その男性だんせい散歩さんぽは、まち時計とけいよりも正確せいかくだったとつたえられています。午後ごご330ふんイマヌエルImmanuelカントKantつえ菩提樹ぼだいじゅ並木道なみきみち姿すがたあらわすと、ケーニヒスベルクKönigsberg住人じゅうにんたちは懐中かいちゅう時計どけいはりわせたといいます。小柄こがら体躯たいくむねはややくぼみ、右肩みぎかたすこかたむいていました。生涯しょうがいこの港町みなとまちはなれることなく、結婚けっこんもせず、とおくへのたびにもなかった。それでいて、この教授きょうじゅ書斎しょさいのなかでげたことは、西洋せいよう哲学てつがく地形ちけいそのものをえるものでした。

18世紀せいきなかば、哲学てつがくまっていました。大陸たいりく合理論ごうりろん理性りせいちからだけで世界せかいかせるとしんじ、イギリスEngland経験論けいけんろん感覚かんかくこそがすべてのみなもとだとく。両者りょうしゃゆずらず、むすばない論争ろんそうかえされていた。カントKantはそこに、まったくべつ角度かくどからいをげました。わたしたちの認識にんしき対象たいしょうしたがうのではなく、対象たいしょうのほうがわたしたちの認識にんしき形式けいしきしたがうのだとしたら、と。部屋へやまどおもかべてください。まどこうにひろがるにわ景色けしきは、窓枠まどわくかたちられている。わくはずすことはできません。それでも、そのわくがどんなかたちをしているかをることならできる。

理性りせいはどこまでとどくのか。とどかない場所ばしょにはなにがあるのか。そして、みずからの限界げんかいった理性りせいは、道徳どうとく問題もんだいたいしてなおなにかをかたりうるのか。カントKantあゆみは、このみっつのいをめぐる、厳密げんみついきなが思索しさくたびでした。

この記事きじ要点ようてん

  • コペルニクス的転回コペルニクスてきてんかい認識にんしき対象たいしょうしたがうのではなく、対象たいしょう認識にんしき形式けいしきしたがう。この逆転ぎゃくてんによってカントKant経験論けいけんろん合理論ごうりろん膠着こうちゃくやぶり、近代きんだい認識論にんしきろん土台どだいえました。『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』(1781ねん)の核心かくしんです。
  • 定言命法ていげんめいほうkategorischer Imperativ:「なんじ意志いし格率かくりつが、つねに同時どうじ普遍的ふへんてき立法りっぽう原理げんりとして妥当だとうしうるように行為こういせよ」。かみ命令めいれいにも幸福こうふく計算けいさんにもたよらず、理性りせいのみから道徳どうとく原理げんりてたこころみです。
  • 理性りせい自己じこ批判ひはん理性りせい自分じぶん自分じぶん限界げんかい画定かくていする。りうるものとりえないものの境界きょうかいくことで、形而上学けいじじょうがく空転くうてんめると同時どうじに、道徳どうとく信仰しんこうのための余地よち確保かくほしました。制限せいげん自由じゆう条件じょうけんとなるという、逆説的ぎゃくせつてき構造こうぞうです。

生涯しょうがい時代じだい背景はいけい

1724ねん4がつ22にちひがしプロイセンPreußenケーニヒスベルクKönigsberg馬具ばぐ職人しょくにんいえに、9にん兄弟きょうだい四番目よんばんめとしてまれました。裕福ゆうふくいえではありませんでしたが、ははアンナAnnaレギーナRegina存在そんざいおおきかった。敬虔けいけん主義しゅぎピエティスムスPietismus)のあつ信仰しんこうははは、おさな息子むすこむね道徳的どうとくてききびしさと、内面ないめん誠実せいじつさをしずかにきざみました。カントKant晩年ばんねんまでははのことをかたるとき、こえやわらかくなったとつたえられています。「ははわたしのなかに最初さいしょぜんたねいてくれた」と。そのははを13さいくしました。

16さいケーニヒスベルクKönigsberg大学だいがく入学にゅうがく哲学てつがく数学すうがく物理学ぶつりがくまなびました。卒業後そつぎょうご貴族きぞくいえ家庭かてい教師きょうしつとめながら研究けんきゅうつづける、なが下積したづみの時代じだいつづきます。この時期じきカントKantは、哲学てつがくだけでなく自然しぜん科学かがくにもけています。1755ねんの『天界てんかい一般いっぱん自然史しぜんし理論りろん』では、太陽系たいようけい原始げんし星雲せいうんから力学的りきがくてき形成けいせいされたという仮説かせつ提唱ていしょうしました。のちにラプラスLaplace独立どくりつ同様どうよう着想ちゃくそう発表はっぴょうしたことから、「カントKant=ラプラスLaplace星雲説せいうんせつ」のられています。哲学者てつがくしゃになるまえカントKantは、ほしちを物理ぶつりこうとする科学者かがくしゃでもありました。

このとし私講師しこうしプリヴァートドツェントPrivatdozent)の資格しかくますが、正教授せいきょうじゅ椅子いすまわってくるまでにさらに15ねん。46さいのとき、ようやく論理学ろんりがく形而上学けいじじょうがく正教授せいきょうじゅ就任しゅうにんしました。遅咲おそざきです。ただ、そのおそさはつちのなかでふか時間じかんだったのかもしれません。

