげん冷徹れいてつ観察かんさつする眼差まなざしは、まさに『君主論Il Principe』の著者ちょしゃそのものだ。マキャヴェッリMachiavelliの「人間にんげんかん」をべつ角度かくどからるための補助ほじょせん
  • 戦争の技術Dell'arte della guerra』(邦訳ほうやく複数ふくすう) ── 傭兵ようへいせい批判ひはん市民しみんぐん対話たいわへんマキャヴェッリMachiavelli政治せいじ思想しそう軍事ぐんじ不可分ふかぶんであることがよくわかる。
  • Q. スキナーSkinnerMachiavelli: A Very Short Introductionマキャヴェッリ入門』, Oxford UP, 2000 ── コンパクトcompact定評ていひょうのある入門にゅうもんしょテクストtextかれた当時とうじ知的ちてき文脈ぶんみゃく位置いちづけてむ「ケンブリッジCambridge学派がくは」の方法ほうほうろん見事みごと発揮はっきされている。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

1. 「悪魔あくまゆびかれた」── 道徳どうとく政治せいじ分離ぶんりへの批判ひはんマキャヴェッリMachiavelliへのもっと根本こんぽんてき批判ひはんは、政治せいじ道徳どうとくからはなしたことにけられた。イングランドEngland枢機すうききょうレジナルド・ポールReginald Poleは「悪魔あくまゆびかれた」と非難ひなんし、1559ねんにはカトリックCatholic教会きょうかいが『君主論Il Principe』と『ディスコルシDiscorsi』を禁書きんしょ目録もくろくせた。エリザベスElizabethちょうイングランドEnglandでは、マーロウMarlowe戯曲ぎきょくに「マキャヴェルMachiavel」が悪魔あくまてき策謀さくぼうしゃとして登場とうじょうし、シェイクスピアShakespeareリチャード三世Richard III』の主人しゅじんこうにもそのかげえる。「マキャヴェッリMachiavelliてき」が「邪悪じゃあくな」とほぼ同義どうぎになったのは、この時代じだいのことだ。

2. 『君主論Il Principe』と『ディスコルシDiscorsi』のパラドクスparadox一方いっぽうつよ指導しどうしゃを、他方たほう共和きょうわせい推奨すいしょうする。この緊張きんちょう関係かんけいをどう理解りかいするかは、マキャヴェッリMachiavelli研究けんきゅう中心ちゅうしん問題もんだいでありつづけている。ハンス・バロンHans Baron(1961ねん)は「市民しみんてき人文じんぶん主義しゅぎ」の文脈ぶんみゃくからマキャヴェッリMachiavelli共和きょうわ主義しゅぎしゃとしてみ、『君主論Il Principe』は非常ひじょう事態じたい処方しょほうせんにすぎないとろんじた。一方いっぽうレオ・シュトラウスLeo Strauss(『Thoughts on Machiavelliマキャヴェッリについての思索』1958ねん)はかれを「あく教師きょうし」としてみ、近代きんだい道徳どうとくてき退廃たいはい源泉げんせん位置いちづけた。民主みんしゅ主義しゅぎ先駆せんくしゃか、ニヒリズムnihilism元凶げんきょうか──この対立たいりついま解消かいしょうされていない。

3. ルソーRousseauグラムシGramsciの「転覆てんぷくてき読解どっかいルソーRousseauは『社会契約論Du contrat social』で、マキャヴェッリMachiavelliは「おうおしえるふりをして、人民じんみんおおきな教訓きょうくんあたえた」とべた。権力けんりょくメカニズムmechanism暴露ばくろすることで、人民じんみん抵抗ていこう武器ぶきあたえたというみだ。20世紀せいきアントニオ・グラムシAntonio Gramsciは『獄中ノートQuaderni del carcere』でこのみを発展はってんさせ、「あたらしい君主くんしゅ」とは革命かくめいてき政党せいとうであるとえた。ムッソリーニMussoliniファシズムfascism政権せいけん獄中ごくちゅうで、グラムシGramsciマキャヴェッリMachiavelliすくいを見出みいだしたのは偶然ぐうぜんではない。権力けんりょく構造こうぞう理解りかいすることは、それに抵抗ていこうするための第一歩だいいっぽでもある。

