紀元前きげんぜん399年ねん、初夏しょかのアテナイAthēnai。500人にんを超こえる陪審員ばいしんいんが詰つめかけた法廷ほうていに、70歳さいの老人ろうじんが立たっている。裸足はだしで、薄汚うすよごれた外套がいとうを纏まとい、弁護人べんごにんも原稿げんこうも持もたない。告発状こくはつじょうにはこうある。「ソクラテスSōkratēsは罪つみを犯おかしている。国家こっかの認みとめる神々かみがみを認みとめず、別べつの新あたらしい霊的れいてきなもの(ダイモニアdaimonia)を導入どうにゅうし、青年せいねんを腐敗ふはいさせている」(24b-c)。求刑きゅうけいは死刑しけい。告発者こくはつしゃは3人にん。メレトスMelētos、アニュトスAnytos、リュコンLykōn。そして被告ひこくは、何一なにひとつ書かき残のこさなかった男おとこ。

プラトンPlatōnの『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』は、この裁判さいばんの記録きろくである。あるいは、記録きろくを装よそおった哲学てつがくの宣言せんげんだ。タイトルtitleの「弁明べんめい」(アポロギアapologia)は謝罪しゃざいではない。法廷ほうていでの防御ぼうぎょ弁論べんろんを意味いみするギリシャGreece語ごだ。だが読よみ進すすめるとすぐにわかる。ソクラテスSōkratēsは自分じぶんを守まもろうとしていない。彼かれは攻せめている。裁さばかれているのは自分じぶんではなくアテナイAthēnaiだ、と言いわんばかりの態度たいどで。

なぜ今いまこのテクストtextを読よむのか。「空気くうきを読よめ」という圧力あつりょくの中なかで生いきている人間にんげんにとって、ソクラテスSōkratēsの弁明べんめいは異物いぶつだ。自分じぶんの考かんがえを言いえば殺ころされるとわかっていて、なおそれを言いう人間にんげんがいた。しかもその内容ないようは「私わたしは何なにも知しらない」という告白こくはくから始はじまる。知しらないと認みとめることが、なぜ命いのちがけに値あたいするのか。

法廷ほうていの空気くうきを想像そうぞうしてほしい。500人にんの視線しせん。蝉せみの声こえと埃ほこり。告発こくはつ側がわの弁論べんろんは終おわり、いよいよ被告ひこくが口くちを開ひらく。ソクラテスSōkratēsは最初さいしょの一言ひとことで弁論べんろんの作法さほうを拒否きょひする。「巧たくみに語かたる者もの」だと言いわれたが、私わたしの言葉ことばは装飾そうしょくのない素すのままだ、と(17a-b)。この宣言せんげんから、西洋せいよう哲学てつがくで最もっとも有名ゆうめいな裁判さいばん記録きろくが動うごき出だす。原著げんちょの流ながれに沿そって、この法廷ほうてい劇げきを追おいかけてみよう。

この記事きじの要点ようてん

  • 「弁明べんめい」は弁明べんめいではない:ソクラテスSōkratēsは無罪むざいを勝かち取とろうとしていない。法廷ほうていを舞台ぶたいに、「吟味ぎんみする生せい」(ビオス・エクセタスティコスbios exetastikos)こそが人間にんげんに値あたいする唯一ゆいいつの生せいであることを公開こうかい論証ろんしょうしている。弁論べんろんの形かたちをした哲学てつがくの実演じつえん。
  • 「吟味ぎんみされない生せいは生いきるに値あたいしない」(38a):西洋せいよう哲学てつがくで最もっとも引用いんようされる一文いちぶん。自分じぶんの信念しんねんを疑うたがい、他者たしゃと問答もんどうし、根拠こんきょなき思おもい込こみを剥はがす営いとなみ。ソクラテスSōkratēsはその営いとなみを止やめるくらいなら死しぬ、と言いい切きった。
  • 死しの恐怖きょうふを無知むちとして退しりぞける論証ろんしょう:死しを恐おそれるのは「知しらないのに知しっているふりをすること」だとソクラテスSōkratēsは指摘してきする(29a-b)。死しが善ぜんか悪あくかは誰だれにもわからない。わからないものを恐おそれて行動こうどうを曲まげるのは、無知むちに屈服くっぷくすることだ。

書物しょもつの基本きほん情報じょうほう

  • 著者ちょしゃ:プラトンPlatōn(前ぜん427年ねん頃ごろ〜前ぜん347年ねん)。裁判さいばん当時とうじ28歳さい前後ぜんご、法廷ほうていに列席れっせきしていた(34a, 38b)。
  • 成立せいりつ年代ねんだい:前ぜん399年ねんの裁判さいばん直後ちょくご〜前ぜん390年代ねんだい。プラトンPlatōn初期しょき対話たいわ篇へんのなかでも最もっとも早はやい時期じきの作品さくひんとされる。
  • ジャンルgenre:法廷ほうてい弁論べんろん(アポロギアapologia)。対話たいわ篇へんではなく独白どくはく形式けいしき(メレトスMelētosとの短みじかい問答もんどうを除のぞく)。
  • 採用さいよう底本ていほん:Burnet, John (ed.), Platonis Opera, Tomus I, Oxford Classical Texts, 1900. ステファヌスStephanus頁ページ番号ばんごう(17a〜42a)で参照さんしょう。
  • 主要しゅよう邦訳ほうやく:久保くぼ勉つとむ訳やく『ソクラテスSōkratēsの弁明べんめい・クリトンKritōn』岩波いわなみ文庫ぶんこ。納富のうとみ信留のぶる訳やく『ソクラテスSōkratēsの弁明べんめい』光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ、2012年ねん。田中たなか美知太郎みちたろう・藤沢ふじさわ令夫のりお訳やく『プラトン全集ぜんしゅう』第だい1巻かん、岩波いわなみ書店しょてん。

目次もくじマップ

『弁明べんめい』に章しょう番号ばんごうはない。一人ひとりの男おとこが法廷ほうていで語かたり続つづける、一連いちれんの弁論べんろんだ。学術がくじゅつ上じょうは三さんつの弁論べんろんに区分くぶんされる。

