紀元前きげんぜん399ねん初夏しょかアテナイAthēnai。500にんえる陪審員ばいしんいんめかけた法廷ほうていに、70さい老人ろうじんっている。裸足はだしで、薄汚うすよごれた外套がいとうまとい、弁護人べんごにん原稿げんこうたない。告発状こくはつじょうにはこうある。「ソクラテスSōkratēsつみおかしている。国家こっかみとめる神々かみがみみとめず、べつあたらしい霊的れいてきなもの(ダイモニアdaimonia)を導入どうにゅうし、青年せいねん腐敗ふはいさせている」(24b-c)。求刑きゅうけい死刑しけい告発者こくはつしゃは3にんメレトスMelētosアニュトスAnytosリュコンLykōn。そして被告ひこくは、何一なにひとのこさなかったおとこ

プラトンPlatōnの『ソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』は、この裁判さいばん記録きろくである。あるいは、記録きろくよそおった哲学てつがく宣言せんげんだ。タイトルtitleの「弁明べんめい」(アポロギアapologia)は謝罪しゃざいではない。法廷ほうていでの防御ぼうぎょ弁論べんろん意味いみするギリシャGreeceだ。だがすすめるとすぐにわかる。ソクラテスSōkratēs自分じぶんまもろうとしていない。かれめている。さばかれているのは自分じぶんではなくアテナイAthēnaiだ、とわんばかりの態度たいどで。

なぜいまこのテクストtextむのか。「空気くうきめ」という圧力あつりょくなかきている人間にんげんにとって、ソクラテスSōkratēs弁明べんめい異物いぶつだ。自分じぶんかんがえをえばころされるとわかっていて、なおそれを人間にんげんがいた。しかもその内容ないようは「わたしなにらない」という告白こくはくからはじまる。らないとみとめることが、なぜいのちがけにあたいするのか。

法廷ほうてい空気くうき想像そうぞうしてほしい。500にん視線しせんせみこえほこり告発こくはつがわ弁論べんろんわり、いよいよ被告ひこくくちひらく。ソクラテスSōkratēs最初さいしょ一言ひとこと弁論べんろん作法さほう拒否きょひする。「たくみにかたもの」だとわれたが、わたし言葉ことば装飾そうしょくのないのままだ、と(17a-b)。この宣言せんげんから、西洋せいよう哲学てつがくもっと有名ゆうめい裁判さいばん記録きろくうごす。原著げんちょながれに沿って、この法廷ほうていげきいかけてみよう。

この記事きじ要点ようてん

  • 弁明べんめい」は弁明べんめいではないソクラテスSōkratēs無罪むざいろうとしていない。法廷ほうてい舞台ぶたいに、「吟味ぎんみするせい」(ビオス・エクセタスティコスbios exetastikos)こそが人間にんげんあたいする唯一ゆいいつせいであることを公開こうかい論証ろんしょうしている。弁論べんろんかたちをした哲学てつがく実演じつえん
  • 吟味ぎんみされないせいきるにあたいしない」(38a)西洋せいよう哲学てつがくもっと引用いんようされる一文いちぶん自分じぶん信念しんねんうたがい、他者たしゃ問答もんどうし、根拠こんきょなきおもみをがすいとなみ。ソクラテスSōkratēsはそのいとなみをめるくらいならぬ、とった。
  • 恐怖きょうふ無知むちとして退しりぞける論証ろんしょうおそれるのは「らないのにっているふりをすること」だとソクラテスSōkratēs指摘してきする(29a-b)。ぜんあくかはだれにもわからない。わからないものをおそれて行動こうどうげるのは、無知むち屈服くっぷくすることだ。

書物しょもつ基本きほん情報じょうほう

  • 著者ちょしゃプラトンPlatōnぜん427ねんごろぜん347ねん)。裁判さいばん当時とうじ28さい前後ぜんご法廷ほうてい列席れっせきしていた(34a, 38b)。
  • 成立せいりつ年代ねんだいぜん399ねん裁判さいばん直後ちょくごぜん390年代ねんだいプラトンPlatōn初期しょき対話たいわへんのなかでももっとはや時期じき作品さくひんとされる。
  • ジャンルgenre法廷ほうてい弁論べんろんアポロギアapologia)。対話たいわへんではなく独白どくはく形式けいしきメレトスMelētosとのみじか問答もんどうのぞく)。
  • 採用さいよう底本ていほん:Burnet, John (ed.), Platonis Opera, Tomus I, Oxford Classical Texts, 1900. ステファヌスStephanusページ番号ばんごう(17a〜42a)で参照さんしょう
  • 主要しゅよう邦訳ほうやく久保くぼつとむやくソクラテスSōkratēs弁明べんめいクリトンKritōn岩波いわなみ文庫ぶんこ納富のうとみ信留のぶるやくソクラテスSōkratēs弁明べんめい光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ、2012ねん田中たなか美知太郎みちたろう藤沢ふじさわ令夫のりおやく『プラトン全集ぜんしゅうだい1かん岩波いわなみ書店しょてん

目次もくじマップ

弁明べんめい』にしょう番号ばんごうはない。一人ひとりおとこ法廷ほうていかたつづける、一連いちれん弁論べんろんだ。学術がくじゅつじょうさんつの弁論べんろん区分くぶんされる。

