紀元前399年、初夏のアテナイ。500人を超える陪審員が詰めかけた法廷に、70歳の老人が立っている。裸足で、薄汚れた外套を纏い、弁護人も原稿も持たない。告発状にはこうある。「ソクラテスは罪を犯している。国家の認める神々を認めず、別の新しい霊的なもの(ダイモニア)を導入し、青年を腐敗させている」(24b-c)。求刑は死刑。告発者は3人。メレトス、アニュトス、リュコン。そして被告は、何一つ書き残さなかった男。
プラトンの『ソクラテスの弁明』は、この裁判の記録である。あるいは、記録を装った哲学の宣言だ。タイトルの「弁明」(アポロギア)は謝罪ではない。法廷での防御弁論を意味するギリシャ語だ。だが読み進めるとすぐにわかる。ソクラテスは自分を守ろうとしていない。彼は攻めている。裁かれているのは自分ではなくアテナイだ、と言わんばかりの態度で。
なぜ今このテクストを読むのか。「空気を読め」という圧力の中で生きている人間にとって、ソクラテスの弁明は異物だ。自分の考えを言えば殺されるとわかっていて、なおそれを言う人間がいた。しかもその内容は「私は何も知らない」という告白から始まる。知らないと認めることが、なぜ命がけに値するのか。
法廷の空気を想像してほしい。500人の視線。蝉の声と埃。告発側の弁論は終わり、いよいよ被告が口を開く。ソクラテスは最初の一言で弁論の作法を拒否する。「巧みに語る者」だと言われたが、私の言葉は装飾のない素のままだ、と(17a-b)。この宣言から、西洋哲学で最も有名な裁判記録が動き出す。原著の流れに沿って、この法廷劇を追いかけてみよう。
この記事の要点
- 「弁明」は弁明ではない:ソクラテスは無罪を勝ち取ろうとしていない。法廷を舞台に、「吟味する生」(ビオス・エクセタスティコス)こそが人間に値する唯一の生であることを公開論証している。弁論の形をした哲学の実演。
- 「吟味されない生は生きるに値しない」(38a):西洋哲学で最も引用される一文。自分の信念を疑い、他者と問答し、根拠なき思い込みを剥がす営み。ソクラテスはその営みを止めるくらいなら死ぬ、と言い切った。
- 死の恐怖を無知として退ける論証:死を恐れるのは「知らないのに知っているふりをすること」だとソクラテスは指摘する(29a-b)。死が善か悪かは誰にもわからない。わからないものを恐れて行動を曲げるのは、無知に屈服することだ。
書物の基本情報
目次マップ
『弁明』に章番号はない。一人の男が法廷で語り続ける、一連の弁論だ。学術上は三つの弁論に区分される。
- 第一弁論(17a–35d):告発への反論と哲学的使命の弁明
- 序言(17a–18a):弁論術の拒否
- 旧来の告発者への反論(18a–24b):偏見との戦いとデルポイの神託
- メレトスへの反駁(24b–28a):論理による告発の解体
- 哲学的使命の論証(28a–34b):持ち場を離れない兵士の比喩、虻の比喩
- 結語(34b–35d):嘆願の拒否
- 第二弁論(35e–38b):有罪評決後の量刑反対提案
- 第三弁論(38c–42a):死刑確定後の最終演説
原著目次に沿った逐次解説
1. 序言:弁論術の拒否(17a–18a)
ソクラテスは開口一番、「告発者たちの言葉は巧みだったが、真実はほとんど語られなかった」と切り出す(17a)。この冒頭はただの前置きではない。弁論術(レートリケー)が支配する法廷という空間に対する宣戦布告だ。当時のアテナイの裁判では、被告が泣き落としや巧みな修辞で陪審員の同情を引くのが常套手段だった。ソクラテスはその手段を最初から放棄する。
「私からは、あなたがたが慣れているような見事な弁論は聞けないだろう。広場や両替所の前で話すのと同じ言葉で語る」(17c-d)。両替所の前、という細部に注意したい。アゴラの雑踏で通行人をつかまえて問答する、あの日常のソクラテスがそのまま法廷に入ってきた。場に合わせて言葉を変えることを、彼は拒んだ。
