1267年ねん。イングランドEnglandの修道院しゅうどういんの一室いっしつで、灰色はいいろの修道服しゅうどうふくをまとった男おとこが羊皮紙ようひしに羽はペンを走はしらせている。宛先あてさきはローマRoma教皇きょうこうクレメンスClemens四世よんせい。書かいている内容ないようが異様いようだ。帆ほも櫂かいもなく水上すいじょうを疾走しっそうする船ふね。馬うまに曳ひかれずに走はしる車くるま。空そらを飛とぶ機械きかい。海底かいていを歩あるく装置そうち。十三じゅうさん世紀せいきの修道士しゅうどうしが、なぜこんなことを書かいているのか。男おとこは空想家くうそうかではない。これは『技術ぎじゅつと自然しぜんの秘密ひみつの業わざについての書簡しょかん』(Epistola de Secretis Operibus Artis et Naturaeエピストラ・デー・セクレーティース、帰属きぞくには議論ぎろんがある)の一節いっせつとして広ひろく知しられる技術ぎじゅつの列挙れっきょだ。数学すうがくと自然学しぜんがくが正ただしく応用おうようされれば実現じつげん可能かのうだという確信かくしんが、そこにある。ロジャーRoger・ベーコンBacon。後世こうせい「驚嘆きょうたん博士はかせ」(Doctor Mirabilisドクトル・ミラービリス)と呼よばれることになるこの男おとこは、未来みらいを夢想むそうしていたのではない。現在げんざいの知ちの腐敗ふはいを告発こくはつしていた。

ベーコンBaconは怒おこっていた。パリParisの大学だいがくもオックスフォードOxfordの学者がくしゃも、ろくにギリシャGreece語ごもアラビアArabia語ごも読よめないまま、粗悪そあくな翻訳ほんやくのアリストテレスAristotelēsを振ふり回まわしている。権威けんいに寄よりかかり、慣習かんしゅうに流ながされ、大衆たいしゅうの無知むちに迎合げいごうし、そして自分じぶんたちの無知むちを華麗かれいな術語じゅつごで覆おおい隠かくしている。この四よっつの病やまいが知ちを腐くさらせている。ベーコンBaconはそう診断しんだんした。だが診断しんだんだけでは終おわらない。処方箋しょほうせんがある。経験けいけんと実験じっけんだ。どれほど精密せいみつな論証ろんしょうも、経験けいけんによって確たしかめられなければ砂上さじょうの楼閣ろうかくにすぎない。

この記事きじが追おうのは、十三じゅうさん世紀せいきの修道士しゅうどうしが突つきつけた問といだ。人間にんげんはなぜ、知しっているふりをするのか。そして「知しっているふり」を突つき崩くずすために、何なにが必要ひつようなのか。

この記事きじの要点ようてん

  • 四よっつの障害しょうがい(quattuor offendiculaクァットゥオル・オッフェンディクラ):権威けんいへの盲従もうじゅう、慣習かんしゅうの惰性だせい、大衆たいしゅうの偏見へんけん、そして無知むちを見みせかけの知恵ちえで覆おおい隠かくすこと。ベーコンBaconは『大著作だいちょさく』第だい一部ぶでこの四よっつを剔抉てっけつし、人間にんげんが真理しんりに到達とうたつできない構造的こうぞうてき原因げんいんを暴あばいた。十三じゅうさん世紀せいきの認知にんちバイアス論ろんだ。
  • 経験けいけんの学がく(scientia experimentalisスキエンティア・エクスペリメンターリス):「経験けいけんなくして何なにものも十全じゅうぜんには知しりえない」(『大著作だいちょさく』第だい六部ぶ)。論証ろんしょうは結論けつろんを導みちびくが、確実性かくじつせいを与あたえない。経験けいけんだけが疑うたがいを除のぞき、心こころを真理しんりの直観ちょっかんに安やすんじさせる。近代きんだい科学かがくの方法ほうほう論ろんが芽吹めぶく300年ねん前まえの宣言せんげんだ。
  • 統合知とうごうちの構想こうそう:ベーコンBaconは数学すうがく・光学こうがく・言語学げんごがく・実験じっけん科学かがくを神学しんがくに奉仕ほうしする統一とういつ体系たいけいとして構想こうそうした。近代きんだいの分業化ぶんぎょうかされた科学かがくとは別べつの夢ゆめ。知ちは断片だんぺんではなく全体ぜんたいであるべきだという執念しゅうねんが、この修道士しゅうどうしを駆かり立たてた。

生涯しょうがいと時代じだい背景はいけい

1220年ねん頃ごろ、イングランドEngland南西部なんせいぶサマセットSomerset州しゅうイルチェスターIlchesterの近辺きんぺんで生うまれた。裕福ゆうふくな家柄いえがらだったとされるが、のちに内戦ないせんで一家いっかの財産ざいさんは没収ぼっしゅうされ、兄弟きょうだいの何人なんにんかは追放ついほうされている。十三じゅうさん世紀せいきのイングランドEnglandは混沌こんとんの時代じだいだ。ヘンリーHenry三世さんせいと諸侯しょこうの対立たいりつ、教皇きょうこう権けんと世俗せぞく権力けんりょくの緊張きんちょう、モンゴルMongol帝国ていこくの脅威きょうい。そして知ちの世界せかいでは、アラビアArabia語ごを経由けいゆしてラテンLatin語ごに翻訳ほんやくされたアリストテレスAristotelēsの著作群ちょさくぐんが、ヨーロッパEuropaの大学だいがくに洪水こうずいのように流ながれ込こんでいた。知ちの地殻変動ちかくへんどうが起おきている。その震源地しんげんちに、ベーコンBaconは立たっていた。