  • 第一弁論だいいちべんろん(17a–35d)告発こくはつへの反論はんろん哲学てつがくてき使命しめい弁明べんめい
    • 序言じょげん(17a–18a):弁論べんろんじゅつ拒否きょひ
    • 旧来きゅうらい告発者こくはつしゃへの反論はんろん(18a–24b):偏見へんけんとのたたかいとデルポイDelphoi神託しんたく
    • メレトスMelētosへの反駁はんばく(24b–28a):論理ろんりによる告発こくはつ解体かいたい
    • 哲学てつがくてき使命しめい論証ろんしょう(28a–34b):はなれない兵士へいし比喩ひゆあぶ比喩ひゆ
    • 結語けつご(34b–35d):嘆願たんがん拒否きょひ
  • 第二弁論だいにべんろん(35e–38b)有罪ゆうざい評決ひょうけつ量刑りょうけい反対はんたい提案ていあん
  • 第三弁論だいさんべんろん(38c–42a)死刑しけい確定かくてい最終さいしゅう演説えんぜつ

原著げんちょ目次もくじ沿った逐次ちくじ解説かいせつ

1. 序言じょげん弁論べんろんじゅつ拒否きょひ(17a–18a)

ソクラテスSōkratēs開口かいこう一番いちばん、「告発者こくはつしゃたちの言葉ことばたくみだったが、真実しんじつはほとんどかたられなかった」とす(17a)。この冒頭ぼうとうはただの前置まえおきではない。弁論べんろんじゅつレートリケーrhētorikē)が支配しはいする法廷ほうていという空間くうかんたいする宣戦せんせん布告ふこくだ。当時とうじアテナイAthēnai裁判さいばんでは、被告ひこくとしやたくみな修辞しゅうじ陪審員ばいしんいん同情どうじょうくのが常套じょうとう手段しゅだんだった。ソクラテスSōkratēsはその手段しゅだん最初さいしょから放棄ほうきする。

わたしからは、あなたがたがれているような見事みごと弁論べんろんけないだろう。広場ひろば両替りょうがえじょまえはなすのとおな言葉ことばかたる」(17c-d)。両替りょうがえじょまえ、という細部さいぶ注意ちゅういしたい。アゴラagora雑踏ざっとう通行人つうこうにんをつかまえて問答もんどうする、あの日常にちじょうソクラテスSōkratēsがそのまま法廷ほうていはいってきた。わせて言葉ことばえることを、かれこばんだ。

ここには戦略せんりゃくてき計算けいさんふくまれていただろう。「かざらない言葉ことば」という表明ひょうめい自体じたいが、弁論べんろんじゅつ一種いっしゅではないか、といううたがいは古代こだいからあった。だがテクストtextかぎり、ソクラテスSōkratēs本気ほんきだ。かれ法廷ほうていもうとしているのは「説得せっとく」ではなく「真実しんじつ」であり、そのふたつはかれのなかで明確めいかく区別くべつされている。つぎソクラテスSōkratēsは、自分じぶん相手あいてにしなければならない告発こくはつ二種類にしゅるいあると宣言せんげんする。

2. 旧来きゅうらい告発者こくはつしゃへの反論はんろん(18a–24b)

法的ほうてき告発こくはつよりも手強てごわてきがいる、とソクラテスSōkratēsう。「旧来きゅうらい告発者こくはつしゃたち」(18a-b)。名前なまえすらわからない連中れんちゅう長年ながねんにわたってアテナイAthēnai市民しみんみみんできた偏見へんけん。「ソクラテスSōkratēs天上てんじょう地下ちかのことを研究けんきゅうし、よわ議論ぎろんつよ議論ぎろんにすりえるおとこだ」と。アリストパネスAristophanēs喜劇きげきくも』(ぜん423ねん初演しょえん)が典型てんけいだ。劇中げきちゅうソクラテスSōkratēsかごるされて空中くうちゅうあるき、屁理屈へりくつ借金しゃっきんたお方法ほうほうおしえる詐欺さぎとしてえがかれている(19c)。裁判さいばん四半しはん世紀せいきまえ喜劇きげきが、陪審員ばいしんいんたちののうきついている。

ソクラテスSōkratēs否定ひていする。自然しぜん研究けんきゅうはやっていない。報酬ほうしゅうっておしえてもいない(19d-e)。ではなぜこんな評判ひょうばんったのか。ここでかれデルポイDelphoi神託しんたくはなしす。友人ゆうじんカイレポンChairephōnデルポイDelphoi神殿しんでんで「ソクラテスSōkratēsより知恵ちえあるものはいるか」といた。巫女みこピュティアPythiaこたえた。だれもいない(21a)。

ソクラテスSōkratēs困惑こんわくした。自分じぶん知恵ちえあるものだとはおもえない。かみうそをつかないはずだ。では神託しんたく意味いみなんなのか。このいがかれ後半こうはんせい規定きていした。神託しんたくを「反駁はんばくする」ために、知恵ちえがあると評判ひょうばん人間にんげん片端かたはしからたずねて問答もんどうした。政治せいじ詩人しじん職人しょくにん三者さんしゃ結果けっか微妙びみょうちがった。政治せいじ評判ひょうばんほどの知恵ちえっていなかった(21c-d)。詩人しじんすぐれた作品さくひんいていたが、自分じぶんなにいたのか説明せつめいできなかった。霊感れいかんエンテウシアスモスenthousiasmos)によってつくっているのであって、知恵ちえによってではない(22a-c)。職人しょくにん唯一ゆいいつ自分じぶん技術ぎじゅつについて本物ほんもの知識ちしきっていた。ただし、自分じぶんわざけているがゆえに、おおきな問題もんだいについても知恵ちえがあるとおもんでいた(22d-e)。共通きょうつうするのはこの一点いってんだ。かれらはらないことをっているとおもんでいた。ソクラテスSōkratēsだけが「らないということをっている」(21d)。この一点いってん自分じぶんのほうがわずかに知恵ちえがある。神託しんたくはそういたかったのだ、と。

