1621年ねん5月がつ3日にち、ウェストミンスターWestminster。イングランドEngland大法官だいほうかんフランシスFrancis・ベーコンBaconは貴族院きぞくいんから23件けんの収賄しゅうわいの罪つみで有罪ゆうざいを宣告せんこくされた。罰金ばっきん4万まんポンド、ロンドンLondon塔とうへの収監しゅうかん、公職こうしょく追放ついほう。イングランドEnglandで最もっとも権勢けんせいを誇ほこった法律家ほうりつかの、あっけない転落てんらくだった。60歳さい。政治的せいじてき生命せいめいは終おわった。だがこの人物じんぶつにはもうひとつの仕事しごとがあった。人類じんるいの学問がくもんを丸まるごと設計せっけいし直なおすこと。失脚後しっきゃくごの5年間ねんかん、ベーコンBaconはそちらに没頭ぼっとうした。

ベーコンBaconが見みたのは、学問がくもんの停滞ていたいだった。アリストテレスAristotelēs以来二千年にせんねん、自然しぜんについての知識ちしきはほとんど進歩しんぽしていない。なぜか。人間にんげんが賢かしこくないからではない。方法ほうほうに欠陥けっかんがあるからだ。三段論法さんだんろんぽうで知識ちしきを整理せいりすることはできる。だが整理せいりは発見はっけんではない。新あたらしい知ちを生うむには、別べつの道具どうぐがいる。ベーコンBaconはその道具どうぐを設計せっけいしようとした。

しかもベーコンBaconは、道具どうぐを作つくる前まえにまず病やまいを診断しんだんした。人間にんげんの知性ちせいはなぜ歪ゆがむのか。四よっつの偶像ぐうぞう──イドラidola。種族しゅぞくに由来ゆらいするもの、個人こじんに由来ゆらいするもの、言語げんごに由来ゆらいするもの、学説がくせつに由来ゆらいするもの。カーネマンとトヴェルスキーが認知にんちバイアスの体系的たいけいてき研究けんきゅうに着手ちゃくしゅするのは1970年代ねんだいのことだ。この法律家ほうりつかは、それより400年ねん早はやく、人間にんげんの認知にんちの構造的こうぞうてきな欠陥けっかんを一覧表いちらんひょうにしていた。

「知ちは力ちからなり」(ipsa scientia potestas estイプサ・スキエンティア・ポテスタース・エスト)。この一句いっくだけが独ひとり歩あるきしてきた人物じんぶつの、設計図せっけいずの全貌ぜんぼうを見みてみよう。それはどこまで有効ゆうこうで、どこに限界げんかいがあるのか。

この記事きじの要点ようてん

  • 四よっつのイドラidola:人間にんげんの知性ちせいを構造的こうぞうてきに歪ゆがめる四よっつの「偶像ぐうぞう」──種族しゅぞくのイドラ(人間にんげんという種しゅに共通きょうつうする歪ゆがみ)、洞窟どうくつのイドラ(個人こじんの性格せいかく・教育きょういく・環境かんきょうによる偏かたより)、市場しじょうのイドラ(言葉ことばが思考しこうを縛しばる)、劇場げきじょうのイドラ(既存きそんの学説がくせつが事実じじつを覆おおい隠かくす)。『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻で展開てんかいされた認知にんち障害しょうがいの体系的たいけいてき診断しんだんだ。
  • 帰納法きのうほうと『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』:アリストテレスAristotelēsの演繹的えんえきてきな『オルガノンOrganon』(論理学ろんりがく著作集ちょさくしゅう)に代かわる「新あたらしい道具どうぐ」。観察かんさつと実験じっけんのデータを存在表そんざいひょう・不在表ふざいひょう・程度表ていどひょうに整理せいりし、排除はいじょと比較ひかくによって原因げんいんを絞しぼり込こむ。近代きんだい科学かがくの方法論ほうほうろんの原型げんけい。
  • 学問がくもんの大革新だいかくしん(Instauratio Magnaインスタウラーティオー・マグナ):知ちの全体ぜんたいを六部ろくぶ構成こうせいで再編さいへんする壮大そうだいな計画けいかく。未完みかんに終おわったが、科学かがくを個人こじんの天才てんさいではなく制度せいどと方法ほうほうの問題もんだいとして構想こうそうした点てんで、ロイヤルRoyal・ソサエティSocietyから現代げんだいの研究機関けんきゅうきかんまで、科学かがくの制度設計せいどせっけいに長ながい影かげを落おとしている。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

1561年ねん1月がつ22日にち、ロンドンLondonのストランドStrandにあるヨークYork・ハウスHouseに生うまれた。父ちちはエリザベスElizabeth女王じょおうの国璽尚書こくじしょうしょ(Lord Keeper of the Great Sealロード・キーパー)サーSir・ニコラスNicholas・ベーコンBacon。母ははアンAnnはギリシャGreece語ごとラテンLatin語ごに通つうじた教養人きょうようじんで、カルヴァンCalvinの著作ちょさくを英訳えいやくした。権力けんりょくと学識がくしきが食卓しょくたくの空気くうきだった。

12歳さいでケンブリッジCambridge大学だいがくトリニティTrinity・カレッジCollegeに入学にゅうがく。ここでアリストテレスAristotelēs哲学てつがくの教育きょういくを受うけたが、のちにベーコンBaconは「ケンブリッジCambridgeで教おしえられていた哲学てつがくは実みを結むすばない論争ろんそうばかりだった」と回顧かいこしている。2年ねん余あまりで学位がくいを取とらずに去さり、駐仏ちゅうふつ大使たいしの随員ずいいんとしてフランスFranceに渡わたった。外交がいこうの現場げんばで権力けんりょくの機微きびを学まなんだが、1579年ねん、父ちちの急死きゅうしで帰国きこく。次男じなんだったため相続そうぞくはわずか。法曹ほうそう資格しかくを取とるためにグレイズGray's・インInnに入はいり、法律家ほうりつかとしてのキャリアが始はじまった。

