1961年4月、エルサレムの法廷。防弾ガラスの仕切りの向こうに座っている男は、痩せて禿げ上がった、どこにでもいそうな中年の官吏でした。アドルフ・アイヒマン。ナチス親衛隊中佐として、ヨーロッパ各地から強制収容所へのユダヤ人移送を組織した人物です。傍聴席にいたハンナ・アーレントは、悪魔を見るつもりで法廷に来ていたのかもしれません。けれどもそこにいたのは、悪魔ではなかった。陳腐な決まり文句を繰り返し、命令に従っただけだと主張する、薄っぺらな男でした。
アーレントは戦慄しました。大量虐殺を実行した人間が、怪物でも狂人でもなく、ただ「考えなかった」人間だったとしたら。悪は深淵から湧き上がるものではなく、思考の欠如から、表面に広がるものだとしたら。アーレントが「悪の凡庸さ」(the banality of evil)と名づけたこの洞察は、彼女に激しい非難をもたらしました。けれどもそれは、20世紀の政治思想に最も深い傷痕を残した問いのひとつとなりました。
アーレントの思想は書斎のなかだけで育ったものではありません。ユダヤ人としてナチスから逃げ、無国籍の難民として十八年を過ごし、全体主義がひとりの人間を余計者に変えていく過程を、自らの身体で知った人物です。その経験から紡ぎ出された問いがあります。人間が人間であるとはどういうことか。政治とは何か。ともに生きるとはどういうことか。
この記事の要点
- 「悪の凡庸さ」:ホロコーストを遂行したアイヒマンは悪魔的な怪物ではなく、命令に従い自分の頭で考えることを放棄した凡庸な官僚でした。思考の不在こそが巨大な悪を可能にする。この洞察は『エルサレムのアイヒマン』(1963年)で提起され、激しい論争を巻き起こしました。
- 活動的生(vita activa)の三区分:『人間の条件』(1958年)でアーレントは人間の営みを労働(labor)・仕事(work)・活動(action)の三層に分けました。なかでも活動、すなわち他者のあいだで言葉と行為を通じて自らを現すことこそが、人間を固有の存在たらしめるものです。
- 全体主義と「権利を持つ権利」:『全体主義の起源』(1951年)でアーレントは、ナチズムとスターリニズムを従来の専制政治とは異なる新しい支配形態として分析しました。国家に属さない人間はあらゆる権利を失う。そこから「権利を持つ権利」(the right to have rights)という根源的な概念が生まれました。
生涯と時代背景
1906年10月14日、ハノーファーのリンデン地区で、ある世俗的なユダヤ人家庭に女の子が生まれました。幼くして父を亡くし、育ったのはケーニヒスベルク。カントの街です。かつて永遠平和を夢見た哲学者と同じ通りを歩きながら、少女は哲学と文学に惹かれていきました。14歳でカントの『純粋理性批判』を読んでいたと伝えられますから、その早熟さは並のものではありません。
1924年、マールブルク大学に入学したとき、彼女を待っていたのはマルティン・ハイデガーでした。18歳の学生と35歳の教授。恋愛関係が生まれ、やがて短い歳月のうちに終わりました。けれどもこの出会いが残した傷は、ずっとあとまで疼き続けます。ハイデガーがのちにナチ党に入党し、フライブルク大学総長として体制に加担したとき、アーレントは何を思ったでしょうか。偉大な知性が政治の場面で驚くほどの愚かさを示すことがある。この苦い認識は、のちに「思考と判断」の問題を深く掘り下げるとき、いつも遠くに見える灯りのように、彼女の思索を導いたのではないかと思われます。
ハイデガーのもとを離れ、ハイデルベルク大学でカール・ヤスパースに師事。博士論文の題目は「アウグスティヌスにおける愛の概念」(Der Liebesbegriff bei Augustin、1929年)でした。ヤスパースとの絆はハイデガーとのそれとはまるで違いました。互いの誠実さに支えられた師弟関係は、戦争と亡命の歳月を越えて、最後まで続くことになります。
1933年、ナチスが政権を掌握。アーレントはシオニスト団体の依頼で反ユダヤ的宣伝の資料収集を行い、ゲシュタポに逮捕されました。釈放ののちパリに逃げ、1941年にアメリカへ渡ります。その間ずっと、彼女は無国籍でした。パスポートを持たない人間。どの国の門を叩いても「おまえはここにいる資格がない」と告げられる人間。アメリカ市民権を得たのは1951年のこと。十八年にわたる無権利の時間を経てようやく、彼女は「どこかに属する」人間になりました。この経験の傷は、彼女の政治思想のいちばん深いところに埋まっています。