若わかきベーコンBaconはオックスフォードOxfordで学まなび、1230年代ねんだい後半こうはんにはパリParisに渡わたってアリストテレスAristotelēsの自然学しぜんがくと形而上学けいじじょうがくを講こうじた。パリ大学だいがく文学部ぶんがくぶで教おしえた最初さいしょのイングランドEngland人じん教師きょうしのひとりだ。だがアリストテレスAristotelēsを読よめば読よむほど、苛立いらだちが募つのった。ラテンLatin語ご訳やくが酷ひどい。ギリシャGreece語ごの原文げんぶんを知しらずに注釈ちゅうしゃくを書かき散ちらす同僚どうりょうたち。ベーコンBaconには、学問がくもんの建物たてもの全体ぜんたいが腐くさった土台どだいの上うえに建たっているように見みえた。

1247年ねん頃ごろ、オックスフォードOxfordに戻もどる。ここで転機てんきが訪おとずれた。ロバートRobert・グロステストGrossetesteの学統がくとうに触ふれたのだ。グロステストGrossetesteは光学こうがくと自然学しぜんがくを重視じゅうししたリンカンLincoln司教しきょうで、数学すうがくを自然しぜん認識にんしきの基礎きそに据すえた人物じんぶつ。ベーコンBaconはこの伝統でんとうを吸収きゅうしゅうし、さらにアラビアArabia科学かがく、とりわけアルハゼンAlhazen(イブンIbn・アル=ハイサムal-Haytham)の光学こうがくを貪欲どんよくに研究けんきゅうした。書物しょもつ、実験じっけん器具きぐ、秘密ひみつの知識ちしき。莫大ばくだいな私費しひを投とうじた。20年間ねんかんで2000リーブルlivres以上いじょうを費ついやしたと本人ほんにんは書かいている。当時とうじの大学だいがく教師きょうしの年収ねんしゅうの何十なんじゅう倍ばいにもあたる額がくだ。

1257年ねん頃ごろ、フランシスコFranciscus会かいに入はいる。ここから苦難くなんが始はじまった。修道会しゅうどうかいは上長じょうちょうの許可きょかなき著作ちょさく公開こうかいを禁きんじていた。ベーコンBaconの知的ちてき野望やぼうは鎖くさりをかけられた。だが1266年ねん、思おもいがけない命令めいれいがローマRomaから届とどく。教皇きょうこうクレメンスClemens四世よんせいがベーコンの著述ちょじゅつを送おくるよう命めいじたのだ。修道会しゅうどうかいの禁令きんれいを超こえる教皇きょうこうの勅命ちょくめい。ベーコンBaconは猛然もうぜんと書かき始はじめた。約やく18ヶ月かげつで『大著作だいちょさく』『小著作しょうちょさく』(Opus Minusオプス・ミヌス)『第三著作だいさんちょさく』(Opus Tertiumオプス・テルティウム)を一気いっきに書かき上あげ、教皇きょうこうに送おくった。

だが運うんは続つづかない。1268年ねん、クレメンスClemens四世よんせいが死しんだ。庇護者ひごしゃを失うしなったベーコンBaconの著作ちょさくは、教皇庁きょうこうちょうのどこかに埋うもれた。1277年ねん、パリParis司教しきょうエティエンヌÉtienne・タンピエTempierによる大だい禁令きんれいがアリストテレスAristotelēs主義しゅぎの一部いちぶ命題めいだいを断罪だんざいした時期じきと前後ぜんごして、ベーコンBaconも修道会しゅうどうかいの総長そうちょうジェロームJerome・ダスコリd'Ascoli(のちの教皇きょうこうニコラウスNicolaus四世よんせい)によって処罰しょばつされた形跡けいせきがある。投獄とうごくの伝承でんしょうは後世こうせいの脚色きゃくしょくが混まじるが、何なんらかの活動かつどう制限せいげんを受うけたことは確たしかだ。1292年ねん頃ごろ、『神学しんがく研究けんきゅう綱要こうよう』(Compendium Studii Theologiaeコンペンディウム・ストゥディイー・テオロギアエ)を未完みかんのまま、オックスフォードOxfordで没ぼつしたとされる。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1220年ねん頃ごろ:イングランドEngland・サマセットSomerset州しゅうに生うまれる
  • 1230年代ねんだい:オックスフォードOxfordで学まなぶ
  • 1237〜1247年ねん頃ごろ:パリ大学だいがくでアリストテレスAristotelēsの自然学しぜんがくを講義こうぎ
  • 1247年ねん頃ごろ:オックスフォードOxfordに戻もどり、実験じっけん研究けんきゅうと言語げんご研究けんきゅうに没頭ぼっとう
  • 1257年ねん頃ごろ:フランシスコFranciscus会かいに入会にゅうかい。著作ちょさく活動かつどうが制限せいげんされる
  • 1266年ねん:教皇きょうこうクレメンスClemens四世よんせいが著述ちょじゅつの送付そうふを命めいじる
  • 1267年ねん:『大著作だいちょさく』『小著作しょうちょさく』『第三著作だいさんちょさく』を完成かんせい・送付そうふ
  • 1268年ねん:クレメンスClemens四世よんせい死去しきょ。庇護者ひごしゃを喪失そうしつ
  • 1271年ねん:『哲学てつがく研究けんきゅう綱要こうよう』(Compendium Studii Philosophiaeコンペンディウム・ストゥディイー・フィロソフィアエ)執筆しっぴつ
  • 1277〜1279年ねん頃ごろ:修道会しゅうどうかいによる処罰しょばつ(詳細しょうさいは不明ふめい)
  • 1292年ねん頃ごろ:オックスフォードOxfordにて没ぼつ

この哲学者てつがくしゃは何なにを問とうたのか

傍目はためには、十三じゅうさん世紀せいきのヨーロッパEuropaは知ちの黄金時代おうごんじだいだった。アリストテレスAristotelēsの全著作ぜんちょさくがラテンLatin語ごで読よめるようになり、大学だいがくが各地かくちに生うまれ、スコラSchola学がくの論争ろんそうは白熱はくねつしていた。だがベーコンBaconには、これが繁栄はんえいに見みえなかった。見みせかけの知ちが増殖ぞうしょくしているだけだ。