1584年ねんから国会議員こっかいぎいん。政治的せいじてき庇護者ひごしゃとしてエセックスEssex伯はくロバートRobert・デヴァルーDevereuxに近ちかづいたが、エセックスEssex伯はくが1601年ねんに女王じょおうに対たいする反乱はんらんを起おこすと、ベーコンBaconは検察けんさつ側がわに回まわり、かつての庇護者ひごしゃの訴追そついに加担かたんした。恩おんを仇あだで返かえす裏切うらぎり者ものか、法ほうへの忠誠ちゅうせいを私情しじょうに優先ゆうせんさせた法律家ほうりつかか。評価ひょうかは今いまも割われている。

1603年ねん、ジェイムズJames一世いっせいの即位そくいで風向かざむきが変かわった。ベーコンBaconは急速きゅうそくに出世しゅっせし、1607年ねんに法務次官ほうむじかん(Solicitor Generalソリスター・ジェネラル)、1613年ねんに法務長官ほうむちょうかん(Attorney Generalアトーニー・ジェネラル)、1617年ねんに国璽尚書こくじしょうしょ、1618年ねんに大法官だいほうかん(Lord Chancellorロード・チャンセラー)。イングランドEnglandの司法しほうの最高位さいこういである。だが頂点ちょうてんは3年ねんしか持もたなかった。

1621年ねん、弾劾だんがい。訴訟そしょうの当事者とうじしゃから贈り物おくりものを受うけ取とっていたことが発覚はっかくした。ベーコンBaconは事実じじつを認みとめ、「わたしは生いきたなかで最もっとも公正こうせいな裁判官さいばんかんだったが、過去かこ五十年ねんで最もっとも公正こうせいな判決はんけつは、わたし自身じしんに下くだされた判決はんけつだった」と書かいた。実際じっさいには贈り物おくりものが判決はんけつを左右さゆうした証拠しょうこは薄うすく、背景はいけいには国王こくおうと議会ぎかいの政治的せいじてき対立たいりつがある。だが汚名おめいは消きえなかった。残のこりの5年ねんを著述ちょじゅつに費ついやし、1626年ねん4月がつ9日にちに没ぼつした。享年きょうねん65。ジョンJohn・オーブリーAubreyの『名士めいし小伝しょうでん』(Brief Livesブリーフ・ライヴズ)によれば、雪ゆきを使つかった冷凍れいとう保存ほぞんの実験中じっけんちゅうに体調たいちょうを崩くずしたという。話はなしの真偽しんぎはともかく、最後さいごまで手てを動うごかしていたという伝承でんしょうが残のこること自体じたいが、この人物じんぶつの生涯しょうがいを象徴しょうちょうしている。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1561年ねん:ロンドンLondon・ヨークYork・ハウスHouseに生うまれる
  • 1573年ねん:12歳さいでケンブリッジCambridge大学だいがくトリニティTrinity・カレッジCollegeに入学にゅうがく
  • 1576〜79年ねん:駐仏ちゅうふつ大使たいし随員ずいいんとしてフランスFranceに滞在たいざい
  • 1584年ねん:国会議員こっかいぎいんに初当選はつとうせん
  • 1597年ねん:『エッセーズEssays』初版しょはん(10篇ぺん)刊行かんこう。『聖せいなる瞑想めいそう』で「知ちは力ちからなり」
  • 1605年ねん:『学問がくもんの進歩しんぽ』(The Advancement of Learningジ・アドヴァンスメント・オブ・ラーニング)刊行かんこう
  • 1618年ねん:大法官だいほうかんに就任しゅうにん。ヴェルラムVerulam男爵だんしゃく
  • 1620年ねん:『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』刊行かんこう。『学問がくもんの大革新だいかくしん』の第二部だいにぶ
  • 1621年ねん:収賄しゅうわいで弾劾だんがい・失脚しっきゃく
  • 1623年ねん:『学問がくもんの尊厳そんげんと進歩しんぽについて』(De Dignitate et Augmentis Scientiarumデ・ディグニターテ・エト・アウグメンティース・スキエンティアールム)刊行かんこう
  • 1626年ねん4月がつ9日にち:ロンドンLondon近郊きんこうハイゲイトHighgateにて没ぼつ
  • 1627年ねん:『ニュー・アトランティスNew Atlantis』遺稿いこうとして刊行かんこう

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

出発点しゅっぱつてんは、学問がくもんの停滞ていたいに対たいする深ふかい憤いきどおりであった。アリストテレスAristotelēsが死しんでから1900年ねん、自然しぜんについての確実かくじつな知識ちしきはどれだけ増ふえたか。ほとんど増ふえていない。航海術こうかいじゅつと火薬かやくと印刷術いんさつじゅつ──この三みっつは古代こだいにはなく、誰だれが発明はつめいしたかもわからないまま世界せかいを変かえた。だが偶然ぐうぜんの産物さんぶつであって、方法ほうほうの勝利しょうりではない(『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻 箴言しんげん百二十九)。三段論法さんだんろんぽうは教室きょうしつの論争ろんそうに勝かつための道具どうぐであって、自然しぜんの法則ほうそくを見出みいだす道具どうぐではない。「三段論法さんだんろんぽうは自然しぜんの微妙びみょうさに対たいしては到底とうてい及およばない」(同どう 箴言しんげん十三)。大前提だいぜんていが正ただしければ結論けつろんも正ただしい──だが肝心かんじんのその大前提だいぜんていはどこから来くるのか。権威けんいか、慣習かんしゅうか、直感ちょっかんか。いずれも怪あやしい。