1951年、『全体主義の起源』の刊行で一躍注目を集めます。その後の歩みは速い。1958年に『人間の条件』、1963年に『エルサレムのアイヒマン』と『革命について』。シカゴ大学、ニュースクールで教壇に立ち、晩年は『精神の生活』の執筆に没頭していました。1975年12月4日、ニューヨークの自宅で心臓発作。69歳でした。タイプライターには『精神の生活』第三部「判断」の扉ページが挟まれていました。白紙のままで。
ミニ年表
- 1906年:ハノーファー・リンデンに生まれる(世俗的ユダヤ人家庭)
- 1924年:マールブルク大学に入学、ハイデガーに師事
- 1926年:ハイデルベルクに移りヤスパースのもとへ
- 1929年:博士論文「アウグスティヌスにおける愛の概念」提出
- 1933年:ゲシュタポに逮捕・釈放。パリに亡命
- 1940年:南仏ギュルス収容所に抑留、のち脱出
- 1941年:夫ハインリヒ・ブリュッヒャーとともにニューヨークに到着
- 1951年:『全体主義の起源』刊行。アメリカ市民権取得
- 1958年:『人間の条件』刊行
- 1961年:エルサレムでアイヒマン裁判を傍聴(『ニューヨーカー』特派員として)
- 1963年:『エルサレムのアイヒマン』『革命について』刊行
- 1967〜75年:ニュースクールで教鞭
- 1975年12月4日:ニューヨークにて急逝。享年69。『精神の生活』未完
この哲学者は何を問うたのか
アーレント以前、西洋の政治哲学はおおむね、支配と服従の問題として政治を語ってきました。誰が支配するべきか。権力はどう正当化されるか。プラトンの哲人王からホッブズの主権者、ルソーの一般意志に至るまで、政治はつねに統治の技術でした。
アーレントはまったく違う場所から出発しました。政治とは支配ではない。複数の人間が集まり、言葉を交わし、ともに行為すること。それが政治の始まりです。
台所で家族が食卓を囲む夕方のことを思い浮かべてみてください。話の中身はたわいもないかもしれません。けれどもそこには、人と人のあいだに小さな空間が生まれている。アーレントが守ろうとしたのは、その「あいだ」でした。ひとりの人間が他者の前に現れ、自らの声で語り、誰にも予測できない何かを始める。全体主義はこの「あいだ」を踏み潰しました。人々を孤立させ、信頼を腐食させ、公的な空間そのものを消した。アーレントの問いは、その廃墟のなかから立ち上がってきたものです。
彼女は自らを「政治理論家」(political theorist)と呼び、「哲学者」と呼ばれることを拒みました。哲学者は孤独のなかで真理を求める。けれども政治は複数性(plurality)のなかでしか成り立たない。ひとりでは政治はできない。畑を一人で耕すことはできても、広場を一人で作ることはできないように。
核心理論
1. 全体主義の起源:人間を「余計者」にする支配
『全体主義の起源』(The Origins of Totalitarianism、1951年)は、反ユダヤ主義、帝国主義、全体主義の三つの流れを遡る大著です。ナチズムもスターリニズムも、過去の暴君たちとは根本的に違う。暴君は反対者を弾圧しますが、全体主義はそこで止まらない。人間そのものを「余計者」(superfluous)に変え、存在したこと自体をなかったことにしようとする。アーレントがこの異様な支配の前で立ち止まったのは、それが従来の政治概念では到底捉えられないものだったからです。
強制収容所はその核心でした。アーレントはこう書いています。収容所の目的は単なる殺害ではなく、人間の自発性そのものを破壊することです。法的人格の剥奪(権利を持つ存在であることの否定)、道徳的人格の破壊(良心に基づく選択を不可能にする)、そして個性の消去(ひとりの人間を他の人間と交換可能な存在にする)。雨のなかで一本ずつ根を抜かれていく草のように、人間であることの条件が一枚ずつ剥がされていく。