転機てんきは、デイヴィッドDavidヒュームHume著作ちょさくでした。「ヒュームHume想起そうきこそが、多年たねんにわたるわたし独断どくだん微睡まどろみをはじめてやぶった」(die Erinnerung des David Hume war eben dasjenige, was mir vor vielen Jahren zuerst den dogmatischen Schlummer unterbrach)とカントKantいています(『プロレゴメナProlegomena』1783ねん序文じょぶん)。因果いんが関係かんけい経験けいけんから確実かくじつみちびけない、というヒュームHume懐疑かいぎ。それは当時とうじ形而上学けいじじょうがく足元あしもとるがすものでした。カントKantはこのれのなかから、まったくあたらしいいの地平ちへいひらくことになります。

1781ねん、57さいにして『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』(Kritik der reinen Vernunft)を刊行かんこう。そこからせきったように主要しゅよう著作ちょさくつづきました。1788ねん実践じっせん理性りせい批判ひはん』、1790ねん判断力はんだんりょく批判ひはん』。みっつの批判書ひはんしょはわずか9ねんのうちにげられました。なが沈黙ちんもくのあとの噴火ふんか地中ちちゅうしずかにねつめていたものが、ついにしたかのようです。

1804ねん2がつ12にちケーニヒスベルクKönigsbergにてぼつ享年きょうねん79。最後さいご言葉ことばは「十分じゅうぶんだ」(Es ist gut)だったとつたえられています。

ミニ年表ねんぴょう

  • 1724ねんひがしプロイセンPreußenケーニヒスベルクKönigsbergまれる
  • 1737ねんははアンナAnnaレギーナRegina死去しきょ
  • 1740ねんケーニヒスベルクKönigsberg大学だいがく入学にゅうがく
  • 1746ねんちち死去しきょ家庭かてい教師きょうしとして生計せいけいてる
  • 1755ねん:『天界てんかい一般いっぱん自然史しぜんし理論りろん刊行かんこう私講師しこうし資格しかく取得しゅとく
  • 1770ねん論理学ろんりがく形而上学けいじじょうがく正教授せいきょうじゅ就任しゅうにん就職しゅうしょく論文ろんぶん感性界かんせいかい叡智界えいちかい形式けいしき原理げんり
  • 1781ねん:『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん初版しょはん(Aばん刊行かんこう
  • 1785ねん:『人倫じんりん形而上学けいじじょうがく基礎きそづけ』刊行かんこう
  • 1787ねん:『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん第二版だいにはん(Bばん刊行かんこう
  • 1788ねん:『実践じっせん理性りせい批判ひはん刊行かんこう
  • 1790ねん:『判断力はんだんりょく批判ひはん刊行かんこう
  • 1795ねん:『永遠えいえん平和へいわのために』刊行かんこう
  • 1804ねん2がつ12にちケーニヒスベルクKönigsbergにてぼつ享年きょうねん79

この哲学者てつがくしゃなにうたのか

カントKant以前の哲学てつがくは、ふたつの陣営じんえいかれていました。デカルトDescartesライプニッツLeibnizヴォルフWolff大陸たいりく合理論ごうりろん哲学者てつがくしゃたちは、理性りせいには生得せいとく観念かんねんがあり、経験けいけんたよらずとも確実かくじつ知識ちしき到達とうたつできるとしんじていました。一方、ロックLockeバークリーBerkeleyヒュームHumeイギリスEngland経験論けいけんろん哲学者てつがくしゃたちは、こころ白紙はくしタブラ・ラサtabula rasa)であり、すべての知識ちしき感覚かんかく経験けいけん由来ゆらいすると主張しゅちょうしていました。合理論ごうりろんくうつかみ、経験論けいけんろん確実性かくじつせい手放てばなす。この対立たいりつ不毛ふもうでした。

カントKantいそのものをえました。わたしたちの認識にんしき対象たいしょうわせてかたちづくられるのだろうか。それとも、対象たいしょうわたしたちの認識にんしき仕組しくみにわせてあらわれるのだろうか。天文学てんもんがくコペルニクスCopernicus地球ちきゅうではなく太陽たいよう中心ちゅうしんえたように、カントKant認識にんしき主体しゅたい中心ちゅうしんえました。「コペルニクス的転回コペルニクスてきてんかい」(kopernikanische Wendeコペルニカーニシェ・ヴェンデ)とばれるこの転換てんかんは、哲学てつがく歴史れきしをこちらがわとあちらがわける稜線りょうせんとなりました。

カントKant哲学てつがくみっつのいに集約しゅうやくされます。わたしなにりうるか(Was kann ich wissen?)。わたしなにをなすべきか(Was soll ich tun?)。わたしなにのぞんでよいか(Was darf ich hoffen?)。そしてこのみっつは最終的さいしゅうてきにひとつに収斂しゅうれんします。人間にんげんとはなにか(Was ist der Mensch?)。ちいさな書斎しょさいのなかで、人間にんげんという存在そんざい輪郭りんかくすみからすみまではかろうとしたいとなみ。カントKant哲学てつがくは、その測量そくりょう記録きろくです。

