1640年11月、イングランドは崩れかけていました。国王チャールズ一世と議会の対立は修復不能の段階に達し、街路では暴徒が叫び、教会では聖職者たちが互いを異端と罵り合っていました。52歳の家庭教師あがりの学者トマス・ホッブズは、王党派に近い立場ゆえに身の危険を感じ、ドーヴァー海峡を渡ってパリへ逃げました。自ら認めるところによれば「最初に逃げた者のひとり」です。臆病を恥じる素振りはありませんでした。恐怖こそが、この人物にとって哲学の出発点だったからです。
パリでの亡命生活は11年に及びました。その間に、海峡の向こうでは内戦が勃発し、国王の首が落ち、共和政が樹立されました。秩序は崩壊しうる。法が沈黙すれば、人は人を殺す。ホッブズはこの裸の事実を直視し、そこから国家の存在理由を一から組み立てようとしました。1651年に刊行された『リヴァイアサン』がその結実です。
ホッブズの問いは単純で、容赦がありません。なぜ人間は他人に服従しなければならないのか。神がそう命じたから、ではありません。王の血筋が高貴だから、でもない。人間は放っておけば互いを破壊するからです。平和が欲しければ、誰かに剣を渡すしかない。神学も伝統も迂回せず、恐怖と理性だけで政治の正当性を組み立てた最初の人物、それがホッブズでした。
その論理は冷酷に映るかもしれません。けれども冷酷さの奥に、内戦の死者を見た人間の、切実な問いが横たわっています。
平和の対価はいくらなのか。自由のどこまでを差し出せば、殺し合いは止まるのか。
この記事の要点
- 自然状態と「万人の万人に対する闘争」:政治的権威が存在しない状態を、ホッブズは「万人の万人に対する戦争」(bellum omnium contra omnes)と描きました。人間は身体能力においてほぼ平等であり、その平等から競争・不信・名誉欲が生まれ、恒常的な暴力の危険が生じます。『リヴァイアサン』第十三章で展開された、近代政治哲学で最も有名な思考実験です。
- 社会契約と主権:自然状態の恐怖から逃れるため、人々は相互に契約を結び、一人の人格(あるいは合議体)に自らの権利を譲渡します。こうして生まれた主権者(sovereign)は絶対的な権力を持ち、臣民はそれに服従します。権力の正当性を神ではなく人間の合意に置いた転換点です。
- 機械論的人間観と唯物論:ホッブズは人間を精巧な機械と見なしました。感覚は外部物体の運動が神経を通じて脳に伝わった結果にすぎず、欲望や嫌悪も体内の微小な運動として説明されます。この徹底した唯物論が政治理論を支え、近代自然科学の方法を人間と社会に持ち込みました。
生涯と時代背景
1588年4月5日、イングランド南西部ウィルトシャーのウェストポート(現在のマームズベリー近郊)に生まれました。父は田舎の牧師でしたが、教区の別の牧師と教会の門前で殴り合いをし、そのまま逃亡して行方不明になっています。ホッブズは叔父の手袋職人に引き取られ、育てられました。のちにホッブズはラテン語の韻文自伝のなかでこう記しています。「母は恐怖の双子をわたしとともに産み落とした」と。スペインの無敵艦隊(アルマダ)がイングランドに迫っているという知らせに怯えた母が、早産で彼を産んだという伝承です。誇張はあるにせよ、恐怖を自らの出生と結びつける語り口が、すでにこの思想家の気質を物語っているように思われます。
14歳でオックスフォード大学モードリン・ホールに入学しました。スコラ哲学の教育を受けましたが、満足はしなかったようです。論理学の教科書より地図帳を眺めていたと伝えられます。1608年に学位を得て卒業し、キャヴェンディッシュ家(のちのデヴォンシャー伯爵家)の若い当主の家庭教師となりました。この一族との関係はホッブズの生涯を通じて続き、経済的な安定と知的な環境をもたらしました。貴族の蔵書に囲まれ、ヨーロッパ各地への旅に同行できる環境は、大学に籍を置かなかったホッブズにとって、かけがえのない学びの場でした。
1629年、ホッブズはトゥキュディデスの『戦史』(History of the Peloponnesian War)を英訳して刊行しました。古代アテナイの民主政がいかにして愚かな戦争に突き進んだかを描いた歴史書です。ホッブズはそこに同時代のイングランドを重ねていたのでしょう。民衆の情念に振り回される政治の危うさ。弁論家が群衆を煽り、冷静な判断が失われていく過程。翻訳の序文でホッブズは、トゥキュディデスを「最も政治的な歴史家」と称え、民主政の弱さを浮き彫りにしたその筆に敬意を表しています。のちの政治哲学の種子は、この翻訳の仕事のなかにすでに蒔かれていたのでしょう。