ここから「権利を持つ権利」(the right to have rights)という概念が浮かび上がります。人権は国家が保障するものですが、国家に属さなくなった人間はどうなるのか。アーレントは自分の経験からこの問いを突きつけました。難民は権利の担い手ではなく、権利の体系から排除された存在です。権利よりも前に、権利を持ちうる主体として認められること。それが最も根源的な権利なのだ、と。
『全体主義の起源』の結末でアーレントは、全体主義が根を下ろす土壌として「孤立」(loneliness、独語Verlassenheit)を挙げています。これは一人でいる状態(solitude、独語Einsamkeit)とは違います。孤独のなかで人は自分自身と対話できます。けれども孤立とは、自分自身との対話さえ失い、世界のなかに居場所がないと感じる状態です。夕暮れの台所で、誰とも言葉を交わさず、自分の考えにさえ触れられなくなるような時間。全体主義は、人々をこの孤立のなかに追い込み、そこに支配を打ち込んだのです。
2. 「悪の凡庸さ」:考えないことの恐ろしさ
『エルサレムのアイヒマン──悪の凡庸さについての報告』(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil、1963年)は、雑誌『ニューヨーカー』に寄せた裁判傍聴記がもとになっています。冷静な筆致の奥に、アーレントの戸惑いが滲んでいる一冊です。
アイヒマンは狂信者ではありませんでした。反ユダヤ主義の信念に突き動かされたわけでもない。彼は出世を望み、上司の命令に従い、書類を処理し、列車の時刻表を整えました。彼が運んでいたのは貨物ではなく人間でしたが、その区別について立ち止まって考えることがなかった。アーレントが「凡庸」と呼んだのは、悪が小さいという意味ではありません。悪を行った人間の内面に深さがない、ということです。根がないのに表面を覆い尽くす雑草のように、思考の不在は際限なく広がりうるのです。
この報告は嵐のような批判を浴びました。犠牲者であるユダヤ人の指導層(ユーデンラート)がナチスの移送に協力した事実に触れた箇所が、犠牲者への冒涜だと受け取られたのです。旧友たちが離れていきました。けれどもアーレントの問いの核は別のところにあります。体制のなかで普通に暮らしている人間が、考えることを止めたとき、どこまで悪に加担しうるのか。この問いは、法廷の被告にではなく、傍聴席のすべての人間に向けられています。のちにアーレントは『精神の生活』のなかで、思考を「風」に喩えました。思考の風は目に見えるものを残さない。けれどもその風が吹くところで、凍りついた慣習や固定観念が融かされる(The Life of the Mind, "Thinking", ch. 3)。アイヒマンのなかでは、その風がまったく吹いていなかったのです。
3. 活動的生:労働・仕事・活動
1958年の『人間の条件』(The Human Condition)。原題のドイツ語版は『活動的生』(Vita activa oder Vom tätigen Leben、1960年)です。アーレントはここで、人間の営みを三つの層に分けました。
ひとつめは労働(labor)。生命の維持に結びついた営みです。食べ、眠り、掃除し、また汚れ、また掃除する。永遠に終わらない循環。朝起きて台所に立つとき、昨日も今日も同じことの繰り返しだと感じることがあるでしょう。それが労働の性格です。痕跡を残さない。消費されて消える。
ふたつめは仕事(work)。労働が消えるものに縛られているのに対して、仕事は耐久性のあるものを作る営みです。家を建てる。道具を作る。本を書く。仕事は世界に持続するものを付け加えます。職人が木を削って椅子を作る。その椅子は作り手がいなくなっても残る。人間が住まう世界を構築するのが仕事です。
そして三つめが活動(action)。労働や仕事とは質のまったく異なる層です。他者のあいだで言葉と行為を通じて自らを現す営みです。物を介さず、人と人のあいだで直接に生まれるもの。活動は予測がつきません。ひとたび言葉を発し、行為を始めれば、その結果は制御できない。種を蒔いたひとが、どんな花が咲くか完全には知りえないように。けれどもこの予測不可能性こそが、活動の尊厳です。人間はひとりひとり異なるからこそ、何が始まるかわからない。アーレントはこの始まりの力をナタリティ(出生、誕生の条件)と呼びました。