ここには戦略的な計算も含まれていただろう。「飾らない言葉」という表明自体が、弁論術の一種ではないか、という疑いは古代からあった。だがテクストを読む限り、ソクラテスは本気だ。彼が法廷に持ち込もうとしているのは「説得」ではなく「真実」であり、その二つは彼のなかで明確に区別されている。次にソクラテスは、自分が相手にしなければならない告発が二種類あると宣言する。
2. 旧来の告発者への反論(18a–24b)
法的な告発よりも手強い敵がいる、とソクラテスは言う。「旧来の告発者たち」(18a-b)。名前すらわからない連中。長年にわたってアテナイ市民の耳に吹き込んできた偏見。「ソクラテスは天上と地下のことを研究し、弱い議論を強い議論にすり替える男だ」と。アリストパネスの喜劇『雲』(前423年初演)が典型だ。劇中のソクラテスは籠に吊るされて空中を歩き、屁理屈で借金を踏み倒す方法を教える詐欺師として描かれている(19c)。裁判の四半世紀前の喜劇が、陪審員たちの脳に焼きついている。
ソクラテスは否定する。自然研究はやっていない。報酬を取って教えてもいない(19d-e)。ではなぜこんな評判が立ったのか。ここで彼はデルポイの神託の話を持ち出す。友人カイレポンがデルポイの神殿で「ソクラテスより知恵ある者はいるか」と聞いた。巫女ピュティアは答えた。誰もいない(21a)。
ソクラテスは困惑した。自分が知恵ある者だとは思えない。神は嘘をつかないはずだ。では神託の意味は何なのか。この問いが彼の後半生を規定した。神託を「反駁する」ために、知恵があると評判の人間を片端から訪ねて問答した。政治家、詩人、職人。三者の結果は微妙に違った。政治家は評判ほどの知恵を持っていなかった(21c-d)。詩人は優れた作品を書いていたが、自分が何を書いたのか説明できなかった。霊感(エンテウシアスモス)によって作っているのであって、知恵によってではない(22a-c)。職人は唯一、自分の技術について本物の知識を持っていた。ただし、自分の技に長けているがゆえに、他の大きな問題についても知恵があると思い込んでいた(22d-e)。共通するのはこの一点だ。彼らは知らないことを知っていると思い込んでいた。ソクラテスだけが「知らないということを知っている」(21d)。この一点で自分のほうがわずかに知恵がある。神託はそう言いたかったのだ、と。
ここがこの書物の最初の急所だ。「無知の知」(伝統的にこう呼ばれるが、テクストにこの定式はない)は、知識の謙遜ではない。武器だ。自分が何を知らないかを自覚している人間は、知っているつもりの人間に対して圧倒的に有利になる。そしてその有利さが、相手の怒りを買う。ソクラテスが嫌われた理由は単純だ。問答で恥をかかされた人間が山ほどいた。裁判の背後にあるのは、法の問題というより恨みの蓄積だった。
しかもそれだけではない。若い連中が面白がってソクラテスの真似を始めた(23c-d)。暇を持て余した富裕層の子弟が、ソクラテスのそばにくっついて歩き、知ったかぶりの大人を問い詰めて遊んでいた。恥をかかされた大人たちは、自分が馬鹿だったとは認めたくない。だから「ソクラテスが若者を腐敗させている」と言う(23d)。告発の真の原因は、法律上の罪状ではなく、この恨みだとソクラテスは見抜いている。
3. メレトスへの反駁(24b–28a)
旧来の偏見を片づけたソクラテスは、正式な告発者メレトスに向き直る。ここだけが、弁明のなかで唯一の対話形式になる。ソクラテスはいつもの問答を法廷でやってみせるのだ。
「青年を腐敗させている」という告発に対して、ソクラテスは聞く。では誰が青年を「善くする」のか。メレトスは答える。「法律だ」(24d-e)。ソクラテスは追及する。では具体的に誰が? 陪審員か。議員か。傍聴人か。メレトスは「全員」と答えてしまう(25a)。つまりアテナイ市民全員が青年を善くし、ソクラテス一人だけが腐敗させている、と。馬の調教を例にソクラテスは切り返す。馬を善くできるのは専門の調教師だけで、大多数は馬を悪くする。人間も同じではないか(25a-b)。