既存きそんの哲学てつがくは三種さんしゅに分類ぶんるいして批判ひはんされた(箴言しんげん六十二)。詭弁的きべんてき哲学てつがく──経験けいけんに乏とぼしいまま概念がいねんを空転くうてんさせる。代表だいひょうはアリストテレスAristotelēsだ。経験的けいけんてき哲学てつがく──少数しょうすうの実験じっけんから性急せいきゅうに体系たいけいを組くむ。錬金術師れんきんじゅつしがその典型てんけいだ。迷信的めいしんてき哲学てつがく──神学しんがくを自然しぜん研究けんきゅうに持もち込こむ。ピタゴラスPythagoras学派がくはやプラトンPlatōnの一部いちぶがこれにあたる。どれも、自然しぜんを自然しぜんのほうから聴きく姿勢しせいを持もたない。

ではなぜ方法ほうほうは改あらためられないままなのか。問題もんだいは方法ほうほうだけにあるのではない──ベーコンBaconはそう見みた。人間にんげんの知性ちせいそのものに亀裂きれつが入はいっている。歪ゆがんだ鏡かがみに映うつった像ぞうを、人ひとはそのまま信しんじる。まず鏡かがみの歪ゆがみを知しらなければ、何なにを観察かんさつしても歪ゆがんだ結果けっかしか得えられない。治療ちりょうの前まえに診断しんだん──300年前ねんまえのロジャーRoger・ベーコンBaconが『大著作だいちょさく』(Opus Majusオプス・マーユス)で「四よっつの障害しょうがい」として試こころみたことを、フランシスFrancisは格段かくだんに精緻せいちな形かたちで仕立したて直なおした。

核心かくしん理論りろん

1. 四よっつのイドラidola:人間にんげんはなぜ間違まちがえるのか

『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻 箴言しんげん三十九〜六十八。人間にんげんの知性ちせいを歪ゆがめる原因げんいんを、ベーコンBaconは四よっつに分類ぶんるいし、「イドラidola」と名なづけた。偶像ぐうぞう──知性ちせいがそれと知しらずに拝おがんでしまう、偽にせの像ぞうだ。

種族しゅぞくのイドラ(idola tribusイドラ・トリーブース)。人間にんげんという種しゅに共通きょうつうする歪ゆがみ。感覚かんかくは不完全ふかんぜんだ。目めは遠とおくのものを小ちいさく見みる。知性ちせいは秩序ちつじょを見出みいだしたがり、自分じぶんに都合つごうのいい証拠しょうこを過大かだいに評価ひょうかし、不都合ふつごうな証拠しょうこを無視むしする(箴言しんげん四十六)。ベーコンBaconは例れいを挙あげた。嵐あらしの海うみから生還せいかんした人々ひとびとが神殿しんでんに奉納物ほうのうぶつを捧ささげている絵えを見みせられた者ものが、「神かみに祈いのれば助たすかる」と信しんじる。だが溺おぼれた者ものは奉納物ほうのうぶつを捧ささげない。生存者せいぞんしゃのデータだけが目めに入はいり、死者ししゃのデータは消きえる。確証かくしょうバイアスと生存者せいぞんしゃバイアス──現代げんだい心理学しんりがくがようやく名前なまえをつけた現象げんしょうが、この一節いっせつにすでにある。

洞窟どうくつのイドラ(idola specusイドラ・スペクース)。個人こじんの体質たいしつ、教育きょういく、経験けいけん、読書どくしょ遍歴へんれきによる偏かたより。名前なまえはプラトンPlatōnの洞窟どうくつの比喩ひゆから取とっている。ひとりひとりが自分じぶんだけの洞窟どうくつを掘ほり、入はいってくる光ひかりを屈折くっせつさせている。ベーコンBaconが挙あげた例れいのひとつはアリストテレスAristotelēsだ。彼かれは自然しぜん哲学てつがくを論理学ろんりがくに従属じゅうぞくさせ、自分じぶんの得意とくいな道具どうぐで世界せかいを切きった(箴言しんげん五十四)。医師いしのウィリアムWilliam・ギルバートGilbertは磁石じしゃくの研究けんきゅうから出発しゅっぱつして宇宙全体うちゅうぜんたいを磁力じりょくで説明せつめいしようとした(箴言しんげん五十四)。自分じぶんの得意とくいな枠わくが、世界せかいそのものの枠わくに見みえてしまう。

市場しじょうのイドラ(idola foriイドラ・フォリー)。言葉ことばが思考しこうを汚染おせんする。人ひとが市場しじょうで交かわすやりとりのなかで生うまれる誤解ごかい。ベーコンBaconはこれを最もっとも厄介やっかいなイドラと呼よんだ(箴言しんげん五十九)。問題もんだいは二重にじゅうだ。第だい一に、存在そんざいしないものに名前なまえが与あたえられ、言葉ことばがあるだけで実体じったいがあると思おもい込こむ。「運命うんめい」「第一動者だいいちどうしゃ」「元素げんそとしての火ひ」──ベーコンBaconはこれらを空虚くうきょな名前なまえと断だんじた。第だい二に、実在じつざいするものを不正確ふせいかくに切きり分わける言葉ことば。「湿しめる」という一語いちごが、水みずの流動性りゅうどうせいと粘着性ねんちゃくせいというまったく異ことなる現象げんしょうをくくってしまう(箴言しんげん六十)。曖昧あいまいな語ごが思考しこうの代用品だいようひんになる。