活動には危うさも伴います。始めたことの結果は取り消せない。発した言葉は戻らない。アーレントはこの取り返しのつかなさに対する二つの処方を示しました。ひとつは赦し(forgiveness)。過去の行為に縛られ続ける者を、赦しによって解き放つこと。もうひとつは約束(promise)。不確かな未来のなかに信頼の島をつくること。隣人に「明日も来るよ」と言う子どもの言葉。些細な約束が、人と人のあいだに小さな確かさをつくります。赦しと約束がなければ、活動は破壊にしかならないでしょう(『人間の条件』第五章第33〜34節)。
4. 公的領域と政治的行為
支配ではなく、ともに語り行為すること。それがアーレントの描く政治の姿でした。彼女がこの公的領域(public realm)の原型を求めたのは、古代ギリシャのポリスです。市民は広場(アゴラ)に集まり、対等な者として議論しました。そこでは暴力ではなく説得が力でした。アーレントはこの経験を理想化しているという批判を受けていますが、彼女が見ていたのは歴史の事実というよりも、政治の原型です。
ここに、ひとつの鮮やかな区別があります。権力(power)と暴力(violence)。権力は人々が集まり協力するところに生まれ、人々が散らばれば消えます。暴力は道具によって増幅されますが、権力の代替にはなりえません(『暴力について』On Violence、1970年)。暴力が支配する場所では、権力はすでに失われている。町内会の寄り合いでさえ、一人が怒鳴り始めれば対話は壊れます。暴力は権力を壊すことはできても、権力を作ることはできないのです。
5. ナタリティ:始まりの力
西洋哲学は長いあいだ、死を中心に据えてきました。ハイデガーの「死への存在」(Sein zum Tode)はその典型です。アーレントはそこに異を唱えました。人間の条件を定めるのは死ではなく誕生である、と。ナタリティ(誕生の条件)。『人間の条件』のもっとも深い水脈は、ここを流れています。
ひとりの子どもが生まれるたびに、世界にはかつて存在しなかった誰かが現れます。その存在は予測できない。何を語り、何を始めるか、誰にもわからない。「人間が行為しうるのは、各人がそれぞれ固有であるがゆえである」(『人間の条件』第五章)。全体主義はこの固有性を潰そうとしました。けれども新しい生命はつねに到来します。春の野原に芽が吹くように、予期しない始まりがいつも訪れる。アーレントの思想のなかで、最も静かな希望はここに宿っています。
6. 判断力:未完の問い
『精神の生活』(The Life of the Mind)。晩年のアーレントが心血を注いでいたこの大作は、三巻で構想されました。第一部「思考」(Thinking)、第二部「意志」(Willing)は書き上げられました。けれども第三部「判断」(Judging)は一行も書かれることなく、著者は世を去りました。
けれどもその輪郭は講義や論文から窺えます。アーレントはカントの『判断力批判』に手がかりを求めました。美しいものを前にしたとき、私たちは個人的な好みを超えて「これは美しい」と判断します。論理の演繹ではなく、個別の事例に直面して、規則なしに判断する力。カントはそこに「拡大された心性」(erweiterte Denkungsart)という概念を置きました。自分の立場だけでなく、他者の立場からも物事を眺める想像力。アーレントはこの概念に、政治的判断の核心を見ていました。前例のない状況で、規則に頼らず判断する力。アイヒマンに欠けていたのは、まさにそれでした。
「判断」の巻は書かれませんでした。けれども白紙のまま残されたその頁は、読む者のひとりひとりに問いを差し出しているようにも思われます。あなたはどう判断するのか、と。
主要著作ガイド
- 『全体主義の起源』(The Origins of Totalitarianism、1951年):反ユダヤ主義・帝国主義・全体主義の三部構成。20世紀政治思想の必読書。分量は多いですが、第三部だけでも読む価値があります。邦訳:大久保和郎ほか訳、みすず書房。