影響えいきょう遺産いさん

先行せんこう思想しそう古代こだいローマRoma歴史れきしリウィウスLiviusタキトゥスTacitusポリュビオスPolybios政体せいたい循環じゅんかんろんキケロCicero共和きょうわ主義しゅぎ思想しそう──マキャヴェッリMachiavelliキケロCicero道徳どうとく主義しゅぎ熟知じゅくちしたうえで、意識いしきてき逆転ぎゃくてんさせた。中世ちゅうせいの「君主くんしゅかがみ」の伝統でんとう──これが直接ちょくせつてき批判ひはん対象たいしょうである。

近代きんだい政治せいじ哲学てつがくへの影響えいきょうジャン・ボダンJean Bodin主権しゅけんろん(1576ねん)は「国家こっか自律じりつせい」をほう理論りろん展開てんかいした。ホッブズHobbesの「自然しぜん状態じょうたい万人ばんにん万人ばんにんたいする闘争とうそうである」(『リヴァイアサンLeviathan』1651ねん)は、マキャヴェッリMachiavelli人間にんげんかん理論りろんてき精緻せいちることができる。スピノザSpinozaは『政治論Tractatus Politicus』(1677ねん)でマキャヴェッリMachiavelliを「卓越たくえつした思慮しりょぶか人物じんぶつ」と明示めいじてき称賛しょうさんした。どう時代じだい哲学てつがくしゃマキャヴェッリMachiavelli公然こうぜんめたのは、きわめてめずらしいことだった。

国家こっか理性りせい」の伝統でんとうマキャヴェッリMachiavelli思想しそうは16〜17世紀せいきヨーロッパEuropaで「国家こっか理性りせい」の概念がいねんとして受容じゅようされた。ジョヴァンニ・ボテロGiovanni Botero(『国家理性論Della ragion di stato』1589ねん)は表面ひょうめんじょうマキャヴェッリMachiavelli批判ひはんしつつ、実質じっしつてきにその問題もんだい設定せってい継承けいしょうしている。リシュリューRichelieu枢機すうききょうフランスFrance外交がいこうビスマルクBismarckの「現実げんじつ政治せいじレアールポリティークRealpolitik)」もこの系譜けいふつらなる。

大西洋たいせいよう共和きょうわ主義しゅぎ伝統でんとうポーコックPocockの『マキァヴェリアン・モーメントThe Machiavellian Moment』(1975ねん)は、マキャヴェッリMachiavelli共和きょうわ主義しゅぎイングランドEnglandハリントンHarrington(『オセアナ共和国The Commonwealth of Oceana』1656ねん)をて、アメリカAmerica建国けんこくちちたち──ジェファソンJeffersonアダムズAdams──の思想しそうながんだことを論証ろんしょうした。合衆がっしゅうこく憲法けんぽう権力けんりょく分立ぶんりつ背後はいごに、「対立たいりつによる自由じゆう維持いじ」というマキャヴェッリMachiavelliかんがえのかげがある。

哲学てつがくがいへの波及はきゅう国際こくさい関係かんけいろんリアリズムrealism学派がくはモーゲンソーMorgenthauキッシンジャーKissinger)、経営けいえいがくリーダーシップleadershipろんゲームgame理論りろん戦略せんりゃくてき思考しこう──マキャヴェッリMachiavelli影響えいきょう哲学てつがくわくおおきくえている。

現代げんだいへの接続せつぞく

マキャヴェッリMachiavelli問題もんだい提起ていきは、500ねん現代げんだいでむしろ先鋭せんえいしている。

第一だいいちに、政治せいじてきリアリズムrealism問題もんだい国際こくさい政治せいじにおける道徳どうとくてき理想りそう権力けんりょく政治せいじ緊張きんちょうは、いまだに解消かいしょうされていない。21世紀せいきはいってもなおかえされる武力ぶりょくによる国境こっきょう変更へんこうこころみは、国際こくさいほう秩序ちつじょと「事物じぶつ有効ゆうこう真理しんり」の乖離かいりをあらためてきつけている。主権しゅけん国家こっか安全あんぜん保障ほしょうは、道徳どうとくてき正当せいとうせいだけでは確保かくほできない。500ねんまえのこの指摘してきは、いま有効ゆうこうだ。

