1640年ねん11月がつ、イングランドEnglandは崩くずれかけていました。国王こくおうチャールズCharles一世いっせいと議会ぎかいの対立たいりつは修復しゅうふく不能ふのうの段階だんかいに達たっし、街路がいろでは暴徒ぼうとが叫さけび、教会きょうかいでは聖職者せいしょくしゃたちが互たがいを異端いたんと罵ののしり合あっていました。52歳さいの家庭教師かていきょうしあがりの学者がくしゃトマスThomas・ホッブズHobbesは、王党派おうとうはに近ちかい立場たちばゆえに身みの危険きけんを感かんじ、ドーヴァーDover海峡かいきょうを渡わたってパリParisへ逃にげました。自みずから認みとめるところによれば「最初さいしょに逃にげた者もののひとり」です。臆病おくびょうを恥はじる素振そぶりはありませんでした。恐怖きょうふこそが、この人物じんぶつにとって哲学てつがくの出発点しゅっぱつてんだったからです。

パリParisでの亡命ぼうめい生活せいかつは11年ねんに及およびました。その間あいだに、海峡かいきょうの向むこうでは内戦ないせんが勃発ぼっぱつし、国王こくおうの首くびが落おち、共和政きょうわせいが樹立じゅりつされました。秩序ちつじょは崩壊ほうかいしうる。法ほうが沈黙ちんもくすれば、人ひとは人ひとを殺ころす。ホッブズHobbesはこの裸はだかの事実じじつを直視ちょくしし、そこから国家こっかの存在そんざい理由りゆうを一いちから組くみ立たてようとしました。1651年ねんに刊行かんこうされた『リヴァイアサンLeviathan』がその結実けつじつです。

ホッブズHobbesの問といは単純たんじゅんで、容赦ようしゃがありません。なぜ人間にんげんは他人たにんに服従ふくじゅうしなければならないのか。神かみがそう命めいじたから、ではありません。王おうの血筋ちすじが高貴こうきだから、でもない。人間にんげんは放はなっておけば互たがいを破壊はかいするからです。平和へいわが欲ほしければ、誰だれかに剣つるぎを渡わたすしかない。神学しんがくも伝統でんとうも迂回うかいせず、恐怖きょうふと理性りせいだけで政治せいじの正当性せいとうせいを組くみ立たてた最初さいしょの人物じんぶつ、それがホッブズHobbesでした。

その論理ろんりは冷酷れいこくに映うつるかもしれません。けれども冷酷れいこくさの奥おくに、内戦ないせんの死者ししゃを見みた人間にんげんの、切実せつじつな問といが横よこたわっています。

平和へいわの対価たいかはいくらなのか。自由じゆうのどこまでを差さし出だせば、殺ころし合あいは止とまるのか。

この記事きじの要点ようてん

  • 自然状態しぜんじょうたいと「万人ばんにんの万人ばんにんに対たいする闘争とうそう」:政治的せいじてき権威けんいが存在そんざいしない状態じょうたいを、ホッブズHobbesは「万人ばんにんの万人ばんにんに対たいする戦争せんそう」(bellum omnium contra omnesベッルム・オムニウム・コントラ・オムネース)と描えがきました。人間にんげんは身体しんたい能力のうりょくにおいてほぼ平等びょうどうであり、その平等びょうどうから競争きょうそう・不信ふしん・名誉欲めいよよくが生うまれ、恒常的こうじょうてきな暴力ぼうりょくの危険きけんが生しょうじます。『リヴァイアサンLeviathan』第十三章しょうで展開てんかいされた、近代きんだい政治せいじ哲学てつがくで最もっとも有名ゆうめいな思考しこう実験じっけんです。
  • 社会契約しゃかいけいやくと主権しゅけん:自然状態しぜんじょうたいの恐怖きょうふから逃のがれるため、人々ひとびとは相互そうごに契約けいやくを結むすび、一人ひとりの人格じんかく(あるいは合議体ごうぎたい)に自みずからの権利けんりを譲渡じょうとします。こうして生うまれた主権者しゅけんしゃ(sovereignソヴリン)は絶対的ぜったいてきな権力けんりょくを持もち、臣民しんみんはそれに服従ふくじゅうします。権力けんりょくの正当性せいとうせいを神かみではなく人間にんげんの合意ごういに置おいた転換点てんかんてんです。
  • 機械論的きかいろんてき人間観にんげんかんと唯物論ゆいぶつろん:ホッブズHobbesは人間にんげんを精巧せいこうな機械きかいと見みなしました。感覚かんかくは外部がいぶ物体ぶったいの運動うんどうが神経しんけいを通つうじて脳のうに伝つたわった結果けっかにすぎず、欲望よくぼうや嫌悪けんおも体内たいないの微小びしょうな運動うんどうとして説明せつめいされます。この徹底てっていした唯物論ゆいぶつろんが政治せいじ理論りろんを支ささえ、近代きんだい自然しぜん科学かがくの方法ほうほうを人間にんげんと社会しゃかいに持もち込こみました。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

1588年ねん4月がつ5日にち、イングランドEngland南西部なんせいぶウィルトシャーWiltshireのウェストポートWestport(現在げんざいのマームズベリーMalmesbury近郊きんこう)に生うまれました。父ちちは田舎いなかの牧師ぼくしでしたが、教区きょうくの別べつの牧師ぼくしと教会きょうかいの門前もんぜんで殴なぐり合あいをし、そのまま逃亡とうぼうして行方不明ゆくえふめいになっています。ホッブズHobbesは叔父おじの手袋てぶくろ職人しょくにんに引ひき取とられ、育そだてられました。のちにホッブズHobbesはラテンLatin語ごの韻文いんぶん自伝じでんのなかでこう記しるしています。「母ははは恐怖きょうふの双子ふたごをわたしとともに産うみ落おとした」と。スペインSpainの無敵艦隊むてきかんたい(アルマダArmada)がイングランドEnglandに迫せまっているという知しらせに怯おびえた母ははが、早産そうざんで彼かれを産うんだという伝承でんしょうです。誇張こちょうはあるにせよ、恐怖きょうふを自みずからの出生しゅっしょうと結むすびつける語かたり口くちが、すでにこの思想家しそうかの気質きしつを物語ものがたっているように思おもわれます。