1610年代から30年代にかけて、ホッブズは家庭教師としてヨーロッパ大陸を三度旅行しています。第三回(1634〜1636年)の旅がとりわけ決定的でした。パリではマラン・メルセンヌ神父の学問サークルに加わり、デカルトやガッサンディらと交流しました。フィレンツェでは老齢のガリレオを訪問しています。運動と物体だけで世界を説明する機械論的自然観に深く触れ、そこに人間と国家の問題を接続する着想を得たと考えられます。
1640年にパリへ亡命。1642年に『市民論』(De Cive)を刊行し、1651年に『リヴァイアサン』をロンドンで出版しました。ところがこの著作は、王党派からも議会派からも敵を作ることになります。王党派は、主権を神授ではなく契約に基づけたことに憤りました。教会は、宗教を主権者の管轄に置いたことに激怒しました。パリに居られなくなったホッブズは1651年末にイングランドに帰国し、クロムウェル体制に服従しています。ホッブズの理論に照らせば、実効的に秩序を維持している権力こそ正当な主権者なのですから、これは理論と行動の一致でもありました。
1660年の王政復古のあと、チャールズ二世はかつて数学を教えてもらった恩からホッブズに年金を与えました。けれども議会はホッブズの著作を無神論として調査し、1666年のロンドン大火ののちには、神罰の原因としてホッブズの書物を槍玉に挙げています。出版規制を受けながらもホッブズは書き続けました。87歳でホメロスの『オデュッセイア』を、翌年88歳で『イリアス』の英訳を世に送り出しています。1679年12月4日、91歳で没。最期の言葉は「暗闇の中へ大きな跳躍をする」だったと伝えられています。
ミニ年表
- 1588年:イングランド・ウィルトシャーに生まれる(スペイン無敵艦隊来襲の年)
- 1603年:オックスフォード大学モードリン・ホールに入学
- 1608年:卒業、キャヴェンディッシュ家の家庭教師に
- 1629年:トゥキュディデス『戦史』の英訳を刊行
- 1634〜36年:第三回ヨーロッパ旅行。メルセンヌ・サークルに参加、ガリレオを訪問
- 1640年:パリに亡命。『法の原理』(The Elements of Law)写本回覧
- 1642年:『市民論』(De Cive)刊行。イングランド内戦勃発
- 1646年:亡命中の皇太子チャールズ(のちの二世)に数学を教授
- 1649年:チャールズ一世処刑
- 1651年:『リヴァイアサン』刊行。帰国
- 1655年:『物体論』(De Corpore)刊行
- 1658年:『人間論』(De Homine)刊行
- 1679年12月4日:デヴォンシャーのハードウィック・ホールにて没。享年91
この哲学者は何を問うたのか
それ以前の政治思想では、政治的権威の根拠は神に求められていました。王は神から権力を授かる。教会は霊的権威において世俗の権力を超越する。アリストテレス以来の伝統では、人間は「政治的動物」(zōon politikon)であり、共同体のなかでこそ本性を実現する存在でした。国家は自然に生まれるもの。トマス・アクィナスは神の法から自然法を導き、世俗の秩序を永遠の秩序のなかに位置づけました。政治は宇宙の秩序の一部であり、人間が勝手に設計するものではなかったのです。
ホッブズは、この前提をすべて剥ぎ取りました。人間は本性上政治的ではない。共同体は自然に生まれるのではなく、人為的に作られる。作るのは恐怖と計算です。人間が自然に求めるのは善ではなく安全であり、徳ではなく生存です。『市民論』の献辞でホッブズはこう記しています。「わたしは人間が本性上社会に適した存在であるということを否認する」と。二千年の伝統を覆す、静かな宣戦布告でした。
『リヴァイアサン』の序論には、こう記されています。「自然(神がこの世界を作り統治する技術)は、人間の技術によって模倣される。(中略)技術はさらに進んで、自然の最も優れた作品である人間をも模倣する。なぜならコモンウェルスあるいは国家(ラテン語でキーウィタース)と呼ばれるあの偉大なリヴァイアサンは、人工的な人間にほかならない」。初版の扉絵には、無数の小さな人間の身体で構成された巨人が、片手に剣、片手に司教杖を持ち、丘の上から都市を見下ろす姿が描かれています。世俗と宗教の両方の権威を一身に担う人工的な巨人。国家は自然の産物ではなく、人間が設計する機械です。この転換が、近代政治哲学の扉を開きました。