劇場げきじょうのイドラ(idola theatriイドラ・テアトリー)。哲学てつがくの体系たいけいが舞台ぶたいの脚本きゃくほんのように現実げんじつを演出えんしゅつしてしまう。アリストテレスAristotelēs主義しゅぎ、プラトンPlatōn主義しゅぎ、スコラSchola学がく──完結かんけつした体系たいけいは自己じこ完結かんけつしているがゆえに、体系たいけいに合あわないデータを排除はいじょする。批判ひはんの対象たいしょうは特定とくていの学説がくせつではない。学説がくせつが固かたまったときに起おこる知的ちてき閉塞へいそくそのものだ。トマス・クーンKuhnが『科学かがく革命かくめいの構造こうぞう』(1962年ねん)で論ろんじた「パラダイムの呪縛じゅばく」の、先駆せんくにあたる洞察どうさつだ。

2. 帰納法きのうほうと三表法さんぴょうほう:自然しぜんから法則ほうそくを引ひき出だす手続てつづき

『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』──「新あたらしい道具どうぐ」。書名しょめい自体じたいが、旧来きゅうらいの方法論ほうほうろんへの挑戦ちょうせんを意味いみしている。アリストテレスAristotelēsの論理学ろんりがく著作集ちょさくしゅう『オルガノンOrganon』(道具どうぐ)に代かわる、発見はっけんのための道具どうぐ。具体的ぐたいてきな手続てつづきが展開てんかいされるのは主おもに第二巻だいにかんだ。

ベーコンBaconの帰納法きのうほうは単純たんじゅんな枚挙まいきょではない。調しらべたい性質せいしつ──たとえば熱ねつ──について、三みっつの表ひょうを作つくる。存在表そんざいひょう(tabula essentiae et praesentiaeタブラ・エッセンティアエ・エト・プラエセンティアエ):熱ねつが現あらわれる事例じれいを集あつめる。太陽光たいようこう、摩擦まさつ、火山かざん、馬糞ばふんの発酵はっこう。ベーコンBaconは27例れいを列挙れっきょした。不在表ふざいひょう(tabula declinationis sive absentiae in proximoタブラ・デークリナーティオーニス):似にた条件じょうけんなのに熱ねつが現あらわれない事例じれい。月光げっこうは太陽光たいようこうに似にているが熱あつくない。程度表ていどひょう(tabula graduumタブラ・グラドゥウム):熱ねつの増減ぞうげんを追跡ついせきする。動物どうぶつは運動うんどうすると熱あつくなり、静止せいしすると冷さめる。三表さんぴょうを突つき合あわせ、該当がいとうしない候補こうほを排除はいじょしていく。光ひかりは熱ねつの原因げんいんではない(月光げっこうに熱ねつはない)。質料しつりょうの種類しゅるいも原因げんいんではない(あらゆる物体ぶったいが摩擦まさつで熱ねつを持もつ)。こうして排除はいじょの末すえに、熱ねつの本質ほんしつは膨張ぼうちょうしようとする微粒子びりゅうしの運動うんどうである、という「最初さいしょの収穫しゅうかく」(vindemiatio primaウィンデミアティオー・プリーマ)に到達とうたつする(第二巻 箴言しんげん二十)。

三表法さんぴょうほうに加くわえて、ベーコンBaconは「特権的とっけんてき事例じれい」(instantiae praerogativaeインスタンティアエ・プラエロガティーウァエ)を27種しゅ列挙れっきょした(『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第二巻)。観察かんさつのなかでも特とくに情報量じょうほうりょうが多おおい事例じれいを選えらび出だす技術ぎじゅつだ。なかでも「十字路じゅうじろの事例じれい」(instantia crucisインスタンティア・クルーキス)は後世こうせい最大さいだいの遺産いさんになった。二ふたつの対立たいりつする仮説かせつのどちらが正ただしいかを一挙いっきょに決定けっていする実験じっけん。後のちにロバートRobert・フックHookeやアイザック・ニュートンNewtonが用もちいた「決定実験けっていじっけん」(experimentum crucisエクスペリメントゥム・クルーキス)の語ごは、ここに由来ゆらいする。

この手続てつづきが近代きんだい科学かがくの実験じっけん方法ほうほうの直接ちょくせつの祖そかどうかは議論ぎろんがある。J.S.ミルMillの「差異法さいほう」「一致法いっちほう」「共変法きょうへんほう」がここから発展はってんしたことは明白めいはくだが、ベーコンBacon自身じしんは数学すうがくを軽視けいししていた。自然しぜんの法則ほうそくを数式すうしきで記述きじゅつするという発想はっそうは、同時代どうじだいのガリレオGalileoにはあったが、ベーコンBaconにはなかった。

3. 学問がくもんの大革新だいかくしん(Instauratio Magnaインスタウラーティオー・マグナ):知ちの全面的ぜんめんてき再建さいけん

1620年ねんに刊行かんこうされた計画けいかくの全体図ぜんたいず。その扉絵とびらえが象徴的しょうちょうてきだ。ヘラクレスHēraklēsの柱はしら──古代こだい世界せかいの果はてとされたジブラルタルGibraltar海峡かいきょう──を突つき抜ぬけて帆船はんせんが大洋たいように漕こぎ出だす図ず。その下したに銘文めいぶん。「多おおくの者ものが行ゆき交かい、知ちは増ます」(Multi pertransibunt et augebitur scientiaムルティー・ペルトランシーブント・エト・アウゲービトゥル・スキエンティア、旧約きゅうやく聖書せいしょ『ダニエルDaniel書しょ』12章しょう4節せつから)。古代こだいの限界げんかいを超こえよ、という宣言せんげんだ。