核心かくしん理論りろん

1. コペルニクス的転回コペルニクスてきてんかい先験的せんけんてき観念論かんねんろん

純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』(Kritik der reinen Vernunftクリティーク・デア・ライネン・フェアヌンフト、1781/1787ねん)は、800ページえる大著たいちょです。難渋なんじゅう書物しょもつですが、そのほねにあるのはひとつのあざやかな転換てんかんでした。わたしたちは世界せかいをあるがままにることはできない。りうるのは、わたしたちの認識にんしき能力のうりょく構成こうせいしたかぎりでの世界せかいだけです。

カントKantによれば、人間にんげん認識にんしきにはふたつのみきがあります。ひとつは感性かんせいSinnlichkeitジンリヒカイト)。そとからやってくる素材そざいちからで、時間じかん空間くうかんという形式けいしきをあらかじめそなえています。もうひとつは悟性ごせいVerstandフェアシュタント)。った素材そざい概念がいねんによって秩序ちつじょづけるちからで、因果性いんがせい実体じったいといった範疇はんちゅうカテゴリーKategorie)をまれながらにっている。あさまどけてにわながめるとき、んでくるのはひかりいろながれにすぎません。そこに「」を、「かぜえだらしている」と了解りょうかいするのは、わたしたちのがわ仕組しくみです。「内容ないようなき思想しそう空虚くうきょであり、概念がいねんなき直観ちょっかん盲目もうもくである」(Gedanken ohne Inhalt sind leer, Anschauungen ohne Begriffe sind blind、A51/B75)。悟性ごせいがどれほどするどくても、感覚かんかく素材そざいがなければ空回からまわりする。感覚かんかくがどれほどゆたかでも、概念がいねんがなければ混沌こんとんのまま。両者りょうしゃってはじめて認識にんしきつのです。

ここからふたつの世界せかい区別くべつまれます。わたしたちが経験けいけんしうる世界せかい、すなわち現象げんしょうErscheinungエアシャイヌング)の世界せかい。そして認識にんしき形式けいしきえたさきにあるもの、すなわち物自体ものじたいDing an sichディング・アン・ジッヒ)の世界せかい物自体ものじたいる。しかしわたしたちの認識にんしきは、けっしてそこにはとどきません。隣家りんかとのへいこうににわがあることはっている。でもへいえることはできない。カントKantはこの境界きょうかいくことに哲学てつがく使命しめいました。

ところが人間にんげん理性りせいは、境界きょうかいかれてもだまっていられません。かみ存在そんざいするか。たましい不滅ふめつか。世界せかいにははじまりがあるのか。わずにはいられない。経験けいけん彼方かなたばさずにはおれない。『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』の「先験的せんけんてき弁証論べんしょうろん」(Transzendentale Dialektikトランスツェンデンターレ・ディアレクティーク)は、理性りせいのこのめられない越境えっきょう衝動しょうどう解剖かいぼうしています。カントKantがそこでしてせたのが「二律背反にりつはいはん」(Antinomieアンティノミー)です。「世界せかいには時間的じかんてきはじまりがある」と「世界せかいはじまりはなく無限むげんつづく」。たがいに矛盾むじゅんするふたつの命題めいだいが、どちらも論理的ろんりてき証明しょうめいできてしまう。理性りせいたけえたいにすと、こうして袋小路ふくろこうじはまる。夜道よみち提灯ちょうちんかりがとど範囲はんいえてやみのなかにせば、足元あしもとがわからなくなるのとています。カントKant理性りせい否定ひていしたわけではありません。提灯ちょうちんかりがどこまでとどくかを正確せいかく見定みさだめること。それが理性りせいただしく使つか唯一ゆいいつ方法ほうほうだとカントKantかんがえました。

2. アプリオリa priori綜合そうごう判断はんだん基礎きそをどこにくか

純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』の序論じょろんカントKantてたいは、一けん技術的ぎじゅつてきこえます。「アプリオリa priori綜合そうごう判断はんだんはいかにして可能かのうか」。けれどもこれは哲学てつがく根幹こんかんにかかわるいです。

判断はんだんにはふたつの種類しゅるいがある、とカントKant整理せいりします。分析ぶんせき判断はんだん(「独身者どくしんしゃ未婚みこんである」のように、主語しゅご概念がいねんのなかにすでに述語じゅつごふくまれているもの)と、綜合そうごう判断はんだん(「このバラはあかい」のように、経験けいけんによってあたらしい情報じょうほうくわわるもの)。分析ぶんせき判断はんだん確実かくじつですがあたらしいことをおしえてくれません。綜合そうごう判断はんだんあたらしいことをおしえてくれますが、経験けいけん依存いぞんするかぎり確実かくじつとはれない。