さらにソクラテスは追い討ちをかける。仮に私が若者を悪くしているとしよう。それは故意か、過失か。故意なら愚かだ。悪くなった人間が近くにいれば、自分にも害が及ぶ。過失なら裁判ではなく教育が必要だ(25d-26a)。どちらにしてもメレトスの告発は成り立たない。ソクラテスは相手の論理を内部から崩す。自分の立場を述べるのではなく、相手の立場が自壊するように仕向ける。これがエレンコス(論駁)だ。
不敬神の訴因に対しては、さらに鋭い。「私が神を信じていないと言うのか、それとも別の神を信じていると言うのか」とソクラテスは問い詰める(26b-c)。告発状には「新しい霊的なものを導入する」と書いてある。霊的なもの(ダイモニア)を信じているなら、ダイモン(神霊)の存在を認めていることになる。ダイモンは神の子だ。神の子を信じていて神を信じていないというのは、馬の子を信じていて馬を信じていないと言うのと同じくらい馬鹿げている(27d-e)。論理の網は鮮やかだ。メレトスは言葉に詰まる。
ただし、この論駁が裁判の結果を変えたかといえば、変えていない。メレトスの論理的な崩壊を500人の陪審員が目撃しても、評決は有罪だった。論理で勝っても裁判には負ける。哲学が政治の前で無力になる瞬間を、プラトンは師の口を借りて記録した。
4. 哲学的使命の論証(28a–34b)
ここからが弁明の核心だ。告発への法的な反論を終えたソクラテスは、自分の生き方そのものを正面から論じ始める。
まずソクラテスはアキレウスを引く。母テティスから「ヘクトルを殺せばおまえもすぐに死ぬ」と警告されたとき、アキレウスは死を恐れるより「友の仇を討たずに生きること」を恥とした(28c-d)。陪審員なら知っている話だ。ソクラテスはこの英雄を自分の先例にする。死を恐れて持ち場を離れる兵士は臆病者だ。ポティダイア、アンピポリス、デリオン。自分は三度の戦闘で命令された持ち場を離れなかった。ならば神が命じた持ち場、すなわち「吟味する生」を、死を恐れて放棄するわけにはいかない(28d-29a)。
陪審員の多くは従軍経験者だ。ソクラテスはそれを知っている。「持ち場を離れない」という軍事的名誉を、哲学的使命に重ねている。だがその直後に、ソクラテスは陪審員を挑発する。「たとえあなたがたが私を無罪にしても、条件として問答をやめろと言うなら、私はあなたがたではなく神に従う」(29d)。命を助けてやると言われても、哲学をやめるくらいなら死を選ぶ、と。
ではやめないとして、何をするのか。ソクラテスはここで自分の日常を語る。通りすがりのアテナイ市民をつかまえて、こう声をかける。「あなたは金や評判や名誉のことばかり気にかけて、知恵や真理や、魂をできる限り善くすることには心を砕かないのか。恥ずかしくはないか」(29d-e)。相手が「気にかけている」と答えれば、吟味する。「徳を持っている」と言うなら、本当かどうか確かめる。持っていなければ「最も価値あるものを軽んじ、劣ったものを重んじている」と叱る(30a)。老人にも若者にも、外国人にも同胞にも。誰に対しても同じことをする(30a-b)。これが彼の言う「神への奉仕」の中身だ。哲学は書斎の仕事ではなく、路上の行為だった。
この態度は傲慢か。裁判を馬鹿にしているのか。そうかもしれない。だがソクラテスには論理がある。死を恐れることは「知らないのに知っていると思い込む」ことの最も典型的な事例だ(29a-b)。死が悪いものかどうか、誰も知らない。知らないものを恐れて行動を変えるのは、彼が生涯批判してきた「見せかけの知」と同じ構造だ。ソクラテスがここで死を受け入れたのは、勇敢だからではない。一貫しているからだ。
そして有名な「虻」(ミュオープス)の比喩が登場する。アテナイは「大きくて血統のよい、しかし図体のせいで鈍くなった馬」であり、ソクラテスはその馬に止まって刺し続ける虻だ(30e-31a)。私を殺せば、あなたがたは残りの人生を眠って過ごすことになる、と。脅しではない。診断だ。