14歳さいでオックスフォードOxford大学だいがくモードリンMagdalen・ホールHallに入学にゅうがくしました。スコラSchola哲学てつがくの教育きょういくを受うけましたが、満足まんぞくはしなかったようです。論理学ろんりがくの教科書きょうかしょより地図帳ちずちょうを眺ながめていたと伝つたえられます。1608年ねんに学位がくいを得えて卒業そつぎょうし、キャヴェンディッシュCavendish家け(のちのデヴォンシャーDevonshire伯爵はくしゃく家け)の若わかい当主とうしゅの家庭教師かていきょうしとなりました。この一族いちぞくとの関係かんけいはホッブズHobbesの生涯しょうがいを通つうじて続つづき、経済的けいざいてきな安定あんていと知的ちてきな環境かんきょうをもたらしました。貴族きぞくの蔵書ぞうしょに囲かこまれ、ヨーロッパ各地かくちへの旅たびに同行どうこうできる環境かんきょうは、大学だいがくに籍せきを置おかなかったホッブズHobbesにとって、かけがえのない学まなびの場ばでした。

1629年ねん、ホッブズHobbesはトゥキュディデスThucydidesの『戦史せんし』(History of the Peloponnesian Warヒストリー・オブ・ザ・ペロポネシアン・ウォー)を英訳えいやくして刊行かんこうしました。古代こだいアテナイAthensの民主政みんしゅせいがいかにして愚おろかな戦争せんそうに突つき進すすんだかを描えがいた歴史書れきししょです。ホッブズHobbesはそこに同時代どうじだいのイングランドEnglandを重かさねていたのでしょう。民衆みんしゅうの情念じょうねんに振ふり回まわされる政治せいじの危あぶうさ。弁論べんろん家かが群衆ぐんしゅうを煽あおり、冷静れいせいな判断はんだんが失うしなわれていく過程かてい。翻訳ほんやくの序文じょぶんでホッブズHobbesは、トゥキュディデスThucydidesを「最もっとも政治的せいじてきな歴史家れきしか」と称たたえ、民主政みんしゅせいの弱よわさを浮うき彫ぼりにしたその筆ふでに敬意けいいを表ひょうしています。のちの政治せいじ哲学てつがくの種子しゅしは、この翻訳ほんやくの仕事しごとのなかにすでに蒔まかれていたのでしょう。

1610年代ねんだいから30年代ねんだいにかけて、ホッブズHobbesは家庭教師かていきょうしとしてヨーロッパ大陸たいりくを三度さんど旅行りょこうしています。第三回だいさんかい(1634〜1636年ねん)の旅たびがとりわけ決定的けっていてきでした。パリParisではマランMarin・メルセンヌMersenne神父しんぷの学問がくもんサークルに加くわわり、デカルトDescartesやガッサンディGassendiらと交流こうりゅうしました。フィレンツェFirenzeでは老齢ろうれいのガリレオGalileoを訪問ほうもんしています。運動うんどうと物体ぶったいだけで世界せかいを説明せつめいする機械論的きかいろんてき自然観しぜんかんに深ふかく触ふれ、そこに人間にんげんと国家こっかの問題もんだいを接続せつぞくする着想ちゃくそうを得えたと考かんがえられます。

1640年ねんにパリParisへ亡命ぼうめい。1642年ねんに『市民論しみんろん』(De Civeデ・キーウェ)を刊行かんこうし、1651年ねんに『リヴァイアサンLeviathan』をロンドンLondonで出版しゅっぱんしました。ところがこの著作ちょさくは、王党派おうとうはからも議会派ぎかいはからも敵てきを作つくることになります。王党派おうとうはは、主権しゅけんを神授しんじゅではなく契約けいやくに基もとづけたことに憤いきどおりました。教会きょうかいは、宗教しゅうきょうを主権者しゅけんしゃの管轄かんかつに置おいたことに激怒げきどしました。パリParisに居いられなくなったホッブズHobbesは1651年ねん末まつにイングランドEnglandに帰国きこくし、クロムウェルCromwell体制たいせいに服従ふくじゅうしています。ホッブズHobbesの理論りろんに照てらせば、実効的じっこうてきに秩序ちつじょを維持いじしている権力けんりょくこそ正当せいとうな主権者しゅけんしゃなのですから、これは理論りろんと行動こうどうの一致いっちでもありました。

1660年ねんの王政復古おうせいふっこのあと、チャールズCharles二世にせいはかつて数学すうがくを教おしえてもらった恩おんからホッブズHobbesに年金ねんきんを与あたえました。けれども議会ぎかいはホッブズHobbesの著作ちょさくを無神論むしんろんとして調査ちょうさし、1666年ねんのロンドンLondon大火たいかののちには、神罰しんばつの原因げんいんとしてホッブズHobbesの書物しょもつを槍玉やりだまに挙あげています。出版しゅっぱん規制きせいを受うけながらもホッブズHobbesは書かき続つづけました。87歳さいでホメロスHomērosの『オデュッセイアOdysseia』を、翌年よくねん88歳さいで『イリアスIlias』の英訳えいやくを世よに送おくり出だしています。1679年ねん12月がつ4日にち、91歳さいで没ぼつ。最期さいごの言葉ことばは「暗闇くらやみの中なかへ大おおきな跳躍ちょうやくをする」だったと伝つたえられています。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1588年ねん:イングランドEngland・ウィルトシャーWiltshireに生うまれる(スペインSpain無敵艦隊むてきかんたい来襲らいしゅうの年とし)
  • 1603年ねん:オックスフォードOxford大学だいがくモードリンMagdalen・ホールHallに入学にゅうがく
  • 1608年ねん:卒業そつぎょう、キャヴェンディッシュCavendish家けの家庭教師かていきょうしに
  • 1629年ねん:トゥキュディデスThucydides『戦史せんし』の英訳えいやくを刊行かんこう
  • 1634〜36年ねん:第三回だいさんかいヨーロッパ旅行りょこう。メルセンヌMersenne・サークルcircleに参加さんか、ガリレオGalileoを訪問ほうもん
  • 1640年ねん:パリParisに亡命ぼうめい。『法ほうの原理げんり』(The Elements of Law)写本しゃほん回覧かいらん
  • 1642年ねん:『市民論しみんろん』(De Cive)刊行かんこう。イングランドEngland内戦ないせん勃発ぼっぱつ
  • 1646年ねん:亡命ぼうめい中ちゅうの皇太子こうたいしチャールズCharles(のちの二世にせい)に数学すうがくを教授きょうじゅ
  • 1649年ねん:チャールズCharles一世いっせい処刑しょけい
  • 1651年ねん:『リヴァイアサンLeviathan』刊行かんこう。帰国きこく
  • 1655年ねん:『物体論ぶったいろん』(De Corpore)刊行かんこう
  • 1658年ねん:『人間論にんげんろん』(De Homine)刊行かんこう
  • 1679年ねん12月がつ4日にち:デヴォンシャーDevonshireのハードウィックHardwick・ホールHallにて没ぼつ。享年きょうねん91