六部ろくぶ構成こうせい。第一部だいいちぶは学問がくもんの区分くぶん(『学問がくもんの進歩しんぽ』で大部分だいぶぶん遂行すいこう済ずみ)。第二部だいにぶが『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』。第三部だいさんぶは自然しぜんと実験じっけんの歴史れきしの集成しゅうせい。第四部だいよんぶは帰納法きのうほうの具体的ぐたいてき適用例てきようれい。第五部だいごぶは暫定的ざんていてき結論けつろん。第六部だいろくぶは完成かんせいされた新あたらしい哲学てつがく。第三部だいさんぶ以降はほとんど書かかれなかった。構想こうそうの大おおきさに一人ひとりの生涯しょうがいが追おいつかなかった。

未完みかんは挫折ざせつだろうか。ベーコンBacon自身じしんはそう考かんがえていなかった。この計画けいかくは最初さいしょから、一人ひとりの生涯しょうがいで完成かんせいするものではなく、世代せだいを超こえた共同きょうどう事業じぎょうとして構想こうそうされていた。肝要かんようなのは、科学かがくを個人こじんの天才てんさいに依存いぞんさせないことである。方法ほうほうと制度せいどと資金しきんさえあれば、凡人ぼんじんの集団しゅうだんでも知ちは前進ぜんしんする。『学問がくもんの大革新だいかくしん』の序文じょぶん(Distributio Operisディストリブーティオー・オペリス)にこう書かかれている。「わたしの方法ほうほうは知性ちせいをほぼ均ひとしくする。定規じょうぎやコンパスがあれば、手ての巧たくみさに関係かんけいなく直線ちょくせんや円えんを描えがけるように」。

4. 「知ちは力ちからなり」──知ちと実践じっせんの一致いっち

「知ちそのものが力ちからである」(ipsa scientia potestas estイプサ・スキエンティア・ポテスタース・エスト)。『聖せいなる瞑想めいそう』(Meditationes Sacraeメディタティオーネース・サクラエ、1597年ねん)の「異端いたんについて」の一節いっせつだ。原文げんぶんの文脈ぶんみゃくでは神かみの知ちについて語かたっているが、ベーコンBacon自身じしんが『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』で同おなじ構造こうぞうを人間にんげんの知ちに適用てきようしたことで、この句くは世俗的せぞくてきな標語ひょうごとして独ひとり歩あるきを始はじめた。後世こうせいには「知識ちしきは力ちからなり」(scientia est potentiaスキエンティア・エスト・ポテンティア)の形かたちでも広ひろまった。

単たんなるスローガンではない。『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』の冒頭ぼうとうでベーコンBaconはこう書かいている。「人間にんげんの知ちと力ちからは一ひとつに帰きする。なぜなら原因げんいんを知しらなければ結果けっかを生うみ出だせないからだ。自然しぜんは服従ふくじゅうすることによってでなければ征服せいふくされない」(第一巻 箴言しんげん三)。知ちと力ちからは別物べつものではなく、同おなじ行為こういの二ふたつの面めんだ。ここがアリストテレスAristotelēsとの決定的けっていてきな分岐点ぶんきてんになる。アリストテレスAristotelēsにとって最高さいこうの知ちは純粋じゅんすいな観照かんしょう(theōriaテオーリア)だった。何なにも作つくらない、何なにも変かえない。ただ見みる。ベーコンBaconにとって知ちは操作そうさだ。自然しぜんの原因げんいんを突つき止とめ、結果けっかを再現さいげんする。知しることと作つくることが、ひとつになる。

知ちを実用じつように結むすびつけたことで、科学かがくは国家こっかと産業さんぎょうの道具どうぐになった。ベーコンBaconはそれを望のぞんだ。彼かれにとって人類じんるいの幸福こうふくと知ちの拡張かくちょうは同義どうぎだった。だが「知ちは力ちから」は、知ちを支配しはいの道具どうぐにもする。20世紀せいき、アドルノAdornoとホルクハイマーHorkheimerは『啓蒙けいもうの弁証法べんしょうほう』(1947年ねん)で、ベーコンBaconを名指なざしにした。啓蒙けいもうは自然しぜんの支配しはいを経由けいゆして人間にんげんの支配しはいに転化てんかする、と。ここには誇張こちょうがある。だが力ちからへの意志いしと知ちへの意志いしを直結ちょっけつさせた功罪こうざいは、ベーコンBaconの名なから離はなれない。

5. 『ニュー・アトランティスNew Atlantis』とソロモンSolomonの家いえ:科学かがくの制度せいどを構想こうそうする

1627年ねんに遺稿いこうとして刊行かんこうされた未完みかんのユートピア小説しょうせつ。太平洋たいへいよう上の架空かくうの島国しまぐにベンサレムBensalemには、「ソロモンSolomonの家いえ」(Solomon's Houseソロモンズ・ハウス)と呼よばれる国立こくりつ研究機関けんきゅうきかんがある。地下ちかの洞窟どうくつでの鉱物こうぶつ実験じっけん、高塔たかとうでの気象きしょう観測かんそく、庭園ていえんでの植物しょくぶつの品種ひんしゅ改良かいりょう、薬品やくひんの開発かいはつ、音おとや光ひかりの実験じっけん。研究者けんきゅうしゃは徹底てっていした分業制ぶんぎょうせいで組織そしきされている。「光ひかりの商人しょうにん」(Merchants of Lightマーチャンツ・オブ・ライト)が海外かいがいから知ちを集あつめ、「略奪者りゃくだつしゃ」(Depredatorsデプリデイターズ)が書物しょもつから知ちを抽出ちゅうしゅつする。「開拓者かいたくしゃ」(Pioneersパイオニアーズ)が新あたらしい実験じっけんを試こころみ、「編纂者へんさんしゃ」(Compilersコンパイラーズ)が結果けっかを表ひょうに整理せいりする。「灯火ともしび」(Lampsランプス)が新あたらしい実験じっけんを指揮しきし、最上位さいじょういの「自然しぜんの解釈者かいしゃくしゃ」(Interpreters of Natureインタープリターズ・オブ・ネイチャー)が観察かんさつから一般いっぱん法則ほうそくを導みちびく。