ベーコンBaconは同時代どうじだいの知的ちてき権威けんいたちを容赦ようしゃなく攻撃こうげきした。名指なざしだ。パリParisの神学しんがく教師きょうしアレクサンダーAlexander・オブof・ヘイルズHales。アルベルトゥスAlbertus・マグヌスMagnus。彼らは権威けんいとして崇あがめられているが、ギリシャGreece語ごも知しらず、数学すうがくも理解りかいせず、実験じっけんもしたことがない。借かり物ものの知識ちしきを権威けんいの衣ころもで包つつんでいるだけだ、と。この攻撃こうげきはベーコンBaconに多おおくの敵てきをつくった。が、そこに私怨しえんだけを見みるのは浅あさい。怒いかりの根ねはもっと深ふかい場所ばしょにある。

ベーコンBaconが問とうたのはこうだ。キリストChristus教きょう世界せかいは聖書せいしょ、教父きょうふ、アリストテレスAristotelēsという巨大きょだいな知ちの遺産いさんを持もっている。にもかかわらず、なぜこれほど無知むちなのか。なぜ異教徒いきょうと(ムスリムMuslimの学者がくしゃたち)のほうが数学すうがくも天文学てんもんがくも光学こうがくも優すぐれているのか。答こたえ:知識ちしきの獲得かくとく方法ほうほうそのものが壊こわれているからだ。

「知しること」と「知しっていると思おもい込こむこと」のあいだには、深ふかい溝みぞがある。大半たいはんの学者がくしゃは溝みぞに気きづいてすらいない。ベーコンBaconはこの溝みぞを暴あばくことに生涯しょうがいを費ついやした。

核心かくしん理論りろん

1. 四よっつの障害しょうがい:なぜ人間にんげんは真理しんりに到達とうたつできないのか

『大著作だいちょさく』は全ぜん七部ぶ構成こうせいだが、第だい一部ぶは建設けんせつではなく破壊はかいから始はじまる。知ちが成立せいりつしない四よっつの原因げんいん、「障害しょうがい」(offendiculaオッフェンディクラ)の解剖かいぼうだ。

第一だいいちの障害しょうがいは、脆弱ぜいじゃくで不適切ふてきせつな権威けんいへの従属じゅうぞく(auctoritatis fragilis et indignae exemplumアウクトーリタティス・フラギリス・エト・インディグナエ・エクセンプルム)。問題もんだいは権威けんいそのものではない。アリストテレスAristotelēsや聖書せいしょは権威けんいに値あたいする。だが権威けんいをろくに検証けんしょうもせず丸呑まるのみにする態度たいどが病やまいなのだ。偽書ぎしょが本物ほんものとして流通りゅうつうし、誤訳ごやくがそのまま権威けんいになる。「アリストテレスAristotelēsがそう言いった」の一言ひとことで議論ぎろんが止とまる。

第二だいには慣習かんしゅうの力ちから(consuetudinis diuturnitasコンスエートゥーディニス・ディウトゥルニタース)。「ずっとそうしてきた」が根拠こんきょになる。教育きょういく制度せいど、カリキュラムcurriculum、学位がくいの条件じょうけん。誰だれも疑うたがわないまま何十なんじゅう年ねんも続つづいているだけのことが、真理しんりと見紛みまがわれる。

第三だいさんは無知むちなる群衆ぐんしゅうの意見いけん(sensus vulgi imperitiセンスス・ウルギー・インペリーティー)。専門家せんもんかが大衆たいしゅうの感覚かんかくに合あわせて知ちを薄うすめる。あるいは大衆たいしゅうが好このむ結論けつろんに迎合げいごうする。

そして第四だいよんが最もっとも致命的ちめいてきだ。無知むちを見みせかけの知恵ちえで覆おおい隠かくすこと(occultatio propriae ignorantiae cum ostentatione sapientiae apparentisオックルターティオー・プロプリアエ・イグノーランティアエ・クム・オステンターティオーネ・サピエンティアエ・アッパレンティス)。知しらないことを知しらないと言いえない。専門せんもん用語ようごで武装ぶそうし、論理ろんりの形式けいしきだけを整ととのえ、中身なかみが空からっぽであることを隠かくす。ベーコンBaconにとって、これが諸悪しょあくの根源こんげんだった。他ほかの三みっつの障害しょうがいはすべてここに帰着きちゃくする。「知しらない」と認みとめた瞬間しゅんかんから真ほんとうの探究たんきゅうが始はじまる。だが人間にんげんは無知むちに耐たえられない。鎧よろいを着きる。

この四よっつの障害しょうがいを聞きいて、300年ねん後ごのフランシスFrancis・ベーコンBacon(血縁けつえん関係かんけいはない)の「四よっつのイドラidola」を思おもい浮うかべた人ひとがいるだろう。種族しゅぞくのイドラidola tribus、洞窟どうくつのイドラidola specus、市場しじょうのイドラidola fori、劇場げきじょうのイドラidola theatri。偶然ぐうぜんの一致いっちではない。知ちの腐敗ふはいを個人こじんの怠慢たいまんではなく構造こうぞうの問題もんだいとして診断しんだんする。その発想はっそうの種たねは、ロジャーRogerがすでに蒔まいていた。

2. 経験けいけんの学がく:論証ろんしょうだけでは知ちは確たしかにならない

『大著作だいちょさく』第だい六部ぶでベーコンBaconは「経験けいけんの学がく」(scientia experimentalisスキエンティア・エクスペリメンターリス)を独立どくりつした学問がくもんとして提唱ていしょうする。この一節いっせつがベーコンの思想しそうの核かくだ。

「知識ちしきを獲得かくとくするには二ふたつの仕方しかたがある。論証ろんしょう(argumentumアルグメントゥム)によるものと、経験けいけん(experientiaエクスペリエンティア)によるものと。論証ろんしょうは結論けつろんをもたらし、我々われわれにそれを承認しょうにんさせるが、確実かくじつにはしない。疑うたがいを取とり除のぞくこともなく、心こころが真理しんりの直観ちょっかんに安やすんじることもない。経験けいけんの道みちによって心こころがそれを見出みいだすまでは」(『大著作だいちょさく』第だい六部ぶ第だい一章しょう)。