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

それ以前いぜんの政治せいじ思想しそうでは、政治的せいじてき権威けんいの根拠こんきょは神かみに求もとめられていました。王おうは神かみから権力けんりょくを授さずかる。教会きょうかいは霊的れいてき権威けんいにおいて世俗せぞくの権力けんりょくを超越ちょうえつする。アリストテレスAristotelēs以来の伝統でんとうでは、人間にんげんは「政治的せいじてき動物どうぶつ」(zōon politikonゾーオン・ポリティコン)であり、共同体きょうどうたいのなかでこそ本性ほんせいを実現じつげんする存在そんざいでした。国家こっかは自然しぜんに生うまれるもの。トマスThomas・アクィナスAquinasは神かみの法ほうから自然法しぜんほうを導みちびき、世俗せぞくの秩序ちつじょを永遠えいえんの秩序ちつじょのなかに位置いちづけました。政治せいじは宇宙うちゅうの秩序ちつじょの一部いちぶであり、人間にんげんが勝手かってに設計せっけいするものではなかったのです。

ホッブズHobbesは、この前提ぜんていをすべて剥はぎ取とりました。人間にんげんは本性上ほんせいじょう政治的せいじてきではない。共同体きょうどうたいは自然しぜんに生うまれるのではなく、人為的じんいてきに作つくられる。作つくるのは恐怖きょうふと計算けいさんです。人間にんげんが自然しぜんに求もとめるのは善ぜんではなく安全あんぜんであり、徳とくではなく生存せいぞんです。『市民論しみんろん』の献辞けんじでホッブズHobbesはこう記しるしています。「わたしは人間にんげんが本性上ほんせいじょう社会しゃかいに適てきした存在そんざいであるということを否認ひにんする」と。二千年にせんねんの伝統でんとうを覆くつがえす、静しずかな宣戦布告せんせんふこくでした。

『リヴァイアサンLeviathan』の序論じょろんには、こう記しるされています。「自然しぜん(神かみがこの世界せかいを作つくり統治とうちする技術ぎじゅつ)は、人間にんげんの技術ぎじゅつによって模倣もほうされる。(中略)技術ぎじゅつはさらに進すすんで、自然しぜんの最もっとも優すぐれた作品さくひんである人間にんげんをも模倣もほうする。なぜならコモンウェルスCommonwealthあるいは国家こっか(ラテンLatin語ごでキーウィタースCivitas)と呼よばれるあの偉大いだいなリヴァイアサンLeviathanは、人工的じんこうてきな人間にんげんにほかならない」。初版しょはんの扉絵とびらえには、無数むすうの小ちいさな人間にんげんの身体しんたいで構成こうせいされた巨人きょじんが、片手かたてに剣つるぎ、片手かたてに司教杖しきょうじょうを持もち、丘おかの上うえから都市としを見下みおろす姿すがたが描えがかれています。世俗せぞくと宗教しゅうきょうの両方りょうほうの権威けんいを一身いっしんに担になう人工的じんこうてきな巨人きょじん。国家こっかは自然しぜんの産物さんぶつではなく、人間にんげんが設計せっけいする機械きかいです。この転換てんかんが、近代きんだい政治せいじ哲学てつがくの扉とびらを開ひらきました。

核心かくしん理論りろん

1. 機械論的きかいろんてき人間観にんげんかん:人間にんげんは精巧せいこうな機械きかいである

『リヴァイアサンLeviathan』第一部「人間にんげんについて」は、政治せいじ理論りろんではなく人間論にんげんろんから始はじまります。感覚かんかくとは何なにか。外部がいぶの物体ぶったいが感覚かんかく器官きかんに圧力あつりょくを加くわえ、その運動うんどうが神経しんけいを経由けいゆして脳のうに達たっし、脳のうから心臓しんぞうへの反作用はんさようとして知覚ちかくが生うまれる(第一章しょう)。色いろも音おとも味あじも、物体ぶったいの側がわにあるのではなく、感覚かんかく器官きかんを通つうじて生うまれる現象げんしょうにすぎません。想像力そうぞうりょくは衰退すいたいした感覚かんかくであり(第二章しょう)、思考しこうは想像そうぞうの連鎖れんさであり(第三章しょう)、言語げんごは思考しこうに名前なまえを貼はる技術ぎじゅつです(第四章しょう)。ガリレオGalileoが天体てんたいの運動うんどうを力学りきがくで説明せつめいしたように、ホッブズHobbesは人間にんげんの心こころを運動うんどうと物体ぶったいで説明せつめいしようとしたのです。

欲望よくぼう(appetiteアペタイト)と嫌悪けんお(aversionアヴァージョン)は、体内たいないの微小びしょうな運動うんどうの方向ほうこうにすぎません。対象たいしょうに向むかう運動うんどうが欲望よくぼう、離はなれる運動うんどうが嫌悪けんお。「善ぜん」とは人ひとが欲ほっするものの名前なまえであり、「悪あく」とは嫌悪けんおするものの名前なまえです(第六章しょう)。善悪ぜんあくに客観的きゃっかんてきな基準きじゅんはありません。ここにはプラトンPlatōnの善ぜんのイデアIdeaも、アリストテレスAristotelēsの目的論もくてきろんもない。あるのは運動うんどうと物体ぶったいだけです。たとえば朝あさの通勤つうきん電車でんしゃで席せきを譲ゆずるとき、私たちはそれを「善ぜん」と呼よびます。けれどもホッブズHobbesに言いわせれば、それは相手あいての苦痛くつうを見みることへの嫌悪けんお、あるいは他者たしゃからの好意こういを得えたいという欲望よくぼうの運動うんどうであって、天上てんじょうの善ぜんに触ふれたわけではないのです。

この人間観にんげんかんから、ある帰結きけつが導みちびかれます。人間にんげんは絶たえず何なにかを欲ほっし続つづける存在そんざいであるということ。「欲望よくぼうの完全かんぜんな停止ていしを幸福こうふくと呼よぶことはできない。なぜなら感覚かんかくと想像力そうぞうりょくが動うごかなくなった者ものは生いきていないからだ」(第六章しょう)。幸福こうふくは到達点とうたつてんではなく、欲望よくぼうから欲望よくぼうへの絶たえ間まない移行いこうです。立たち止どまれば死しぬ。だからこそ人間にんげんは権力けんりょくを求もとめ続つづけます。「すべての人間にんげんに共通きょうつうする一般的いっぱんてきな傾向けいこうとして、権力けんりょくの上うえにさらに権力けんりょくを求もとめる絶たえ間まない欲望よくぼうがあり、それは死しによってのみ止やむ」(第十一章しょう)。権力けんりょくへの欲望よくぼうは悪徳あくとくではなく、生存せいぞんの条件じょうけんなのです。