では、経験けいけんたよらず(アプリオリa prioriに)、かつあたらしい内容ないよう判断はんだんはありうるのか。「7+5=12」は経験けいけんなしにただしいとることができ、しかも「7」と「5」の概念がいねんだけからは「12」はてこない。数学すうがく自然しぜん科学かがく基礎きそには、このような不思議ふしぎ判断はんだんひそんでいます。それを可能かのうにしているのが、時間じかん空間くうかんという感性かんせい形式けいしきと、範疇はんちゅうという悟性ごせい形式けいしきです。わたしたちが確実かくじつることができるのは経験けいけん範囲はんいかぎられますが、その経験けいけん可能かのうにしている条件じょうけん経験けいけん先立さきだって存在そんざいする。はたけたねまえに、つちたがやうねをつくる農夫のうふのように、認識にんしき形式けいしき経験けいけんという収穫しゅうかくれる土壌どじょうととのえているのです。

3. 実践じっせん理性りせい定言命法ていげんめいほう道徳どうとく基礎きそはどこにあるか

純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』が理性りせい認識にんしき能力のうりょく吟味ぎんみしたとすれば、『実践じっせん理性りせい批判ひはん』(Kritik der praktischen Vernunftクリティーク・デア・プラクティシェン・フェアヌンフト、1788ねん)と『人倫じんりん形而上学けいじじょうがく基礎きそづけ』(Grundlegung zur Metaphysik der Sittenグルントレーグング・ツア・メタフュジーク・デア・ジッテン、1785ねん)は、理性りせい実践的じっせんてき能力のうりょく吟味ぎんみします。理性りせい世界せかい道具どうぐであるばかりか、ただしい行為こうい根拠こんきょをもかたりうるのか。カントKantこたえは、しずかに、しかしるぎなく「しかり」でした。

幸福こうふくやすことがぜんだとするならば、道徳どうとく損得そんとく勘定かんじょうにすぎなくなります。かみこえゆだねるならば、道徳どうとくそとからあたえられた命令めいれいへの服従ふくじゅうになる。カントKantさがしたのは、報酬ほうしゅうにもばつにも左右さゆうされず、理性りせいそのもののうちからがる道徳どうとく原理げんりでした。

そこからみちびかれたのが定言命法ていげんめいほうkategorischer Imperativカテゴリッシャー・インペラティーフ)です。「なんじ意志いし格率かくりつが、つねに同時どうじ普遍的ふへんてき立法りっぽう原理げんりとして妥当だとうしうるように行為こういせよ」(『実践じっせん理性りせい批判ひはん第一部だいいちぶ第一編だいいっぺん第一章だいいっしょう§7、Ak. V, 30)。くだいてえば、自分がこれからろうとする行動こうどう原則げんそくが、もし全員ぜんいんがそうしたらどうなるかをかんがえてみよ、ということです。「こまったらうそをつく」という原則げんそく全員ぜんいん採用さいようしたら、うそという行為こういそのものがたなくなる。うそ信頼しんらいのうえに寄生きせいしているからです。井戸端いどばたわされる約束やくそくだれにもしんじられなくなったとき、約束やくそくという行為こういそのものがえてしまう。定言命法ていげんめいほうは、この自壊じかい構造こうぞう道徳どうとく試金石しきんせきにしたのです。

第二だいに定式化ていしきかはさらにふかいところにれます。「人間性にんげんせいを、自分じぶん人格じんかくにおいても人格じんかくにおいても、つねに同時どうじ目的もくてきとしてあつかい、けっしてたん手段しゅだんとしてのみあつかうことのないように行為こういせよ」(『基礎きそづけ』第二章だいにしょう、Ak. IV, 429)。人間にんげん道具どうぐにしてはならない。これは使つか勝手がってのよい道具どうぐとしてあつかわれたことのある人間にんげんなら、身体しんたい理解りかいできる命題めいだいでしょう。

ここで見落みおとしてはならないのは、カントKant道徳どうとく哲学てつがくが「自律じりつ」(Autonomieアウトノミー)という概念がいねんささえられていることです。他律たりつHeteronomieヘテロノミー)とは、欲望よくぼう外部がいぶ権威けんいしたがって行為こういすること。自律じりつとは、理性りせいみずかてた法則ほうそくみずかしたがうこと。食卓しょくたくおやしかられるからうそをつかないのは他律たりつであり、うそをつくことがだれにとっても矛盾むじゅんするとわかるからうそをつかないのが自律じりつです。カントKantにとって自由じゆうとは勝手かってにふるまうことではなく、道徳どうとく法則ほうそく自発的じはつてきしたがえること。自由じゆう義務ぎむ矛盾むじゅんしない。むしろ、自由じゆうであるからこそ義務ぎむえる。かわつつみうしなえば氾濫はんらんするように、自由じゆうもまた、みずかしたほうなしにはかたちうしなう。カントKant倫理学りんりがくのいちばんふか水脈すいみゃくは、この逆説ぎゃくせつのなかをながれています。

4. 判断力はんだんりょく批判ひはん目的もくてきのあいだ

判断力はんだんりょく批判ひはん』(Kritik der Urteilskraftクリティーク・デア・ウアタイルスクラフト、1790ねん)は、みっつの批判書ひはんしょのなかでもっとも独特どくとく位置いちめています。自然しぜん領域りょういき認識にんしき)と自由じゆう領域りょういき道徳どうとく)のあいだにはふかみぞがあります。判断力はんだんりょくはそのみぞはしけるこころみでした。