  • 第一弁論だいいちべんろん(17a–35d):告発こくはつへの反論はんろんと哲学てつがく的てき使命しめいの弁明べんめい
    • 序言じょげん(17a–18a):弁論べんろん術じゅつの拒否きょひ
    • 旧来きゅうらいの告発者こくはつしゃへの反論はんろん(18a–24b):偏見へんけんとの戦たたかいとデルポイDelphoiの神託しんたく
    • メレトスMelētosへの反駁はんばく(24b–28a):論理ろんりによる告発こくはつの解体かいたい
    • 哲学てつがく的てき使命しめいの論証ろんしょう(28a–34b):持もち場ばを離はなれない兵士へいしの比喩ひゆ、虻あぶの比喩ひゆ
    • 結語けつご(34b–35d):嘆願たんがんの拒否きょひ
  • 第二弁論だいにべんろん(35e–38b):有罪ゆうざい評決ひょうけつ後ごの量刑りょうけい反対はんたい提案ていあん
  • 第三弁論だいさんべんろん(38c–42a):死刑しけい確定かくてい後ごの最終さいしゅう演説えんぜつ

原著げんちょ目次もくじに沿そった逐次ちくじ解説かいせつ

1. 序言じょげん:弁論べんろん術じゅつの拒否きょひ(17a–18a)

ソクラテスSōkratēsは開口かいこう一番いちばん、「告発者こくはつしゃたちの言葉ことばは巧たくみだったが、真実しんじつはほとんど語かたられなかった」と切きり出だす(17a)。この冒頭ぼうとうはただの前置まえおきではない。弁論べんろん術じゅつ(レートリケーrhētorikē)が支配しはいする法廷ほうていという空間くうかんに対たいする宣戦せんせん布告ふこくだ。当時とうじのアテナイAthēnaiの裁判さいばんでは、被告ひこくが泣なき落おとしや巧たくみな修辞しゅうじで陪審員ばいしんいんの同情どうじょうを引ひくのが常套じょうとう手段しゅだんだった。ソクラテスSōkratēsはその手段しゅだんを最初さいしょから放棄ほうきする。

「私わたしからは、あなたがたが慣なれているような見事みごとな弁論べんろんは聞きけないだろう。広場ひろばや両替りょうがえ所じょの前まえで話はなすのと同おなじ言葉ことばで語かたる」(17c-d)。両替りょうがえ所じょの前まえ、という細部さいぶに注意ちゅういしたい。アゴラagoraの雑踏ざっとうで通行人つうこうにんをつかまえて問答もんどうする、あの日常にちじょうのソクラテスSōkratēsがそのまま法廷ほうていに入はいってきた。場ばに合あわせて言葉ことばを変かえることを、彼かれは拒こばんだ。

ここには戦略せんりゃく的てきな計算けいさんも含ふくまれていただろう。「飾かざらない言葉ことば」という表明ひょうめい自体じたいが、弁論べんろん術じゅつの一種いっしゅではないか、という疑うたがいは古代こだいからあった。だがテクストtextを読よむ限かぎり、ソクラテスSōkratēsは本気ほんきだ。彼かれが法廷ほうていに持もち込こもうとしているのは「説得せっとく」ではなく「真実しんじつ」であり、その二ふたつは彼かれのなかで明確めいかくに区別くべつされている。次つぎにソクラテスSōkratēsは、自分じぶんが相手あいてにしなければならない告発こくはつが二種類にしゅるいあると宣言せんげんする。

2. 旧来きゅうらいの告発者こくはつしゃへの反論はんろん(18a–24b)

法的ほうてきな告発こくはつよりも手強てごわい敵てきがいる、とソクラテスSōkratēsは言いう。「旧来きゅうらいの告発者こくはつしゃたち」(18a-b)。名前なまえすらわからない連中れんちゅう。長年ながねんにわたってアテナイAthēnai市民しみんの耳みみに吹ふき込こんできた偏見へんけん。「ソクラテスSōkratēsは天上てんじょうと地下ちかのことを研究けんきゅうし、弱よわい議論ぎろんを強つよい議論ぎろんにすり替かえる男おとこだ」と。アリストパネスAristophanēsの喜劇きげき『雲くも』(前ぜん423年ねん初演しょえん)が典型てんけいだ。劇中げきちゅうのソクラテスSōkratēsは籠かごに吊つるされて空中くうちゅうを歩あるき、屁理屈へりくつで借金しゃっきんを踏ふみ倒たおす方法ほうほうを教おしえる詐欺さぎ師しとして描えがかれている(19c)。裁判さいばんの四半しはん世紀せいき前まえの喜劇きげきが、陪審員ばいしんいんたちの脳のうに焼やきついている。

ソクラテスSōkratēsは否定ひていする。自然しぜん研究けんきゅうはやっていない。報酬ほうしゅうを取とって教おしえてもいない(19d-e)。ではなぜこんな評判ひょうばんが立たったのか。ここで彼かれはデルポイDelphoiの神託しんたくの話はなしを持もち出だす。友人ゆうじんカイレポンChairephōnがデルポイDelphoiの神殿しんでんで「ソクラテスSōkratēsより知恵ちえある者ものはいるか」と聞きいた。巫女みこピュティアPythiaは答こたえた。誰だれもいない(21a)。

ソクラテスSōkratēsは困惑こんわくした。自分じぶんが知恵ちえある者ものだとは思おもえない。神かみは嘘うそをつかないはずだ。では神託しんたくの意味いみは何なんなのか。この問といが彼かれの後半こうはん生せいを規定きていした。神託しんたくを「反駁はんばくする」ために、知恵ちえがあると評判ひょうばんの人間にんげんを片端かたはしから訪たずねて問答もんどうした。政治せいじ家か、詩人しじん、職人しょくにん。三者さんしゃの結果けっかは微妙びみょうに違ちがった。政治せいじ家かは評判ひょうばんほどの知恵ちえを持もっていなかった(21c-d)。詩人しじんは優すぐれた作品さくひんを書かいていたが、自分じぶんが何なにを書かいたのか説明せつめいできなかった。霊感れいかん(エンテウシアスモスenthousiasmos)によって作つくっているのであって、知恵ちえによってではない(22a-c)。職人しょくにんは唯一ゆいいつ、自分じぶんの技術ぎじゅつについて本物ほんものの知識ちしきを持もっていた。ただし、自分じぶんの技わざに長たけているがゆえに、他たの大おおきな問題もんだいについても知恵ちえがあると思おもい込こんでいた(22d-e)。共通きょうつうするのはこの一点いってんだ。彼かれらは知しらないことを知しっていると思おもい込こんでいた。ソクラテスSōkratēsだけが「知しらないということを知しっている」(21d)。この一点いってんで自分じぶんのほうがわずかに知恵ちえがある。神託しんたくはそう言いいたかったのだ、と。