2. 自然状態しぜんじょうたい:万人ばんにんの万人ばんにんに対たいする闘争とうそう

『リヴァイアサンLeviathan』第十三章しょう。近代きんだい政治せいじ哲学てつがくで最もっとも読よまれ、最もっとも論争ろんそうを呼よんだ章しょうです。ホッブズHobbesは共通きょうつうの権力けんりょくが存在そんざいしない状態じょうたい、すなわち自然状態しぜんじょうたい(state of natureステイト・オブ・ネイチャー)を思考しこう実験じっけんとして描えがきました。

出発点しゅっぱつてんは平等びょうどうです。驚おどろかれるかもしれませんが、ホッブズHobbesは人間にんげんの平等びょうどうから出発しゅっぱつします。ただし、それは権利けんりの平等びょうどうではありません。殺傷さっしょう能力のうりょくの平等びょうどうです。「身体しんたいの能力のうりょくに関かんして、最もっとも弱よわい者ものでも最もっとも強つよい者ものを殺ころすのに十分じゅうぶんな力ちからを持もっている。秘密ひみつの策略さくりゃくによって、あるいは同おなじ危険きけんにさらされている他者たしゃとの結託けったくによって」(第十三章しょう)。眠ねむっている巨漢きょかんを子供こどもが石いしで殴なぐり殺ころせる。誰だれもが誰だれかに殺ころされうる。この冷徹れいてつな認識にんしきから、ホッブズHobbesの議論ぎろんは動うごき始はじめます。

この平等びょうどうから、三みっつの争あらそいの原因げんいんが生うまれます。第だい一に競争きょうそう(competitionコンペティション)。同おなじものを欲ほっする者ものが二人ふたりいて、ともに手てに入いれられないとき、両者りょうしゃは敵てきになります。第だい二に不信ふしん(diffidenceディフィデンス)。相手あいてがいつ襲おそってくるかわからないので、先制せんせい攻撃こうげきこそが合理的ごうりてきな選択せんたくとなります。第だい三に名誉めいよ(gloryグローリー)。侮辱ぶじょくを受うければ報復ほうふくしなければ舐なめられる。力ちからのある者ものだという評判ひょうばんを維持いじしなければ標的ひょうてきにされます。隣家りんかとの境界きょうかいをめぐる些細ささいないさかいを思おもい浮うかべてみてください。そこに仲裁ちゅうさいする第三者だいさんしゃがいなければ、不満ふまんはどこまで膨ふくらむでしょうか。ホッブズHobbesはその論理ろんりを極限きょくげんまで押おし進すすめました。

「このような状態じょうたいにおいては、勤労きんろうの果実かじつは確保かくほされず、したがって土地とちの耕作こうさくもなく、航海こうかいもなく、(中略)学芸がくげいもなく、文字もじもなく、社会しゃかいもない。そして最悪さいあくなのは、暴力ぼうりょくによる死しへの絶たえ間まない恐怖きょうふと危険きけんがあることであり、人間にんげんの生せいは孤独こどくで、貧まずしく、汚きたなく、残忍ざんにんで、短みじかい」(第十三章しょう)。英語えいごの原文げんぶん "solitary, poor, nasty, brutish, and short" は、政治せいじ哲学てつがく史上しじょう最もっとも有名ゆうめいな五いつつの形容詞けいようしでしょう。

ただし、ホッブズHobbesは自然状態しぜんじょうたいを歴史的れきしてき事実じじつとして提示ていじしたのではありません。「すべての時代じだいに全面的ぜんめんてきな戦争せんそう状態じょうたいがあったとは信しんじない」と明記めいきしています。これは論理的ろんりてきな帰結きけつです。もし共通きょうつうの権力けんりょくが消きえたら何なにが起おこるか、という問とい。ただしホッブズHobbesは例証れいしょうも忘わすれません。アメリカAmericaの先住民せんじゅうみんの生活せいかつ(ホッブズHobbesはそう理解りかいしていました)、内戦ないせん時じのイングランドEngland、そして国家間こっかかんの関係かんけい。国際こくさい社会しゃかいには主権者しゅけんしゃがいないため、国くにと国くにはつねに自然状態しぜんじょうたいにある、と。さらにホッブズHobbesは、読者どくしゃの日常にちじょうにも目めを向むけさせます。「あなたは旅たびに出でるとき武装ぶそうし、眠ねむるとき戸とに鍵かぎをかけるではないか」。隣人りんじんを信用しんようしていないことを、行動こうどうで示しめしている、と。

3. 自然権しぜんけんと自然法しぜんほう:恐怖きょうふから理性りせいへ

自然状態しぜんじょうたいにおいて、人間にんげんは自然権しぜんけん(right of natureライト・オブ・ネイチャー)を持もちます。自みずからの生命せいめいを保存ほぞんするためにあらゆる手段しゅだんを用もちいる自由じゆう。ただし、この自由じゆうは無制限むせいげんであるがゆえに自滅じめつ的です。全員ぜんいんが全員ぜんいんに対たいして何なんでもできるならば、誰だれの安全あんぜんも保障ほしょうされません。

ここで理性りせいが登場とうじょうします。自然法しぜんほう(law of natureロー・オブ・ネイチャー)とは、理性りせいが発見はっけんする一般いっぱん規則きそくのことです。ホッブズHobbesは自然法しぜんほうを19条じょう挙あげていますが、その核心かくしんは最初さいしょの三みっつに凝縮ぎょうしゅくされます。第一だいいちの自然法しぜんほう:「平和へいわを求もとめ、それに従したがえ」。平和へいわが得えられないときに限かぎり、戦争せんそうのあらゆる手段しゅだんを用もちいてよい(第十四章しょう)。第二だいにの自然法しぜんほう:「他たの人々ひとびとも同様どうようにそうする意志いしがあるならば、万物ばんぶつに対たいするこの権利けんりを放棄ほうきし、他たの人々ひとびとに対たいしては自分じぶんが他たの人々ひとびとから許ゆるされるのと同おなじだけの自由じゆうで満足まんぞくせよ」。そして第三だいさんの自然法しぜんほう:「結むすばれた契約けいやくを履行りこうせよ」(第十五章しょう)。ホッブズHobbesはこの第三だいさんの自然法しぜんほうから正義せいぎの概念がいねんを導みちびきました。正義せいぎとは契約けいやくを守まもることであり、不正義ふせいぎとは契約けいやくを破やぶることです。契約けいやく以前には正義せいぎも不正義ふせいぎもない。