前半ぜんはん美的びてき判断力はんだんりょくあつかいます。うつくしいものをまえにしたとき、わたしたちは利害りがいはなれた満足まんぞくかんじます。夕暮ゆうぐれのそらて「うつくしい」とおもうとき、わたしたちはそのそら所有しょゆうしようとも、利用りようしようともおもっていない。カントKantはこの「無関心むかんしん満足まんぞく」(interesseloses Wohlgefallenインテレッセローゼス・ヴォールゲファレン)のなかに、個人こじんこのみをえた普遍性ふへんせいへの要求ようきゅう見出みいだしました。「これはうつくしい」とうとき、わたしたちはあんに「ひともそうかんじるはずだ」と期待きたいしている。主観的しゅかんてきでありながら普遍性ふへんせいもとめるという、この不思議ふしぎ構造こうぞう庭先にわさきいた一輪いちりんはなて、おもわず「綺麗きれいだ」とつぶやく。その瞬間しゅんかんわたしたちははなろうともべようともおもっていません。ただうつくしいとかんじている。しかもとなりにいるだれかにも同意どういしてほしいとねがっている。カントKantはこの素朴そぼく経験けいけんのなかに、認識にんしき道徳どうとく架橋かきょうするがかりをていたのです。

ならんで、カントKantろんじたのが「崇高すうこう」(das Erhabeneダス・エアハーベネ)です。あらしうみ断崖だんがい圧倒的あっとうてき星空ほしぞら人間にんげんしつぶすような自然しぜんちからまえにしたとき、わたしたちは恐怖きょうふ同時どうじ高揚こうようかんじます。カントKantはこうきました。感性かんせい圧倒あっとうされている。なのに理性りせいは、その圧倒あっとうのただなかで、自然しぜんちからをなおえる自分じぶんうちなる道徳的どうとくてき尊厳そんげん自覚じかくする。崇高すうこう感情かんじょうは、自然しぜんちのめされながらもなおがる理性りせいちからうつしています(第一部だいいちぶ第二編だいにへん崇高すうこう分析論ぶんせきろん」§23〜29)。

後半こうはん目的論的もくてきろんてき判断力はんだんりょくあつかいます。もの身体しんたいると、あたかも目的もくてきかって設計せっけいされたかのようにかんじます。ただしそれは、自然しぜんそのものに目的もくてきがあるという断定だんていではありません。わたしたちが自然しぜん理解りかいしようとするとき、目的もくてきという概念がいねん手放てばなせない、ということです。ひかりかってびるのをるとき、「このひかりもとめている」とかんじるのは、自然しぜん目的もくてきわたしたちの判断力はんだんりょくはたらきです。判断力はんだんりょく認識にんしき道徳どうとくのあいだにち、両者りょうしゃ無関係むかんけいではないことを、証明しょうめいするのではなくかんらせる能力のうりょくです。

5. 永遠えいえん平和へいわ世界せかい市民しみん

1795ねん、71さいカントKantは『永遠えいえん平和へいわのために』(Zum ewigen Friedenツム・エーヴィゲン・フリーデン)をきました。書名しょめいにはにが皮肉ひにくめられています。「永遠えいえん平和へいわ」は墓地ぼち看板かんばんにも使つかわれる表現ひょうげんでした。本当ほんとう平和へいわんでからしかおとずれないのか。それとも、きている人間にんげんのあいだで実現じつげんしうるのか。

カントKantむっつの予備よび条項じょうこうみっつの確定かくてい条項じょうこうかかげました。予備よび条項じょうこうには「常備軍じょうびぐん廃止はいしされるべきである」「いかなる国家こっか他国たこく体制たいせい武力ぶりょく干渉かんしょうしてはならない」などがふくまれます。確定かくてい条項じょうこうはさらにみます。国内こくない体制たいせい共和制きょうわせいであること。国家こっかどうしは世界せかい政府せいふではなく自由じゆうしょ国家こっか連合れんごうFöderalismusフェーデラリスムス)をむすぶこと。そして世界せかい市民法しみんほうWeltbürgerrechtヴェルトビュルガーレヒト)として、普遍的ふへんてき歓待かんたい権利けんり保障ほしょうされること。歓待かんたいHospitalitätホスピタリテート)とは、見知みしらぬ土地とちおとずれたものてきとしてあつかわれないという訪問ほうもん権利けんりであり、定住ていじゅう権利けんりではありません。とおくのむらから旅人たびびとがやってきたとき、かえさずみずすこと。カントKantはその素朴そぼく道義どうぎ法的ほうてき原理げんり昇華しょうかさせようとしたのです。

戦争せんそう理性りせいによって克服こくふくされうる。その確信かくしんは、夢想むそうではなく、道徳どうとく法則ほうそくからの要請ようせいでした。国際こくさい連盟れんめい、そして国際こくさい連合れんごうカントKant構想こうそうは、200ねん不完全ふかんぜんながらもかたちをちつつあります。