この言葉ことばの衝撃しょうげきを理解りかいするには、十三じゅうさん世紀せいきの大学だいがくが何なにをしていたかを知しる必要ひつようがある。スコラSchola学がくは論証ろんしょうの学問がくもんだ。三段論法さんだんろんぽうを組くみ、前提ぜんていから結論けつろんを導みちびく。権威けんいあるテクストtextを引ひき、反論はんろんを並ならべ、解答かいとうを示しめす。形式けいしきは洗練せんれんされているが、その結論けつろんが現実げんじつと合致がっちしているかどうかを確たしかめる手続てつづきが欠かけている。ベーコンBaconはそこを突ついた。

彼かれが挙あげた例れいがある。「火ひは焼やく」という命題めいだいを論証ろんしょうによって知しったとしよう。三段論法さんだんろんぽうで導みちびける。だが火ひに手てを近ちかづけて熱あつさを感かんじるまで、「火ひは焼やく」は単たんなる命題めいだいにすぎない。経験けいけんが命題めいだいに肉にくをつける。身体しんたいが知しることと頭あたまが知しることのあいだには越こえがたい溝みぞがある。

ベーコンBaconが称賛しょうさんした実験家じっけんかがいる。マリクールMaricourtのペトルスPetrus(ペトルスPetrus・ペレグリヌスPeregrinus)。磁石じしゃくの性質せいしつを実験じっけんによって系統的けいとうてきに調しらべた人物じんぶつで、ベーコンBaconは彼かれを「実験じっけんの主人しゅじん」と呼よび、パリParisの千人せんにんの教師きょうしよりこの一人ひとりのほうが価値かちがあると断言だんげんした。手てを汚よごして実験じっけんする一人ひとりは、教壇きょうだんで弁べんじる千人せんにんに勝まさる。この確信かくしんがベーコンBaconを突つき動うごかしていた。

ベーコンBaconは経験けいけんの学がくに「三みっつの特権とっけん」(tria praerogativaトリア・プラエロガティーウァ)を認みとめた。第一だいいちに、他たの諸学しょがくが論証ろんしょうで導みちびいた結論けつろんを経験けいけんによって検証けんしょうする力ちから。第二だいにに、他たの学問がくもんでは到達とうたつしえない新あたらしい真理しんりを発見はっけんする力ちから。そして第三だいさんに、自然しぜんの秘密ひみつを探さぐり未来みらいを予見よけんする力ちから。第三だいさんの特権とっけんには錬金術れんきんじゅつによる生命せいめいの延長えんちょうまで含ふくまれる。ここが近代きんだい科学かがくとの決定的けっていてきな分岐点ぶんきてんだ。

そう、注意ちゅういがいる。ベーコンBaconの「経験けいけん」は近代きんだい科学かがくの「実験じっけん」と同義どうぎではない。彼かれは「内的ないてき経験けいけん」(experientia interiorエクスペリエンティア・インテリオル)、すなわち神秘的しんぴてき照明しょうめいによる知ちも「経験けいけん」に含ふくめている。感覚かんかくによる外的がいてき経験けいけんだけでは不十分ふじゅうぶんで、神かみの恩寵おんちょうによる内的ないてき照明しょうめいが最高さいこうの認識にんしきをもたらすと彼かれは信しんじていた。近代きんだいの科学者かがくしゃが聞きいたら眉まゆをひそめるだろう。だがこの二重性にじゅうせいを切きり捨すてると、ベーコンBaconが見みえなくなる。彼かれは中世ちゅうせいの人間にんげんだ。中世ちゅうせいの枠組わくぐみのなかで、経験けいけんを知ちの頂点ちょうてんに据すえるという破格はかくなことをやった。それだけで十分じゅうぶんに過激かげきだ。

3. 光学こうがく(perspectivaペルスペクティーウァ):見みることの哲学てつがく

『大著作だいちょさく』第だい五部ぶは光学こうがくに充あてられている。分量ぶんりょうも精度せいども飛とび抜ぬけており、ベーコンBaconの自然学しぜんがくの真骨頂しんこっちょうがここにある。

彼かれの光学こうがくはアラビアArabiaの科学者かがくしゃアルハゼンAlhazen(イブンIbn・アル=ハイサムal-Haytham、965〜1040頃ごろ)の『光学こうがくの書しょ』(Kitāb al-Manāẓirキターブ・アル=マナーズィル)に深ふかく依拠いきょしている。光ひかりは直線ちょくせん的に進すすみ、反射はんしゃ・屈折くっせつする。眼めは光ひかりを受うけ取とる器官きかんであって、光ひかりを放はなつ器官きかんではない。古代こだいギリシャGreeceの放射説ほうしゃせつ(眼めから光線こうせんが出でて対象たいしょうを捉とらえるという説せつ)を退しりぞけ、外部がいぶの光源こうげんから眼めに向むかって光ひかりが入射にゅうしゃするという受容じゅよう説せつを採とった。これだけでも、千年せんねん以上いじょう支配しはいしていた視覚しかく理論りろんの転換てんかんだ。

虹にじの理論りろんにも注目ちゅうもくすべき成果せいかがある。ベーコンBaconは虹にじが太陽光たいようこうの屈折くっせつによって生しょうじることを認識にんしきし、観察者かんさつしゃの目めと太陽たいようを結むすぶ線せんに対たいして約やく42度どの角度かくどで虹にじが現あらわれることを正確せいかくに測定そくていした(『大著作だいちょさく』第だい六部ぶ)。雨上あめあがりの空そらを見上みあげ、角度かくどを計はかり、水滴すいてきのなかでの光ひかりの振ふる舞まいを追おう。三段論法さんだんろんぽうの教室きょうしつでは見みえない世界せかいが、空そらを仰あおいだ瞬間しゅんかんに開ひらける。