核心理論
1. 機械論的人間観:人間は精巧な機械である
『リヴァイアサン』第一部「人間について」は、政治理論ではなく人間論から始まります。感覚とは何か。外部の物体が感覚器官に圧力を加え、その運動が神経を経由して脳に達し、脳から心臓への反作用として知覚が生まれる(第一章)。色も音も味も、物体の側にあるのではなく、感覚器官を通じて生まれる現象にすぎません。想像力は衰退した感覚であり(第二章)、思考は想像の連鎖であり(第三章)、言語は思考に名前を貼る技術です(第四章)。ガリレオが天体の運動を力学で説明したように、ホッブズは人間の心を運動と物体で説明しようとしたのです。
欲望(appetite)と嫌悪(aversion)は、体内の微小な運動の方向にすぎません。対象に向かう運動が欲望、離れる運動が嫌悪。「善」とは人が欲するものの名前であり、「悪」とは嫌悪するものの名前です(第六章)。善悪に客観的な基準はありません。ここにはプラトンの善のイデアも、アリストテレスの目的論もない。あるのは運動と物体だけです。たとえば朝の通勤電車で席を譲るとき、私たちはそれを「善」と呼びます。けれどもホッブズに言わせれば、それは相手の苦痛を見ることへの嫌悪、あるいは他者からの好意を得たいという欲望の運動であって、天上の善に触れたわけではないのです。
この人間観から、ある帰結が導かれます。人間は絶えず何かを欲し続ける存在であるということ。「欲望の完全な停止を幸福と呼ぶことはできない。なぜなら感覚と想像力が動かなくなった者は生きていないからだ」(第六章)。幸福は到達点ではなく、欲望から欲望への絶え間ない移行です。立ち止まれば死ぬ。だからこそ人間は権力を求め続けます。「すべての人間に共通する一般的な傾向として、権力の上にさらに権力を求める絶え間ない欲望があり、それは死によってのみ止む」(第十一章)。権力への欲望は悪徳ではなく、生存の条件なのです。
2. 自然状態:万人の万人に対する闘争
『リヴァイアサン』第十三章。近代政治哲学で最も読まれ、最も論争を呼んだ章です。ホッブズは共通の権力が存在しない状態、すなわち自然状態(state of nature)を思考実験として描きました。
出発点は平等です。驚かれるかもしれませんが、ホッブズは人間の平等から出発します。ただし、それは権利の平等ではありません。殺傷能力の平等です。「身体の能力に関して、最も弱い者でも最も強い者を殺すのに十分な力を持っている。秘密の策略によって、あるいは同じ危険にさらされている他者との結託によって」(第十三章)。眠っている巨漢を子供が石で殴り殺せる。誰もが誰かに殺されうる。この冷徹な認識から、ホッブズの議論は動き始めます。
この平等から、三つの争いの原因が生まれます。第一に競争(competition)。同じものを欲する者が二人いて、ともに手に入れられないとき、両者は敵になります。第二に不信(diffidence)。相手がいつ襲ってくるかわからないので、先制攻撃こそが合理的な選択となります。第三に名誉(glory)。侮辱を受ければ報復しなければ舐められる。力のある者だという評判を維持しなければ標的にされます。隣家との境界をめぐる些細ないさかいを思い浮かべてみてください。そこに仲裁する第三者がいなければ、不満はどこまで膨らむでしょうか。ホッブズはその論理を極限まで押し進めました。
「このような状態においては、勤労の果実は確保されず、したがって土地の耕作もなく、航海もなく、(中略)学芸もなく、文字もなく、社会もない。そして最悪なのは、暴力による死への絶え間ない恐怖と危険があることであり、人間の生は孤独で、貧しく、汚く、残忍で、短い」(第十三章)。英語の原文 "solitary, poor, nasty, brutish, and short" は、政治哲学史上最も有名な五つの形容詞でしょう。
ただし、ホッブズは自然状態を歴史的事実として提示したのではありません。「すべての時代に全面的な戦争状態があったとは信じない」と明記しています。これは論理的な帰結です。もし共通の権力が消えたら何が起こるか、という問い。ただしホッブズは例証も忘れません。アメリカの先住民の生活(ホッブズはそう理解していました)、内戦時のイングランド、そして国家間の関係。国際社会には主権者がいないため、国と国はつねに自然状態にある、と。さらにホッブズは、読者の日常にも目を向けさせます。「あなたは旅に出るとき武装し、眠るとき戸に鍵をかけるではないか」。隣人を信用していないことを、行動で示している、と。