ここがこの書物しょもつ最初さいしょ急所きゅうしょだ。「無知むち」(伝統でんとうてきにこうばれるが、テクストtextにこの定式ていしきはない)は、知識ちしき謙遜けんそんではない。武器ぶきだ。自分じぶんなにらないかを自覚じかくしている人間にんげんは、っているつもりの人間にんげんたいして圧倒あっとうてき有利ゆうりになる。そしてその有利ゆうりさが、相手あいていかりをう。ソクラテスSōkratēsきらわれた理由りゆう単純たんじゅんだ。問答もんどうはじをかかされた人間にんげんやまほどいた。裁判さいばん背後はいごにあるのは、ほう問題もんだいというよりうらみの蓄積ちくせきだった。

しかもそれだけではない。わか連中れんちゅう面白おもしろがってソクラテスの真似まねはじめた(23c-d)。ひまあました富裕ふゆうそう子弟していが、ソクラテスSōkratēsのそばにくっついてあるき、ったかぶりの大人おとなめてあそんでいた。はじをかかされた大人おとなたちは、自分じぶん馬鹿ばかだったとはみとめたくない。だから「ソクラテスSōkratēs若者わかもの腐敗ふはいさせている」とう(23d)。告発こくはつしん原因げんいんは、法律ほうりつじょう罪状ざいじょうではなく、この恨うらみだとソクラテスSōkratēs見抜みぬいている。

3. メレトスMelētosへの反駁はんばく(24b–28a)

旧来きゅうらい偏見へんけんかたづけたソクラテスSōkratēsは、正式せいしき告発こくはつしゃメレトスMelētosなおる。ここだけが、弁明べんめいのなかで唯一ゆいいつ対話たいわ形式けいしきになる。ソクラテスSōkratēsはいつもの問答もんどう法廷ほうていでやってみせるのだ。

青年せいねん腐敗ふはいさせている」という告発こくはつたいして、ソクラテスSōkratēsく。ではだれ青年せいねんを「くする」のか。メレトスMelētosこたえる。「法律ほうりつだ」(24d-e)。ソクラテスSōkratēs追及ついきゅうする。では具体ぐたいてきだれが? 陪審員ばいしんいんか。議員ぎいんか。傍聴人ぼうちょうにんか。メレトスMelētosは「全員ぜんいん」とこたえてしまう(25a)。つまりアテナイAthēnai市民しみん全員ぜんいん青年せいねんくし、ソクラテスSōkratēs一人ひとりだけが腐敗ふはいさせている、と。うま調教ちょうきょうれいソクラテスSōkratēsかえす。うまくできるのは専門せんもん調教ちょうきょうだけで、大多数だいたすううまわるくする。人間にんげんおなじではないか(25a-b)。

さらにソクラテスSōkratēsちをかける。かりわたし若者わかものわるくしているとしよう。それは故意こいか、過失かしつか。故意こいならおろかだ。わるくなった人間にんげんちかくにいれば、自分じぶんにもがいおよぶ。過失かしつなら裁判さいばんではなく教育きょういく必要ひつようだ(25d-26a)。どちらにしてもメレトスMelētos告発こくはつたない。ソクラテスSōkratēs相手あいて論理ろんり内部ないぶからくずす。自分じぶん立場たちばべるのではなく、相手あいて立場たちば自壊じかいするように仕向しむける。これがエレンコスelenchos論駁ろんばく)だ。

不敬ふけいしん訴因そいんたいしては、さらにするどい。「わたしかみしんじていないとうのか、それともべつかみしんじているとうのか」とソクラテスSōkratēsめる(26b-c)。告発こくはつじょうには「あたらしい霊的れいてきなものを導入どうにゅうする」といてある。霊的れいてきなもの(ダイモニアdaimonia)をしんじているなら、ダイモンdaimōn神霊しんれい)の存在そんざいみとめていることになる。ダイモンdaimōnかみだ。かみしんじていてかみしんじていないというのは、うましんじていてうましんじていないとうのとおなじくらい馬鹿ばかげている(27d-e)。論理ろんりあみあざやかだ。メレトスMelētos言葉ことばまる。

ただし、この論駁ろんばく裁判さいばん結果けっかえたかといえば、えていない。メレトスMelētos論理ろんりてき崩壊ほうかいを500にん陪審員ばいしんいん目撃もくげきしても、評決ひょうけつ有罪ゆうざいだった。論理ろんりっても裁判さいばんにはける。哲学てつがく政治せいじまえ無力むりょくになる瞬間しゅんかんを、プラトンPlatōnくちりて記録きろくした。

4. 哲学てつがくてき使命しめい論証ろんしょう(28a–34b)

ここからが弁明べんめい核心かくしんだ。告発こくはつへの法的ほうてき反論はんろんえたソクラテスSōkratēsは、自分じぶんかたそのものを正面しょうめんからろんはじめる。

まずソクラテスSōkratēsアキレウスAchilleusく。ははテティスThetisから「ヘクトルHektōrころせばおまえもすぐにぬ」と警告けいこくされたとき、アキレウスAchilleusおそれるより「ともかたきたずにきること」をはじとした(28c-d)。陪審員ばいしんいんならっているはなしだ。ソクラテスSōkratēsはこの英雄えいゆう自分じぶん先例せんれいにする。おそれてはなれる兵士へいし臆病者おくびょうものだ。ポティダイアPotidaiaアンピポリスAmphipolisデリオンDēlion自分じぶん三度さんど戦闘せんとう命令めいれいされたはなれなかった。ならばかみめいじた、すなわち「吟味ぎんみするせい」を、おそれて放棄ほうきするわけにはいかない(28d-29a)。

陪審員ばいしんいんおおくは従軍じゅうぐん経験者けいけんしゃだ。ソクラテスSōkratēsはそれをっている。「はなれない」という軍事ぐんじてき名誉めいよを、哲学てつがくてき使命しめいかさねている。だがその直後ちょくごに、ソクラテスSōkratēs陪審員ばいしんいん挑発ちょうはつする。「たとえあなたがたがわたし無罪むざいにしても、条件じょうけんとして問答もんどうをやめろとうなら、わたしはあなたがたではなくかみしたがう」(29d)。いのちたすけてやるとわれても、哲学てつがくをやめるくらいならえらぶ、と。