その証拠としてソクラテスは自分の過去を持ち出す。民主政の下で、アルギヌサイ海戦の将軍たちを一括裁判にかけようとした評議会で、ソクラテスはただ一人反対した(32a-c)。法に反する手続きだったからだ。群衆が怒り、逮捕すると脅した。彼は動かなかった。寡頭政の下では、三十人僭主がサラミスのレオンを不正に連行せよと命じたとき、他の四人は従ったが、ソクラテスは黙って家に帰った(32c-d)。僭主政が続いていたら殺されていただろう、と彼は淡々と言う。重要なのは、民主政であれ寡頭政であれ、彼が不正な命令には従わなかった点だ。体制ではなく正不正が基準だった。
ここでソクラテスは「ダイモニオン」(神的な徴)についても語る(31c-d)。幼少時からある種の声が聞こえ、それは常に「止めること」だけをする。「やるな」とは言うが、「やれ」とは言わない。不思議な抑制装置。ソクラテスが政治に関わらなかったのは、このダイモニオンが止めたからだという。政治に入れば、正義を貫こうとして即座に殺されていただろう、と。
5. 結語:嘆願の拒否(34b–35d)
弁論の締めくくりで、ソクラテスはもう一つの慣習を蹴った。アテナイの法廷では、被告が幼い子供を連れてきて泣かせ、陪審員の同情を絞り出すのが定石だった。ソクラテスには3人の息子がいた。一人も連れてこなかった(34c-d)。嘆願は陪審員に「恩恵」を求めることであり、陪審員の仕事は恩恵を施すことではなく「正しく裁くこと」だ(35b-c)。嘆願に応じる陪審員は、法ではなく感情で裁いている。それは陪審員の宣誓違反だ。
自分の命がかかっている場面で、被告が陪審員に職業倫理を説いている。助けてくれとは頼まない。「あなたたちが正しくあれ」と求める。第一弁論の最後の言葉は、自分のためではなく陪審員のために発せられた。
この拒否は美学ではない。論理だ。嘆願によって無罪を得れば、それは法に基づく判断ではなく、同情に基づく恩赦になる。ソクラテスは生涯を通じて「不正を行うことは不正を受けることより悪い」(29b)と主張してきた。陪審員に宣誓違反をさせること、つまり感情で裁かせることは、彼らに不正を行わせることだ。自分が助かるために他者に不正をさせる。ソクラテスにとって、それは死よりも避けるべきことだった。
6. 第二弁論:量刑への反対提案(35e–38b)
評決は有罪。280対220(通説。36aからの推定)。僅差だ。アテナイの裁判では、有罪確定後に告発側と被告側がそれぞれ量刑を提案し、陪審員がどちらかを選ぶ。告発側は死刑。ソクラテスは何を提案するか。
普通なら追放か高額の罰金を提案して命を拾うところだ。ソクラテスは言う。自分が本当に「受けるに値する」ものは何だろうか。国家に貢献した人間に与えられる栄誉、プリュタネイオン(迎賓館)での食事。オリンピアの競走馬の優勝者が受ける栄誉を、自分こそ受けるべきだ。なぜなら彼らはあなたがたを「幸福に見せかける」が、私は「本当に幸福にしようとしている」のだから(36d-e)。
法廷は騒然としただろう。死刑求刑に対して、被告が「国賓待遇をくれ」と言っている。挑発か。正気なのか。最終的にソクラテスは、プラトンら友人たちが保証人になる形で30ムナの罰金を提案した(38b)。だが陪審員はそれを退け、死刑を選んだ。しかも、有罪票は増えた(36a)。プリュタネイオンの件が逆効果だったわけだ。
なぜ追放を提案しなかったのか。ソクラテスは自問している。別の都市に行って静かに暮らせばよいではないか。だが静かに暮らすとは、問答をやめることを意味する。問答をやめて生きることは彼にとって生きていないのと同じだ。かといって他の都市で問答を続ければ、そこでもまた追放される。「若者たちが私について来る」(37d-e)のだから。追放は問題を先送りにするだけだとソクラテスは見抜いている。そしてこの文脈で、西洋哲学史上最も有名な一文が出てくる。「吟味されない生は、人間にとって生きるに値しない」(38a)。
