1619年ねん11月がつ10日にち、ドイツDeutschland南部のどこか。23歳さいの青年せいねんが、暖炉だんろで温あたためた小部屋こべや(poêleポエル)に閉とじこもっている。外そとは三十年戦争さんじゅうねんせんそうの最中さなか。ヨーロッパEuropeは宗教しゅうきょうと権力けんりょくの名なのもとに燃もえていた。その夜よる、彼かれは三みっつの夢ゆめを見みる。嵐あらしに翻弄ほんろうされる夢ゆめ、雷鳴らいめいの夢ゆめ、そして辞書じしょと詩集ししゅうが並ならぶ夢ゆめ。目めが覚さめたとき、ルネRené・デカルトDescartesは確信かくしんした。全すべての学問がくもんを統一とういつする方法ほうほうがある、と。

大袈裟おおげさな話はなしではない。この青年せいねんは本当ほんとうにやった。18年後ねんごに匿名とくめいで出版しゅっぱんした『方法序説ほうほうじょせつ』(Discours de la méthodeディスクール・ド・ラ・メトード, 1637)は、感覚かんかくを信しんじるな、権威けんいを信しんじるな、自分じぶんの記憶きおくすら信しんじるな、と宣言せんげんする。二千年にせんねん分ぶんの哲学てつがくの蓄積ちくせきを、一人ひとりの人間にんげんが白紙はくしに戻もどそうとした。その暴挙ぼうきょがなければ、近代きんだい科学かがくも近代きんだい哲学てつがくも、おそらく今いまの形かたちでは存在そんざいしない。

だがデカルトDescartesは、自分じぶんで壊こわしたものを最後さいごまで修復しゅうふくしきれなかった。心こころと身体しんたいを二ふたつに裂さいた傷口きずぐちは、400年ねん経たった今いまもまだ塞ふさがっていない。私わたしたちは日々ひび、デカルトDescartesが開あけた裂さけ目めのなかで暮くらしている。

この記事きじの要点ようてん

  • 方法的ほうほうてき懐疑かいぎ(doute méthodiqueドゥート・メトディック):感覚かんかく・記憶きおく・数学的すうがくてき真理しんりさえも疑うたがい尽つくすことで、絶対ぜったいに疑うたがえない一点いってんを探さがす。哲学てつがくを更地さらちにしてから建たて直なおす、という前代未聞ぜんだいみもんの企くわだて。
  • コギトcogito(我思おもう、ゆえに我われあり):「疑うたがっている自分じぶん」は疑うたがえない。この一点いってんから哲学てつがくの全体系ぜんたいけいを演繹えんえきしようとした。主観しゅかんを出発点しゅっぱつてんに据すえたことで、近代きんだい哲学てつがくそのものが始はじまる。
  • 心身しんしん二元論にげんろん(dualismeデュアリスム):精神せいしん(思おもうものres cogitans)と物体ぶったい(延長えんちょうするものres extensa)は本質ほんしつが異ことなる二ふたつの実体じったい。近代きんだい科学かがくに自然しぜんを数学すうがくで記述きじゅつする許可証きょかしょうを与あたえたが、「心こころはどこにあるのか」という難問なんもんを永久えいきゅうに残のこした。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

ルネRené・デカルトDescartesは1596年ねん3月がつ31日にち、フランスFrance中部ちゅうぶトゥレーヌTouraine地方ちほうのラ・エーLa Hayeに生うまれた。法服ほうふく貴族きぞくの家系かけい。母ははは彼かれが1歳さいのときに亡なくなった。生涯しょうがい、身体からだが弱よわく、朝あさは寝床ねどこで思索しさくするのが習慣しゅうかんだった。ラ・フレーシュLa Flècheのイエズス会Societas Iesu学院がくいんで最良さいりょうの教育きょういくを受うけるが、卒業そつぎょう時じに抱いだいた感想かんそうは「数学すうがく以外いがい、確実かくじつな知識ちしきは何なにひとつ得えられなかった」。当時とうじの最高さいこう学府がくふでそう感かんじた人間にんげんが、学問がくもんそのものを作つくり直なおそうとしたのだから、動機どうきは痛切つうせつだった。

1616年ねん、ポワティエPoitiers大学だいがくで法学ほうがくの学位がくいを取とり、父親ちちおやの期待きたいには応こたえた。だが法曹ほうそうにはならなかった。1618年ねん、志願兵しがんへいとしてオランダNederlandへ渡わたる。戦場せんじょうで何なにをしたかより、自然しぜん哲学者てつがくしゃイザークIsaac・ベークマンBeeckmanとの出会であいが大おおきかった。物理ぶつり現象げんしょうを数学すうがくで記述きじゅつできるという手応てごたえ。翌年よくねんの「炉部屋ろべやの夢ゆめ」を経へて、彼かれは放浪ほうろうの旅たびに出でる。イタリアItalia、ドイツDeutschland、フランスFrance。そして1629年ねん、当時とうじヨーロッパEuropeで最もっとも自由じゆうな空気くうきが流ながれていたオランダNederlandに定住ていじゅう。20年間ねんかんにわたり、住所じゅうしょを頻繁ひんぱんに変かえながら執筆しっぴつに没頭ぼっとうした。人ひとに会あいたくなかったのだ。

私生活しせいかつでは、召使めしつかいの女性じょせいヘレナHelena・ヤンスJansとのあいだに娘むすめフランシーヌFrancineが生うまれた(1635年ねん)。しかしフランシーヌFrancineは5歳さいで猩紅熱しょうこうねつにより死去しきょ。デカルトDescartesはこれを「生涯しょうがい最大さいだいの悲嘆ひたん」と呼よんだと伝つたえられる(バイエBaillet『デカルトDescartes伝』)。心身しんしんを分離ぶんりした哲学者てつがくしゃが、子こを失うしなう悲かなしみには引ひき裂さかれた。理論りろんと生いきた身体からだのあいだの溝みぞは、彼かれ自身じしんの人生じんせいのなかにもあった。

1633年ねん、転機てんきが訪おとずれる。ガリレオGalileoの有罪ゆうざい判決はんけつ。地動説ちどうせつを支持しじする自みずからの自然学しぜんがくの著作ちょさく『世界論せかいろん』(Le Mondeル・モンド)を、デカルトDescartesは出版しゅっぱん直前ちょくぜんで引ひっ込こめた。恐怖きょうふ。慎重しんちょうさ。あるいはその両方りょうほう。代かわりに4年後ねんご、匿名とくめいで、しかもラテン語ラテンごではなくフランス語フランスごで『方法序説ほうほうじょせつ』を出だした。学者がくしゃだけでなく、普通ふつうの読よみ書かきができる人間にんげんに読よませたかった。哲学てつがくを大学だいがくの外そとに持もち出だす賭かけだった。

