真昼のアテナイ。アゴラを行き交う人々のなかを、火のついたランプを掲げた男が歩いている。誰かが聞いた。何を探しているのか。「人間を探しているのだ」(ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』VI.41)。太陽の下でランプを灯す男。気が狂っているか、面白がっているか、あるいはその両方か。シノペのディオゲネスは、紀元前4世紀のアテナイで最も嫌われ、最も有名だった哲学者である。
住所は大きな甕(ピトス)。所持品は外套と杖と袋だけ。少年が手で水を掬って飲むのを見て、唯一の杯を投げ捨てた。子どもにすら負けている、と(VI.37)。広場で自慰をし、公衆の面前で食事をし、プラトンの講義に羽を毟った鶏を放り込んだ。品性の欠片もないように見える。だが彼を単なる奇人として片づけるのは間違いだ。
ディオゲネスは一行も書かなかった(著作が帰されてはいるが、真偽は不明)。論文の代わりに自分の身体を使った。甕に住むことが論証であり、裸足で歩くことが反論であり、公衆の前で食らうことが結論だった。哲学は教室の中にあるのではない。路上で、身体で、やるものだ。ソクラテスが問答で哲学を街に持ち出したとすれば、ディオゲネスはそこから言葉すら剥ぎ取った。
彼が創始した(あるいは体現した)犬儒派(キュニコス派)は、後のストア派、初期キリスト教の禁欲主義、近代のアナキズムにまで水脈を通している。問いは一つ。人間は所有なしに幸福でありうるか。あるいは、こう聞くべきか。所有が人間を不幸にしているのではないか。
この記事の要点
- 「通貨の変造」(パラカラッテイン・ト・ノミスマ):ディオゲネスは故郷シノペで文字通りに貨幣を変造して追放された。だがこの行為を彼は比喩に転換した。「通貨」とは社会の常識であり、名誉であり、習慣である。偽の価値の刻印を削り取ること。それがキュニコス哲学の根幹である。
- 「犬の生」と恥の解体(アナイデイア):犬と呼ばれたことを誇りにした。犬は食べたいときに食べ、寝たいところで寝て、人目を気にしない。恥の感覚こそが人間を縛る最大の鎖だとディオゲネスは見抜いた。
- 「身体による哲学」:他の哲学者が言葉で徳を語ったのに対し、ディオゲネスは自分の生活そのものを論証にした。凍った彫像に抱きつき、真夏の砂の上を転がった。身体を鍛えることが精神の鍛錬であり、哲学とは生活の形式そのものだった。
生涯と時代背景
ディオゲネスは黒海沿岸の植民都市シノペに生まれた。父ヒケシアスは両替商。ディオゲネスは若くして貨幣の変造(偽造とも額面の削り取りとも伝わる)に手を染め、発覚して追放された(VI.20-21)。罪人として故郷を追われた男が、アテナイに流れ着いて哲学者になる。犯罪が哲学になった稀有な例だ。
彼が活動した紀元前4世紀のアテナイは、ペロポネソス戦争の敗北(前404年)から回復しきれず、マケドニアのフィリッポス2世の圧力に晒されていた。ポリス(都市国家)の理想が崩れつつある時代。市民であることの意味が揺らぎ、個人がどう生きるかという問いが切迫していた。プラトンがアカデメイアで理想国家を構想し、アリストテレスがリュケイオンで万学を講じていた、その同じ街で、ディオゲネスは甕に住んでいた。
「犬」(キュオーン、ギリシャ語:κύων)。それが彼のあだ名だった。侮蔑として付けられたこの呼び名を、ディオゲネスは喜んで受け入れた。犬は恩人には尾を振り、敵には噛みつく。飾らない。嘘をつかない。キュニコス派(犬儒派)の名はこの「犬」に由来する。のちに英語の cynic(皮肉屋)となるこの語の原義は、「犬のように生きる者」だ。
海賊に捕えられ奴隷として売られたとき、何ができるかと聞かれたディオゲネスは答えた。「人間を支配することができる」(VI.74)。奴隷の身でありながら主人を名乗る。買い主のコリントスの富豪クセニアデスは、実際にディオゲネスを子どもたちの教師に据えた。奴隷が主人の家を仕切る。ディオゲネスの逸話はどれも同じ構造をしている。外から見た地位と、実際の力関係が逆転する。
ミニ年表
- 前412年頃:黒海沿岸のシノペに生まれる
- 前390年代頃:貨幣変造の罪でシノペを追放される
- 前380年代:アテナイに渡り、アンティステネスに師事(異説あり)
- 前370-350年代:アテナイのアゴラとコリントスで犬儒派の生活を実践
- 前340年代:海賊に捕えられ奴隷として売られるが、買い主クセニアデスのもとで子弟教育を担う
- 前336年頃:コリントスでアレクサンドロス大王と対面