7. 第三弁論:最終演説(38c–42a)
死刑が確定した。ソクラテスは最後に二つの聴衆に向けて語る。
有罪に投票した者たちに向けて。あなたがたは私の死によって解放されたと思うだろうが、逆のことが起きる。私を殺すことで、もっと多くの、もっと若い、もっと容赦のない吟味者がやってくる(39c-d)。人を殺して批判を封じることはできない。自分自身を「善くする」ことでしか批判は止まらない、と。預言のような口調だ。
無罪に投票した者たちに向けて。ここでソクラテスの声は穏やかになる。まず彼は一つの証拠を挙げる。裁判の間、ダイモニオンが一度も自分を止めなかった(40a-b)。朝家を出るときも、法廷に上がるときも、弁論の最中も。いつもなら些細なことでも制止するあの声が沈黙していた。ということは、今日起きたこと──有罪判決と死刑──は「善いこと」なのかもしれない。論証というよりは直観の告白。だがソクラテスにとって、ダイモニオンの沈黙は論理と同等の根拠だった。
そのうえで死について語る。死は二つのうちのどちらかだ。完全な無、夢も見ない眠り。あるいは、魂が別の場所へ旅立つこと(40c-41a)。どちらでも悪くない。無であれば、それは人生で最高の一夜の眠りだ。大王でさえこれほど安らかな夜は滅多に過ごせまい、とソクラテスは付け加える(40d-e)。旅であれば、ホメロスやヘシオドスに、不当な裁判で殺されたパラメデスや大アイアスに、トロイア遠征の英雄オデュッセウスに会える。そこでも彼らを吟味してやろう。「あちらの世界の住人は、こちらのように吟味したからといって死刑にはしないだろうから」(41b-c)。冗談か本気か判然としない。そこがいい。
この二者択一の論法は、厳密には証明ではない。死後に第三の可能性──苦痛を伴う意識の継続──がありえないとは示されていない。だがソクラテスの論点はそこにはない。死がどんなものかは「わからない」。わからないものについて確定的な恐怖を抱くのは不合理だ。この認識論的な禁欲が、死の恐怖に対する彼の一貫した態度だ。
そして最後の一文。「立ち去る時が来た。私は死ぬために、あなたがたは生きるために。どちらがより善い方へ向かうのか、神のほかには誰にもわからない」(42a)。ここでテクストは終わる。結論はない。答えもない。問いだけが残る。
核心概念と論証の骨格
『弁明』は法廷の独白だが、その裏には骨組みがある。見た目の自由さに騙されてはいけない。四つの概念が噛み合って全体を駆動している。
1. 人間的知恵(アントローピネー・ソピア)。神のみが真の知恵を持ち、人間の知恵は「ほとんど無価値」(23a)。ソクラテスが他の人間より知恵があるとすれば、自分の無知を自覚している一点のみ。
2. 吟味する生(エクセタゾメノス・ビオス)。自分と他者の信念を問答によって検証する営み。この営みを放棄した瞬間、人間の生は「生きるに値しない」(ウー・ビオートン)ものになる(38a)。
3. 魂の配慮(エピメレイア・テース・プシュケース)。身体や財産よりも魂を配慮せよ、とソクラテスは繰り返す(29d-e, 30a-b)。魂を「できる限り善くする」ことが人間の最高の課題であり、問答はそのための道具だ。
4. 不正を行わないこと。ソクラテスは繰り返し、不正を受けるより不正を行うほうが悪いと主張する(29b, 37b)。この原則は『ゴルギアス』(469b-c, 509c)でさらに掘り下げられるが、『弁明』でも根幹をなしている。哲学を続けるのは、それが正しいからだ。死を回避するために哲学をやめるのは、不正を行うことだ。したがって死を選ぶほうが、不正を行うより善い。この道徳的命題が、弁明全体の隠れた支柱だ。
論証の流れ:(a)神託が「ソクラテスより知恵ある者はいない」と告げた → (b)検証の結果、他者は無知を自覚していないと判明 → (c)ゆえに吟味する生は神の命令に基づく使命である → (d)使命を放棄することは持ち場を離れることに等しい → (e)死を恐れて使命を放棄するのは「知らないのに知っているふり」の典型である → (f)ゆえに死を選ぶ。