小説しょうせつの形かたちをした設計図せっけいずだ。1660年ねん、ロンドンLondon王立協会おうりつきょうかい(Royal Societyロイヤル・ソサエティ)が設立せつりつされたとき、創設者そうせつしゃたちは自みずからをベーコンBaconの遺志いしの継承者けいしょうしゃと位置いちづけた。科学かがくを孤独こどくな天才てんさいの営いとなみから解とき放はなち、組織そしきと資金しきんと分業ぶんぎょうによる集団的しゅうだんてき事業じぎょうとして構想こうそうしたこと──この発想はっそうの転換てんかんは、帰納法きのうほうやイドラ論ろんよりもはるかに大おおきな実績じっせきを残のこした。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 『学問がくもんの進歩しんぽ』(The Advancement of Learningジ・アドヴァンスメント・オブ・ラーニング、1605年ねん):英語えいごで書かかれた最初さいしょの主要しゅよう哲学書てつがくしょのひとつ。学問がくもんの現状げんじょう批判ひはんと知識ちしきの全体ぜんたい地図ちずを提示ていじ。入門にゅうもんにはここから。邦訳ほうやく:服部はっとり英次郎えいじろう・多田ただ英次えいじ訳やく『学問がくもんの進歩しんぽ』岩波文庫いわなみぶんこ。
  • 『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』(1620年ねん):ベーコンBacon哲学てつがくの中核ちゅうかく。四よっつのイドラと帰納法きのうほう。箴言しんげん形式けいしきで書かかれており、一篇いっぺんずつ拾ひろい読よみできる。邦訳ほうやく:桂かつら寿一じゅいち訳やく『ノヴム・オルガヌムNovum Organum──新機関しんきかん』岩波文庫いわなみぶんこ。
  • 『ニュー・アトランティスNew Atlantis』(1627年ねん、遺稿いこう):科学かがくユートピアの構想こうそう。「ソロモンSolomonの家いえ」の描写びょうしゃが読よみどころ。短みじかいので一気いっきに読よめる。邦訳ほうやく:川西かわにし進すすむ訳やく『ニューNew・アトランティスAtlantis』岩波文庫いわなみぶんこ。
  • 『エッセーズEssays』(1597年ねん初版しょはん、1625年ねん最終版さいしゅうばん):「真理しんりについて」「死しについて」「復讐ふくしゅうについて」など58篇ぺん。英文学えいぶんがくの古典こてんとして読よまれてきた散文さんぶんの名品めいひん。邦訳ほうやく:渡辺わたなべ義雄よしお訳やく『ベーコンBacon随筆集ずいひつしゅう』岩波文庫いわなみぶんこ。
  • 『学問がくもんの尊厳そんげんと進歩しんぽについて』(De Dignitate et Augmentis Scientiarumデ・ディグニターテ、1623年ねん):『学問がくもんの進歩しんぽ』のラテンLatin語ご拡大版かくだいばん。大革新だいかくしんの第一部だいいちぶにあたる。知識ちしきの全体ぜんたい地図ちずとして、ダランベールd'AlembertとディドロDiderotの『百科全書ひゃっかぜんしょ』に直接ちょくせつ影響えいきょうした。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

同時代どうじだいの批判ひはんはまず人格じんかくに向むけられた。エセックスEssex伯はくを裏切うらぎった人物じんぶつ。賄賂わいろで落おちた大法官だいほうかん。知ちの腐敗ふはいを診断しんだんした当人とうにんが、権力けんりょくの腐敗ふはいに染そまっていた──この落差らくさは、後世こうせいの批評家ひひょうかたちにとって格好かっこうの批判ひはんの的まとであった。医学者いがくしゃウィリアムWilliam・ハーヴェイHarvey──血液けつえき循環じゅんかんの発見者はっけんしゃでありベーコンBaconの私的してき主治医しゅじいでもあった──は、「彼かれは大法官だいほうかんのように哲学てつがくを書かく」と評ひょうした(ジョンJohn・オーブリーAubrey『名士めいし小伝しょうでん』による)。制度せいどを設計せっけいするが自分じぶんでは手てを動うごかさない、という皮肉ひにくだ。詩人しじんアレグザンダーAlexander・ポープPopeはもっと端的たんてきだった──「人類じんるいで最もっとも賢かしこく、最もっとも輝かがやかしく、最もっとも卑劣ひれつな」(長詩ちょうし『人間論にんげんろん』第四書簡しょかん、1734年ねん)。19世紀せいきの歴史家れきしかマコーレーMacaulayも同おなじ路線ろせんで、知性ちせいを絶賛ぜっさんしつつ道徳どうとくを容赦ようしゃなく裁さばいた(「ベーコンBacon論ろん」『エディンバラEdinburgh・レヴューReview』1837年ねん)。

方法論ほうほうろんへの批判ひはんは、より根本的こんぽんてきな問題もんだいを含ふくんでいる。デイヴィッドDavid・ヒュームHumeが提起ていきした帰納きのうの正当化せいとうか問題もんだい。過去かこに太陽たいようが昇のぼったという事実じじつから、明日あしたも昇のぼるという結論けつろんは論理的ろんりてきには出でてこない。帰納きのうは習慣しゅうかんであって論証ろんしょうではない、と。カールKarl・ポパーPopperはさらに踏ふみ込こんだ。科学かがくは帰納きのうで法則ほうそくを「確認かくにん」するのではなく、大胆だいたんな仮説かせつを立たてて反証はんしょう(falsificationファルスィフィケーション)を試こころみる営いとなみだ(『科学的かがくてき発見はっけんの論理ろんり』1934年ねん)。ポパーPopperにとって、ベーコンBaconは帰納主義きのうしゅぎという誤あやまった神話しんわの創始者そうししゃだった。