ではやめないとして、なにをするのか。ソクラテスSōkratēsはここで自分じぶん日常にちじょうかたる。とおりすがりのアテナイAthēnai市民しみんをつかまえて、こうこえをかける。「あなたはかね評判ひょうばん名誉めいよのことばかりにかけて、知恵ちえ真理しんりや、たましいをできるかぎくすることにはこころくだかないのか。ずかしくはないか」(29d-e)。相手あいてが「にかけている」とこたえれば、吟味ぎんみする。「とくっている」とうなら、本当ほんとうかどうかたしかめる。っていなければ「もっと価値かちあるものをかろんじ、おとったものをおもんじている」としかる(30a)。老人ろうじんにも若者わかものにも、外国人がいこくじんにも同胞どうほうにも。だれたいしてもおなじことをする(30a-b)。これがかれう「かみへの奉仕ほうし」の中身なかみだ。哲学てつがく書斎しょさい仕事しごとではなく、路上ろじょう行為こういだった。

この態度たいど傲慢ごうまんか。裁判さいばん馬鹿ばかにしているのか。そうかもしれない。だがソクラテスSōkratēsには論理ろんりがある。おそれることは「らないのにっているとおもむ」ことのもっと典型てんけいてき事例じれいだ(29a-b)。あくいものかどうか、だれらない。らないものをおそれて行動こうどうえるのは、かれ生涯しょうがい批判ひはんしてきた「せかけの」とおな構造こうぞうだ。ソクラテスSōkratēsがここでれたのは、勇敢ゆうかんだからではない。一貫いっかんしているからだ。

そして有名ゆうめいな「あぶ」(ミュオープスmyōps)の比喩ひゆ登場とうじょうする。アテナイAthēnaiは「おおきくて血統けっとうのよい、しかし図体ずうたいのせいでにぶくなったうま」であり、ソクラテスSōkratēsはそのうままってつづけるあぶだ(30e-31a)。わたしころせば、あなたがたはのこりの人生じんせいねむってごすことになる、と。おどしではない。診断しんだんだ。

その証拠しょうことしてソクラテスSōkratēs自分じぶん過去かこす。民主みんしゅせいもとで、アルギヌサイArginousai海戦かいせん将軍しょうぐんたちを一括いっかつ裁判さいばんにかけようとした評議会ひょうぎかいで、ソクラテスSōkratēsはただ一人ひとり反対はんたいした(32a-c)。ほうはんする手続てつづきだったからだ。群衆ぐんしゅうおこり、逮捕たいほするとおどした。かれうごかなかった。寡頭かとうせいもとでは、三十人さんじゅうにん僭主せんしゅサラミスSalamisレオンLeōn不正ふせい連行れんこうせよとめいじたとき、ほか四人よにんしたがったが、ソクラテスSōkratēsだまっていえかえった(32c-d)。僭主せんしゅせいつづいていたらころされていただろう、とかれ淡々たんたんう。重要じゅうようなのは、民主みんしゅせいであれ寡頭かとうせいであれ、かれ不正ふせい命令めいれいにはしたがわなかったてんだ。体制たいせいではなく正不正せいふせい基準きじゅんだった。

ここでソクラテスSōkratēsは「ダイモニオンdaimonion」(神的しんてきしるし)についてもかたる(31c-d)。幼少ようしょうからあるしゅこえこえ、それはつねに「めること」だけをする。「やるな」とはうが、「やれ」とはわない。不思議ふしぎ抑制よくせい装置そうちソクラテスSōkratēs政治せいじかかわらなかったのは、このダイモニオンdaimonionめたからだという。政治せいじはいれば、正義せいぎつらぬこうとして即座そくざころされていただろう、と。

5. 結語けつご嘆願たんがん拒否きょひ(34b–35d)

弁論べんろんめくくりで、ソクラテスSōkratēsはもうひとつの慣習かんしゅうった。アテナイAthēnai法廷ほうていでは、被告ひこくおさな子供こどもれてきてかせ、陪審員ばいしんいん同情どうじょうしぼすのが定石じょうせきだった。ソクラテスSōkratēsには3にん息子むすこがいた。一人ひとりれてこなかった(34c-d)。嘆願たんがん陪審員ばいしんいんに「恩恵おんけい」をもとめることであり、陪審員ばいしんいん仕事しごと恩恵おんけいほどこすことではなく「ただしくさばくこと」だ(35b-c)。嘆願たんがんおうじる陪審員ばいしんいんは、ほうではなく感情かんじょうさばいている。それは陪審員ばいしんいん宣誓せんせい違反いはんだ。

自分じぶんいのちがかかっている場面ばめんで、被告ひこく陪審員ばいしんいん職業しょくぎょう倫理りんりいている。たすけてくれとはたのまない。「あなたたちがただしくあれ」ともとめる。第一弁論だいいちべんろん最後さいご言葉ことばは、自分じぶんのためではなく陪審員ばいしんいんのためにはっせられた。

この拒否きょひ美学びがくではない。論理ろんりだ。嘆願たんがんによって無罪むざいれば、それはほうもとづく判断はんだんではなく、同情どうじょうもとづく恩赦おんしゃになる。ソクラテスSōkratēs生涯しょうがいつうじて「不正ふせいおこなうことは不正ふせいけることよりわるい」(29b)と主張しゅちょうしてきた。陪審員ばいしんいん宣誓せんせい違反いはんをさせること、つまり感情かんじょうさばかせることは、かれらに不正ふせいおこなわせることだ。自分じぶんたすかるために他者たしゃ不正ふせいをさせる。ソクラテスSōkratēsにとって、それはよりもけるべきことだった。