この連鎖に飛躍がないとは言えない。(a)から(c)への移行、つまり「神託の解釈として問答を使命とする」ところには論理の隙間がある。神が「おまえが一番知恵がある」と言ったことと、「おまえは他人を吟味し続けろ」と命じたこととは、別の命題だ。ソクラテスはこの隙間を、ほとんど信仰に近い確信で埋めている。
主要な解釈論争
1. 歴史のソクラテスか、プラトンのソクラテスか。最大の論点。プラトンはどこまで忠実に師の言葉を再現したのか。クセノポンの『ソクラテスの弁明』は同じ裁判をまったく異なるトーンで描いている。Gregory Vlastos(1991)は初期対話篇のソクラテスにかなりの歴史性を認めたが、Charles Kahn(1996)は初期対話篇も含めてプラトンの文学的創作として読むべきだと論じた。どちらにせよ、『弁明』が法廷の速記録でないことだけは確かだ。プラトンは作家であり、哲学者だ。
2. ソクラテスの不敬神は本物か。テクスト上ソクラテスは繰り返し神への信仰を主張する。だが彼の神は伝統的なオリュンポスの神々と同じか。「ダイモニオン」は伝統宗教の枠に収まるのか。M.F. Burnyeat(1997)は、ソクラテスの宗教観が伝統と微妙にずれており、告発は全くの言いがかりとも言い切れないと指摘した。ソクラテスは信仰を持っていた。だがその信仰は、ポリスが求める形の信仰とは違っていた。
3. ソクラテスはなぜ逃げなかったのか。『クリトン』で脱獄の機会が与えられたにもかかわらず、ソクラテスは拒否した。『弁明』の論理と整合するか。弁明では「神に従う」と言いながら、クリトンでは「法に従う」と言う。矛盾だろうか。Richard Kraut(1984)はこの緊張を詳細に分析し、ソクラテスは法を絶対視していたのではなく、不正を行わないという原則が上位にあったと論じた。
4. 「無知の知」は知なのか。自分が知らないことを知っている、というのは矛盾ではないか。Vlastos(1985)は、ソクラテスが否認する「知」と実際に保持する「知」は異なる種類だと提案した。「確実な知」(エピステーメー)は持たないが、「吟味に耐えた信念」は持っている。この区別を受け入れるかどうかで、ソクラテスの読みが大きく分かれる。
この書物の影響史
同時代〜ヘレニズム期。ソクラテスの裁判と死は、古代ギリシャ哲学の全体を方向づけた。プラトンがアカデメイアを設立したのは、師の死への応答だった。「哲学者が統治するか、統治者が哲学するか」(『国家』473c-d)というあの構想は、ソクラテスを殺した民主政への怒りなしには生まれなかった。犬儒派は弁明の「無所有」の側面を極端に推し進め、ストア派は「徳のみが善」という命題を体系化した。
ローマ〜キリスト教。キケロはソクラテスを「哲学を天から地上に降ろした人物」と呼んだ(『トゥスクルム談論』V.4.10)。初期キリスト教の弁証家ユスティノス(2世紀)は、ソクラテスをキリスト以前の「ロゴスに従って生きた者」として称えた(『第一弁明』46.3)。不当な裁判で殺された義人。この構図はイエスの受難と重なり、ソクラテスは「異教の殉教者」としてキリスト教世界に受容された。
近代。啓蒙思想家にとってソクラテスの裁判は、思想の自由と権力の弾圧を対比する原型になった。J.S.ミルは『自由論』(1859年)でソクラテスの裁判を引き、多数決が真理を殺しうることの証拠とした。キルケゴールは『イロニーの概念』(1841年)で弁明におけるソクラテスの態度を「絶対的イロニー」として分析した。