晩年ばんねんには、プファルツPfalz選帝侯せんていこうの娘むすめエリザベトElisabeth王女おうじょとの書簡しょかん交換こうかんが始はじまる(1643年ねん〜)。彼女かのじょは心身しんしん二元論にげんろんの急所きゅうしょを正確せいかくに突ついた。「延長えんちょうをもたない精神せいしんが、どうやって延長えんちょうをもつ身体しんたいを動うごかすのですか?」。デカルトDescartesは最後さいごまで満足まんぞくな回答かいとうを返かえせなかった。この往復書簡おうふくしょかんは、生産的せいさんてきな「敗北はいぼくの記録きろく」だ。

1649年ねん、スウェーデンSverige女王じょおうクリスティーナChristinaの招聘しょうへいでストックホルムStockholmへ。早朝そうちょう5時じの哲学てつがく講義こうぎを命めいじられる。朝寝坊あさねぼうの哲学者てつがくしゃに北欧ほくおうの冬ふゆは過酷かこくだった。1650年ねん2月がつ11日にち、肺炎はいえんで死去しきょ。53歳さい。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1596年ねん:フランスFrance・ラ・エーLa Hayeに生うまれる
  • 1607年ねん頃:ラ・フレーシュLa Flècheのイエズス会Societas Iesu学院がくいんに入学にゅうがく
  • 1616年ねん:ポワティエPoitiers大学だいがくで法学ほうがくの学位がくいを取得しゅとく
  • 1618年ねん:オランダNederlandでベークマンBeeckmanと出会であう
  • 1619年ねん:「炉部屋ろべやの三みっつの夢ゆめ」。学問がくもん統一とういつの着想ちゃくそう
  • 1629年ねん:オランダNederlandに定住ていじゅう、執筆しっぴつ活動かつどうに専念せんねん
  • 1633年ねん:ガリレオGalileo裁判さいばんを受うけ『世界論せかいろん』の出版しゅっぱんを断念だんねん
  • 1637年ねん:『方法序説ほうほうじょせつ』刊行かんこう(フランス語フランスご・匿名とくめい)
  • 1641年ねん:『省察せいさつ』(Meditationesメディタティオーネス)刊行かんこう。六組ろくくみの「反論はんろんと答弁とうべん」付つき(翌年よくねんの第二版だいにはんで第七だいななが追加ついか)
  • 1643年ねん:エリザベトElisabeth王女おうじょとの書簡しょかん交換こうかん開始かいし(心身しんしん問題もんだいの追究ついきゅう)
  • 1644年ねん:『哲学てつがく原理げんり』(Principia Philosophiaeプリンキピア・フィロソフィアエ)刊行かんこう
  • 1649年ねん:スウェーデンSverige女王じょおうクリスティーナChristinaの招まねきで渡航とこう。『情念論じょうねんろん』(Les Passions de l'âmeレ・パッシオン・ド・ラーム)刊行かんこう
  • 1650年ねん:ストックホルムStockholmにて肺炎はいえんで死去しきょ(53歳さい)

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

確実かくじつなものは何なにか。

素朴そぼくな問といに聞きこえるかもしれない。しかしデカルトDescartes以前の西洋せいよう哲学てつがくは、確実性かくじつせいの土台どだいそのものを疑うたがうことをしなかった。アリストテレスAristotelēsの論理学ろんりがく、スコラschola哲学てつがくの権威けんい、感覚かんかく経験けいけんの信頼性しんらいせい。これらは前提ぜんていであって、検証けんしょう対象たいしょうではなかった。

具体的ぐたいてきに見みてみよう。アリストテレスAristotelēsの自然学しぜんがくでは、石いしが落おちるのは「重おもいものは自然しぜんな場所ばしょ=地ちの中心ちゅうしんを求もとめるから」だった。植物しょくぶつが育そだつのは「栄養えいよう魂こん」が宿やどるから。火ひが燃もえるのは物質ぶっしつに「火かの性質せいしつ」があるから。目的もくてきや性質せいしつを自然しぜんそのものに読よみ込こむ説明せつめいは、一見いっけんもっともらしいが、何なにも予測よそくしない。「なぜ石いしは落おちるのか」→「重おもいから」→「なぜ重おもいのか」→「地ちの性質せいしつを持もつから」。問といが言ことい換かえで回まわるだけだ。デカルトDescartesはこの循環じゅんかんに我慢がまんがならなかった。説明せつめいが説明せつめいになっていないなら、いっそ全部ぜんぶ捨すてて最初さいしょからやり直なおすしかない。

デカルトDescartesはそれをひっくり返かえした。前提ぜんていこそ検証けんしょうしろ。土台どだいが腐くさっていたら、その上うえに何なにを積つんでも無駄むだだ。一度いちどすべてを壊こわして、絶対ぜったいに壊こわれない岩盤がんばんを探さがせ。その岩盤がんばんの上うえにだけ建たてろ。建築けんちくの比喩ひゆはデカルトDescartes自身じしんのものだ(『省察せいさつ』第だい一省察せいさつ)。

何なにが変かわったか。「世界せかいとは何なにか」ではなく「私わたしは何なにを確実かくじつに知しれるか」が哲学てつがくの出発点しゅっぱつてんになった。存在論そんざいろん(ontologyオントロジー)から認識論にんしきろん(epistemologyエピステモロジー)への重心じゅうしん移動いどう。この一歩いっぽが近代きんだい哲学てつがくをつくった。

そのための道具どうぐが「方法ほうほうの四規則よんきそく」だ(『方法序説ほうほうじょせつ』第二部だいにぶ)。(1)明証的めいしょうてきに真しんと認みとめたもの以外いがいは受うけ入いれるな。(2)問題もんだいをできる限かぎり小ちいさな部分ぶぶんに分割ぶんかつせよ。(3)最もっとも単純たんじゅんなものから始はじめ、段階的だんかいてきに複雑ふくざつなものへ進すすめ。(4)見落みおとしがないか全体ぜんたいを見渡みわたせ。数学すうがくの証明しょうめい手順てじゅんを哲学てつがくに移植いしょくした、と言いってもいい。

たとえば「人間にんげんは幸福こうふくを求もとめる」という命題めいだいを考かんがえてみよう。第一だいいち規則きそく:それは明証的めいしょうてきか? 「幸福こうふく」の定義ていぎが曖昧あいまいなまま受うけ入いれてはいけない。第二だいに規則きそく:問題もんだいを分割ぶんかつせよ。「幸福こうふく」を快楽かいらく・安定あんてい・自己じこ実現じつげん・他者たしゃからの承認しょうにん……と要素ようそに分解ぶんかいする。第三だいさん規則きそく:最もっとも単純たんじゅんな要素ようそから検討けんとうし、順序じゅんじょ立だてて複合ふくごうへ進すすむ。第四だいよん規則きそく:見落みおとしがないか確認かくにんする。──当あたり前まえに聞きこえるだろうか。だが17世紀せいきの大学だいがくでは、哲学てつがくの問題もんだいはアリストテレスAristotelēsの権威けんいを引用いんようして解とくものだった。分析ぶんせきではなく引用いんよう。デカルトDescartesは引用いんようを禁きんじて分析ぶんせきだけで勝負しょうぶしろと言いった。哲学てつがくのルールそのものを書かき換かえたのだ。