6. 第二弁論だいにべんろん量刑りょうけいへの反対はんたい提案ていあん(35e–38b)

評決ひょうけつ有罪ゆうざい。280たい220(通説つうせつ。36aからの推定すいてい)。僅差きんさだ。アテナイAthēnai裁判さいばんでは、有罪ゆうざい確定かくてい告発こくはつがわ被告ひこくがわがそれぞれ量刑りょうけい提案ていあんし、陪審員ばいしんいんがどちらかをえらぶ。告発こくはつがわ死刑しけいソクラテスSōkratēsなに提案ていあんするか。

普通ふつうなら追放ついほう高額こうがく罰金ばっきん提案ていあんしていのちひろうところだ。ソクラテスSōkratēsう。自分じぶん本当ほんとうに「けるにあたいする」ものはなんだろうか。国家こっか貢献こうけんした人間にんげんあたえられる栄誉えいよプリュタネイオンPrytaneion迎賓館げいひんかん)での食事しょくじオリンピアOlympia競走きょうそう優勝ゆうしょうしゃける栄誉えいよを、自分じぶんこそけるべきだ。なぜならかれらはあなたがたを「幸福こうふくせかける」が、わたしは「本当ほんとう幸福こうふくにしようとしている」のだから(36d-e)。

法廷ほうてい騒然そうぜんとしただろう。死刑しけい求刑きゅうけいたいして、被告ひこくが「国賓こくひん待遇たいぐうをくれ」とっている。挑発ちょうはつか。正気しょうきなのか。最終さいしゅうてきソクラテスSōkratēsは、プラトンPlatōn友人ゆうじんたちが保証人ほしょうにんになるかたちで30ムナmna罰金ばっきん提案ていあんした(38b)。だが陪審員ばいしんいんはそれを退しりぞけ、死刑しけいえらんだ。しかも、有罪ゆうざいひょうえた(36a)。プリュタネイオンPrytaneionくだり逆効果ぎゃくこうかだったわけだ。

なぜ追放ついほう提案ていあんしなかったのか。ソクラテスSōkratēs自問じもんしている。べつ都市としってしずかにらせばよいではないか。だがしずかにらすとは、問答もんどうをやめることを意味いみする。問答もんどうをやめてきることはかれにとってきていないのとおなじだ。かといって都市とし問答もんどうつづければ、そこでもまた追放ついほうされる。「若者わかものたちがわたしについてる」(37d-e)のだから。追放ついほう問題もんだい先送さきおくりにするだけだとソクラテスSōkratēs見抜みぬいている。そしてこの文脈ぶんみゃくで、西洋せいよう哲学てつがくじょうもっと有名ゆうめい一文いちぶんてくる。「吟味ぎんみされないせいは、人間にんげんにとってきるにあたいしない」(38a)。

7. 第三弁論だいさんべんろん最終さいしゅう演説えんぜつ(38c–42a)

死刑しけい確定かくていした。ソクラテスSōkratēs最後さいごふたつの聴衆ちょうしゅうけてかたる。

有罪ゆうざい投票とうひょうしたものたちにけて。あなたがたはわたしによって解放かいほうされたとおもうだろうが、ぎゃくのことがきる。わたしころすことで、もっとおおくの、もっとわかい、もっと容赦ようしゃのない吟味ぎんみしゃがやってくる(39c-d)。ひところして批判ひはんふうじることはできない。自分じぶん自身じしんを「くする」ことでしか批判ひはんまらない、と。預言よげんのような口調くちょうだ。

無罪むざい投票とうひょうしたものたちにけて。ここでソクラテスSōkratēsこえおだやかになる。まずかれひとつの証拠しょうこげる。裁判さいばんあいだダイモニオンdaimonion一度いちど自分じぶんめなかった(40a-b)。あさいえるときも、法廷ほうていがるときも、弁論べんろん最中さいちゅうも。いつもなら些細ささいなことでも制止せいしするあのこえ沈黙ちんもくしていた。ということは、今日きょうきたこと──有罪ゆうざい判決はんけつ死刑しけい──は「いこと」なのかもしれない。論証ろんしょうというよりは直観ちょっかん告白こくはく。だがソクラテスSōkratēsにとって、ダイモニオンdaimonion沈黙ちんもく論理ろんり同等どうとう根拠こんきょだった。

そのうえでについてかたる。ふたつのうちのどちらかだ。完全かんぜんゆめないねむり。あるいは、たましいべつ場所ばしょたびつこと(40c-41a)。どちらでもわるくない。であれば、それは人生じんせい最高さいこう一夜いちやねむりだ。大王だいおうでさえこれほどやすらかなよる滅多めったごせまい、とソクラテスSōkratēsくわえる(40d-e)。たびであれば、ホメロスHomērosヘシオドスHēsiodosに、不当ふとう裁判さいばんころされたパラメデスPalamēdēsだいアイアスAiasに、トロイアTroia遠征えんせい英雄えいゆうオデュッセウスOdysseusえる。そこでもかれらを吟味ぎんみしてやろう。「あちらの世界せかい住人じゅうにんは、こちらのように吟味ぎんみしたからといって死刑しけいにはしないだろうから」(41b-c)。冗談じょうだん本気ほんき判然はんぜんとしない。そこがいい。

この二者択一にしゃたくいつ論法ろんぽうは、厳密げんみつには証明しょうめいではない。死後しご第三だいさん可能かのうせい──苦痛くつうともな意識いしき継続けいぞく──がありえないとはしめされていない。だがソクラテスSōkratēs論点ろんてんはそこにはない。がどんなものかは「わからない」。わからないものについて確定かくていてき恐怖きょうふいだくのは不合理ふごうりだ。この認識にんしきろんてき禁欲きんよくが、恐怖きょうふたいするかれ一貫いっかんした態度たいどだ。