レンズlensの拡大かくだい効果こうかも詳細しょうさいに記述きじゅつした。球面きゅうめんガラスglassの一部いちぶを通とおして小ちいさな文字もじを拡大かくだいして見みる。老眼ろうがんで読書どくしょが困難こんなんな者ものにとって、これは福音ふくいんになりうるとベーコンBaconは書かいた。実際じっさい、眼鏡めがねが北きたイタリアItaliaで発明はつめいされるのは1280年代ねんだいのことで、ベーコンBaconの記述きじゅつからわずか10数年すうねん後ごだ。直接ちょくせつの因果いんが関係かんけいは証明しょうめいされていないが、レンズlensに関かんする理論的りろんてき知識ちしきが職人しょくにんの工房こうぼうに伝つたわった可能性かのうせいは排除はいじょできない。

だがベーコンBaconにとって光学こうがくは単たんなる物理学ぶつりがくの一いち分野ぶんやではなかった。光ひかりは神かみの活動かつどうの写うつしであり、実在じつざいの構造こうぞうそのものだ。グロステストGrossetesteから受うけ継ついだ「光ひかりの形而上学けいじじょうがく」(metaphysica lucisメタフュシカ・ルーキス)の伝統でんとうのなかで、光学こうがくは自然しぜんと神かみをつなぐ回路かいろだった。世界せかいを「見みる」ことは、世界せかいの根底こんていにある秩序ちつじょに触ふれることだ。近代きんだいの科学かがくは物理ぶつり現象げんしょうとしての光ひかりを扱あつかう。だがベーコンBaconにとって光ひかりは存在そんざいの原理げんりだった。自然しぜんのなかに神かみの痕跡こんせきを読よむこと。これが中世ちゅうせいの光学こうがくの動機どうきであり、近代きんだいの光学こうがくとは根ねの部分ぶぶんで異ことなっている。

4. 数学すうがくは諸学しょがくの鍵かぎ

『大著作だいちょさく』第だい四部ぶは数学すうがくの有用性ゆうようせいに充あてられている。ベーコンBaconの主張しゅちょうは明快めいかいだ。「数学すうがくなしには他たの諸学しょがくも、世よの諸事しょじも知しりえない」(『大著作だいちょさく』第だい四部ぶ)。天文学てんもんがくも暦法れきほうも光学こうがくも地理学ちりがくも音楽おんがくも、数学すうがくが土台どだいにある。ベーコンBaconは数学すうがくを自然しぜん認識にんしきの「門もんと鍵かぎ」(porta et clavisポルタ・エト・クラーウィス)と呼よんだ。

ここにもベーコンBaconの苛立いらだちがある。パリParisでもオックスフォードOxfordでも、神学しんがく教師きょうしの大半たいはんは数学すうがくを軽視けいししていた。論理学ろんりがくと形而上学けいじじょうがくさえあれば十分じゅうぶんだ、と。ベーコンBaconはこれを愚おろかさだと断だんじた。

具体例ぐたいれいがある。暦こよみの誤差ごさだ。ユリウスJulius暦れきは太陽年たいようねんを365日にちと6時間じかんと仮定かていしているが、実際じっさいにはそれより約やく11分ぷん14秒びょう短みじかい。この微小びしょうなずれが何百年なんびゃくねんも蓄積ちくせきすると、復活祭ふっかつさいの日付ひづけが実際じっさいの春分しゅんぶんからどんどん遠とおざかっていく。キリストChristus教きょうにとって復活祭ふっかつさいは最もっとも重要じゅうような典礼てんれいだ。その日ひが間違まちがっている。ベーコンBaconは暦こよみの改革かいかくを教皇きょうこうに訴うったえた。実現じつげんしたのは彼かれの死後しご300年ねん、1582年ねんのグレゴリオGregorius暦れき改革かいかくのことだった。ベーコンBaconの計算けいさんはほぼ正確せいかくだった。

地理学ちりがくにも数学すうがくは不可欠ふかけつだった。ベーコンBaconは地球ちきゅうの大おおきさと陸地りくちの分布ぶんぷについて論ろんじ、ヨーロッパEuropaから西にしへ航海こうかいすればアジアAsiaに到達とうたつできる可能性かのうせいを示唆しさした(大西洋たいせいようの幅はばを実際じっさいより狭せまく見積みつもった結果けっかだが)。この一節いっせつは後世こうせい、ピエールPierre・ダイイd'Ailly枢機卿すうききょうの『世界せかいの像ぞう』(Imago Mundiイマーゴー・ムンディー、1410年ねん)に引用いんようされ、その本ほんをコロンブスColumbusが読よんでいたことが知しられている。偶然ぐうぜんの連鎖れんさと言いえばそれまでだ。だが修道院しゅうどういんの書斎しょさいで地球ちきゅうの大おおきさを計算けいさんしていた男おとこの数字すうじが、200年後ねんごに大西洋たいせいようを横断おうだんする船ふねの背中せなかを押おした可能性かのうせいは、捨すてきれない。

5. 言語げんごの堕落だらくと原典げんてん回帰かいき

ベーコンBaconの怒いかりで最もっとも具体的ぐたいてきな矛先ほこさきが翻訳ほんやく問題もんだいだ。聖書せいしょのラテンLatin語ご訳やく(ウルガタVulgata)には誤あやまりがある。アリストテレスAristotelēsのラテンLatin語ご訳やくはアラビアArabia語ごからの重訳じゅうやくで、原げんギリシャGreece語ごとかけ離はなれた箇所かしょがある。哲学てつがくも神学しんがくも、腐くさった翻訳ほんやくの上うえに建たてられた空中くうちゅう楼閣ろうかくではないか。

処方箋しょほうせん:ギリシャGreece語ご、ヘブライHebrew語ご、アラビアArabia語ごを学まなべ。原典げんてんに当あたれ。翻訳ほんやくを鵜呑うのみにするな。ベーコンBaconは自みずからギリシャGreece語ごの文法書ぶんぽうしょを書かき、ヘブライHebrew語ごの文法ぶんぽうにも取とり組くんだ。十三じゅうさん世紀せいきのラテンLatin世界せかいで複数ふくすうの古典語こてんごを操あやつれる学者がくしゃはごく少数しょうすうだった。ベーコンBaconはその少数者しょうすうしゃのひとりであり、だからこそ翻訳ほんやくの劣悪れつあくさに苛立いらだった。