核心かくしん理論りろん

1. 方法的ほうほうてき懐疑かいぎ:解体かいたいのプロセス

『省察せいさつ』第だい一省察せいさつでデカルトDescartesは、自分じぶんがこれまで真しんと信しんじてきたものを三段階さんだんかいで壊こわしていく。

第一だいいちに、感覚かんかくの欺あざむき。遠とおくの塔とうは丸まるく見みえるが実際じっさいは四角しかくい。水みずに浸つけた棒ぼうは曲まがって見みえる。感覚かんかくは過去かこに騙だましてきた。ならば全面的ぜんめんてきに信用しんようする根拠こんきょはない。──とはいえ、とデカルトは立たち止どまる。今いまここに座すわり、暖炉だんろの前まえで紙かみを手てにしている自分じぶんを疑うたがうのは狂人きょうじんの所業しょぎょうではないか(AT VII, 18–19)。感覚かんかくの誤あやまりは小ちいさなものや遠とおいものに限かぎられるのでは?

第二だいにに、夢ゆめの論証ろんしょうがこの安心あんしんを崩くずす。夢ゆめを見みているときも、自分じぶんは暖炉だんろの前まえにいると確信かくしんしていた。夢ゆめと覚醒かくせいを区別くべつする決定的けっていてきな基準きじゅんがない。ただしデカルトDescartesは認みとめる──夢ゆめのなかですら、三角形さんかっけいの内角ないかくの和わや算術さんじゅつの真理しんりは変かわらないように見みえる、と。感覚的かんかくてきなものは疑うたがえても、数学すうがくは夢ゆめの論証ろんしょうでは倒たおれない。最後さいごの砦とりでを崩くずすには、さらに強力きょうりょくな仮説かせつが要いる。

第三だいさんに、欺あざむく神かみの仮説かせつ(Deus deceptorデウス・デセプトル)。もし全能ぜんのうの神かみが私わたしを欺あざむいていて、2+3=5という計算けいさんさえ誤あやまらせているとしたら? 数学的すうがくてき真理しんりすら疑うたがわしくなる。デカルトDescartesはさらに、神かみの代かわりに「きわめて狡猾こうかつな悪霊あくりょう」(genius malignusゲニウス・マリグヌス)を想定そうていする。神かみが善ぜんであるかもしれない可能性かのうせいを排除はいじょするための装置そうちだ。この悪霊あくりょうは全力ぜんりょくで私わたしを欺あざむいている──そう仮定かていしても崩くずれないものを、探さがす。

何なにも残のこらない。焼やけ野原のはら。──だがデカルトDescartesは、まさにそれを望のぞんでいた。

2. コギトcogito:廃墟はいきょのなかの一点いってん

『省察せいさつ』第二だいに省察せいさつは、アルキメデスArchimēdēsの比喩ひゆで幕まくを開あける。「アルキメデスArchimēdēsは地球ちきゅう全体ぜんたいを動うごかすために、確固かっことして不動ふどうの一点いってんだけを求もとめた」(AT VII, 24)。すべてを疑うたがい尽つくした果はてに、その一点いってんが現あらわれる。「疑うたがっている私わたし」の存在そんざいそのもの。

『省察せいさつ』での定式ていしきは「私わたしはある、私わたしは存在そんざいする」(Ego sum, ego existoエゴ・スム、エゴ・エクシスト, AT VII, 25)。よく知しられた「我われ思おもう、ゆえに我われあり」(Je pense, donc je suis / Ego cogito, ergo sumエゴ・コギト、エルゴ・スム)は『方法序説ほうほうじょせつ』と『哲学てつがく原理げんり』の表現ひょうげんであり、両者りょうしゃのニュアンスは微妙びみょうに異ことなる。『省察せいさつ』のほうが端的たんてきだ。推論すいろんの形かたちをとらず、「ある」と直接ちょくせつ断言だんげんする。悪霊あくりょうがいくら騙だまそうとしても、騙だまされている当とうの私わたしは存在そんざいしていなければならない。欺あざむかれるには、欺あざむかれる主体しゅたいが要いる。

ただしコギトcogitoは三段論法さんだんろんぽうではない。「考かんがえるものは存在そんざいする。私わたしは考かんがえる。ゆえに私わたしは存在そんざいする」という推論すいろんではない。疑うたがうという行為こういのさなかに、自分じぶんの存在そんざいが直接ちょくせつ手てに触ふれる。論証ろんしょうの帰結きけつではなく、思考しこうの渦中かちゅうで起おきる事件じけん。

ただし、ここで確認かくにんされたのは「思おもうものres cogitans」としての自己じこだけだ。身体しんたいを持もつ自分じぶん、世界せかいのなかにいる自分じぶんは、まだ取とり戻もどされていない。

『省察せいさつ』第二だいに省察せいさつには有名ゆうめいな「蜜蝋みつろうの分析ぶんせき」がある。暖炉だんろのそばに蜜蝋みつろうを置おく。はじめは固かたく、蜂蜜はちみつの甘あまい香かおりがし、指ゆびで叩たたけば音おとがする。火ひに近ちかづけると、色いろも形かたちも匂においも質感しつかんもすべて変かわる。感覚かんかくの属性ぞくせいが一切いっさい消きえても、「同おなじ蜜蝋みつろうだ」と私わたしは判断はんだんする。ということは、蜜蝋みつろうを蜜蝋みつろうとして捉とらえているのは感覚かんかくではなく知性ちせい(intellectusインテレクトゥス)だ。物体ぶったいを知しる営いとなみそのものが、精神せいしんの働はたらきだった。外そとの世界せかいを掴つかもうとするほど、手ては自分じぶん自身じしんのほうを向むく。

3. 明晰めいせき判明はんめいの規則きそく

コギトcogitoが確実かくじつである理由りゆうを分析ぶんせきすると、それが「明晰めいせきかつ判明はんめいに」(clare et distincteクラーレ・エト・ディスティンクテ)知覚ちかくされたからだ、とデカルトDescartesは言いう。明晰めいせき(clarusクラールス)とは、意識いしきに対たいして開ひらかれ鮮明せんめいに現前げんぜんしていること。ちょうど目めの前まえにある対象たいしょうをはっきり見みているような状態じょうたいだ。判明はんめい(distinctusディスティンクトゥス)とは、他ほかのものと混同こんどうされない輪郭りんかくを持もつこと。痛いたみは明晰めいせき(確たしかに感かんじている)だが判明はんめいではない(原因げんいんや構造こうぞうがぼんやりしている)。数学的すうがくてき真理しんりは両方りょうほうを満みたす。