そして最後さいご一文いちぶん。「ときた。わたしぬために、あなたがたはきるために。どちらがよりほうかうのか、かみのほかにはだれにもわからない」(42a)。ここでテクストtextわる。結論けつろんはない。こたえもない。いだけがのこる。

核心かくしん概念がいねん論証ろんしょう骨格こっかく

弁明べんめい』は法廷ほうてい独白どくはくだが、そのうらには骨組ほねぐみがある。自由じゆうさにだまされてはいけない。よっつの概念がいねんって全体ぜんたい駆動くどうしている。

1. 人間的にんげんてき知恵ちえアントローピネー・ソピアanthrōpinē sophiaかみのみがしん知恵ちえち、人間にんげん知恵ちえは「ほとんど価値かち」(23a)。ソクラテスSōkratēs人間にんげんより知恵ちえがあるとすれば、自分じぶん無知むち自覚じかくしている一点いってんのみ。

2. 吟味ぎんみするせいエクセタゾメノス・ビオスexetazomenos bios自分じぶん他者たしゃ信念しんねん問答もんどうによって検証けんしょうするいとなみ。このいとなみを放棄ほうきした瞬間しゅんかん人間にんげんせいは「きるにあたいしない」(ウー・ビオートンou biōton)ものになる(38a)。

3. たましい配慮はいりょエピメレイア・テース・プシュケースepimeleia tēs psychēs身体しんたい財産ざいさんよりもたましい配慮はいりょせよ、とソクラテスSōkratēsかえす(29d-e, 30a-b)。たましいを「できるかぎくする」ことが人間にんげん最高さいこう課題かだいであり、問答もんどうはそのための道具どうぐだ。

4. 不正ふせいおこなわないことソクラテスSōkratēsかえし、不正ふせいけるより不正ふせいおこなうほうがわるいと主張しゅちょうする(29b, 37b)。この原則げんそくは『ゴルギアスGorgias』(469b-c, 509c)でさらにげられるが、『弁明べんめい』でも根幹こんかんをなしている。哲学てつがくつづけるのは、それがただしいからだ。回避かいひするために哲学てつがくをやめるのは、不正ふせいおこなうことだ。したがってえらぶほうが、不正ふせいおこなうよりい。この道徳どうとくてき命題めいだいが、弁明べんめい全体ぜんたいかくれた支柱しちゅうだ。

論証ろんしょうなが:(a)神託しんたくが「ソクラテスSōkratēsより知恵ちえあるものはいない」とげた → (b)検証けんしょう結果けっか他者たしゃ無知むち自覚じかくしていないと判明はんめい → (c)ゆえに吟味ぎんみするせいかみ命令めいれいもとづく使命しめいである → (d)使命しめい放棄ほうきすることははなれることにひとしい → (e)おそれて使命しめい放棄ほうきするのは「らないのにっているふり」の典型てんけいである → (f)ゆえにえらぶ。

この連鎖れんさ飛躍ひやくがないとはえない。(a)から(c)への移行いこう、つまり「神託しんたく解釈かいしゃくとして問答もんどう使命しめいとする」ところには論理ろんり隙間すきまがある。かみが「おまえが一番いちばん知恵ちえがある」とったことと、「おまえは他人たにん吟味ぎんみつづけろ」とめいじたこととは、べつ命題めいだいだ。ソクラテスSōkratēsはこの隙間すきまを、ほとんど信仰しんこうちか確信かくしんめている。

主要しゅよう解釈かいしゃく論争ろんそう

1. 歴史れきしのソクラテスか、プラトンPlatōnのソクラテスか最大さいだい論点ろんてんプラトンPlatōnはどこまで忠実ちゅうじつ言葉ことば再現さいげんしたのか。クセノポンXenophōnの『ソクラテスSōkratēs弁明べんめい』はおな裁判さいばんをまったくことなるトーンでえがいている。Gregory Vlastosグレゴリー・ヴラストス(1991)は初期しょき対話たいわへんソクラテスSōkratēsにかなりの歴史れきしせいみとめたが、Charles Kahnチャールズ・カーン(1996)は初期しょき対話たいわへんふくめてプラトンPlatōn文学ぶんがくてき創作そうさくとしてむべきだとろんじた。どちらにせよ、『弁明べんめい』が法廷ほうてい速記そっきろくでないことだけはたしかだ。プラトンPlatōn作家さっかであり、哲学者てつがくしゃだ。

2. ソクラテスの不敬ふけいしん本物ほんものテクストtextソクラテスSōkratēsかえかみへの信仰しんこう主張しゅちょうする。だがかれかみ伝統でんとうてきオリュンポスOlympos神々かみがみおなじか。「ダイモニオンdaimonion」は伝統でんとう宗教しゅうきょうわくおさまるのか。M.F. Burnyeatバーニエット(1997)は、ソクラテスSōkratēs宗教しゅうきょうかん伝統でんとう微妙びみょうにずれており、告発こくはつまったくのいがかりともれないと指摘してきした。ソクラテスSōkratēs信仰しんこうっていた。だがその信仰しんこうは、ポリスpolisもとめるかたち信仰しんこうとはちがっていた。

3. ソクラテスはなぜげなかったのか。『クリトンKritōn』で脱獄だつごく機会きかいあたえられたにもかかわらず、ソクラテスSōkratēs拒否きょひした。『弁明べんめい』の論理ろんり整合せいごうするか。弁明べんめいでは「かみしたがう」といながら、クリトンKritōnでは「ほうしたがう」とう。矛盾むじゅんだろうか。Richard Krautリチャード・クラウト(1984)はこの緊張きんちょう詳細しょうさい分析ぶんせきし、ソクラテスSōkratēsほう絶対ぜったいしていたのではなく、不正ふせいおこなわないという原則げんそく上位じょういにあったとろんじた。