ここがこの書物しょもつの最初さいしょの急所きゅうしょだ。「無知むちの知ち」(伝統でんとう的てきにこう呼よばれるが、テクストtextにこの定式ていしきはない)は、知識ちしきの謙遜けんそんではない。武器ぶきだ。自分じぶんが何なにを知しらないかを自覚じかくしている人間にんげんは、知しっているつもりの人間にんげんに対たいして圧倒あっとう的てきに有利ゆうりになる。そしてその有利ゆうりさが、相手あいての怒いかりを買かう。ソクラテスSōkratēsが嫌きらわれた理由りゆうは単純たんじゅんだ。問答もんどうで恥はじをかかされた人間にんげんが山やまほどいた。裁判さいばんの背後はいごにあるのは、法ほうの問題もんだいというより恨うらみの蓄積ちくせきだった。

しかもそれだけではない。若わかい連中れんちゅうが面白おもしろがってソクラテスの真似まねを始はじめた(23c-d)。暇ひまを持もて余あました富裕ふゆう層そうの子弟していが、ソクラテスSōkratēsのそばにくっついて歩あるき、知しったかぶりの大人おとなを問とい詰つめて遊あそんでいた。恥はじをかかされた大人おとなたちは、自分じぶんが馬鹿ばかだったとは認みとめたくない。だから「ソクラテスSōkratēsが若者わかものを腐敗ふはいさせている」と言いう(23d)。告発こくはつの真しんの原因げんいんは、法律ほうりつ上じょうの罪状ざいじょうではなく、この恨うらみだとソクラテスSōkratēsは見抜みぬいている。

3. メレトスMelētosへの反駁はんばく(24b–28a)

旧来きゅうらいの偏見へんけんを片かたづけたソクラテスSōkratēsは、正式せいしきな告発こくはつ者しゃメレトスMelētosに向むき直なおる。ここだけが、弁明べんめいのなかで唯一ゆいいつの対話たいわ形式けいしきになる。ソクラテスSōkratēsはいつもの問答もんどうを法廷ほうていでやってみせるのだ。

「青年せいねんを腐敗ふはいさせている」という告発こくはつに対たいして、ソクラテスSōkratēsは聞きく。では誰だれが青年せいねんを「善よくする」のか。メレトスMelētosは答こたえる。「法律ほうりつだ」(24d-e)。ソクラテスSōkratēsは追及ついきゅうする。では具体ぐたい的てきに誰だれが? 陪審員ばいしんいんか。議員ぎいんか。傍聴人ぼうちょうにんか。メレトスMelētosは「全員ぜんいん」と答こたえてしまう(25a)。つまりアテナイAthēnai市民しみん全員ぜんいんが青年せいねんを善よくし、ソクラテスSōkratēs一人ひとりだけが腐敗ふはいさせている、と。馬うまの調教ちょうきょうを例れいにソクラテスSōkratēsは切きり返かえす。馬うまを善よくできるのは専門せんもんの調教ちょうきょう師しだけで、大多数だいたすうは馬うまを悪わるくする。人間にんげんも同おなじではないか(25a-b)。

さらにソクラテスSōkratēsは追おい討うちをかける。仮かりに私わたしが若者わかものを悪わるくしているとしよう。それは故意こいか、過失かしつか。故意こいなら愚おろかだ。悪わるくなった人間にんげんが近ちかくにいれば、自分じぶんにも害がいが及およぶ。過失かしつなら裁判さいばんではなく教育きょういくが必要ひつようだ(25d-26a)。どちらにしてもメレトスMelētosの告発こくはつは成なり立たたない。ソクラテスSōkratēsは相手あいての論理ろんりを内部ないぶから崩くずす。自分じぶんの立場たちばを述のべるのではなく、相手あいての立場たちばが自壊じかいするように仕向しむける。これがエレンコスelenchos(論駁ろんばく)だ。

不敬ふけい神しんの訴因そいんに対たいしては、さらに鋭するどい。「私わたしが神かみを信しんじていないと言いうのか、それとも別べつの神かみを信しんじていると言いうのか」とソクラテスSōkratēsは問とい詰つめる(26b-c)。告発こくはつ状じょうには「新あたらしい霊的れいてきなものを導入どうにゅうする」と書かいてある。霊的れいてきなもの(ダイモニアdaimonia)を信しんじているなら、ダイモンdaimōn(神霊しんれい)の存在そんざいを認みとめていることになる。ダイモンdaimōnは神かみの子こだ。神かみの子こを信しんじていて神かみを信しんじていないというのは、馬うまの子こを信しんじていて馬うまを信しんじていないと言いうのと同おなじくらい馬鹿ばかげている(27d-e)。論理ろんりの網あみは鮮あざやかだ。メレトスMelētosは言葉ことばに詰つまる。

ただし、この論駁ろんばくが裁判さいばんの結果けっかを変かえたかといえば、変かえていない。メレトスMelētosの論理ろんり的てきな崩壊ほうかいを500人にんの陪審員ばいしんいんが目撃もくげきしても、評決ひょうけつは有罪ゆうざいだった。論理ろんりで勝かっても裁判さいばんには負まける。哲学てつがくが政治せいじの前まえで無力むりょくになる瞬間しゅんかんを、プラトンPlatōnは師しの口くちを借かりて記録きろくした。

4. 哲学てつがく的てき使命しめいの論証ろんしょう(28a–34b)

ここからが弁明べんめいの核心かくしんだ。告発こくはつへの法的ほうてきな反論はんろんを終おえたソクラテスSōkratēsは、自分じぶんの生いき方かたそのものを正面しょうめんから論ろんじ始はじめる。

まずソクラテスSōkratēsはアキレウスAchilleusを引ひく。母ははテティスThetisから「ヘクトルHektōrを殺ころせばおまえもすぐに死しぬ」と警告けいこくされたとき、アキレウスAchilleusは死しを恐おそれるより「友ともの仇かたきを討うたずに生いきること」を恥はじとした(28c-d)。陪審員ばいしんいんなら知しっている話はなしだ。ソクラテスSōkratēsはこの英雄えいゆうを自分じぶんの先例せんれいにする。死しを恐おそれて持もち場ばを離はなれる兵士へいしは臆病者おくびょうものだ。ポティダイアPotidaia、アンピポリスAmphipolis、デリオンDēlion。自分じぶんは三度さんどの戦闘せんとうで命令めいれいされた持もち場ばを離はなれなかった。ならば神かみが命めいじた持もち場ば、すなわち「吟味ぎんみする生せい」を、死しを恐おそれて放棄ほうきするわけにはいかない(28d-29a)。