250年後ねんごのルネサンスRenaissance人文じんぶん主義者しゅぎしゃたちが「原典げんてんに帰かえれ」(ad fontesアド・フォンテース)と叫さけんだとき、ベーコンBaconはすでにその地面じめんを耕たがやしていた。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 『大著作だいちょさく』(Opus Majusオプス・マユス、1267年ねん):教皇きょうこうクレメンスClemens四世よんせいに宛あてた百科全書ひゃっかぜんしょ的大著たいちょ。全ぜん七部ぶ:無知むちの原因げんいん、哲学てつがくと神学しんがくの関係かんけい、言語げんご、数学すうがく、光学こうがく、実験じっけん科学かがく、道徳どうとく哲学てつがく。一冊いっさつでベーコンBaconの全貌ぜんぼうがわかる。英訳えいやくは Robert B. Burke 訳(1928年ねん)が入手にゅうしゅしやすい。邦訳ほうやくは完訳かんやく未刊みかん。
  • 『小著作しょうちょさく』(Opus Minusオプス・ミヌス、1267年ねん):『大著作だいちょさく』の補遺ほいと要約ようやく。錬金術れんきんじゅつ(alchemiaアルケーミア)に関かんする記述きじゅつが含ふくまれる。
  • 『第三著作だいさんちょさく』(Opus Tertiumオプス・テルティウム、1267年ねん):さらなる補足ほそくと弁明べんめい。教皇きょうこうが『大著作だいちょさく』を読よんでくれないことへの焦燥しょうそうがにじむ。
  • 『哲学てつがく研究けんきゅう綱要こうよう』(Compendium Studii Philosophiaeコンペンディウム・ストゥディイー・フィロソフィアエ、1271年ねん):同時代どうじだいの学者がくしゃへの痛烈つうれつな批判ひはんが全面ぜんめんに出でた書しょ。処罰しょばつの引ひき金がねになったとも言いわれる。
  • 『技術ぎじゅつと自然しぜんの秘密ひみつの業わざについての書簡しょかん』(Epistola de Secretis Operibus Artis et Naturaeエピストラ・デー・セクレーティース・オペリブス・アルティス・エト・ナートゥーラエ):飛行ひこう機械きかいや自走じそう車しゃの記述きじゅつで有名ゆうめいな書簡しょかん。帰属きぞくに議論ぎろんがあるが、ベーコンBaconの技術ぎじゅつ観かんを伝つたえる文書ぶんしょとして広ひろく読よまれてきた。

主要しゅような批判ひはんと論争ろんそう

ベーコンBaconの弱点じゃくてんは、当人とうにんの性格せいかくと不可分ふかぶんだ。同時代どうじだいの批判ひはんは率直そっちょくだった。彼かれは毒舌家どくぜつかだ。名指なざしで同僚どうりょうを攻撃こうげきし、自分じぶんだけが正ただしいと言いい張はり、修道会しゅうどうかいの規律きりつに逆さからう。その結果けっか、彼かれの改革かいかく構想こうそうは誰だれにも実行じっこうされなかった。教皇きょうこうが読よんだかどうかすら不明ふめいだ。正ただしいことを言いっても伝つたわなければ無力むりょくだ、という教訓きょうくんが、ベーコンBaconの生涯しょうがいそのものに刻きざまれている。

近代きんだいからの批判ひはんはもっと根本的こんぽんてきだ。19世紀せいきから20世紀せいき前半ぜんはんにかけて、ベーコンBaconは「近代きんだい科学かがくの先駆者せんくしゃ」として過大かだい評価ひょうかされた。ガリレオGalileoやニュートンNewtonに至いたる実験じっけん科学かがくの直系ちょっけいの祖そだ、と。20世紀せいき後半こうはんの研究けんきゅうは、この像ぞうを大おおきく修正しゅうせいした。

科学史家かがくしかデイヴィッド・リンドバーグLindbergは、ベーコンBaconの「経験けいけん」が近代きんだいの実験じっけんと同一どういつではないことを丁寧ていねいに論証ろんしょうした。ベーコンBaconは仮説かせつ検証けんしょうの手続てつづきを体系化たいけいかしたわけではない。実験じっけんを繰くり返かえして法則ほうそくを導みちびく帰納法きのうほうを定式化ていしきかしたわけでもない。彼かれの「経験けいけん」には神秘的しんぴてき照明しょうめいが含ふくまれ、占星術せんせいじゅつと錬金術れんきんじゅつも正当せいとうな知ちの営いとなみに含ふくまれている。ベーコンBaconを近代きんだいの鋳型いがたに嵌はめ込こむのは時代錯誤じだいさくごだ、と。

この批判ひはんは正ただしい。ベーコンBaconを「中世ちゅうせいのガリレオGalileo」と呼よぶのは誤あやまりだ。彼かれは占星術せんせいじゅつ(astrologiaアストロロギア)を正当せいとうな学問がくもんと見みなしていたし、錬金術れんきんじゅつも「理論的りろんてき錬金術れんきんじゅつ」と「実践的じっせんてき錬金術れんきんじゅつ」を区別くべつしつつ肯定こうていしていた。不老ふろう長寿ちょうじゅの薬くすり(elixir vitaeエリクシル・ウィータエ)の可能性かのうせいすら否定ひていしなかった。白衣はくいの科学者かがくしゃを灰色はいいろの修道服しゅうどうふくの下したに見出みいだそうとするのは、願望がんぼうの投影とうえいだ。だが振ふり子こを戻もどしすぎてもいけない。権威けんいへの盲従もうじゅうを拒こばみ、経験けいけんによる検証けんしょうを要求ようきゅうし、原典げんてんに立たち戻もどれと叫さけんだこと。その姿勢しせいが十三じゅうさん世紀せいきにどれほど異質いしつだったかを、過小かしょう評価ひょうかすべきではない。