4. 「無知むち」はなのか自分じぶんらないことをっている、というのは矛盾むじゅんではないか。Vlastosヴラストス(1985)は、ソクラテスSōkratēs否認ひにんする「」と実際じっさい保持ほじする「」はことなる種類しゅるいだと提案ていあんした。「確実かくじつ」(エピステーメーepistēmē)はたないが、「吟味ぎんみえた信念しんねん」はっている。この区別くべつれるかどうかで、ソクラテスSōkratēsみがおおきくかれる。

この書物しょもつ影響史えいきょうし

同時代どうじだいヘレニズムHellenismソクラテスSōkratēs裁判さいばんは、古代こだいギリシャGreece哲学てつがく全体ぜんたい方向ほうこうづけた。プラトンPlatōnアカデメイアAkadēmeia設立せつりつしたのは、への応答おうとうだった。「哲学者てつがくしゃ統治とうちするか、統治とうちしゃ哲学てつがくするか」(『国家こっか』473c-d)というあの構想こうそうは、ソクラテスSōkratēsころした民主みんしゅせいへのいかりなしにはまれなかった。犬儒けんじゅ弁明べんめいの「無所有むしょゆう」の側面そくめん極端きょくたんすすめ、ストアStoaは「とくのみがぜん」という命題めいだい体系たいけいした。

ローマRōmaキリストChristきょうキケロCiceroソクラテスSōkratēsを「哲学てつがくてんから地上ちじょうろした人物じんぶつ」とんだ(『トゥスクルムTusculum談論だんろん』V.4.10)。初期しょきキリストChristきょう弁証べんしょうユスティノスIoustinos(2世紀せいき)は、ソクラテスSōkratēsをキリスト以前いぜんの「ロゴスlogosしたがってきたもの」としてたたえた(『第一弁明だいいちべんめい』46.3)。不当ふとう裁判さいばんころされた義人ぎじん。この構図こうずはイエスの受難じゅなんかさなり、ソクラテスSōkratēsは「異教いきょう殉教者じゅんきょうしゃ」としてキリストChristきょう世界せかい受容じゅようされた。

近代きんだい啓蒙けいもう思想しそうにとってソクラテスSōkratēs裁判さいばんは、思想しそう自由じゆう権力けんりょく弾圧だんあつ対比たいひする原型げんけいになった。J.S.ミルMillは『自由じゆうろん』(1859ねん)でソクラテスSōkratēs裁判さいばんき、多数たすうけつ真理しんりころしうることの証拠しょうことした。キルケゴールKierkegaardは『イロニーirony概念がいねん』(1841ねん)で弁明べんめいにおけるソクラテスSōkratēs態度たいどを「絶対ぜったいてきイロニーirony」として分析ぶんせきした。

20世紀せいき以降いこうハンナ・アーレントHannah Arendtは、ソクラテスSōkratēs裁判さいばんを「哲学てつがく政治せいじ原初げんしょてき衝突しょうとつ」と位置いちづけた(「ソクラテスSōkratēs講義こうぎ、1954ねん)。思考しこうすることと行為こういすること、個人こじん良心りょうしん共同体きょうどうたい秩序ちつじょ。この緊張きんちょう解消かいしょうされていない。分析ぶんせき哲学てつがく伝統でんとうでは、Vlastosヴラストス(1991)が弁明べんめいソクラテスSōkratēsを「道徳どうとく哲学者てつがくしゃ」として再構成さいこうせいし、Brickhouseブリックハウス & Smithスミス(1989)は法的ほうてき歴史れきしてき文脈ぶんみゃく復元ふくげんつうじて『弁明べんめい』の論理ろんり構造こうぞう精密せいみつ再読さいどくした。『弁明べんめい』はどの時代じだいにもまれたが、おなまれかたをしたことはない。もの自分じぶんきずむからだ。

現代げんだいへの接続せつぞく

空気くうきむ」社会しゃかいパレーシアparrēsia会議かいぎ部長ぶちょう方針ほうしんに「それはちがう」とえるか。SNSエスエヌエス多数派たすうはぎゃく意見いけん実名じつめい投稿とうこうできるか。炎上えんじょうこわくてくちざしたとき、わたしたちはソクラテスSōkratēs死刑しけいとうじた陪審員ばいしんいんおながわっている。あるいは、法廷ほうていなにわなかった傍聴人ぼうちょうにんがわに。「吟味ぎんみされないせいきるにあたいしない」。この一文いちぶんは、自分じぶんくちざしている人間にんげんもっといたさる。

内部ないぶ告発こくはつ組織そしきへの忠誠ちゅうせい会社かいしゃぐるみのかいざんをった社員しゃいん一人ひとりいるとする。告発こくはつすればしょくうしない、家族かぞくからも孤立こりつする。だまれば給料きゅうりょうる。ソクラテスSōkratēs弁明べんめいのなかで、三十人さんじゅうにん僭主せんしゅ命令めいれいさからった経験けいけんかたっている(32c-d)。不正ふせい命令めいれいにはしたがわず、だまっていえかえった。ころされる覚悟かくごで。かれ基準きじゅんひとつだけだ。不正ふせい加担かたんするか、しないか。

うことの意味いみ終末しゅうまつ医療いりょう場面ばめん想像そうぞうする。おそれて延命えんめい治療ちりょうつづけるのか、のこされた時間じかんを「吟味ぎんみされたせい」としてごすのか。ソクラテスSōkratēs態度たいどは、を「らない」ものとしてれたうえで、かたえないという選択せんたくだった。についてかたることをけ、を「縁起えんぎでもない」と封印ふういんする社会しゃかいがある。ソクラテスSōkratēsはその封印ふういんやぶった。わからないとみとめること。それがかれ出発しゅっぱつてんであり、最後さいごまでわらなかった位置いちだ。