陪審員ばいしんいんの多おおくは従軍じゅうぐん経験者けいけんしゃだ。ソクラテスSōkratēsはそれを知しっている。「持もち場ばを離はなれない」という軍事ぐんじ的てき名誉めいよを、哲学てつがく的てき使命しめいに重かさねている。だがその直後ちょくごに、ソクラテスSōkratēsは陪審員ばいしんいんを挑発ちょうはつする。「たとえあなたがたが私わたしを無罪むざいにしても、条件じょうけんとして問答もんどうをやめろと言いうなら、私わたしはあなたがたではなく神かみに従したがう」(29d)。命いのちを助たすけてやると言いわれても、哲学てつがくをやめるくらいなら死しを選えらぶ、と。

ではやめないとして、何なにをするのか。ソクラテスSōkratēsはここで自分じぶんの日常にちじょうを語かたる。通とおりすがりのアテナイAthēnai市民しみんをつかまえて、こう声こえをかける。「あなたは金かねや評判ひょうばんや名誉めいよのことばかり気きにかけて、知恵ちえや真理しんりや、魂たましいをできる限かぎり善よくすることには心こころを砕くだかないのか。恥はずかしくはないか」(29d-e)。相手あいてが「気きにかけている」と答こたえれば、吟味ぎんみする。「徳とくを持もっている」と言いうなら、本当ほんとうかどうか確たしかめる。持もっていなければ「最もっとも価値かちあるものを軽かろんじ、劣おとったものを重おもんじている」と叱しかる(30a)。老人ろうじんにも若者わかものにも、外国人がいこくじんにも同胞どうほうにも。誰だれに対たいしても同おなじことをする(30a-b)。これが彼かれの言いう「神かみへの奉仕ほうし」の中身なかみだ。哲学てつがくは書斎しょさいの仕事しごとではなく、路上ろじょうの行為こういだった。

この態度たいどは傲慢ごうまんか。裁判さいばんを馬鹿ばかにしているのか。そうかもしれない。だがソクラテスSōkratēsには論理ろんりがある。死しを恐おそれることは「知しらないのに知しっていると思おもい込こむ」ことの最もっとも典型てんけい的てきな事例じれいだ(29a-b)。死しが悪あくいものかどうか、誰だれも知しらない。知しらないものを恐おそれて行動こうどうを変かえるのは、彼かれが生涯しょうがい批判ひはんしてきた「見みせかけの知ち」と同おなじ構造こうぞうだ。ソクラテスSōkratēsがここで死しを受うけ入いれたのは、勇敢ゆうかんだからではない。一貫いっかんしているからだ。

そして有名ゆうめいな「虻あぶ」(ミュオープスmyōps)の比喩ひゆが登場とうじょうする。アテナイAthēnaiは「大おおきくて血統けっとうのよい、しかし図体ずうたいのせいで鈍にぶくなった馬うま」であり、ソクラテスSōkratēsはその馬うまに止とまって刺さし続つづける虻あぶだ(30e-31a)。私わたしを殺ころせば、あなたがたは残のこりの人生じんせいを眠ねむって過すごすことになる、と。脅おどしではない。診断しんだんだ。

その証拠しょうことしてソクラテスSōkratēsは自分じぶんの過去かこを持もち出だす。民主みんしゅ政せいの下もとで、アルギヌサイArginousai海戦かいせんの将軍しょうぐんたちを一括いっかつ裁判さいばんにかけようとした評議会ひょうぎかいで、ソクラテスSōkratēsはただ一人ひとり反対はんたいした(32a-c)。法ほうに反はんする手続てつづきだったからだ。群衆ぐんしゅうが怒おこり、逮捕たいほすると脅おどした。彼かれは動うごかなかった。寡頭かとう政せいの下もとでは、三十人さんじゅうにん僭主せんしゅがサラミスSalamisのレオンLeōnを不正ふせいに連行れんこうせよと命めいじたとき、他ほかの四人よにんは従したがったが、ソクラテスSōkratēsは黙だまって家いえに帰かえった(32c-d)。僭主せんしゅ政せいが続つづいていたら殺ころされていただろう、と彼かれは淡々たんたんと言いう。重要じゅうようなのは、民主みんしゅ政せいであれ寡頭かとう政せいであれ、彼かれが不正ふせいな命令めいれいには従したがわなかった点てんだ。体制たいせいではなく正不正せいふせいが基準きじゅんだった。

ここでソクラテスSōkratēsは「ダイモニオンdaimonion」(神的しんてきな徴しるし)についても語かたる(31c-d)。幼少ようしょう時じからある種しゅの声こえが聞きこえ、それは常つねに「止とめること」だけをする。「やるな」とは言いうが、「やれ」とは言いわない。不思議ふしぎな抑制よくせい装置そうち。ソクラテスSōkratēsが政治せいじに関かかわらなかったのは、このダイモニオンdaimonionが止とめたからだという。政治せいじに入はいれば、正義せいぎを貫つらぬこうとして即座そくざに殺ころされていただろう、と。

5. 結語けつご:嘆願たんがんの拒否きょひ(34b–35d)

弁論べんろんの締しめくくりで、ソクラテスSōkratēsはもう一ひとつの慣習かんしゅうを蹴けった。アテナイAthēnaiの法廷ほうていでは、被告ひこくが幼おさない子供こどもを連つれてきて泣なかせ、陪審員ばいしんいんの同情どうじょうを絞しぼり出だすのが定石じょうせきだった。ソクラテスSōkratēsには3人にんの息子むすこがいた。一人ひとりも連つれてこなかった(34c-d)。嘆願たんがんは陪審員ばいしんいんに「恩恵おんけい」を求もとめることであり、陪審員ばいしんいんの仕事しごとは恩恵おんけいを施ほどこすことではなく「正ただしく裁さばくこと」だ(35b-c)。嘆願たんがんに応おうじる陪審員ばいしんいんは、法ほうではなく感情かんじょうで裁さばいている。それは陪審員ばいしんいんの宣誓せんせい違反いはんだ。

自分じぶんの命いのちがかかっている場面ばめんで、被告ひこくが陪審員ばいしんいんに職業しょくぎょう倫理りんりを説といている。助たすけてくれとは頼たのまない。「あなたたちが正ただしくあれ」と求もとめる。第一弁論だいいちべんろんの最後さいごの言葉ことばは、自分じぶんのためではなく陪審員ばいしんいんのために発はっせられた。

この拒否きょひは美学びがくではない。論理ろんりだ。嘆願たんがんによって無罪むざいを得えれば、それは法ほうに基もとづく判断はんだんではなく、同情どうじょうに基もとづく恩赦おんしゃになる。ソクラテスSōkratēsは生涯しょうがいを通つうじて「不正ふせいを行おこなうことは不正ふせいを受うけることより悪わるい」(29b)と主張しゅちょうしてきた。陪審員ばいしんいんに宣誓せんせい違反いはんをさせること、つまり感情かんじょうで裁さばかせることは、彼かれらに不正ふせいを行おこなわせることだ。自分じぶんが助たすかるために他者たしゃに不正ふせいをさせる。ソクラテスSōkratēsにとって、それは死しよりも避さけるべきことだった。