別べつの批判ひはんは、ベーコンBaconの独自性どくじせいに向むかう。彼かれの光学こうがくはアルハゼンAlhazenとグロステストGrossetesteに大おおきく依拠いきょしている。「四よっつの障害しょうがい」の着想ちゃくそうも完全かんぜんなオリジナルとは言いいがたい(グロステストGrossetesteやアリストテレスAristotelēsにも類似るいじの議論ぎろんがある)。ベーコンBaconの天才てんさいは個々ここの発見はっけんではなく、散在さんざいする洞察どうさつを一ひとつの体系たいけいに統合とうごうしようとした構想力こうそうりょくにある。そしてその構想こうそうは、完成かんせいを見みることなく途絶とだえた。

影響えいきょうと遺産いさん

ベーコンBaconの直接的ちょくせつてきな影響えいきょうは限定的げんていてきだった。著作ちょさくの多おおくは写本しゃほんが少すくなく、広ひろく読よまれなかった。彼かれの学統がくとうを継つぐ弟子でしもほとんどいない。だが間接的かんせつてきな影響えいきょうは意外いがいに深ふかい。

光学こうがくでは、ポーランドPolandの学者がくしゃヴィテロWitelo(1230年ねん頃ごろ〜1280年ねん頃ごろ)がベーコンBaconの成果せいかを吸収きゅうしゅうし、大著たいちょ『ペルスペクティーウァPerspectiva』で体系的たいけいてきにまとめた。ヴィテロWiteloのこの著作ちょさくは16世紀せいきに繰くり返かえし刊行かんこうされ、ケプラーKeplerは自みずからの光学こうがく書しょを『ヴィテロWitelo補遺ほい』(Ad Vitellionem Paralipomenaアド・ウィテッリオーネム・パラリポメナ、1604年ねん)と題だいしたほどだ。ベーコンBacon→ヴィテロWitelo→ケプラーKeplerという光学こうがくの系譜けいふは確たしかに存在そんざいする。

伝説でんせつとしての影響えいきょうも侮あなどれない。中世ちゅうせい後期こうきから近世きんせいにかけて、ベーコンBaconは魔術師まじゅつしとして伝説化でんせつかされた。「青銅せいどうの頭あたま」(brazen headブレイズン・ヘッド)を作つくって未来みらいを予言よげんさせたという逸話いつわ(もちろん創作そうさくだ)が14世紀せいき頃ごろから流布るふした。1589年ねん頃ごろには劇作家げきさっかロバートRobert・グリーンGreeneが『修道士しゅうどうしベーコンBaconと修道士しゅうどうしバンゲイBungay』(Friar Bacon and Friar Bungayフライアー・ベーコン・アンド・フライアー・バンゲイ)を上演じょうえんし、ベーコンBaconは大衆たいしゅう演劇えんげきの人気にんきキャラクターcharacterになった。実在じつざいの学者がくしゃが魔術師まじゅつしとして記憶きおくされる。このねじれ自体が、彼かれの異質いしつさを物語ものがたっている。同時代人どうじだいじんにとって、実験じっけんをする修道士しゅうどうしは魔術師まじゅつしに見みえたのだ。

16世紀せいきのイングランドEnglandでは、数学者すうがくしゃにして魔術まじゅつ研究家けんきゅうかでもあったジョンJohn・ディーDee(1527〜1608)がベーコンBaconの著作ちょさくを蒐集しゅうしゅうし、熱心ねっしんに研究けんきゅうした。ディーDeeはエリザベスElizabeth一世いっせいの宮廷きゅうてい顧問こもんでもあり、数学すうがくと自然しぜん魔術まじゅつの統合とうごうというベーコンBacon的な構想こうそうを受うけ継ついでいた。科学かがくと魔術まじゅつがまだ分離ぶんりしていなかった時代じだいに、ベーコンBaconの名前なまえは「隠かくされた知ちの探求者たんきゅうしゃ」の象徴しょうちょうとして機能きのうし続つづけた。

300年ねん後ごのフランシスFrancis・ベーコンBacon(1561〜1626)は血縁けつえんではないが、問題もんだい意識いしきの重かさなりは無視むしできない。知ちの改革かいかく、偏見へんけんの診断しんだん、経験けいけんと実験じっけんの重視じゅうし。フランシスFrancisがロジャーRogerを読よんでいたかどうかは定さだかではないが、問といの型かたが似にている。なぜ知ちは進歩しんぽしないのか。何なにが妨さまたげているのか。障害しょうがいを取とり除のぞくことから始はじめなければ、新あたらしい知ちは建たてられない。

現代げんだいへの接続せつぞく

ベーコンBaconの「四よっつの障害しょうがい」を読よみ替かえてみる。SNSのタイムラインを開ひらく。第一だいいちの障害しょうがい、権威けんいへの盲従もうじゅう。「有名ゆうめいな医師いしがこう言いった」「ノーベルNobel賞しょう受賞者じゅしょうしゃがこう書かいた」。肩書かたがきが内容ないようの代かわりをする。第二だいにの障害しょうがい、慣習かんしゅうの惰性だせい。「うちの業界ぎょうかいではずっとそうやってきた」。第三だいさん、大衆たいしゅうの偏見へんけん。「みんながそう言いっている」。バズった投稿とうこうは正ただしい。第四だいよん、無知むちの偽装ぎそう。専門せんもん用語ようごを並ならべた論文ろんぶんの要旨ようし、精緻せいちな統計とうけい処理しょりの裏うらにある空疎くうそな仮説かせつ。形式けいしきは整ととのっているが中身なかみがない。再現性さいげんせいの危機きき(replication crisisレプリケーション・クライシス)と呼よばれる現象げんしょうは、ベーコンBaconの第四だいよんの障害しょうがいそのものだ。

教育きょういくの現場げんばにも突つき刺ささる。大学だいがくの講義こうぎで教おしえられていることの何なん割わりが、学生がくせいの経験けいけんによって確認かくにんされているだろうか。教科書きょうかしょに書かいてあるから正ただしい。先生せんせいがそう言いったから正ただしい。ベーコンBaconはそれを第一だいいちの障害しょうがいと呼よんだ。試験しけんで良よい点てんを取とることと、本当ほんとうに理解りかいすることは違ちがう。教室きょうしつでノートnoteを取とる手ては動うごいているのに、頭あたまは止とまっている。あの状態じょうたい。