このちいさな著作ちょさくには、カントKant思想しそう全体ぜんたい圧縮あっしゅくされています。理性りせいみずからの限界げんかいりつつも、道徳どうとく法則ほうそくしたがって平和へいわ目指めざすこと。実現じつげん保証ほしょうはどこにもありません。それでも目指めざすべきであるという義務ぎむるがない。晩秋ばんしゅうはたけたね農夫のうふのように。るかどうかはわからない。でも、かなければけっしてない。

主要しゅよう著作ちょさくガイド

  • 純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』(Kritik der reinen Vernunft、1781/1787ねん):認識にんしき可能性かのうせい限界げんかい徹底的てっていてき吟味ぎんみした主著しゅちょ読破どくは容易よういではありませんが、序文じょぶんとBばん緒論しょろんだけでも意味いみがあります。邦訳ほうやく中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ)、はらたすくやく平凡社へいぼんしゃライブラリーLibrary)。
  • 人倫じんりん形而上学けいじじょうがく基礎きそづけ』(Grundlegung zur Metaphysik der Sitten、1785ねん):定言命法ていげんめいほうじく道徳どうとく哲学てつがく原理げんりろんじた小著しょうちょカントKant倫理学りんりがくへの入門にゅうもんとして最適さいてきです。邦訳ほうやく中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ)。
  • 実践じっせん理性りせい批判ひはん』(Kritik der praktischen Vernunft、1788ねん):道徳どうとく法則ほうそく根拠こんきょ純粋じゅんすい実践じっせん理性りせいのうちに見出みいだす。「頭上ずじょう星空ほしぞらうちなる道徳どうとく法則ほうそく」の一節いっせつはこのしょ結語けつごです。邦訳ほうやく中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ)。
  • 判断力はんだんりょく批判ひはん』(Kritik der Urteilskraft、1790ねん):崇高すうこう自然しぜん目的論もくてきろんろんじ、認識にんしき道徳どうとく架橋かきょうこころみた第三だいさん批判ひはん邦訳ほうやく牧野まきの英二えいじやく岩波いわなみ文庫ぶんこ上下じょうげかん)。
  • 永遠えいえん平和へいわのために』(Zum ewigen Frieden、1795ねん):国家間こっかかん平和へいわ実現じつげんするための条件じょうけん法的ほうてき整理せいりした小著しょうちょみやすく、カントKant政治せいじ哲学てつがくへの入口いりぐちとして好適こうてきです。邦訳ほうやく中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ)。

主要しゅよう批判ひはん論争ろんそう

カントKantへの批判ひはんは、生前せいぜんからはげしいものでした。同時代どうじだい批判者ひはんしゃとして、ヤコービJacobi物自体ものじたい概念がいねん矛盾むじゅん見出みいだしました。物自体ものじたいわたしたちの感性かんせい触発しょくはつするとうとき、すでに因果いんが関係かんけい物自体ものじたい適用てきようしているではないか。因果性いんがせい現象げんしょうにしか使つかえないはずなのに。この批判ひはんは、今日こんにちいたるまで完全かんぜんには解消かいしょうされていません。

ヘーゲルHegel批判ひはんはさらに根底的こんていてきでした。カントKant道徳どうとく哲学てつがく形式的けいしきてきにすぎる、と。定言命法ていげんめいほうなにを「すべきではない」かをおしえてくれるかもしれないが、具体的ぐたいてきなにを「すべきか」はおしえてくれない。あさ食卓しょくたくどもが「うそをついてはいけないの?」とたずねたとき、「いけません」とこたえることはできても、そのまえ友人ゆうじんにどんな言葉ことばをかけるべきかまでは定言命法ていげんめいほうからみちびけないでしょう。歴史れきし共同体きょうどうたいのなかではぐくまれる具体的ぐたいてき倫理りんりSittlichkeitジットリヒカイト)を軽視けいししている、とヘーゲルHegelていました。

ニーチェNietzscheは、カントKant道徳どうとく哲学てつがくキリスト教キリストきょう道徳どうとく理性化りせいかにすぎないとだんじました。義務ぎむへの服従ふくじゅう美徳びとくとする姿勢しせいは、せいちから抑圧よくあつする奴隷どれい道徳どうとく変奏へんそうではないか。あざやかな一撃いちげきです。ただ、カントKantみとして正確せいかくかどうかはべついでしょう。カントKantにとって義務ぎむとはだれかにしつけられるものではなく、理性りせいみずかてたほうみずかしたがうこと。服従ふくじゅうではなく自律じりつだったからです。

現代げんだいでは、カントKant人種じんしゅ地理ちりについての講義こうぎのなかで人種じんしゅ差別的さべつてき見解けんかいべていた事実じじつが、研究者けんきゅうしゃのあいだで真剣しんけん議論ぎろんされています(チャールズCharlesミルズMillsエマニュエルEmmanuelエゼEzeらの研究けんきゅう)。普遍的ふへんてき人間性にんげんせい哲学者てつがくしゃが、ある人々ひとびとをその普遍性ふへんせいから排除はいじょしていたとすれば、それは思想しそう内部ないぶはし亀裂きれつであり、誠実せいじつわなければならない問題もんだいです。定言命法ていげんめいほう精神せいしんは、まさにその精神せいしんによってカントKant自身じしん批判ひはんする根拠こんきょ提供ていきょうしてもいます。