6. 第二弁論だいにべんろん:量刑りょうけいへの反対はんたい提案ていあん(35e–38b)

評決ひょうけつは有罪ゆうざい。280対たい220(通説つうせつ。36aからの推定すいてい)。僅差きんさだ。アテナイAthēnaiの裁判さいばんでは、有罪ゆうざい確定かくてい後ごに告発こくはつ側がわと被告ひこく側がわがそれぞれ量刑りょうけいを提案ていあんし、陪審員ばいしんいんがどちらかを選えらぶ。告発こくはつ側がわは死刑しけい。ソクラテスSōkratēsは何なにを提案ていあんするか。

普通ふつうなら追放ついほうか高額こうがくの罰金ばっきんを提案ていあんして命いのちを拾ひろうところだ。ソクラテスSōkratēsは言いう。自分じぶんが本当ほんとうに「受うけるに値あたいする」ものは何なんだろうか。国家こっかに貢献こうけんした人間にんげんに与あたえられる栄誉えいよ、プリュタネイオンPrytaneion(迎賓館げいひんかん)での食事しょくじ。オリンピアOlympiaの競走きょうそう馬ばの優勝ゆうしょう者しゃが受うける栄誉えいよを、自分じぶんこそ受うけるべきだ。なぜなら彼かれらはあなたがたを「幸福こうふくに見みせかける」が、私わたしは「本当ほんとうに幸福こうふくにしようとしている」のだから(36d-e)。

法廷ほうていは騒然そうぜんとしただろう。死刑しけい求刑きゅうけいに対たいして、被告ひこくが「国賓こくひん待遇たいぐうをくれ」と言いっている。挑発ちょうはつか。正気しょうきなのか。最終さいしゅう的てきにソクラテスSōkratēsは、プラトンPlatōnら友人ゆうじんたちが保証人ほしょうにんになる形かたちで30ムナmnaの罰金ばっきんを提案ていあんした(38b)。だが陪審員ばいしんいんはそれを退しりぞけ、死刑しけいを選えらんだ。しかも、有罪ゆうざい票ひょうは増ふえた(36a)。プリュタネイオンPrytaneionの件くだりが逆効果ぎゃくこうかだったわけだ。

なぜ追放ついほうを提案ていあんしなかったのか。ソクラテスSōkratēsは自問じもんしている。別べつの都市としに行いって静しずかに暮くらせばよいではないか。だが静しずかに暮くらすとは、問答もんどうをやめることを意味いみする。問答もんどうをやめて生いきることは彼かれにとって生いきていないのと同おなじだ。かといって他たの都市としで問答もんどうを続つづければ、そこでもまた追放ついほうされる。「若者わかものたちが私わたしについて来くる」(37d-e)のだから。追放ついほうは問題もんだいを先送さきおくりにするだけだとソクラテスSōkratēsは見抜みぬいている。そしてこの文脈ぶんみゃくで、西洋せいよう哲学てつがく史し上じょう最もっとも有名ゆうめいな一文いちぶんが出でてくる。「吟味ぎんみされない生せいは、人間にんげんにとって生いきるに値あたいしない」(38a)。

7. 第三弁論だいさんべんろん:最終さいしゅう演説えんぜつ(38c–42a)

死刑しけいが確定かくていした。ソクラテスSōkratēsは最後さいごに二ふたつの聴衆ちょうしゅうに向むけて語かたる。

有罪ゆうざいに投票とうひょうした者ものたちに向むけて。あなたがたは私わたしの死しによって解放かいほうされたと思おもうだろうが、逆ぎゃくのことが起おきる。私わたしを殺ころすことで、もっと多おおくの、もっと若わかい、もっと容赦ようしゃのない吟味ぎんみ者しゃがやってくる(39c-d)。人ひとを殺ころして批判ひはんを封ふうじることはできない。自分じぶん自身じしんを「善よくする」ことでしか批判ひはんは止とまらない、と。預言よげんのような口調くちょうだ。

無罪むざいに投票とうひょうした者ものたちに向むけて。ここでソクラテスSōkratēsの声こえは穏おだやかになる。まず彼かれは一ひとつの証拠しょうこを挙あげる。裁判さいばんの間あいだ、ダイモニオンdaimonionが一度いちども自分じぶんを止とめなかった(40a-b)。朝あさ家いえを出でるときも、法廷ほうていに上あがるときも、弁論べんろんの最中さいちゅうも。いつもなら些細ささいなことでも制止せいしするあの声こえが沈黙ちんもくしていた。ということは、今日きょう起おきたこと──有罪ゆうざい判決はんけつと死刑しけい──は「善よいこと」なのかもしれない。論証ろんしょうというよりは直観ちょっかんの告白こくはく。だがソクラテスSōkratēsにとって、ダイモニオンdaimonionの沈黙ちんもくは論理ろんりと同等どうとうの根拠こんきょだった。

そのうえで死しについて語かたる。死しは二ふたつのうちのどちらかだ。完全かんぜんな無む、夢ゆめも見みない眠ねむり。あるいは、魂たましいが別べつの場所ばしょへ旅たび立だつこと(40c-41a)。どちらでも悪わるくない。無むであれば、それは人生じんせいで最高さいこうの一夜いちやの眠ねむりだ。大王だいおうでさえこれほど安やすらかな夜よるは滅多めったに過すごせまい、とソクラテスSōkratēsは付つけ加くわえる(40d-e)。旅たびであれば、ホメロスHomērosやヘシオドスHēsiodosに、不当ふとうな裁判さいばんで殺ころされたパラメデスPalamēdēsや大だいアイアスAiasに、トロイアTroia遠征えんせいの英雄えいゆうオデュッセウスOdysseusに会あえる。そこでも彼かれらを吟味ぎんみしてやろう。「あちらの世界せかいの住人じゅうにんは、こちらのように吟味ぎんみしたからといって死刑しけいにはしないだろうから」(41b-c)。冗談じょうだんか本気ほんきか判然はんぜんとしない。そこがいい。

この二者択一にしゃたくいつの論法ろんぽうは、厳密げんみつには証明しょうめいではない。死後しごに第三だいさんの可能かのう性せい──苦痛くつうを伴ともなう意識いしきの継続けいぞく──がありえないとは示しめされていない。だがソクラテスSōkratēsの論点ろんてんはそこにはない。死しがどんなものかは「わからない」。わからないものについて確定かくてい的てきな恐怖きょうふを抱いだくのは不合理ふごうりだ。この認識にんしき論ろん的てきな禁欲きんよくが、死しの恐怖きょうふに対たいする彼かれの一貫いっかんした態度たいどだ。