第二だいにに、リーダーシップleadership問題もんだい危機ききてき状況じょうきょうで、指導しどうしゃ不完全ふかんぜん情報じょうほうのもと迅速じんそく決断けつだんしなければならない。COVID-19パンデミックpandemic各国かっこくリーダーleader直面ちょくめんしたのは、まさにマキャヴェッリMachiavelliてきいだった──「あいされること(市民しみん自由じゆうあたえる)」と「おそれられること(強制きょうせいてき規制きせいく)」のどちらが、結果けっかとしてよりおおくのいのちすくうか。

第三だいさんに、せかけと実質じっしつ問題もんだいマキャヴェッリMachiavelliは『君主論Il Principeだい18しょうで、君主くんしゅは「慈悲じひぶかく、信義しんぎまもり、人間にんげんがあり、誠実せいじつで、敬虔けいけんであるようにえなければならない」が、「必要ひつようなときにはその反対はんたいのことができなければならない」とべる。SNS時代じだい政治せいじイメージimage戦略せんりゃく実際じっさい政策せいさく乖離かいりは、かつてなく可視かしされている。マキャヴェッリMachiavelliは500ねんまえ時点じてんで、「政治せいじてきコミュニケーションcommunication」が権力けんりょく本質ほんしつてき構成こうせい要素ようそであることを見抜みぬいていた。

第四だいよんに、市民しみんてきとく問題もんだい政治せいじてき関心かんしん民主みんしゅ主義しゅぎ空洞くうどうさせている現代げんだいにおいて、マキャヴェッリMachiavelliうったえは切実せつじつさをしている──自由じゆう一度いちど獲得かくとくすれば自動じどうてき維持いじされるものではない。不断ふだん参加さんか闘争とうそうによってのみまもられる。これが『ディスコルシDiscorsi』の核心かくしんであり、現代げんだい民主みんしゅ主義しゅぎへのもっと重要じゅうよう警告けいこくだ。

読者どくしゃへの

  • あなたが組織そしきリーダーleaderだとして、組織そしきまもるために道徳どうとくてきうたがわしい手段しゅだんることは正当せいとうされるか。もし「される」なら、その限界げんかいはどこか──マキャヴェッリMachiavelliの「使つかかたしき使つかかた」の区別くべつは、あなたをたすけるだろうか。
  • マキャヴェッリMachiavelliは「人間にんげん本性ほんせいわらない」という前提ぜんてい歴史れきしから教訓きょうくんした。この前提ぜんていただしいか。もし制度せいど教育きょういくによって人間にんげんわりうるなら、マキャヴェッリMachiavelli理論りろんのどこがえられるか。
  • あなたのまわりの「サヴォナローラSavonarola」──道徳どうとくてきただしいが現実げんじつてきちからたないひと──と「ボルジアBorgia」──手段しゅだんえらばないが結果けっかひと──はだれか。そのどちらでもない第三だいさんみちはありうるか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