3. 自然権と自然法:恐怖から理性へ
自然状態において、人間は自然権(right of nature)を持ちます。自らの生命を保存するためにあらゆる手段を用いる自由。ただし、この自由は無制限であるがゆえに自滅的です。全員が全員に対して何でもできるならば、誰の安全も保障されません。
ここで理性が登場します。自然法(law of nature)とは、理性が発見する一般規則のことです。ホッブズは自然法を19条挙げていますが、その核心は最初の三つに凝縮されます。第一の自然法:「平和を求め、それに従え」。平和が得られないときに限り、戦争のあらゆる手段を用いてよい(第十四章)。第二の自然法:「他の人々も同様にそうする意志があるならば、万物に対するこの権利を放棄し、他の人々に対しては自分が他の人々から許されるのと同じだけの自由で満足せよ」。そして第三の自然法:「結ばれた契約を履行せよ」(第十五章)。ホッブズはこの第三の自然法から正義の概念を導きました。正義とは契約を守ることであり、不正義とは契約を破ることです。契約以前には正義も不正義もない。
論理の筋道は簡潔です。恐怖が人間を理性に向かわせる。理性が平和の条件を導く。その条件とは、各人が自然権の一部を放棄して相互に制約し合うこと。けれどもここに根本的な困難があります。約束だけでは守られない。「剣なき契約は言葉にすぎず、人を拘束する力をまったく持たない」(第十七章)。罰則のない職場のルールを、すべての人が自発的に守り続けるでしょうか。ホッブズは人間の善意を信じませんでした。信じなかったからこそ、制度を設計しようとしたのです。
4. 社会契約とリヴァイアサンの誕生
契約を守らせる力がなければ、契約は空文に終わります。だからこそ共通の権力が必要になります。ホッブズはここで、社会契約という概念を組み上げました。各人が相互に契約を結び、「わたしはこの人物(あるいはこの合議体)にわたしの統治する権利を授権し譲渡する。あなたもまた同様にあなたの権利を彼に譲渡し、彼のすべての行為を承認するという条件において」と宣言します(第十七章)。
注意を払うべきは、契約の構造です。契約は臣民同士のあいだで結ばれるのであって、主権者は契約の当事者ではありません。したがって主権者は契約を破ることができません(契約を結んでいないのですから)。臣民は主権者に不正を訴えることもできません(主権者の行為はすべて臣民自身が授権したものですから)。この論理は緻密であると同時に、恐ろしくもあります。こうして生まれた巨大な人工的人格。それがリヴァイアサンです。『旧約聖書』「ヨブ記」に登場する、地上に敵なき海の怪物の名です。「地上には彼に並ぶものはない。彼は恐れなきものとして造られた」(ヨブ記41章33節)。
主権者の権力は絶対的でなければならない、とホッブズは論じます。権力を分割すれば内戦に逆戻りする。国王と議会が権力を分け合ったイングランドで何が起きたか。ホッブズは自国の惨禍を論拠にしました。立法・司法・行政・軍事・課税・検閲、すべてが一つの手になければならない。ここには三権分立の発想はまったくありません。それどころか、権力の分割こそが内戦の原因だとされるのです。
5. 主権の限界:自己保存の権利は譲渡できない
ホッブズは絶対主権を説きましたが、無条件の服従を求めたのではありません。ひとつだけ、決して譲渡できない権利があります。自己保存の権利です。「契約によって自らを防衛しないと約束する者はいない」(第十四章)。主権者が「死ね」と命じたとき、臣民にはそれに従う義務がありません。自己保存のために国家を作ったのですから、国家が自己保存を脅かすなら服従の根拠は消えるのです。
第二十一章「臣民の自由について」は、この問題をさらに掘り下げています。法が沈黙している領域では、臣民は自由に振る舞えます。売買の契約、住居の選択、食事の内容、子どもの教育。法の規制が及ばないところで、人は自由のままです。絶対的主権とは、主権者がすべてを命令するということではありません。命令が下されたとき、それに異を唱える正当な手段が存在しない、ということです。