そして最後さいごの一文いちぶん。「立たち去さる時ときが来きた。私わたしは死しぬために、あなたがたは生いきるために。どちらがより善よい方ほうへ向むかうのか、神かみのほかには誰だれにもわからない」(42a)。ここでテクストtextは終おわる。結論けつろんはない。答こたえもない。問といだけが残のこる。

核心かくしん概念がいねんと論証ろんしょうの骨格こっかく

『弁明べんめい』は法廷ほうていの独白どくはくだが、その裏うらには骨組ほねぐみがある。見みた目めの自由じゆうさに騙だまされてはいけない。四よっつの概念がいねんが噛かみ合あって全体ぜんたいを駆動くどうしている。

1. 人間的にんげんてき知恵ちえ(アントローピネー・ソピアanthrōpinē sophia)。神かみのみが真しんの知恵ちえを持もち、人間にんげんの知恵ちえは「ほとんど無む価値かち」(23a)。ソクラテスSōkratēsが他たの人間にんげんより知恵ちえがあるとすれば、自分じぶんの無知むちを自覚じかくしている一点いってんのみ。

2. 吟味ぎんみする生せい(エクセタゾメノス・ビオスexetazomenos bios)。自分じぶんと他者たしゃの信念しんねんを問答もんどうによって検証けんしょうする営いとなみ。この営いとなみを放棄ほうきした瞬間しゅんかん、人間にんげんの生せいは「生いきるに値あたいしない」(ウー・ビオートンou biōton)ものになる(38a)。

3. 魂たましいの配慮はいりょ(エピメレイア・テース・プシュケースepimeleia tēs psychēs)。身体しんたいや財産ざいさんよりも魂たましいを配慮はいりょせよ、とソクラテスSōkratēsは繰くり返かえす(29d-e, 30a-b)。魂たましいを「できる限かぎり善よくする」ことが人間にんげんの最高さいこうの課題かだいであり、問答もんどうはそのための道具どうぐだ。

4. 不正ふせいを行おこなわないこと。ソクラテスSōkratēsは繰くり返かえし、不正ふせいを受うけるより不正ふせいを行おこなうほうが悪わるいと主張しゅちょうする(29b, 37b)。この原則げんそくは『ゴルギアスGorgias』(469b-c, 509c)でさらに掘ほり下さげられるが、『弁明べんめい』でも根幹こんかんをなしている。哲学てつがくを続つづけるのは、それが正ただしいからだ。死しを回避かいひするために哲学てつがくをやめるのは、不正ふせいを行おこなうことだ。したがって死しを選えらぶほうが、不正ふせいを行おこなうより善よい。この道徳どうとく的てき命題めいだいが、弁明べんめい全体ぜんたいの隠かくれた支柱しちゅうだ。

論証ろんしょうの流ながれ:(a)神託しんたくが「ソクラテスSōkratēsより知恵ちえある者ものはいない」と告つげた → (b)検証けんしょうの結果けっか、他者たしゃは無知むちを自覚じかくしていないと判明はんめい → (c)ゆえに吟味ぎんみする生せいは神かみの命令めいれいに基もとづく使命しめいである → (d)使命しめいを放棄ほうきすることは持もち場ばを離はなれることに等ひとしい → (e)死しを恐おそれて使命しめいを放棄ほうきするのは「知しらないのに知しっているふり」の典型てんけいである → (f)ゆえに死しを選えらぶ。

この連鎖れんさに飛躍ひやくがないとは言いえない。(a)から(c)への移行いこう、つまり「神託しんたくの解釈かいしゃくとして問答もんどうを使命しめいとする」ところには論理ろんりの隙間すきまがある。神かみが「おまえが一番いちばん知恵ちえがある」と言いったことと、「おまえは他人たにんを吟味ぎんみし続つづけろ」と命めいじたこととは、別べつの命題めいだいだ。ソクラテスSōkratēsはこの隙間すきまを、ほとんど信仰しんこうに近ちかい確信かくしんで埋うめている。

主要しゅような解釈かいしゃく論争ろんそう

1. 歴史れきしのソクラテスか、プラトンPlatōnのソクラテスか。最大さいだいの論点ろんてん。プラトンPlatōnはどこまで忠実ちゅうじつに師しの言葉ことばを再現さいげんしたのか。クセノポンXenophōnの『ソクラテスSōkratēsの弁明べんめい』は同おなじ裁判さいばんをまったく異ことなるトーンで描えがいている。Gregory Vlastosグレゴリー・ヴラストス(1991)は初期しょき対話たいわ篇へんのソクラテスSōkratēsにかなりの歴史れきし性せいを認みとめたが、Charles Kahnチャールズ・カーン(1996)は初期しょき対話たいわ篇へんも含ふくめてプラトンPlatōnの文学ぶんがく的てき創作そうさくとして読よむべきだと論ろんじた。どちらにせよ、『弁明べんめい』が法廷ほうていの速記そっき録ろくでないことだけは確たしかだ。プラトンPlatōnは作家さっかであり、哲学者てつがくしゃだ。

2. ソクラテスの不敬ふけい神しんは本物ほんものか。テクストtext上ソクラテスSōkratēsは繰くり返かえし神かみへの信仰しんこうを主張しゅちょうする。だが彼かれの神かみは伝統でんとう的てきなオリュンポスOlymposの神々かみがみと同おなじか。「ダイモニオンdaimonion」は伝統でんとう宗教しゅうきょうの枠わくに収おさまるのか。M.F. Burnyeatバーニエット(1997)は、ソクラテスSōkratēsの宗教しゅうきょう観かんが伝統でんとうと微妙びみょうにずれており、告発こくはつは全まったくの言いいがかりとも言いい切きれないと指摘してきした。ソクラテスSōkratēsは信仰しんこうを持もっていた。だがその信仰しんこうは、ポリスpolisが求もとめる形かたちの信仰しんこうとは違ちがっていた。

3. ソクラテスはなぜ逃にげなかったのか。『クリトンKritōn』で脱獄だつごくの機会きかいが与あたえられたにもかかわらず、ソクラテスSōkratēsは拒否きょひした。『弁明べんめい』の論理ろんりと整合せいごうするか。弁明べんめいでは「神かみに従したがう」と言いいながら、クリトンKritōnでは「法ほうに従したがう」と言いう。矛盾むじゅんだろうか。Richard Krautリチャード・クラウト(1984)はこの緊張きんちょうを詳細しょうさいに分析ぶんせきし、ソクラテスSōkratēsは法ほうを絶対ぜったい視ししていたのではなく、不正ふせいを行おこなわないという原則げんそくが上位じょういにあったと論ろんじた。