ここから一般いっぱん規則きそくが導みちびかれる。「私わたしがきわめて明晰めいせきかつ判明はんめいに知覚ちかくするものはすべて真しんである」(『省察せいさつ』第三だいさん省察せいさつ、AT VII, 35)。これがデカルトDescartesの真理しんり基準きじゅんであり、彼かれの体系たいけい全体ぜんたいの蝶番ちょうつがいにあたる。後のちに見みるように、この基準きじゅんは循環じゅんかん論法ろんぽうの疑うたがいを招まねくことになる。

ここで見逃みのがせないのは、何なにが明晰めいせき判明はんめいであるかを判定はんていするのが、他ほかならぬ「私わたし」の知性ちせいだということだ。権威けんいでも伝統でんとうでも投票とうひょうでもない。近代的きんだいてきな主体しゅたいの自律じりつはここから芽吹めぶく。だが裏うらを返かえせば、「明晰めいせき判明はんめいだと思おもい込こんでいるだけではないか」という疑念ぎねんが、つねにこの規則きそくにつきまとう。

4. 神かみの存在そんざい証明しょうめい:再建さいけんのための足場あしば

コギトcogitoだけでは世界せかいは取とり戻もどせない。外部がいぶ世界せかいの存在そんざいを保証ほしょうするために、デカルトDescartesは神かみを持もち出だす。

『省察せいさつ』第三だいさん省察せいさつでデカルトDescartesはまず、自分じぶんのなかにある観念かんねんを三種さんしゅに分わける。生うまれつき備そなわる「生得せいとく観念かんねん」(ideae innataeイデアエ・インナタエ)、外そとから来くる「外来がいらい観念かんねん」(adventitiaeアドヴェンティティアエ)、自分じぶんで作つくり上あげた「虚構きょこう観念かんねん」(a me ipso factaeア・メ・イプソ・ファクタエ)。問題もんだいは、「無限むげんで完全かんぜんな存在そんざい」の観念かんねんがどこに属ぞくするかだ。有限ゆうげんな私わたしがこの観念かんねんを自力じりきで産うみ出だすことはできない。原因げんいんは結果けっかと同等どうとうかそれ以上いじょうの実在性じつざいせいを持もたねばならない(因果いんが原理げんり)。ゆえに、この観念かんねんの原因げんいんとして、無限むげんで完全かんぜんな存在者そんざいしゃ──神かみ──が実在じつざいする。

完全かんぜんな神かみは欺あざむかない。ゆえに、明晰めいせき判明はんめいに知覚ちかくされるものは真しんである、という規則きそくに神かみが保証ほしょうを与あたえる。これが「誠実せいじつな神かみ」の理論りろん(veracitas Deiヴェラキタス・デイ)。壊こわした世界せかいを元もとに戻もどすための接着剤せっちゃくざいが神かみだった。

では誠実せいじつな神かみがいるのに、なぜ人間にんげんは誤あやまるのか。『省察せいさつ』第四だいよん省察せいさつでデカルトは、誤謬ごびゅうの原因げんいんを知性ちせいと意志いしの不均衡ふきんこうに求もとめる。知性ちせいは有限ゆうげんだが、意志いしは無限むげんに広ひろい。明晰めいせきに把握はあくしていないものにまで意志いしが同意どういを与あたえるとき、私わたしたちは誤あやまる。神かみの責任せきにんではなく、人間にんげんの意志いしの濫用らんようだ、と。

さらに『省察せいさつ』第五だいご省察せいさつでは、いわゆる存在論的そんざいろんてき証明しょうめいが加くわわる。三角形さんかっけいの観念かんねんには「内角ないかくの和わが二直角にちょっかく」という性質せいしつが含ふくまれるように、「最もっとも完全かんぜんな存在者そんざいしゃ」の観念かんねんには「存在そんざいする」という性質せいしつが含ふくまれる。完全かんぜんなのに存在そんざいしない、というのは矛盾むじゅんだ、と。この論法ろんぽうは中世ちゅうせいのアンセルムスAnselmusに遡さかのぼり、のちにカントKantが「存在そんざいは述語じゅつごではない」と批判ひはんすることになる。

ここがデカルトDescartes哲学てつがくの最もっとも脆もろい箇所かしょだ。同時代どうじだいの神学者しんがくしゃアルノーArnauldが即座そくざに見抜みぬいた循環じゅんかん(「デカルトDescartesの循環じゅんかん」、第四だいよん反論はんろん、AT VII, 214)。明晰めいせき判明はんめいな知覚ちかくが真しんであるのは神かみが保証ほしょうするから。神かみが存在そんざいするのは明晰めいせき判明はんめいに知覚ちかくされるから。回まわっている。

5. 心身しんしん二元論にげんろん:世界せかいを二ふたつに割わる

『省察せいさつ』第六だいろく省察せいさつで、デカルトDescartesはようやく外部がいぶ世界せかいを取とり戻もどす。誠実せいじつな神かみが保証ほしょうする以上いじょう、感覚かんかくが私わたしに強つよく信しんじさせる物体ぶったいの存在そんざいを全面的ぜんめんてきに否定ひていする理由りゆうはない。同時どうじにこの省察せいさつで論証ろんしょうされるのが、精神せいしんと身体しんたいの「実在的じつざいてき区別くべつ」(distinctio realisディスティンクティオ・レアリス)だ。私わたしは精神せいしんを身体しんたいなしに明晰めいせき判明はんめいに思おもい描えがける。身体しんたいも精神せいしんなしに思おもい描えがける。神かみは明晰めいせき判明はんめいに区別くべつされるものを別々べつべつに存在そんざいさせうる。ゆえに両者りょうしゃは別べつの実体じったいだ(AT VII, 78)。

思おもう実体じったい(res cogitansレス・コギタンス)と延長えんちょうする実体じったい(res extensaレス・エクステンサ)。精神せいしんは空間くうかんを占しめない。物体ぶったいは考かんがえない。両者りょうしゃは属性ぞくせいを共有きょうゆうしない。

この分離ぶんりが近代きんだい科学かがくに与あたえた恩恵おんけいは明あきらかだ。物体ぶったいは延長えんちょう(長ながさ・幅はば・奥行おくゆき)しか持もたないのだから、自然しぜんは数学すうがくで完全かんぜんに記述きじゅつできる。色いろも音おとも匂においも、物体ぶったいの側がわにはない。すべて精神せいしんの側がわの現象げんしょう。自然しぜんから主観しゅかんを剥はぎ取とったことで、物理学ぶつりがくは走はしり出だせた。

だがデカルトDescartes自身じしんも気きづいている。精神せいしんは身体しんたいのなかに「船ふねの中なかの船乗ふなのり」のように乗のっているのではない。両者りょうしゃは密接みっせつに混まざり合あい、「いわば一ひとつのものを構成こうせいしている」(AT VII, 81)。指ゆびを切きればただ船ふねの損傷そんしょうを知覚ちかくするようにではなく、痛いたみとして感かんじる。この一節いっせつは、二元論にげんろんの内部ないぶから漏もれ出でる正直しょうじきな困惑こんわくだ。二ふたつの実体じったいが「一ひとつ」であるとは、どういう意味いみか。

ここから難問なんもんが噴出ふんしゅつする。心こころと身体しんたいがまったく別べつの実体じったいなら、なぜ指ゆびを切きると痛いたいのか。なぜ恐怖きょうふを感かんじると心臓しんぞうが速はやく鳴なるのか。空間くうかんを占しめないものが、どうやって空間的くうかんてきなものに作用さようする?