論理ろんりの筋道すじみちは簡潔かんけつです。恐怖きょうふが人間にんげんを理性りせいに向むかわせる。理性りせいが平和へいわの条件じょうけんを導みちびく。その条件じょうけんとは、各人かくじんが自然権しぜんけんの一部いちぶを放棄ほうきして相互そうごに制約せいやくし合あうこと。けれどもここに根本的こんぽんてきな困難こんなんがあります。約束やくそくだけでは守まもられない。「剣つるぎなき契約けいやくは言葉ことばにすぎず、人ひとを拘束こうそくする力ちからをまったく持もたない」(第十七章しょう)。罰則ばっそくのない職場しょくばのルールを、すべての人ひとが自発的じはつてきに守まもり続つづけるでしょうか。ホッブズHobbesは人間にんげんの善意ぜんいを信しんじませんでした。信しんじなかったからこそ、制度せいどを設計せっけいしようとしたのです。

4. 社会契約しゃかいけいやくとリヴァイアサンLeviathanの誕生たんじょう

契約けいやくを守まもらせる力ちからがなければ、契約けいやくは空文くうぶんに終おわります。だからこそ共通きょうつうの権力けんりょくが必要ひつようになります。ホッブズHobbesはここで、社会契約しゃかいけいやくという概念がいねんを組くみ上あげました。各人かくじんが相互そうごに契約けいやくを結むすび、「わたしはこの人物じんぶつ(あるいはこの合議体ごうぎたい)にわたしの統治とうちする権利けんりを授権じゅけんし譲渡じょうとする。あなたもまた同様どうようにあなたの権利けんりを彼かれに譲渡じょうとし、彼かれのすべての行為こういを承認しょうにんするという条件じょうけんにおいて」と宣言せんげんします(第十七章しょう)。

注意ちゅういを払はらうべきは、契約けいやくの構造こうぞうです。契約けいやくは臣民しんみん同士どうしのあいだで結むすばれるのであって、主権者しゅけんしゃは契約けいやくの当事者とうじしゃではありません。したがって主権者しゅけんしゃは契約けいやくを破やぶることができません(契約けいやくを結むすんでいないのですから)。臣民しんみんは主権者しゅけんしゃに不正ふせいを訴うったえることもできません(主権者しゅけんしゃの行為こういはすべて臣民しんみん自身じしんが授権じゅけんしたものですから)。この論理ろんりは緻密ちみつであると同時どうじに、恐おそろしくもあります。こうして生うまれた巨大きょだいな人工的じんこうてき人格じんかく。それがリヴァイアサンLeviathanです。『旧約聖書きゅうやくせいしょ』「ヨブJob記き」に登場とうじょうする、地上ちじょうに敵てきなき海うみの怪物かいぶつの名なです。「地上ちじょうには彼かれに並ならぶものはない。彼かれは恐おそれなきものとして造つくられた」(ヨブJob記き41章しょう33節せつ)。

主権者しゅけんしゃの権力けんりょくは絶対的ぜったいてきでなければならない、とホッブズHobbesは論ろんじます。権力けんりょくを分割ぶんかつすれば内戦ないせんに逆戻ぎゃくもどりする。国王こくおうと議会ぎかいが権力けんりょくを分わけ合あったイングランドEnglandで何なにが起おきたか。ホッブズHobbesは自国じこくの惨禍さんかを論拠ろんきょにしました。立法りっぽう・司法しほう・行政ぎょうせい・軍事ぐんじ・課税かぜい・検閲けんえつ、すべてが一ひとつの手てになければならない。ここには三権分立さんけんぶんりつの発想はっそうはまったくありません。それどころか、権力けんりょくの分割ぶんかつこそが内戦ないせんの原因げんいんだとされるのです。

5. 主権しゅけんの限界げんかい:自己じこ保存ほぞんの権利けんりは譲渡じょうとできない

ホッブズHobbesは絶対ぜったい主権しゅけんを説ときましたが、無条件むじょうけんの服従ふくじゅうを求もとめたのではありません。ひとつだけ、決けっして譲渡じょうとできない権利けんりがあります。自己じこ保存ほぞんの権利けんりです。「契約けいやくによって自みずからを防衛ぼうえいしないと約束やくそくする者ものはいない」(第十四章しょう)。主権者しゅけんしゃが「死しね」と命めいじたとき、臣民しんみんにはそれに従したがう義務ぎむがありません。自己じこ保存ほぞんのために国家こっかを作つくったのですから、国家こっかが自己じこ保存ほぞんを脅おびやかすなら服従ふくじゅうの根拠こんきょは消きえるのです。

第二十一だいにじゅういち章しょう「臣民しんみんの自由じゆうについて」は、この問題もんだいをさらに掘ほり下さげています。法ほうが沈黙ちんもくしている領域りょういきでは、臣民しんみんは自由じゆうに振ふる舞まえます。売買ばいばいの契約けいやく、住居じゅうきょの選択せんたく、食事しょくじの内容ないよう、子こどもの教育きょういく。法ほうの規制きせいが及およばないところで、人ひとは自由じゆうのままです。絶対的ぜったいてき主権しゅけんとは、主権者しゅけんしゃがすべてを命令めいれいするということではありません。命令めいれいが下くだされたとき、それに異いを唱となえる正当せいとうな手段しゅだんが存在そんざいしない、ということです。

主権者しゅけんしゃが臣民しんみんを保護ほごする能力のうりょくを失うしなったとき、臣民しんみんの服従ふくじゅうの義務ぎむも消滅しょうめつします(第二十一章しょう)。「主権者しゅけんしゃの権力けんりょくの目的もくてきは臣民しんみんの安全あんぜんである」(第三十章しょう)。保護ほごなくして服従ふくじゅうなし。ここに、ホッブズHobbesがクロムウェルCromwell体制たいせいへの服従ふくじゅうを正当化せいとうかできた論理ろんりがあります。実効的じっこうてきに保護ほごしている権力けんりょくが正当せいとうな権力けんりょくであって、血筋ちすじや正統性せいとうせいの問題もんだいではありません。征服せいふくによる国家こっかも設立せつりつによる国家こっかも、臣民しんみんに服従ふくじゅうを促うながす動機どうきは同おなじ。恐怖きょうふです(第二十章しょう)。

6. 宗教しゅうきょうと国家こっか:「暗闇くらやみの王国おうこく」への批判ひはん

『リヴァイアサンLeviathan』は四部よんぶ構成こうせいです。第三部だいさんぶ「キリスト教きりすときょうのコモンウェルスCommonwealthについて」と第四部だいよんぶ「暗闇くらやみの王国おうこくについて」が全体ぜんたいのおよそ半分はんぶんを占しめており、現代げんだいの読者どくしゃはこの部分ぶぶんを飛とばしがちですが、ホッブズHobbesにとってはここが核心かくしんでした。なぜなら17世紀せいきの内戦ないせんを引ひき起おこした最大さいだいの要因よういんは、宗教しゅうきょうだったからです。ピューリタンPuritanの牧師ぼくしたちが説教壇せっきょうだんから国王こくおうへの抵抗ていこうを煽あおり、カトリックCatholicの司祭しさいたちは教皇きょうこうへの忠誠ちゅうせいを世俗せぞくの法ほうより上うえに置おきました。ホッブズHobbesはその両方りょうほうを問題もんだいにしています。