読者どくしゃへの

  • あなたが「これだけはゆずれない」とおもっている信念しんねんを、他人たにんから徹底てっていてきめられたとき、あなたはそれにこたえられるか。こたえられないとき、その信念しんねんてるか、それともいをさえぎるか。
  • 職場しょくば学校がっこうで「間違まちがっている」とおもうことがあったとき、あなたはそれをくちすか。さないとしたら、なにがあなたをだまらせているのか。
  • ソクラテスSōkratēsは「がどんなものからない」とった。あなたはについてなにを「っている」とおもっているか。それは本当ほんとう知識ちしきか、それとも恐怖きょうふつくした物語ものがたりか。

重要じゅうよう引用いんよう出典しゅってんつき)

吟味ぎんみされないせいは、人間にんげんにとってきるにあたいしない。」 出典しゅってんプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』38a(久保くぼつとむやく岩波いわなみ文庫ぶんこ参照さんしょう)/原文げんぶん:"ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ"(ho de anexetastos bios ou biōtos anthrōpōi)

量刑りょうけい弁論べんろん最中さいちゅうはなたれた一言ひとこと追放ついほう提案ていあんすればいのちたすかるが、都市としでも問答もんどうをやめることはできない。やめればきている意味いみがない、と文脈ぶんみゃくてくる。

おそれることは、知恵ちえがないのに知恵ちえがあるとおもむことにほかならない。なぜなら、がどういうものかだれらないのだから。」 出典しゅってんプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』29a-b/原文げんぶん:"τὸ γὰρ τοι θάνατον δεδιέναι, ὦ ἄνδρες, οὐδὲν ἄλλο ἐστὶν ἢ δοκεῖν σοφὸν εἶναι μὴ ὄντα"(to gar toi thanaton dediénai, ō andres, ouden allo estin ē dokein sophon einai mē onta)

恐怖きょうふ道徳どうとくてき勇気ゆうきではなく、認識にんしきろんてきあやまりとして処理しょりしている。らないことをっているとおも構造こうぞうは、弁明べんめい全体ぜんたい主旋律しゅせんりつおなじだ。

わたしかみがあなたがたの都市としけてくださったあぶのようなものだ。おおきくて血統けっとうのよいうまだが、その巨体きょたいゆえににぶくなっている。あぶがいなければ、あなたがたはねむったまましょうがいえるだろう。」 出典しゅってんプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』30e-31a/原文げんぶん:"οἷον δή τινα ... μύωπα"(hoion dē tina ... myōpa)

自分じぶんを「むし」にたとえるのは、自虐じぎゃくほこりがじっている。不快ふかい存在そんざい。だが必要ひつよう存在そんざい

ときた。わたしぬために、あなたがたはきるために。どちらがよりいものにかうのか、かみのほかにはだれにもわからない。」 出典しゅってんプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia Sōkratous』42a/原文げんぶん:"ἀλλὰ γὰρ ἤδη ὥρα ἀπιέναι, ἐμοὶ μὲν ἀποθανουμένῳ, ὑμῖν δὲ βιωσομένοις· ὁπότεροι δὲ ἡμῶν ἔρχονται ἐπὶ ἄμεινον πρᾶγμα, ἄδηλον παντὶ πλὴν ἢ τῷ θεῷ."(alla gar ēdē hōra apienai, emoi men apothaneoumenōi, hymin de biōsomenois; hopoteroi de hēmōn erchontai epi ameinon pragma, adēlon panti plēn ē tōi theōi.)

弁明べんめい』の最終さいしゅうぎょうせいのどちらがいかを、最後さいごまでらないままにする。こたえをさない勇気ゆうき

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてん:Burnet, John (ed.), Platonis Opera, Tomus I, Oxford Classical Texts, Oxford: Clarendon Press, 1900.
  • 邦訳ほうやくプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia SōkratousクリトンKritōn久保くぼつとむやく岩波いわなみ文庫ぶんこ、1927ねん改版かいはん多数たすう)。
  • 邦訳ほうやくプラトンPlatōnソクラテスの弁明Apologia Sōkratous納富のうとみ信留のぶるやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ、2012ねん
  • 邦訳ほうやく:『プラトンPlatōn全集ぜんしゅうだい1かん田中たなか美知太郎みちたろう藤沢ふじさわ令夫のりおやく岩波いわなみ書店しょてん、1975ねん
  • 英訳えいやく注釈ちゅうしゃく:Burnet, John, Plato's Euthyphro, Apology of Socrates and Crito, Oxford: Clarendon Press, 1924.
  • 研究書けんきゅうしょ:Vlastos, Gregory, Socrates: Ironist and Moral Philosopher, Cambridge: Cambridge University Press, 1991.
  • 研究書けんきゅうしょ:Brickhouse, Thomas C. & Smith, Nicholas D., Socrates on Trial, Oxford: Clarendon Press, 1989.
  • 研究書けんきゅうしょ:Kraut, Richard, Socrates and the State, Princeton: Princeton University Press, 1984.
  • 論文ろんぶん:Vlastos, Gregory, "Socrates' Disavowal of Knowledge", The Philosophical Quarterly 35 (1985), pp. 1-31.
  • 研究書けんきゅうしょ:Kahn, Charles H., Plato and the Socratic Dialogue, Cambridge: Cambridge University Press, 1996.
  • 論文ろんぶん:Burnyeat, M.F., "The Impiety of Socrates", Ancient Philosophy 17 (1997), pp. 1-12.
  • 概説がいせつ納富のうとみ信留のぶるソクラテスSōkratēs岩波いわなみ新書しんしょ、2017ねん
  • ウェブweb:Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Socrates" (first published 2005, substantive revision 2018). https://plato.stanford.edu/entries/socrates/