この難問なんもんを最もっとも鋭するどく突ついたのが、前述ぜんじゅつのエリザベトElisabeth王女おうじょだ。1643年ねん5月がつの書簡しょかんで彼女かのじょは問とう。延長えんちょうをもたない精神せいしんが物体ぶったいに力ちからを及およぼすなら、何なんらかの接触せっしょくがなければならない。しかし接触せっしょくには面めんが要いる。面めんは延長えんちょうの属性ぞくせいだ。つまり、精神せいしんが身体しんたいを動うごかす瞬間しゅんかんに、二元論にげんろんは破綻はたんする。

デカルトDescartesの回答かいとうは松果体しょうかたい(glande pinéaleグランド・ピネアル)。脳のうの中心ちゅうしんにある小ちいさな器官きかんで、心こころと身体しんたいが相互そうご作用さようする場所ばしょだ、と(『情念論じょうねんろん』第だい31–32項こう)。松果体しょうかたいを選えらんだのは、脳のうのなかで唯一ゆいいつ対ついをなさない器官きかんだからだ。左右さゆうに分わかれていない器官きかんこそ、統一とういつされた精神せいしんの座ざにふさわしい、と彼かれは考かんがえた。だがこの説明せつめいは、問題もんだいを一歩いっぽ先送さきおくりしただけだ。松果体しょうかたいのなかで何なにが起おきているのか、と問とえば同おなじ謎なぞが繰くり返かえされる。エリザベトElisabethは満足まんぞくしなかった。彼女かのじょの問といは、今日こんにちの心こころの哲学てつがくにおいてもなお未解決みかいけつのまま残のこっている。

6. 機械論的きかいろんてき自然観しぜんかん:動物どうぶつは機械きかいである

物体ぶったいが延長えんちょうのみなら、動物どうぶつの身体しんたいも精巧せいこうな機械きかいにすぎない。デカルトDescartesは動物どうぶつには精神せいしんがないとした。犬いぬが悲かなしそうに鳴なくのは、時計とけいのゼンマイが音おとを立たてるのと原理的げんりてきに同おなじだ、と。

デカルトDescartesは机上きじょうの理論家りろんかではなかった。アムステルダムAmsterdamの肉屋にくやから動物どうぶつの死体したいを買かい、自みずから解剖かいぼうした。心臓しんぞうの構造こうぞう、筋肉きんにくの動うごき、眼球がんきゅうの光学こうがく。ウィリアムWilliam・ハーヴィHarveyが発見はっけんした血液けつえき循環じゅんかんを受うけ入いれたが、心臓しんぞうの仕組しくみについては意見いけんが割われた。ハーヴィHarveyは心臓しんぞうを血液けつえきを押おし出だすポンプpumpと考かんがえた(正ただしい)。デカルトDescartesは心臓しんぞうを血液けつえきを加熱かねつ・膨張ぼうちょうさせる炉ろと考かんがえた(間違まちがい)。だがこの失敗しっぱいは無駄むだではない。機械論きかいろんの方針ほうしんは正ただしくても、個別こべつの説明せつめいには実験じっけんによる検証けんしょうが要いる。「自然しぜんを機械きかいとして見みろ」は出発点しゅっぱつてんであって、到達点とうたつてんではなかった。近代きんだい科学かがくが必要ひつようとしたのは、デカルトDescartesの方針ほうしんとニュートンNewtonの方法ほうほう(数学的すうがくてき定式化ていしきか+実験じっけん検証けんしょう)の両方りょうほうだった。

これは残酷ざんこくな帰結きけつに見みえる。だが同時どうじに、生命せいめい現象げんしょうを物理法則ぶつりほうそくで説明せつめいする道みちを開ひらいた。血液けつえき循環じゅんかん、反射はんしゃ運動うんどう、神経しんけいの伝達でんたつ。たとえばデカルトDescartesは、手てが火ひに触ふれたとき反射的はんしゃてきに引ひっ込こめる動作どうさを、魂たましいではなく神経しんけいの管くだを通とおる「動物どうぶつ精気せいき」(esprits animauxエスプリ・アニモ)の流ながれで説明せつめいした。今日こんにちの反射弓はんしゃきゅうの概念がいねんに通つうじる発想はっそうだ。デカルトDescartesの機械論きかいろんは、生理学せいりがくと医学いがくが迷信めいしんから離はなれるためのきっかけになった。

天体てんたいにも機械論きかいろんは適用てきようされた。デカルトDescartesは真空しんくうを認みとめなかったため、宇宙うちゅうは微細びさいな物質ぶっしつで満みたされ、渦うず(トゥルビヨンtourbillon)の運動うんどうが惑星わくせいを運はこぶと考かんがえた(渦動説かどうせつ)。この理論りろんはニュートンNewtonの万有引力ばんゆういんりょくによって退場たいじょうするが、「自然しぜん現象げんしょうを物質ぶっしつの運動うんどうだけで説明せつめいする」という方針ほうしんそのものは近代きんだい物理学ぶつりがくに受うけ継つがれた。