4. 「無知むちの知ち」は知ちなのか。自分じぶんが知しらないことを知しっている、というのは矛盾むじゅんではないか。Vlastosヴラストス(1985)は、ソクラテスSōkratēsが否認ひにんする「知ち」と実際じっさいに保持ほじする「知ち」は異ことなる種類しゅるいだと提案ていあんした。「確実かくじつな知ち」(エピステーメーepistēmē)は持もたないが、「吟味ぎんみに耐たえた信念しんねん」は持もっている。この区別くべつを受うけ入いれるかどうかで、ソクラテスSōkratēsの読よみが大おおきく分わかれる。

この書物しょもつの影響史えいきょうし

同時代どうじだい〜ヘレニズムHellenism期き。ソクラテスSōkratēsの裁判さいばんと死しは、古代こだいギリシャGreece哲学てつがくの全体ぜんたいを方向ほうこうづけた。プラトンPlatōnがアカデメイアAkadēmeiaを設立せつりつしたのは、師しの死しへの応答おうとうだった。「哲学者てつがくしゃが統治とうちするか、統治とうち者しゃが哲学てつがくするか」(『国家こっか』473c-d)というあの構想こうそうは、ソクラテスSōkratēsを殺ころした民主みんしゅ政せいへの怒いかりなしには生うまれなかった。犬儒けんじゅ派はは弁明べんめいの「無所有むしょゆう」の側面そくめんを極端きょくたんに推おし進すすめ、ストアStoa派はは「徳とくのみが善ぜん」という命題めいだいを体系たいけい化かした。

ローマRōma〜キリストChrist教きょう。キケロCiceroはソクラテスSōkratēsを「哲学てつがくを天てんから地上ちじょうに降おろした人物じんぶつ」と呼よんだ(『トゥスクルムTusculum談論だんろん』V.4.10)。初期しょきキリストChrist教きょうの弁証べんしょう家かユスティノスIoustinos(2世紀せいき)は、ソクラテスSōkratēsをキリスト以前いぜんの「ロゴスlogosに従したがって生いきた者もの」として称たたえた(『第一弁明だいいちべんめい』46.3)。不当ふとうな裁判さいばんで殺ころされた義人ぎじん。この構図こうずはイエスの受難じゅなんと重かさなり、ソクラテスSōkratēsは「異教いきょうの殉教者じゅんきょうしゃ」としてキリストChrist教きょう世界せかいに受容じゅようされた。

近代きんだい。啓蒙けいもう思想しそう家かにとってソクラテスSōkratēsの裁判さいばんは、思想しそうの自由じゆうと権力けんりょくの弾圧だんあつを対比たいひする原型げんけいになった。J.S.ミルMillは『自由じゆう論ろん』(1859年ねん)でソクラテスSōkratēsの裁判さいばんを引ひき、多数たすう決けつが真理しんりを殺ころしうることの証拠しょうことした。キルケゴールKierkegaardは『イロニーironyの概念がいねん』(1841年ねん)で弁明べんめいにおけるソクラテスSōkratēsの態度たいどを「絶対ぜったい的てきイロニーirony」として分析ぶんせきした。

20世紀せいき以降いこう。ハンナ・アーレントHannah Arendtは、ソクラテスSōkratēsの裁判さいばんを「哲学てつがくと政治せいじの原初げんしょ的てき衝突しょうとつ」と位置いちづけた(「ソクラテスSōkratēs」講義こうぎ、1954年ねん)。思考しこうすることと行為こういすること、個人こじんの良心りょうしんと共同体きょうどうたいの秩序ちつじょ。この緊張きんちょうは解消かいしょうされていない。分析ぶんせき哲学てつがくの伝統でんとうでは、Vlastosヴラストス(1991)が弁明べんめいのソクラテスSōkratēsを「道徳どうとく哲学者てつがくしゃ」として再構成さいこうせいし、Brickhouseブリックハウス & Smithスミス(1989)は法的ほうてき・歴史れきし的てき文脈ぶんみゃくの復元ふくげんを通つうじて『弁明べんめい』の論理ろんり構造こうぞうを精密せいみつに再読さいどくした。『弁明べんめい』はどの時代じだいにも読よまれたが、同おなじ読よまれ方かたをしたことはない。読よむ者ものが自分じぶんの傷きずを持もち込こむからだ。

現代げんだいへの接続せつぞく

「空気くうきを読よむ」社会しゃかいとパレーシアparrēsia。会議かいぎで部長ぶちょうの方針ほうしんに「それは違ちがう」と言いえるか。SNSエスエヌエスで多数派たすうはと逆ぎゃくの意見いけんを実名じつめいで投稿とうこうできるか。炎上えんじょうが怖こわくて口くちを閉とざしたとき、私わたしたちはソクラテスSōkratēsに死刑しけいを投とうじた陪審員ばいしんいんと同おなじ側がわに立たっている。あるいは、法廷ほうていで何なにも言いわなかった傍聴人ぼうちょうにんの側がわに。「吟味ぎんみされない生せいは生いきるに値あたいしない」。この一文いちぶんは、自分じぶんの口くちを閉とざしている人間にんげんに最もっとも痛いたく刺ささる。

内部ないぶ告発こくはつと組織そしきへの忠誠ちゅうせい。会社かいしゃぐるみの改かいざんを知しった社員しゃいんが一人ひとりいるとする。告発こくはつすれば職しょくを失うしない、家族かぞくからも孤立こりつする。黙だまれば給料きゅうりょうは出でる。ソクラテスSōkratēsは弁明べんめいのなかで、三十人さんじゅうにん僭主せんしゅの命令めいれいに逆さからった経験けいけんを語かたっている(32c-d)。不正ふせいな命令めいれいには従したがわず、黙だまって家いえに帰かえった。殺ころされる覚悟かくごで。彼かれの基準きじゅんは一ひとつだけだ。不正ふせいに加担かたんするか、しないか。

死しと向むき合あうことの意味いみ。終末しゅうまつ期き医療いりょうの場面ばめんを想像そうぞうする。死しを恐おそれて延命えんめい治療ちりょうを続つづけるのか、残のこされた時間じかんを「吟味ぎんみされた生せい」として過すごすのか。ソクラテスSōkratēsの態度たいどは、死しを「知しらない」ものとして受うけ入いれた上うえで、生いき方かたを変かえないという選択せんたくだった。死しについて語かたることを避さけ、死しを「縁起えんぎでもない」と封印ふういんする社会しゃかいがある。ソクラテスSōkratēsはその封印ふういんを破やぶった。わからないと認みとめること。それが彼かれの出発しゅっぱつ点てんであり、最後さいごまで変かわらなかった立たち位置いちだ。