この批判ひはんにも留保りゅうほがいる。ベーコンBaconは単純たんじゅんな枚挙的まいきょてき帰納きのうを自みずから退しりぞけている。彼かれの方法ほうほうは排除はいじょと比較ひかくを含ふくんでおり、ポパーPopperが批判ひはんした「白しろい白鳥はくちょうをいくら数かぞえても黒くろい白鳥はくちょうがいないことにはならない」式の素朴そぼく帰納きのうとは構造こうぞうが違ちがう。ただしベーコンBaconが数学すうがくを軽視けいしし、仮説かせつの役割やくわりを過小かしょう評価ひょうかしたことは確たしかだ。同時代どうじだいのガリレオGalileoやケプラーKeplerがすでに数学すうがくを駆使くしして自然しぜんの法則ほうそくを記述きじゅつしていたことを考かんがえると、ベーコンBaconの方法論ほうほうろんは最先端さいせんたんの科学かがく実践じっせんからはずれた場所ばしょにあった。

影響えいきょうと遺産いさん

最もっとも具体的ぐたいてきな遺産いさんは、1660年ねんのロンドンLondon王立協会おうりつきょうかいだ。初期しょきの会員かいいんたちはベーコンBaconを精神的せいしんてき父祖ふそと仰あおいだ。トマスThomas・スプラットSpratは『王立協会おうりつきょうかいの歴史れきし』(1667年ねん)のなかで、ベーコンBaconを実験じっけん哲学てつがくの創始者そうししゃとして称たたえている。実際じっさい、王立協会おうりつきょうかいの事業じぎょうはソロモンSolomonの家いえの青写真あおじゃしんをかなり忠実ちゅうじつになぞっていた。

フランスFranceの啓蒙けいもう主義しゅぎへの影響えいきょうは甚大じんだいだ。ダランベールd'Alembertは『百科全書ひゃっかぜんしょ』序論じょろん(1751年ねん)で、知識ちしきの分類ぶんるいをベーコンBaconの体系たいけいに基もとづいて構築こうちくした。記憶きおく(歴史れきし)・理性りせい(哲学てつがく)・想像力そうぞうりょく(芸術げいじゅつ)という三分法さんぶんぽうはベーコンBaconの『学問がくもんの進歩しんぽ』に由来ゆらいする。ヴォルテールVoltaireはベーコンBaconを「実験じっけん哲学てつがくの父ちち」と呼よんだ(『哲学書簡てつがくしょかん』第十二書簡しょかん、1734年ねん)。

イギリスBritain経験論けいけんろんの系譜けいふでは、ロックLocke→バークリーBerkeley→ヒュームHumeの背後はいごにベーコンBaconがいる。直接ちょくせつの影響えいきょうというより、経験けいけんから出発しゅっぱつせよという姿勢しせいの地盤じばんを作つくった。19世紀せいきにはJ.S.ミルMillが『論理学ろんりがく体系たいけい』(1843年ねん)でベーコンBaconの三表法さんぴょうほうを精密せいみつに発展はってんさせ、帰納法きのうほうを定式化ていしきかした。大西洋たいせいようを渡わたったアメリカでは、トマスThomas・ジェファソンJeffersonはベーコンBacon・ニュートンNewton・ロックLockeを「世界せかいがこれまで生うんだ最もっとも偉大いだいな三人さんにん」と呼よび(ベンジャミンBenjamin・ラッシュRush宛あて書簡しょかん、1811年ねん)、三人さんにんの肖像画しょうぞうがを自邸じていモンティセロに飾かざった。

20世紀せいきに入はいって、ベーコンBaconは二方面にほうめんから再読さいどくされた。ひとつは科学かがく社会学しゃかいがくの方面ほうめん。科学かがくは社会的しゃかいてき制度せいどであるという認識にんしきの先駆せんくとして。もうひとつは批判理論ひはんりろんの方面ほうめん。アドルノAdornoとホルクハイマーHorkheimerが指摘してきしたように、「知ちは力ちから」の論理ろんりは自然しぜんの支配しはいを人間にんげんの支配しはいに転用てんようしうる。ベーコンBaconは近代きんだい科学かがくの功績こうせきと罪つみの両方りょうほうの出発点しゅっぱつてんに立たっている。

現代げんだいへの接続せつぞく

健康けんこう食品しょくひんの広告こうこくに「個人こじんの感想かんそうです」と小ちいさく書かいてあるのを、何人なんにんが読よんでいるか。「飲のんだら体調たいちょうがよくなった」──体験談たいけんだんは記憶きおくに残のこり、「飲のんでも変かわらなかった」人ひとの声こえは消きえる。種族しゅぞくのイドラだ。子こどもの教育きょういくも同おなじ構造こうぞうを持もつ。自分じぶんが受うけた教育きょういくを物差ものさしにして「最近さいきんの子こは」と嘆なげくのは、洞窟どうくつのイドラだ。ベーコンBaconは診断しんだんを出だしたが、治療法ちりょうほうはほとんど書かかなかった。診断しんだんは17世紀せいきに終おわっている。治療ちりょうのほうは、まだだ。