20世紀以降。ハンナ・アーレントは、ソクラテスの裁判を「哲学と政治の原初的衝突」と位置づけた(「ソクラテス」講義、1954年)。思考することと行為すること、個人の良心と共同体の秩序。この緊張は解消されていない。分析哲学の伝統では、Vlastos(1991)が弁明のソクラテスを「道徳哲学者」として再構成し、Brickhouse & Smith(1989)は法的・歴史的文脈の復元を通じて『弁明』の論理構造を精密に再読した。『弁明』はどの時代にも読まれたが、同じ読まれ方をしたことはない。読む者が自分の傷を持ち込むからだ。
現代への接続
「空気を読む」社会とパレーシア。会議で部長の方針に「それは違う」と言えるか。SNSで多数派と逆の意見を実名で投稿できるか。炎上が怖くて口を閉ざしたとき、私たちはソクラテスに死刑を投じた陪審員と同じ側に立っている。あるいは、法廷で何も言わなかった傍聴人の側に。「吟味されない生は生きるに値しない」。この一文は、自分の口を閉ざしている人間に最も痛く刺さる。
内部告発と組織への忠誠。会社ぐるみの改ざんを知った社員が一人いるとする。告発すれば職を失い、家族からも孤立する。黙れば給料は出る。ソクラテスは弁明のなかで、三十人僭主の命令に逆らった経験を語っている(32c-d)。不正な命令には従わず、黙って家に帰った。殺される覚悟で。彼の基準は一つだけだ。不正に加担するか、しないか。
死と向き合うことの意味。終末期医療の場面を想像する。死を恐れて延命治療を続けるのか、残された時間を「吟味された生」として過ごすのか。ソクラテスの態度は、死を「知らない」ものとして受け入れた上で、生き方を変えないという選択だった。死について語ることを避け、死を「縁起でもない」と封印する社会がある。ソクラテスはその封印を破った。わからないと認めること。それが彼の出発点であり、最後まで変わらなかった立ち位置だ。
読者への問い
- あなたが「これだけは譲れない」と思っている信念を、他人から徹底的に問い詰められたとき、あなたはそれに答えられるか。答えられないとき、その信念を捨てるか、それとも問いを遮るか。
- 職場や学校で「間違っている」と思うことがあったとき、あなたはそれを口に出すか。出さないとしたら、何があなたを黙らせているのか。
- ソクラテスは「死がどんなものか知らない」と言い切った。あなたは死について何を「知っている」と思っているか。それは本当に知識か、それとも恐怖が作り出した物語か。
重要引用(出典つき)
「吟味されない生は、人間にとって生きるに値しない。」 出典:プラトン『ソクラテスの弁明』38a(久保勉訳、岩波文庫を参照)/原文:"ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ"(ho de anexetastos bios ou biōtos anthrōpōi)
量刑弁論の最中に放たれた一言。追放を提案すれば命は助かるが、他の都市でも問答をやめることはできない。やめれば生きている意味がない、と言い切る文脈で出てくる。
「死を恐れることは、知恵がないのに知恵があると思い込むことにほかならない。なぜなら、死がどういうものか誰も知らないのだから。」 出典:プラトン『ソクラテスの弁明』29a-b/原文:"τὸ γὰρ τοι θάνατον δεδιέναι, ὦ ἄνδρες, οὐδὲν ἄλλο ἐστὶν ἢ δοκεῖν σοφὸν εἶναι μὴ ὄντα"(to gar toi thanaton dediénai, ō andres, ouden allo estin ē dokein sophon einai mē onta)
死の恐怖を道徳的な勇気ではなく、認識論的な誤りとして処理している。知らないことを知っていると思い込む構造は、弁明全体の主旋律と同じだ。
「私は神があなたがたの都市に付けてくださった虻のようなものだ。大きくて血統のよい馬だが、その巨体ゆえに鈍くなっている。虻がいなければ、あなたがたは眠ったまま生涯を終えるだろう。」 出典:プラトン『ソクラテスの弁明』30e-31a/原文:"οἷον δή τινα ... μύωπα"(hoion dē tina ... myōpa)