影響えいきょう遺産いさん

カントKantぼつすると、ドイツDeutsch観念論かんねんろんわか哲学者てつがくしゃたちがただちに舞台ぶたいがりました。フィヒテFichte物自体ものじたいてて自我じが活動かつどうからすべてをみちびこうとし、シェリングSchelling自然しぜん精神せいしん統一とういつゆめヘーゲルHegel弁証法べんしょうほうによってカントKantいた境界線きょうかいせんそのものをろうとしました。三者さんしゃともにカントKantだいにし、カントKantえようとした。そのだいがなければ、かれらの跳躍ちょうやくはなかったでしょう。ショーペンハウアーSchopenhauer物自体ものじたいを「意志いし」とえ、思想しそうをまったくべつ方角ほうがくっぱっていきました。やま水源すいげんからながみずが、たに地形ちけいおうじてそれぞれことなる川筋かわすじえがくように。

19世紀せいき後半こうはんヘーゲルHegel哲学てつがく崩壊ほうかいののちに「カントKantかえれ」(Zurück zu Kant!)をかかげるしんカントKantNeukantianismusノイカンティアニスムス)がおこりました。マールブルクMarburg学派がくはコーヘンCohenナトルプNatorp認識論にんしきろん側面そくめんを、南西なんせいドイツDeutsch学派がくはヴィンデルバントWindelbandリッケルトRickert価値かち哲学てつがく側面そくめん継承けいしょうしました。20世紀せいき分析ぶんせき哲学てつがくもまた、カントKantいをかたちえていでいます。ストローソンStrawsonは『感性かんせい限界げんかい』(The Bounds of Sense、1966ねん)で、分析ぶんせき哲学てつがく道具どうぐ使つかってカントKantなおしました。ロールズRawlsの『正義論せいぎろん』(A Theory of Justice、1971ねん)は、「無知むちのヴェール」(veil of ignorance)の背後はいご原理げんりえらぶという構想こうそうえていますが、これは定言命法ていげんめいほう普遍化ふへんかテストとのところでひびっています。ハーバーマスHabermas討議とうぎ倫理学りんりがくDiskursethikディスクルスエーティク)もまた、道徳どうとく原理げんり対話たいわ手続てつづきとしてなおこころみでした。

哲学てつがくそとにも影響えいきょうひろおよんでいます。国際法こくさいほうにおける国家こっか平和的へいわてき共存きょうぞん理念りねん人権じんけん普遍性ふへんせいへの要求ようきゅう認知にんち科学かがくにおける「人間にんげん認識にんしき受動的じゅどうてき記録きろくではなく能動的のうどうてき構成こうせいである」という発想はっそう。こうした領域りょういきカントKantかげることができます。日本にほんでも明治めいじ以降いこう西にしあまねカントKant用語ようご翻訳ほんやくする過程かていで「哲学てつがく」「理性りせい」「悟性ごせい」といった訳語やくごまれ、日本語にほんご学術がくじゅつ用語ようごそのものをかたちづくりました。西田にしだ幾多郎きたろうカントKant認識論にんしきろんふかまなんだうえで、主客しゅかく未分みぶんの「純粋じゅんすい経験けいけん」という独自どくじ出発点しゅっぱつてんえました。カントKant通過つうかすることなしには西田にしだ哲学てつがくもまたまれなかったでしょう。

現代げんだいへの接続せつぞく

「なぜうそをついてはいけないのか」。どもにかれたとき、わたしたちはどうこたえるでしょうか。「おこられるから」では損得そんとくはなしにすぎません。「神様かみさまがそうっているから」では権威けんいへの服従ふくじゅうです。カントKantならばこういかけるでしょう。もし全員ぜんいんうそをついたら世界せかいはどうなるか想像そうぞうしてごらん、と。信頼しんらいがなくなれば言葉ことばそのものがちからうしないます。道徳どうとく根拠こんきょ宗教しゅうきょうにも伝統でんとうにもたよれなくなった時代じだいに、理性りせいだけで道徳どうとく基礎きそづけようとしたカントKantくわだては、その困難こんなんさゆえにかえって真剣しんけんうべきものにおもわれます。

人間にんげん手段しゅだんとしてのみあつかってはならない」という原則げんそくは、労働ろうどう現場げんばで、教育きょういく現場げんばで、医療いりょう現場げんばで、かえためされています。病院びょういん待合室まちあいしつ番号ばんごうばれるとき、わたしたちは数字すうじ管理かんりされる存在そんざいになっています。教室きょうしつ成績せいせきじゅんならべられるとき、どもたちは数値すうち還元かんげんされています。効率こうりつ尊厳そんげんのあいだのきしみは、カントKantげかけたいのべつ姿すがたです。