そして生成せいせいAIの時代じだいだ。チャットボットに問といを投なげれば、整ととのった文章ぶんしょうが返かえってくる。論証ろんしょうの形式けいしきは完璧かんぺきだ。だが、その出力しゅつりょくは「経験けいけん」によって検証けんしょうされているのか。もっともらしさと正ただしさは別べつのものだ。滑なめらかな文章ぶんしょうが滑なめらかなまま嘘うそをつくことがある。ベーコンBaconが見抜みぬいた第四だいよんの障害しょうがい、すなわち「見みせかけの知恵ちえで無知むちを覆おおい隠かくす」構造こうぞうは、AIの出力しゅつりょくを無批判むひはんに受うけ入いれる態度たいどのなかに反復はんぷくされている。

「経験けいけんなくして知ちは成ならず」。この一ひと言ことは、情報じょうほうを消費しょうひするだけで「知しった気き」になる習慣しゅうかんへの最もっとも古ふるい警告けいこくだ。検索けんさくエンジンで答こたえを見みつけたとき、あなたは本当ほんとうに「知しった」のか。それとも答こたえの文字列もじれつを見みただけなのか。

読者どくしゃへの問とい

  • あなたが「知しっている」と確信かくしんしていることのうち、自分じぶんの経験けいけんで確たしかめたことはどれだけあるか。残のこりは誰だれの権威けんいに依拠いきょしているのか。
  • あなたの職場しょくばや学校がっこうで「ずっとそうしてきたから」という理由りゆうだけで続つづいている慣行かんこうはないか。それを疑うたがったとき、周囲しゅういはどう反応はんのうするか。
  • 「知しらない」と言いうことは、あなたにとってどれほど難むずかしいか。最後さいごに「わからない」と正直しょうじきに言いえたのはいつだったか。

名言めいげん(出典しゅってんつき)

「経験けいけんなくして、何なにものも十全じゅうぜんには知しりえない」 出典しゅってん:ロジャーRoger・ベーコンBacon『大著作だいちょさく』第だい六部ぶ第だい一章しょう/原文げんぶん:"Sine experientia nihil sufficienter sciri potest."

ベーコンBaconの思想しそうを一文いちぶんに凝縮ぎょうしゅくすればこれになる。論証ろんしょうは結論けつろんを出だすが、確信かくしんを生うまない。身体しんたいが知しるまで、知ちは完成かんせいしない。

「論証ろんしょうは結論けつろんをもたらし、我々われわれにそれを承認しょうにんさせるが、確実かくじつにはしない。疑うたがいを取とり除のぞくこともない」 出典しゅってん:ロジャーRoger・ベーコンBacon『大著作だいちょさく』第だい六部ぶ第だい一章しょう/原文げんぶん:"Argumentum concludit et facit nos concedere conclusionem, sed non certificat neque removet dubitationem."

三段論法さんだんろんぽうで「AはBである」と導みちびけても、心こころは疑うたがい続つづける。その疑うたがいを消けすのは論理ろんりではなく経験けいけんだ。

「真理しんりの認識にんしきには四よっつの障害しょうがいがある。すなわち、脆弱ぜいじゃくで不適切ふてきせつな権威けんいへの依拠いきょ、慣習かんしゅうの長ながさ、無知むちなる群衆ぐんしゅうの感覚かんかく、そして見みせかけの知恵ちえで自みずからの無知むちを隠かくすことである」 出典しゅってん:ロジャーRoger・ベーコンBacon『大著作だいちょさく』第だい一部ぶ第だい一章しょう/原文げんぶん:"Quattuor vero sunt maxima comprehendendae veritatis offendicula, quae omnem quemcumque sapientem impediunt, et vix aliquem permittunt ad verum titulum sapientiae pervenire: videlicet fragilis et indignae auctoritatis exemplum, consuetudinis diuturnitas, sensus vulgi imperiti, et propriae ignorantiae occultatio cum ostentatione sapientiae apparentis."

長ながい引用いんようになるが、これがベーコンBaconの出発点しゅっぱつてんだ。四よっつ目めの障害しょうがい、無知むちを知恵ちえの仮面かめんで覆おおい隠かくすことへの嫌悪けんおは、この男おとこの全著作ぜんちょさくを貫つらぬいている。

参考さんこう文献ぶんけん

  • (原典げんてん・英訳えいやく):Roger Bacon, The Opus Majus of Roger Bacon, trans. Robert B. Burke, 2 vols., University of Pennsylvania Press, 1928; repr. Kessinger Publishing, 2002.
  • (原典げんてん・ラテンLatin語ご):Roger Bacon, Opus Majus, ed. John Henry Bridges, 3 vols., Clarendon Press, 1897–1900.
  • (研究書けんきゅうしょ):Jeremiah Hackett (ed.), Roger Bacon and the Sciences: Commemorative Essays, Brill, 1997.
  • (研究書けんきゅうしょ):David C. Lindberg, Roger Bacon and the Origins of Perspectiva in the Middle Ages, Clarendon Press, 1996.
  • (概説がいせつ):David C. Lindberg, "Roger Bacon and the Origins of Perspectiva in the West," in Mathematics and Its Applications to Science and Natural Philosophy in the Middle Ages, ed. E. Grant and J. E. Murdoch, Cambridge University Press, 1987.
  • (概説がいせつ):A. C. Crombie, Robert Grosseteste and the Origins of Experimental Science 1100–1700, Clarendon Press, 1953.
  • (邦語ほうご概説がいせつ):伊東いとう俊太郎しゅんたろう『近代きんだい科学かがくの源流げんりゅう』中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ(中公新書ちゅうこうしんしょ)、1978年ねん。
  • (概説がいせつ):Brian Clegg, The First Scientist: A Life of Roger Bacon, Carroll & Graf, 2003.(邦訳ほうやくなし。一般いっぱん向むけの評伝ひょうでん。伝説でんせつと史実しじつの整理せいりが丁寧ていねい)
  • (補助ほじょウェブweb資料しりょう):"Roger Bacon", Stanford Encyclopedia of Philosophy.