科学かがくの再現性さいげんせいの危機きき(replication crisisレプリケーション・クライシス)も同根どうこんの問題もんだいだ。心理学しんりがくや医学いがくで、追試ついししても同おなじ結果けっかが出でない論文ろんぶんが続出ぞくしゅつしている。出版しゅっぱんバイアス、p値ぴーちハッキング、サンプルサイズsample sizeの不足ふそく。理論りろんに合あうデータだけを拾ひろい、合あわないデータを捨すてる──劇場げきじょうのイドラそのものが、査読さどく付つき論文ろんぶんのなかで再演さいえんされている。

「知ちは力ちからなり」の行ゆく先さきも問とい直なおされている。製薬せいやく会社がいしゃは病やまいの原因げんいんを知しり、治療薬ちりょうやくを作つくり、特許とっきょで利益りえきを得える。農薬のうやくメーカーmakerは害虫がいちゅうの生態せいたいを知しり、駆除剤くじょざいを作つくり、土壌どじょうと水みずに副作用ふくさようを残のこす。「原因げんいんを知しり、結果けっかを再現さいげんする」というベーコンBaconの図式ずしきは、誰だれがその知ちを握にぎり、誰だれが結果けっかを引ひき受うけるかという問といを、最初さいしょから内蔵ないぞうしていた。知ちが力ちからになるとき、その力ちからは誰だれの手てにあるのか。

読者どくしゃへの問とい

  • 自分じぶんが信しんじていることのうち、確証かくしょうバイアス(種族しゅぞくのイドラ)によって補強ほきょうされているだけのものはないか。反対はんたい意見いけんを最後さいごにまじめに読よんだのはいつか。
  • あなたの専門せんもんや得意とくい分野ぶんやが、あなたの「洞窟どうくつ」になっていないか。専門せんもんの外そとにある問題もんだいを、専門せんもんの道具どうぐだけで裁さばこうとしていないか。
  • 「知ちは力ちからなり」を座右ざゆうの銘めいにしたとき、その「力ちから」は誰だれに向むかうのか。自然しぜんに対たいしてか、他人たにんに対たいしてか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

「知ちそのものが力ちからである」 出典しゅってん:フランシスFrancis・ベーコンBacon『聖せいなる瞑想めいそう』(1597年ねん)「異端いたんについて」/原文げんぶん:"Ipsa scientia potestas est."

ベーコンBaconの全思想ぜんしそうを一文いちぶんに凝縮ぎょうしゅくした格言かくげん。知ちの価値かちは観照かんしょうにではなく、世界せかいを変かえる力ちからにある。

「人間にんげんの知ちと力ちからは一ひとつに帰きする。なぜなら原因げんいんを知しらなければ結果けっかを生うみ出だせないからだ」 出典しゅってん:フランシスFrancis・ベーコンBacon『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻 箴言しんげん三/原文げんぶん:"Scientia et potentia humana in idem coincidunt, quia ignoratio causae destituit effectum."

知ちと実行じっこうは別物べつものではなく、同おなじものの表裏ひょうりだ。原因げんいんを知しることが、結果けっかを操作そうさする唯一ゆいいつの手段しゅだんだ。

「三段論法さんだんろんぽうは自然しぜんの微妙びみょうさに対たいしては到底とうてい及およばない」 出典しゅってん:フランシスFrancis・ベーコンBacon『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻 箴言しんげん十三/原文げんぶん:"…cum sit subtilitati naturae longe impar."

論理ろんりは思考しこうを整理せいりするが、自然しぜんを発見はっけんしない。ベーコンBaconがアリストテレスAristotelēsに向むけた根本的こんぽんてきな異議いぎの表明ひょうめい。

「自然しぜんは服従ふくじゅうすることによってでなければ征服せいふくされない」 出典しゅってん:フランシスFrancis・ベーコンBacon『ノヴム・オルガヌムNovum Organum』第一巻 箴言しんげん三/原文げんぶん:"Natura enim non nisi parendo vincitur."

箴言しんげん三の後半こうはん。自然しぜんを征服せいふくするためには、まず自然しぜんの法則ほうそくに謙虚けんきょに従したがわなければならない。力ちからへの道みちは、謙虚けんきょな観察かんさつを通とおる。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん・英語えいご/ラテンLatin語ご):Francis Bacon, The Works of Francis Bacon, ed. James Spedding, Robert Leslie Ellis and Douglas Denon Heath, 14 vols., Longmans, 1857–1874.(標準ひょうじゅん全集ぜんしゅう)
  • (原典げんてん・邦訳ほうやく):フランシスFrancis・ベーコンBacon『ノヴム・オルガヌムNovum Organum──新機関しんきかん』桂かつら寿一じゅいち訳やく、岩波文庫いわなみぶんこ。
  • (原典げんてん・邦訳ほうやく):フランシスFrancis・ベーコンBacon『学問がくもんの進歩しんぽ』服部はっとり英次郎えいじろう・多田ただ英次えいじ訳やく、岩波文庫いわなみぶんこ。
  • (研究書けんきゅうしょ):Perez Zagorin, Francis Bacon, Princeton University Press, 1998.
  • (研究書けんきゅうしょ):Lisa Jardine and Alan Stewart, Hostage to Fortune: The Troubled Life of Francis Bacon, Victor Gollancz, 1998.
  • (研究書けんきゅうしょ・邦語ほうご):石井いしい栄一えいいち『フランシスFrancis・ベーコンBaconの自然しぜん哲学てつがく──力ちからの哲学てつがくの系譜けいふ──』御茶おちゃの水みず書房しょぼう。
  • (概説がいせつ):Stephen Gaukroger, Francis Bacon and the Transformation of Early-Modern Philosophy, Cambridge University Press, 2001.
  • (補助ほじょウェブweb資料しりょう):"Francis Bacon", Stanford Encyclopedia of Philosophy.