主権者が臣民を保護する能力を失ったとき、臣民の服従の義務も消滅します(第二十一章)。「主権者の権力の目的は臣民の安全である」(第三十章)。保護なくして服従なし。ここに、ホッブズがクロムウェル体制への服従を正当化できた論理があります。実効的に保護している権力が正当な権力であって、血筋や正統性の問題ではありません。征服による国家も設立による国家も、臣民に服従を促す動機は同じ。恐怖です(第二十章)。
6. 宗教と国家:「暗闇の王国」への批判
『リヴァイアサン』は四部構成です。第三部「キリスト教のコモンウェルスについて」と第四部「暗闇の王国について」が全体のおよそ半分を占めており、現代の読者はこの部分を飛ばしがちですが、ホッブズにとってはここが核心でした。なぜなら17世紀の内戦を引き起こした最大の要因は、宗教だったからです。ピューリタンの牧師たちが説教壇から国王への抵抗を煽り、カトリックの司祭たちは教皇への忠誠を世俗の法より上に置きました。ホッブズはその両方を問題にしています。
ホッブズの主張はこうです。宗教的権威が世俗的権力と並立すれば、臣民はどちらに従うべきかわからなくなります。「二人の主人に仕えることはできない」。したがって聖書の解釈権は主権者に帰属します。聖書が何を意味するかを決めるのは教会ではなく国家です。ホッブズは聖書を丹念に読み込み、教皇に世俗的権力を認める根拠は聖書のどこにもないと論証しました。教皇の世俗的権力をホッブズは「暗闇の王国」と呼び、スコラ哲学の形而上学を「空虚な哲学」と断じました。カトリックからもプロテスタントからも憎まれた所以です。
ただしここには、内心の自由という留保が残されています。ホッブズは信仰を内面の問題として認めました。公の礼拝の形式は主権者が定めますが、心のなかで何を信じるかまでは強制できません。「信仰は内的なものであり、法の力で変えることはできない」(第四十二章)。公には主権者に従い、胸のうちでは自由に祈る。絶対主権の鋼のような論理のなかに、良心の自由という小さな窓が残されていること。その窓がのちにどれほど大きく開かれていくかを、ホッブズ自身は予見していなかったかもしれません。
7. 言語哲学:言葉の誤用が争いを生む
ホッブズは政治哲学者としてのみ語られがちですが、言語についての鋭い分析も見逃せません。『リヴァイアサン』第四章と第五章で、ホッブズは言葉の四つの濫用を列挙しました。意味が不安定な言葉を使うこと。比喩を文字通りに受け取ること。意志を言葉で偽ること。言葉で他人を傷つけること。ホッブズは推理(reasoning)を計算(reckoning)と同一視しています。名前を正確に定義し、定義に従って加減する。そこに曖昧さが入り込めば、計算は狂います。
「正義」「自由」「権利」。こうした言葉を、人々はそれぞれ異なる意味で使い、同じ言葉を使っているのに合意に至りません。家庭の食卓で「公平」という言葉が出たとき、親と子が同じものを指しているでしょうか。フランシス・ベーコンが「市場のイドラ」として指摘した問題と通じますが、ホッブズはそれを政治的紛争の直接の原因として位置づけました。言葉の定義を統一する権限もまた、主権者に帰属する。何が正義であるかを決めるのは個人の良心ではなく、主権者の法です。息苦しい帰結です。けれどもホッブズは問い返すでしょう。各人がそれぞれの「正義」を掲げて譲らなかったとき、何が起こったか、と。
主要著作ガイド
- 『リヴァイアサン』(1651年):ホッブズの主著です。人間論から国家論、宗教論へと進む四部構成。英語で書かれ、のちにラテン語版(1668年)も出されました。政治哲学の古典として一度は手に取りたい一冊です。邦訳:水田洋訳『リヴァイアサン』岩波文庫(全四冊)。角田安正訳『リヴァイアサン』光文社古典新訳文庫。
- 『市民論』(De Cive、1642年):『リヴァイアサン』の政治理論の原型です。ラテン語で書かれ、ヨーロッパ中で読まれました。自然状態・自然法・主権の理論がすでに明確に展開されています。邦訳:本田裕志訳『市民論』京都大学学術出版会。
- 『法の原理』(The Elements of Law, Natural and Politic、1640年写本回覧、1650年刊行):最初の政治哲学の体系的著述です。英語で書かれ、簡潔。入門にはここから読むのもよいでしょう。
- 『物体論』(De Corpore、1655年):ホッブズの自然哲学です。運動と物体を基礎とする機械論的世界観を展開しており、幾何学に基づく哲学の構想が読み取れます。