人間にんげんの身体しんたいも機械きかい。ただし人間にんげんだけが精神せいしんを持もつ。言語げんごを操あやつり、新あたらしい状況じょうきょうに創造的そうぞうてきに対応たいおうできること。これが人間にんげんと動物どうぶつを分わける、とデカルトDescartesは考かんがえた。400年後ねんごの今いま、AIが言語げんごを操あやつり始はじめた。この線引せんびきは、まだ有効ゆうこうだろうか。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 『方法序説ほうほうじょせつ』(Discours de la méthodeディスクール・ド・ラ・メトード, 1637):全ぜん6部ぶの知的ちてき自伝じでん。第だい1部ぶで学問がくもんへの幻滅げんめつを語かたり、第だい2部ぶで方法ほうほうの四規則よんきそくを提示ていじ、第だい4部ぶで方法的ほうほうてき懐疑かいぎとコギトcogitoを展開てんかいし、第だい5部ぶで物理学ぶつりがくの要約ようやく(血液けつえき循環じゅんかんや動物どうぶつ機械きかい論ろんを含ふくむ)、第だい6部ぶで出版しゅっぱんの理由りゆうを述のべる。フランス語フランスごで書かかれた哲学書てつがくしょの古典こてん。岩波文庫いわなみぶんこ(谷川たにかわ多佳子たかこ訳やく)で入手にゅうしゅ可か。
  • 『省察せいさつ』(Meditationes de Prima Philosophiaメディタティオーネス・デ・プリマ・フィロソフィア, 1641):6日間にちかんの省察せいさつという体裁ていさい。第一だいいちで懐疑かいぎ、第二だいにでコギトcogito、第三だいさん・第五だいごで神かみの証明しょうめい、第六だいろくで外界がいかいの回復かいふくと心身しんしんの実在的じつざいてき区別くべつ。壊こわしてから建たて直なおす過程かていを、読者どくしゃが追体験ついたいけんする構成こうせい。同時代どうじだいの論客ろんきゃく七組ななくみ(初版しょはん六組ろくくみ+第二版だいにはん追加ついか一組いちくみ)との「反論はんろんと答弁とうべん」が付つき、議論ぎろんの強度きょうどがわかる。筑摩ちくま書房しょぼう(山田やまだ弘明ひろあき訳やく)が読よみやすい。
  • 『哲学てつがく原理げんり』(Principia Philosophiaeプリンキピア・フィロソフィアエ, 1644):体系的たいけいてき教科書きょうかしょ形式けいしき。認識論にんしきろん・形而上学けいじじょうがく・自然学しぜんがくを一冊いっさつで網羅もうら。スコラschola哲学てつがくに代かわる新あたらしい教程きょうていを目指めざした。全ぜん4部ぶ構成こうせいで、第だい1部ぶは形而上学けいじじょうがく(『省察せいさつ』の教科書きょうかしょ版ばん)、第だい2部ぶは物理学ぶつりがくの原理げんり(慣性かんせいの法則ほうそくや運動うんどうの三法則さんほうそくを含ふくむ)、第だい3部ぶは天体てんたい論ろん(渦動説かどうせつ)、第だい4部ぶは地上ちじょうの自然しぜん現象げんしょう(磁石じしゃく・潮汐ちょうせき・火ひなど)を扱あつかう。デカルトDescartesは本書ほんしょでヨーロッパEuropeの大学だいがくからアリストテレスの教科書きょうかしょを駆逐くちくしようとした。オランダNederlandでは一定いっていの成功せいこうを収おさめたが、フランスFranceの複数ふくすうの大学だいがくでは禁書きんしょ扱あつかいとなった。
  • 『情念論じょうねんろん』(Les Passions de l'âmeレ・パッシオン・ド・ラーム, 1649):最後さいごの著作ちょさく。エリザベトElisabeth王女おうじょとの書簡しょかんが直接ちょくせつの発端ほったん。全ぜん3部ぶ構成こうせいで、第だい1部ぶは心身しんしん相互作用そうごさようの仕組しくみ(動物どうぶつ精気せいき・松果体しょうかたい)、第だい2部ぶは情念じょうねんの六ろく基本型きほんがた──驚おどろき(admirationアドミラシオン)・愛あい・憎にくしみ・欲望よくぼう・喜よろこび・悲かなしみ──を列挙れっきょし、第だい3部ぶで個別こべつの情念じょうねん(嫉妬しっと・後悔こうかい・高邁こうまい(générositéジェネロジテ)など)を分析ぶんせきする。心理学しんりがくの先駆せんく。
  • 『規則論きそくろん』(Regulae ad directionem ingeniiレグラエ・アド・ディレクティオーネム・インゲニイ, 未完みかん・遺稿いこう):若わかきデカルトDescartesの方法論ほうほうろんの原型げんけい。問題もんだいを分解ぶんかいし、単純たんじゅんなものから複雑ふくざつなものへ積つみ上あげるという発想はっそうが生なまの形かたちで読よめる。1628–29年ねん頃ごろの執筆しっぴつで、全ぜん21則そくが計画けいかくされたが第だい18則そくまでの草稿そうこうしか残のこっていない。知識ちしきの基本きほん単位たんいとしての「単純たんじゅん本性ほんせい」(naturae simplices)、真理しんりを直接ちょくせつ把握はあくする「直観ちょっかん」(intuitus)と連鎖的れんさてき推論すいろんの「演繹えんえき」(deductio)の区別くべつなど、のちの主著しゅちょに発展はってんする核心かくしん概念がいねんが胚胎はいたいしている。『方法序説ほうほうじょせつ』より技術的ぎじゅつてきだが、デカルトDescartesの思考しこうの原石げんせきに触ふれられる。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

デカルトDescartesは生前せいぜんから叩たたかれた。しかも容赦ようしゃなく。

『省察せいさつ』に付つされた「反論はんろんと答弁とうべん」の第四だいよんセット。アルノーArnauldは、明晰めいせき判明はんめいな知覚ちかくの信頼性しんらいせいが神かみの誠実せいじつさに依存いぞんし、神かみの存在そんざいが明晰めいせき判明はんめいな知覚ちかくに依存いぞんする循環じゅんかんを突ついた(「デカルトDescartesの循環じゅんかん」)。デカルトDescartesは「現いま注意ちゅういを向むけている直観ちょっかん」と「過去かこの記憶きおくに基もとづく推論すいろん」を区別くべつして反論はんろんしたが、完全かんぜんには解消かいしょうできていない。400年ねん経たっても研究者けんきゅうしゃのあいだで決着けっちゃくがついていない論点ろんてんだ。

ホッブズHobbes(第三だいさん反論はんろん)は別べつの角度かくどから攻せめた。「私わたしは考かんがえる」から言いえるのは「考かんがえるという活動かつどうがある」までであって、「考かんがえる実体じったい」が存在そんざいするとは限かぎらない。「私わたしは散歩さんぽする、ゆえに私わたしは散歩さんぽである」とは言いわないだろう。思考しこうは行為こういであって実体じったいではない、と。デカルトDescartesはこの反論はんろんを軽かろく退しりぞけたが、問題もんだいは消きえなかった。

ガッサンディGassendi(第五だいご反論はんろん)は唯物論ゆいぶつろんの立場たちばからコギトcogitoを切きり崩くずそうとした。「思おもうもの」が非物質的ひぶっしつてき実体じったいである必然性ひつぜんせいはどこにあるのか。思考しこうが脳のうの活動かつどうであるなら、二元論にげんろんは不要ふようではないか。ガッサンディGassendiはデカルトDescartesを「精神せいしんよ」(ô mensオー・メンス)と呼よびかけ、デカルトDescartesはガッサンディGassendiを「肉体にくたいよ」(ô caroオー・カロ)と呼よび返かえした。二元論にげんろんそのものが罵ののしり言葉ことばになった瞬間しゅんかんだ。

後世こうせいではギルバートGilbert・ライルRyleが二元論にげんろんを「機械きかいの中なかの幽霊ゆうれい」(ghost in the machineゴースト・イン・ザ・マシーン)と呼よんで嘲笑ちょうしょうした(『心こころの概念がいねん』1949年ねん)。精神せいしんを独立どくりつした実体じったいとする発想はっそうそのものが「カテゴリーcategory錯誤さくご」だ、と。