自分を「刺す虫」に喩えるのは、自虐と誇りが入り混じっている。不快な存在。だが必要な存在。
「立ち去る時が来た。私は死ぬために、あなたがたは生きるために。どちらがより善いものに向かうのか、神のほかには誰にもわからない。」 出典:プラトン『ソクラテスの弁明』42a/原文:"ἀλλὰ γὰρ ἤδη ὥρα ἀπιέναι, ἐμοὶ μὲν ἀποθανουμένῳ, ὑμῖν δὲ βιωσομένοις· ὁπότεροι δὲ ἡμῶν ἔρχονται ἐπὶ ἄμεινον πρᾶγμα, ἄδηλον παντὶ πλὴν ἢ τῷ θεῷ."(alla gar ēdē hōra apienai, emoi men apothaneoumenōi, hymin de biōsomenois; hopoteroi de hēmōn erchontai epi ameinon pragma, adēlon panti plēn ē tōi theōi.)
『弁明』の最終行。死と生のどちらが善いかを、最後まで知らないままにする。答えを出さない勇気。
参考文献
- (原典):Burnet, John (ed.), Platonis Opera, Tomus I, Oxford Classical Texts, Oxford: Clarendon Press, 1900.
- (邦訳):プラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』久保勉訳、岩波文庫、1927年(改版多数)。
- (邦訳):プラトン『ソクラテスの弁明』納富信留訳、光文社古典新訳文庫、2012年。
- (邦訳):『プラトン全集』第1巻、田中美知太郎・藤沢令夫訳、岩波書店、1975年。
- (英訳・注釈):Burnet, John, Plato's Euthyphro, Apology of Socrates and Crito, Oxford: Clarendon Press, 1924.
- (研究書):Vlastos, Gregory, Socrates: Ironist and Moral Philosopher, Cambridge: Cambridge University Press, 1991.
- (研究書):Brickhouse, Thomas C. & Smith, Nicholas D., Socrates on Trial, Oxford: Clarendon Press, 1989.
- (研究書):Kraut, Richard, Socrates and the State, Princeton: Princeton University Press, 1984.
- (論文):Vlastos, Gregory, "Socrates' Disavowal of Knowledge", The Philosophical Quarterly 35 (1985), pp. 1-31.
- (研究書):Kahn, Charles H., Plato and the Socratic Dialogue, Cambridge: Cambridge University Press, 1996.
- (論文):Burnyeat, M.F., "The Impiety of Socrates", Ancient Philosophy 17 (1997), pp. 1-12.
- (概説):納富信留『ソクラテス』岩波新書、2017年。
- (ウェブ):Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Socrates" (first published 2005, substantive revision 2018). https://plato.stanford.edu/entries/socrates/