ホッブズHobbesの主張しゅちょうはこうです。宗教的しゅうきょうてき権威けんいが世俗的せぞくてき権力けんりょくと並立へいりつすれば、臣民しんみんはどちらに従したがうべきかわからなくなります。「二人ふたりの主人しゅじんに仕つかえることはできない」。したがって聖書せいしょの解釈権かいしゃくけんは主権者しゅけんしゃに帰属きぞくします。聖書せいしょが何なにを意味いみするかを決きめるのは教会きょうかいではなく国家こっかです。ホッブズHobbesは聖書せいしょを丹念たんねんに読よみ込こみ、教皇きょうこうに世俗的せぞくてき権力けんりょくを認みとめる根拠こんきょは聖書せいしょのどこにもないと論証ろんしょうしました。教皇きょうこうの世俗的せぞくてき権力けんりょくをホッブズHobbesは「暗闇くらやみの王国おうこく」と呼よび、スコラSchola哲学てつがくの形而上学けいじじょうがくを「空虚くうきょな哲学てつがく」と断だんじました。カトリックCatholicからもプロテスタントProtestantからも憎にくまれた所以ゆえんです。

ただしここには、内心ないしんの自由じゆうという留保りゅうほが残のこされています。ホッブズHobbesは信仰しんこうを内面ないめんの問題もんだいとして認みとめました。公おおやけの礼拝れいはいの形式けいしきは主権者しゅけんしゃが定さだめますが、心こころのなかで何なにを信しんじるかまでは強制きょうせいできません。「信仰しんこうは内的ないてきなものであり、法ほうの力ちからで変かえることはできない」(第四十二章しょう)。公おおやけには主権者しゅけんしゃに従したがい、胸むねのうちでは自由じゆうに祈いのる。絶対ぜったい主権しゅけんの鋼はがねのような論理ろんりのなかに、良心りょうしんの自由じゆうという小ちいさな窓まどが残のこされていること。その窓まどがのちにどれほど大おおきく開ひらかれていくかを、ホッブズHobbes自身じしんは予見よけんしていなかったかもしれません。

7. 言語げんご哲学てつがく:言葉ことばの誤用ごようが争あらそいを生うむ

ホッブズHobbesは政治せいじ哲学者てつがくしゃとしてのみ語かたられがちですが、言語げんごについての鋭するどい分析ぶんせきも見逃みのがせません。『リヴァイアサンLeviathan』第四章しょうと第五章しょうで、ホッブズHobbesは言葉ことばの四よっつの濫用らんようを列挙れっきょしました。意味いみが不安定ふあんていな言葉ことばを使つかうこと。比喩ひゆを文字通もじどおりに受うけ取とること。意志いしを言葉ことばで偽いつわること。言葉ことばで他人たにんを傷きずつけること。ホッブズHobbesは推理すいり(reasoningリーズニング)を計算けいさん(reckoningレコニング)と同一視どういつししています。名前なまえを正確せいかくに定義ていぎし、定義ていぎに従したがって加減かげんする。そこに曖昧あいまいさが入はいり込こめば、計算けいさんは狂くるいます。

「正義せいぎ」「自由じゆう」「権利けんり」。こうした言葉ことばを、人々ひとびとはそれぞれ異ことなる意味いみで使つかい、同おなじ言葉ことばを使つかっているのに合意ごういに至いたりません。家庭かていの食卓しょくたくで「公平こうへい」という言葉ことばが出でたとき、親おやと子こが同おなじものを指さしているでしょうか。フランシスFrancis・ベーコンBaconが「市場しじょうのイドラ」として指摘してきした問題もんだいと通つうじますが、ホッブズHobbesはそれを政治的せいじてき紛争ふんそうの直接ちょくせつの原因げんいんとして位置いちづけました。言葉ことばの定義ていぎを統一とういつする権限けんげんもまた、主権者しゅけんしゃに帰属きぞくする。何なにが正義せいぎであるかを決きめるのは個人こじんの良心りょうしんではなく、主権者しゅけんしゃの法ほうです。息苦いきぐるしい帰結きけつです。けれどもホッブズHobbesは問とい返かえすでしょう。各人かくじんがそれぞれの「正義せいぎ」を掲かかげて譲ゆずらなかったとき、何なにが起おこったか、と。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 『リヴァイアサンLeviathan』(1651年ねん):ホッブズHobbesの主著しゅちょです。人間論にんげんろんから国家論こっかろん、宗教論しゅうきょうろんへと進すすむ四部よんぶ構成こうせい。英語えいごで書かかれ、のちにラテンLatin語版ごばん(1668年ねん)も出だされました。政治せいじ哲学てつがくの古典こてんとして一度いちどは手てに取とりたい一冊いっさつです。邦訳ほうやく:水田みずた洋ひろし訳やく『リヴァイアサンLeviathan』岩波文庫いわなみぶんこ(全四冊さつ)。角田つのだ安正やすまさ訳やく『リヴァイアサンLeviathan』光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ。
  • 『市民論しみんろん』(De Civeデ・キーウェ、1642年ねん):『リヴァイアサンLeviathan』の政治せいじ理論りろんの原型げんけいです。ラテンLatin語ごで書かかれ、ヨーロッパ中じゅうで読よまれました。自然状態しぜんじょうたい・自然法しぜんほう・主権しゅけんの理論りろんがすでに明確めいかくに展開てんかいされています。邦訳ほうやく:本田ほんだ裕志ひろし訳やく『市民論しみんろん』京都大学きょうとだいがく学術がくじゅつ出版会しゅっぱんかい。
  • 『法ほうの原理げんり』(The Elements of Law, Natural and Politicジ・エレメンツ・オブ・ロー、1640年ねん写本しゃほん回覧かいらん、1650年ねん刊行かんこう):最初さいしょの政治せいじ哲学てつがくの体系的たいけいてき著述ちょじゅつです。英語えいごで書かかれ、簡潔かんけつ。入門にゅうもんにはここから読よむのもよいでしょう。
  • 『物体論ぶったいろん』(De Corporeデ・コルポレ、1655年ねん):ホッブズHobbesの自然しぜん哲学てつがくです。運動うんどうと物体ぶったいを基礎きそとする機械論的きかいろんてき世界観せかいかんを展開てんかいしており、幾何学きかがくに基もとづく哲学てつがくの構想こうそうが読よみ取とれます。
  • 『ビヒモスBehemoth』(1679年ねん刊行かんこう、執筆しっぴつ1668年頃ねんごろ):イングランドEngland内戦ないせんの歴史れきしと原因げんいんを分析ぶんせきした対話たいわ形式けいしきの著作ちょさくです。ホッブズHobbesの理論りろんを歴史れきしに適用てきようした記録きろくとして、独特どくとくの味あじわいがあります。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