- 『人間の条件』(The Human Condition、1958年):労働・仕事・活動の三つの概念で人間の営みを分析した代表作です。政治哲学に関心のある方には、ここから入るのがよいでしょう。邦訳:志水速雄訳、ちくま学芸文庫。
- 『エルサレムのアイヒマン』(Eichmann in Jerusalem、1963年):裁判傍聴記であり、20世紀最も論争を呼んだ政治思想書のひとつ。読みやすい文体で書かれています。邦訳:大久保和郎訳、みすず書房。
- 『革命について』(On Revolution、1963年):アメリカ革命とフランス革命を比較し、政治的自由の条件を論じた著作です。邦訳:志水速雄訳、ちくま学芸文庫。
- 『精神の生活』(The Life of the Mind、死後刊行1978年):「思考」と「意志」の二巻が完成、「判断」は未完。アイヒマン裁判をきっかけに思考と悪の関係を根底から問い直した遺作です。邦訳:佐藤和夫訳、岩波書店。
主要な批判と論争
『エルサレムのアイヒマン』をめぐる論争は、刊行から60年を経ても収まっていません。歴史家ラウル・ヒルバーグは、アーレントが自分の研究(『ヨーロッパ・ユダヤ人の破壊』)に依拠しながらも十分に認めなかったと不満を述べています。近年の研究(ベッティーナ・シュタングネト『エルサレム以前のアイヒマン』2011年)は、アイヒマンが法廷で見せた「凡庸な」態度は演技だった面があることを示しています。アーレントは法廷での印象に引きずられすぎたのかもしれません。ただし「考えないことが悪を可能にする」という洞察そのものは、アイヒマンの実像がどうであれ、依然として鋭い力を持っています。
ポリスへの傾斜についても批判があります。古代アテナイの市民は自由男性に限られ、奴隷と女性は排除されていました。アーレントの公的領域の理想は、この排除の構造を十分に問うていないのではないか。フェミニズムの研究者(ボニー・ホーニグ、シーラ・ベンハビブら)は、アーレントの枠組みを批判的に継承しつつ、公私の境界を問い直す作業を続けています。
ハイデガーとの関係もまた、繰り返し議論の対象になります。ナチに加担した哲学者を、なぜアーレントは戦後も完全には切り捨てなかったのか。この問いに簡単な答えはありません。思想の力と人間の弱さは、ときに同じ人物のなかに同居するのでしょう。
影響と遺産
「悪の凡庸さ」という言葉は、いつしか学問の垣根を越えました。新聞の社説に現れ、日常の会話にも入り込んでいます。官僚制のなかで責任が霧のように拡散し、誰もが「自分は命令に従っただけだ」と口にする構造。スタンリー・ミルグラムが1963年に行った服従実験は、実験室のなかでアーレントの直観を裏づけたものとして、広く知られています。
政治理論の分野では、ユルゲン・ハーバーマスの公共圏の理論がアーレントの公的領域の議論に大きな刺激を受けています。「権利を持つ権利」の概念は、難民・無国籍者の問題がますます深刻になる現在、国際法や人権論の領域で繰り返し参照されます。ジュディス・バトラー、エティエンヌ・バリバールら現代の政治哲学者も、アーレントを批判的に継承しながら自らの仕事を展開しています。
日本でもアーレントへの関心は高く、2012年の映画『ハンナ・アーレント』(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)は異例のヒットを記録しました。「考える」とは何か。この根本的な問いが、時代を超えて人々の胸に届いたのでしょう。
現代への接続
職場で「上がそう決めたから」と言って、違和感のある指示をそのまま実行したことはないでしょうか。学校で「みんながそうしているから」と、自分の判断を棚に上げたことは。アーレントの問いは、歴史の教訓としてではなく、毎朝の判断のなかに宿っています。思考を停止したとき、善良な人間でさえ悪に手を貸しうる。大きな決断だけの話ではありません。日々の小さな場面で、立ち止まって考えるか否か。
「権利を持つ権利」の問いは、難民の数が過去最多を更新し続ける現在、その切実さは薄まるどころか、年ごとに増しているようです。パスポートを持たない人間。どの国からも受け入れを拒まれる人間。人権は「人間であること」に基づくはずなのに、国籍がなければ人権が保障されない。アーレントが70年前に突きつけたこの矛盾は、解消されるどころか深まっているように見えます。