読者どくしゃへの問とい

  • あなたが「これだけは譲ゆずれない」と思おもっている信念しんねんを、他人たにんから徹底てってい的てきに問とい詰つめられたとき、あなたはそれに答こたえられるか。答こたえられないとき、その信念しんねんを捨すてるか、それとも問といを遮さえぎるか。
  • 職場しょくばや学校がっこうで「間違まちがっている」と思おもうことがあったとき、あなたはそれを口くちに出だすか。出ださないとしたら、何なにがあなたを黙だまらせているのか。
  • ソクラテスSōkratēsは「死しがどんなものか知しらない」と言いい切きった。あなたは死しについて何なにを「知しっている」と思おもっているか。それは本当ほんとうに知識ちしきか、それとも恐怖きょうふが作つくり出だした物語ものがたりか。

重要じゅうよう引用いんよう(出典しゅってんつき)

「吟味ぎんみされない生せいは、人間にんげんにとって生いきるに値あたいしない。」 出典しゅってん:プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』38a(久保くぼ勉つとむ訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこを参照さんしょう)/原文げんぶん:"ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ"(ho de anexetastos bios ou biōtos anthrōpōi)

量刑りょうけい弁論べんろんの最中さいちゅうに放はなたれた一言ひとこと。追放ついほうを提案ていあんすれば命いのちは助たすかるが、他たの都市としでも問答もんどうをやめることはできない。やめれば生いきている意味いみがない、と言いい切きる文脈ぶんみゃくで出でてくる。

「死しを恐おそれることは、知恵ちえがないのに知恵ちえがあると思おもい込こむことにほかならない。なぜなら、死しがどういうものか誰だれも知しらないのだから。」 出典しゅってん:プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』29a-b/原文げんぶん:"τὸ γὰρ τοι θάνατον δεδιέναι, ὦ ἄνδρες, οὐδὲν ἄλλο ἐστὶν ἢ δοκεῖν σοφὸν εἶναι μὴ ὄντα"(to gar toi thanaton dediénai, ō andres, ouden allo estin ē dokein sophon einai mē onta)

死しの恐怖きょうふを道徳どうとく的てきな勇気ゆうきではなく、認識にんしき論ろん的てきな誤あやまりとして処理しょりしている。知しらないことを知しっていると思おもい込こむ構造こうぞうは、弁明べんめい全体ぜんたいの主旋律しゅせんりつと同おなじだ。

「私わたしは神かみがあなたがたの都市としに付つけてくださった虻あぶのようなものだ。大おおきくて血統けっとうのよい馬うまだが、その巨体きょたいゆえに鈍にぶくなっている。虻あぶがいなければ、あなたがたは眠ねむったまま生しょう涯がいを終おえるだろう。」 出典しゅってん:プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』30e-31a/原文げんぶん:"οἷον δή τινα ... μύωπα"(hoion dē tina ... myōpa)

自分じぶんを「刺さす虫むし」に喩たとえるのは、自虐じぎゃくと誇ほこりが入いり混まじっている。不快ふかいな存在そんざい。だが必要ひつような存在そんざい。

「立たち去さる時ときが来きた。私わたしは死しぬために、あなたがたは生いきるために。どちらがより善よいものに向むかうのか、神かみのほかには誰だれにもわからない。」 出典しゅってん:プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』42a/原文げんぶん:"ἀλλὰ γὰρ ἤδη ὥρα ἀπιέναι, ἐμοὶ μὲν ἀποθανουμένῳ, ὑμῖν δὲ βιωσομένοις· ὁπότεροι δὲ ἡμῶν ἔρχονται ἐπὶ ἄμεινον πρᾶγμα, ἄδηλον παντὶ πλὴν ἢ τῷ θεῷ."(alla gar ēdē hōra apienai, emoi men apothaneoumenōi, hymin de biōsomenois; hopoteroi de hēmōn erchontai epi ameinon pragma, adēlon panti plēn ē tōi theōi.)

『弁明べんめい』の最終さいしゅう行ぎょう。死しと生せいのどちらが善よいかを、最後さいごまで知しらないままにする。答こたえを出ださない勇気ゆうき。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん):Burnet, John (ed.), Platonis Opera, Tomus I, Oxford Classical Texts, Oxford: Clarendon Press, 1900.
  • (邦訳ほうやく):プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous・クリトンKritōn』久保くぼ勉つとむ訳やく、岩波いわなみ文庫ぶんこ、1927年ねん(改版かいはん多数たすう)。
  • (邦訳ほうやく):プラトンPlatōn『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』納富のうとみ信留のぶる訳やく、光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ、2012年ねん。
  • (邦訳ほうやく):『プラトンPlatōn全集ぜんしゅう』第だい1巻かん、田中たなか美知太郎みちたろう・藤沢ふじさわ令夫のりお訳やく、岩波いわなみ書店しょてん、1975年ねん。
  • (英訳えいやく・注釈ちゅうしゃく):Burnet, John, Plato's Euthyphro, Apology of Socrates and Crito, Oxford: Clarendon Press, 1924.
  • (研究書けんきゅうしょ):Vlastos, Gregory, Socrates: Ironist and Moral Philosopher, Cambridge: Cambridge University Press, 1991.
  • (研究書けんきゅうしょ):Brickhouse, Thomas C. & Smith, Nicholas D., Socrates on Trial, Oxford: Clarendon Press, 1989.
  • (研究書けんきゅうしょ):Kraut, Richard, Socrates and the State, Princeton: Princeton University Press, 1984.
  • (論文ろんぶん):Vlastos, Gregory, "Socrates' Disavowal of Knowledge", The Philosophical Quarterly 35 (1985), pp. 1-31.
  • (研究書けんきゅうしょ):Kahn, Charles H., Plato and the Socratic Dialogue, Cambridge: Cambridge University Press, 1996.
  • (論文ろんぶん):Burnyeat, M.F., "The Impiety of Socrates", Ancient Philosophy 17 (1997), pp. 1-12.
  • (概説がいせつ):納富のうとみ信留のぶる『ソクラテスSōkratēs』岩波いわなみ新書しんしょ、2017年ねん。
  • (ウェブweb):Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Socrates" (first published 2005, substantive revision 2018). https://plato.stanford.edu/entries/socrates/