- 『ビヒモス』(1679年刊行、執筆1668年頃):イングランド内戦の歴史と原因を分析した対話形式の著作です。ホッブズの理論を歴史に適用した記録として、独特の味わいがあります。
主要な批判と論争
同時代の反発は激烈なものでした。ブラムホール司教は『リヴァイアサン』を無神論と断じ、自由意志をめぐって長期にわたる論争を繰り広げました。ホッブズは自由意志を否定し、人間の行為は先行する原因の連鎖によって決定されると論じました。オックスフォード大学は1683年に『リヴァイアサン』と『市民論』を焚書に処しています。
ジョン・ロックは『統治二論』(1689年)において、名指しは避けつつもホッブズの結論を全面的に覆しました。ロックの自然状態は戦争ではなく、自然法が支配する平和な状態です。人間には生命・自由・財産への自然権があり、政府がそれを侵害すれば抵抗する権利がある。ここに立憲主義と絶対主権の分岐が生まれます。ロックはホッブズに反論しているのですが、ホッブズが設定した枠組み(自然状態から社会契約へ)をそのまま用いています。問いの形を引き継ぎながら、答えだけを変えたのです。
ジャン=ジャック・ルソーは別の角度から異議を唱えました。ホッブズの自然状態は、すでに社会化された人間を裸にしただけではないか、と。競争・不信・名誉欲は自然の属性ではなく、社会が植えつけたものではないのか(『人間不平等起源論』1755年)。ルソーはこう書いています。「ホッブズは野蛮人の姿を描いたつもりで、市民の姿を描いていた」と。この指摘には鋭さがあります。ホッブズの自然状態が歴史ではなく思考実験だとしても、そこで想定される人間像は普遍的なのか、それとも17世紀イングランドの反映なのか。この問いは今も開かれたままです。
20世紀に入って、カール・シュミットはホッブズを再評価しました(『リヴァイアサン:近代国家の生成と没落』1938年)。シュミットは、ホッブズが内心の自由を残したことがリヴァイアサンに致命的な亀裂を入れたと論じています。私的な信仰を認めた瞬間に、公と私の区別が生まれ、やがて国家を空洞化させる、と。シュミット自身がナチ体制に協力した人物ですので、この読解はそれ自体が政治的な緊張を孕んでいます。
影響と遺産
ホッブズは政治哲学の問い方そのものを変えました。ホッブズ以後、政治哲学は「権力はなぜ正当か」という問いを避けて通れなくなりました。ロック、ルソー、カントと続く社会契約論の系譜はすべて、ホッブズの問題設定を引き継いでいます。ジョン・ロールズの『正義論』(1971年)における「原初状態」(original position)は、ホッブズの自然状態を変奏したものと読むことができます。
国際関係論では、ホッブズは「リアリズム」の始祖として参照されます。国家間には主権者がいない。したがって国際社会は自然状態にある。国家は自国の安全を最優先し、信頼できるのは力の均衡のみ。ハンス・モーゲンソーやケネス・ウォルツの国際政治理論の底には、ホッブズの自然状態が横たわっています。
法哲学の分野では、ホッブズは法実証主義(legal positivism)の先駆と見なされています。法とは主権者の命令であり、自然の理法でも神の意志でもありません。ジョン・オースティンの命令説(19世紀)、H.L.A.ハートの『法の概念』(1961年)は、ホッブズに端を発する問いの延長線上にあります。
哲学の外にも影響は及んでいます。ゲーム理論における「囚人のジレンマ」は、ホッブズの自然状態と同型の構造を持っています。各人が合理的に行動した結果、全員にとって最悪の結果が生まれる。協力を強制する第三者(ホッブズでいう主権者)がいなければ、合理的な個人は協力しません。マンションの管理組合で共用部分の清掃を誰もやりたがらないという身近な場面にも、この構造は顔を出します。
現代への接続
災害の直後、電気が止まり水が出ず、警察が機能しなくなったとき、何が起こるでしょうか。多くの場合、人々は助け合います。けれども略奪も起こります。秩序は薄氷の上にある。ホッブズの問いが鮮やかに蘇る瞬間は、秩序が揺らいだときです。停電した夜の街、行政が崩壊した被災地、法の支配が届かない領域。ホッブズは、秩序がいかに壊れやすいか、その維持にいかに大きな代価が払われているかを、400年前に突きつけました。夜道を一人で歩けること。落とした財布が交番に届いていること。それらは自然の恵みではなく、誰かが維持している秩序の賜物です。