ナタリティの思想は、静かに力を与えてくれます。世界がどれほど暗く見えても、新しい人間はつねに生まれてくる。そのひとりが何を始めるか、誰にもわからない。赤ん坊の泣き声。あの予測できない、圧倒的な始まりの力を、アーレントは信じていました。
読者への問い
- あなたが最後に「おかしい」と感じながらも黙って従ったのは、いつのことか。そのとき何が思考を止めていたのか。
- 「権利を持つ権利」を持たない人が目の前にいるとき、あなたにできることは何か。
- あなたの周囲に「公的領域」はあるか。対等な者として言葉を交わせる場所を、あなたは持っているか。
名言(出典つき)
「悪の問題は、我々の時代の根本問題となるであろう」 出典:ハンナ・アーレント、カール・ヤスパース宛書簡、1946年8月17日/原文:"The problem of evil will be the fundamental question of postwar intellectual life in Europe."
戦後まもなく師ヤスパースに宛てた手紙の一節です。強制収容所の実態が明らかになりつつあった時期の言葉。悪は過去の問題ではなく、これから問われるべきものだとアーレントは見ていました。
「世界への愛のために」 出典:ハンナ・アーレント、『人間の条件』の仮題(1955年ヤスパース宛書簡にて言及)/原文:"Amor mundi"(ラテン語)
のちに『人間の条件』となる著作の仮題としてアーレントが構想していた言葉です。世界を愛すること。人間が作り、住まい、壊しもする、このもろい共同の場所を。
「最も暗い時代にあってさえ、人にはなにかしらの光を期待する権利がある」 出典:ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』序文/原文:"Even in the darkest of times we have the right to expect some illumination."(Men in Dark Times, 1968, Preface)
レッシング、ローザ・ルクセンブルクら、暗い時代を生きた人々の肖像を描いたエッセイ集の序文から。光は理論や概念からではなく、個々の人間の生と行為から射すのだ、とアーレントは記しています。
参考文献
- (原典・英語):Hannah Arendt, The Origins of Totalitarianism, new ed., Harcourt, 1968.
- (原典・英語):Hannah Arendt, The Human Condition, 2nd ed., University of Chicago Press, 1998.
- (原典・英語):Hannah Arendt, Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil, rev. ed., Penguin, 2006.
- (原典・邦訳):ハンナ・アーレント『人間の条件』志水速雄訳、ちくま学芸文庫。
- (原典・邦訳):ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン』大久保和郎訳、みすず書房。
- (研究書):Margaret Canovan, Hannah Arendt: A Reinterpretation of Her Political Thought, Cambridge University Press, 1992.
- (伝記):Elisabeth Young-Bruehl, Hannah Arendt: For Love of the World, 2nd ed., Yale University Press, 2004.
- (研究書・邦語):矢野久美子『ハンナ・アーレント──「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』中公新書。
- (補助ウェブ資料):"Hannah Arendt", Stanford Encyclopedia of Philosophy.