"人間にんげん実際じっさいにどうきているかは、人間にんげんがどうきるべきかとはおおきくへだたっている。なすべきことのためになされていることを無視むしするものは、自己じこ維持いじよりもむしろ自己じこ破滅はめつまなぶことになる。" ── 『君主論Il Principeだい15しょう政治せいじてきリアリズムrealism宣言せんげんとしてもっと有名ゆうめい一節いっせつ。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"フォルトゥナfortunaは、われわれの行為こうい半分はんぶん裁定さいていしゃであるが、もう半分はんぶん、あるいはそれにちか部分ぶぶんを、われわれ自身じしん支配しはいゆだねている。" ── 『君主論Il Principeだい25しょう運命うんめい人間にんげん自由じゆう意志いし関係かんけいをめぐる核心かくしんてきテーゼThese。/原文げんぶん引用文いんようぶんない括弧かっこない原語げんご表記ひょうき参照さんしょう
"君主くんしゅライオンlionキツネfox使つかけねばならない。ライオンlionだけではわな見抜みぬけず、キツネfoxだけではおおかみ退しりぞけられないからだ。" ── 『君主論Il Principeだい18しょうキケロCicero動物どうぶつてき手段しゅだん否定ひていした(『義務論De Officiis』I.13.41)のにたいし、マキャヴェッリMachiavelliちからライオンlion)と知略ちりゃくキツネfox)の両方りょうほう不可欠ふかけつだと明確めいかく肯定こうていしている。
"共和きょうわこくにおいては、平民へいみん元老げんろういんあいだ不和ふわこそが、ローマRoma自由じゆう原因げんいんであった。" ── 『ディスコルシDiscorsiリウィウスLiviusろん)』だい1かんだい4しょう社会しゃかいてき対立たいりつ自由じゆう条件じょうけんとして積極せっきょくてき評価ひょうかする、共和きょうわ主義しゅぎ核心かくしん命題めいだい

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてん:N. Machiavelli『Il Principe君主論』(1513ねん執筆しっぴつ、1532ねんかん)/ 邦訳ほうやく: 河島かわしま英昭ひであきやく君主論Il Principe岩波いわなみ文庫ぶんこ、1998ねん; 池田いけだれんやく君主論Il Principe中公ちゅうこう文庫ぶんこ、2002ねん(ほか邦訳ほうやく複数ふくすう
  • 原典げんてん:N. Machiavelli『Discorsi sopra la prima deca di Tito Livioディスコルシ』(1531ねんかん)/ 邦訳ほうやく: 永井ながい三明みつあきやくディスコルシDiscorsi──「ローマRomaろん』ちくま学芸がくげい文庫ぶんこ、2011ねん
  • 書簡しょかん:N. Machiavelli, Lettere, a cura di F. Gaeta, Feltrinelli, 1961 ── 1513ねん12がつ10とおかヴェットーリVettoriあて書簡しょかんは『君主論Il Principe』の成立せいりつ事情じじょう第一だいいちきゅう資料しりょう英訳えいやくはJ.B. Atkinson & D. Sices (eds.), Machiavelli and His Friendsマキャヴェッリ・アンド・ヒズ・フレンズ, Northern Illinois UP, 1996に収録しゅうろく
  • 思想しそう史的してき文脈ぶんみゃく:Q. Skinner『Machiavelli: A Very Short Introductionマキャヴェッリ入門』, Oxford UP, 2000(改訂かいていばん 2019) ── ケンブリッジCambridge学派がくはてき方法ほうほうろんによる定評ていひょうのある入門にゅうもん
  • 共和きょうわ主義しゅぎ伝統でんとう:J.G.A. Pocock『The Machiavellian Momentマキァヴェリアン・モーメント: Florentine Political Thought and the Atlantic Republican Tradition』, Princeton UP, 1975 / 邦訳ほうやく: 田中たなか秀夫ひでおほかやくマキァヴェリアン・モーメントThe Machiavellian Moment名古屋なごや大学だいがく出版しゅっぱんかい、2008ねん
  • 批判ひはんてき読解どっかい:L. Strauss『Thoughts on Machiavelliマキャヴェッリについての思索』, Free Press, 1958 ── マキャヴェッリMachiavelliを「あく教師きょうし」としてみ、近代きんだいせい起源きげん位置いちづけた挑発ちょうはつてき古典こてん
  • 邦語ほうご概説がいせつ佐々木ささきつよしマキアヴェッリMachiavelli政治せいじ思想しそう岩波いわなみ書店しょてん、1970ねん ── 日本語にほんごめるもっと体系たいけいてきマキャヴェッリMachiavelli研究けんきゅう
  • ウェブweb:Stanford Encyclopedia of Philosophy "Niccolò Machiavelli" (Cary Nederman) ── 研究けんきゅう動向どうこうふく包括ほうかつてき概説がいせつ