- 前323年頃:コリントスにて没(アレクサンドロスと同日に死んだという伝説がある)
この哲学者は何を問うたのか
プラトンは「善のイデア」を、アリストテレスは「幸福(エウダイモニア)とは活動である」を論じた。どちらの議論にも、暗黙の前提がある。ポリスに所属していること、ある程度の財産があること、余暇があること、議論の相手になる友人がいること。ディオゲネスはこの前提の全部を蹴り飛ばした。
問いはこうだ。人間が本当に必要なものは何か。社会が「必要だ」と言っているものは、本当に必要なのか。名誉、財産、地位、体裁。そのすべてを剥ぎ取ったとき、残るものがあるか。あるとすれば、それは何か。
師とされるアンティステネス(ソクラテスの弟子)は、徳だけで幸福に十分だと論じていた。ディオゲネスはその主張を受け取り、言葉ではなく生活で証明してみせた。口で「徳さえあればいい」と言うのは簡単だ。実際に家も金も地位も捨てて生きてみろ。それをやった。
核心思想
1. 通貨の変造(パラカラッテイン・ト・ノミスマ)
ギリシャ語のノミスマは「貨幣」と「慣習」の両方を意味する。ディオゲネスがシノペでやったことは犯罪だったが、彼はそれを哲学の比喩に転じた。社会で通用している「価値」の刻印。名誉、出世、豪邸、肩書き。それらの表面に刻まれた「価値がある」という刻印を削り落とし、中身を見ろ、と。デルポイの神託が「通貨を変造せよ」と告げたという逸話があり(VI.20-21)、ディオゲネスはそれを文字通りにも比喩的にも実行した。
具体的に何を「変造」したのか。結婚制度、財産の私有、国家への忠誠。当時のギリシャ人にとって疑う余地のなかった制度を、片端から蹴り倒した。彼に帰される著作『国家』(現存せず、断片のみ)では、貨幣の廃止、妻子の共有、身分の撤廃が提案されていたという(VI.72)。プラトンの『国家』が哲人王による統治を理想としたのに対し、ディオゲネスの『国家』は統治そのものを不要とした。人間が自然に従って生きれば、法も軍隊も裁判所もいらない。荒唐無稽に聞こえるが、「社会の制度は自然の必然ではなく人為の発明だ」という指摘そのものは、鋭い。
2. アスケーシス(鍛錬)
ディオゲネスの鍛錬は精神修養ではない。身体を使った過酷な訓練だ。真冬に雪の積もった彫像に抱きつき、真夏に焼けた砂の上で転がった(VI.23)。要するに、苦痛に慣れてしまえば苦痛は苦痛でなくなる。快適な暮らしに慣れた人間は、その快適さを失うことを常に恐れなければならない。逆に、最初から何も持っていなければ、失うものもない。
これは苦行ではない。自由の技術だ、とディオゲネスは言うだろう。暖房が切れたら不幸になる人間と、どこでも眠れる人間。どちらが自由か。競技の選手が身体を鍛えるように、哲学者は欲望への耐性を鍛える。ディオゲネスはそれを「二重の鍛錬」と呼んだ。身体と精神を同時に鍛えること(VI.70)。
3. アナイデイア(恥知らず)
アゴラで自慰をした逸話は有名だ(VI.46)。「腹も擦って空腹が治ればいいのに」。下品だ、と思うだろう。だがディオゲネスの問いはこうだ。なぜそれは恥かしいのか。食事も排泄も性欲も、身体が求める自然な行為にすぎない。それを「隠すべきだ」と決めたのは身体ではなく慣習(ノモス)だ。つまり、恥という感覚は自然に備わったものではなく、社会が後から植えつけたものだ。そして人間はその植えつけられた恥に、一生操られる。
ここに犬儒派の急所がある。恥の感覚は社会秩序を維持する道具であって、自然の命令ではない。恥を壊せば、社会の支配が解ける。極論に聞こえるかもしれないが、身近な例で考えるとわかりやすい。電車で自分だけマスクをしていないときの、あの居心地の悪さ。周囲の視線が気になるあの感覚は、衛生の問題なのか、感染への恐怖なのか、それとも単に「みんながしているから」なのか。ディオゲネスなら、三つ目だと即答するだろう。
4. パレーシア(忌憚なき発言)
ディオゲネスは誰にでも同じ態度で接した。奴隷にも王にも。アレクサンドロス大王がコリントスに来たとき、日向ぼっこしているディオゲネスのもとを訪れて「何か望みはあるか」と聞いた。「日陰にならないでくれ」(VI.38)。世界を征服した男に対して、「邪魔だ」と言った。アレクサンドロスは感嘆したと伝えられている。「もし私がアレクサンドロスでなかったら、ディオゲネスになりたい」と(プルタルコス『アレクサンドロス伝』14.2-3)。