同時代どうじだいの反発はんぱつは激烈げきれつなものでした。ブラムホールBramhall司教しきょうは『リヴァイアサンLeviathan』を無神論むしんろんと断だんじ、自由じゆう意志いしをめぐって長期ちょうきにわたる論争ろんそうを繰くり広ひろげました。ホッブズHobbesは自由じゆう意志いしを否定ひていし、人間にんげんの行為こういは先行せんこうする原因げんいんの連鎖れんさによって決定けっていされると論ろんじました。オックスフォードOxford大学だいがくは1683年ねんに『リヴァイアサンLeviathan』と『市民論しみんろん』を焚書ふんしょに処しょしています。

ジョンJohn・ロックLockeは『統治とうち二論にろん』(1689年ねん)において、名指なざしは避さけつつもホッブズHobbesの結論けつろんを全面的ぜんめんてきに覆くつがえしました。ロックLockeの自然状態しぜんじょうたいは戦争せんそうではなく、自然法しぜんほうが支配しはいする平和へいわな状態じょうたいです。人間にんげんには生命せいめい・自由じゆう・財産ざいさんへの自然権しぜんけんがあり、政府せいふがそれを侵害しんがいすれば抵抗ていこうする権利けんりがある。ここに立憲りっけん主義しゅぎと絶対ぜったい主権しゅけんの分岐ぶんきが生うまれます。ロックLockeはホッブズHobbesに反論はんろんしているのですが、ホッブズHobbesが設定せっていした枠組わくぐみ(自然状態しぜんじょうたいから社会契約しゃかいけいやくへ)をそのまま用もちいています。問といの形かたちを引ひき継つぎながら、答こたえだけを変かえたのです。

ジャンJean=ジャックJacques・ルソーRousseauは別べつの角度かくどから異議いぎを唱となえました。ホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいは、すでに社会化しゃかいかされた人間にんげんを裸はだかにしただけではないか、と。競争きょうそう・不信ふしん・名誉欲めいよよくは自然しぜんの属性ぞくせいではなく、社会しゃかいが植うえつけたものではないのか(『人間にんげん不平等ふびょうどう起源論きげんろん』1755年ねん)。ルソーRousseauはこう書かいています。「ホッブズHobbesは野蛮人やばんじんの姿すがたを描えがいたつもりで、市民しみんの姿すがたを描えがいていた」と。この指摘してきには鋭するどさがあります。ホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいが歴史れきしではなく思考しこう実験じっけんだとしても、そこで想定そうていされる人間像にんげんぞうは普遍的ふへんてきなのか、それとも17世紀せいきイングランドEnglandの反映はんえいなのか。この問といは今いまも開ひらかれたままです。

20世紀せいきに入はいって、カールCarl・シュミットSchmittはホッブズHobbesを再評価さいひょうかしました(『リヴァイアサンLeviathan:近代国家きんだいこっかの生成せいせいと没落ぼつらく』1938年ねん)。シュミットSchmittは、ホッブズHobbesが内心ないしんの自由じゆうを残のこしたことがリヴァイアサンLeviathanに致命的ちめいてきな亀裂きれつを入いれたと論ろんじています。私的してきな信仰しんこうを認みとめた瞬間しゅんかんに、公おおやけと私わたくしの区別くべつが生うまれ、やがて国家こっかを空洞化くうどうかさせる、と。シュミットSchmitt自身じしんがナチNazi体制たいせいに協力きょうりょくした人物じんぶつですので、この読解どっかいはそれ自体じたいが政治的せいじてきな緊張きんちょうを孕はらんでいます。

影響えいきょうと遺産いさん

ホッブズHobbesは政治せいじ哲学てつがくの問とい方かたそのものを変かえました。ホッブズHobbes以後、政治せいじ哲学てつがくは「権力けんりょくはなぜ正当せいとうか」という問といを避さけて通とおれなくなりました。ロックLocke、ルソーRousseau、カントKantと続つづく社会契約論しゃかいけいやくろんの系譜けいふはすべて、ホッブズHobbesの問題設定もんだいせっていを引ひき継ついでいます。ジョンJohn・ロールズRawlsの『正義論せいぎろん』(1971年ねん)における「原初状態げんしょじょうたい」(original positionオリジナル・ポジション)は、ホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいを変奏へんそうしたものと読よむことができます。

国際こくさい関係論かんけいろんでは、ホッブズHobbesは「リアリズムrealism」の始祖しそとして参照さんしょうされます。国家間こっかかんには主権者しゅけんしゃがいない。したがって国際こくさい社会しゃかいは自然状態しぜんじょうたいにある。国家こっかは自国じこくの安全あんぜんを最優先さいゆうせんし、信頼しんらいできるのは力ちからの均衡きんこうのみ。ハンスHans・モーゲンソーMorgenthauやケネスKenneth・ウォルツWaltzの国際こくさい政治せいじ理論りろんの底そこには、ホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいが横よこたわっています。

法哲学ほうてつがくの分野ぶんやでは、ホッブズHobbesは法実証主義ほうじっしょうしゅぎ(legal positivismリーガル・ポジティヴィズム)の先駆せんくと見みなされています。法ほうとは主権者しゅけんしゃの命令めいれいであり、自然しぜんの理法りほうでも神かみの意志いしでもありません。ジョンJohn・オースティンAustinの命令めいれい説せつ(19世紀せいき)、H.L.A.ハートHartの『法ほうの概念がいねん』(1961年ねん)は、ホッブズHobbesに端たんを発はっする問といの延長線上えんちょうせんじょうにあります。

哲学てつがくの外そとにも影響えいきょうは及およんでいます。ゲームgame理論りろんにおける「囚人しゅうじんのジレンマ」は、ホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいと同型どうけいの構造こうぞうを持もっています。各人かくじんが合理的ごうりてきに行動こうどうした結果けっか、全員ぜんいんにとって最悪さいあくの結果けっかが生うまれる。協力きょうりょくを強制きょうせいする第三者だいさんしゃ(ホッブズHobbesでいう主権者しゅけんしゃ)がいなければ、合理的ごうりてきな個人こじんは協力きょうりょくしません。マンションの管理かんり組合くみあいで共用きょうよう部分ぶぶんの清掃せいそうを誰だれもやりたがらないという身近みぢかな場面ばめんにも、この構造こうぞうは顔かおを出だします。