現代げんだいの心こころの哲学てつがくで、二元論にげんろんをそのまま掲かかげる哲学者てつがくしゃはほとんどいない。だが問題もんだいは消きえていない。物理的ぶつりてきな脳のうから、なぜ主観的しゅかんてきな体験たいけんが立たち上あがるのか。デイヴィッドDavid・チャーマーズChalmersが「意識いしきのハード・プロブレム」と名なづけたこの謎なぞの根ねは、デカルトDescartesが心こころと身体しんたいを分わけたあの瞬間しゅんかんにまで遡さかのぼる。

影響えいきょうと遺産いさん

デカルトDescartesがいなければ、その後あとの哲学てつがくはまるで違ちがう地図ちずを描えがいていただろう。認識論にんしきろんが哲学てつがくの中心ちゅうしんに据すえられたのは、彼かれの仕事しごとの直接ちょくせつの結果けっかだ。

合理主義ごうりしゅぎの系譜けいふ。スピノザSpinozaは二元論にげんろんを拒否きょひし、精神せいしんと物体ぶったいを唯一ゆいいつの実体じったい(神かみすなわち自然しぜん)の二ふたつの属性ぞくせいとした。ライプニッツLeibnizは延長えんちょうの代かわりにモナドMonadeを置おいた。マルブランシュMalebrancheは心身しんしん相互作用そうごさようの難問なんもんを、神かみがすべての因果いんがを直接ちょくせつ媒介ばいかいするという「機会原因論きかいげんいんろん」(occasionalismeオカジオナリスム)で解決かいけつしようとした。いずれもデカルトDescartesが設定せっていした問題もんだいへの応答おうとう。

経験主義けいけんしゅぎの反撃はんげき。ロックLockeは「生得せいとく観念かんねん」(innate ideasイネイト・アイディアズ)を否定ひていし、精神せいしんは白紙はくし(tabula rasaタブラ・ラサ)だと主張しゅちょうした。バークリーBerkeleyは物質ぶっしつそのものを消去しょうきょし、ヒュームHumeは因果いんが関係かんけいの必然性ひつぜんせいを解体かいたいした。これらはすべて、デカルトDescartesが「確実かくじつな知識ちしきとは何なにか」を問とい立たてなければ起おこらなかった運動うんどうだ。

そしてカントKant。合理主義ごうりしゅぎと経験主義けいけんしゅぎの対立たいりつを統合とうごうしようとした批判ひはん哲学てつがくは、デカルトDescartesが開ひらいた認識論にんしきろんの戦場せんじょうのうえに建たてられている。20世紀せいきに入はいると、フッサールHusserlが『デカルト的デカルトてき省察せいさつ』(Cartesianische Meditationenカルテジアーニッシェ・メディタツィオーネン, 1931)でコギトcogitoの方法ほうほうを現象学げんしょうがくへと発展はってんさせた。意識いしきに現あらわれるものをありのままに記述きじゅつする、という現象学げんしょうがくの出発点しゅっぱつてんは、デカルトDescartesの主観しゅかんへの還元かんげんを継承けいしょうしつつ変形へんけいしたものだ。

哲学てつがくの外そとへの足跡あしあとも深ふかい。解析幾何学かいせききかがく(座標ざひょう平面へいめん)の発明はつめい。光ひかりの屈折くっせつ法則ほうそく(スネルSnell・デカルトDescartesの法則ほうそく)の定式化ていしきか。機械論的きかいろんてき自然観しぜんかんはニュートンNewton物理学ぶつりがくへの道みちを舗装ほそうした。「自然しぜんを数学すうがくで記述きじゅつする」という近代きんだい科学かがくの根本こんぽん姿勢しせいは、デカルトDescartesの二元論にげんろんが自然しぜんから精神せいしんを追おい出だしたことで可能かのうになった。

彼かれの名なを冠かんする「デカルトDescartes座標ざひょう」(直交ちょっこう座標系ざひょうけい)は、幾何学きかがくと代数学だいすうがくという別々べつべつの世界せかいを統合とうごうした。円えんを x² + y² = r² と書かき、放物線ほうぶつせんを y = x² と書かく。図形ずけいを方程式ほうていしきで操あやつり、方程式ほうていしきを図形ずけいで視覚化しかくかする。この対応たいおうがなければ、ニュートンNewtonとライプニッツLeibnizの微積分びせきぶんも、工学こうがくの設計せっけい図面ずめんも、そしてあなたが今いま見みているこの画面がめん上のすべすべてのグラフも存在そんざいしない。また代数だいすう記法きほう──未知数みちすうを x, y, z、既知数きちすうを a, b, c で表あらわす慣例かんれい──も『幾何学きかがく』(La Géométrie, 1637)に由来ゆらいする。高校こうこう数学すうがくで当あたり前まえに使つかっている道具どうぐの大半たいはんが、デカルトDescartesの手てから生うまれた。

現代げんだいへの接続せつぞく

スマートフォンsmartphoneの画面がめんを見みつめているとき、あなたはどこにいるか。指ゆびは画面がめんに触ふれている。目めは光ひかりを追おっている。だが「自分じぶん」は画面がめんの向むこう側がわのSNSのタイムラインにいる。身体しんたいはここに、意識いしきはあちらに。デカルトDescartesが哲学てつがくのなかで引ひいた分離線ぶんりせんを、テクノロジーが日常にちじょうのなかに敷しき直なおした。

VR(仮想現実かそうげんじつ)は、デカルトDescartesの懐疑かいぎを工学こうがくで実装じっそうした。ヘッドセットのなかでは視覚しかく・聴覚ちょうかく・空間くうかん感覚かんかくのすべてが作つくりものだ。「欺あざむく悪霊あくりょう」は今いまや家電量販店かでんりょうはんてんで買かえる。没入ぼつにゅうが深ふかまるほど、脳のうは仮想かそう環境かんきょうを「本物ほんもの」として処理しょりし始はじめる。手てが震ふるえ、心拍しんぱくが上あがる。夢ゆめと覚醒かくせいを区別くべつする基準きじゅんはあるか──デカルトDescartesの問といは、もはや哲学てつがくの思考しこう実験じっけんではなく、ユーザーエクスペリエンスの設計せっけい問題もんだいになった。

脳のう科学かがくは意識いしきを物質ぶっしつから説明せつめいしようとしている。神経しんけいの発火はっかパターンと主観的しゅかんてき体験たいけんのあいだの溝みぞ。「赤あか」を見みているとき、脳のうのどの部位ぶいが活性化かっせいかするかはわかる。だが「赤あかさ」を感かんじるとはどういうことか。これがチャーマーズChalmersの「ハード・プロブレム」であり、松果体しょうかたいでつまずいたデカルトDescartesの問といの直系ちょっけいの子孫しそんだ。