パレーシアはギリシャの民主政治の理念だった。自由市民は広場で何を言ってもよい。ディオゲネスはそれを徹底した。権力者への追従を拒み、富裕層を嘲笑し、哲学者仲間の虚栄を暴いた。プラトンが人間を「羽毛のない二足歩行の動物」と定義したとき、ディオゲネスは鶏の羽を毟ってプラトンの学園に投げ込んだ。「これがプラトンの人間だ」(VI.40)。言葉で反論するのではなく、行為で笑い飛ばす。プラトンの弟子たちはさぞ困っただろう。論理で対抗できる相手ではないのだから。
5. コスモポリテース(世界市民)
「おまえはどこの出身だ」と聞かれたとき、ディオゲネスは「世界の市民だ」(コスモポリテース)と答えた(VI.63)。記録に残る限り、この語を初めて使った人物だ。ポリスへの帰属が市民の存在理由だったギリシャで、「どこにも属さない」と宣言することの衝撃。追放者として市民権を失った男が、国境そのものを無効にした。
この一言は二つのことを同時に言っている。まず、ポリスの市民権がなくても人間は人間だということ。市民権を剥奪された追放者だからこそ言えた言葉だ。そしてもう一つ、人間と人間のあいだにある国境は、自然が引いた線ではなく人間が勝手に引いた線にすぎないということ。アリストテレスが「人間はポリス的動物である」(『政治学』I.2, 1253a)と断言したのに対し、ディオゲネスはポリスなしの人間を自分の身体で示した。この発想はストア派に受け継がれ、やがてローマ帝国の普遍主義、18世紀の啓蒙思想、カントの永遠平和論へと繋がっていく。甕に住む無一文の男の一言が、2000年を超える思想史の出発点になったわけだ。
6. 自然に従う生(カタ・ピュシン)
犬儒派にとって、自然(ピュシス)と慣習(ノモス)の対立は根本問題だった。ディオゲネスは徹底して自然の側に立った。動物は家を建てず、料理をせず、服を着ないが、ちゃんと生きている。ならば人間が「絶対に必要だ」と思い込んでいるものの大半は、自然が求めているのではなく、慣習が求めているだけではないか。「文明」と呼ばれるものの大半は余計な荷物だ、と。
この立場は後のストア派に直接流れ込む。ストア派の創始者ゼノンは若い頃、犬儒派のクラテス(ディオゲネスの弟子)に学んだ。「自然に従って生きよ」というストア派の根本命題は、ディオゲネスの甕暮らしから生まれた。ストア派はそれを体系に仕上げ、社会のなかでも実践できるように整えた。いわばディオゲネスの原液を薄めて飲みやすくしたのがストア哲学だと言えるかもしれない。
主要資料ガイド
ディオゲネス自身の著作は現存しない。情報のほぼすべてが後世の伝記と逸話集に依存する。
- ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』第6巻:ディオゲネスに関する最大の一次資料。逸話の宝庫であり、信頼性は玉石混交だが、これなしには何も語れない。邦訳:加来彰俊訳『ギリシア哲学者列伝』岩波文庫。
- プルタルコス『対比列伝』アレクサンドロス伝:アレクサンドロスとの対面エピソードの出典。邦訳:河野与一訳ほか、岩波文庫。
- Branham, R.B. & Goulet-Cazé, M.-O.(eds.), The Cynics: The Cynic Movement in Antiquity and Its Legacy, U of California Press, 1996.:犬儒派研究の標準論文集。歴史、思想、後世への影響を包括的にカバー。
- Navia, Luis E., Diogenes the Cynic: The War Against the World, Humanity Books, 2005.:逸話の検証から思想の再構成まで行ったモノグラフ。
主要な批判と論争
プラトンはディオゲネスを「狂ったソクラテス」と呼んだ(VI.54)。この一言は正確だ。ソクラテスは問答で人の無知を暴いたが、社会の枠組みそのものは壊さなかった。裁判に従い、毒杯を飲んだ。ディオゲネスなら逃げただろう。あるいは裁判の席で放尿しただろう。
アリストテレスの立場からすれば、ディオゲネスの生き方は「人間の幸福」ではない。アリストテレスにとって幸福には友人、健康、一定の財産、市民としての活動が必要だった(『ニコマコス倫理学』I.8, 1099a-b)。甕に住んで残飯を食う男を「幸福」と呼べるか。ディオゲネスなら答えるだろう。「おまえは幸福か? 豪邸のローンに追われながら?」