永遠えいえん平和へいわのために』の構想こうそうもまた、いろえていまのこっています。国際こくさい連合れんごう機能きのうしない場面ばめんにするたび、カントKant理念りねんあまゆめえるかもしれません。ただそれは、実現じつげん予言よげんではありませんでした。方向ほうこうしめ道徳どうとく要請ようせいです。平和へいわ実現じつげんするかどうかはわからない。それでも平和へいわ目指めざすべきであるという義務ぎむえない。このしずかな区別くべつに、カントKant思想しそうしんがあります。

読者どくしゃへの

  • あなたがこれからろうとしている行動こうどう原則げんそくを、もし全員ぜんいん採用さいようしたら世界せかいはどうなるか。それでもなお、その行動こうどうえらびますか。
  • 損得そんとくでも信仰しんこうでも伝統でんとうでもない根拠こんきょから、「これはただしい」とることは、あなたにとって可能かのうですか。
  • 理性りせい限界げんかいがあるとることは、あなたのかたらくにしますか、それともくるしくしますか。

名言めいげん出典しゅってんつき)

ふたつのものが、かえふかかえりみればかえりみるほど、つねにあたらたにしゆく讃嘆さんたん畏敬いけいねんをもってこころたすもの──わが頭上ずじょうほしちりばめるそらと、わがうちなる道徳どうとく法則ほうそく出典しゅってんイマヌエルImmanuelカントKant実践じっせん理性りせい批判ひはん結語けつご(Ak. V, 161)/原文げんぶん:"Zwei Dinge erfüllen das Gemüth mit immer neuer und zunehmender Bewunderung und Ehrfurcht, je öfter und anhaltender sich das Nachdenken damit beschäftigt: der bestirnte Himmel über mir, und das moralische Gesetz in mir."

カントKant墓碑ぼひにもきざまれた、もっともよくられた言葉ことばです。宇宙うちゅう広大こうだいさのまえ人間にんげんちりにすぎません。なのに、そのちりむねのうちに道徳どうとく法則ほうそく宿やどっている。星空ほしぞらあおおそれと、むねおくひびほうへのおそれ。カントKant墓碑ぼひにもきざまれたこの一節いっせつは、かれ哲学てつがく出発点しゅっぱつてんであり、到達点とうたつてんでもあったのでしょう。

えてれ! みずからの悟性ごせいもちいる勇気ゆうきて!」 出典しゅってんイマヌエルImmanuelカントKant啓蒙けいもうとはなにかといういにたいする回答かいとう」(Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?、1784ねん、Ak. VIII, 35)/原文げんぶん:"Sapere aude! Habe Muth dich deines eigenen Verstandes zu bedienen!"

啓蒙けいもうとは「人間にんげんみずかまねいた未成年みせいねん状態じょうたいからだっすること」であるとカントKant定義ていぎしました。未成年みせいねん状態じょうたいとは、他人たにんたよらなければ自分じぶんあたまかんがえられない状態じょうたいのことです。かんがえるちからはある。ただ、使つか勇気ゆうきがない。カントKantのこのこえは、時代じだいえてとどきます。

なんじ意志いし格率かくりつが、つねに同時どうじ普遍的ふへんてき立法りっぽう原理げんりとして妥当だとうしうるように行為こういせよ」 出典しゅってんイマヌエルImmanuelカントKant実践じっせん理性りせい批判ひはん第一部だいいちぶ第一編だいいっぺん第一章だいいっしょう§7(Ak. V, 30)/原文げんぶん:"Handle so, daß die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Prinzip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten könne."

定言命法ていげんめいほう基本きほん定式ていしきです。自分じぶん行為こうい原則げんそくが、もし万人ばんにん法則ほうそくになったとしても矛盾むじゅんしないかどうか。それをつねえ、とカントKantっています。

参考さんこう文献ぶんけん

  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Kritik der reinen Vernunft, 1. Aufl. 1781 (A), 2. Aufl. 1787 (B). Akademie-Ausgabe, Bd. III–IV.
  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Kritik der praktischen Vernunft, 1788. Akademie-Ausgabe, Bd. V.
  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Kritik der Urteilskraft, 1790. Akademie-Ausgabe, Bd. V.
  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Prolegomena zu einer jeden künftigen Metaphysik, 1783. Akademie-Ausgabe, Bd. IV.
  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Grundlegung zur Metaphysik der Sitten, 1785. Akademie-Ausgabe, Bd. IV.
  • 原典げんてんドイツ語ドイツご:Immanuel Kant, Zum ewigen Frieden, 1795. Akademie-Ausgabe, Bd. VIII.
  • 原典げんてん邦訳ほうやくカントKant純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこぜん7かん)。
  • 原典げんてん邦訳ほうやくカントKant実践じっせん理性りせい批判ひはん中山なかやまげんやく光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ
  • 研究書けんきゅうしょ:Henry E. Allison, Kant's Transcendental Idealism: An Interpretation and Defense, rev. ed., Yale University Press, 2004.
  • 研究書けんきゅうしょ:Paul Guyer, Kant, 2nd ed., Routledge, 2014.
  • 研究書けんきゅうしょ邦語ほうご石川いしかわ文康ふみやすカントKant入門にゅうもん』ちくま新書しんしょ
  • 補助ほじょウェブweb資料しりょう:"Immanuel Kant", Stanford Encyclopedia of Philosophy.