現代げんだいへの接続せつぞく

災害さいがいの直後ちょくご、電気でんきが止とまり水みずが出でず、警察けいさつが機能きのうしなくなったとき、何なにが起おこるでしょうか。多おおくの場合ばあい、人々ひとびとは助たすけ合あいます。けれども略奪りゃくだつも起おこります。秩序ちつじょは薄氷はくひょうの上うえにある。ホッブズHobbesの問といが鮮あざやかに蘇よみがえる瞬間しゅんかんは、秩序ちつじょが揺ゆらいだときです。停電ていでんした夜よるの街まち、行政ぎょうせいが崩壊ほうかいした被災ひさい地ち、法ほうの支配しはいが届とどかない領域りょういき。ホッブズHobbesは、秩序ちつじょがいかに壊こわれやすいか、その維持いじにいかに大おおきな代価だいかが払はらわれているかを、400年前ねんまえに突つきつけました。夜道よみちを一人ひとりで歩あるけること。落おとした財布さいふが交番こうばんに届とどいていること。それらは自然しぜんの恵めぐみではなく、誰だれかが維持いじしている秩序ちつじょの賜物たまものです。

国際こくさい社会しゃかいは、いまなおホッブズHobbesの自然状態しぜんじょうたいに近ちかい場所ばしょです。国連こくれんには主権者しゅけんしゃの力ちからがありません。安全あんぜん保障ほしょう理事会りじかいの決議けつぎは拒否権きょひけんで骨抜ほねぬきにされ、条約じょうやくは強制力きょうせいりょくを欠かいています。ある国くにが隣国りんこくに侵攻しんこうしたとき、抑止よくしできるのは道義どうぎではなく力ちからの均衡きんこうです。「剣つるぎなき契約けいやくは言葉ことばにすぎない」。この一文いちぶんは、国際法こくさいほうの脆弱ぜいじゃくさを静しずかに見据みすえています。

自由じゆうと安全あんぜんの交換こうかんという問題もんだいもまた、消きえてはおりません。治安ちあんのためにどこまで監視かんしを許容きょようするか。感染症かんせんしょうの拡大かくだいを防ふせぐためにどこまで移動いどうの自由じゆうを制限せいげんできるか。学校がっこうの校則こうそくはどこまで許ゆるされるか。ホッブズHobbesならばこう答こたえるでしょう。安全あんぜんがなければ自由じゆうもない、と。けれども私たちは問とい返かえさなければなりません。安全あんぜんのために差さし出だした自由じゆうは、本当ほんとうに返かえってくるのか、と。

読者どくしゃへの問とい

  • もし警察けいさつが一週間いっしゅうかん機能きのうを停止ていししたら、あなたの住すむ町まちはどうなるか。ホッブズHobbesの描えがいた自然状態しぜんじょうたいは、空想くうそうか、それとも秩序ちつじょが消きえたときに現あらわれる現実げんじつの一端いったんか。
  • 安全あんぜんのためにあなたが差さし出だしてもよい自由じゆうは何なにか。そこに線せんを引ひくとしたら、その根拠こんきょは何なにか。
  • 国際こくさい社会しゃかいに「リヴァイアサンLeviathan」は必要ひつようか。もし世界せかい政府せいふのようなものが実現じつげんしたとして、それは平和へいわをもたらすか、それとも別べつの暴力ぼうりょくを生うむか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

「人間にんげんの生せいは孤独こどくで、貧まずしく、汚きたなく、残忍ざんにんで、短みじかい」 出典しゅってん:トマスThomas・ホッブズHobbes『リヴァイアサンLeviathan』第十三章しょう/原文げんぶん:"…and the life of man, solitary, poor, nasty, brutish, and short."

自然状態しぜんじょうたいにおける人間にんげんの生せいを要約ようやくした一文いちぶんです。五いつつの形容詞けいようしが矢継やつぎ早ばやに畳たたみかけられ、文体ぶんたいそのものが暴力ぼうりょくのリズムを帯おびています。

「剣つるぎなき契約けいやくは言葉ことばにすぎず、人ひとを拘束こうそくする力ちからをまったく持もたない」 出典しゅってん:トマスThomas・ホッブズHobbes『リヴァイアサンLeviathan』第十七章しょう/原文げんぶん:"Covenants, without the sword, are but words and of no strength to secure a man at all."

約束やくそくはそれを強制きょうせいする力ちからがあって初はじめて意味いみを持もちます。国際こくさい条約じょうやくから職場しょくばのルールまで、この洞察どうさつが当あてはまる場面ばめんは尽つきません。

「万人ばんにんの万人ばんにんに対たいする戦争せんそう」 出典しゅってん:トマスThomas・ホッブズHobbes『リヴァイアサンLeviathan』第十三章しょう/原文げんぶん:"…a war as is of every man against every man."(ラテンLatin語ご形けい:bellum omnium contra omnes)

自然状態しぜんじょうたいの別名べつめいです。「戦争せんそう」とは実際じっさいの戦闘せんとうのことではなく、戦闘せんとうへの傾向けいこうが持続じぞくしている状態じょうたいを指さします、とホッブズHobbesは注記ちゅうきしています。雨あめが降ふっている時間じかんだけが悪天候あくてんこうではないのと同おなじように。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん・英語えいご):Thomas Hobbes, Leviathan, ed. Noel Malcolm, 3 vols., Clarendon Press, 2012.(オックスフォードOxford版ばん標準ひょうじゅんテキストtext)
  • (原典げんてん・邦訳ほうやく):トマスThomas・ホッブズHobbes『リヴァイアサンLeviathan』水田みずた洋ひろし訳やく、岩波文庫いわなみぶんこ(全四冊さつ)。
  • (原典げんてん・邦訳ほうやく):トマスThomas・ホッブズHobbes『リヴァイアサンLeviathan』角田つのだ安正やすまさ訳やく、光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ。
  • (研究書けんきゅうしょ):Quentin Skinner, Hobbes and Republican Liberty, Cambridge University Press, 2008.
  • (研究書けんきゅうしょ):Noel Malcolm, Aspects of Hobbes, Clarendon Press, 2002.
  • (研究書けんきゅうしょ・邦語ほうご):田中たなか浩ひろし『ホッブズ──リヴァイアサンLeviathanの哲学てつがく』岩波新書いわなみしんしょ。
  • (研究書けんきゅうしょ・邦語ほうご):加藤かとう節たかし『ホッブズの政治せいじ哲学てつがく──自然しぜん・人為じんい・自由じゆう』東京大学とうきょうだいがく出版会しゅっぱんかい。
  • (概説がいせつ):A. P. Martinich, Hobbes: A Biography, Cambridge University Press, 1999.
  • (補助ほじょウェブweb資料しりょう):"Thomas Hobbes", Stanford Encyclopedia of Philosophy.