資料の問題も無視できない。ディオゲネスに関する情報はほぼすべて後世の逸話集であり、どこまでが事実でどこからが伝説かの線引きはきわめて困難だ。死に方ですら複数の伝承がある。生の蛸を食べて死んだ、息を止めて死んだ、犬に噛まれて死んだ(VI.76-77)。どれが本当かはわからない。ただ、彼の死が何通りも語り直されたということ自体が、この哲学者の存在感を物語っている。アレクサンドロス大王と同日に死んだという伝説も、世界を征服した男と何も持たなかった男を対にしたい古代の想像力が生んだものだろう。
最も根本的な批判は、犬儒派の哲学が他者との関係を切り捨てることだ。ディオゲネスの自足(アウタルケイア)は、究極には一人で完結する。だが人間は一人で生きているわけではない。子を育てる親は甕に住めない。病人を看る者は自足を捨てなければならない。犬儒派の自由は、他者への責任を放棄することで成立する。犬儒派の自由には、そういう無視できない代償がある。
影響と遺産
弟子クラテスと犬儒派の継承:テバイの名家に生まれたクラテスはディオゲネスに感化され、全財産を投げ出して犬儒派に入った。クラテスと妻ヒッパルキアの夫婦は公衆の面前で犬儒派の生活を実践した最初の「夫婦キュニコス」であり、ヒッパルキアは古代ギリシャで最も急進的な女性哲学者の一人だった(VI.96-98)。
ストア派:ゼノンは若い頃クラテスに師事し、「自然に従う生」と「徳のみが善」をストア哲学の根幹に据えた。犬儒派の過激さを削ぎ落とし、社会のなかで生きながら内面の自由を保つ道を開いた。エピクテトスは後年、理想的なキュニコスを「神の使者」と呼び、ディオゲネスを繰り返し引用している(『語録』III.22)。
ローマ帝政期のキュニコス復興:紀元1-2世紀、ローマ帝国の街角にはキュニコスの格好(粗末な外套・杖・袋)をした放浪説教者が溢れた。権力者を面前で罵倒する彼らに、皇帝ユリアヌス(4世紀)は『無学な犬どもに対して』を書いて反撃した。偽物がこれほど増えたこと自体が、本物のディオゲネスがどれほどの衝撃だったかを物語っている。
初期キリスト教:使徒パウロの放浪生活、砂漠の隠修士たち、托鉢修道会。所有の放棄と身体の苦行という犬儒派の実践は、キリスト教の禁欲主義に深い痕跡を残した。13世紀のアッシジのフランチェスコが裸で父の前に立ち、財産の一切を返した場面は、ディオゲネスの身振りと重なる。
近代〜現代:ルソーの文明批判、ソローのウォールデンでの生活実験、アナキズムの権威否定、20世紀のカウンターカルチャー。文明の恩恵を享受しながら文明を批判するという矛盾は、ディオゲネスにはなかった。彼は本当に捨てた。ミシェル・フーコーは晩年の講義『真理の勇気』(1984年)で犬儒派のパレーシアを集中的に分析し、ディオゲネスの「真実を語る勇気」を、権力に対する抵抗の原型として位置づけた。哲学とは書斎で組み立てる理論ではなく、自分の身体で生きる「生の様式」だという主張。フーコーは癌に侵されながらこの講義を行い、同年亡くなった。彼が最後に辿り着いたのが、2300年前の甕の哲学者だったというのは、偶然ではないだろう。
現代への接続
ミニマリズムという言葉が流行している。持ちものを減らし、部屋をすっきりさせ、少ないもので暮らす。ディオゲネスは2400年前にそれを極限まで推し進めた。ただし決定的な違いがある。現代のミニマリズムは快適さを手放さない。厳選した良いものだけを残す。ディオゲネスのミニマリズムは「良いもの」への執着そのものを切る。
SNSと承認欲求。いいねの数、フォロワーの数、他人からどう見られているか。ディオゲネスが解体した「恥」の構造は、SNSで剥き出しになっている。他人の評価によって自分の価値が決まるという感覚。それをディオゲネスは蹴った。嫌われることを恐れないのではない。そもそも好かれようとすること自体が、他人に自分の価値の判定を委ねているのだ、とディオゲネスなら言うだろう。
ホームレスと哲学。ディオゲネスを現代に連れてくれば、彼は路上生活者だ。甕に住む哲学者は尊敬され、段ボールに住む人間は排除される。この差はどこから来るか。選択の有無か。知性か。それとも2400年の距離か。ディオゲネスを偉人として称えるなら、路上生活者を蔑む自分の視線をどう説明するのか。
労働と生存。週5日働き、家賃を払い、保険に入り、老後に備える。人生の大半を「生きるための準備」に費やしている。ディオゲネスはその回路を切断した。必要なものを最小にすれば、そのぶん働く時間も減る。浮いた時間は丸ごと自分のものになる。現代社会では生活水準を下げること自体が「負け」に見えるが、ディオゲネスの計算ではそれこそが「勝ち」だった。生活を維持するために生活の時間を売り渡すのは、本末転倒だろうと。