「疑うたがえ、とにかく疑うたがえ」。フェイクニュース、ディープフェイク、生成せいせいAIによる合成ごうせい画像がぞう。感覚かんかくを疑うたがえ、というデカルトDescartesの命令めいれいは、彼かれの時代じだいよりも今いまのほうがはるかに切実せつじつだ。ただしデカルトDescartesは、全すべてを疑うたがった末すえにコギトcogitoという一点いってんに着地ちゃくちできた。私わたしたちは疑うたがい方かただけを受うけ継つぎ、着地点ちゃくちてんは見失みうしなったままだ。

AIと意識いしきの問題もんだいは、デカルトDescartesの問といを別べつの形かたちで蒸むし返かえしている。彼かれは動物どうぶつには精神せいしんがないと言いった。根拠こんきょは二ふたつ。言語げんごを創造的そうぞうてきに操あやつれないこと、未知みちの状況じょうきょうに柔軟じゅうなんに対応たいおうできないこと。大規模だいきぼ言語げんごモデルは今いま、その両方りょうほうを──少すくなくとも外見上がいけんじょうは──達成たっせいしている。もし機械きかいが思考しこうのすべての行動こうどうテストに合格ごうかくしたら、それは「考かんがえている」のか? デカルトDescartesならおそらく否いなと答こたえるだろう。内的ないてき体験たいけんを伴ともなわない行動こうどうは、どれほど精巧せいこうでも機械きかいにすぎない、と。だがその回答かいとうは問といを押おし戻もどすだけだ。他者たしゃの内的ないてき体験たいけんを、自分じぶん以外いがいの誰だれがどうやって確認かくにんできる? 私わたしたちは再ふたたび、コギトcogitoの孤独こどくのなかに閉とじ込こめられる。

読者どくしゃへの問とい

  • 自分じぶんが「確実かくじつに知しっている」と言いい切きれるものは、一ひとつでもあるか。それは本当ほんとうに疑うたがい得えないか。
  • 痛いたみを感かんじているとき、「痛いたみ」は身体しんたいにあるのか、心こころにあるのか。その区別くべつに意味いみはあるか。
  • AIが「私わたしは考かんがえている」と出力しゅつりょくしたとき、それはコギトcogitoか。何なにが足たりないのか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

「良識りょうしき(bon sensボン・サンス)は、この世よで最もっとも公平こうへいに分わけ与あたえられたものである」 出典しゅってん:デカルトDescartes『方法序説ほうほうじょせつ』第一部だいいちぶ/原文げんぶん:"Le bon sens est la chose du monde la mieux partagée"

皮肉ひにくにも聞きこえる冒頭ぼうとうの一文いちぶん。誰だれもが自分じぶんの理性りせいには満足まんぞくしている、だからこそ方法ほうほうが要いる、という逆説ぎゃくせつ。

「私わたしは考かんがえる、ゆえに私わたしは存在そんざいする」 出典しゅってん:デカルトDescartes『方法序説ほうほうじょせつ』第四部だいよんぶ/原文げんぶん:"Je pense, donc je suis"(ラテン語ラテンご版ばん:Ego cogito, ergo sumエゴ・コギト、エルゴ・スム ──『哲学てつがく原理げんり』第一部だいいちぶ第だい7項こう)

哲学てつがく史上しじょう最もっとも引用いんようされる一文いちぶん。疑うたがいの底そこで掴つかんだ、たった一点いってんの手てがかり。

「私わたしはある、私わたしは存在そんざいする──このことは、私わたしがこれを言いい表あらわすたびに、あるいは精神せいしんで捉とらえるたびに、必然的ひつぜんてきに真しんである」 出典しゅってん:デカルトDescartes『省察せいさつ』第二だいに省察せいさつ/原文げんぶん:"Ego sum, ego existoエゴ・スム、エゴ・エクシスト, quoties a me profertur, vel mente concipitur, necessario esse verum"(AT VII, 25)

『省察せいさつ』での定式ていしき。「ゆえに」がない。推論すいろんではなく、思考しこうのただなかで存在そんざいを掴つかむ直接ちょくせつの行為こうい。

「私わたしは一ひとつの実体じったいであり、その全ぜん本質ほんしつないし本性ほんせいは考かんがえることのみにあり、存在そんざいするためにいかなる場所ばしょも必要ひつようとせず、いかなる物質的ぶっしつてきなものにも依存いぞんしない」 出典しゅってん:デカルトDescartes『方法序説ほうほうじょせつ』第四部だいよんぶ/原文げんぶん:"je connus de là que j'étais une substance dont toute l'essence ou la nature n'est que de penser, et qui, pour être, n'a besoin d'aucun lieu, ni ne dépend d'aucune chose matérielle"

心身しんしん二元論にげんろんの核心かくしん。場所ばしょも物質ぶっしつも要いらない自分じぶん。その自分じぶんが歯はの痛いたみに耐たえているとき、この宣言せんげんはどこまで本気ほんきでいられるか。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん):デカルトDescartes『方法序説ほうほうじょせつ』谷川たにかわ多佳子たかこ訳やく、岩波文庫いわなみぶんこ、1997年ねん。
  • (原典げんてん):デカルトDescartes『省察せいさつ』山田やまだ弘明ひろあき訳やく、ちくまちくま学芸文庫がくげいぶんこ、2006年ねん。
  • (原典げんてん):Descartes, René. Œuvres de Descartes, ed. Charles Adam & Paul Tannery (AT), 11 vols. Paris: Vrin, 1964–1974. 標準ひょうじゅん全集ぜんしゅう。
  • (概説がいせつ):小林こばやし道夫みちお『デカルトDescartes入門にゅうもん』ちくまちくま新書しんしょ、2006年ねん。日本語にほんごで最もっともバランスのとれた入門書にゅうもんしょ。
  • (研究けんきゅう):Cottingham, John. Descartes. Oxford: Blackwell, 1986. 英語圏えいごけんの標準的ひょうじゅんてきな研究けんきゅう入門にゅうもん。
  • (研究けんきゅう):Williams, Bernard. Descartes: The Project of Pure Enquiry. London: Penguin, 1978. 方法的ほうほうてき懐疑かいぎの哲学的てつがくてき意義いぎを鮮あざやかに分析ぶんせき。
  • (書簡しょかん):Shapiro, Lisa (ed. & trans.). The Correspondence between Princess Elisabeth of Bohemia and René Descartes. Chicago: University of Chicago Press, 2007. 心身しんしん問題もんだいの核心かくしんに迫せまる往復書簡おうふくしょかんの英訳えいやく。
  • (概説がいせつ):所ところ雄章ゆうしょう『デカルトDescartes=哲学てつがくの起源きげん』講談社こうだんしゃ学術文庫がくじゅつぶんこ、2009年ねん。日本にほんのデカルトDescartes研究けんきゅうを牽引けんいんした著者ちょしゃの集大成しゅうたいせい。
  • (ウェブweb):Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Descartes' Epistemology" (first published 1997, substantive revision 2020). https://plato.stanford.edu/entries/descartes-epistemology/