国際社会は、いまなおホッブズの自然状態に近い場所です。国連には主権者の力がありません。安全保障理事会の決議は拒否権で骨抜きにされ、条約は強制力を欠いています。ある国が隣国に侵攻したとき、抑止できるのは道義ではなく力の均衡です。「剣なき契約は言葉にすぎない」。この一文は、国際法の脆弱さを静かに見据えています。
自由と安全の交換という問題もまた、消えてはおりません。治安のためにどこまで監視を許容するか。感染症の拡大を防ぐためにどこまで移動の自由を制限できるか。学校の校則はどこまで許されるか。ホッブズならばこう答えるでしょう。安全がなければ自由もない、と。けれども私たちは問い返さなければなりません。安全のために差し出した自由は、本当に返ってくるのか、と。
読者への問い
- もし警察が一週間機能を停止したら、あなたの住む町はどうなるか。ホッブズの描いた自然状態は、空想か、それとも秩序が消えたときに現れる現実の一端か。
- 安全のためにあなたが差し出してもよい自由は何か。そこに線を引くとしたら、その根拠は何か。
- 国際社会に「リヴァイアサン」は必要か。もし世界政府のようなものが実現したとして、それは平和をもたらすか、それとも別の暴力を生むか。
名言(出典つき)
「人間の生は孤独で、貧しく、汚く、残忍で、短い」 出典:トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』第十三章/原文:"…and the life of man, solitary, poor, nasty, brutish, and short."
自然状態における人間の生を要約した一文です。五つの形容詞が矢継ぎ早に畳みかけられ、文体そのものが暴力のリズムを帯びています。
「剣なき契約は言葉にすぎず、人を拘束する力をまったく持たない」 出典:トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』第十七章/原文:"Covenants, without the sword, are but words and of no strength to secure a man at all."
約束はそれを強制する力があって初めて意味を持ちます。国際条約から職場のルールまで、この洞察が当てはまる場面は尽きません。
「万人の万人に対する戦争」 出典:トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』第十三章/原文:"…a war as is of every man against every man."(ラテン語形:bellum omnium contra omnes)
自然状態の別名です。「戦争」とは実際の戦闘のことではなく、戦闘への傾向が持続している状態を指します、とホッブズは注記しています。雨が降っている時間だけが悪天候ではないのと同じように。
参考文献
- (原典・英語):Thomas Hobbes, Leviathan, ed. Noel Malcolm, 3 vols., Clarendon Press, 2012.(オックスフォード版標準テキスト)
- (原典・邦訳):トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』水田洋訳、岩波文庫(全四冊)。
- (原典・邦訳):トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』角田安正訳、光文社古典新訳文庫。
- (研究書):Quentin Skinner, Hobbes and Republican Liberty, Cambridge University Press, 2008.
- (研究書):Noel Malcolm, Aspects of Hobbes, Clarendon Press, 2002.
- (研究書・邦語):田中浩『ホッブズ──リヴァイアサンの哲学』岩波新書。
- (研究書・邦語):加藤節『ホッブズの政治哲学──自然・人為・自由』東京大学出版会。
- (概説):A. P. Martinich, Hobbes: A Biography, Cambridge University Press, 1999.
- (補助ウェブ資料):"Thomas Hobbes", Stanford Encyclopedia of Philosophy.