読者への問い
- あなたの持ちもののうち、本当に必要なものはいくつあるか。残りを全部捨てたら、あなたは何を失うか。何が残るか。
- 他人の目を一切気にしなくていいとしたら、明日あなたの行動は何が変わるか。何も変わらないなら、あなたはすでに自由だ。変わるなら、今の行動は誰のためにやっているのか。
- ディオゲネスは尊敬されるが、路上生活者は排除される。「選択した貧困」と「強いられた貧困」の差を、あなたはどこに引くか。
名言(出典つき)
"人間を探しているのだ。" 出典:ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』VI.41/原文:"Anthrōpon zētō."(Ἄνθρωπον ζητῶ.)
白昼のランプ。人間はどこにでもいるのに、「人間」はどこにもいない。肩書きや財産を剥いだ素の人間に、ディオゲネスは出会えなかった。
「日陰にならないでくれ。」 出典:プルタルコス『対比列伝』アレクサンドロス伝 14.2-3/原文:"Mikron apo tou hēliou metasthēthi."(Μικρὸν ἀπὸ τοῦ ἡλίου μετάστηθι.)
世界の支配者に対して求めたのは、「どいてくれ」だけ。権力が与えられるものに興味がないとき、権力は無力になる。
「私は世界の市民だ。」 出典:ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』VI.63/原文:"Kosmopolitēs eimi."(Κοσμοπολίτης εἰμί.)
追放者が発明した語。国境を失った人間が、国境そのものを否定した。
「彼らが私をシノペから追放したのではない。私が彼らにシノペに留まることを宣告してやったのだ。」 出典:ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』VI.49/原文:(趣意要約。原文はVI.49の文脈で伝わる)
追放という罰を、彼は視点の転換で無力にした。閉じ込められているのはどちらか。壁の外にいる者か、壁の中から出られない者か。
参考文献
- (一次資料・邦訳):ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』加来彰俊訳、岩波文庫(上・中・下)。第6巻がディオゲネスの主要資料。
- (一次資料):プルタルコス『対比列伝』アレクサンドロス伝。邦訳:河野与一訳ほか、岩波文庫。
- (研究書):Branham, R.B. & Goulet-Cazé, M.-O.(eds.), The Cynics: The Cynic Movement in Antiquity and Its Legacy. Berkeley: University of California Press, 1996.
- (研究書):Navia, Luis E., Diogenes the Cynic: The War Against the World. Amherst: Humanity Books, 2005.
- (研究書):Desmond, William, Cynics. Stocksfield: Acumen, 2008.
- (概説):Long, A.A. & Sedley, D.N., The Hellenistic Philosophers. Cambridge: Cambridge University Press, 1987.
- (研究書):Foucault, Michel, The Courage of Truth: The Government of Self and Others II(Lectures at the Collège de France 1983-1984). Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2011. 邦訳:『真理の勇気』慎改康之訳、筑摩書房。
- ウェブ:Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Diogenes of Sinope"(first published 2006, substantive revision 2019). https://plato.stanford.edu/entries/diogenes-sinope/